「幻想郷縁起に載せて欲しい?」
「よろしくお願いします!」
昼下がりの稗田邸。
当主の阿求を訪ねてきたのは、紅い髪と二対の黒翼を持った可憐な悪魔だった。
「見開き二ページ、右にパチュリー様で左に私、これですっ!」
「はぁ」
これです、って言われてもなあ。
空転するその情熱を適当にスルーしながら、阿求は淡々と返す。
「しかし、小悪魔さん。あなたは住処である紅魔館から出ることはほとんど無いし、黙っていても名が知れるほど強力な妖怪でもありませんよね」
「え、ええまあ」
「つまり、人間一般に対する危険性という点では、なんら問題にならない程度の存在だということです」
「うっ。ということは……」
「書く意味ないですね」
にこり。
上品に微笑んで断言する阿求に、小悪魔ががっくりと肩を落とす。
そもそも、脅威となりうる妖怪等について人々に啓蒙することが幻想郷縁起の使命なのだ。もとより無害な妖怪について、あえてページを割く道理はない。
「……というか、わざわざ幻想郷縁起に書かれたがる意図が解らないのですが。要注意人物として扱われるって事なんですから、いい事なんてありませんよ?」
疑問を呈する阿求。
それに対し、小悪魔は頬を染めて溜め息をつきながら、
「いや、素敵じゃないですかぁ。本の中で仲睦まじく隣り合うパチュリー様と私……そんな絵を眺めているうちに、現実の二人もなんとなくムードに流されて……」
「そういう願望はご自分で新聞紙の裏にでも描いてください」
「自分で描いた絵じゃ色々と満足できないからお願いしてるんですっ!」
描いたのかよ。
「そう言われましてもね。仮に幻想郷縁起に載るにしたって、そのご期待にはそえませんよ。あなたは名が体を表すとおり悪魔なのであって、魔女であるパチュリー・ノーレッジとセットで書く理由なんて無いでしょうに」
「あ、私じつは魔女だったんですよ」
「迷いの無い眼で嘘をつくなっ」
稗田家末代までの大仕事に大嘘書かせるつもりかこの悪魔。
彼女が無害な妖怪であるかどうかについては考え直した方がいいかもしれない、と阿求は思った。
「いいじゃないですか。阿求さんがパチュリー様の事を書いた折には、取材に応えて色々と情報を提供した仲じゃないですかー」
「パチュリーさんの尻がどうの胸がどうのと熱く語っていたアレですか? あんな話、これっぽっちも編纂の役には立ってませんって」
「えー」
まあ、個人的なメモには詳しく書き留めてあるんだけど。
「――とにかく無理、無理ですね。まあ魔女として認めて欲しかったら、ひとつ真面目に修行して捨虫の法でも身につけてみたらどうですか? そうなれば幻想郷縁起の件も考えないではありませんよ」
「ええっ、そんな無茶な……。それに悪魔が捨虫の法を覚えたりしたら、なんか別の生き物になっちゃいそうな気がしますよ?」
「さあ……私にもその点の保証はいたしかねますが」
「あ、そうだ。いいこと考えました」
「なにを?」
ぴょこんと顔を上げた小悪魔、自信たっぷりに自分を指差し、
「魔性の女、略して魔女なんてどうでしょう?」
「お帰りはあちらですが」
阿求はにべもない。
「あぁん」
「気持ち悪い声出さないでください。大体、なにが魔性の女ですか。確かにあなたは髪も顔もスタイルもお綺麗ですけどっ」
「な、なに怒ってるんですか……」
「怒ってません!」
怒ってないけど憤慨する阿求。
まだ幼い少女の身とて、年齢に比してもなお慎ましやかと言わざるを得ないその肉体的スペックについて、劣等感が無いわけではないのである。
「とにかく結論として、さしあたり幻想郷縁起にあなたの事を書くつもりはありませんからね。魔性だなんだと世迷いごとを言っている暇があったら、ひとまず『中悪魔』でも目指して自己改造に励んでみては――」
すっく。
やおら、小悪魔が立ち上がった。
不思議な事に、立ち上がったのは彼女だけで、彼女の着衣は座ったままだった。
要するに小悪魔は立つと同時にクロスッアウッ(脱衣)したわけであるが、それがあまりに自然で淀みのない動作であったため、これを目の当たりにした阿求にも驚く暇というものが無かった。
ああ、そういえば里芋の茹でたの最近食べてないなあ――。
シンプルにして滋味あふれる「きぬかつぎ」の味わいを連想する阿求に対し、小悪魔が静かに身を乗り出す。
「こういう手は使いたくなかったんですけど、仕方ないですね」
「――はっ」
里芋に気を取られて反応の遅れた阿求に、小悪魔が手を伸ばす。
可憐な悪魔の指先が、阿礼乙女の耳を優しく撫でる。
「教えてあげますね。私が魔女だって事も、そのほかの素敵な事も……」
「えっ」
「あっ」
きゅーん
――幻想郷縁起に「淫魔」の項が追加された。
◇
「うう……こんなはずでは……」
気落ちした様子でぼやく小悪魔が、紅魔館の廊下をとぼとぼと歩く。
その手にあるのは、一応は買ってみた改訂版の幻想郷縁起である。
ともかくも愛しの主と同じ本に載ったのだ、と思えば目的の一部は達しているような気もするが――
「淫魔はないでしょう、淫魔は……」
てゆーか小悪魔としてはむしろ、自分が淫魔扱いされた事よりも、紅魔館の誰一人としてその事に驚いたり突っ込んだりしないのが悲しい。
「いったい皆さん、どういう目で私を見ていたのですか……」
ともあれ、小悪魔の「幻想郷縁起をダシにパチュリー様と愛を語らう計画」はひとまず頓挫したわけである。
ひとたび幻想郷縁起に書かれてしまった以上、改めて「魔女」として取り上げてもらうことはむしろ遠ざかってしまったような気がする。小悪魔が魔女になるという可能性にしても、捨虫の法うんぬんについては阿求嬢とて本気で言ったわけでもないだろうし、そもそも自分にそこまで魔法の素養があるとも思えない。となると――
「あ」
そこで小悪魔、閃いた。
逆転の発想である。
自分が魔女になることが難しいなら――
「そっか。パチュリー様が淫魔ってことになればいいんだ」
◇
翌日、紅魔館の午後三時。
「パチュリー様、お茶が入りました~☆」
いつもよりほのかに苺色の強い紅茶と、小悪魔お手製のクッキー。
取っといてよかった、生え変わる前の昔の羽根、プラス尻尾。
それらを携えた小悪魔が、足取りも軽くパチュリーの書斎を訪れる。
小悪魔の、改造計画が始まる。
~終~
「よろしくお願いします!」
昼下がりの稗田邸。
当主の阿求を訪ねてきたのは、紅い髪と二対の黒翼を持った可憐な悪魔だった。
「見開き二ページ、右にパチュリー様で左に私、これですっ!」
「はぁ」
これです、って言われてもなあ。
空転するその情熱を適当にスルーしながら、阿求は淡々と返す。
「しかし、小悪魔さん。あなたは住処である紅魔館から出ることはほとんど無いし、黙っていても名が知れるほど強力な妖怪でもありませんよね」
「え、ええまあ」
「つまり、人間一般に対する危険性という点では、なんら問題にならない程度の存在だということです」
「うっ。ということは……」
「書く意味ないですね」
にこり。
上品に微笑んで断言する阿求に、小悪魔ががっくりと肩を落とす。
そもそも、脅威となりうる妖怪等について人々に啓蒙することが幻想郷縁起の使命なのだ。もとより無害な妖怪について、あえてページを割く道理はない。
「……というか、わざわざ幻想郷縁起に書かれたがる意図が解らないのですが。要注意人物として扱われるって事なんですから、いい事なんてありませんよ?」
疑問を呈する阿求。
それに対し、小悪魔は頬を染めて溜め息をつきながら、
「いや、素敵じゃないですかぁ。本の中で仲睦まじく隣り合うパチュリー様と私……そんな絵を眺めているうちに、現実の二人もなんとなくムードに流されて……」
「そういう願望はご自分で新聞紙の裏にでも描いてください」
「自分で描いた絵じゃ色々と満足できないからお願いしてるんですっ!」
描いたのかよ。
「そう言われましてもね。仮に幻想郷縁起に載るにしたって、そのご期待にはそえませんよ。あなたは名が体を表すとおり悪魔なのであって、魔女であるパチュリー・ノーレッジとセットで書く理由なんて無いでしょうに」
「あ、私じつは魔女だったんですよ」
「迷いの無い眼で嘘をつくなっ」
稗田家末代までの大仕事に大嘘書かせるつもりかこの悪魔。
彼女が無害な妖怪であるかどうかについては考え直した方がいいかもしれない、と阿求は思った。
「いいじゃないですか。阿求さんがパチュリー様の事を書いた折には、取材に応えて色々と情報を提供した仲じゃないですかー」
「パチュリーさんの尻がどうの胸がどうのと熱く語っていたアレですか? あんな話、これっぽっちも編纂の役には立ってませんって」
「えー」
まあ、個人的なメモには詳しく書き留めてあるんだけど。
「――とにかく無理、無理ですね。まあ魔女として認めて欲しかったら、ひとつ真面目に修行して捨虫の法でも身につけてみたらどうですか? そうなれば幻想郷縁起の件も考えないではありませんよ」
「ええっ、そんな無茶な……。それに悪魔が捨虫の法を覚えたりしたら、なんか別の生き物になっちゃいそうな気がしますよ?」
「さあ……私にもその点の保証はいたしかねますが」
「あ、そうだ。いいこと考えました」
「なにを?」
ぴょこんと顔を上げた小悪魔、自信たっぷりに自分を指差し、
「魔性の女、略して魔女なんてどうでしょう?」
「お帰りはあちらですが」
阿求はにべもない。
「あぁん」
「気持ち悪い声出さないでください。大体、なにが魔性の女ですか。確かにあなたは髪も顔もスタイルもお綺麗ですけどっ」
「な、なに怒ってるんですか……」
「怒ってません!」
怒ってないけど憤慨する阿求。
まだ幼い少女の身とて、年齢に比してもなお慎ましやかと言わざるを得ないその肉体的スペックについて、劣等感が無いわけではないのである。
「とにかく結論として、さしあたり幻想郷縁起にあなたの事を書くつもりはありませんからね。魔性だなんだと世迷いごとを言っている暇があったら、ひとまず『中悪魔』でも目指して自己改造に励んでみては――」
すっく。
やおら、小悪魔が立ち上がった。
不思議な事に、立ち上がったのは彼女だけで、彼女の着衣は座ったままだった。
要するに小悪魔は立つと同時にクロスッアウッ(脱衣)したわけであるが、それがあまりに自然で淀みのない動作であったため、これを目の当たりにした阿求にも驚く暇というものが無かった。
ああ、そういえば里芋の茹でたの最近食べてないなあ――。
シンプルにして滋味あふれる「きぬかつぎ」の味わいを連想する阿求に対し、小悪魔が静かに身を乗り出す。
「こういう手は使いたくなかったんですけど、仕方ないですね」
「――はっ」
里芋に気を取られて反応の遅れた阿求に、小悪魔が手を伸ばす。
可憐な悪魔の指先が、阿礼乙女の耳を優しく撫でる。
「教えてあげますね。私が魔女だって事も、そのほかの素敵な事も……」
「えっ」
「あっ」
きゅーん
――幻想郷縁起に「淫魔」の項が追加された。
◇
「うう……こんなはずでは……」
気落ちした様子でぼやく小悪魔が、紅魔館の廊下をとぼとぼと歩く。
その手にあるのは、一応は買ってみた改訂版の幻想郷縁起である。
ともかくも愛しの主と同じ本に載ったのだ、と思えば目的の一部は達しているような気もするが――
「淫魔はないでしょう、淫魔は……」
てゆーか小悪魔としてはむしろ、自分が淫魔扱いされた事よりも、紅魔館の誰一人としてその事に驚いたり突っ込んだりしないのが悲しい。
「いったい皆さん、どういう目で私を見ていたのですか……」
ともあれ、小悪魔の「幻想郷縁起をダシにパチュリー様と愛を語らう計画」はひとまず頓挫したわけである。
ひとたび幻想郷縁起に書かれてしまった以上、改めて「魔女」として取り上げてもらうことはむしろ遠ざかってしまったような気がする。小悪魔が魔女になるという可能性にしても、捨虫の法うんぬんについては阿求嬢とて本気で言ったわけでもないだろうし、そもそも自分にそこまで魔法の素養があるとも思えない。となると――
「あ」
そこで小悪魔、閃いた。
逆転の発想である。
自分が魔女になることが難しいなら――
「そっか。パチュリー様が淫魔ってことになればいいんだ」
◇
翌日、紅魔館の午後三時。
「パチュリー様、お茶が入りました~☆」
いつもよりほのかに苺色の強い紅茶と、小悪魔お手製のクッキー。
取っといてよかった、生え変わる前の昔の羽根、プラス尻尾。
それらを携えた小悪魔が、足取りも軽くパチュリーの書斎を訪れる。
小悪魔の、改造計画が始まる。
~終~
あっきゅんが喰ろうたのか喰われたのかそこが気になったり。
なるほどこれは掌底で小悪魔が気絶した擬音かw
>「お帰りはあちらですが」
吹いたwww
やってることがどう考えたって淫魔なのに、何でしょげてるんだ君はww
>「パチュリー様が淫魔になればいい」
そういう問題じゃねぇだろうが(笑)