「で、いつまで滞在するの?」
昼食である。
茶碗の中の飯をかき込みながら幽々子が聞くと、青いメイド服を着た霊夢が負けじと飯をかき込みながら答えた。
「家が建つまで。ま、1週間くらい?」
例の巫女衣装は大半が瓦礫の下に埋まり、最後の一着は紅魔館で洗ったきり乾く前に追い出されてしまったため、その代わりに新品のメイド服を何着も譲り受けたのである。
妖夢はあからさまに顔をしかめた。
「手伝いが来るって言ってたのに、こんなのって無いです。紅魔館の皆さんは最低です」
霊夢も流石にメイドとしての自覚がある。
空になった茶碗に、自ら大盛りの白飯をよそった。
普段なら妖夢にやらせるところである。
霊夢は極力上品な箸使いで卵焼きと漬け物と焼き魚と焼き豚を飯の上に乗せ、その上から熱い茶をぶっかけた。
「あっ、何それ」
「貧乏丼」
「美味しそう、私もやる」
幽々子も真似し始めた。
「何だか、食欲無くなってきた」
魔理沙はこの展開を読んでいたと見え、とっくに帰っている。
「あなたに厨房は任せません」
「何で?」
「何でも」
妖夢が剪定用小鋏を取り出したが、霊夢は広い庭と大量の植木を見てげんなりする。
「お手本です」
妖夢は、丸く刈り込まれたツツジの植え込みから飛び出している枝を一本切り落とした。
「これだけです。ね、簡単でしょ?」
一帯の植木は、よく手入れされているらしく、それぞれ長方形や丸、はたまたイルカやアヒル、テディベアを模して刈り込まれていた。
「うん、ところでこれ誰の趣味?」
「それは、あの、幽々子様ですよ。決まってるじゃないですか。いやですね」
妖夢は鋏を渡して咳払いした。
「ふうん」
「まあ、そんなことはどうでもいいんです。ちゃんとやってくださいね。お願いしますよ。本当はあなたに任せたい仕事なんか無いんですから」
妖夢は不安げな表情を浮かべながら屋敷に戻っていった。
霊夢は飛び上がり、3メートル程もあるアヒルの形に整えられた広葉樹から手入れを始める。
しばらく真面目に仕事をこなしていると、魔理沙がやって来た。
霊夢は視界に入れず無視したが、魔理沙はにやついた。
「調子はどうだ」
「最悪。神社は?」
「うん、何とか形になってきたな。あいつ、ずっと「霊夢さんはまだ怒ってますかねえ」って聞いてくんの。健気だよ」
頭の血管に血が流れ込んだ霊夢は2、3度、雑に鋏を振るった。
「そう。それはよかったわ」
「ああ、ほら。そんな乱暴に切るからアヒルのくちばしがちょっぴりアンバランスになったぜ」
見れば、何となくそんな気がする。くちばしが右に出っ張ってしまった。
「うるさいわね、こっちをもうちょっと切れば」
「今度は左側が」
「むう」
「今度は」
じょきじょきじょきじょき。
「アヒルさん」
嫌な予感に襲われ、幽々子と供に見回りに来た妖夢が叫んだ。
「私は止めようとしたんだぜ、本当なんだぜ」
「私のアヒルさんがっ」
妖夢は立ちすくんでいる霊夢を押しのけ、頭をぐしゃぐしゃに刈られたアヒル型の木の足下に泣き崩れた。
「あああ。アヒルさん」
「妖夢、落ち着いて」
幽々子が呼びかけるも、妖夢は地面に頭を打ち付け、ひたすら泣きじゃくりわめき散らす。
「幽々子様が、こんな人を連れてくるからいけないんです。アヒルさんが、アヒルさんっ」
余りの事態に、流石の霊夢もバツが悪くなり頭を掻く。
「あの、私は」
「もう出てってよう。アヒルさんっ、アヒルさんっ、アヒルさん」
「その」
「アヒルさん、アヒルさん。あああああ」
「妖夢」
「あああああ。あああああ」
あああああ。
「へえ、そんな理由で追い出されたんですねえ」
一夜明けて、ようやく精気を取り戻した霊夢は頷いた。
「魔理沙さんが、「家でお茶飲んでから、また来る」だそうです」
優曇華は微笑んだ。
しばらく来ないということかと思われる。
「大丈夫ですよ、うちの手伝いは楽ですから」
「うん」
霊夢は未だに青いメイド服である。
あの巫女服はもう処分されてしまったかも知れないなあ、と考えた。
「じゃあ、早速うちの師匠の所に行ってください。本来は私の仕事ですが、しばらくあなたにやってもらうそうです」
「うん、簡単?」
「ええ」
霊夢が部屋に入ると、永琳は柔和な笑顔を作った。
「昨日も思ったけど、あなたメイド服よく似合うわ」
どうにも、霊夢のメイド服は年長者からのウケが良い。
「ありがとうございます」
「あら。もうしっかりメイドさんなのね」
霊夢が苦笑いすると、永琳は薬の棚を指さした。
「早速だけど、今日はね。患者さん達に薬を調合して渡す手伝いをしてもらいます」
早くも霊夢は嫌な予感に襲われた。
どうして、みんなは自分に責任重大な仕事ばかり託すのだろうか。
第三者の明らかな悪意を感じる。
「私、薬なんて作ったことない。もっと簡単な仕事じゃないと」
霊夢が必死に訴えると、永琳は笑った。
「大丈夫よう。棚をよく見てご覧なさい。引き出しが一杯あるけど、縦と横の列にそれぞれ「いろはにほへと」といろは歌が書いてあるでしょう。私は全部覚えてるからあなたには私と一緒にあっちの部屋に控えてもらって、例えば私が縦横の順で「い‐い、ろ‐と」と言うからその通りに薬を作って患者さんに渡してくれればいいのよ。分量は大さじと小さじがあってすぐ分かるわ」
聞いているだけで頭痛がしてきた。
「それよりも、私、メイド服なんだけどいいの? ここは病院でしょう。何か他に服ないの?」
「あら、患者さんが来たわ」
霊夢は地団駄踏んだ。
一人目は里の人間と思しき若者であったが、顔面蒼白で頭から血を流しており這いずるようにして入り口から入ってきた。
「ああ、生きててよかった。本当によかった。助けてお医者さん」
男は永琳に近づく。息も絶え絶えで、今にも死にそうである。
永琳は男の顔色をちらりと見てすぐに笑顔を作った。
「はい、椅子に腰掛けて」
男は30秒ほどかけて、ぜえ、ぜえ、と椅子の上に乗り机の上に突っ伏した。
「患者さん。今日はどうされました」
しばらく返事がない。
見る見る内に容態が悪くなっているようだ。
「私が、竹を取りに林へ入って行きますと、兎が」
ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ。
「何ですか。聞こえません。ちゃんと喋ってくださいな」
「兎が私のノコギリを盗んで行きましたゆえ、追い掛けたところ崖から落ちまして。頭が」
ぜえ、はあ、ぜえ、はあ、ぜえ、はあ。
永琳はぴしゃん、と自分の額を叩いて「あの馬鹿」と漏らした。
「霊夢」
余りの事態に固まっていた霊夢は我に返る。
「い‐け、ふ‐に、ち‐れ、の棚から小さじ2杯ずつ取って来てちょうだい」
霊夢は永琳の言葉を復唱すると薬棚のあった部屋まで一目散に駆けて行き、永琳が書いたと思われる達筆な文字群の中からそれぞれの引き出しを探し、小さじ2杯分ずつ薬包紙の上に載せて再び駆け戻った。
男はさらに容態が悪化したと見え、顔が真っ白になっていた。
「さあ、これを飲みなさい」
永琳が霊夢の持ってきた粉薬を男の口に詰め込み、水で流し込ませた。
男はしばらく唸っていたが、突如バネ仕掛けの様な勢いで立ち上がった。
霊夢は一歩後ずさる。
「調子はどう?」
男は何度も頭と足を触って、叫んだ。
「痛くない、治った。治りました」
薬を飲んでから1分と経たずして、ばっくりえぐれていた頭の傷口が塞がってしまった。
永琳は元の通り柔和な笑顔を作った。
「お大事に、会計はあちらで」
男が軽やかな足取りで出て行き、未だ信じられぬ霊夢を見て永琳は言った。
「どうかしら」
「はい、その、蓬莱の禁薬ってすごいんですね」
永琳は満足そうに笑った。
「先はまだまだ長いわよ。張り切っていきましょう」
それから夕方まで患者が絶えることは無かったが、重症患者もおらず永琳は退屈そうに淡々と指示を出し霊夢も機械的に薬を作った。
「さあ、そろそろ診察時間が終わるわ。よく頑張ったわね」
これまで、仕事ぶりで滅多に褒められることの無かった霊夢は嬉しくなった。
「家が建つまでなんて言わないで、ずっといなさいよ」
と、その時、顔を青くした伊吹萃香がいつにも増しておぼつかぬ足取りで診察室に入ってきた。
しばしば宴会を供にしている霊夢はメイド服の件をからかわれるのではないかと身構えたが、萃香はそれどころではないらしく、つんのめるように椅子に座り弱々しく言葉を吐き出し始めた。
「先生、お腹が痛い。痛くなくして」
萃香は言い切って間もなく永琳の胸に顔を埋めた。
「あなた、飲んでるわね。お酒臭いわよ。何かお腹が痛くなるようなことしたの?」
「うん。それがね。天狗と飲み比べしてね、創作料理だって言うから魚を食べたら変な味がしてね、それから烏がね、ぶわあってね。そしたら犬が。いや、違った。河童が」
酔っぱらいの話しは本当に要領を得ない。
「分かったわ。変な物を食べたのね」
「うん。実はそうなの」
「霊夢、ゐ‐け、大さじ一杯よ」
「い‐け、ですね」
霊夢は復唱する。
「そうよ」
言われたとおりに霊夢は、い‐け、の引き出しから薬を調合し永琳の元へ運んだ。
萃香は力無く薬を嚥下し、少しして元気よく立ち上がった。
「あ、もう痛くない。ありがとう八意先生」
「これが月の頭脳よ」
おほほほほほ。
しばらく笑い声が響いていたが、突如止んだ。
「先生?」
萃香が不安に駆られ、尋ねる。
同様に不安に駆られた霊夢が二人の様子を見ようと顔を出し、固まった。
萃香の頭に生える二本の角の間から、新たにもう一本、角が生えていた。
新たに生えた角は他の角とは違いねじれが無くまっすぐに伸びており、萃香の顔全体を見ると実に、三本指の足跡の様な具合になっていた。
「先生、どうしたの? もう帰っていいですか?」
「駄目よ。ちょっと待ってなさい、動かずに」
永琳は霊夢の手を引っ張って隣の部屋まで連れて行き、胸ぐらを掴んだ。
「あなた、何をしたの」
「私、何もしてないわ。ちゃんと薬を調合したの」
訳も分からない霊夢は、ただただ手を振る。
「嘘吐いても無駄よ。手違いを起こしたわね。この」
永琳が更に手の力を強めた時、診察室から悲鳴が聞こえた。
「遅かったか」
二人が駆けつけると、萃香は窓に映る自分の姿を凝視したまま棒のように立っていた。
「先生」
「大丈夫よ、落ち着いて」
永琳は萃香を刺激しないよう、一歩一歩近づいていく。
「いやあ」
衝動的にパニックに陥った萃香は3本目の角を床に擦り付け、わめき、涙を流した。
「取ってよう、取ってよう。いやあ、私、これいやあ」
角が床の木材をえぐる。
「大丈夫、すぐに切ってあげるから。優曇華、どこにいるの。来て。きゃっ」
萃香はでたらめに弾幕を繰り出し、拳を振り回しわめき続ける。
「切らないで、私切るのいやあ。切らないでっ」
「優曇華、優曇華、早く来て優曇華」
昼寝から起きた魔理沙が茶を飲み永遠亭に出向く準備をしていると、玄関先から物音が聞こえた。
「誰かいるのか」
返事は無かった。
舌打ちし、玄関の扉を開けると一つの大きな段ボール箱がガムテープでぐるぐる巻きにされて、置かれていた。
魔理沙はすぐに中身に思い当たり、箱の側面を叩いた。
「おい、また追い出されたのかよ。次はどこに送って欲しいんだ?」
返事は無く、すすり泣く声が聞こえた。
魔理沙がガムテープをまとめて引きちぎり、封を開けると黒いポニーテールが見えた。
「ご丁寧にまだメイド服か。出てこいよ」
「出たくない」
魔理沙が、体育座りのまま俯く霊夢の頭をわしづかみにして上を向かせると大粒の涙が段ボール箱の中に落ちた。
「何で追い出された?」
「私、悪くないもん。間違ってないもん」
霊夢は途切れ途切れに呟き、また再び固く唇を結んだ。
「どうせ、ささいな医療ミスだろ。患者がちょっと腹痛起こした、とかそんな程度の。永琳は厳しいからな」
霊夢の睨む視線が更に鋭く尖り、魔理沙は視線を反らした。
「違うのか?」
「知らない」
それ以上の答えが得られそうにないので、魔理沙は霊夢と同じように体育座りをして向き合う。
「行く当てあるのか?」
霊夢は首を二度横に振った。
「どこがいい? アリスの家、は駄目か。人形がいるもんな。案外、閻魔様の所とか?」
霊夢は答えようとしないので、沈黙が訪れる。
「黙るなよ。気分悪い。何とか言えよ。それかどっか行けよ」
またしても沈黙が訪れ、魔理沙は舌打ちした。
霊夢は何か考えているのか、考えていないのか頭を上げようとしない。
「引き取ってもらえないだろうな。悪名高くて、お前は」
魔理沙は立ち上がった。
「家で働かせてやろうか」
霊夢は微かに頷いた。
「立てよ。永遠亭で何しでかしたか知らないが、気にするな。紅魔館や白玉楼のことだって妖怪の世界じゃよくあることばかりだ。今日、妖夢のとこに行って来たが、あの植木だって今はヒヨコになって余生を送ってる」
霊夢はおもむろに立ち上がって、段ボールの中から出た。
「中に入れ、まずは風呂に入って来いよ。そしたら晩飯を作ってもらう。本来なら永遠亭で食うはずだったのが、お前のせいでおじゃんだ」
「うん」
ようやく霊夢の仮の住まいが決まったその時であった。
「おうい」
間抜けな大声を発しながら、天子が二人の前に現れた。
感傷的な雰囲気をぶち壊され、呆然としている二人を差し置いて天子は続ける。
「もう、霊夢さんったら。どこ行ってたんですかっ。紅魔館にはいないし、白玉楼は追い出されたって言うし、永遠亭に聞いたら、ここに返品したって言うから、全く無駄足でしたよ」
えへへへへへ。
天子はえらく興奮していた。
「もう。トラブルメーカーなんだから」
ぺしん、ぺしんと天子の手が霊夢の頭を叩いた。
「何とですねっ。神社、直りましたよ。すごいでしょう。こんなに早く直っちゃいましたあ。えへへへ。それにですね、衣玖さんも手伝ってくれたんですよ。全く良いことづくめですねえ」
我に返った霊夢と魔理沙の中にふつふつと怒りが湧き始める。
「さ、何をぼさぼさしてるんですか。早く博霊神社に帰って来てください。綺麗になっちゃったから、びっくりしますよう」
えへへへへへ。
さあ、大変だ。
昼食である。
茶碗の中の飯をかき込みながら幽々子が聞くと、青いメイド服を着た霊夢が負けじと飯をかき込みながら答えた。
「家が建つまで。ま、1週間くらい?」
例の巫女衣装は大半が瓦礫の下に埋まり、最後の一着は紅魔館で洗ったきり乾く前に追い出されてしまったため、その代わりに新品のメイド服を何着も譲り受けたのである。
妖夢はあからさまに顔をしかめた。
「手伝いが来るって言ってたのに、こんなのって無いです。紅魔館の皆さんは最低です」
霊夢も流石にメイドとしての自覚がある。
空になった茶碗に、自ら大盛りの白飯をよそった。
普段なら妖夢にやらせるところである。
霊夢は極力上品な箸使いで卵焼きと漬け物と焼き魚と焼き豚を飯の上に乗せ、その上から熱い茶をぶっかけた。
「あっ、何それ」
「貧乏丼」
「美味しそう、私もやる」
幽々子も真似し始めた。
「何だか、食欲無くなってきた」
魔理沙はこの展開を読んでいたと見え、とっくに帰っている。
「あなたに厨房は任せません」
「何で?」
「何でも」
妖夢が剪定用小鋏を取り出したが、霊夢は広い庭と大量の植木を見てげんなりする。
「お手本です」
妖夢は、丸く刈り込まれたツツジの植え込みから飛び出している枝を一本切り落とした。
「これだけです。ね、簡単でしょ?」
一帯の植木は、よく手入れされているらしく、それぞれ長方形や丸、はたまたイルカやアヒル、テディベアを模して刈り込まれていた。
「うん、ところでこれ誰の趣味?」
「それは、あの、幽々子様ですよ。決まってるじゃないですか。いやですね」
妖夢は鋏を渡して咳払いした。
「ふうん」
「まあ、そんなことはどうでもいいんです。ちゃんとやってくださいね。お願いしますよ。本当はあなたに任せたい仕事なんか無いんですから」
妖夢は不安げな表情を浮かべながら屋敷に戻っていった。
霊夢は飛び上がり、3メートル程もあるアヒルの形に整えられた広葉樹から手入れを始める。
しばらく真面目に仕事をこなしていると、魔理沙がやって来た。
霊夢は視界に入れず無視したが、魔理沙はにやついた。
「調子はどうだ」
「最悪。神社は?」
「うん、何とか形になってきたな。あいつ、ずっと「霊夢さんはまだ怒ってますかねえ」って聞いてくんの。健気だよ」
頭の血管に血が流れ込んだ霊夢は2、3度、雑に鋏を振るった。
「そう。それはよかったわ」
「ああ、ほら。そんな乱暴に切るからアヒルのくちばしがちょっぴりアンバランスになったぜ」
見れば、何となくそんな気がする。くちばしが右に出っ張ってしまった。
「うるさいわね、こっちをもうちょっと切れば」
「今度は左側が」
「むう」
「今度は」
じょきじょきじょきじょき。
「アヒルさん」
嫌な予感に襲われ、幽々子と供に見回りに来た妖夢が叫んだ。
「私は止めようとしたんだぜ、本当なんだぜ」
「私のアヒルさんがっ」
妖夢は立ちすくんでいる霊夢を押しのけ、頭をぐしゃぐしゃに刈られたアヒル型の木の足下に泣き崩れた。
「あああ。アヒルさん」
「妖夢、落ち着いて」
幽々子が呼びかけるも、妖夢は地面に頭を打ち付け、ひたすら泣きじゃくりわめき散らす。
「幽々子様が、こんな人を連れてくるからいけないんです。アヒルさんが、アヒルさんっ」
余りの事態に、流石の霊夢もバツが悪くなり頭を掻く。
「あの、私は」
「もう出てってよう。アヒルさんっ、アヒルさんっ、アヒルさん」
「その」
「アヒルさん、アヒルさん。あああああ」
「妖夢」
「あああああ。あああああ」
あああああ。
「へえ、そんな理由で追い出されたんですねえ」
一夜明けて、ようやく精気を取り戻した霊夢は頷いた。
「魔理沙さんが、「家でお茶飲んでから、また来る」だそうです」
優曇華は微笑んだ。
しばらく来ないということかと思われる。
「大丈夫ですよ、うちの手伝いは楽ですから」
「うん」
霊夢は未だに青いメイド服である。
あの巫女服はもう処分されてしまったかも知れないなあ、と考えた。
「じゃあ、早速うちの師匠の所に行ってください。本来は私の仕事ですが、しばらくあなたにやってもらうそうです」
「うん、簡単?」
「ええ」
霊夢が部屋に入ると、永琳は柔和な笑顔を作った。
「昨日も思ったけど、あなたメイド服よく似合うわ」
どうにも、霊夢のメイド服は年長者からのウケが良い。
「ありがとうございます」
「あら。もうしっかりメイドさんなのね」
霊夢が苦笑いすると、永琳は薬の棚を指さした。
「早速だけど、今日はね。患者さん達に薬を調合して渡す手伝いをしてもらいます」
早くも霊夢は嫌な予感に襲われた。
どうして、みんなは自分に責任重大な仕事ばかり託すのだろうか。
第三者の明らかな悪意を感じる。
「私、薬なんて作ったことない。もっと簡単な仕事じゃないと」
霊夢が必死に訴えると、永琳は笑った。
「大丈夫よう。棚をよく見てご覧なさい。引き出しが一杯あるけど、縦と横の列にそれぞれ「いろはにほへと」といろは歌が書いてあるでしょう。私は全部覚えてるからあなたには私と一緒にあっちの部屋に控えてもらって、例えば私が縦横の順で「い‐い、ろ‐と」と言うからその通りに薬を作って患者さんに渡してくれればいいのよ。分量は大さじと小さじがあってすぐ分かるわ」
聞いているだけで頭痛がしてきた。
「それよりも、私、メイド服なんだけどいいの? ここは病院でしょう。何か他に服ないの?」
「あら、患者さんが来たわ」
霊夢は地団駄踏んだ。
一人目は里の人間と思しき若者であったが、顔面蒼白で頭から血を流しており這いずるようにして入り口から入ってきた。
「ああ、生きててよかった。本当によかった。助けてお医者さん」
男は永琳に近づく。息も絶え絶えで、今にも死にそうである。
永琳は男の顔色をちらりと見てすぐに笑顔を作った。
「はい、椅子に腰掛けて」
男は30秒ほどかけて、ぜえ、ぜえ、と椅子の上に乗り机の上に突っ伏した。
「患者さん。今日はどうされました」
しばらく返事がない。
見る見る内に容態が悪くなっているようだ。
「私が、竹を取りに林へ入って行きますと、兎が」
ぜえ、ぜえ、ぜえ、ぜえ。
「何ですか。聞こえません。ちゃんと喋ってくださいな」
「兎が私のノコギリを盗んで行きましたゆえ、追い掛けたところ崖から落ちまして。頭が」
ぜえ、はあ、ぜえ、はあ、ぜえ、はあ。
永琳はぴしゃん、と自分の額を叩いて「あの馬鹿」と漏らした。
「霊夢」
余りの事態に固まっていた霊夢は我に返る。
「い‐け、ふ‐に、ち‐れ、の棚から小さじ2杯ずつ取って来てちょうだい」
霊夢は永琳の言葉を復唱すると薬棚のあった部屋まで一目散に駆けて行き、永琳が書いたと思われる達筆な文字群の中からそれぞれの引き出しを探し、小さじ2杯分ずつ薬包紙の上に載せて再び駆け戻った。
男はさらに容態が悪化したと見え、顔が真っ白になっていた。
「さあ、これを飲みなさい」
永琳が霊夢の持ってきた粉薬を男の口に詰め込み、水で流し込ませた。
男はしばらく唸っていたが、突如バネ仕掛けの様な勢いで立ち上がった。
霊夢は一歩後ずさる。
「調子はどう?」
男は何度も頭と足を触って、叫んだ。
「痛くない、治った。治りました」
薬を飲んでから1分と経たずして、ばっくりえぐれていた頭の傷口が塞がってしまった。
永琳は元の通り柔和な笑顔を作った。
「お大事に、会計はあちらで」
男が軽やかな足取りで出て行き、未だ信じられぬ霊夢を見て永琳は言った。
「どうかしら」
「はい、その、蓬莱の禁薬ってすごいんですね」
永琳は満足そうに笑った。
「先はまだまだ長いわよ。張り切っていきましょう」
それから夕方まで患者が絶えることは無かったが、重症患者もおらず永琳は退屈そうに淡々と指示を出し霊夢も機械的に薬を作った。
「さあ、そろそろ診察時間が終わるわ。よく頑張ったわね」
これまで、仕事ぶりで滅多に褒められることの無かった霊夢は嬉しくなった。
「家が建つまでなんて言わないで、ずっといなさいよ」
と、その時、顔を青くした伊吹萃香がいつにも増しておぼつかぬ足取りで診察室に入ってきた。
しばしば宴会を供にしている霊夢はメイド服の件をからかわれるのではないかと身構えたが、萃香はそれどころではないらしく、つんのめるように椅子に座り弱々しく言葉を吐き出し始めた。
「先生、お腹が痛い。痛くなくして」
萃香は言い切って間もなく永琳の胸に顔を埋めた。
「あなた、飲んでるわね。お酒臭いわよ。何かお腹が痛くなるようなことしたの?」
「うん。それがね。天狗と飲み比べしてね、創作料理だって言うから魚を食べたら変な味がしてね、それから烏がね、ぶわあってね。そしたら犬が。いや、違った。河童が」
酔っぱらいの話しは本当に要領を得ない。
「分かったわ。変な物を食べたのね」
「うん。実はそうなの」
「霊夢、ゐ‐け、大さじ一杯よ」
「い‐け、ですね」
霊夢は復唱する。
「そうよ」
言われたとおりに霊夢は、い‐け、の引き出しから薬を調合し永琳の元へ運んだ。
萃香は力無く薬を嚥下し、少しして元気よく立ち上がった。
「あ、もう痛くない。ありがとう八意先生」
「これが月の頭脳よ」
おほほほほほ。
しばらく笑い声が響いていたが、突如止んだ。
「先生?」
萃香が不安に駆られ、尋ねる。
同様に不安に駆られた霊夢が二人の様子を見ようと顔を出し、固まった。
萃香の頭に生える二本の角の間から、新たにもう一本、角が生えていた。
新たに生えた角は他の角とは違いねじれが無くまっすぐに伸びており、萃香の顔全体を見ると実に、三本指の足跡の様な具合になっていた。
「先生、どうしたの? もう帰っていいですか?」
「駄目よ。ちょっと待ってなさい、動かずに」
永琳は霊夢の手を引っ張って隣の部屋まで連れて行き、胸ぐらを掴んだ。
「あなた、何をしたの」
「私、何もしてないわ。ちゃんと薬を調合したの」
訳も分からない霊夢は、ただただ手を振る。
「嘘吐いても無駄よ。手違いを起こしたわね。この」
永琳が更に手の力を強めた時、診察室から悲鳴が聞こえた。
「遅かったか」
二人が駆けつけると、萃香は窓に映る自分の姿を凝視したまま棒のように立っていた。
「先生」
「大丈夫よ、落ち着いて」
永琳は萃香を刺激しないよう、一歩一歩近づいていく。
「いやあ」
衝動的にパニックに陥った萃香は3本目の角を床に擦り付け、わめき、涙を流した。
「取ってよう、取ってよう。いやあ、私、これいやあ」
角が床の木材をえぐる。
「大丈夫、すぐに切ってあげるから。優曇華、どこにいるの。来て。きゃっ」
萃香はでたらめに弾幕を繰り出し、拳を振り回しわめき続ける。
「切らないで、私切るのいやあ。切らないでっ」
「優曇華、優曇華、早く来て優曇華」
昼寝から起きた魔理沙が茶を飲み永遠亭に出向く準備をしていると、玄関先から物音が聞こえた。
「誰かいるのか」
返事は無かった。
舌打ちし、玄関の扉を開けると一つの大きな段ボール箱がガムテープでぐるぐる巻きにされて、置かれていた。
魔理沙はすぐに中身に思い当たり、箱の側面を叩いた。
「おい、また追い出されたのかよ。次はどこに送って欲しいんだ?」
返事は無く、すすり泣く声が聞こえた。
魔理沙がガムテープをまとめて引きちぎり、封を開けると黒いポニーテールが見えた。
「ご丁寧にまだメイド服か。出てこいよ」
「出たくない」
魔理沙が、体育座りのまま俯く霊夢の頭をわしづかみにして上を向かせると大粒の涙が段ボール箱の中に落ちた。
「何で追い出された?」
「私、悪くないもん。間違ってないもん」
霊夢は途切れ途切れに呟き、また再び固く唇を結んだ。
「どうせ、ささいな医療ミスだろ。患者がちょっと腹痛起こした、とかそんな程度の。永琳は厳しいからな」
霊夢の睨む視線が更に鋭く尖り、魔理沙は視線を反らした。
「違うのか?」
「知らない」
それ以上の答えが得られそうにないので、魔理沙は霊夢と同じように体育座りをして向き合う。
「行く当てあるのか?」
霊夢は首を二度横に振った。
「どこがいい? アリスの家、は駄目か。人形がいるもんな。案外、閻魔様の所とか?」
霊夢は答えようとしないので、沈黙が訪れる。
「黙るなよ。気分悪い。何とか言えよ。それかどっか行けよ」
またしても沈黙が訪れ、魔理沙は舌打ちした。
霊夢は何か考えているのか、考えていないのか頭を上げようとしない。
「引き取ってもらえないだろうな。悪名高くて、お前は」
魔理沙は立ち上がった。
「家で働かせてやろうか」
霊夢は微かに頷いた。
「立てよ。永遠亭で何しでかしたか知らないが、気にするな。紅魔館や白玉楼のことだって妖怪の世界じゃよくあることばかりだ。今日、妖夢のとこに行って来たが、あの植木だって今はヒヨコになって余生を送ってる」
霊夢はおもむろに立ち上がって、段ボールの中から出た。
「中に入れ、まずは風呂に入って来いよ。そしたら晩飯を作ってもらう。本来なら永遠亭で食うはずだったのが、お前のせいでおじゃんだ」
「うん」
ようやく霊夢の仮の住まいが決まったその時であった。
「おうい」
間抜けな大声を発しながら、天子が二人の前に現れた。
感傷的な雰囲気をぶち壊され、呆然としている二人を差し置いて天子は続ける。
「もう、霊夢さんったら。どこ行ってたんですかっ。紅魔館にはいないし、白玉楼は追い出されたって言うし、永遠亭に聞いたら、ここに返品したって言うから、全く無駄足でしたよ」
えへへへへへ。
天子はえらく興奮していた。
「もう。トラブルメーカーなんだから」
ぺしん、ぺしんと天子の手が霊夢の頭を叩いた。
「何とですねっ。神社、直りましたよ。すごいでしょう。こんなに早く直っちゃいましたあ。えへへへ。それにですね、衣玖さんも手伝ってくれたんですよ。全く良いことづくめですねえ」
我に返った霊夢と魔理沙の中にふつふつと怒りが湧き始める。
「さ、何をぼさぼさしてるんですか。早く博霊神社に帰って来てください。綺麗になっちゃったから、びっくりしますよう」
えへへへへへ。
さあ、大変だ。
>今はヒヨコになって余生を送ってる
なんてセンスだw
>ゐ‐け
これは口語では仕方ないような気が。
でも⑨な子ほど可愛いなぁ。
妖夢かわいい趣味だな。
大事に手入れしていたアヒルさんが自分以外の人のせいで無残な姿に…
妖夢がかわいそうですね。でもそんな役回りが彼女には似合ってしまう
一見感情が無いようで、しかし想像してみれば出てくることが、とても面白かったです。
永琳はその時代の人だからなぁw
天子w
鈴仙は聞き分けられるのか?
素人に剪定や薬の調合させる馬鹿が一体どこにいるというのか。
ただいじめるためにいじめてるようにしか思えません。
たらいまわしにしたいにしてもある程度納得できる理由でたらいまわしてほしかったです。
ところでコレ元ネタなぁに?