「「こいし様ー! プレゼント持ってきましたよー!」」
「えー? なになに……わっ、すごーい! 欲しかった新しいペットだー!」
「うおー! やめろ! はーなせぇー!」
空と燐が魔理沙を抱えて飛び込んできたので、こいしは飛び上がって喜んだ。
空の肩の上で米俵のようになっている魔理沙には、縄の代わりなのか、犬やら猫やらひよこやら、ありとあらゆる動物が纏わりついている。
さすがの魔理沙もいたいけな小動物を攻撃するのは憚られたようで、抵抗した跡はさほどなかった。
なんだかんだで乙女なのである。
「ペットって、まさか無理矢理連れてきたんじゃないでしょうね?」
「まあ無理矢理ではありますね。さとり様の下着を盗もうとしてたんで、みんなでとっ捕まえたんですよ」
「やっぱり。だめよそんな強引な……って下着!? 私の!?」
「待ってくれ、そいつは誤解だ! こっそり借りていこうとしただけだぜ!」
「……”こいつの下着を研究すれば心を読む力の秘密が分かるかもしれない”」
「そう! その通り! あくまで学術的研究のためであって決してやましい気持ちは……」
「……”読心能力が身についたらそれを使って霊夢をフヘヘヘ”」
「もうバレた!?」
滞りなくドツボに嵌っていく魔理沙。
さとりの前では一切の言い訳が効かないので、仕方のないことではあるが。
「……まいったな、墓穴を掘ったってわけか」
「その穴は埋めちゃっていいよ。お姉さんの死体はあたいがもらっとくから」
チャーミングに笑いながら、お燐が言った。
その声色にも表情にも、皮肉や嫌味の色はまったくない。
まさしく魔理沙にとっての四面楚歌チャーミングである。
「──わかった、わかったよ。私が悪かった、降参だ。ちょっとだけならペットごっこに付き合ってやってもいいぜ」
「そう……お空、"帽子の中にグラウンドスターダスト"」
「はーい」
「うっ!?」
「お燐、"エプロンの中に爆薬を仕込んだからくり人形"」
「あいよっ」
「げっ!?」
「こいし、"ドロワーズの下に時限式のマジックナパーム"」
「はいはーい」
「あんっ」
一人と二匹がペットの隙間から手をつっこんで、あっという間に魔理沙の目論見を打ち砕いた。
その間、実に二秒!
「前もって武器を仕込んでおくなんて、ずいぶん用意周到ね?」
「ふふん、この期に及んでさとり様を出し抜こうなんて考えが甘いわよ」
「いやいやお空、これくらい活きがよくなくちゃダメさ。死体になったらただでさえ萎びるんだから」
「そうそう、死ぬ前から死体みたいなペットは欲しくないもん」
ほがらかに壮絶な会話をする、地獄の陽気なかしまし娘。
生ぬるい地上の妖怪とは違い、悪意も害意も臆面もなくそういうことを言うから、それが余計に恐ろしい。
「さて、他に何か企んで……」
「ちょ、ちょっと待てよ! いくらなんでも強キャラすぎるだろお前! 全然何もできないじゃないか!」
無間地獄のようにどこまでも落ちていきかねない流れを止めるため、魔理沙が慌てて叫んだ。
これはやばい。
本当にやばい。
先の異変では、この館の大ボスのくせに四面(異変の進行具合を表す幻想郷特有の単位)で出てきて早々とやられていたせいで、正直なめていた。
『言わなくてもバレる』というのが、まさかこれほどどは。魔理沙はさとりがあらゆる人妖から恐れられている理由を、頭ではなく心で理解した。
おまけに無心で行動する以外の対抗策がないのに、それができるのはよりにもよって妹であるこいしだけという奇跡的な采配が行われている。
最大の敵が味方にいる本人は最高に心強いだろうが、周りからすれば考えうる限り最悪の状態である。
「あら、何かしていいと言った覚えはないけど?」
「なっ……!」
「うふふ、お姉ちゃんを見くびるから悪いのよー」
だが、返ってきた答えは魔理沙にさらなる絶望を与えた。
さとりが不気味なくらい優しい声音で言って、不気味なくらい無邪気な笑みを浮かべたこいしが、胴に巻きつくようにさとりに抱きつく。
「(トンでやがるぜ、この姉妹……!)」
──この姉妹と関わるようになったのは、先の異変の黒幕である守矢神社に殴りこんで、そこで妹の方に出会った時からだった。
物好きな妖怪もいるもので、こいしは自分や霊夢を妙に気に入って、わざわざ地霊殿に招待してくれた。
こいしと話したのはどれも他愛のないことだったが、話している時はいつも彼女の瞳がきらきら輝いていた。
その光は向こう側に何もないように澄んでいて、ひょっとしてこの瞳は夜空に輝く星のようにずっと閉じないんじゃないかと思わせるくらいに綺麗だった。
そんなこいしを見つめながら、さとりもまた何も言わず微笑んでいた。
だが、魔理沙には彼女が泣いているようにも思えた。
彼女の瞳に宿っていた、月明かりを受けて輝く水面のような光が、涙のように見えたからである。
──二人の過去に何があったのか、魔理沙は知らない。
さとりが自分に言ったように、眠りを覚ますような恐怖の記憶があるのかもしれない。
しかし、何があろうと過去は消せない。起きてしまったことは仕方がない。
仕方がないから、せめて今を楽しもう。これからを大切にしよう。
開いたしまった傷を塞いで、閉じてしまった心をほぐそう。
だからまあこうやって姉妹が明るく仲良くくっついてるのはとてもいいことだと思うのだが、仲睦まじくペットの処遇について話す二人は不気味なくらい微笑ましくて、魔理沙は不気味に蠢く恐怖心を抑えることができなかった。
「……あなたにはこいしがお世話になったけど、それとこれとは別よ。あなたは一度こういうことを許すと、そこにつけ込むタイプみたいだし」
「そんな人を弱みにつけ込んで少女を手篭めにする悪党みたいに……」
「”もってかないでー”」
「うぎぎ!」
言い返せなくなった。
「安心して、悪いようにはしないから。ちょっとこいしとお話したり、他のペットと遊んだり、怨霊の掃除したり、お空の仕事を手伝ったり、ご飯作ったり……」
「確実にこき使うつもりじゃないか!」
「冗談よ。とりあえず、こいしの遊び相手になってくれればいいわ」
「それなら放してくれよ! たまに遊びに来ればいいんだろ!?」
「……”こんなに目に合わされたからには、遊び代として何か要求してやる”」
「読まないでいただけますか!?」
なぜか敬語が出た。
さとりの読心術を駆使した苛烈な追及により、魔理沙はもはや自分を見失いかけている。
疲れきったその顔には、いつものふてぶてしさは欠片もない。
見る人が見ればこの状態の方がかわいくない? と言いたくなるような、あまりにも不憫かつおしとやかな姿だった。
そして──これはまずい。このままではジリ貧を通り越してボロ負けだ。
わずかに残った魔理沙の理性がそう叫んだ瞬間、不思議なことが起こった。
「まったく、盗みに入っておいて捕まるのはいや、ペットはいや、そのくせ対価は要求する。地上の人間にしてはしっかりしてますわね!」
「いいねえ、お姉さんって自由だねえ」
「そう、そうさ……私は自由さ……自由にやりたいタチなんだ──────っ!」
「何を……うにゅ──────!?」
夢か奇跡か、主人公補正か。
なんと魔理沙が叫ぶのとまったく同時に、彼女の体が爆発したのである。
激しい光が迸り、わずかに遅れて爆音が響き、とどめとばかりに衝撃波が巻き起こる。
「! こいし危ない!」
「お姉ちゃ……はぷわ!」
一瞬早く事態を把握したさとりが、とっさにこいしを二連装マスクメロンの隙間に隠した。
地底どころか全世界の全人妖の中でも三指に入るほど高性能なエアバッグのおかげでこいしに被害はなかったが、あまりにも性能がよすぎてそれを使う側のこいしがついていけなくなっており、早い話が豊満すぎて息ができないという、愛は時として残酷な凶器と化す的な大惨事が発生しているのだがそれはこの際仕方がない。
そして光と音と煙が引いた後、何もかも吹き飛んだ部屋の真ん中には、地獄の人工黄金マリモがふらつきながらも立っていた。
「フフフ、成功だぜ……やっぱり私って不可能を可能に……ゴホ! ゴッホ! ハバ! ガッホ!」
「けほっ……わ、私に気づかれずこんな術を使うなんて……!?」
「この大賢者マリーサ様を甘く見るなよ! これぞ我が最強の必殺技、その名も愉快な忍法ペットはがし!」
「忍法!? 賢者なのに!?」
「あらゆる分野に通じてなきゃ賢者とは言えないぜ。 まあ本当は”沢村賞のとりかた”って本に載ってたのを真似しただけなんだけど」
「沢村賞!?」
ヤジロベーのようにゆらゆら揺れながら、魔理沙がしてやったりという表情を浮かべた。
立場がペットならなんであろうと効果があるらしく、魔理沙にくっついていたわけでもない燐と空まで吹っ飛んで気絶している。
ああ、なんといじらしくも男らしい英断なのだろうか。
魔理沙は服と体の間で爆発を発生させて服をふくらませ、その勢いで付着物を引き剥がしたのだった。
殺傷を目的としない有情の弾幕と、小型の太陽や山を抉るようなごんぶとレーザーの直撃を受けても所々破れる程度で済むという不自然に丈夫な幻想郷の衣服をくみあわせたまったく新しい忍法である。
「イチかバチかで使ってみたが……本当に効果があるとは思ってもみなかったぜ!」
頭にゴールデンマリモを乗せたまま、魔理沙が誇らしげに叫んだ。
その言葉を聞いて、さとりが不意に驚愕の表情を浮かべる。
「思っても……? まっ、まさかこれは!」
「……ぷはっ! し、知っているのお姉ちゃん!?」
「ええ……これはまさしく伝説の”ビビって手元が狂って外れた桶のタガが顔面に直撃しておお、人間こわいこわい”拳!」
「何その……その……えっと……何それ!?」
「さとり一族の弱点を突ける恐怖の拳法よ。まあ使うには気弱で桶屋で桶を修理中って条件があるからたいして怖くないんだけど」
「おみくじ並の運任せっぷりなんだけどそれ本当に拳法なの!?」
ビビッて以下略拳。
その拳法の本質は無念無想にて思っていないこと、思ってもみないことをするという点にある。
それこそさとり達が絶対に克服できない唯一の弱点であり、魔理沙はまさしく無意識のうちにその境地に達していたのである。
ただひとつ問題なのは、流派名の元になった出来事は単なる偶然と勘違いの産物であり、そもそもそんな拳法は存在しないことなのだがそれはこの際関係ない。
「おっと、これで終わりだと思うなよ。私はまだ最後の切り札を使っていない!」
「まさか……あなたの心の中にそれらしい情報は一つも……!」
「フッ、私は年がら年中四六時中あいつのことを考えてるからな! 読めたところで救援要求なのか結婚願望なのか区別はできまい! まあちょっと用事があるから遅れるとは言っていたが、来てさえくれれば私の勝ちは……」
「さとりー! 怨霊の掃除終わったわよー! ごはんまだー?」
「用事ってそれかよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」
キャラが輝いているなぁ。素敵な地霊殿ファミリー。
あと、下っぱさんの中ではさとり巨乳がもうデフォなのか……。
どこで売ってますか?
最初分からなかったけど、さとり妖怪の話かw
塊魂しか思い浮かばないんだがw
ところで霊夢がペットなのは食事目当てですか?