僕がこの幻想郷へと流れ着いて、早一年の年月が経とうとしていた。
博麗神社という場所へ行けば、元の世界に帰れると聞いていたが、元の世界に未練はなかった。
美容師として身を立てようとした僕は、自分で店を構えたけれどお客さんを定着させることができず、ほんの数年で閉店。
借金ばかりが手元に残った。
途方に暮れつつも、僕は大好きだった山登りに来ていた。
山に登っているときだけは、現実からは逃れることができたから。
しかし、思えばその趣味がこの幻想郷へと辿り着く要因だったようにも思える。
道を誤り、遭難しかけた僕を待っていたのは、生活様式がまるで違う小さな村。
村人に話を聞くと「外の世界の人なんて珍しい」と一様に驚かれた。
こうして、幸いにも人間の里に辿り着くことができた僕は(大半は妖怪に襲われてしまうらしい)美容師としての知識を生かし、御洒落を求める女性向けに小さな美容院を開いた。
はじめは鋏一本ではじめた仕事だったけれど、八雲紫さんやお客さんである妖怪さんの協力を得て、今ではなんら遜色ない器具を揃えることができた。
一度は捨てた夢を、場所は違えど取り戻せたことが、僕は嬉しくてたまらなかった。
そんな、美容院で起きた小さな揉め事のお話。
◆
「部分パーマ、してくれ!」
「ゆ、紫さん、部分パーマとはまた古いですね」
金色の艶やかな髪を持つ妙齢の女性、八雲紫さん。
鋏一本で仕事をしていたときからの常連さんで、今日は気分転換にパーマをかけにきてくださった。
はじめ、電髪をして欲しいと言ってきたときは、思わず首を傾げてしまった。
どうやらこの幻想郷では、言葉の一部が古いらしく、外から来た人間が戸惑うことも多々あるらしい。
紫さんの言葉は日々進歩しているらしく、ようやく部分パーマにまで辿り着くことができた。
がんばれ紫さん、ポイントパーマまであと一歩!
「美容師さん、お嬢様の髪のこことここに。ポ・イ・ン・トパーマをかけてくださるかしら?」
「か、かしこまりました」
「まったく、紫おばあちゃんは言葉も古いのね」
紅魔館の主である、レミリア・スカーレットさん。
見た目は幼い少女のようだけど、雰囲気はどこぞの女社長のような威圧感を持っていて、僕はそのギャップが苦手だった。
いつも傍には、アッシュブロンドの髪にメイド服を着た女性を従えていて、その女性も同じように近寄り難かった。
そんなレミリアさんが、紫さんを鼻で笑った。
お言葉ながらレミリアさん、熊さん柄のクロスを気に入って、自分専用にしてしまうあなたも相当です。
もちろん口に出せばただでは済まないので、淡々と作業を進める。
隣では妖怪よりも怖いメイドさんが、僕を見張っている。
「別に、言葉なんて伝わればいいのよ」
紫さんが鬱陶しげに言った。
だから嫌だったんだ、二組を同時に相手するのは。
「やっぱりポイントパーマはいいわ。その機械を使ってよ」
レミリアさんが指差したのは、髪全体にウェーブをかけるために使う大型機械。
まさかとは思うけれど、紫さんへの対抗心から髪の毛にウェーブをかけるのだろうか。
意地の張り合いがまたはじまった、いやだなぁ。
手早く紫さんの作業を済ませ、空いた時間にレミリアさんの髪の毛を弄る。
天然物のサファイアブルーは、幻想郷に来てから初めてお目にかかったけれど、鮮やかな発色には惚れ惚れする。
染めては、ここまで綺麗には仕上がらないだろう。
「か、かしこまりました、どのように?」
「あなたの好きなようにすればいいじゃないの」
好きなようにして気に入らなかったら、僕は一体どうなるんですか。
一抹どころか不安しかない状況で、しかも断ったらそこでゲームオーバーなどうしようもない八方塞り。
一度深呼吸をして、心を落ち着かせよう。
間違って手元が狂いでもしたら、それこそどうしようもない。
「美容師さん! 私は髪の毛を巻くわ!」
また紫さんがむちゃくちゃなことを言い出した。
きっと紫さんの脳内では、お蝶夫人みたいな凄まじい髪型が展開されていることが容易に想像できた。
この妖怪さんは、いちいちセンスが一世代は古いのだ。
「もっとインパクトのある髪型がいいわ! パーマだけじゃ勝てないわ!」
僕が紫さんの髪の毛を丁寧に巻いていると、頭にヒートパーマの器具を被ったレミリアさんが叫び出した。
いつのまにか、鬼メイドはどこかへ居なくなっていた。
もしかするとあまりにバカバカしくって、帰ってしまったのかもしれない。
僕も早く、店を閉めたい。
◆
「それで、あんたたちは取り返しのつかない髪型になったと」
「霊夢ぅ……。助けてー、藍が荷物をまとめて出ていっちゃったのぉ……」
「帽子が被れないの、咲夜がずっと、口を聞いてくれないのぉ」
神社の境内には、アフロになった紫と、テクノカットサザエさんヘアーのレミリアが抱き合いながら泣いていた。
美しきかな、友情。
私の餃子返せw
アフロ紫とサザエレミリアを想像して思いっきり吹いたのは言うまでも無くw
(生きてなかったら語り手がいないので
しかしこの二人をいぢくるとは命知らずな・・・満月の夜道とスキマに気をつけろよwww
外からやってきた人間についての公式設定がしっかりと骨格を作っていることに感心しました。
吹きましたw
お二方はわかってるようだけどなw