※ この作品にはかなり独自性きつめの捏造設定が多数含まれます(旧作キャラ関係は特に)。そのため、極端な二次設定を嫌う方、原作のイメージを大切にされている方、自分の中に確固たる独自の東方観を持っていらっしゃる方にとっては、面白くないかもしれません。それでもかまわないと言う方がもしいらっしゃれば、拙い文章ですが楽しんで頂ければ光栄です。
「エリー、おはよ~」
味噌汁に入れる人参を切っている最中、後ろからかけられた声に少し驚く。そして今日も何かあるんだろうなあ、とぼんやりと思う。
声の主が誰なのかは分かる。しかし問題はそんなことではなくて、こんな時間に起きてくるということが異常なのだった。正直言って、館にいること自体少ない彼女が帰ってきていると言うだけで、十分いやな予感はあったのだ。
はあ、と一息溜息をついてエリーは包丁と人参を一度置いて後ろを振り向き、この館、夢幻館の主たる風見幽香の友人兼居候兼トラブルメーカーである幻月に返事の挨拶をする。
「おはようございます、幻月様。朝ご飯はもう少し待ってくださいね」
エリーの返事に、幻月は一瞬頷くような仕草を見せたが、すぐに困ったような顔になる。
「あら、そういえば三ヶ月ほどエリーのご飯を食べてないわ。大変ね。今日はすぐに幻想郷に行こうと思っていたのに」
「あれ?幻想郷に行くんですか?たぶん幽香様の妨害があると思いますが」
「だから、幽香が起きる前に行くんじゃない」
「けど、幽香様は向日葵が綺麗に咲いたからって朝早くに外に出かけていますよ」
「ありゃ?幽香もう起きてるの?それじゃあ、エリーが今作ってるご飯は?」
「もちろん幽香様たちの分ですよ。できたら呼んでって言ってました」
そうエリーが答えると、幻月はますます困ったような顔をする。よほど幽香に妨害されたくないらしい。はっきり言ってしまうと、幻月の能力を以ってしまえばどこも中継地点を通らずに目的地に到達することすら可能なはずなのだが、そこはいつもの変なこだわりというやつだろう。
あまりに困った顔をするものだから、エリーはなんだか哀れになって、一つ提案する。
「それじゃあ、ご飯ができたら、幻月様が幽香様を呼んできてくれませんか。たぶん、幽香様もご飯を優先すると思いますし」
「あ、ならそれでお願いするわ」
と安心したように厨房から出て行く。料理を手伝うとか言うことにはならないらしい。
幻月が出て行ってしまってから、人参を切る作業を再開しようとして、ふと疑問がエリーの脳裏を過る。
幻月がべつに朝食を求めてここに来たのでなければ、出かけることを言いに来たのだろうか。しかし、彼女はいつもなら、外出のときは何も言わずに出かけて行ってしまう。
まあ深く考えても仕方がない。なんだか今日は面倒になりそうだなあと思いつつ、エリーは作業を再開した。
***
エリーとの打ち合わせどおり、幽香に朝食ができたことを伝えた幻月は、妨害を受けることなく、夢幻館を出発した。目指すは古い知人のいる神社、その途上には多数の障害が予想された。
向日葵畑を出て、いくつかの丘を越え、森の上を飛び、山の麓まで来たところで一休みしようと降下する。
着地したところは、どこを見渡しても似たような風景が続き、このあたりの地理に詳しくない者が歩けばたちどころに迷いそうな森の中だった。まあ彼女には関係のないことだが。
ここからは歩いていこう。そう思い、幻月は樹海の中を歩き出す。まったく同じ風景の中、しかしながら迷いのない足取りで歩く。
三十分ほど歩いた頃だろうか、突然声がかけられる。
「そこのあなた。ちょっと待ちなさい」
どこからかけられたのかと、周囲を見渡し声の主を探す。いない。まあいいかと思い、そのまま歩き続けようとして――。
「ちょっと、無視しないで……て、うぁっ――ドスンッ!!」
目の前に誰かが落ちてきた。
「いたたた……。」
「大丈夫ですか?」
思わず尋ねる。すると、その落ちてきた少女はむくっと起き上がる。
まず入ってきたのは緑の髪と赤いリボンで、次に黒々としたデザインの人形の着るような洋服、そして髪と同じ緑の渦巻きだった。
しばらく少女は頭を痛そうにさすっていたが、当初の目的を思い出したのか幻月に話しかける。
「どうもお恥ずかしいところをお見せしました。ところで貴方はどちら様ですか?」
「あら、名前を尋ねるときは自分から言うのが礼儀だと思うのだけれど……、まあいいかしら、わたくし幻月と申しますわ」
「これは失礼しました。厄神の鍵山雛と申します。ところで、ここから先は山の妖怪の土地だと言うことはご存知ですか?」
雛と名乗った少女は、幻月に尋ねる。対して幻月は、なぜそんな分かりきったことを言うのかと思ったが、事実のままを答える。
「ええ、知っていますけど……、それが何か?」
「いえ、ならこの先の妖怪は縄張り意識が強いのであまりち近づかない方がいいということもご存知ですよね?」
「ええ、一般に近寄ってはいけない場所だと言うことは知っていますよ」
「と言うことは、貴方はここが危険だと分かってやって来てるんですか?」
「そういうことですよ」
「……」
「あの……、沈黙されても困るのだけど……」
「いえ、最近問答が面倒だからといって、そのまま攻撃してくる人が多かったもので」
「ええと……、なにかと大変なんですね。それじゃあ私は先を急ぐので……」
「ちょっと待って下さい。一緒に行ってもいいですか?道案内します」
「まあいいですけど……」
仕方ないので、幻月は雛と一緒に行くことにした。
***
その頃夢幻館では……。
「エリー、姉さん知らない?」
「幻月様でしたら、今日は幻想郷のほうへ外出してますよ」
幽香に遅れて朝食を取り終えた夢月の質問に、エリーは何気なく答える。すると夢月は額に手を当てて溜息をつく。
「はあ、またどこ行ってんだか。幽香の放浪癖、絶対に姉さんに似たのよ」
***
「……と言う訳で酷いとは思いませんか、この巫女。少なくとも上の神社の東風谷さんに比べてなんと麓の巫女の酷いことか」
山の中を歩きながら雛は、延々と話を続ける。攻撃してきた上に物をいくつか盗んでいった魔法使いの話、問答無用で切りつけてきた半人半霊の剣士の話、忠告に耳を傾けようともせずナイフを飛ばしてきたメイドの話などを話したあと、一番最後に横暴な麓の巫女の話をして終わったのだが、その頃にはもう山の中腹まで来ていた。
そこまで来て突然、雛が立ち止まる。幻月もあわてて立ち止まると、雛は言った。
「ここから先は河童たちの土地、さらに先には天狗たちがいます。本当に大丈夫なんですか」
「ええ、問題は何も」
「まあ、どうか無事でいらっしゃって下さい」
「こちらこそ、道案内ありがとね」
そう言って幻月は再び歩き出す。雛はもうついて来るつもりはないらしい。長話だったなあ、と思いながら、幻月はふと考える。
雛の言う話では、ここから先にいる妖怪は相当面倒なのばっかりらしい。天狗が何人相手でも負けることはないだろうが、今は雛の長話で相当に精神力を使ってしまって正直面倒くさい。なので幻月は回避策をとることにした。
簡単な方陣を素早く手で空に描き、簡単な光の魔法を使う。すると幻月の周辺がぼやけ始め、幻月は完全に姿を消滅させた。
突然姿を消した幻月に別段驚いた様子も見せずに雛は微笑む。彼女にとって自分の厄が何の意味も持たないことに、雛は気がついていたのだ。そして、その正体にも。そんじょそこらにいるのとは格が違う、魂すら持たない悪魔。魂がなければ厄の効果がないのは当然だった。一介とはいえ、伊達に神をやっていない。
***
今日は時間があるからと言うことで、夢月が紅茶を淹れることになったので、エリーは椅子に座って待つ。しばらくすると厨房から夢月がお盆を持って出て来た。
「はいはい、どうぞ召し上がれ」
「ありがとうございます。頂きます」
夢月が手馴れた手つきでカップに注ぎ、エリーの前に置いた紅茶を、エリーはお礼を言ってから飲み始める。夢月も席に着き、紅茶を楽しみ始める。
「う~ん、何でこんなにおいしいんだろ。私も練習はしてるんだけどなあ」
エリーが来る前の夢幻館の、家事事情はすべて夢月がやっていたらしい。エリー自身は紅茶しか夢月の作ったものを食べたことがないし、実際に夢月が家事をやっているところも見たことがないのでなんともいえないのだが。
「まあね、私の時間は無限にあるから、早々追いつかれてしまっちゃ面白くないじゃない?」
「そういうものなんですかね」
夢月や幻月や幽香が何年生きているのか、エリーは知らない。ただ、日頃の話からして、数千年数万年生きていても可笑しくはなかった。
カップを置き、紅茶を飲み終えた夢月は、席を立って、エリーに言った。
「悪いんだけど後片付け頼んでいいかしら?姉さんを探しに行ってくるわ」
「え……、あ、分かりました。お気をつけて」
エリーの返事を聞いてから夢月は部屋を後にした。
***
境内の掃除を終え、一休みしようと早苗は本殿の方に向かおうとして……立ち止まった。背後に感じる気配。並みの妖怪ではない。いつでも戦闘に移れるように構えながら、後ろを振り向いて、言った。
「誰でしょうか?」
「おっ、流石は巫女なだけあって気がついちゃったか」
そこにはまるで天使のような、背中に羽を生やし白装束に身を包んだ少女が立っていた。しかしながら、早苗は同時に気がついていた。
さっきまで気配さえまったく感じられず、まるで背後に突然現れたかのように、唐突に出現した気配。そして、その瞳の奥にある微妙な艶めかしさと、大したことがないようで底がないようにすら感じられる胡散臭さ。少なくとも天狗と同等か、もしかすると鬼やスキマ妖怪も凌駕するのではとすら思えてしまうような妖怪。そして神に仕える者としての勘が、この少女の正体を訴えていた。
「悪魔の方ですか?何の御用でしょう?」
若干敵意を込めて言う。すると、その悪魔の少女は困ったような顔をして答える。
「ええとね……、べつに戦いに来たわけじゃないのだけれど。ここの神様に会いに来たのだけど……幻月が来たって伝えてくれれば分かると思うわ」
「どこの者とも知らない悪魔を神社の中に簡単に通す訳にはいきません。西洋での話だとしても悪魔と神は相容れないはずです」
迷いがない訳ではない。むしろ幻想郷でこんなことをいう奴のほうが異端だろう。だが、早苗はこの少女を通してはいけないような気がしていたのだ。
交渉決裂か、と見え、早苗がスペルを引き抜こうとしたところで、本殿の方から声がかけられた。
「ああ……、なんかとっても緊迫してるみたいだけど……、早苗、そいつは問題ない。知人だ。友人ではないけどね」
「え……てっ、神奈子様、それは本当なんですか?」
「ああ。嘘言ってどうするのかね、まったく」
完全に疑いが晴れた訳ではないものの、とりあえず早苗は神奈子の言葉を信じることにした。構えを解き、幻月に向かって謝罪する。
「本当に神奈子様のお知り合いでいらしたようで、先ほどの無礼、申し訳ありませんでした」
「え、あ、まあ、そのくらいで起こるほど気は短くないし」
そう言って、歩いて来る神奈子に向かって、
「さてと、何千年ぶりかな。今日はぱーっと酒でも飲みましょうか」
「べつに友人になった覚えはないんだけどね。まあいいか。差し入れはあるんだろうね?」
「あら、もちろん」
そう言って幻月はどこからともなく一升瓶を一本取り出す。どこに隠し持ってたんだろうと早苗は不思議に思った。
***
「そうかい、そうかい。それじゃあここまで来るのに特に問題はなかった訳だね」
「ええ、そう言うこと。河童やら天狗やらいちいち相手してたら大変だもの」
今二人は、今で酒を飲みながら話に盛り上がっていた。諏訪子はどこかに行っているのか分からなかった。台所で障子越しに二人の会話を聞きながら、よくも同じ話題でそこまで話が続くものだと早苗は思ったが、もちろん口には出さない。
おつまみの刺身ができたので二人の所へ持って行く。流石に話題は変わったらしい。
「それでね、今は賑やかなのよ。今度招待したい気分だけどできない事情がいくつかあるのよね」
「まあ、できないもんはしょうがないさあぁ」
神奈子の方はだんだん呂律が回らなくなってきていた。はあ、と溜息を早苗がついたときに、山の下、天狗の里のほうがやけに騒がしいことに気がついた。
二人も気がついたらしい。
「あら、そろそろじゃないかなとは思ってたけど、予想通りの展開ね。まったく、夢月ったら」
「あの子はやたらと好戦的だったからねえ」
そう言って二人は立ち上がる。どこに行くのか早苗が尋ねると、表に出て迎えに行くのだと言う。酔っ払った神奈子を一人で外に出すのもなんとなく不安だったので、仕方なく早苗もついていくことにした。
表に出ると、そこにはメイド服の少女がいた。よく見るとやや疲れの色が見てとれる。天狗の里の方で煙が少し上がっていたりするところを見ると、妖怪の山を、障害を片っ端から排除しながら登ってきたらしい。好戦的云々以前に無茶苦茶過ぎる。
二人は何気ないように少女の元に歩いていくが、少女の方は怒っているようで早歩きで二人に近づく。
「ちょっと!姉さん、どこほっつき歩いてるのかと思えば、楽しく宴会?」
「あら夢月、そうかっかしちゃだめよ。大丈夫、夢月の分もちゃんとお酒残してるから」
「そうそう、酒の前にはいかなる物事もどうでもよくなるってもんだよ」
「「はあ……」」
溜息のタイミングが合ってしまう。案外この人とは気が合うのかも知れないと早苗は思った。
なんだか疲れる一日は、まだまだ続く。
(了)