茹であがるような暑さで、目が覚めた。
視界は暗く、顔は横にしか動かない。
四肢が重たい。何か、大きく柔らかいものが押し付けられているようだ。
融けた石の中にいる。熱気と重圧の中で、さとりはそう感じた。
(……またですか)
唇と指先を、もぞもぞと動かした。生暖かい何かに、指が沈む。
少しの間そうしていると、やがて重みの元が刺激に応じて蠢きだした。
「ううん……ん、んふ、ふゃははは! な、なに!? く、くすぐったい!」
頭を抱いていたこいしが、寝巻き越しに二連装十勝平野を刺激され、転げながら布団からはみ出た。
「んにゃ……もっと、もっとぉ……ゴロゴロ」
顎の下級の”気持ちいいところ”をくすぐられて、燐がさらに深く左半身にしがみついた。
「ピーヒョロロロ」
(鳶!?)
右側の空は、微動だにしなかった。
寝息は乱れず、さとりの右腕に組みついた腕も緩まない。
いろんな意味で未開の地である空の体に、こちょこちょ程度の刺激は効かないのだ。
「……お空、起きなさい」
燐の胸の間から右手を強引に抜いて、空の肩を揺さぶる。
「……」
「お空」
「うにゅ」
むずがる空。
「お空ー」
耳たぶをつまむ。
「んっ……んー」
顔だけそっぽを向いて、空が逃げた。そして、またすぐに寝息を立て始める。
全く起きる気配がない。仮にも元野生動物なのに、この呑気さはいかがなものか。あるいは強い力を手に入れて、”脅威”が一気に減ったせいかもしれない。
さとりは小さく嘆息して、露出した左の耳に顔を寄せた。
「……私と一緒に?」
「フュージョンしましょ!」
さとりが囁き、稲妻の速さで空が跳ね起きた。ご丁寧に、左手で天を突き刺すようなポーズまで取っている。
「……はれっ? ここはどこ? わたしはたわし?」
「うーん……なあに、今の……? おくうったら、パワーアップしすぎてトサカにきちゃったの……?」
「ふわぁぁぁぁぁぁ……なんだいお空、まだ夜じゃないか……」
寝ぼけ眼の空が、きょろきょろとあたりを見回す。彼女の掛け声で、枕元に転がっていたこいしと燐も目を覚ましたようだ。
さとりは再び息を吐いた。頭の中はまだ重いが、体はもう軽い。
ようやく自由になったさとりは、寝汗でじっとりと濡れた寝巻きの胸元を引っ張りながら、ゆっくりと体を起こした。
「もう、すごい汗……背中までびしょびしょだわ」
この寝巻きは、ペットの地獄蚕のおキヌ(♀)が吐いた糸を、地獄ウマオイ(別名ハタオリ)の織ん(♀)が紡いで作ってくれたものだ。
とても柔らかいが、丈夫で通気性もよく、多少の寝汗ではびくともしない。それが洗濯したばかりのように水浸しになっていた。
とはいえ、火炎猫と地獄の人工太陽と恋の埋火の熱気に囲まれていればこうもなろう。
「ほらおくう、お姉ちゃん起きちゃったじゃない」
「とっくの昔に起きてたわよ」
「なんだそうなの。いったい何者のしわざかしら」
「おおよそ見当はついてるわ」
「さすがお姉ちゃん、察しの良さにかけては天下一品!」
「というわけで三人とも、そこに並んで座りなさい」
「うにゅ!」
「フニャー!」
こいしと話している間にこっそり逃げようとしていた猫と烏の首根っこをふん掴むさとり。
いつものように、彼女には全部バレているのだ。
最初から半ば諦めていたのか、二匹ともまったく抵抗せず、さとりに引っ張られて布団の上に正座した。
「お燐は左、お空は右。頭に乗ってたこいしは真ん中」
「なんでバレたのかしら……読めないはずなのに……」
首をかしげながら、ペットコンビの間に正座するこいし。
心の中が見えなくたって、確かに伝わる想いがある。そこに読める読めないは関係ない。
これでまた一つ、こいしに大切なことを教えることができた。さとりの心に、ささやかな達成感が生まれた。
ちなみに顔の前にいたのがこいしだと確信できたのは唇を動かした際寝巻き越しに触れたキュートでサブタレイニアンでポリグラフな果実の甘さのおかげなのだがあえて黙っていた。
世の中には知らなくても、いや、知らない方がいいこともある。さとりは誰よりもそれを知っていた。
「さて……布団に入る時は一人ずつって、いつも言ってるわよね?」
「そう、だから最初に私が入ってー」
「次に私が入りましてー」
「あたいが殿をつとめたってわけです」
屈託のない笑顔を浮かべて、華麗な連携を見せる三人。
放っておけば、はしじゃなくて真ん中を通りましたとでも言い出しそうだった。
「順番の話じゃないわよ。先客がいたら諦めなさいってこと」
「ふーん、先客ねえ。それならまず、お姉ちゃんが諦めるべきだったわ」
「え?」
「だって最初にこのお布団に入ったの、私だもん。たった今言ったでしょ?」
無意識を操る程度の能力。こいしはさとりが床につくより早く、さとりの布団に潜りこんでいたのである。
またやられた。どうりで湯たんぽを入れたわけでもないのに布団がポカポカしてると思った。さとりは己の不覚を悔やんだ。
「でも優しい私は笑って許してあげるのです。これにて一件落着!」
「さすがこいし様! 心が広いですわ!」
「まさに王者の風格!」
無邪気に拍手するキャット&レイヴン。
ものすごく厳密に言えば拍手ではなく拍前足なのだが、それはこの際どうでもいい。
こいしは誇らしげに両手を上げて喝采に応えている。
この妙なテンションに押し切られる前に、さとりは異議を申し立てることにした。
「いやいやいや、待って、ちょっと待って。私が最初じゃなかったのは認めるけど、そもそもこれ私の布団よね?」
「そんな細かいこと気にしてるから、お姉ちゃんは私に勝てないのよ」
「屁理屈が通れば理屈がひっこむという意味ならその通りね」
「屁理屈とは心外だわ。第一屁理屈っていうのは……へ……へ……へくちゅん!」
突然くしゃみを発射するこいし。
だいぶ布団から出ていたので、少し冷えたのだろう。
「あらら……こいし様、大丈夫ですか?」
「う、うん……ちょっと冷えたみたい」
空が羽を広げて、こいしを包んだ。
その空と燐も、身を縮めて寒そうにしている。
忘れかけていたが、今は真夜中だ。動物の時は毛と羽に包まれていて、人型の時も仕事場は火のそばな彼女達に、夜の寒さは辛いだろう。
さとりもまた、濡れた寝巻きに熱を奪われ始めていた。
「……仕方ないわね。ほら、三人とも布団に入りなさい」
「え……いいの?」
「それともみんな、自分の部屋まで歩いて帰る?」
「いやいや、そんな滅相もない! ありがたく入らせていただきます!」
調子よく、燐が言った。促すように、空の肩を叩く。
こいしが布団に潜り込むのを待って、さとりは体を横たえた。二人を挟むようにして、燐と空が左右からくっついてくる。
三人とも、笑顔だった。他愛のない話に、小さな花を咲かせている。
しばらくすると、声は寝息に変わった。
(……私も、甘いわね)
さとりは心の中で呟いた。
実のところ、こういうことは一回や二回で済まない。布団に潜り込んでくるのも、燐や空だけではない。
そして、こいしやペット達がやって来る理由も分かっていた。
何のことはない、みんなただ自分と一緒に寝たいだけなのだ。
それは猫が毛糸にじゃれるような、烏が光物を集めるような、そして”妹”が”姉”に甘えるような。
好きだから触りたい、ものにしたい、くっつきたいという、欲望というにはあまりにも純粋な好意の発露。
それを読んでしまうと、どうしても断る気にはなれず、つい甘やかしてしまうのだった。
(断れないのかもしれない)
きっとそうだと、さとりは思う。
自分がみんなの面倒を見てやってるなんて考えは浮かばない。むしろペット達は、嫌われものの自分に寄り添ってくれているのだ。
こんな私にありがとう、嫌われものなのにありがとう。”謝”りたいと”感”じてる、これを感謝というのだろう。
だから、せめて嫌われるまでは一緒にいよう。惜しみない愛を与えよう。
これでこいし達の侵入を許すのは十四日連続であることも忘れて、さとりはそう思うのだった。
「ところでお姉ちゃん」
「……起きてたのね。なあに、こいし?」
「どうして寝るときは仰向けになるのか知ってる?」
「どうしてって、うつ伏せだと息が……いや、肺がない妖怪もいるからそうとは言い切れないけど、っていうかなんでいきなりそんなこと……」
「答えはおっぱいが上を向くからでしたー。うーん、ふかふかー」
「はふん!? し、しまった! お燐とお空にくっつかれてるせいで動けない! け、結局こうなるのぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?」
惜しみない愛は、すぐに奪われた。
翌日、ペットの地獄アライグマの荒井空真(♀)のところへ、さとりがべちょべちょの寝巻きを持ってやってきた。
「なんすかこれ」
「何も聞かないで」
さとりの顔色は、不自然に良かった。
ていうかタイトルが某バンドのwww
ほかにも地獄○○っていそうなのがある意味怖いw
ところでいちいち胸の言い回しに吹くんですがどうしたらいいですか?
おそろしい甘さだぜ!