「そろそろ布団が恋人になるわ、藍」
「はい?」
太陽もほどほどに昇った頃。
紫様を起こそうとやってきたら、待っていたのは衝撃的な主の告白だった。
「あの、今なんと……」
「そろそろ布団が親友から恋人になるって言ったのよ」
どうしよう。
紫様が無機物に愛を抱くまでに悟りの境地へ達してしまった。
何故だ。私の接し方が間違っていたとでもいうのか。
ああ……私や橙ではあなたに生きる者の温もりの良さを教えることはできなかったのですね……。
いずれ、紫様の布団は大妖怪の賢者の伴侶として幻想郷に広く知れ渡り、無機物を愛するなんてと紫様は蔑まれ。それでも芯の強いあなたのこと。その愛を貫き通し、後世に抱腹絶倒感動巨編として語り継がれるだろう。いや、笑ってどうする。
「負けないでください、紫様……っ」
「……何か勘違いしているみたいね。私は外の寒さが大分厳しくなってきたから布団から出たくないと言っているのよ」
「えっ、あ、そういうことですか」
「そういうことですわ」
なんたる早とちり。冷静に考えて布団を伴侶にすることなど紫様に限ってありえるはずが、ない。ない、はずだな、うん。
「この季節は、木々も山も空も空気も灰色になるこの時期には、ね。布団は寄り添っていたい親友から、一時も離れたくない恋人になるのよ」
「なるほどなるほど。つまり、布団から出たくないと?」
「それじゃ、おやすみなさい」
「いえいえ、おはようございます。紫様」
朝の攻防はこうして幕を開けた。
しかし、紫様をゆすり続ければ真下にスキマで即自由落下運動。布団をめくろうにも結界で固定されている始末。思い切った攻勢には出られないのでこの難攻不落の攻略にはどうしても時間がかかってしまう。
「ほらほら、紫様。朝餉の仕度もできていますよ」
「朝餉? ふうん……二流……それは二流の発想よ……。今は……ただ、貪るように睡眠……っ!」
「何を真面目な表情で仰っているのですか。早く起きてくださいよ」
一瞬、紫様の鼻がとがっているように見えてしまったのは何かの幻覚だろうか。
「まだ寝ていたいのー」
「子供じゃないんですからそんな甘えないでください」
「あら。子供でないと甘えることもできないのかしら?」
誰だって甘えることはできるのよ、と紫様は先ほどの猫なで声とは違う、淡々とした口調で仰った。
丸まった布団の中に篭ったまま。
この方は、言葉と動作がこんなにもちぐはぐなのだから胡散臭いなどと言われてしまうのだ。
「子供は誰でも構わず甘えるけれど、大人は誰でも選んで甘えるわ」
そこまで言って紫様はようやく丸まっていた布団から顔だけ出した。こちらに向けられる視線は、その怠けた仕草に似合わぬほどに鋭く、そして熱を纏っていた。
「藍。あなたは、私に、甘えさせてはくれないの?」
いつの間にか、瞬きの間のことだったのか。
紫様は上半身だけ布団から出ていた。
襖から溢れた日の光が金色の髪を滑る。透き通るほどに白い肌が、細く柔らかな指が、緩やかに私の頬を撫でた。背筋に僅かな痺れが這い上がる。指は緩やかな曲線を描き、首に触れ、そのまま下の方へ―――
向かう前に、私はその指を押さえた。
「だから寝かせろと?」
「うん♪」
朗らかな笑顔で予想通りの返答を下さった主に、感謝の印として押さえていた指をそのまま捻った。
「痛い痛い!! 藍っ、ストップ!!」
「……まったく。戯れもほどほどになさってください」
ようやく眠気も薄れてきたのか、紫様の抵抗もなくなり、私の目的も達成できた。朝の一仕事を終え、体が充足感で満ちてくる。
よしっ、次の仕事だ。
「戯れかしら」
気合を入れなおして、部屋を出ようとした私に紫様はぽつりと呟いた。
「戯れかしら」
「……紫様。大人は選んで甘えるのではないのですか」
「場所も、相手も、選んだのに」
「時間が抜けていますよ。では私はこれで」
そう言い残して私は早足で部屋を後にした。早く次の仕事に向かわねば、我慢できなくなってしまう。それは必要なことなのだ。
私も、大人なのだから。
「……藍のばか」
日中も大分寒さが厳しかったせいか、夜は肌も刺す冷たさだった。
「ふぅ……今夜は冷えるな……」
一通りの仕事を終えて、一息いれてそろそろ床に就こうと廊下を急いでいた。
そう、普段なら。
しかし、今日は自室ではなく、向かった先は朝に来た部屋。明かりがまだついていることにひとまず安堵し、声をかけた。
「紫様。藍です」
「お入りなさい」
紫様は朝と変わらず不機嫌だと思っていたが、どうやら不機嫌そうに装っているようだった。顔を背けながらも視線はこちらを向いている。
「なぁに、藍。私はもう寝るのよ。用が済んだら早く出て行って」
「はい、紫様。甘えさせてください」
「………な、なに、藍? もう一度言って頂戴」
「はい、紫様。甘えさせてはくれませんか」
大人は選んで甘えるのでしたね、と私は付け加えた。
紫様はご自分の髪をくるくると指に巻きつけ弄っている。それが慌てているときになさる癖だと知っている私は黙って返答を待ち続ける。
うぅー、としばらく唸っていた主だったが突然きっ、とこちらをにらみつけながら言い放った。
「まったく藍は仕方のない子ねっ! こっちに来なさい! ……式が甘えさせてと言うのならそれに応えるのが主の勤めだからよっ! 仕方なくよ!」
「はい。ありがとうございます、紫様」
誰に言い訳するでもなく紫様は仕方なくと繰り返したが、その目は朝よりもずっと優しいものになっていた。
「今日は寒いから一緒に寝ましょう、藍」
「はい、紫様」
「藍の尻尾は、ふかふかで、ぬくぬくしているわね。せっかくだから私の布団はこれにするわ」
「はい。では、私は紫様に包まって眠ることにします」
部屋の明かりは消え、私たちの息遣いだけが聞こえる。そこに、紫様の楽しげな声が混ざった。
「うふふ。ねえ、藍。朝に私が言った通りになったわ」
「はて、どのようになったと仰るのですか」
私は本当にわからなかったが、その様子が紫様にも伝わったのか、先ほどよりも楽しげに仰った。
布団が恋人になったのよ
「はい?」
太陽もほどほどに昇った頃。
紫様を起こそうとやってきたら、待っていたのは衝撃的な主の告白だった。
「あの、今なんと……」
「そろそろ布団が親友から恋人になるって言ったのよ」
どうしよう。
紫様が無機物に愛を抱くまでに悟りの境地へ達してしまった。
何故だ。私の接し方が間違っていたとでもいうのか。
ああ……私や橙ではあなたに生きる者の温もりの良さを教えることはできなかったのですね……。
いずれ、紫様の布団は大妖怪の賢者の伴侶として幻想郷に広く知れ渡り、無機物を愛するなんてと紫様は蔑まれ。それでも芯の強いあなたのこと。その愛を貫き通し、後世に抱腹絶倒感動巨編として語り継がれるだろう。いや、笑ってどうする。
「負けないでください、紫様……っ」
「……何か勘違いしているみたいね。私は外の寒さが大分厳しくなってきたから布団から出たくないと言っているのよ」
「えっ、あ、そういうことですか」
「そういうことですわ」
なんたる早とちり。冷静に考えて布団を伴侶にすることなど紫様に限ってありえるはずが、ない。ない、はずだな、うん。
「この季節は、木々も山も空も空気も灰色になるこの時期には、ね。布団は寄り添っていたい親友から、一時も離れたくない恋人になるのよ」
「なるほどなるほど。つまり、布団から出たくないと?」
「それじゃ、おやすみなさい」
「いえいえ、おはようございます。紫様」
朝の攻防はこうして幕を開けた。
しかし、紫様をゆすり続ければ真下にスキマで即自由落下運動。布団をめくろうにも結界で固定されている始末。思い切った攻勢には出られないのでこの難攻不落の攻略にはどうしても時間がかかってしまう。
「ほらほら、紫様。朝餉の仕度もできていますよ」
「朝餉? ふうん……二流……それは二流の発想よ……。今は……ただ、貪るように睡眠……っ!」
「何を真面目な表情で仰っているのですか。早く起きてくださいよ」
一瞬、紫様の鼻がとがっているように見えてしまったのは何かの幻覚だろうか。
「まだ寝ていたいのー」
「子供じゃないんですからそんな甘えないでください」
「あら。子供でないと甘えることもできないのかしら?」
誰だって甘えることはできるのよ、と紫様は先ほどの猫なで声とは違う、淡々とした口調で仰った。
丸まった布団の中に篭ったまま。
この方は、言葉と動作がこんなにもちぐはぐなのだから胡散臭いなどと言われてしまうのだ。
「子供は誰でも構わず甘えるけれど、大人は誰でも選んで甘えるわ」
そこまで言って紫様はようやく丸まっていた布団から顔だけ出した。こちらに向けられる視線は、その怠けた仕草に似合わぬほどに鋭く、そして熱を纏っていた。
「藍。あなたは、私に、甘えさせてはくれないの?」
いつの間にか、瞬きの間のことだったのか。
紫様は上半身だけ布団から出ていた。
襖から溢れた日の光が金色の髪を滑る。透き通るほどに白い肌が、細く柔らかな指が、緩やかに私の頬を撫でた。背筋に僅かな痺れが這い上がる。指は緩やかな曲線を描き、首に触れ、そのまま下の方へ―――
向かう前に、私はその指を押さえた。
「だから寝かせろと?」
「うん♪」
朗らかな笑顔で予想通りの返答を下さった主に、感謝の印として押さえていた指をそのまま捻った。
「痛い痛い!! 藍っ、ストップ!!」
「……まったく。戯れもほどほどになさってください」
ようやく眠気も薄れてきたのか、紫様の抵抗もなくなり、私の目的も達成できた。朝の一仕事を終え、体が充足感で満ちてくる。
よしっ、次の仕事だ。
「戯れかしら」
気合を入れなおして、部屋を出ようとした私に紫様はぽつりと呟いた。
「戯れかしら」
「……紫様。大人は選んで甘えるのではないのですか」
「場所も、相手も、選んだのに」
「時間が抜けていますよ。では私はこれで」
そう言い残して私は早足で部屋を後にした。早く次の仕事に向かわねば、我慢できなくなってしまう。それは必要なことなのだ。
私も、大人なのだから。
「……藍のばか」
日中も大分寒さが厳しかったせいか、夜は肌も刺す冷たさだった。
「ふぅ……今夜は冷えるな……」
一通りの仕事を終えて、一息いれてそろそろ床に就こうと廊下を急いでいた。
そう、普段なら。
しかし、今日は自室ではなく、向かった先は朝に来た部屋。明かりがまだついていることにひとまず安堵し、声をかけた。
「紫様。藍です」
「お入りなさい」
紫様は朝と変わらず不機嫌だと思っていたが、どうやら不機嫌そうに装っているようだった。顔を背けながらも視線はこちらを向いている。
「なぁに、藍。私はもう寝るのよ。用が済んだら早く出て行って」
「はい、紫様。甘えさせてください」
「………な、なに、藍? もう一度言って頂戴」
「はい、紫様。甘えさせてはくれませんか」
大人は選んで甘えるのでしたね、と私は付け加えた。
紫様はご自分の髪をくるくると指に巻きつけ弄っている。それが慌てているときになさる癖だと知っている私は黙って返答を待ち続ける。
うぅー、としばらく唸っていた主だったが突然きっ、とこちらをにらみつけながら言い放った。
「まったく藍は仕方のない子ねっ! こっちに来なさい! ……式が甘えさせてと言うのならそれに応えるのが主の勤めだからよっ! 仕方なくよ!」
「はい。ありがとうございます、紫様」
誰に言い訳するでもなく紫様は仕方なくと繰り返したが、その目は朝よりもずっと優しいものになっていた。
「今日は寒いから一緒に寝ましょう、藍」
「はい、紫様」
「藍の尻尾は、ふかふかで、ぬくぬくしているわね。せっかくだから私の布団はこれにするわ」
「はい。では、私は紫様に包まって眠ることにします」
部屋の明かりは消え、私たちの息遣いだけが聞こえる。そこに、紫様の楽しげな声が混ざった。
「うふふ。ねえ、藍。朝に私が言った通りになったわ」
「はて、どのようになったと仰るのですか」
私は本当にわからなかったが、その様子が紫様にも伝わったのか、先ほどよりも楽しげに仰った。
布団が恋人になったのよ
ゆからんいいねゆからん
大妖精「チルノちゃん!間違ってるよ!」
さるの「・・・これでいい。今はただただ馬鹿さをアピール・・・っ!!」
ざわ・・・ざわ・・・
後、アカギwww
>そんなお話を欠席届の理由~
少なくとも愛は関係ないwww
ゆからんのアダルト組が甘口用というのが、
暗喩的で面白かったですw
あ、キーボードに大量の砂糖が…
そしたらやっぱ金髪長髪で変な帽子したアカギしか出てこなかったんだ。
うん。赤と紫。境界そのものですね。
でもこれ、恋愛なんだろうか?
や、「恋」が抜け落ちてる(あるいは通り過ぎてる)、でも「愛」は確かにある。
だからこその「甘口」なんだろうか?