その日、百億のドロワーズが降り注ぎ、世界は欲情の炎に包まれた。
「百億はありませんが、47着ありました。靴は44足」
咲夜がそうレミリアに報告する。
紅魔館、君主謁見室。
現在その中央の玉座にはレミリアが座っている。
その前に置かれた机には、現在起こっている異変・通称「ボストン・ドロワーズ・パーティー」の証拠品として提示された無数のドロワーズが置かれていた。
今朝のことだ。咲夜が洗濯物を干していると、空からひらひらと無数の一反木綿が降って来た。
逆光で分からなかったが、落ちてきたものを確認すると数枚のドロワーズであることが分かった。
好魔館の面々が身に着けているドロワーズとは違っていた。
「裸足の者が3名いるということになりますね。いったい誰の持ち物なのでしょうか?」
「む、この匂いは霊夢……」
レミリアは差し出されたドロワーズを手にとり、くんかくんかと匂いを嗅いだ。
霊夢のと思わしきドロワーズのにおいを堪能した後、続けざまに新しいドロワーズを手に取る。
「こっちは萃香……」
「なぜお分かりになるのですか?」
「吸血鬼なら当然ざます」
「そうなんですか」
「そうなのですよ」
何故敬語なのですか、と言うメイド長の疑問は尤もである。
「世の中には不思議が多いですね」
沸き起こる疑問を押し殺し、無表情に主に答える咲夜は大人である。
その後ろから話し声がした。
「驚いた。この予言書に書いてある内容どおりね」
パチュリーが小悪魔を伴って謁見室に入ってきた。
「それ~、本当に当たるんですか?」
小悪魔はパチュリーの後ろから胡散臭そうにその本を覗き込んでいる。
パチュリーが手にしているのはその名もノストラダムZUNの予言書と言う。
彼女が偶然図書館で発見した予言書だ。
それを尻目に、咲夜はレミリアの座る玉座の前に厳かに膝をついた。
君主に謁見する臣下の姿勢である。
「レミリア殿下に具申したき儀がございます」
「言ってみなさい」
「はっ、はばかりながら申し上げます。レミリア様がご自身でこのドロワーズ異変を解決なさってはいかがでしょうか」
「異なことを。私は吸血鬼。妖怪なのよ? 妖怪は人間にとって畏怖の対象。彼らを悩ませこそすれ、助けてどうするの?」
「レミリア様のおっしゃりようは至極当然かと思います。しかしながら、愚見を申し上げさせていただくなら、畏怖というのにも種類があると思うのです。そもそも民衆というのは君主の力を知ってこそ、畏れると同時に敬うというもの。であるというのに、昨今では、里の方でも我ら宵闇の眷族を侮る風潮が出てきているとか。何でも『ヘタレミリア』などと言って」
発言を区切る前に咲夜が述べた言葉を聞いて、レミリアの眉がぴくんと跳ね上がった。
「ヘタレミリア」
その言葉を聞いて、隠してはいるが、表情には抑えきれない怒気がにじみだしてきている。
だが咲夜は冷静だった。
主の逆鱗に触れるかもしれない危険な発言をしているというのに。
「ですから、このドロワーズ異変を我ら紅魔館の手でもって迅速に解決してみせ、郷中にレミリア様のお力を知らしめることこそ威厳の回復になるのではないでしょうか」
そう言われると、レミリアはしばし考え込んだが、やがて、顎に手を当ててから少し微笑する。
「なるほど、一理あるわね」
レミリアはすっくと瀟洒に席を立つと、手を掲げて謁見の間に集った者たちに号令をかけた。
「よし! 紅魔館全軍出撃よ!」
敵はドロワーズにあり、ロビーに集っていた皆の前でえいえいおーと拳を突き上げて士気を高めるレミリアであった。
さっそく紅魔館最大の戦力、妹のフランドールを呼ぶために地下室に赴く。
「さあ、行くわよ! フラン」
「えー、めんどくさいよ」
レミリアがベッドで寝そべってだべっているフランの手を引くが、フランはベッドから出ようとしない。
「何言ってんの、外に出してあげるっていってんじゃない」
「いいよもう、一生家の中で暮らすから。ぶっちゃけいまさら外に出るのなんて億劫だし、外に出ても楽しいことなんて何にもないし。家で寝そべって漫画読んだりお菓子食べたりしてる方が気楽だもん」
「すっかり引きこもり体質になってる……」
重症だった。
「まるで現代っ子ですね。閉じ込めすぎたのでしょうか」
*
「んもー、めどいなあ……」
渋るフランを無理やりに連れ出して、紅魔館一同は異変解決のために旅立った。
「そんなめどいめどいばっか言ってたら、メイドの格好させるわよ」
空を飛びながらレミリアが答える。
咲夜の調査によると、紅魔館近隣にドロワーズが降って来た時点の風向と風力を計算した場合、異変の起こった場所は魔法の森の上空付近になるようだ。
「あ、あれじゃないですか? レミリア様」
早速咲夜が何か見つけたようだ。レミリアはその指が指し示す方角に目を向ける。
「こ、これは……」
目の前に広がる光景を見て、レミリアはしばしの間絶句した。
「空に人間が突き刺さっている!」
レミリアは絶叫した。
空に天井があり、そこに人間が突き刺さり、ぷらんぷらんとぶら下がっているのだ。
嘘みたいな本当の話であった。
良く見るとそれは皆見知っている人間であった。
「霊夢に魔理沙に妖夢に輝夜に早苗に……」
レミリアは天井に刺さっている人間の身なりから、人物の見当を付ける。
顔は埋まっているが、服装でだいたいわかる。
「つまり、彼女達のドロワが脱げて降り注いできたというわけですね」
咲夜が異変の仔細をまとめる発言をした。
なるほど、そういうこともあるのかと、一同は納得してうなづく。
見ればチルノや穣子らしき者も天井に刺さっている。
靴が半端な数しかなかったのは、彼女らが裸足だったからだ。
これで降って来たドロワーズと靴の謎は解けた。
しかし、謎はまだ幾つか残っている。
「何で空に天井があるのかしら?」
「いつか文々。新聞の朝刊に載ってましたわ。幻想郷の空には天蓋があるんです。萃香が以前それを破壊したとか」
パチュリーが疑問を呈すると、咲夜が答えた。
言われてパチュリーもああ、そうかと思う。確かにそんな記事を目にした覚えがある。
空に天井があるとは非常識な世界だが、天界とか冥界があるんだから、別に天井だってあってもいいかも?
もともと非常識な場所である幻想郷に今更突っ込みを入れても無駄な気もする。というかギャグだったら無意味な気もする。
「でも、何だか空の天井にしてはずいぶん低い位置にあるわね?」
確かに皆が突き刺さっているのはそれほど高くない位置だった。
「魔法の森の上空だけ特別天井が低かったのでしょうか?」
随分なご都合主義であった。
「あっさりついちゃいましたね。敵みたいのは見当たりませんが」
咲夜があたりを見回して言った。
そういえば、幻想郷の猛者のほとんどが、天井に突き刺さり、なおかつノーパンで無様な様を晒していると言うのに、いつもならいるはずの異変の黒幕が見当たらない。
「主要キャラはみんないますね。それにモブの妖精さんたちも一部」
「これはいったいどういうこと? 幻想郷キャラが天井に突き刺さる異変なの?」
レミリアには訳が分からなかった。
誰にもわからないだろう。
「あら? あれは」
パチュリーがふと声を漏らした。彼女の視線は地上に向けられている。
「どうしたの? パチュリー」
この下は魔法の森だ。何か見つけたのだろうか。
「いや、たぶん関係ないと思うけど、一応調べてみるわ」
そう言うと、パチュリーは館から持ってきた本のページをめくりだした。
パチュリーが持っているのは例のノストラなんとかの予言書である。
そんなもの、読んで何が書いてあるのだろうか、もう1999年なんて過ぎ去って久しいのに、と少し疑問に思ったが、レミリアはもっと気になることがあったのでパチュリーを置いて、天井に近づくことにした。
レミリアはふよふよと飛んで天井に突き刺さっている霊夢の傍へ行くと、おもむろに彼女の赤いスカートをめくってみる。
履いてなかった。
まあドロワは地上に降って今紅魔館にあるのだから当然である。
生えて……どがっ。
レミリアは顔面を蹴られたショックで少し自由落下するが、体勢を立て直すとよたよたと咲夜達が居るところまで戻ってきた。
「レミリア様、お怪我は?」
咲夜が形だけ心配そうに尋ねる。
レミリアの鼻から血が出ている。しかし。
「なんでしてやったり、みたいな顔されてるんですか?」
「しかし、靴が脱げるのは分かるけど、下着まで脱げるかしら?」
鼻にこよりを詰めながら、威厳に満ちた声でレミリアは言う。
「そこはお約束というやつです。もしくは期待されている結果はいずれそうなるという法則」
「意味解らないわ」
「とりあえず、こうして見ているだけでは埒があきません。天井を破壊して皆を救い出しましょう」
「ふむ。少し惜しい気もするけど。フラン」
「おっけー」
言われてフランドールが空中で片手を突きあげ、土曜日の夜的なポーズを取る。
「見るか、星々の砕け散る様を……」
フランは魔力を指の先に凝縮させた。
「ギャラクシアン・エクスプロー」
「待った!」
フランが腕を振り上げて丁度力を放出しようとしたその時に、静止が入った。
声の主はパチュリーだった。
「ちょっとパチュリー、何で止めるのよ?」
「今天井を破壊しては駄目よ」
「どうして?」
「原因を見つけたわ。この場にいない主要キャラクターが原因よ」
「キャラクター?」
パチュリーが何か見つけたらしい。
主要キャラクターが原因とは何のことかわからなかったが、ともかく言われるがまま、パチュリーの言に従って空を降りる紅魔館の面々であった。
紅魔館一同が降り立った魔法の森の一角。
そこには洋館風のこざっぱりとした建物が建っていた。
「ここは……誰の家だっけ?」
レミリアがあたりの様子を確認しようときょろきょろと見回すと、建物の前にある花壇のそばになんだか金色のような青色のような丸い物体があるのが目についた。
それは膝を抱えて青い顔しながら体育座りしているアリスだ。
「なんだ、人形師じゃない。相変わらず暗いわね」
見ればアリスは地面を見つめて人差し指で「の」の字をいくつも描きながら、何か小声でぶつぶつと呟いている。
「さっき空中から見えたのよ」
パチュリーが言い添える。
「アリスって主要キャラクターでしたっけ?」
咲夜がごく自然にひどいことを言った
「何か喋ってるわ。何かしら?」
レミリアはアリスに歩み寄り、メガホンを彼女の口近くに当てて声を聞きとってみることにした。
『ワタシニトモダチナンテイナインダ……ワタシハヒトリ…ヒトリボッチ…』
「うえ……」
あまりにも陰鬱すぎて電波っぽい独り言を聞いて、レミリアは露骨に嫌な顔をした。
どうやらアリスは自分に友達がいないことを気にしているらしい。
「しかしまあ、アリスが根暗なことは分かったけど、これは今回の異変とは関係ないわよね?」
「そうですねえ」
レミリアと咲夜はお互いに首を傾げながら見つめ合う。
「みんな、近づいてはいけない! アリスから離れて!」
アリスから少し離れた場所にいたパチュリーが叫んだ。
「え?」
「つまり、これは『アリスと友達になろうとした人がみんな天井にぶっささる異変』なのよ」
「ハア?」
レミリアはお前は何を言ってるんですか、と言う顔でパチュリーを見つめ返す。
「今ちょうどそこまで読んだのよ。予言書のハクタクの黙示録第三章」
みると、パチュリーは館から持ってきた本を読んでいる。
さっき空中でも広げていたノストラなんとかの予言書だ。
「『八の年、十二の月、アリス・マーガトロイドと友達になろうとするものは急激な揚力に支配され、天の天井に突き刺さるであろう』この予言書にはそう記されているわ」
「何を言っているの、パチュリー?」
「気が狂ったの?」
フランが言う。おまえがいうの? とレミリアはフランを見つめる。
「本当に書いてあるのよ……むきゅ。とにかくもし今天井を破壊したら、遮るものがなくなってしまう」
「そうするとどうなるっていうのよ?」
レミリアは目を細めながら尋ね返す。
「たぶん重力が無効化されているみたいだから、そのまますっ飛んで行ってしまうわ」
「どこまで?」
「どこまででも」
「んなバカな」
「でももしそうだったとしたら危険ですよね」
咲夜が頬杖をつきながら横やりを入れる。
「じゃあどうすればいいの……」
せっかく異変を解決して名声を得ようとしていたのに。
レミリアはちょっとがっかりする。何か解決策はないだろうか。
「要するに友達でなくなればいいんじゃないですか? 上に居る人たちにアリスとの絶交宣言をさせればよろしいかと」
咲夜が結構すごいことをしらっと言い放ったので、その場にいた皆は一斉に彼女の方に顔を向ける。
「なるほど……て」
「あんた、鬼畜だな」
フランドールが落ち込んでいるアリスと咲夜を交互に見ながら言った。
*
結局他に代案がないので、咲夜の案を取ることにした。
「まあ、皆がどう言うかだけど……」
レミリアは天井に突き刺さっている皆にその話を伝えてみる。
『わかった!』
二つ返事で了承の声が返ってきた。
「皆さん、聞きわけがよろしいようで……」
「あんたら、吸血鬼より鬼だよ……」
「では皆さん、お願いします」
咲夜の合図で皆がアリスとの絶交宣言を口にすることとなった。
皆、なんとかして早く身動きの取れない状態から抜け出したかったらしい。
「アリスなんか友達じゃないわ!」
さっそく第一声。これは霊夢の声だ。
天井に顔が埋まっていると言うのに、ことのほか大きい声。
ビクゥ! 地上にいるアリスの体が反応する。
どうやら地上まで届いているらしい。
「…………っ!」
地上に居て、アリスのそばにいたフランがその様子を見て苦々しい顔を作った。
「アリスとは絶交だぜ!」
「マガトロもネギトロもこりごりだよ!」
「マーガリンにはもううんざりよ!」
「今度からパンにはピーナッツクリームを塗って食べることにするわ!」
「フィギュアとか二十歳で卒業でしょ!」
天井に突き刺さっていた少女達が、口ぐちにアリスとの友人関係解消宣言をしたその直後だった。
ぼたぼたぼた。
みんな落ちてきた。嘘みたい。
異変が解決し、地上に降りてきた紅魔館の面々と幻想郷のお歴々が一同に会する。
「じゃあみなさん、これからはアリスには近づかないということでよろしいですか?
『はーい』
メイド長の呼びかけに、皆は明るい声で答えた。
皆、裸足でノーパンである。
そんな中、紅魔館の主レミリア・スカーレットはしゃがみこみ、どの少女の足が一番美しいかを品評していた。
それを尻目に、庭の片隅でしゃがみこんでいたアリスの姿はますますどんよりと落ち込んでいった。
白かった顔はもはや真っ青になり、目はうつろで、今にも死にそうだ。
やがてアリスはふらりと立ち上がると、おぼろげな足取りで背中を曲げてとぼとぼと自分の家に歩いていく。
その手をはっしとつかんだ者がいた。
「……フランドール様?」
「この子の痛みは私の痛み……」
フランがさらにアリスの両手をつかんだ。
アリスが振り向き、恐怖にも似た目つきでその顔を見つめ返す。
何が起こっているのか解らないと言った様子だ。
「フラン! やめなさい! 宇宙まですっ飛んで行っちゃうわよ!」
「諦めてください、アリスに友達がいないのは、幻想郷の法則、摂理なんです!」
またメイド長がひどいことを言った。何かアリスに恨みでもあるのか。
しかし、確かにフランドールの体は浮き上がりつつあった。
アリスと友達になろうとしているフランドールの行為に異変が反応しているのだ。
このままでは、フランも飛ばされて天井に突き刺さってしまい、またドロワーズが脱げてしまう。
だが。
「友達になることを禁じる法則なんていらない! そんなのが幻想の神が定めた決まりだっていうんなら、私はその摂理に反逆する!」
法 則
破 壊
< Rule Braker >
フランの絶叫が木霊した。
その声が轟くと共に、ぱりんというガラスが割れるような音がして、同時に世界全体が揺らいだ。
「そんな!?」
「すべてを破壊する程度の能力……幻想の法則ですら破壊した…」
レミリアとパチュリーは驚き、ほぼ同時に呻きを漏らす。
叫んだフランは既に足をしっかりと地面に着けていた。
フランの体を支配しつつあった揚力が力を失ッているのが分かる。
「さあ! こっちへきてアリス! 私はあなたの友達よ!!」
「ともだち……?」
「そうよ! 友達よ!」
「フラン……うわああああ!!」
アリスは感極まり、くちゃくちゃになってフランの胸元に顔をうずめる。
「なんという愛じゃ、いたわりと言う名の愛じゃ」
「良かった……ハッピーエンドね」
そう言えば周りで見ていた幻想郷のモブの面々から口々に感動の言葉が述べられた。
しかし。
「……っ」
きっ。アリスがそいつらをにらみつけた。
「いや、そのな、アリス」
「あ、あれは仕方がなかったのよー」
丁度皆の一番前に居た魔理沙と霊夢が、先ほど言った人でなしな発言をたじろぎながら弁解しようとするが、半泣きになっているアリスからは変わらず地獄の底から見つめるような怨嗟の視線が返ってくる。
「ん? アリス何か言ってる? 何?」
フランが気になってメガホンをアリスの口元に当てて聞いてみる。
パルパルパルパルパルパルパルパル……
「うわあ」
しばらくパルパルいい終わった後、一転して笑顔を作ったアリスはその笑顔をフランに向ける。
「さあ、フラン、うちに入って遊びましょうか」
「うん、アリスはどんなことして遊ぶのが好き?」
「そうねえ、私はベッドに寝そべって漫画読んだりお菓子を食べ散らかしたりするのが好きね」
「わあ、私も大好き! アリス、私たち気が合うね」
そう言い合って二人は仲良さそうにマーガトロイド亭に入っていくのだった。
それを見送りながら、レミリアは隣にいる咲夜に話しかける。
「一件落着、なのかしら?」
「まあ、そう言えますでしょうか。あちらに居る皆さん方は、しばらくアリスに口を聞いてもらえないでしょうけど」
苦笑しながら咲夜が言った。
あんたもずいぶんひどいこと言ってたけどな、とレミリアは思うが、元々咲夜はアリスと友達のつもりはないようだから別に気にしないのかもしれない。
それよりも、皆が気付かなければいいのだが、とレミリアは続けて考えるのだった。
あのドロワーズ、返さなきゃいけないのかなあ……できればコレクションにしときたいんだけど。
「百億はありませんが、47着ありました。靴は44足」
咲夜がそうレミリアに報告する。
紅魔館、君主謁見室。
現在その中央の玉座にはレミリアが座っている。
その前に置かれた机には、現在起こっている異変・通称「ボストン・ドロワーズ・パーティー」の証拠品として提示された無数のドロワーズが置かれていた。
今朝のことだ。咲夜が洗濯物を干していると、空からひらひらと無数の一反木綿が降って来た。
逆光で分からなかったが、落ちてきたものを確認すると数枚のドロワーズであることが分かった。
好魔館の面々が身に着けているドロワーズとは違っていた。
「裸足の者が3名いるということになりますね。いったい誰の持ち物なのでしょうか?」
「む、この匂いは霊夢……」
レミリアは差し出されたドロワーズを手にとり、くんかくんかと匂いを嗅いだ。
霊夢のと思わしきドロワーズのにおいを堪能した後、続けざまに新しいドロワーズを手に取る。
「こっちは萃香……」
「なぜお分かりになるのですか?」
「吸血鬼なら当然ざます」
「そうなんですか」
「そうなのですよ」
何故敬語なのですか、と言うメイド長の疑問は尤もである。
「世の中には不思議が多いですね」
沸き起こる疑問を押し殺し、無表情に主に答える咲夜は大人である。
その後ろから話し声がした。
「驚いた。この予言書に書いてある内容どおりね」
パチュリーが小悪魔を伴って謁見室に入ってきた。
「それ~、本当に当たるんですか?」
小悪魔はパチュリーの後ろから胡散臭そうにその本を覗き込んでいる。
パチュリーが手にしているのはその名もノストラダムZUNの予言書と言う。
彼女が偶然図書館で発見した予言書だ。
それを尻目に、咲夜はレミリアの座る玉座の前に厳かに膝をついた。
君主に謁見する臣下の姿勢である。
「レミリア殿下に具申したき儀がございます」
「言ってみなさい」
「はっ、はばかりながら申し上げます。レミリア様がご自身でこのドロワーズ異変を解決なさってはいかがでしょうか」
「異なことを。私は吸血鬼。妖怪なのよ? 妖怪は人間にとって畏怖の対象。彼らを悩ませこそすれ、助けてどうするの?」
「レミリア様のおっしゃりようは至極当然かと思います。しかしながら、愚見を申し上げさせていただくなら、畏怖というのにも種類があると思うのです。そもそも民衆というのは君主の力を知ってこそ、畏れると同時に敬うというもの。であるというのに、昨今では、里の方でも我ら宵闇の眷族を侮る風潮が出てきているとか。何でも『ヘタレミリア』などと言って」
発言を区切る前に咲夜が述べた言葉を聞いて、レミリアの眉がぴくんと跳ね上がった。
「ヘタレミリア」
その言葉を聞いて、隠してはいるが、表情には抑えきれない怒気がにじみだしてきている。
だが咲夜は冷静だった。
主の逆鱗に触れるかもしれない危険な発言をしているというのに。
「ですから、このドロワーズ異変を我ら紅魔館の手でもって迅速に解決してみせ、郷中にレミリア様のお力を知らしめることこそ威厳の回復になるのではないでしょうか」
そう言われると、レミリアはしばし考え込んだが、やがて、顎に手を当ててから少し微笑する。
「なるほど、一理あるわね」
レミリアはすっくと瀟洒に席を立つと、手を掲げて謁見の間に集った者たちに号令をかけた。
「よし! 紅魔館全軍出撃よ!」
敵はドロワーズにあり、ロビーに集っていた皆の前でえいえいおーと拳を突き上げて士気を高めるレミリアであった。
さっそく紅魔館最大の戦力、妹のフランドールを呼ぶために地下室に赴く。
「さあ、行くわよ! フラン」
「えー、めんどくさいよ」
レミリアがベッドで寝そべってだべっているフランの手を引くが、フランはベッドから出ようとしない。
「何言ってんの、外に出してあげるっていってんじゃない」
「いいよもう、一生家の中で暮らすから。ぶっちゃけいまさら外に出るのなんて億劫だし、外に出ても楽しいことなんて何にもないし。家で寝そべって漫画読んだりお菓子食べたりしてる方が気楽だもん」
「すっかり引きこもり体質になってる……」
重症だった。
「まるで現代っ子ですね。閉じ込めすぎたのでしょうか」
*
「んもー、めどいなあ……」
渋るフランを無理やりに連れ出して、紅魔館一同は異変解決のために旅立った。
「そんなめどいめどいばっか言ってたら、メイドの格好させるわよ」
空を飛びながらレミリアが答える。
咲夜の調査によると、紅魔館近隣にドロワーズが降って来た時点の風向と風力を計算した場合、異変の起こった場所は魔法の森の上空付近になるようだ。
「あ、あれじゃないですか? レミリア様」
早速咲夜が何か見つけたようだ。レミリアはその指が指し示す方角に目を向ける。
「こ、これは……」
目の前に広がる光景を見て、レミリアはしばしの間絶句した。
「空に人間が突き刺さっている!」
レミリアは絶叫した。
空に天井があり、そこに人間が突き刺さり、ぷらんぷらんとぶら下がっているのだ。
嘘みたいな本当の話であった。
良く見るとそれは皆見知っている人間であった。
「霊夢に魔理沙に妖夢に輝夜に早苗に……」
レミリアは天井に刺さっている人間の身なりから、人物の見当を付ける。
顔は埋まっているが、服装でだいたいわかる。
「つまり、彼女達のドロワが脱げて降り注いできたというわけですね」
咲夜が異変の仔細をまとめる発言をした。
なるほど、そういうこともあるのかと、一同は納得してうなづく。
見ればチルノや穣子らしき者も天井に刺さっている。
靴が半端な数しかなかったのは、彼女らが裸足だったからだ。
これで降って来たドロワーズと靴の謎は解けた。
しかし、謎はまだ幾つか残っている。
「何で空に天井があるのかしら?」
「いつか文々。新聞の朝刊に載ってましたわ。幻想郷の空には天蓋があるんです。萃香が以前それを破壊したとか」
パチュリーが疑問を呈すると、咲夜が答えた。
言われてパチュリーもああ、そうかと思う。確かにそんな記事を目にした覚えがある。
空に天井があるとは非常識な世界だが、天界とか冥界があるんだから、別に天井だってあってもいいかも?
もともと非常識な場所である幻想郷に今更突っ込みを入れても無駄な気もする。というかギャグだったら無意味な気もする。
「でも、何だか空の天井にしてはずいぶん低い位置にあるわね?」
確かに皆が突き刺さっているのはそれほど高くない位置だった。
「魔法の森の上空だけ特別天井が低かったのでしょうか?」
随分なご都合主義であった。
「あっさりついちゃいましたね。敵みたいのは見当たりませんが」
咲夜があたりを見回して言った。
そういえば、幻想郷の猛者のほとんどが、天井に突き刺さり、なおかつノーパンで無様な様を晒していると言うのに、いつもならいるはずの異変の黒幕が見当たらない。
「主要キャラはみんないますね。それにモブの妖精さんたちも一部」
「これはいったいどういうこと? 幻想郷キャラが天井に突き刺さる異変なの?」
レミリアには訳が分からなかった。
誰にもわからないだろう。
「あら? あれは」
パチュリーがふと声を漏らした。彼女の視線は地上に向けられている。
「どうしたの? パチュリー」
この下は魔法の森だ。何か見つけたのだろうか。
「いや、たぶん関係ないと思うけど、一応調べてみるわ」
そう言うと、パチュリーは館から持ってきた本のページをめくりだした。
パチュリーが持っているのは例のノストラなんとかの予言書である。
そんなもの、読んで何が書いてあるのだろうか、もう1999年なんて過ぎ去って久しいのに、と少し疑問に思ったが、レミリアはもっと気になることがあったのでパチュリーを置いて、天井に近づくことにした。
レミリアはふよふよと飛んで天井に突き刺さっている霊夢の傍へ行くと、おもむろに彼女の赤いスカートをめくってみる。
履いてなかった。
まあドロワは地上に降って今紅魔館にあるのだから当然である。
生えて……どがっ。
レミリアは顔面を蹴られたショックで少し自由落下するが、体勢を立て直すとよたよたと咲夜達が居るところまで戻ってきた。
「レミリア様、お怪我は?」
咲夜が形だけ心配そうに尋ねる。
レミリアの鼻から血が出ている。しかし。
「なんでしてやったり、みたいな顔されてるんですか?」
「しかし、靴が脱げるのは分かるけど、下着まで脱げるかしら?」
鼻にこよりを詰めながら、威厳に満ちた声でレミリアは言う。
「そこはお約束というやつです。もしくは期待されている結果はいずれそうなるという法則」
「意味解らないわ」
「とりあえず、こうして見ているだけでは埒があきません。天井を破壊して皆を救い出しましょう」
「ふむ。少し惜しい気もするけど。フラン」
「おっけー」
言われてフランドールが空中で片手を突きあげ、土曜日の夜的なポーズを取る。
「見るか、星々の砕け散る様を……」
フランは魔力を指の先に凝縮させた。
「ギャラクシアン・エクスプロー」
「待った!」
フランが腕を振り上げて丁度力を放出しようとしたその時に、静止が入った。
声の主はパチュリーだった。
「ちょっとパチュリー、何で止めるのよ?」
「今天井を破壊しては駄目よ」
「どうして?」
「原因を見つけたわ。この場にいない主要キャラクターが原因よ」
「キャラクター?」
パチュリーが何か見つけたらしい。
主要キャラクターが原因とは何のことかわからなかったが、ともかく言われるがまま、パチュリーの言に従って空を降りる紅魔館の面々であった。
紅魔館一同が降り立った魔法の森の一角。
そこには洋館風のこざっぱりとした建物が建っていた。
「ここは……誰の家だっけ?」
レミリアがあたりの様子を確認しようときょろきょろと見回すと、建物の前にある花壇のそばになんだか金色のような青色のような丸い物体があるのが目についた。
それは膝を抱えて青い顔しながら体育座りしているアリスだ。
「なんだ、人形師じゃない。相変わらず暗いわね」
見ればアリスは地面を見つめて人差し指で「の」の字をいくつも描きながら、何か小声でぶつぶつと呟いている。
「さっき空中から見えたのよ」
パチュリーが言い添える。
「アリスって主要キャラクターでしたっけ?」
咲夜がごく自然にひどいことを言った
「何か喋ってるわ。何かしら?」
レミリアはアリスに歩み寄り、メガホンを彼女の口近くに当てて声を聞きとってみることにした。
『ワタシニトモダチナンテイナインダ……ワタシハヒトリ…ヒトリボッチ…』
「うえ……」
あまりにも陰鬱すぎて電波っぽい独り言を聞いて、レミリアは露骨に嫌な顔をした。
どうやらアリスは自分に友達がいないことを気にしているらしい。
「しかしまあ、アリスが根暗なことは分かったけど、これは今回の異変とは関係ないわよね?」
「そうですねえ」
レミリアと咲夜はお互いに首を傾げながら見つめ合う。
「みんな、近づいてはいけない! アリスから離れて!」
アリスから少し離れた場所にいたパチュリーが叫んだ。
「え?」
「つまり、これは『アリスと友達になろうとした人がみんな天井にぶっささる異変』なのよ」
「ハア?」
レミリアはお前は何を言ってるんですか、と言う顔でパチュリーを見つめ返す。
「今ちょうどそこまで読んだのよ。予言書のハクタクの黙示録第三章」
みると、パチュリーは館から持ってきた本を読んでいる。
さっき空中でも広げていたノストラなんとかの予言書だ。
「『八の年、十二の月、アリス・マーガトロイドと友達になろうとするものは急激な揚力に支配され、天の天井に突き刺さるであろう』この予言書にはそう記されているわ」
「何を言っているの、パチュリー?」
「気が狂ったの?」
フランが言う。おまえがいうの? とレミリアはフランを見つめる。
「本当に書いてあるのよ……むきゅ。とにかくもし今天井を破壊したら、遮るものがなくなってしまう」
「そうするとどうなるっていうのよ?」
レミリアは目を細めながら尋ね返す。
「たぶん重力が無効化されているみたいだから、そのまますっ飛んで行ってしまうわ」
「どこまで?」
「どこまででも」
「んなバカな」
「でももしそうだったとしたら危険ですよね」
咲夜が頬杖をつきながら横やりを入れる。
「じゃあどうすればいいの……」
せっかく異変を解決して名声を得ようとしていたのに。
レミリアはちょっとがっかりする。何か解決策はないだろうか。
「要するに友達でなくなればいいんじゃないですか? 上に居る人たちにアリスとの絶交宣言をさせればよろしいかと」
咲夜が結構すごいことをしらっと言い放ったので、その場にいた皆は一斉に彼女の方に顔を向ける。
「なるほど……て」
「あんた、鬼畜だな」
フランドールが落ち込んでいるアリスと咲夜を交互に見ながら言った。
*
結局他に代案がないので、咲夜の案を取ることにした。
「まあ、皆がどう言うかだけど……」
レミリアは天井に突き刺さっている皆にその話を伝えてみる。
『わかった!』
二つ返事で了承の声が返ってきた。
「皆さん、聞きわけがよろしいようで……」
「あんたら、吸血鬼より鬼だよ……」
「では皆さん、お願いします」
咲夜の合図で皆がアリスとの絶交宣言を口にすることとなった。
皆、なんとかして早く身動きの取れない状態から抜け出したかったらしい。
「アリスなんか友達じゃないわ!」
さっそく第一声。これは霊夢の声だ。
天井に顔が埋まっていると言うのに、ことのほか大きい声。
ビクゥ! 地上にいるアリスの体が反応する。
どうやら地上まで届いているらしい。
「…………っ!」
地上に居て、アリスのそばにいたフランがその様子を見て苦々しい顔を作った。
「アリスとは絶交だぜ!」
「マガトロもネギトロもこりごりだよ!」
「マーガリンにはもううんざりよ!」
「今度からパンにはピーナッツクリームを塗って食べることにするわ!」
「フィギュアとか二十歳で卒業でしょ!」
天井に突き刺さっていた少女達が、口ぐちにアリスとの友人関係解消宣言をしたその直後だった。
ぼたぼたぼた。
みんな落ちてきた。嘘みたい。
異変が解決し、地上に降りてきた紅魔館の面々と幻想郷のお歴々が一同に会する。
「じゃあみなさん、これからはアリスには近づかないということでよろしいですか?
『はーい』
メイド長の呼びかけに、皆は明るい声で答えた。
皆、裸足でノーパンである。
そんな中、紅魔館の主レミリア・スカーレットはしゃがみこみ、どの少女の足が一番美しいかを品評していた。
それを尻目に、庭の片隅でしゃがみこんでいたアリスの姿はますますどんよりと落ち込んでいった。
白かった顔はもはや真っ青になり、目はうつろで、今にも死にそうだ。
やがてアリスはふらりと立ち上がると、おぼろげな足取りで背中を曲げてとぼとぼと自分の家に歩いていく。
その手をはっしとつかんだ者がいた。
「……フランドール様?」
「この子の痛みは私の痛み……」
フランがさらにアリスの両手をつかんだ。
アリスが振り向き、恐怖にも似た目つきでその顔を見つめ返す。
何が起こっているのか解らないと言った様子だ。
「フラン! やめなさい! 宇宙まですっ飛んで行っちゃうわよ!」
「諦めてください、アリスに友達がいないのは、幻想郷の法則、摂理なんです!」
またメイド長がひどいことを言った。何かアリスに恨みでもあるのか。
しかし、確かにフランドールの体は浮き上がりつつあった。
アリスと友達になろうとしているフランドールの行為に異変が反応しているのだ。
このままでは、フランも飛ばされて天井に突き刺さってしまい、またドロワーズが脱げてしまう。
だが。
「友達になることを禁じる法則なんていらない! そんなのが幻想の神が定めた決まりだっていうんなら、私はその摂理に反逆する!」
法 則
破 壊
< Rule Braker >
フランの絶叫が木霊した。
その声が轟くと共に、ぱりんというガラスが割れるような音がして、同時に世界全体が揺らいだ。
「そんな!?」
「すべてを破壊する程度の能力……幻想の法則ですら破壊した…」
レミリアとパチュリーは驚き、ほぼ同時に呻きを漏らす。
叫んだフランは既に足をしっかりと地面に着けていた。
フランの体を支配しつつあった揚力が力を失ッているのが分かる。
「さあ! こっちへきてアリス! 私はあなたの友達よ!!」
「ともだち……?」
「そうよ! 友達よ!」
「フラン……うわああああ!!」
アリスは感極まり、くちゃくちゃになってフランの胸元に顔をうずめる。
「なんという愛じゃ、いたわりと言う名の愛じゃ」
「良かった……ハッピーエンドね」
そう言えば周りで見ていた幻想郷のモブの面々から口々に感動の言葉が述べられた。
しかし。
「……っ」
きっ。アリスがそいつらをにらみつけた。
「いや、そのな、アリス」
「あ、あれは仕方がなかったのよー」
丁度皆の一番前に居た魔理沙と霊夢が、先ほど言った人でなしな発言をたじろぎながら弁解しようとするが、半泣きになっているアリスからは変わらず地獄の底から見つめるような怨嗟の視線が返ってくる。
「ん? アリス何か言ってる? 何?」
フランが気になってメガホンをアリスの口元に当てて聞いてみる。
パルパルパルパルパルパルパルパル……
「うわあ」
しばらくパルパルいい終わった後、一転して笑顔を作ったアリスはその笑顔をフランに向ける。
「さあ、フラン、うちに入って遊びましょうか」
「うん、アリスはどんなことして遊ぶのが好き?」
「そうねえ、私はベッドに寝そべって漫画読んだりお菓子を食べ散らかしたりするのが好きね」
「わあ、私も大好き! アリス、私たち気が合うね」
そう言い合って二人は仲良さそうにマーガトロイド亭に入っていくのだった。
それを見送りながら、レミリアは隣にいる咲夜に話しかける。
「一件落着、なのかしら?」
「まあ、そう言えますでしょうか。あちらに居る皆さん方は、しばらくアリスに口を聞いてもらえないでしょうけど」
苦笑しながら咲夜が言った。
あんたもずいぶんひどいこと言ってたけどな、とレミリアは思うが、元々咲夜はアリスと友達のつもりはないようだから別に気にしないのかもしれない。
それよりも、皆が気付かなければいいのだが、とレミリアは続けて考えるのだった。
あのドロワーズ、返さなきゃいけないのかなあ……できればコレクションにしときたいんだけど。
まさかドロワの流れからこう来るとはおもいもよらなんだ。
GJ、マジGJです。
完全な孤独に追い込むことで咲夜さんはアリスを自分だけの人形にできると…
即ちヤンデレ