また季節がめぐった。
ちょうど梅雨の時期、良かれと思っているといつのまにか降りだす雨には、妹紅も嫌気がさす。
そんな中にも、ちょっとだけ思い出したくなる記憶があった。あの時、常に孤独であるその身に忘れていたほどの久しい手を述べてくれた、あの優しい感覚を今でもはっきり覚えている。
――――――――――――
──ちょっとは骨のある刺客くらい出したらどうなんだ
いつもの追っ手だった。不死身となって長い妹紅には、ほぼ毎日欠かさず輝夜から刺客が送り込まれていた。
しかし、不死身と炎を操る彼女の前に五分と立っていられる者などいなかった。真夜中に佇むのはいつも妹紅一人だけだった。
──せめて責任取ってマシな奴くらい出せ……ん?
もう始末することすら飽きてきた。いつもの癖で肩の埃を払った時、その右手に冷たい物が当たった。二度、三度四度……。
雨だった。
──そういえば昨日も一昨日も降った様な……。梅雨かしら?
ぽつぽつと降り始める暗闇の空を見上げ、妹紅はぼんやり思った。暦も、時を図る道具すらも持たない妹紅は季節が変わってもなかなかわからない。現にこうして梅雨入りに気付いたのだった。
──どうするかな
何も無い竹林で、黙ったまま濡れるのは忍びない。かと言って持ち合わせがあるでも無いのだ。
──前はどうしたんだったかな
焼け焦げて吐き気のもよおす異臭を放つ遺体など気にも止めない妹紅。暗い竹林に濡れるはめになるのは避けたかった。おそらく今日は満月となるはずだからだ。
何もする事のない妹紅にとって、たまにしか見られぬ満月は感慨深いものだからである。
雨の中で空を見上げれば目に雨粒が入って痛い。出来ればちょっと雨宿りしながら眺めたい。
──人間の里に行こうか
そんな風に思案しつつ、なかなか気持ちが進まなかった。
特に知識の無い普通の人間に不死身の姿を見せてしまえば面倒になる。
そのせいで同じ土地に入られない妹紅はずっと居場所を変え続け、ようやく幻想郷にたどり着いた。同時にあのにっくき輝夜もここにいる。居続けておきたかった。
それでも妹紅は決断した。里の近くまで降りて、軒を少しを拝借するくらいなら大丈夫だと判断したのだ。
──何とかなるといいな
かれこれ何百年も孤独の身は、小雨が降りしきる中を人間の里へと向かった。
赤々と華炎の翼が誰も見ない空を舞う。本当だったらわざわざ鳥の羽を真似なくてもいいのだが、自分の力で造形するのも暇潰しにはなってくれる。
──せめて雲の切れ目があればいい
暗曇を眺めながらそんな事を思う。月が見れなければ来た意味もない。一晩待てば一度くらい拝ませてもらえるだろう。
やがて妹紅の視界に、闇に紛れる集落が入った。この時間ならおそらく誰もいないだろう。でも一応用心の為、彼女は翼を閉じに地を歩みに行った。
──地面も酷い状態ね
着地と同時に少し泥が跳ねる。うっすらと水が幕を張っている地は一様に歩きづらい。
妹紅は、お借りできそうな軒を探して里に入った。
──やっぱりもう皆寝たのか
辺りを見渡しても明かりのついた住居は見当たらない。ほとんど真っ暗なのでよくわかった。
誰もいないのなら楽だ。若干の月明かりが見えそうな場所を探していると、良さそうなのが見つかった。
軒は大きめに作られ、しかも月がよく見えそうである。
──ここだ。ここがいい
軒から垂れる雨水を我慢してそこへ飛び込んだ。
雨に濡れない感覚が久しぶりすぎて逆に変な気分だった。重たくなった白髪(はくはつ)から雨水を絞る様に退け、肩をポンポンと払いのけた。
──誰だ?
──!
右に体を向けていたので、妹紅は気付かなかった。彼女の左からいきなり声がかかったのだ。
驚いた。久しぶりに驚いた。
なぜなら、不意を突かれて声を掛けられたのがあまりに久しぶりすぎたからだ。追っ手なら前兆があるからこんな驚きはなかった。
──誰だ?ここの人間じゃ無いな?
──そうよ
妹紅は問い詰められた気分だが余計な事は語らないと決めた。たかがいち人間に自分を語る必要もメリットも無いとわかったからである。
──何をしている?
──月を見てた
──月?満月なら明日のはずだが
──……え?
──何だ、知らなかったのか
──知らなかった
──おっちょこちょいな奴だな
相手は妹紅が何者か知らないのだろう。世話焼き独特の笑い方を見せてくれた。
──それにしても、濡れてまで人間の里まで来たのか
──…………
──本当に何者だ?
こいつ、よく話す。よく話すが決して疎ましくは思わなかった。人が好きそうで、そしてどこか人間と違っている様な気がした。
──私は上白沢慧音。お前は?
何だろう。妹紅はとても不思議な気持ちだった。
まるで迷子の子供に語りかけるかの様な口調、何となく頼りたくなるオーラ。
──私は……
妹紅は、これまた久しぶりに自分を名乗った。
──私は、藤原妹紅
──もこう?……何だか歴史的だな。いい名前だと思う
──……!
慧音と名乗る目の前の彼女は、何も妹紅を知らない。知らないからこうして会話できるんだ。
そう思うと、もっと語りたい素性もいつの間にか喉で押し止めていた。
──無口な奴だな
──うん?
──私はここで子供相手に寺子屋をしてるんだが、いつも教えているんだ。言いたい事を言わないで後悔しても知らないぞ、と
──ああ……うん、わかる
──どうだ?私でいいなら言いたい事を言ってみろ
──いや、いい
──そんな訳あるか。大丈夫、お前が妖怪でも幽霊でも驚きはしない
──妖怪、幽霊……か
妹紅は自嘲気味にそう言った。なぜだがどうでもよくなってきて、いっそ話してみようかと思った。
──慧音、お前“蓬莱人”は知ってる?不死身
──蓬莱人?……耳にした事がある。顕界のおとぎ話らしいがな
妹紅はそれをこと細かに説明した。蓬莱の実を食べた不死身を意味し、そして幻想郷にも存在すると話すと、慧音は面白そうに笑った。
──不死身か。そうか随分と詳しいんだな。……もしかして妹紅は顕界の人間か?
──うん。“元”人間
──ははは、奇遇だな。私も“元”人間だよ
──え?
──今でこそ人間の姿形だが、満月……つまり明日の夜は獣の姿になる。私は半獣なんだ
──半獣……
妹紅は殊更悩んだ。便乗する形で素性を明かすのか、やはり黙っておいた方がいいのか。
──お前は?
目の前の慧音はニコニコしながら待っている。妹紅の回答が聞きたいのはわかるが、果たして蓬莱人と言ったらどんな顔をするだろう。
──慧音、仮に私が妖怪だったらどうする?
──どうした急に
──いいから
──うーん、そうだな。妖怪だとしても悪い奴には見えないから煮たり焼いたりはしないが
──……そう
──?
妹紅はちょっとだが気が楽になった。慧音は種族をネックにしない。人(?)柄を見る半獣だった。
──まあお前が人間じゃないのはわかった。でも安心しろ。私はだからと言って差別はしない
──うん。言ってもいい?
──おお、待っていた
軒から滴る雨水は同じ地ばかり叩き、水溜まりを作り広げる。いっこうにに止まない雨を避ける軒の下、妹紅は告げた。
――――――――――――
雨はやんでいた。妹紅は自分が蓬莱人だと、慧音にそう告白した。
──ちょっとは気が晴れたか、妹紅?
慧音は嬉しそうだ。なぜかはわからない。
──気は晴れたけど何で慧音が嬉しいんだ?
夜空。雲は薄らぎ、月の光も貫通していた。頂点を少し過ぎた程の高度を保っているようだ。
二人は並んで、いつ顔を覗かせるかわからない月を待っていた。
──うーん。何でだろうな
慧音ですら、自分の気持ちがわからない。ただ無性に嬉しいのだ。
──お前の力になれたからかも知れないな
──?
慧音は一瞬沈黙を置くと、こう言った。
──妹紅は最初なかなか話さなかった。怖かったんだろう?まともに会話できる私だから離れてほしくなかった。違うか?
──……あぁ、うん
──聞いてるか?
──聞いてるよ
──……それで私はお前に、全部言えって言った。最初は戸惑ってたお前も、私が半獣だって言ったら簡単に白状したろ。それが嬉しいんだ
妹紅は空を見上げつつ、慧音が語るのをぼんやり聞いていた。
──……慧音、多分回答になってないと思う
──お、じゃあわかりやすく言う。これでわからなかったら失格だ
──失格って何の
──私はな妹紅。お前が明るくなってくれたのが嬉しい。会ったときから何となく感じてはいたが、お前は強い心を持ってる。私はそういう奴が好きだ。いつも前向きで、運命の不条理にも耐えられる。そういう奴がな
──わからないっては言わないけどわかるっても言えないなあ
慧音はもどかしさを感じた。初対面だから気持ちが上手く伝わらないのは仕方ないが……。
──あ、慧音ほら
──おお
妹紅は肩を叩く。慧音はそれに気付き、また空を見上げる。
金色に輝く月だ。純白の満月よりも不気味で妖しくて、そしてどこか健気だった。
──そうだ妹紅
──うん?
──確かお前、月の姫が何だって言ってたな
──ああ言った。輝夜の事ね
──そいつの事嫌いか?
──うーん……
慧音ははっとした。なぜこんな脈絡のない事を聞いたんだろう。全く無意識のうちに口が滑っていた。
──そうだな……。嫌よ嫌よも好きのうちっていうか、少し共感できる部分もある。私と同じで白昼堂々人前を闊歩できる存在じゃないからさ……
──そうか
──あ、でもやっぱり嫌い
──どうした急に
──あいつさ、共感はしてるけど性格が悪いのよ性格が。姫様育ちで生意気でさ。貴族生まれの私が……
妹紅は語っていた。隣の慧音はあまり聞いていないにもかかわらず延々と。
こいつは根が明るい。私の好きな奴だ。
こうなればこじつけてでも運命にしなければなるまい。あの月がそれを後押しした。
──妹紅、時にお前は運命って信じるか
──はい?はい何?
──……何でもない
今宵、月の下に静踊する姿は2つ。初対面ながらまるで仲の良い親友……それ以上であるかのように語っていた。
──慧音、明日も来てもいいかな
──うん?獣姿に耐えられたらな
──無理だったらもう来ない
──じゃあ念のため明日はやめておけ
すると妹紅は慧音に、一番の笑顔を見せてくれた。
──行くよ慧音。嫌いにはならないから
――――――――――――
妹紅は空を見上げた。と言ってもすでに夜明けは近く、遥か彼方にちょこっとだけ満月が見えるだけだ。
──さて、と
あれから長い付き合い。
妹紅は今、多少の情は気にせず永遠亭に出入りしている。
慧音が誰でも嫌わなかったのを見習い、輝夜とはケンカ腰ながら毎日顔を合わせている。
そしてもちろん慧音とも……。
ちょうど梅雨の時期、良かれと思っているといつのまにか降りだす雨には、妹紅も嫌気がさす。
そんな中にも、ちょっとだけ思い出したくなる記憶があった。あの時、常に孤独であるその身に忘れていたほどの久しい手を述べてくれた、あの優しい感覚を今でもはっきり覚えている。
――――――――――――
──ちょっとは骨のある刺客くらい出したらどうなんだ
いつもの追っ手だった。不死身となって長い妹紅には、ほぼ毎日欠かさず輝夜から刺客が送り込まれていた。
しかし、不死身と炎を操る彼女の前に五分と立っていられる者などいなかった。真夜中に佇むのはいつも妹紅一人だけだった。
──せめて責任取ってマシな奴くらい出せ……ん?
もう始末することすら飽きてきた。いつもの癖で肩の埃を払った時、その右手に冷たい物が当たった。二度、三度四度……。
雨だった。
──そういえば昨日も一昨日も降った様な……。梅雨かしら?
ぽつぽつと降り始める暗闇の空を見上げ、妹紅はぼんやり思った。暦も、時を図る道具すらも持たない妹紅は季節が変わってもなかなかわからない。現にこうして梅雨入りに気付いたのだった。
──どうするかな
何も無い竹林で、黙ったまま濡れるのは忍びない。かと言って持ち合わせがあるでも無いのだ。
──前はどうしたんだったかな
焼け焦げて吐き気のもよおす異臭を放つ遺体など気にも止めない妹紅。暗い竹林に濡れるはめになるのは避けたかった。おそらく今日は満月となるはずだからだ。
何もする事のない妹紅にとって、たまにしか見られぬ満月は感慨深いものだからである。
雨の中で空を見上げれば目に雨粒が入って痛い。出来ればちょっと雨宿りしながら眺めたい。
──人間の里に行こうか
そんな風に思案しつつ、なかなか気持ちが進まなかった。
特に知識の無い普通の人間に不死身の姿を見せてしまえば面倒になる。
そのせいで同じ土地に入られない妹紅はずっと居場所を変え続け、ようやく幻想郷にたどり着いた。同時にあのにっくき輝夜もここにいる。居続けておきたかった。
それでも妹紅は決断した。里の近くまで降りて、軒を少しを拝借するくらいなら大丈夫だと判断したのだ。
──何とかなるといいな
かれこれ何百年も孤独の身は、小雨が降りしきる中を人間の里へと向かった。
赤々と華炎の翼が誰も見ない空を舞う。本当だったらわざわざ鳥の羽を真似なくてもいいのだが、自分の力で造形するのも暇潰しにはなってくれる。
──せめて雲の切れ目があればいい
暗曇を眺めながらそんな事を思う。月が見れなければ来た意味もない。一晩待てば一度くらい拝ませてもらえるだろう。
やがて妹紅の視界に、闇に紛れる集落が入った。この時間ならおそらく誰もいないだろう。でも一応用心の為、彼女は翼を閉じに地を歩みに行った。
──地面も酷い状態ね
着地と同時に少し泥が跳ねる。うっすらと水が幕を張っている地は一様に歩きづらい。
妹紅は、お借りできそうな軒を探して里に入った。
──やっぱりもう皆寝たのか
辺りを見渡しても明かりのついた住居は見当たらない。ほとんど真っ暗なのでよくわかった。
誰もいないのなら楽だ。若干の月明かりが見えそうな場所を探していると、良さそうなのが見つかった。
軒は大きめに作られ、しかも月がよく見えそうである。
──ここだ。ここがいい
軒から垂れる雨水を我慢してそこへ飛び込んだ。
雨に濡れない感覚が久しぶりすぎて逆に変な気分だった。重たくなった白髪(はくはつ)から雨水を絞る様に退け、肩をポンポンと払いのけた。
──誰だ?
──!
右に体を向けていたので、妹紅は気付かなかった。彼女の左からいきなり声がかかったのだ。
驚いた。久しぶりに驚いた。
なぜなら、不意を突かれて声を掛けられたのがあまりに久しぶりすぎたからだ。追っ手なら前兆があるからこんな驚きはなかった。
──誰だ?ここの人間じゃ無いな?
──そうよ
妹紅は問い詰められた気分だが余計な事は語らないと決めた。たかがいち人間に自分を語る必要もメリットも無いとわかったからである。
──何をしている?
──月を見てた
──月?満月なら明日のはずだが
──……え?
──何だ、知らなかったのか
──知らなかった
──おっちょこちょいな奴だな
相手は妹紅が何者か知らないのだろう。世話焼き独特の笑い方を見せてくれた。
──それにしても、濡れてまで人間の里まで来たのか
──…………
──本当に何者だ?
こいつ、よく話す。よく話すが決して疎ましくは思わなかった。人が好きそうで、そしてどこか人間と違っている様な気がした。
──私は上白沢慧音。お前は?
何だろう。妹紅はとても不思議な気持ちだった。
まるで迷子の子供に語りかけるかの様な口調、何となく頼りたくなるオーラ。
──私は……
妹紅は、これまた久しぶりに自分を名乗った。
──私は、藤原妹紅
──もこう?……何だか歴史的だな。いい名前だと思う
──……!
慧音と名乗る目の前の彼女は、何も妹紅を知らない。知らないからこうして会話できるんだ。
そう思うと、もっと語りたい素性もいつの間にか喉で押し止めていた。
──無口な奴だな
──うん?
──私はここで子供相手に寺子屋をしてるんだが、いつも教えているんだ。言いたい事を言わないで後悔しても知らないぞ、と
──ああ……うん、わかる
──どうだ?私でいいなら言いたい事を言ってみろ
──いや、いい
──そんな訳あるか。大丈夫、お前が妖怪でも幽霊でも驚きはしない
──妖怪、幽霊……か
妹紅は自嘲気味にそう言った。なぜだがどうでもよくなってきて、いっそ話してみようかと思った。
──慧音、お前“蓬莱人”は知ってる?不死身
──蓬莱人?……耳にした事がある。顕界のおとぎ話らしいがな
妹紅はそれをこと細かに説明した。蓬莱の実を食べた不死身を意味し、そして幻想郷にも存在すると話すと、慧音は面白そうに笑った。
──不死身か。そうか随分と詳しいんだな。……もしかして妹紅は顕界の人間か?
──うん。“元”人間
──ははは、奇遇だな。私も“元”人間だよ
──え?
──今でこそ人間の姿形だが、満月……つまり明日の夜は獣の姿になる。私は半獣なんだ
──半獣……
妹紅は殊更悩んだ。便乗する形で素性を明かすのか、やはり黙っておいた方がいいのか。
──お前は?
目の前の慧音はニコニコしながら待っている。妹紅の回答が聞きたいのはわかるが、果たして蓬莱人と言ったらどんな顔をするだろう。
──慧音、仮に私が妖怪だったらどうする?
──どうした急に
──いいから
──うーん、そうだな。妖怪だとしても悪い奴には見えないから煮たり焼いたりはしないが
──……そう
──?
妹紅はちょっとだが気が楽になった。慧音は種族をネックにしない。人(?)柄を見る半獣だった。
──まあお前が人間じゃないのはわかった。でも安心しろ。私はだからと言って差別はしない
──うん。言ってもいい?
──おお、待っていた
軒から滴る雨水は同じ地ばかり叩き、水溜まりを作り広げる。いっこうにに止まない雨を避ける軒の下、妹紅は告げた。
――――――――――――
雨はやんでいた。妹紅は自分が蓬莱人だと、慧音にそう告白した。
──ちょっとは気が晴れたか、妹紅?
慧音は嬉しそうだ。なぜかはわからない。
──気は晴れたけど何で慧音が嬉しいんだ?
夜空。雲は薄らぎ、月の光も貫通していた。頂点を少し過ぎた程の高度を保っているようだ。
二人は並んで、いつ顔を覗かせるかわからない月を待っていた。
──うーん。何でだろうな
慧音ですら、自分の気持ちがわからない。ただ無性に嬉しいのだ。
──お前の力になれたからかも知れないな
──?
慧音は一瞬沈黙を置くと、こう言った。
──妹紅は最初なかなか話さなかった。怖かったんだろう?まともに会話できる私だから離れてほしくなかった。違うか?
──……あぁ、うん
──聞いてるか?
──聞いてるよ
──……それで私はお前に、全部言えって言った。最初は戸惑ってたお前も、私が半獣だって言ったら簡単に白状したろ。それが嬉しいんだ
妹紅は空を見上げつつ、慧音が語るのをぼんやり聞いていた。
──……慧音、多分回答になってないと思う
──お、じゃあわかりやすく言う。これでわからなかったら失格だ
──失格って何の
──私はな妹紅。お前が明るくなってくれたのが嬉しい。会ったときから何となく感じてはいたが、お前は強い心を持ってる。私はそういう奴が好きだ。いつも前向きで、運命の不条理にも耐えられる。そういう奴がな
──わからないっては言わないけどわかるっても言えないなあ
慧音はもどかしさを感じた。初対面だから気持ちが上手く伝わらないのは仕方ないが……。
──あ、慧音ほら
──おお
妹紅は肩を叩く。慧音はそれに気付き、また空を見上げる。
金色に輝く月だ。純白の満月よりも不気味で妖しくて、そしてどこか健気だった。
──そうだ妹紅
──うん?
──確かお前、月の姫が何だって言ってたな
──ああ言った。輝夜の事ね
──そいつの事嫌いか?
──うーん……
慧音ははっとした。なぜこんな脈絡のない事を聞いたんだろう。全く無意識のうちに口が滑っていた。
──そうだな……。嫌よ嫌よも好きのうちっていうか、少し共感できる部分もある。私と同じで白昼堂々人前を闊歩できる存在じゃないからさ……
──そうか
──あ、でもやっぱり嫌い
──どうした急に
──あいつさ、共感はしてるけど性格が悪いのよ性格が。姫様育ちで生意気でさ。貴族生まれの私が……
妹紅は語っていた。隣の慧音はあまり聞いていないにもかかわらず延々と。
こいつは根が明るい。私の好きな奴だ。
こうなればこじつけてでも運命にしなければなるまい。あの月がそれを後押しした。
──妹紅、時にお前は運命って信じるか
──はい?はい何?
──……何でもない
今宵、月の下に静踊する姿は2つ。初対面ながらまるで仲の良い親友……それ以上であるかのように語っていた。
──慧音、明日も来てもいいかな
──うん?獣姿に耐えられたらな
──無理だったらもう来ない
──じゃあ念のため明日はやめておけ
すると妹紅は慧音に、一番の笑顔を見せてくれた。
──行くよ慧音。嫌いにはならないから
――――――――――――
妹紅は空を見上げた。と言ってもすでに夜明けは近く、遥か彼方にちょこっとだけ満月が見えるだけだ。
──さて、と
あれから長い付き合い。
妹紅は今、多少の情は気にせず永遠亭に出入りしている。
慧音が誰でも嫌わなかったのを見習い、輝夜とはケンカ腰ながら毎日顔を合わせている。
そしてもちろん慧音とも……。