めっきり寒くなってきた。
コタツで温もりながら、そう思う。
「ああ、寒いのは嫌だね。食べ物が美味しいのは良いけど、寒いのは駄目だわ」
神奈子はだらしなくコタツ板に顎をのせる。対面の諏訪子が、呆れた顔でミカンを手に取った。
「神様なんだから、寒いのぐらい我慢しなよ」
「いやいや、神様だって寒いもんは寒いんだよ。現に、あんたもコタツに入ってるじゃないか」
「まぁ、ね」
厳密に痛覚があるわけではないが、寒いという感覚は神様にだって存在している。これが冬の神なら、むしろ寒さは願ったり叶ったりなのだが神奈子達にとってみればコタツのありがたさが分かる程度である。
だからといって、暑ければいいというものでもない。夏は夏で、暑くて駄目なのだ。
片や猫のように目を細めてコタツを満喫し、片やきっちり筋をとってミカンを頬張る。
これが神のすることか。
マトモな人間がいればそうツッコミをいれるところだが、生憎とこの神社にマトモな人間は一人もいなかった。
巫女も巫女で、どことなくずれているのだ。
「八坂様ー、お風呂できたんで先に入っちゃってください」
どことなくずれた巫女がやってくる。
神奈子は微動だにせず、あいよ、と答えた。
「もう、わかったなら動いてくださいよ。一人目の人が早く入ってくれないと、次の人が困るんですから」
「早苗は口うるさいねえ。まぁ、もう少し待ちなって。あと少しだけ温かくなれば、動ける気がする」
地熱で動いているとしか思えない発言だった。
早苗は困ったように眉間に皺を寄せた。
「もういいです。じゃあ、諏訪子様が先に入ってください」
「いいよー。あっ、ついでに神奈子も一緒に入る?」
「えっ!」
突然の大胆発言に、思わず乙女のような声が漏れる。
すわコタツの温度を上げたのかと思うぐらい、顔が熱くなった。
待て待て、落ち着け八坂神奈子。その反応はおかしいぞ。
冷静な自分が指摘する。
だが、正しい。同性同士で風呂に入ろうと言われ、何故ドキドキしなくてはならないのだ。
これだとまるで、絶賛片思い中の男子中学生だ。
いや、男子中学生だって同性との風呂でドキドキしたりしない。
そう、何も慌てる必要はないのだ。
同性同士なのだから。意識してどうする。
半ばパニックに陥る神奈子をよそに、諏訪子と早苗は話を続けていた。
「でも、うちのお風呂は二人同時に入れるほど広くないですよ」
「それもそっか。だったらいいや。神奈子が先に入るといい。ついでに蛙のオモチャも一緒に入れてあげると良いよ」
早苗は首を傾げた。
「蛙のオモチャ、ですか?」
「そっ、オモチャ。なんかポンプみたいのが付いててさ、それを押したら蛙が跳ぶやつ」
「ああ、ありましたね。昔、それで遊んだことがあります」
「それそれ。それを私だと思って入ればいいじゃん」
「はぁ……」
何と反応したものか、早苗は困り顔だ。
「だそうですよ、八坂様」
「ふえっ? えっ、あ、何が?」
妄想の世界に浸っていた神奈子だったが、突然現実世界に呼び戻された。
戸惑う神奈子に、早苗は言う。
「もういいですから、とにかく早く入ってください」
そう言い残し、早苗は炊事場へと戻っていった。
神奈子は諏訪子に向き直る。
「でも、ウチのお風呂はそんなに大きくないわよ」
苦笑しながら、諏訪子が答える。
「大丈夫だって、そんなに大きくないし」
訝しげな表情で、諏訪子を見た。
どう見ても、それなりの大きさだ。
確かに一般的な成人女性よりは小さいかもしれないが、一緒に入れるほど小さいわけでもない。
だがしかし、諏訪子が入りたいと言うのなら入るのが礼儀ではなかろうか。
無碍に断っても、後々禍根を残すだけだ。
「やっぱり、背中を流すべきかしら?」
「え?」
「だから背中を……」
「うーん、小さいから背中だけ流すのは難しいと思うよ。洗面器に浸けるだけでいいから」
「そんなに小さくないわよ!」
「小さいよ!」
そうまで主張されては、こちらも黙るしかない。
ウチにそんなに大きな洗面器あったかなあと思いつつ、神奈子はコタツから出た。
「あと、押したら跳ぶから気を付けてね」
「押せば、跳ぶ?」
初耳である。どこを押して、何が跳ぶのだろう。
諏訪子の胸に目をやりつつ、そんな馬鹿なと首を振る。
よからぬ想像をしたらしい。
「小さい頃の早苗が押しすぎてさ、壊されたこともあったっけ」
「壊された!?」
なんという衝撃的な事実だ。
あんな優しい顔をした巫女が、神様を壊すまで押していただなんて。
早苗のSはどSのS。
これからはこの事実を深く胸に刻み込んで生きなければならない。
「神奈子は押しすぎないよう気をつけてね」
「え、ええ、勿論よ」
何をどう押すのかは知らないが、一応そう答えておく。
だが、その時になってみないと確証はできない。
神奈子は高鳴る胸の鼓動を押さえて、服装を整えた。
勘違いに気づいたのは、脱衣場で服を脱いでからの事だったという。
汁の味を確かめる。
今夜は鍋だった。
何鍋という風に決まってはいないが、とにかく材料をふんだんに使った鍋である。
ただ、どうにも何かが足りなかった。
ダシがとれていないわけでもないし、おそらく具材が何か足りないのだろう。
入れ忘れというやつかもしれない。
しばらく考えていた早苗だったが、答えは出てこなかった。
仕方ない。ここは神様のお知恵を拝借するとしよう。
蓋を閉めて、居間へ戻る。
ちゃんとお風呂に入ってくれたらしく、湯気を立たせた神様がコタツでだらだらしていた。
「八坂様、少しはしっかりしてくださいよ」
「湯冷めしちゃうからね。しっかり温まっておかないと」
もっともな理屈だが、熊のようにだらけている姿を見ると説得力は皆無だ。
ただ、こんな体勢をとっていても神様は神様だ。
「まぁ、別にいいですけど。それより、いま「ふわっくしょん!」作ってるところなんですけど……大丈夫ですか、八坂様?」
「ん、ああ大丈夫大丈夫。ちょっとコタツパワーが落ちてただけ」
不思議なパワーはさておき、早苗は気を取り直して話を続けた。
「それでですね、何を入れたらいいと思いますか?」
「んー? そうだね、柚なんてどう?」
意外な柑橘類の登場に、意表をつかれる。
なるほど。確かに柚と鍋は合うかもしれない。
「あとは、菖蒲の葉とか」
「菖蒲の葉ですか?」
鍋に入れるという話は聞いたことがないが、そもそも食べたことがないのだからしょうがない。
試してみるのも有りだろう。
「早苗は何を入れるつもりだったの?」
逆に問い返される。
炊事場の方を振り返りながら、答えた。
「主に鳥と魚です」
「鳥と魚!?」
「あと野菜ですか」
「なんか珍しいもん入れるんだね……」
神奈子の顔が難しいそれに変わる。
何をそんなに驚いているのか、理解できない。
「そうですか? むしろ、どこの家庭も似たようなものを入れてると思いますけど」
「知らなかったわ。そんなことになってるのね」
しみじみと呟く神奈子。
とりあえず、早苗は柚子でも入れてみようと思って炊事場へと足を向けた。
「あっ、でも今は諏訪子が入ってるから」
「諏訪子様が入ってるんですか!」
「次は早苗だよ」
「私を食べる気ですか!」
なんという恐ろしい事を考える神様だ。
神は血を好むというが、案外神奈子も凶暴な性質を秘めているのだろうか。
親しい仲だが、ちょっとだけ怖くなった。
「いけない、そろそろ沸騰しちゃう」
「そんなに温度上げたの!?」
「だって沸騰しないと味が中まで染みこまないじゃないですか」
「諏訪子を食べる気か!」
「だから食べませんって!」
風呂から出てきた諏訪子が見たのは、互いに互いを警戒しあう神様と巫女の姿だったそうな。
GJ
あと、同姓は同性ではないかと。
もうちょっとしゃっきりしようよ、神奈子様…
落ち着け加奈子
えっ まさか親戚にドキ☆ドキ?
結局最後まで読んだ後、私の頭に残ったのはこたつパワーww