「いいか、四駆はパワーだぜ」
啖呵を切った魔理沙が満を持してコースに乗せたマシン。メーカー純正品を鼻で笑うがごとき猛烈な回転数のモーターがうなりをあげボディにはこれでもかと穴が開けられて軽量化、電池受け具改造ハンダづけにパテで作ったオリジナルパーツしかもシャコタン、公式レギュレーション無視の邪道改造ここに極まれりといった風格でギャラリーをドン引きさせたモンスターは魔理沙の手を離れるとモーターの膂力をタイヤがコースに噛み付いて伝え一瞬にしてトップスピードに達し、音速をも超えんばかりのそれはギャラリーの視界からは消えたように見え、第一コーナーに到達するや否やその溢るるばかりのエンジンパワーを持て余したモンスターはコースに従ってカーブを曲がることを良しとせず遠心力に任せてコースの外壁を跳躍し重力の束縛を逃れ弓なりの美しき放物線を描きながらコースアウトした。
「ま、マグナム! 私のキリサメマグナムが!」
雑草の絨毯の上で仰向けになったモンスターは一歩と動くこと叶わず、さりとてモーターだけがうなりをあげてホイールを回転させており、成す術なくもがく様は同じくひっくり返ったカブトムシか何かを連想させた。穴あけなどの無理な改造が祟ってシャーシにヒビが入りボディの破片が散らばり、何か待ち針のごとき部品(スタビライザーポールというらしい)が墓標の如く地に突き刺さっているのが哀れである。霖之助はそんな哀しきモンスターにふらふらと歩み寄る魔理沙を視界の端にちらと見て、是因果応報也とて切り捨て店の前に設置したコースに再び目を向けた。
香霖堂の前には一畳強ほどの面積に「ミニ四駆」専用のコースが設置されていた。そこには人間妖怪妖精の差別なく暇を持て余した有象無象がレースに興じて一喜一憂している。この「みによんく」なる物、無縁塚では少し前から拾う数が増えてきていたのである。外の世界の本で見知った知識からそれが「自動車」という乗り物のミニチュアであることは知れたし、霖之助の能力もそれが「走らせて遊ぶ玩具である」と知らせていた。しかし例によって用途は分かっても用法が分からずこの悲しき玩具たちは店の端でホコリをかぶっていたのであったが、そこに一筋の光を当てる神がいたのだ。
「あ、これ懐かしい。クラスの男子がよく遊んでました」
外の世界から降臨せる現人神は慈愛に満ちたその諸手をプラスチックのボディに伸ばしたのだった。それを見逃さない霖之助、根掘り葉掘りという表現がまさに相応、現人神への霖之助によるねちっこい取材の末に遊び方が判明、さらに偶然通りすがったスキマ妖怪の悪ノリ、宣伝、暗躍などの紆余曲折があり、幻想郷にはちょっとしたミニ四駆ブームが起こっていた。
「今日も盛り上がってますね」
早苗が霖之助の前に降り立った。霖之助は愛想良く「やあ、いらっしゃい」と答える。日用品を求めに来る彼女は霖之助にとって上客であり、ミニ四駆ブームに火をつけ香霖堂の売り上げを上げた恩人のひとりでもあった。もちろん、それらを抜きにしても霖之助は早苗の人格を憎からざるものと認識している。
「今日は何がご入用かな」
「あ、万年筆のインクが切れたので」
そう言って、しかし早苗はすぐに商品を求める様子もなくコースを眺めている。精神的に幼い妖怪や妖精が多く、それぞれのマシンが走る様を見て勝った負けたと言い、ある者達はただ走るのを見るだけでキャッキャとはしゃぐ。ギャラリーたちから少し離れたところではモーターやパーツの組合せを首をひねって研究している妖怪がいる。
「楽しそうですね」
「楽しいことには飛びつくさ。妖怪たちは暇だからね」
飛びついたのは幼い者達だけではなかった。例えば、幻想郷最速を名乗る天狗。自他共に認めるスピード狂が速さを競う遊びと聞いてもちろん黙ってはおらず、新聞によって妖怪の山にミニ四駆の存在を知らしめ自らブームを巻き起こしたと思えば誰よりも早くミニ四駆の知識を吸収し、改造に改造を重ね、過去数回行われた守矢神社主催の妖怪の山公式レースの全大会において頂点を掻っ攫っていった。階級による上下関係の厳格な山の中にいて、同じくレースに参加した天狗の頂点たる天魔や二十三代目猿太彦また十八代目太郎坊といったトップクラスの天狗におもねることなくガチ勝負で下していったのであり普段の損得勘定に聡い彼女を知る天狗たちは狼狽し、下っ端天狗たちはお上からの雷や嵐を恐れて震え上がった。そんな周囲の反応を羽毛の如くヒラリとかわし鼻で笑い最速の道を突き進む彼女の本気さが知れよう。彼女はいつしか「幻想郷のミニ四ファイター」と呼ばれミニ四駆の面白さの宣伝、後進の育成活動に精を出すようになっていた。噂によれば天魔も密かに彼女の教えを請うているという。
また例えば、ミニ四駆ブームの片棒を担いだスキマ妖怪。彼女もまたミニ四駆に情熱を捧げた一人であり、そのスキマパワーをフル活用し幻想郷の誰も持っていない外の世界の最新パーツをフルに使ったマシンを手に入れては幻想郷中のレースにふらりと現れ優勝をさらってゆく。妖精人間のお子様無差別になぎ倒してゆく大人気ない様は「幻想郷のレース荒らし」として広まり、とあるレースなどにはルールに堂々と「八雲紫禁止」と明記されるような事態にまで発展した。それでもミニ四駆の魅力に縛りついた彼女は自ら「幻想郷ものすごいおとなげないミニ四駆大会」を主催し、彼女のように大人の財力、発想にあかせたヒドいマシンたちが集っては人外魔境のレースを開催することになる。また、幻想郷のミニ四駆大会が「ジュニア」「エキスパート」「オープン」などにクラスわけされるようになったのも彼女の行動によるものが大きかったという。
「なんか、すごいですね」
霖之助の話を聞いた早苗は、ほふ、とため息と共に感想を漏らした。
「なんだ早苗、お前も遊びに来たのか?」
というのは愛するマシンの破壊から立ち直った魔理沙。早くも香霖堂の商品棚から新たなマシン素体を拝借し改造の真っ最中である。
「いえ、私は男の子たちが夢中になってたのを見てただけですから……」
早苗の横顔を見て、霖之助はふと、まぶしくなった。わぁっ、と向こうからミニ四駆に興じる者達の歓声。熱っぽい応援。コースアウトしたマシンを見て、どっと笑い声。
「東風谷さん、僕は少し不安なんだ」
霖之助の口は、彼の理性がとどめる前に動いた。
「外で幻想になったものが幻想郷に笑顔をもたらしている。もしかしたら……子供たちの笑顔も幻想になるんじゃないかって。外の世界は、そんな世界なのかい? そんな世界が、長くその存在を保てるとは思わない。……幻想郷の存在だって、外の世界に依存しているんだよ。いずれ、幻想郷も……」
そうして、霖之助は我に返った。早苗はクスクスと笑っていた。
「外は、いいところでしたよ」
その優しげな口調に、霖之助はさっき感じたまぶしさの正体を知った。
そうして、深いため息をひとつ吐いた。
「香霖は本を読んで引き困ってばかりだから、ネクラな発想をするんだよ」
そう言って、魔理沙はローラーの取り付けを終えたマシンを満足げに眺め、「できた! キリサメビートマグナム!」と叫んだ。実に楽しそうであった。そうして、またコースへと走っていった。
霖之助は何か言おうとして言葉を探したが、早苗は風に吹かれた髪をちょっとかき上げて、霖之助に向かってはにかむようにした。
「それじゃあ、インクを下さい」
その笑顔はやはり霖之助にはまぶしいものであった。そうして、腹のそこにわだかまっていたモヤが晴れ渡るのを感じた。風祝の奇跡。そんな言葉を思い浮かべて、霖之助は口に出そうと思ったが、自分に似合わない、と思い直してやめた。
「インクは店の奥にあったかな。取ってくるよ」
そうして店の扉を開けた霖之助の背に、再びマシンを飛翔させた魔理沙の悲鳴が響いた。
大人の財力は少年達の夢を壊すよなぁ
「幻想郷ものすごいおとなげないミニ四駆大会」>参加者の顔が目に浮かぶwww
俺のレイスティンガーまだ屋根裏にあるかな・・・
子供達の笑顔が幻想入りしてしまう日が来ないことを切に願います。
とうとう創作話でミニ四駆ネタがw
さすが魔理沙www
大人気ない大人大会も見たかったなぁ
と、いうか早苗ちゃん、クラスの男子がってことは、最低でも現在大学生くらいじゃないですか?
なんという、お年頃。
多分、俺のマシンはゆかりんタイプのブルジョアマシンに分類されるなw
最近メンテしてやってないし、たまにオーバーホールして走らせてやるかな…。
小学生の時分、アニメに魅せられて買ったミニ四駆は数知れず。700円超のベアリングは憧れそのものでした。
やべぇ、超参加してぇ
これはババァの部ですね
俺の一つのタイヤに一つのモーターという狂気のブロッケンGはどこにしまってあったなぁ。
幻想郷にビーダマンが入ったら物凄く危ない気がする。
なんていうか、こっちでいう銃刀法に引っかかるようなえげつない物が出回りそう。幻想郷だし。
小学生の頃、カッターで整えてたら指の先六針縫う怪我した
ってことで懐かしいな
・プロトセイバーヤクモ
・カグヤマグナム
・フジワラソニック
・ヤゴコロスパイダー
・レミリアストーカー
・サイギョウジスコーピオン
・ヤサカバイパー
・サトリカイザー
・ヤマスティンガー
・ブロッケンG カザミスペシャル
ちなみに外の世界の大会はグーグル先生に「ものすごいおとなげないミニ四駆大会」って何? と聞くと面白い物を見せてもらえます。大阪ローカルイベントなのが惜しいわ。
>7. 名前が無い程度の能力様
女子大生早苗ちゃん……許せる。
>15. 名前が無い程度の能力様
>一つのタイヤに一つのモーターという狂気のブロッケンG
ゆかりんが近々招待状をお送りするそうです