@百合です。
「いや、だって、ほら」
滅多に使われることのない、来客用の真っ赤な椅子に浅く腰掛け、膝の上で組んだ手を忙しなくもじもじと動かしながら、巫女は言葉を続ける。
「お付き合いというものを、はじめてはみたもののね?」
笑みで緩みきった頬に両手をあて、照れたように目を伏せながら、
「こんな風に誘われるのって、はじめて……だし」
部屋の主もまた頭を垂れ、大きなため息をついた。しかし今回も、ため息に込めた思いが届くことはないに違いない。
だいたいこの言い訳も四度目になる、ため息はその三倍は出ているだろうか。珍しくふらりとやってきたと思ったら、こってりとしたのろけばかり聞かされては、喘息貧血に胸焼け胃もたれまで加わる寸前といったところ。
「あなたね……わざわざ私にとどめを刺しにきたわけ?」
「いや、全然そんなつもりじゃ、なくて、話だけでも聞かせてくれないかなー……と」
どうやら、パチュリーにとってその話だけというのがどれだけ大きなものであるかが分かっていないらしい。それに話を聞かせて欲しいという割には、こちらに話させる気があるとは到底思えない。
大図書館を名乗る者である以上、己の知識を頼られることに不満はないものの、その内容と相手によっては話が違う。
よりによって霊夢が。
よりによって魔理沙のことで。
部屋に入ってくるなり、昨日突然デートに誘われたなんて言い出したかと思えば、聞きたいことがあると言う。どうせ、どんな服を着ていけばいいだとかどこに行けばいいだとかどんな振る舞いをすればいいのだとかに決まっている。そんなもの、パチュリーは既に何千何万何億回と夢に描き続けた。そんな、最早いくら望んでも得ようがない贅沢な悩みを、霊夢は手に持て余しているのが明らかだった。
普段一人で図書館に篭っている時は、そんなもの万死に万死をかけても軽すぎる罪だと思えているはずなのに。
恋敵であったはずなのに。いや、だからこそなのかもしれない。
敵いようのないと思い知らされた、その霊夢がいざあたふたとしているその姿を目の前にしてみると、どうでもよくなってしまうというものだった。
なにより、こうも立場の差を思い知らされてしまっては。
魔理沙に選ばれなかったという事実、その大きなただ一つを認めずにはいられなかった。
「なによ、馬鹿みたい……」
そう呟いたパチュリーが右手を上げれば、書き物机の上から四百ページ超の、四冊の本が踊るように飛んできて机の上に音もなく重なる。
「で、魔理沙の何が知りたいのかしら?」
机の上に積みあがった本の一冊目を手に取り、そのページを素早く繰りながらパチュリーは尋ねる。今まで書き連ねてきた魔理沙大百科(全百巻予定)の名に懸けてそのデート、失敗させる気は完全に失した。
なによりも、成功した方が、魔理沙が喜ぶのだから。
そんなパチュリーの心境の変化を知ってか知らずか、霊夢は柔らかな表情でパチュリーを見上げた。
「ありがとう、助かるわ」
「けど、何よりまずは服装からじゃないかしらね」
パチュリーは照れから反らした視線を本に向けたまま、顎で霊夢の胸元の辺りを示す。
「え? 服って別にこのままでいいんじゃないの?」
「ダメに決まってるじゃない、あの子はアレで結構ロマンチストなんだから。ちゃんとムード出していかないと」
……かつての恋敵は、嫌になるほど鈍感だった。
「魔理沙ったら、たまに魔道書の間に恋愛小説挟んで持って行こうとするんだもの。いつか自分に王子様が現れるとか思ってるに違いないわ」
お姫様かもしれないけど、と含み笑いを漏らすパチュリーは、秘密を共有する相手ができたことに喜んでいるようでもあった。
「というわけで、明日は思いきりおしゃれして、魔理沙を魅了してやるしかないわね」
「だって私、そんなよそ行きの洒落た服なんて持ってないわよ?」
自分の巫女装束を改めて見下ろしながらぼやく霊夢に、パチュリーは親指を立てて得意げに断言する。
「大丈夫、いいものがあるわ。だからそれは後にするとして、次はお弁当の中身かしら」
やっぱり和食の弁当にするなら肉じゃがが必須だとか、あえてサンドイッチにしてみるのはどうかとか。かしましく話す様子は、祭りの前夜のようでもあった。
互いが好意を寄せる相手のこと、この場に至っては目的を共有する者同士、それが盛り上がらないわけがない。
そしてその会話をする当人たちにとっては、来客に気が付かないほどに愉快なものでさえあった。
その一方、部屋の外で扉にもたれて、呟く一人。
「なんだよ……随分楽しそうじゃないか」
家にいても立ったり座ったり何をするにも落ち着かず、霊夢を誘うのに「明後日のこの時間、この場所で待ってるぜ!」なんて言ってしまった手前、今日神社に行くわけにもいかず。ついいつもの勢いで図書館までやってきてしまった。驚かそうと、ドアを小さく開けて覗いてみたときには机を挟んで顔を間近につき合わせて笑う霊夢とパチュリーの姿があった。
「……せっかく勇気出して誘ったんだけど、な」
音を立てないように背を離し、足を引きずるようにして図書館の出口へ向かう。できるだけ世界を目に映さないように、俯いたまま歩いていると、前方からは近づいてくる人の気配。顔を上げることもせず歩を進め、ぶつかると思ったときには既に気配は背後にあった。
かけられる声は、
「珍しいわね、今日は何も持っていかないの?」
「ちょっと今日は開店休業だな」
ごまかすように言ったところで、
「部屋を汚さないのは結構だけれど」
興味なさそうに、咲夜は図書館の奥へと歩いていった。
淀みなく歩く咲夜の背に一度だけ目をやると、ドアを勢いよく開き、雨の降る空の下を、森へ向けて一直線に飛び去った。
翌日、博麗神社前。昨夜と一転、初夏の日差しが暖かさを感じさせる朝。
異様な格好、とも言える姿で博麗霊夢は立っていた。
待ってるぜ、と言われたものの、我が家の目の前では自分が後からというわけにも行かず、結局霊夢が待つ側に回っていた。
「ほんと、なんだか落ち着かないわね……」
裾を軽くつまみ上げながら、昨日も姿見の前で何度となく呟いた言葉を繰り返す。
赤いワンピースと、白いショール。普段の巫女装束と色合いだけは似ているものの、やはりどこか恥ずかしい。何より、血の匂いがするのは気のせいであることを祈りたい。
ただ、パチュリーによる魔理沙好みの格好とのことだったので、従わない理由はなかった。
「ま、たまにはお洒落するのも楽しいのかもね」
こうも極端に普段と違った服を着ると、別人になれた気だってする。普段はそれが逆に面倒に感じられるのだけれど。
好みの格好をした自分を見て喜んでくれるであろう魔理沙の顔を想像すると、楽しみで仕方がなかったから。
「……にしては、なんだか遅れてるみたいね」
いくらなんでも、この時間、という指定の仕方はなかったんじゃないだろうか。ただでさえ時間にはルーズな魔理沙だというのに。
と、霊夢がふと顔を上げる動きと逆に、視界を上から下に貫く黒い影。
小さな音を響かせて降り立ったその姿は、紛うことなく魔理沙、だったが。
「よ」
白いブラウスに、スカートはいつも通りの黒ながら丈はずいぶんと短い。普段の大きく広がったスカートの下にドロワーズという無骨な姿とは一転。そんな姿の魔理沙が、軽い動作で手を上げた。
ただ、それだけで。
(なによ、こんなかっこいいなんて聞いてないわ……)
霊夢が頬を赤く染めたまま顔色を伺えば、魔理沙は口を硬く結んだ不機嫌そうな表情で、腕を組んで立ち尽くしていた。
遅刻してきた側が不機嫌なんて理不尽な話もあったものだが、出がけに小指をぶつけたとか、以前そんな理由で涙目のままやってきたことがある実績も考えると、さして不自然には感じられなかった。
まさか、霊夢の服装が気に入らなかったというわけでもないだろうに。
「それじゃ、行きましょうか?」
右手に提げた、弁当箱の入った小さな巾着を目の前に上げて微笑んで言うも、魔理沙は俯いたまま。
変に思って顔を覗きこんでも、苦しそうに目を背けるばかりだった。
「ちょっと魔理沙、あんたもしかして具合悪いんじゃないの?」
それでも微動だにしない魔理沙に慌てて駆け寄り、左手は首筋、右手を額に当ててみるが、熱っぽいというよりもいつものように少し低体温気味でさえある。あるいは、貧血でめまいでも起こしているのだろうか。
「あんたね、楽しみだったのかもしれないけど、無理してくることないでしょうが」
霊夢の言葉でスイッチが入ったように、魔理沙は口を開くと、
「楽しみ、だったさ。……そりゃな」
柔らかな日差しと対照的な、鋭い冷え切った声が境内に響く。
「昨日は、随分楽しそうだったじゃないか」
「昨日って何がよ?」
顔を上げ霊夢の瞳を間近に見据える魔理沙の口は、嘲るように歪んでいた。その敵意に満ちた言葉に、ふとひるみそうになるが、
「パチュリーと楽しそうに話し込んでたじゃないか、私に気付かないくらいにさ。何話してたんだか知らないけど、霊夢が人と話してるのであんなに盛り上がってるのなんか見たことないぜ」
霊夢の手は魔理沙の頭を抱えるような形のまま、少し頭を動かせば唇同士が触れてしまいそうな距離で、二人は目と目を合わせたまま。
「……何って、話をしに行くくらい私の自由じゃない」
デートの情報を集めに話を聞きに行っていたとまでは、恥ずかしくて言えなかった。
「……やだ」
魔理沙は目を固く閉じて、霊夢に身体を預けるようにしながら言った。
「霊夢が、他の奴のところに行くのはいやだ」
小さな子供が、親のそばを離れるのを恐れるように。霊夢の腕の中で身体を震わせている。
その恐れは魔理沙自身の心を揺さぶり、閉じた目の端から涙となって溢れていた。
その涙が霊夢のワンピースに零れ、胸元には大きな暗紅の染みができている。胸に冷たさを、腕に暖かさを感じながら霊夢はささやく。
「ごめんね、これでも怖かったのよ」
たぶん、同じだったのだろう。
誘われた霊夢が、相手の望む通りに振る舞えるかが不安だったのと同じくらい。
誘った魔理沙も、霊夢に隣にいてよかったと思われる相手でありたかったのだ。
「私、大概のことには無関心だし。……今日だっていつもの巫女装束のままで行こうと思ってたくらいだからね」
言葉を伝える度、魔理沙の頭は小さく上下に、指は霊夢の胸や背中をかきむしるようにワンピースの上を滑る。
「昨日パチュリーのところにいたのはね、別に逢引とかじゃ、全然ないから」
胸に強く抱いた魔理沙の髪に、優しく指を通し、梳いて、その暖かみを感じる。
あまり、言いたくなかった。自分が魔理沙のことをよく知らないことを認めてしまうようなものだし、パチュリーをいいように利用したやましさがないとも言い切れない。
けれど何より。今は、こんなにも愛おしい魔理沙に誤解されたままであることが心を軋ませた。
「ただ、魔理沙がどうしたら喜んでくれるかなって、聞きに行ってただけよ。私よりもずっと魔理沙のこと見てる子に聞けば分かると思ったんだけどね。そうじゃなきゃ、こんな服着ないわ」
もう顔が見える距離ではないが、それでも小さく笑って見せる。互いを抱きしめられるほど近ければきっと、顔を見なくても表情は分かると思ったから。
それが通じたのか、待ちわびた魔理沙の声が身体を伝わりながら聞こえた。
「……ったら」
「うん?」
顔を、霊夢の胸に押し付けたままで魔理沙は言った。
「だったら、私に聞けばよかったじゃないか!」
さして大きな声でもなかった。顔を押し付けているせいで篭った声になってしまっていた。
それでも、どんな声よりも深く響いた。
「私のことなんだから、私が一番よく知ってるに決まってるだろ。なのになんで他の奴のところに行くんだよ!」
無茶なことを、言う。
霊夢には考えつきようがなかった。世の中をうまく渡るための努力は他人の知らないところでするべきだし、多少遠回りになる道に苦難が伴おうとも、それをこなすだけの能力があったから、ずっとそうしてきた。
だから、障害全てを貫くような方法を考えることなど一度もなかった。
「なにより」
顔を離し、真っ赤にはれた目で霊夢の瞳の奥を見つめて、魔理沙はすがるように言った。
「霊夢の恋人は私じゃないか……」
「……そうよね、ごめんね」
けれど、魔理沙のそんなところが好きだったのだと、今更思い知らされた。
「いや、だって、ほら」
滅多に使われることのない、来客用の真っ赤な椅子に浅く腰掛け、膝の上で組んだ手を忙しなくもじもじと動かしながら、巫女は言葉を続ける。
「お付き合いというものを、はじめてはみたもののね?」
笑みで緩みきった頬に両手をあて、照れたように目を伏せながら、
「こんな風に誘われるのって、はじめて……だし」
部屋の主もまた頭を垂れ、大きなため息をついた。しかし今回も、ため息に込めた思いが届くことはないに違いない。
だいたいこの言い訳も四度目になる、ため息はその三倍は出ているだろうか。珍しくふらりとやってきたと思ったら、こってりとしたのろけばかり聞かされては、喘息貧血に胸焼け胃もたれまで加わる寸前といったところ。
「あなたね……わざわざ私にとどめを刺しにきたわけ?」
「いや、全然そんなつもりじゃ、なくて、話だけでも聞かせてくれないかなー……と」
どうやら、パチュリーにとってその話だけというのがどれだけ大きなものであるかが分かっていないらしい。それに話を聞かせて欲しいという割には、こちらに話させる気があるとは到底思えない。
大図書館を名乗る者である以上、己の知識を頼られることに不満はないものの、その内容と相手によっては話が違う。
よりによって霊夢が。
よりによって魔理沙のことで。
部屋に入ってくるなり、昨日突然デートに誘われたなんて言い出したかと思えば、聞きたいことがあると言う。どうせ、どんな服を着ていけばいいだとかどこに行けばいいだとかどんな振る舞いをすればいいのだとかに決まっている。そんなもの、パチュリーは既に何千何万何億回と夢に描き続けた。そんな、最早いくら望んでも得ようがない贅沢な悩みを、霊夢は手に持て余しているのが明らかだった。
普段一人で図書館に篭っている時は、そんなもの万死に万死をかけても軽すぎる罪だと思えているはずなのに。
恋敵であったはずなのに。いや、だからこそなのかもしれない。
敵いようのないと思い知らされた、その霊夢がいざあたふたとしているその姿を目の前にしてみると、どうでもよくなってしまうというものだった。
なにより、こうも立場の差を思い知らされてしまっては。
魔理沙に選ばれなかったという事実、その大きなただ一つを認めずにはいられなかった。
「なによ、馬鹿みたい……」
そう呟いたパチュリーが右手を上げれば、書き物机の上から四百ページ超の、四冊の本が踊るように飛んできて机の上に音もなく重なる。
「で、魔理沙の何が知りたいのかしら?」
机の上に積みあがった本の一冊目を手に取り、そのページを素早く繰りながらパチュリーは尋ねる。今まで書き連ねてきた魔理沙大百科(全百巻予定)の名に懸けてそのデート、失敗させる気は完全に失した。
なによりも、成功した方が、魔理沙が喜ぶのだから。
そんなパチュリーの心境の変化を知ってか知らずか、霊夢は柔らかな表情でパチュリーを見上げた。
「ありがとう、助かるわ」
「けど、何よりまずは服装からじゃないかしらね」
パチュリーは照れから反らした視線を本に向けたまま、顎で霊夢の胸元の辺りを示す。
「え? 服って別にこのままでいいんじゃないの?」
「ダメに決まってるじゃない、あの子はアレで結構ロマンチストなんだから。ちゃんとムード出していかないと」
……かつての恋敵は、嫌になるほど鈍感だった。
「魔理沙ったら、たまに魔道書の間に恋愛小説挟んで持って行こうとするんだもの。いつか自分に王子様が現れるとか思ってるに違いないわ」
お姫様かもしれないけど、と含み笑いを漏らすパチュリーは、秘密を共有する相手ができたことに喜んでいるようでもあった。
「というわけで、明日は思いきりおしゃれして、魔理沙を魅了してやるしかないわね」
「だって私、そんなよそ行きの洒落た服なんて持ってないわよ?」
自分の巫女装束を改めて見下ろしながらぼやく霊夢に、パチュリーは親指を立てて得意げに断言する。
「大丈夫、いいものがあるわ。だからそれは後にするとして、次はお弁当の中身かしら」
やっぱり和食の弁当にするなら肉じゃがが必須だとか、あえてサンドイッチにしてみるのはどうかとか。かしましく話す様子は、祭りの前夜のようでもあった。
互いが好意を寄せる相手のこと、この場に至っては目的を共有する者同士、それが盛り上がらないわけがない。
そしてその会話をする当人たちにとっては、来客に気が付かないほどに愉快なものでさえあった。
その一方、部屋の外で扉にもたれて、呟く一人。
「なんだよ……随分楽しそうじゃないか」
家にいても立ったり座ったり何をするにも落ち着かず、霊夢を誘うのに「明後日のこの時間、この場所で待ってるぜ!」なんて言ってしまった手前、今日神社に行くわけにもいかず。ついいつもの勢いで図書館までやってきてしまった。驚かそうと、ドアを小さく開けて覗いてみたときには机を挟んで顔を間近につき合わせて笑う霊夢とパチュリーの姿があった。
「……せっかく勇気出して誘ったんだけど、な」
音を立てないように背を離し、足を引きずるようにして図書館の出口へ向かう。できるだけ世界を目に映さないように、俯いたまま歩いていると、前方からは近づいてくる人の気配。顔を上げることもせず歩を進め、ぶつかると思ったときには既に気配は背後にあった。
かけられる声は、
「珍しいわね、今日は何も持っていかないの?」
「ちょっと今日は開店休業だな」
ごまかすように言ったところで、
「部屋を汚さないのは結構だけれど」
興味なさそうに、咲夜は図書館の奥へと歩いていった。
淀みなく歩く咲夜の背に一度だけ目をやると、ドアを勢いよく開き、雨の降る空の下を、森へ向けて一直線に飛び去った。
翌日、博麗神社前。昨夜と一転、初夏の日差しが暖かさを感じさせる朝。
異様な格好、とも言える姿で博麗霊夢は立っていた。
待ってるぜ、と言われたものの、我が家の目の前では自分が後からというわけにも行かず、結局霊夢が待つ側に回っていた。
「ほんと、なんだか落ち着かないわね……」
裾を軽くつまみ上げながら、昨日も姿見の前で何度となく呟いた言葉を繰り返す。
赤いワンピースと、白いショール。普段の巫女装束と色合いだけは似ているものの、やはりどこか恥ずかしい。何より、血の匂いがするのは気のせいであることを祈りたい。
ただ、パチュリーによる魔理沙好みの格好とのことだったので、従わない理由はなかった。
「ま、たまにはお洒落するのも楽しいのかもね」
こうも極端に普段と違った服を着ると、別人になれた気だってする。普段はそれが逆に面倒に感じられるのだけれど。
好みの格好をした自分を見て喜んでくれるであろう魔理沙の顔を想像すると、楽しみで仕方がなかったから。
「……にしては、なんだか遅れてるみたいね」
いくらなんでも、この時間、という指定の仕方はなかったんじゃないだろうか。ただでさえ時間にはルーズな魔理沙だというのに。
と、霊夢がふと顔を上げる動きと逆に、視界を上から下に貫く黒い影。
小さな音を響かせて降り立ったその姿は、紛うことなく魔理沙、だったが。
「よ」
白いブラウスに、スカートはいつも通りの黒ながら丈はずいぶんと短い。普段の大きく広がったスカートの下にドロワーズという無骨な姿とは一転。そんな姿の魔理沙が、軽い動作で手を上げた。
ただ、それだけで。
(なによ、こんなかっこいいなんて聞いてないわ……)
霊夢が頬を赤く染めたまま顔色を伺えば、魔理沙は口を硬く結んだ不機嫌そうな表情で、腕を組んで立ち尽くしていた。
遅刻してきた側が不機嫌なんて理不尽な話もあったものだが、出がけに小指をぶつけたとか、以前そんな理由で涙目のままやってきたことがある実績も考えると、さして不自然には感じられなかった。
まさか、霊夢の服装が気に入らなかったというわけでもないだろうに。
「それじゃ、行きましょうか?」
右手に提げた、弁当箱の入った小さな巾着を目の前に上げて微笑んで言うも、魔理沙は俯いたまま。
変に思って顔を覗きこんでも、苦しそうに目を背けるばかりだった。
「ちょっと魔理沙、あんたもしかして具合悪いんじゃないの?」
それでも微動だにしない魔理沙に慌てて駆け寄り、左手は首筋、右手を額に当ててみるが、熱っぽいというよりもいつものように少し低体温気味でさえある。あるいは、貧血でめまいでも起こしているのだろうか。
「あんたね、楽しみだったのかもしれないけど、無理してくることないでしょうが」
霊夢の言葉でスイッチが入ったように、魔理沙は口を開くと、
「楽しみ、だったさ。……そりゃな」
柔らかな日差しと対照的な、鋭い冷え切った声が境内に響く。
「昨日は、随分楽しそうだったじゃないか」
「昨日って何がよ?」
顔を上げ霊夢の瞳を間近に見据える魔理沙の口は、嘲るように歪んでいた。その敵意に満ちた言葉に、ふとひるみそうになるが、
「パチュリーと楽しそうに話し込んでたじゃないか、私に気付かないくらいにさ。何話してたんだか知らないけど、霊夢が人と話してるのであんなに盛り上がってるのなんか見たことないぜ」
霊夢の手は魔理沙の頭を抱えるような形のまま、少し頭を動かせば唇同士が触れてしまいそうな距離で、二人は目と目を合わせたまま。
「……何って、話をしに行くくらい私の自由じゃない」
デートの情報を集めに話を聞きに行っていたとまでは、恥ずかしくて言えなかった。
「……やだ」
魔理沙は目を固く閉じて、霊夢に身体を預けるようにしながら言った。
「霊夢が、他の奴のところに行くのはいやだ」
小さな子供が、親のそばを離れるのを恐れるように。霊夢の腕の中で身体を震わせている。
その恐れは魔理沙自身の心を揺さぶり、閉じた目の端から涙となって溢れていた。
その涙が霊夢のワンピースに零れ、胸元には大きな暗紅の染みができている。胸に冷たさを、腕に暖かさを感じながら霊夢はささやく。
「ごめんね、これでも怖かったのよ」
たぶん、同じだったのだろう。
誘われた霊夢が、相手の望む通りに振る舞えるかが不安だったのと同じくらい。
誘った魔理沙も、霊夢に隣にいてよかったと思われる相手でありたかったのだ。
「私、大概のことには無関心だし。……今日だっていつもの巫女装束のままで行こうと思ってたくらいだからね」
言葉を伝える度、魔理沙の頭は小さく上下に、指は霊夢の胸や背中をかきむしるようにワンピースの上を滑る。
「昨日パチュリーのところにいたのはね、別に逢引とかじゃ、全然ないから」
胸に強く抱いた魔理沙の髪に、優しく指を通し、梳いて、その暖かみを感じる。
あまり、言いたくなかった。自分が魔理沙のことをよく知らないことを認めてしまうようなものだし、パチュリーをいいように利用したやましさがないとも言い切れない。
けれど何より。今は、こんなにも愛おしい魔理沙に誤解されたままであることが心を軋ませた。
「ただ、魔理沙がどうしたら喜んでくれるかなって、聞きに行ってただけよ。私よりもずっと魔理沙のこと見てる子に聞けば分かると思ったんだけどね。そうじゃなきゃ、こんな服着ないわ」
もう顔が見える距離ではないが、それでも小さく笑って見せる。互いを抱きしめられるほど近ければきっと、顔を見なくても表情は分かると思ったから。
それが通じたのか、待ちわびた魔理沙の声が身体を伝わりながら聞こえた。
「……ったら」
「うん?」
顔を、霊夢の胸に押し付けたままで魔理沙は言った。
「だったら、私に聞けばよかったじゃないか!」
さして大きな声でもなかった。顔を押し付けているせいで篭った声になってしまっていた。
それでも、どんな声よりも深く響いた。
「私のことなんだから、私が一番よく知ってるに決まってるだろ。なのになんで他の奴のところに行くんだよ!」
無茶なことを、言う。
霊夢には考えつきようがなかった。世の中をうまく渡るための努力は他人の知らないところでするべきだし、多少遠回りになる道に苦難が伴おうとも、それをこなすだけの能力があったから、ずっとそうしてきた。
だから、障害全てを貫くような方法を考えることなど一度もなかった。
「なにより」
顔を離し、真っ赤にはれた目で霊夢の瞳の奥を見つめて、魔理沙はすがるように言った。
「霊夢の恋人は私じゃないか……」
「……そうよね、ごめんね」
けれど、魔理沙のそんなところが好きだったのだと、今更思い知らされた。
生殺し感でいっぱいなのですがこの気持はどうすればいいのでしょう。
ここまでだっていうのか?冗談だよな?ハハハ・・・
まだだ!まだ先がある筈だ!たぶんこの後、心配でデートを後ろから付けて回るパチュリーとアリスの描写があったりして、アリスが暴走しようとするのをパチュリーが止めたりするんだよな!?そうだろ?そうだと・・・言ってくれ・・・っ!
「止めないでパチュリー!あの泥棒巫女から私の魔理沙を解放してやるんだから!」
「おおおおちついてアリス!ゲッフゥ!!ここで出たら魔理沙に嫌われるわよ!?(超高速永昌)」
「嫌われるのはイヤ!嫌われるのはイヤ!嫌われるのはイヤァ」
この独白が良かったです。
落ち着け、「百合専門」と書いてあるし、続編の可能性はまだある。
死亡フラグを立てないように気をつけながら信じようじゃないか(レスレス失礼しました)。