「むかしむかし、あるドロワにおじいさんとおばあさんが二人仲良く入っていました。
でもある日、おじいさんは気づきました。
暑い。
そう、ドロワは一人で履くものだったのです。
おじいさんはそれでも我慢しました。
でも我慢しきれずに、
『こんな婆と一緒に入ってられるか! 俺は幼女のドロワを求めて旅に出るぞー!』
と言って飛びだしました。
だけど、なんということでしょう。
隣にはピッタリとおばあさんがくっついていたのです。
そう、おじいさんは結局ドロワから出ることはなかったのです。
本当の愛はここにあったんだ。
そうして、おじいさんとおばあさんは二人仲良くドロワに入っていたとかいないとか。 めでたし、めでたし」
咲夜が本を閉じると、レミリアは絶賛大号泣の最中だった。
自分で本を選んでおいて何だが、どこで感動したのか全くわからない。タイトルからして、感動する要素は皆無だ。
『ドロワ太郎』
そも、ドロワ太郎なる人物は一行も登場しなかった。このタイトルは詐欺なのではないかと思うのだが、お嬢様の琴線には触れたらしい。よほど緩んだ琴線を持っているようだ。
「ドロワ太郎……惜しい英雄を亡くしたわ」
咲夜はもう一度本を開く。何度読み返しても、ドロワ太郎なる戸籍を取れそうにない人物の名前は出てこなかった。
「でも、私達までその悲しみに囚われるわけにはいかないわ!」
「そうですか」
「咲夜、ドロワを用意なさい!」
「お嬢様が履いているのはドロワではないのですか?」
「こんなものは真のドロワではないわ。言うなれば、ただのドロワよ!」
つまりドロワだ。
いっそ、ここでレミリアを逆さまにしてドロワをはぎ取れれば話は楽なのだが、事はそう簡単に上手くいかないし、やったら解雇は免れない。
「では最高級の材質を使ったドロワをお作りしましょうか?」
「違うわ。本当のドロワというのは、材質でもないの。そう、見ただけで溢れるオーラがないと駄目なのよ!」
オーラが溢れるドロワなんて、履きにくくてしょうがないのでは。
「しかしそんなドロワが本当にあるのですか」
「あるわよ。普段からよく見ていないと気づけないと思うけど」
どういう生活をすれば、ドロワに注意した行動をとれるのか。甚だ疑問だ。
ただ、実在してもおかしくはないと思えてきた。
あまりに熱すぎるレミリアの説明が、咲夜の脳まで溶かしてしまったからだろう。
「私もいまだにお目にかかったことがないけれど、出来れば手にして、持ち主と共に同じドロワの飯を食べたいわね」
「ドロワでご飯は炊けません」
「ただの例えよ」
例えにすらなっていない。
「まぁ、わかってはいるのだけれどね。価値のあるものに、そう簡単に出会えるわけがないって。数奇な巡り合わせがない限り、真のドロワを見ることなんて出来ないのよ」
と、運命を操れる吸血鬼は言った。
レミリアなら数奇な運命をたぐり寄せることぐらい出来てもおかしくないのだが、ひょっとしたら自分の能力を忘れているのかもしれない。
まさかとは思ったが、咲夜は尋ねてみることにした。
「でしたら、お嬢様が能力を使って運命を変えられたらどうです?」
「え? 可愛い程度の能力で?」
良い度胸である。
「お忘れですか。お嬢様の能力は、運命を操る程度の能力ですよ」
「あ、ああそういえばそうだったわね。年末宝くじに外れてから、とんと忘れてたわ」
「何等を狙っていたんですか?」
「五等」
疑わしい能力だった。
ちょっと運が良かったら、当ててもおかしくない確率である。
「でもそうね、確かに私の能力なら真のドロワと出会える運命を手繰りよせられるかも。試してみるのも悪くないわ」
そう言うや否や、レミリアは目を閉じた。
黙って立っていると、当主たる雰囲気が滲み出てくる。
この状態のレミリアなら、誰もが畏怖してしまうのも無理はない。
「真のドロワーズ……アイラブ・ユーラブ・ドロワーズ……」
喋らなければ、の話である。
不気味な単語を幾度か繰り返したレミリアは、急に顔をあげると、額ににじみ出た汗を拭いた。
その顔には、やりきったという表情がありありと浮かんでいる。
「運命を変えたわ。これで真のドロワーズと出会えるはずよ」
しかし、いかんせん五等を外す能力である。
本当に叶うのかどうか、疑わしいかぎりだった。
「あら、美鈴」
「えっ、ああ咲夜さんですか。何です、私に用事ですか?」
廊下を歩いていた美鈴を呼び止め、駆け寄る。
美鈴は洗濯物カゴを抱きかかえており、どうやらこれから洗濯物を干しにいくところらしい。
お嬢様関連の洗濯は終わらしているから、自分の洗濯ものなのだろう。
「悪いけど、ついでにこのハンカチも洗って干しておいてくれないかしら。私はまだお嬢様の側にいないといけないの」
ドロワ関連のことは、さすがに黙っている。
美鈴は笑って、いいですよとハンカチを受け取った。
「お願いね」
ひとまずハンカチに関してはこれで終わりだが、早いところ真のドロワーズとやらを見つけないと他の業務にも支障が出る恐れがある。
ここは本腰を入れて探さなくては。
気合いを入れて咲夜が振り向くと、何故かレミリアが硬直していた。
さながら銅像のようである。
今なら、足を掴んでひっくり返しても怒られないような気がした。やらないけど。
「お嬢様?」
目の前で手をひらひらと降る。
反応がない。
手を叩く。
やっぱり反応がない。
仕方ない。
「えいっ」
「あ痛っ!」
デコピンを食らわせてみた。
涙目でレミリアはおでこを押さえている。
「何するのよ! 頭が馬鹿になったら大変でしょ!」
かなり怒っているようだ。
「お嬢様、この指が何本に見えますか?」
「ぎゃおー!」
「大丈夫、正常です」
いつものやりとりを終え、咲夜は満足だった。
「それで、何を硬直されていたんですか。危うく逆さまにするところでしたよ」
「どうして驚いていただけで逆さまにされないといけないのよ。というか、あなた逆さま好きね」
「メイドですから」
意味がわからない、とレミリアは呟く。
「そんなことより、咲夜、今の見た!?」
「はい。可愛らしいお嬢様でした」
「私じゃないわよ! 美鈴よ!」
見たかと言われれば、見た。この目でしっかりと見て、ハンカチさえも渡した。
だが、それが何だと言うのだろう。
首を傾げる咲夜。苛立たしそうにレミリアは言う。
「美鈴の持っていた洗濯かごの中! あの中に間違いなく私の探し求めるドロワーズがあったの!」
何というご都合主義。
いや、しかし考えてみればそれがレミリアの能力なのだ。
「ですが、美鈴がドロワーズを履いていたという話は初めて聞きましたが」
「隠れドロワーズかもしれないじゃない。あるいは、誰かのドロワーズも一緒に洗濯しようとしているのか。あなただって、ハンカチを渡したでしょ」
そう言われると反論ができない。筋は通っている。
「ふふふ、とうとうこの手に真のドロワーズを収めることができるのね。咲夜、行くわよ!」
「お待ち下さい」
嬉しそうに駆け出すレミリアを止める。
案の定、振り向いたレミリアの顔は不服そのものであった。
「何よ」
「お嬢様は美鈴に何と言われるつもりですか?」
「決まってるでしょ。あなたの持ってるドロワーズを私によこしなさ……ふむ、なるほど。これはちょっと怪しい人物に思われてもしょうがないわね」
どれだけ神々しかろうと、下着は下着だ。
いきなり下着を渡せと言われたら、誰だって怪しむ。
ましてや、レミリアは紅魔館の主。主が下着をよこせなど、パワハラとセクハラで訴えられてもおかしくない。
「でもどうするのよ。盗むのは私のプライドが許さないわ」
「盗む必要はありません。要は、正々堂々真正面から貰いにいけばいいのです。人間、あまりに堂々としていると逆に怪しまなくなるものです」
「つまり変装をしていけと?」
「そういうことです」
「だけど私、変装なんてしたことないわよ」
己の胸を叩き、優しい口調で咲夜は言った。
「私に全てお任せください」
咲夜を見上げるレミリアの顔は、救世主を見たかのように輝いていたという。
今日は久々に日差しが強い。こういった天気の日は、洗濯物がよく乾く。
照りつける日光に目を細めながら、美鈴は手慣れた手つきで洗濯物を干していた。咲夜が来る前は、こういう仕事も美鈴がやっていた。だから慣れていても不思議ではない。
調子が上がってきたのか、軽く鼻歌も出てくる。
仕事でも何でも、楽しんでやるのが一番だ。それが美鈴の持論だった。
まぁ、洗濯物を干すのが楽しい人はあまりいないと思うが。
「っと、いけない。咲夜さんのハンカチも洗ってこないと」
一通り干し終えた後で、頼まれ事を思い出した。道中はしっかりと覚えていたのだが、あまりに気持ちの良い日差しがそれを忘れさせたのだ。良い天気というのも、困りものである。
洗濯物カゴを手にした美鈴は、もう一つ干し忘れがあることに気づいた。カゴの底にへばりついていたそれは、確かフランドールが大切にしていたドロワーズ。咲夜に洗ってもらうのを忘れていたから、美鈴に洗ってくれと頼んできたのだ。
いけない、いけない。どうしてだが、こういう大事なものほど忘れてしまう。
集中力が欠けているのか。はたまた、そういう性質なのか。
いずにせよ、頼まれ事は片づけないと。
カゴからドロワーズを取り出したところで、がしっと腕を掴まれる。
驚きと共に、顔を上げた。
格闘技術にはそれなりの心得がある美鈴。だというのに、全く気づかれることなく近づくなんて。よほどの手練れでなければできないことだ。
お嬢様の命を狙った刺客か。
最高潮に高まっていた警戒心は、相手の顔を見ることで霧のように消えた。
「あなたにお願いがあるのよ」
ドロワーズが喋っていた。
いや、正確にはドロワーズを頭からかぶった誰かなのだが。着ている服で正体がバレバレだった。
オマケに背中からは自重しない羽がパタパタと動いている。
「何してるんですか、お嬢様」
「お嬢様? 違うわ、私はドロワーズの国からやってきた極秘捜査官。ドロワーズ・スキーダケッドよ」
どう反応したものか。辺りを見渡した美鈴は、館の影からこっそりとこちらの様子を窺う咲夜の姿を見た。その顔はどこぞの花畑で楽しそうにしている大妖怪を彷彿とさせる。
咲夜に騙されたか。
となれば、迂闊な対応をするわけにもいかない。ここで美鈴がお嬢様だと気づいてしまったことを話せば、ナイフが飛んでくる可能性もあるのだ。理不尽だけれど、それが紅魔館クォリティ。
「……その捜査官の方が紅魔館に何の用事で?」
「実は我が国の姫が、この幻想郷に迷い込んでしまったの。私はその姫を探して彷徨っていたのだけれど、偶然あなたの持っているカゴを見て驚いたわ。カゴに眠っている眉目秀麗なその方こそ、我が国の姫なのだから!」
美鈴は困った。話についていけない。
ただ何となく、このドロワーズを欲しがっていることは理解できる。
「残念ですけど、これを渡すわけにはいきません」
「どうして!?」
「だって、これは妹様のものですから。あげるにしても、妹様の許可がないと無理です」
レミリアは怯んだように後ずさりる。
「フランのもの! でも、あの子はこんなドロワーズを持っていなかったわ!」
「とっておきの一品だそうですよ。だから大事に扱ってくれと、渡された時に言われました」
「フランの……もの……」
それがよほどショックだったのだろう。ドロワを手にすることもなく、ふらふらと幽鬼のような足取りでレミリアは館の方へと戻っていった。
気が付けば、咲夜の姿もない。
一体、あれは何だったのだろう。
訝しげに思いながらも、美鈴はドロワーズを干す作業に戻った。これで怯むような奴は、紅魔館にいられないのだ。
げに恐ろしきは、紅魔館。
なんという数奇な運命をたぐり寄せてしまったのか。レミリアは後悔していた。
探し求めていたドロワーズを、まさかフランドールが所持していただなんて。
この瞬間に、あのドロワーズをレミリアが手にすることはできない。
物理的には可能だ。だが、精神的には不可能だ。
レミリアはフランドールから、大切なものを幾つも奪ってきた。
親友を作ることもできず、自由に動くこともできず。
このうえ更に、大切にしていたドロワーズまでも奪おうというのか。
できない。そんな事、出来るわけがなかった。
悔しげに唇を噛みしめるレミリア。
それはドロワーズを手に出来ない為か、妹にしてきた仕打ちを悔いてのことか。最早、当人にすら判断できない。
「お嬢様……」
「もういいわ、咲夜。所詮、あれは幻にすぎなかったの。ドロワーズも、そして持ち主と一緒にドロワーズに入るという野望も」
あれだけの事をしておいて、フランドールが喜んで同じドロワーズに入ってくれるのか。
答えはノーだ。あらゆる意味でノーだ。
「差し出がましい真似かもしれませんが、一応私が尋ねてきましょうか?」
「無駄だと思うわよ。何故かは知らないけど、大切なものだから」
ただでさえ大切なものが少ないフランドール。その貴重なものを、どうしてレミリアに譲ってくれるのか。
咲夜の後ろをついては行っているものの、そこには一縷の望みすら有りはしなかった。
むしろ、最後の希望を打ち砕く為に行っているようなものだ。変な未練を残さない為に、全てを灰に返す為に。
そして咲夜とレミリアは、地下室までやってきた。
「あっ、咲夜」
天真爛漫なフランドールの声が聞こえてくる。見えないよう、咄嗟にレミリアは姿を隠した。
「何々? 咲夜がここまで来るなんて珍しいわね!」
「実は、妹様にお願いがありましてやって参りました」
「ん、なに?」
諦観の主とは裏腹に、咲夜は僅かに緊張しているようだった。数秒ほど戸惑った後、意を決して口を開く。
「美鈴に渡したドロワーズ、あれをお譲りくださいませんか?」
フランドールは一瞬だけ呆気にとられた後で、あっさりと言う。
「駄目。あれは大切なものだから、誰にもあげないよ」
予想通りの答えが返ってきた。咲夜は残念そうな表情で、そうですか、と呟く。
不思議なことに、まったく期待していなかったレミリアの胸にも辛いものがあった。
なんて、馬鹿な自分。期待しないと思っておきながら、本当は心のどこかで祈っていた。
フランドールがドロワーズを譲ってくれるって。
そんなこと、ありはしないのに。
辛そうな表情で、レミリアはその場を離れようとする。だが、フランドールの言葉がそれを遮った。
「だって、あれは誕生日に大切な人から貰ったものなんだよ」
足が止まる。
思い出されるのは、フランドールの誕生日。自分は、彼女に何を送ったのか。
あやふやな記憶を呼び起こす。
「嬉しかった。まさか、誕生日を覚えていてくれるなんて思ってなかったから」
間違いない。
自分は確かに、フランドールにドロワーズを送った。
だが、それは普通のドロワーズ。あんな輝きを持ったものではないはずなのに。
そこで、はたとレミリアは思い出した。
ドロワ太郎でも言っていたではないか。
『真のドロワーズは、履いた人の歴史で価値が変わるものですよマドモワゼル』
だとしたら、あの輝きはフランドールが生み出したもの。
自分のプレゼントで、あれだけの輝きの生み出してくれるとしたら。
ひょっとして、フランドールは、
「だから咲夜にもあげるわけにいかないの。魔理沙から貰ったドロワーズを」
レミリアは泣いた。
泣いて、走って、ドロワ太郎を引き裂いた。
そして思い出す。
自分が送ったのは、『ドロワ日本昔話』だったのだと。
でもある日、おじいさんは気づきました。
暑い。
そう、ドロワは一人で履くものだったのです。
おじいさんはそれでも我慢しました。
でも我慢しきれずに、
『こんな婆と一緒に入ってられるか! 俺は幼女のドロワを求めて旅に出るぞー!』
と言って飛びだしました。
だけど、なんということでしょう。
隣にはピッタリとおばあさんがくっついていたのです。
そう、おじいさんは結局ドロワから出ることはなかったのです。
本当の愛はここにあったんだ。
そうして、おじいさんとおばあさんは二人仲良くドロワに入っていたとかいないとか。 めでたし、めでたし」
咲夜が本を閉じると、レミリアは絶賛大号泣の最中だった。
自分で本を選んでおいて何だが、どこで感動したのか全くわからない。タイトルからして、感動する要素は皆無だ。
『ドロワ太郎』
そも、ドロワ太郎なる人物は一行も登場しなかった。このタイトルは詐欺なのではないかと思うのだが、お嬢様の琴線には触れたらしい。よほど緩んだ琴線を持っているようだ。
「ドロワ太郎……惜しい英雄を亡くしたわ」
咲夜はもう一度本を開く。何度読み返しても、ドロワ太郎なる戸籍を取れそうにない人物の名前は出てこなかった。
「でも、私達までその悲しみに囚われるわけにはいかないわ!」
「そうですか」
「咲夜、ドロワを用意なさい!」
「お嬢様が履いているのはドロワではないのですか?」
「こんなものは真のドロワではないわ。言うなれば、ただのドロワよ!」
つまりドロワだ。
いっそ、ここでレミリアを逆さまにしてドロワをはぎ取れれば話は楽なのだが、事はそう簡単に上手くいかないし、やったら解雇は免れない。
「では最高級の材質を使ったドロワをお作りしましょうか?」
「違うわ。本当のドロワというのは、材質でもないの。そう、見ただけで溢れるオーラがないと駄目なのよ!」
オーラが溢れるドロワなんて、履きにくくてしょうがないのでは。
「しかしそんなドロワが本当にあるのですか」
「あるわよ。普段からよく見ていないと気づけないと思うけど」
どういう生活をすれば、ドロワに注意した行動をとれるのか。甚だ疑問だ。
ただ、実在してもおかしくはないと思えてきた。
あまりに熱すぎるレミリアの説明が、咲夜の脳まで溶かしてしまったからだろう。
「私もいまだにお目にかかったことがないけれど、出来れば手にして、持ち主と共に同じドロワの飯を食べたいわね」
「ドロワでご飯は炊けません」
「ただの例えよ」
例えにすらなっていない。
「まぁ、わかってはいるのだけれどね。価値のあるものに、そう簡単に出会えるわけがないって。数奇な巡り合わせがない限り、真のドロワを見ることなんて出来ないのよ」
と、運命を操れる吸血鬼は言った。
レミリアなら数奇な運命をたぐり寄せることぐらい出来てもおかしくないのだが、ひょっとしたら自分の能力を忘れているのかもしれない。
まさかとは思ったが、咲夜は尋ねてみることにした。
「でしたら、お嬢様が能力を使って運命を変えられたらどうです?」
「え? 可愛い程度の能力で?」
良い度胸である。
「お忘れですか。お嬢様の能力は、運命を操る程度の能力ですよ」
「あ、ああそういえばそうだったわね。年末宝くじに外れてから、とんと忘れてたわ」
「何等を狙っていたんですか?」
「五等」
疑わしい能力だった。
ちょっと運が良かったら、当ててもおかしくない確率である。
「でもそうね、確かに私の能力なら真のドロワと出会える運命を手繰りよせられるかも。試してみるのも悪くないわ」
そう言うや否や、レミリアは目を閉じた。
黙って立っていると、当主たる雰囲気が滲み出てくる。
この状態のレミリアなら、誰もが畏怖してしまうのも無理はない。
「真のドロワーズ……アイラブ・ユーラブ・ドロワーズ……」
喋らなければ、の話である。
不気味な単語を幾度か繰り返したレミリアは、急に顔をあげると、額ににじみ出た汗を拭いた。
その顔には、やりきったという表情がありありと浮かんでいる。
「運命を変えたわ。これで真のドロワーズと出会えるはずよ」
しかし、いかんせん五等を外す能力である。
本当に叶うのかどうか、疑わしいかぎりだった。
「あら、美鈴」
「えっ、ああ咲夜さんですか。何です、私に用事ですか?」
廊下を歩いていた美鈴を呼び止め、駆け寄る。
美鈴は洗濯物カゴを抱きかかえており、どうやらこれから洗濯物を干しにいくところらしい。
お嬢様関連の洗濯は終わらしているから、自分の洗濯ものなのだろう。
「悪いけど、ついでにこのハンカチも洗って干しておいてくれないかしら。私はまだお嬢様の側にいないといけないの」
ドロワ関連のことは、さすがに黙っている。
美鈴は笑って、いいですよとハンカチを受け取った。
「お願いね」
ひとまずハンカチに関してはこれで終わりだが、早いところ真のドロワーズとやらを見つけないと他の業務にも支障が出る恐れがある。
ここは本腰を入れて探さなくては。
気合いを入れて咲夜が振り向くと、何故かレミリアが硬直していた。
さながら銅像のようである。
今なら、足を掴んでひっくり返しても怒られないような気がした。やらないけど。
「お嬢様?」
目の前で手をひらひらと降る。
反応がない。
手を叩く。
やっぱり反応がない。
仕方ない。
「えいっ」
「あ痛っ!」
デコピンを食らわせてみた。
涙目でレミリアはおでこを押さえている。
「何するのよ! 頭が馬鹿になったら大変でしょ!」
かなり怒っているようだ。
「お嬢様、この指が何本に見えますか?」
「ぎゃおー!」
「大丈夫、正常です」
いつものやりとりを終え、咲夜は満足だった。
「それで、何を硬直されていたんですか。危うく逆さまにするところでしたよ」
「どうして驚いていただけで逆さまにされないといけないのよ。というか、あなた逆さま好きね」
「メイドですから」
意味がわからない、とレミリアは呟く。
「そんなことより、咲夜、今の見た!?」
「はい。可愛らしいお嬢様でした」
「私じゃないわよ! 美鈴よ!」
見たかと言われれば、見た。この目でしっかりと見て、ハンカチさえも渡した。
だが、それが何だと言うのだろう。
首を傾げる咲夜。苛立たしそうにレミリアは言う。
「美鈴の持っていた洗濯かごの中! あの中に間違いなく私の探し求めるドロワーズがあったの!」
何というご都合主義。
いや、しかし考えてみればそれがレミリアの能力なのだ。
「ですが、美鈴がドロワーズを履いていたという話は初めて聞きましたが」
「隠れドロワーズかもしれないじゃない。あるいは、誰かのドロワーズも一緒に洗濯しようとしているのか。あなただって、ハンカチを渡したでしょ」
そう言われると反論ができない。筋は通っている。
「ふふふ、とうとうこの手に真のドロワーズを収めることができるのね。咲夜、行くわよ!」
「お待ち下さい」
嬉しそうに駆け出すレミリアを止める。
案の定、振り向いたレミリアの顔は不服そのものであった。
「何よ」
「お嬢様は美鈴に何と言われるつもりですか?」
「決まってるでしょ。あなたの持ってるドロワーズを私によこしなさ……ふむ、なるほど。これはちょっと怪しい人物に思われてもしょうがないわね」
どれだけ神々しかろうと、下着は下着だ。
いきなり下着を渡せと言われたら、誰だって怪しむ。
ましてや、レミリアは紅魔館の主。主が下着をよこせなど、パワハラとセクハラで訴えられてもおかしくない。
「でもどうするのよ。盗むのは私のプライドが許さないわ」
「盗む必要はありません。要は、正々堂々真正面から貰いにいけばいいのです。人間、あまりに堂々としていると逆に怪しまなくなるものです」
「つまり変装をしていけと?」
「そういうことです」
「だけど私、変装なんてしたことないわよ」
己の胸を叩き、優しい口調で咲夜は言った。
「私に全てお任せください」
咲夜を見上げるレミリアの顔は、救世主を見たかのように輝いていたという。
今日は久々に日差しが強い。こういった天気の日は、洗濯物がよく乾く。
照りつける日光に目を細めながら、美鈴は手慣れた手つきで洗濯物を干していた。咲夜が来る前は、こういう仕事も美鈴がやっていた。だから慣れていても不思議ではない。
調子が上がってきたのか、軽く鼻歌も出てくる。
仕事でも何でも、楽しんでやるのが一番だ。それが美鈴の持論だった。
まぁ、洗濯物を干すのが楽しい人はあまりいないと思うが。
「っと、いけない。咲夜さんのハンカチも洗ってこないと」
一通り干し終えた後で、頼まれ事を思い出した。道中はしっかりと覚えていたのだが、あまりに気持ちの良い日差しがそれを忘れさせたのだ。良い天気というのも、困りものである。
洗濯物カゴを手にした美鈴は、もう一つ干し忘れがあることに気づいた。カゴの底にへばりついていたそれは、確かフランドールが大切にしていたドロワーズ。咲夜に洗ってもらうのを忘れていたから、美鈴に洗ってくれと頼んできたのだ。
いけない、いけない。どうしてだが、こういう大事なものほど忘れてしまう。
集中力が欠けているのか。はたまた、そういう性質なのか。
いずにせよ、頼まれ事は片づけないと。
カゴからドロワーズを取り出したところで、がしっと腕を掴まれる。
驚きと共に、顔を上げた。
格闘技術にはそれなりの心得がある美鈴。だというのに、全く気づかれることなく近づくなんて。よほどの手練れでなければできないことだ。
お嬢様の命を狙った刺客か。
最高潮に高まっていた警戒心は、相手の顔を見ることで霧のように消えた。
「あなたにお願いがあるのよ」
ドロワーズが喋っていた。
いや、正確にはドロワーズを頭からかぶった誰かなのだが。着ている服で正体がバレバレだった。
オマケに背中からは自重しない羽がパタパタと動いている。
「何してるんですか、お嬢様」
「お嬢様? 違うわ、私はドロワーズの国からやってきた極秘捜査官。ドロワーズ・スキーダケッドよ」
どう反応したものか。辺りを見渡した美鈴は、館の影からこっそりとこちらの様子を窺う咲夜の姿を見た。その顔はどこぞの花畑で楽しそうにしている大妖怪を彷彿とさせる。
咲夜に騙されたか。
となれば、迂闊な対応をするわけにもいかない。ここで美鈴がお嬢様だと気づいてしまったことを話せば、ナイフが飛んでくる可能性もあるのだ。理不尽だけれど、それが紅魔館クォリティ。
「……その捜査官の方が紅魔館に何の用事で?」
「実は我が国の姫が、この幻想郷に迷い込んでしまったの。私はその姫を探して彷徨っていたのだけれど、偶然あなたの持っているカゴを見て驚いたわ。カゴに眠っている眉目秀麗なその方こそ、我が国の姫なのだから!」
美鈴は困った。話についていけない。
ただ何となく、このドロワーズを欲しがっていることは理解できる。
「残念ですけど、これを渡すわけにはいきません」
「どうして!?」
「だって、これは妹様のものですから。あげるにしても、妹様の許可がないと無理です」
レミリアは怯んだように後ずさりる。
「フランのもの! でも、あの子はこんなドロワーズを持っていなかったわ!」
「とっておきの一品だそうですよ。だから大事に扱ってくれと、渡された時に言われました」
「フランの……もの……」
それがよほどショックだったのだろう。ドロワを手にすることもなく、ふらふらと幽鬼のような足取りでレミリアは館の方へと戻っていった。
気が付けば、咲夜の姿もない。
一体、あれは何だったのだろう。
訝しげに思いながらも、美鈴はドロワーズを干す作業に戻った。これで怯むような奴は、紅魔館にいられないのだ。
げに恐ろしきは、紅魔館。
なんという数奇な運命をたぐり寄せてしまったのか。レミリアは後悔していた。
探し求めていたドロワーズを、まさかフランドールが所持していただなんて。
この瞬間に、あのドロワーズをレミリアが手にすることはできない。
物理的には可能だ。だが、精神的には不可能だ。
レミリアはフランドールから、大切なものを幾つも奪ってきた。
親友を作ることもできず、自由に動くこともできず。
このうえ更に、大切にしていたドロワーズまでも奪おうというのか。
できない。そんな事、出来るわけがなかった。
悔しげに唇を噛みしめるレミリア。
それはドロワーズを手に出来ない為か、妹にしてきた仕打ちを悔いてのことか。最早、当人にすら判断できない。
「お嬢様……」
「もういいわ、咲夜。所詮、あれは幻にすぎなかったの。ドロワーズも、そして持ち主と一緒にドロワーズに入るという野望も」
あれだけの事をしておいて、フランドールが喜んで同じドロワーズに入ってくれるのか。
答えはノーだ。あらゆる意味でノーだ。
「差し出がましい真似かもしれませんが、一応私が尋ねてきましょうか?」
「無駄だと思うわよ。何故かは知らないけど、大切なものだから」
ただでさえ大切なものが少ないフランドール。その貴重なものを、どうしてレミリアに譲ってくれるのか。
咲夜の後ろをついては行っているものの、そこには一縷の望みすら有りはしなかった。
むしろ、最後の希望を打ち砕く為に行っているようなものだ。変な未練を残さない為に、全てを灰に返す為に。
そして咲夜とレミリアは、地下室までやってきた。
「あっ、咲夜」
天真爛漫なフランドールの声が聞こえてくる。見えないよう、咄嗟にレミリアは姿を隠した。
「何々? 咲夜がここまで来るなんて珍しいわね!」
「実は、妹様にお願いがありましてやって参りました」
「ん、なに?」
諦観の主とは裏腹に、咲夜は僅かに緊張しているようだった。数秒ほど戸惑った後、意を決して口を開く。
「美鈴に渡したドロワーズ、あれをお譲りくださいませんか?」
フランドールは一瞬だけ呆気にとられた後で、あっさりと言う。
「駄目。あれは大切なものだから、誰にもあげないよ」
予想通りの答えが返ってきた。咲夜は残念そうな表情で、そうですか、と呟く。
不思議なことに、まったく期待していなかったレミリアの胸にも辛いものがあった。
なんて、馬鹿な自分。期待しないと思っておきながら、本当は心のどこかで祈っていた。
フランドールがドロワーズを譲ってくれるって。
そんなこと、ありはしないのに。
辛そうな表情で、レミリアはその場を離れようとする。だが、フランドールの言葉がそれを遮った。
「だって、あれは誕生日に大切な人から貰ったものなんだよ」
足が止まる。
思い出されるのは、フランドールの誕生日。自分は、彼女に何を送ったのか。
あやふやな記憶を呼び起こす。
「嬉しかった。まさか、誕生日を覚えていてくれるなんて思ってなかったから」
間違いない。
自分は確かに、フランドールにドロワーズを送った。
だが、それは普通のドロワーズ。あんな輝きを持ったものではないはずなのに。
そこで、はたとレミリアは思い出した。
ドロワ太郎でも言っていたではないか。
『真のドロワーズは、履いた人の歴史で価値が変わるものですよマドモワゼル』
だとしたら、あの輝きはフランドールが生み出したもの。
自分のプレゼントで、あれだけの輝きの生み出してくれるとしたら。
ひょっとして、フランドールは、
「だから咲夜にもあげるわけにいかないの。魔理沙から貰ったドロワーズを」
レミリアは泣いた。
泣いて、走って、ドロワ太郎を引き裂いた。
そして思い出す。
自分が送ったのは、『ドロワ日本昔話』だったのだと。
ドロワ太郎とか、何したら思いつくんだww開始一行目で笑い死んだww
どういう生活をしていたらこういうSSが書けるんだー
ラストでも耐えられなかった
「大丈夫、正常です」
もう、ねwww
実にドロワしいわ(褒め言葉
そして記憶なんて曖昧なものなんです、偉い人にはそれg(ry
最高です。