ドロワは激怒した。
かの邪知暴虐な西行寺幽々子を滅殺せねばならぬと決意した。
灰に変わっていく様を、塵を見るかのような眼差しで見つめる亡霊嬢に、一矢報いなくてはならない。
怨嗟の言葉は、燃え盛る炎の中に消え、いつしか意識も炎にくべられた。
事の顛末は、春の初めまで遡る。
同じドロワを履きつづけて冬眠を敢行してしまった紫。
そのドロワはみんなの夢を詰め込んで、ついに意思を持つに至った。
宿った意思は純朴な犬のようなもので、無邪気に跳ね回る様が不気味でたまらなかった。
橙は家に寄り付かなくなり、紫はショックで寝込んでしまった。
しかし藍はどうしても、このドロワーズを嫌いにはなれなかった。
水に漬け、手洗いで優しく洗ってやると、くすぐったそうに体をよじらせる。
たしかに元がドロワだと考えると気持ち悪いのだが、一種の九十九神のようなものだ。
冬の間、主人の体を優しく守っていたのだと思うと、邪険に扱うことはどうしてもできなかった。
八雲家にドロワが着てから、数日経った日のことだった。
今年の春は例年よりもいくらか暖かく、桜の花も早々につぼみを付け始めた。
相変わらず紫は床から出てこなかったが、それはいつものことだろ藍は流す。
いちいち主人の相手をしていたら、それだけで日が暮れてしまうのだ。
「はぁ退屈だな」
といっても、家事を済ませてしまえばやることもなくなる。
縁側に座って一人お茶を飲んでいると、庭にあのドロワが表れた。
「ん? なんだ?」
ドロワがずっと、同じ場所をクルクル回っている。
言葉はなくとも、藍とドロワはお互いの心が通じ合えるほどに仲良くなっていた。
お酒を布に染み込ませたときは、ドロワはゆらりと揺れてそのまま動かなくなった。
死んでしまったのではないかと慌てたが、ドロワはすぐに起き上がり、変な動きをし始めた。
ただ酔っ払っただけかと安堵したとき、もうドロワは藍にとって、かけがえのない家族になっていた。
「わかったわかった、すぐに行ってやるからな」
履物を用意して、ドロワの回る場所へといくと、ドロワはピタっと動きを止めた。
「んー? ここを掘ればいいのか?」
藍がそう言うと、ドロワは嬉しそうに体をよじらせた。
「よしわかった、今から掘ってやるからな」
自慢の爪を生かせば、土の地面などプリン以下。
掘ってすぐに、お目当てのものらしきものが見つかった。
否、吹き出した。
「うわっ! 温泉じゃないか!」
こんな近くに温泉が埋まっていたとは思わなかった。
上手くすれば、庭に露天風呂を作ることもできるかもしれない。
「すごいなお前は!」
きっと紫様も、ドロワを認めてくださるだろう。
藍の思った通り、紫はドロワに感服し、正式に家に置くことを認めた。
はじめはぎこちなかった態度も、時間が経てば雪解けを見せはじめ、今では芸を仕込もうとするほどに子煩悩になっている。
藍はドロワが認められたことと、紫が元気になったという二つのことに、喜びを隠せなかった。
ちなみに橙は、いまだに帰ってこない。
そんな、春も過ぎてしまったとある日のことだった。
幽々子が妖夢を連れて、八雲家へと訪ねてきた。
ドロワが嬉しそうに飛びついていった瞬間、妖夢に叩き斬られた。
理由は気持ち悪かったからだそうだ。
藍と紫の両名は、声を放って泣いた。
幽々子は気の毒だと思ったが、その場でドロワを焼くことにしたのだった。
だってドロワが動くなんて、気持ち悪いじゃないのとは幽々子の弁。
妖夢も悪びれる様子もなく、危険だと思ったからの一点張り。
両者の言い分は、平行線を辿った。
「ドロワよぉい・・・・・・」
ドロワの焼けた後には、星屑のような灰だけが残っていた。
藍は泣きながら灰を集め、小さな袋へと纏めた。
もう還らぬとはわかっているけれど、楽しかった日々を忘れられなくて。
紫は後悔していた。
こんなに唐突に別れがくるならば、もっと優しくしておけばよかったと。
突っぱねた態度が、ドロワの心を傷つけていたかもしれない。
そのことを謝れていなかったことが、紫の心残りだった。
「いや、ただのドロワじゃないですか」
「そうよねぇ、突然ドロワが飛びついてきたら、誰だってびっくりするわよ・・・・・・」
「あっ!」
悲しみで手が震え、小袋が藍の手から滑り落ちる。
宙にばら撒かれる、白い灰。
そして計ったようなタイミングで、風が吹いた。
灰は風に舞い上がり、既に舞い散ってしまった桜の木々を包み出した。
「わぁ・・・・・・」
「なん・・・・・・だと・・・・・・?」
灰が過ぎ去った後には、白い花が枝一面に咲いていた。
これには白けきっていた幽々子と妖夢も驚き、事の重大さを思い知った。
「ごめんなさい・・・・・・大事なドロワだったのね」
「も、申し訳ありませんでした、私の不心得でこのようなことになってしまい、どう償えばいいか・・・・・・」
「いいの、いいのよ二人とも・・・・・・。あの子は、最後にこんなに優しい贈り物を残していってくれたんだから」
紫は涙ぐみ、美しい桜の花へと目を戻した。
藍はおいおいと声を放って泣き、もう還らない、懐かしい日々を思い返していた。
俺もドロワ買って来る!
冬の間中履き続けるんだ!
2作品目お疲れさまですwww
ドロワ祭りどこまで続くんでしょうかwww
誰か橙のことも思い出してやってください・・・。