秋も深まる神無月、橙は藍と共に妖怪の山へ山菜採りに出掛けていた。
冬が来ると、紫は冬眠してしまう。眠る前に食料を大量摂取するのだが、その時には必ず山菜を採ってくる様に式に命じる。
紫曰く、「あんなに美味しいものを食べずに寝ちゃったら、冬を越す前に目が醒めちゃう」らしい。そんな主人の為に、毎年この時期になると、二人で山菜採りに行くのだ。
「藍さま、今年もいっぱい採れるかな?」
嬉しそうな橙の声に、思わず頬が緩む。
「ああ。去年は山に来た神の一件で採りに行きづらい雰囲気だったが、今年は安心して採れそうだ」
「よし、頑張るぞぉ~。藍さま、どっちがいっぱい採れるか競争だよ!」
「お、やる気だな?言っておくが、私は橙を式神にするずっと前からこの仕事をやり続けてたんだ。まだまだ橙には負けないぞ?」
「じゃあ行くよ?よーい、どん!」
「あっ、水には気をつけろ。川に落ちたりするなよ?」
「分かってまーす…」
橙の声が遠くなる。
「さて、私も行くか」
元気が取り柄の橙だが、それ故、注意力が散漫になりかねない。万が一川に落ちてしまった場合の事を考えて、藍はなるべく川に近い所で山菜採りをすることにした。
「…?」
藍は違和感に気付いた。この山を数匹の哨戒天狗が見回っているのは不思議ではない。ところが、今日は数が多過ぎる。
「私達を警戒しているようには見えんな…第一、あの鴉天狗に伝えてある筈だ。…聞いてみるか」
藍は背負っていた籠を地に降ろし、近くにいた天狗を一匹捕まえ、話を聞く事にした。
「すまん、そこの天狗」
「はい…?あの、貴女は?」
「すまない、申し遅れた。私は八雲藍。射命丸から聞いている筈だ」
「八雲…あ、はい。文さまから伺っております。私は哨戒天狗、犬走椛と申します。」
「ところで、先程から随分騒がしい様だが、何があった?」
「先刻、山に侵入者を確認しました。かなりの巨体ですが、動きが素早くて、我々もなかなか探知出来ない状況でして…」
「きゃああああああああっ!!」
「っ!?」
突如、悲鳴が響き渡る。それは、藍に聞き覚えがある声だった。
「この声は…橙っ!!」
「私も行きます!!」
「私が橙から目を離さなければ…私がもう少し近くにいれば…橙…無事でいてくれ…!!」
目尻に涙を溜め、藍は山を駆け抜けた。途中帽子をどこかで落としたが、そんな事を考えている暇すら無かった。
藍は愕然とした。
そこにいたのは、息が絶え絶えの式神と、巨大な猪の様な化け物だった。
「椛…」
「は…」
「離れていろ。こいつは、私の手で始末する」
藍は般若の如く化け物を睨み付ける。
化け物が藍に気付く。
「そうか…お前が…」
化け物が藍に向かって突進してくる。
「お前が、橙を…」
化け物は更に加速する。
「橙を…殺したんだな」
そして、藍に激突…
しなかった。
瞬時に藍は宙に舞い、即座にスペルカードを取り出した。
「…償って貰おう。飯綱権現降臨」
スペル宣言をするや否や、弾幕が展開される。
ただ、量が半端ではなかった。藍の心情が伺える。
「…此処がお前の墓場だ」
「橙、橙!!」
「……ぅ…ぁ…」
血まみれの橙を見た藍は、ひたすら橙の意識を確かめる。
「揺り動かしては駄目よ」
上空から声がする。見上げると、そこに文がいた。
「話は椛から聞いたわ。今すぐに、永遠亭に行きましょう。助かるかも知れない」
「かなりの重傷ね。骨折、出血多量、それに、内臓の損傷…生きているのが奇跡だわ」
「橙は…橙は助かりますか!?」
「できることは全てやるわ。大丈夫よ。月の頭脳の名にかけて、この子を救って見せる」
「お願いします…」
「橙…私は、最低な主人だ。私には、お前の主人である資格はない…ごめんなさい…ごめんなさいっ!!」
「藍さん…私達がもっと早く対応していれば、こんな事態には…仲間を代表して、謝罪致します。大変…申し訳ありませんでした…っ」
「う、うわぁぁぁぁぁ!!ひぐっ、ちぇん、ちぇぇぇんっ!!」
その晩、藍は永遠亭でひたすら泣いた。
to be continued...
問題は紫さまがどう出るか、ですね。