プチ創想話26にあります、「花と厄」の後日談の様な物となっております。
なので、先にそちらをお読みいただかないと、お話が分かりづらいと思いますので、
読まれていない方は、先にそちらの方をお読みください。
※ ※ ※
とある暑い夏の日の夜の博霊神社の宴会場。
境内でにぎやかにみんなが騒いでいる所から少し離れた鳥居の脇で、私……厄神の鍵山 雛は、
「みんなに厄がうつるから」と、少し離れた場所でお酒を飲んでいたの。
一人でさびしいかって?
ううん、さびしくなんてないわ。
だって、私をこんな席に呼んでくれるだけでもありがたいわよ。
それに気を使って、河童のにとりがチョクチョク私にお酒やおつまみを持って来てくれるし、
「厄なんて、関係ない!」っていう面子が偶に話しかけてきたりしてくれるの。
みんないい人ね。
でも、今日の宴会はちょっと様子がおかしいの。
ううん、別に誰かが酔っ払って暴れているとかじゃないのよ。
いつもなら、一人で月夜を眺めながらボンヤリとお酒を飲んでいるんだけど、
今日は、さっきから誰かの視線をズッと感じているのよ。
私が偶に宴会場の方に目を送ると、その視線は途絶えるんだけど、しばらくするとまた私に視線が送られてくるの。
一体誰なのかしら?
「はい、雛ちゃん! これ!! 新しいおつまみ持って来たよ」
ごめんね、にとり。
貴女もみんなと一緒に騒ぎたいでしょうに……
なんか申し訳ないわ。
「いいのいいの! そんな染みったれた事は言いっこなしだよ!!」
本当にありがとうね。
「じゃあ、今度はお酒を持ってくるね!」
そう言って、にとりは駆け足で宴会場の中にお酒を取りに行ったわ。
その時、さっきから私に向けられていた視線の主が動いたの。
『さっきから……誰かしら?』
まあ、博麗神社内だったら、物騒な事態にはならないでしょうね。
もしそんな事が起きたら、あの巫女が黙っていないでしょうし……
ま、とりあえずその相手の出方を見てみましょうか?
※ 幽 ※
「ねぇ、ど、どうしたんですか? 幽香さん?」
と、横にいた蟲の王であるリグルに突然言われ、私……風見 幽香はビクッとしたの。
「な、なんでもないわよ!!」
いけないわ、声からして明らかに動揺しているじゃない。
そう。
その動揺の原因は、あの鳥居の所で一人で飲んでいる厄神にあるのよ。
先日、私が厄神の変装をして子供達とお話してみようって計画を実行したんだけど、
何が悪かったのかしら? 結局失敗したのよ。
挙句の果てに、あの天狗の新聞に載せられて……
ま、まあ名前が載らなかったが不幸中の幸いよね。
で、考えたのよ。
何で失敗したのかってね。
私の中で出た答えは簡単だったわ。
もう、それしか思いつかないわ。
それはね。
「衣装がかなり違っていたから」
うん、そうよ。
これしか考えつかないわ。
だったら、その厄神の着ている衣装とまったく同じ物を作れば完璧じゃない!
そう思って、何とか自分で新たに厄神の服を作ってみたのよ。
そして、何とかそれらしい服は作れたの。
前回の失敗を踏まえて、この前の文々。新聞を見ながらね。
細かい所には目をつぶるとしても、遠目で見たら見分けがつかない……と思うわ。
でも、厄神の服を作って変装する上で、一番の難問があったのよ。
それは、「頭のリボン」よ。
一体、どうやって結んでいるのよ!
何度も試したけど、どうやっても本物の様に頭にちょうど良いように作れないのよ!
だから、私は宴会の席で鳥居の脇に座っている厄神の頭のリボンに視線を送って調べていたの。
一体どうやって結わえたり結んでいるのかって。
ああ、でももう夕方も過ぎて暗いから、たいまつの明かり位じゃよく見えないわ。
本当なら、そばに行って話しかけたりしながら……
いやいや、私はそんなキャラじゃないわ。
でも……知りたいわ。
知って、自分の頭に同じ様にリボンを作って、厄神の変装をして、また子供達とお話してみたいの。
……ん? 厄神の横にいた河童が動いたわ!……
という事は、今はあそこに厄神が一人きり……
これって、チャンス?
あ、酒を取りにきた河童が魔理沙達に捕まっていじくられているわ。
……
………
今よ!
今しかないわ!!
今、行くしかないのよ!
この機を逃したら、次はないかもしれないわ。
そう覚悟を決めた私は、リグルに「ちょっと夜風に当たってくるわ」と言い残して、ゆっくりと厄神の方へ歩いていったの。
歩きながら、私の頭の中はフル回転。
連動するかの様に、持っていた日傘もフル回転していたわ。
『一体、どうやって厄神に声を掛けようかしら』ってね。
「はぁ~い」……これじゃ、どこかの胡散臭い妖怪よね?
「こんばんわ」……何か堅苦しいわね。
「横……いいかしら?」……ダメね、厄がうつるわ。
そんな事を考えながら、私は厄神の近くへ色々と考えながら歩いて行ったのよ。
「あの~、どうしたんですか?」
その声にハッと我に返った私は一瞬で顔が真っ赤になったの。
だって、その声の主は厄神……
そして、私はあと半歩踏み出せば、厄神の背中を蹴ってしまうほどの距離。
もう、私の頭の中は真っ白になっていたわ。
口を金魚の様にパクパクさせる事が今の私に出来る善行。
間違いなく、今の私の顔は真っ赤に染まっているわ。
も……もう、どうにでもなれ!
もう、ヤケになった私は頭に思った事を後先も考えずに口にしたの。
そう、自分で服を作ってリボンの結び方を教えてもらうよりも、もっと大胆な事を……
※ 雛 ※
私の真後ろに立っていたのは、フラワーマスターこと、風見 幽香さん。
何か考え事をしながら、私の方へ向かって来ていたの。
何かブツブツつぶやきながら、視線はあらぬ方向を向いていたわ。
ちょっと様子を見ていたんだけど、あのまま私が何も言わなかったら、間違いなく私と衝突していたわね。
近くに来てわかったんだけど、幽香さんの持っている日傘が傘の柄が見えない位に大回転しているのよ。
「あの~、どうしたんですか?」
私のその声に反応した幽香さんが、鳩が豆鉄砲を喰らった様にアタフタし始めたの。
一体どうしたのかしら?
「こ……こんばんわ……」
本当にどうしたのかしら?
幽香さんの口元が引き攣っているわ。
何か変な物でも食べたのかしら?
「ちょ……ちょっと貴女にお願い事があってさ……」
あら? 珍しいわね。
何かしら?
「こんな事……貴女だけしか頼めないのよ」
私だけ? なぜかしら?
「あ……あのね……」
幽香さんの持っている日傘の回転がさらに上がり、風切り音まで聞こえていたわ。
おかげで、いつもとは違う消え入りそうな幽香さんの声がさらに聞こえないのよ。
「ゴニョ……ゴニョ……」
どうしたのかしら?
顔を真っ赤にしてうつむきながら、何が小声で言っているんだけど……聞こえないわ。
すいません、もうちょっと大きい声で言って頂かないと、聞こえないわ。
「あ……貴女のふ……」
今、かろうじて聞こえたのはここだけ。
『もうちょっと大きい声でお願いします』って言おうとしたんだけど、
今にも泣きそうな感じで、うつむいて肩を震わせながら顔を真っ赤にしていたから、何も言えなかったわ。
一体どうしたのかしら?
その時、何か吹っ切れたのかしら?
突然幽香さんが顔をあげて、私をジッと見ながら今度はちゃんと聞こえる声で言ってきたわ。
「貴女にお願いするわ! 私の知り合いが貴女の服を着てみたいっていうから、貴女の服を一日だけ貸してもらえないかしら?」
この幽香さんの言葉を聞いて、私は前の事を思い出したの。
ええ、この幽香さんの『知り合い』って言葉は嘘。
実際は、自分が着て私に成りすまして子供達とお話してみたいっていう事なのよね。
やっぱり、まだ未練があったのね。
だから私は思ったの。
『幽香さん……まだ諦めてなかったんだ』ってね。
あのプライドの高い幽香さんが、ここまで言ってくるんですもの。
やっぱり、本当に叶えたい願いなのかもしれないわ。
それに、前回はちょっと可哀想な事もしちゃったし……
……いいわ……
でも、ちょっと私なりにその幽香さんの計画をアレンジさせてもらうわよ。
ええ、もちろん幽香さんの願っている通りになる様にね!
数秒考えた私はある計画を思いついたの。
……うん、これなら行ける……
そして私はニッコリと笑顔で幽香さんに答えたの。
「いいわよ」って。
その時の幽香さんの顔は滅多に見れる物ではなかったわね。
何かを我慢している様に、ギュッと目を瞑って、私の返事を待っていたんだから。
だから、私の返事を聞いた時には、まるで何かの賞に当選して喜ぶ人の様な表情を浮かべていたの。
「本当に!! いいの!!」
「ええ、いいわよ…… でもね」
「でも……ね?」
「2つ条件があるの。 ううん、そんなに難しい事じゃないわよ」
「で、条件って?」
「一つは……この服は大事な服だから、代わりの新しい服がないのよ。
だから……そうね、体格的にもほぼ同じ位な幽香さんの服をこの服を貸している間、私に貸してくれないかしら?」
「私の服? い、いいわよ。 それ位なら」
「そしてもう一つ。
これはその幽香さんのお知り合いに伝えてほしいのよ。
多分、そのお知り合いさんは私の服を着て色々な所に行くかもしれないわ。
だから、また変な新聞に載らない様にしないといけないと思うの」
「どうすればいいのよ?」
「簡単よ。
その服を着る日をこちらで指定させてもらいたいの。
そうすれば、私はその日は厄を集めに行かないわ。
まあ前日に2日分の厄を集めないといけないんだけどね。
でも、そうすれば、また以前誰かが真似してあの新聞の記事になってしまった、
『厄神が2人!』なんて事は、あの変な新聞にも書かれないと思うわ。
条件はその2つだけよ。 どうかしら?」
「その位なら、その条件を飲むわ」
「商談成立ね」
「で、その服を着る指定の日はいつになるのかしら?」
「3日後ね……。3日後の早朝に私が幽香さんのいる向日葵畑の方へ行くわ。
その時に、幽香さんの服と私の服一式を交換という事でどうかしら?
その後で、その知り合いに服を渡して行っても大丈夫だと思うけど」
「分かったわ、それでいいわ。 じゃあ3日後ね」
「分かったわ、お知り合いにもよろしく伝えておいてね」
会話が終わると、幽香さんはいつもの顔に戻っていたわ。
でも、少しだけ笑みがこぼれていたけどね。
幽香さんが宴会の輪に戻ると、私のいる鳥居の脇の雑木の中から2人の声がしてきたの。
「雛ちゃん……大丈夫だった?」
片手にはおつまみ、もう片方の手にはとっくりを持って、不安そうな顔をしていたにとり。
「あややややっ、何かネタの匂いがしましたねぇ~」
突然宴会の席を抜けて、不穏な動きをしていた幽香を見て、何かネタの匂いと思って、
こっそり隠れて一部始終を聞いていた、射命丸 文。
ちょうどいいわ。
この2人も、私のこの計画には必要不可欠な存在。
幽香さんは「誰にも言わないで」とは言ってないからね。
ねぇ? お二人さん? ちょっと協力してくれないかしら?
この前の罪滅ぼしと思って……ね。
【次の日】
「雛ちゃん! 来たよ~」
「あややっ、おはようございます!!」
おはよう、2人とも。
私は妖怪の樹海の中の池のほとりで早朝に2人と待ち合わせをしていたの。
あの前日の宴会の後で、ちょっと2人とお話してから、私の考えた計画を大まかに教えたわ。
「うん、面白そうだね!」とにとり。
「あやっ、これならネタにもなりますね」と文さん。
利害が一致した3人で、2日後に迎えるその日に向けての準備を始めたの。
まずは……ここで……こうして……それから……こうして……
宴会が終わった後で私が考えた計画の流れをにとりと文さんに細かく教えたの。
問題は、この計画にあと2人の協力者が必要って事なの。
まあ、その2人はちゃんと説明をすれば協力してくれると思うんだけど……
「うん、じゃあ多分この作戦でかなり使えると思う物を人数分作ってくるよ」とにとり。
「あややっ、じゃあ私もすぐに新聞が作れる様に先に大まかに作っておきますね!」と射命丸。
じゃあ、私は今からその協力者に交渉に行ってくるわ。
それと……幽香さんに貸す服の胸元をもっと広くしておかないとね。
全員がその計画の実行に向けて動き出して行ったわ。
【計画実行の前日】
妖怪の樹海の中にある池のほとりに5つの影があったの。
一つは、この計画の発案者である私。
一つは、この計画をスムーズに実行出来る機械を作ってくれた、河城にとり。
一つは、この計画の記録者として射命丸 文。
一つは、この計画の縁の下の協力者の藤原 妹紅さん。
そして最後に、この人の協力がなければこの計画は実行出来ない。 上白沢 慧音さん。
この5人でこの計画の最後の確認をしていたの。
「はい、じゃあこれを全員が一個ずつ持っていて」
と、にとりが全員に手のひらに乗る位の大きさの黒い何かの塊を渡したの。
「これはね、『無線機』って言って、遠くにいても相手の声が聞こえるっていう優れものなんだ」
と、にとりが全員に使い方を教えてくれたわ。
うん、これは便利ね。
これなら、今どこに幽香さんがいるのかってのが分かりやすくなるわ。
そして、最終確認をしてから疑問点や分からない事を再度確認後に解散して明日に備えたの。
さて、うまく行くのかしら?
【当日の早朝】
「さてと……そろそろ向日葵畑に行きますか」
その前に、妖怪の山の山頂に行って、私の体の周りにある厄をすべて取り除かないといけないの。
今日は少しでも私の体の周りに厄があったら、この計画は成功しないわ。
妖怪の山の山頂にある神々の神殿で、厄をすべて引き取ってもらってから、
前日に幽香さん用に胸元を広く改造したお古の服を着て、向日葵畑に向かったの。
う~ん、何か胸元がブカブカで、落ち着かないわ。
ブカブカな胸の所を手で押さえながら、なんとか向日葵畑に到着したわ。
そこには、ウキウキ顔の幽香さんが待っていたわ。
やっぱり、『知り合いが』なんて言うのは嘘みたいね。
でも、幽香さんのその分かりやすい嘘だからこそ、今回の計画が思いついたんだけどね。
「あら? もう来たの?」
幽香さんは、愛用の日傘をクルクルとまわしながら、向日葵畑の入り口で待っていたわ。
私の姿を見て、口元がにやけているのが分かるわ。
じゃあ早速着替えさせてもらおうかしら?
挨拶もそこそこに、幽香さんの家に入って、私は幽香さんの服を貸してもらったの。
……うん、やっぱり胸元が大きいわ……
そして、今私が脱いだ服を丁寧に畳んで幽香さんに渡したの。
ええ、もちろん頭のリボンの結び方なんかも丁寧に書いたメモも入れておいたわ。
これなら、誰でも私の頭のリボンが一人でも作れるはずよ。
幽香さんの服に着替え終わった私は、幽香さんに聞いてみたの。
日傘も貸していただけないかしら?って。
万が一、この姿の時に誰かに会ってしまったら、日傘がない事で私の方が正体がバレてしまうかもしれないわ。
そう言うと、幽香さんはシブシブ自分が持っていた日傘を私に貸してくれたわ。
「絶対に壊さないでよね! 壊したら……殺すわよ!」って言われたけどね。
「大丈夫よ、今日は一日おとなしくしているから……、万が一よ万が一!」
うふふっ、これで確定ね。
幽香さんの知り合いが私の服を使うって言っているのに、なんで幽香さんが自分のトレードマークとも言える日傘を
簡単に私に渡したのかしらね?
ま、幽香さんがそれに気がつく前に退散しましょう。
「じゃあ、夕刻の鐘がなる頃に服を引き取りに来ますね」
幽香さんにそう言って、私は幽香さんの格好のまま森の方へ帰るフリをしたの。
※ ※
向日葵畑から少し離れた所で、私はにとりからもらった無線機を取り出したの。
そして、スイッチを入れて脇にあるボタンを押しながら無線機に向かってしゃべったの。
「みんな、聞こえるかしら? 今から計画を実行するわ。すでに服は幽香さんに渡したわ」
『うん、雛ちゃん聞こえるよ!』
『あややっ、始まりましたね!!』
『うん、分かった』
『こちらも準備できたぞ』
みんなから返事が返ってきたわ。
「じゃあ次はにとりの番ね。よろしくね」
『OK! まかせてよ』
「それじゃあ、幽香さんが畑から出てきたらもう一度連絡するわ」
『了解!』×4
※ 幽 ※
さてと……
これで私の念願が叶うのね。
ああ、夢にまで見たあの願い。
それがもうすぐ実現できるのね。
逸る心を抑えながら、さっき厄神が渡してくれた服とメモを見たの。
服は……とりあえず着てみたけど、なんてピッタリなサイズなのかしら?
それにしても、あの厄神ってそんなに胸あったかしら?
……ま、まあいいわ……
で、問題の頭のリボンよ。
確かメモに詳しく書いてあるって言っていたけど。
フムフム、なるほどね。
これは分かりやすいわ!
これなら、私一人でも簡単に頭のリボンが再現出来るじゃない!!
それじゃあ、早速!!
厄神の服を着て、頭のリボンをメモを見ながら作り、後ろの髪を胸元で結わえてみたの。
鏡を見て、うっとりしたわ。
なんてそっくりなの? 目の色だけが違うけど、これなら前回の様な失敗はありえないわ。
私は鏡に映る自分を見て確信したわ。
『これなら完璧!』ってね。
よし、じゃあ早速幻想郷を歩いて見ましょうか!!
私は喜び勇んで向日葵畑を出発したの。
※ 雛 ※
「目標補足! 目標は向日葵畑を出発したわ!」
私は遠くに見える自分の姿にちょっとだけ違和感を感じながらも、無線機でみんなに伝えたの。
『了解!』×4
「目標は小川の方へ向かっていたわ。 にとり、よろしくね!」
『了解! じゃあ頑張って来るよ!』
その交信の後、私は誰もいなくなった向日葵畑に戻っていったの。
※ 幽 ※
今日は一日厄神は大人しくしているって言っていたから、鉢合わせになる事はないわね。
問題は、厄神と親しい連中と会ってしまった時よね。
特に、あの天狗!
また新聞のネタにしかねないわ。
まあ、とりあえずそれらしくしていれば大丈夫だと思うわ。
だって、今日の私は目の色以外は厄神そっくりなんだもの。
そんな事を思いながら、私はこの前厄神が子供達と遊んでいた小川の方へ行ってみたの。
時間的にまだ子供達はいないって分かってはいたんだけど、なんか行ってみたいって気分だったのよ。
小川へはすぐに到着したわ。
当たり前だけど、やっぱり誰もいないわ。
まあ、いいわ。
夕方にでもなれば、ここにたくさんの子供達が遊びに来るのは知っているのよ。
ここは夕方からのお楽しみって事で……
小川に掛かる橋の上で、夕方の子供達が大勢ここで遊んでいる姿を想像していた時だったの。
「あれ? 雛ちゃん。 今日は早いね」
橋の下から声がしたの。
何か嫌な予感がしたわ。
ピンポイントで、『雛ちゃん』と言っていたから、間違いなくあの厄神の知り合いよね?
私は恐る恐る声のした橋の下に視線を向けたの。
橋の下の水面を見て、大量の冷や汗が出たわ。
だってそこにいたのは、あの河童なのよ。
多分あの厄神と一番親しい間柄な奴。
……これはまずいわ……
「今日はやる気満々だね、雛ちゃん!」
と、とりあえず返事をしておかないと、怪しまれるわ!!
「え、ええ……。 今日は何か厄い感じがするのよ」
「へぇ~、そうなんだ」
「え、ええ、そうなのよ」
「あれぇ? 雛ちゃん」
ドキィ!!
河童からの何か疑惑を感じているとも思える言葉を掛けられて、私の鼓動は早くなったわ。
何よ、何か私の返事でおかしい所でもあったのかしら?
それとも……もうバレた?
いや、そんなはずはないわ!
だって、今日の私はこの前とは違うの!!
着ている服は厄神がさっきまで着ていた本物なのよ!
だから河童に目の色がバレない様に、目を細めて「なあに?」って逆に聞いてみたわ。
「今日は手は前で組まないんだね。 いつも組んで歩いていたから何か新鮮に見えるよ」
はぁぁ!! しまったわ!!
ついうっかり忘れていたわ!
そうよ、あの厄神はいつも両手を前で組んでいたわ。
喜び勇んで忘れていたわ。
どうしよう……どうしよう……
焦った私の口からは、もう言い訳にしか聞こえない言葉が出ていたわ。
「た、たまにはイメチェンってのもいいかと思って……」
う~ん、無理があるわ。
ああ、たったの数分で私の夢は途絶えるのね……
でも、河童の返事は私の予測とは違ったの。
「うん、たまにはいいかもしれないね」
河童の返事を聞いた私は、ホッとしたわ。
よかったわ、まだバレていないのねって。
まだ、私の夢は始まったばかりよ!
こんな所で終わらせるものですか!!
「それじゃ、厄を集めに行って来るね!」
そう河童に言って、足早にその場を立ち去ったわ。
とりあえず、厄神と一番親しい河童ですら私の変装に気がつかなかったと言う事は、
やっぱり大丈夫だって事よ。
行ける! 行けるわ!!
自信を持って、幽香! 今日の私は厄神なのよぉ!!
ああ、子供達が来る夕方が待ち遠しいわ……
子供達が小川に来る時間まで、とりあえず時間を潰そうと私はいつもの自分だったら
滅多に行けない所に行って見ようと思ったの。
だって、里の人間や周辺の妖怪達からも、私は危険だって思われているから、
なかなか出歩けないのよね。
偶に散歩でもしようものなら、あの巫女が「異変ね!」とか言いながら襲ってくる可能性もあるしね。
でも、今日の姿なら大丈夫!
だって、毎日幻想郷の厄を集めに歩き回っている厄神の姿ですもの。
「いつものこと」って思われているから、大丈夫よね?
じゃあ、とりあえず夕方まで歩き回って見ましょう!!
※ に ※
「え~、こちらの作戦は成功しました、どうぞ」
『了解』×4
川から上がった私は無線機で自分の作戦が成功した事をみんなに伝えたの。
そう。
私の作戦は、雛ちゃんと一番親しいと思われている私ですら、
幽香さんの変装が見破れなかったと、幽香さんに思わせる事なの。
こうすれば、幽香さんが自分が今日は雛ちゃんだって自信がつくでしょ?
そこが狙い目なの。
それと、友人だから分かる雛ちゃんの癖をこっそりと教えるっていうのも、私の役目。
案の定、幽香さんは両手を前で組むのを忘れていたからね。
この作戦に参加していない人にバレない様にするのも作戦の一つなのよ。
「じゃあ、次は妹紅さんだね。 よろしく~」
『うん、分かった』
そして、私は川を後にしたの。
※ 妹 ※
人間の里からちょっと離れた上空。
にとりから報告を受けた私は、上空から厄神の変装をした幽香の姿を追っていた。
私の役目は結構重要だ。
ここでうまく行かないと、この後の計画がすべて台無しになる。
ま、場合によってはちょっと強引でもいいかな?
その時、里から少し離れた所に厄神の姿を見つけたんだ。
うん、間違いない。
必死に両手を前に組むという普段あまりしない体勢で苦しそうな表情を浮かべながら歩いている厄神……いや幽香。
ああ、本当に厄神に見えるよ。
あれなら、本当に他の人も騙せるな。
その厄神に変装した幽香の姿を見て、無線機を使って慧音に報告する。
「目標発見! 今から作戦に移る。 慧音……そろそろ準備しておいてくれ」
『うむ、了解した』
慧音の返答を聞いた私は無線機のスイッチを切り、厄神の変装をしている幽香の所へ急いで飛んで行ったんだ。
※ 幽 ※
さてと……どこに行こうかしら?
里もいいわね……って、厄神って確か里にはあまり入れなかったんじゃなかったっけ?
厄がうつるからって、あまりいい顔はされなかったんじゃなかったっけ?
じゃあ、どこに行こうかしら?
なるべく私の正体がバレない所がいいわね。
博麗神社とかに行ってバレたら最悪よね?
あとは、白黒の魔法使いとかにも見つからないようにしないと……
まあ湖の周りにいる妖精達なら、おバカさん揃いだから大丈夫だろうけど……
その時よ。
滅多に味わえない感覚に酔いしれていた私はまったく気がつかなかったわ。
私の目の前にあの不死人が血相を変えた表情で息を切らしながら立っていたのよ!!
「おい! 厄神!! 何やってるんだよ! 今日が代理教師の日って忘れたのかよ!!」
え?
何よ?
そんな話聞いてないわよ!
「とりあえず、もう時間がないんだ! 生徒達が待っているんだ!! 急いでくれ!」
もう、私の頭の中はパニックよ。
「代理教師?」 「時間がない?」 なによそれ?
呆然としていた私の手を不死人が強引に引っ張ってどこかに連れて行こうとするのよ。
本当は強引にでも引き剥がしたかったんだけど、ここでバレてしまっては元も子もないし……
もう、成すがままに私は不死人に連れて行かれたわ。
ああ、一体私はどうなるのかしら?
【人間の里の中の寺子屋】
ここは一体どこよ?
って、ここは里の中の寺子屋じゃないの!
という事は、あのハクタクがいるって事じゃない!
冗談じゃないわ!
私が厄神の変装をしているってバレちゃうじゃないのよ!
「さあ、早くしてくれ。 生徒達が待っているんだ」
後ろから私の背中を押しながら、不死人が言ってきたの。
厄介な事になったわね。
でも、一体どうすればいいって言うのよ。
気がつくと、不死人に強引に教室の前まで来させられたわ。
……もう逃げられない……
私は覚悟を決めたわ。
そ、そうよ!
あの河童でさえ、この風見 幽香が厄神の変装をしていたって事に気がついていなかったじゃない!!
それに、不死人も気がついていなかったわ。
なら、ハクタクも生徒達も……行けるかもしれないわ。
そうよ! 行ける!行けるわ!!
今日の私は厄神なのよ!!
ガラガラと音を立てて、教室へのドアが開く。
目の色だけバレない様にと、笑顔で目を細めながら、私はゆっくりと教室へ入ったの。
私の姿をみた生徒達から声が上がっていたわ
「あ、厄神様だ!!」
「本当だ!!」
教室内に生徒達の歓喜の声が響いていたわ。
な、なんか、気分がいいわね。
ま、とりあえず目以外でもバレる可能性のある物から潰していかないとね。
「ごめんね、ちょっと喉の調子が良くなくって、声がいつもと違うけど……」
うん、明らかに無理があるわ。
でも、こうしか言えないじゃない。
「あとね、昨日ちょっと遅くまで起きていたから、目が真っ赤なのよ……」
これも苦しい言い訳よね?
でも、大丈夫!
今日の私は厄神なのよ!
何度も言うけど、あの河童でさえ私の変装だとバレなかった位の完成度の変装なのよ!!
うん、これでもう大丈夫よ。
さあ、これからどうすればいいのかしら?
※ 妹 ※
慧音がさっきの私の交信の後で、無線機の電源を落としている予定になっている。
そうしないと、静かな教室内に慧音の持っている無線機にこちらの声が鳴ってしまい、作戦が失敗に終わってしまう。
なので、私が他のみんなに現状を報告しないといけない訳だ。
私は寺子屋からちょっと離れた木の下で厄神に扮した幽香が緊張しながら教壇にたって硬直している姿を窓越しに見ながら、
無線機にしゃべりかけた。
「あ~、聞こえるか。 目標は寺子屋の教室に入った。 どうぞ」
『了解』×3
「それにしても……生徒達は気がついていない様だな」
『ええ、だって本物の私の服ですからね。 後は慧音さんがうまくやってくれるでしょう』
「ああ、慧音ならうまくやってくれるさ……それにしてもさ、みんなに見せてやりたいよ。
あの幽香が緊張して硬直している姿をさ」
『プッ、ぜひ見たいね』
『あややっ、それだけで記事になりますよ~』
「まあ、後で詳しく話してあげるよ。 それじゃあ動きがあったらまた連絡する」
『了解!』×3
※ 幽 ※
さて、どうすればいいのかしら?
変装に自信を持っているとはいえ、勝手が分からないとどうしていいものか分からないわ。
私はチラリと横に座っているハクタク……上白沢 慧音を見たの。
慧音も私の方を向いて、私が助けを求めているって分かってくれたみたいね。
私の横で立ち上がって、ざわついている生徒達を静めてから大きな声でこう言ったの。
「え~、昨日厄神様が約束してくれた事は覚えているな?」
え? 何? あの厄神は何かここの生徒達と約束とかしていたのかしら?
「は~い!!」
生徒達から元気な返事があったわ。
特に女子からの返事に元気があったわ。
え? 本当に何よ?
私はまったく聞いてないわよ?
「厄神様、あの人とお話はつけておいてくれたんですよね?」
だから一体何の話なのよ?
慧音のその言葉を聞いても、まったく分からないわ。
まあ、とりあえず返事はしておかないと怪しまれるわ。
「え、ええ……」
ええい! もうどうにでもなれ!
その私の返事を聞いた生徒達……主に女子から大きな歓声が上がったわ。
一体厄神は何の約束をしたっていうのよ。
「よし! じゃあ今から出発しよう! 日が高い内ならよく見えるかもしれない」
「はーい!!」
って、本当に一体何なのよ?
ねぇ、本当に教えてくれないかしら?
ヒントでもいいのよ。
そんなアタフタしている私を余所に、教室中の生徒がどこかに出掛ける用意を始めていたの。
ああもうっ!!
私はどうしたらいいのよ!!
※ 妹 ※
「はじまったな」
そうポツリとつぶやき、無線機のスイッチを入れる。
「あ~、目標がそろそろ動くぞ。 次は厄神の番だな」
『ええ、分かりましたわ。 射命丸さんもそろそろ用意を」
『あややっ! 了解!!』
「じゃあ、うまく行く事を祈るよ」
※ 幽 ※
……わ、私は一体……
呆然としながらも、一人の女子生徒と手をつなぎながら、私は列の前を歩くハクタクの後ろ姿を追っていたのよ。
ま、まあこういうほのぼのなものいいんじゃない?って思いもあったけど、
これから起こる事がまったく予側出来ないのが怖いのよ。
寺子屋から出発して、ちょっと歩いた所で、私と手をつないでいた女の子がうれしそうな顔で言ってきたわ。
「たくさんのきれいな花があるところってどんな所なんだろうね?」って。
その言葉を聞いて、嫌な予感がしてきたわ。
まさか……まさかね?
そんなはずはないわ。
でも、いま歩いている道の先って……
軽いめまいを覚えながら、私は自分が思い浮かべた最悪の事態を想像したわ。
でも……、でも今日は向日葵畑にはだれもいないわよ?
だって、風見 幽香はここにいるんだもの!
でも、歩いていくと歩いて行っただけ、どんどん見覚えのある風景が見えてくるのよ。
ああ、もう確実よね?
間違いないわ。
この列が向かっている所は、私のいつもいる向日葵畑じゃない!!
ちょ、ちょっと待ってよ!
私は厄神とは何も約束なんてしていないわよ?
それに、今向日葵畑に行っても、誰も居ないわよ?
まったく……一体何だっていうのよ?
『……どうしよう……』
私はそう思いながら、遠くに見えてきた向日葵畑の入り口を見て、女の子と手をつなぎ歩きながら呆然としていたわ。
その時、生徒の列が一度向日葵畑の入り口で一旦停まる。
何か生徒達も緊張をしているみたい。
所々で、ざわざわと声が上がっているの。
「でもさ……ここにはものすごく怖い妖怪がいるんだろ?」
「大丈夫よ、今日は厄神様もいらっしゃるし、ちゃんと話も通してくれているみたいだよ?」
「でもここにいる妖怪って最強だって噂だよ」
なんかえらい言われようね。
でも、大丈夫よ。
その最強の妖怪は今ここにいるんだから。
「じゃあ今から向日葵畑に入る。
ここには、風見 幽香さんという方がいらっしゃるので、ご無礼のないようにな」
生徒達に向かい、慧音が注意を促していたわ。
「厄神様、やっぱり怖い」
私と手をつないでいた女の子が私にしがみ付いてきたわ。
「大丈夫よ、だって私がいるじゃない」
私にしがみついてきた女の子達の頭を軽く撫でる。
「さ、行きましょう。 大丈夫よ……」
そう。
だって、今日はここには誰も居ないんですもの。
そして、生徒の列はゆっくりと向日葵畑の中に入っていったの。
当たり前だけど、いつも私がいる所。
どこに何が生えているとかは全部知っているわ。
まるで獣道の様に両脇に生い茂っている生徒達よりも背の高い向日葵のトンネルを抜けて、開けた場所に出たの。
一面に広がる向日葵畑。
その景色を見た生徒達のほとんどが「うわぁ!」と歓喜の声を上げていたわ。
自分の事を褒められている様で、なんかうれしいわね。
「さ、ここからちょっと奥に行った所にここに住んでいる風見 幽香さんがいらっしゃる。
見学させていただく前にちゃんと挨拶に行こう!」
と慧音が一面に広がる向日葵畑を見て興奮している生徒達を落ち着かせる為に大きな声で生徒達を促す。
でもね、どんなに先に行っても今日は風見 幽香はいないのよ?
だって、私はここにいるんだもの。
探すだけ無駄よ。
そう思いながら、少し歩いた時に後ろから声がしたの。
後ろから声?
いや、ちょっと待ってよ。
だって私が列の一番後ろにいるのよ?
後ろから声がするなんておかしいじゃない?
なんかものすごく嫌な予感がするわ。
そう思ってゆっくりと後ろを振り向いた時だったの。
「あ~ら、いらっしゃい。 お待ちしてたわ」
ブーーーーーーーーーーーッ!!
私は思わず盛大に吹き出したわ。
だって、目の前にいるのは、今日一日大人しくしているって言っていた私の姿をした厄神。
しかも、どうみても私になりきっているのよ!
それと、目の前にいる厄神の姿を見て、ある事を思い出したの。
そうよ!
私は厄神に「知り合いに貸す」って言ってこの服を借りたんじゃない!!
……マズイわよ……
このままだと、私が着たいから借りたっていう事がバレちゃうじゃない!!
バレたくない一心で、私は今までにしたことがない様な満面の笑みを浮かべて、
私だとわかってしまう赤い目を隠したわ。
ええ、どんなに我慢しても口元が引き攣っていたわ。
その時、厄神が私の方を見て「ニヤリ」って笑ったのよ。
この瞬間、私は悟ったわ。
「ハメられた」って。
そうよ。
何かおかしいって思っていたのよ。
そう思うと、沸々と怒りがこみ上げてきたわ。
わ……私を騙して楽しんでいたのね。
すぐにでも掴みかかりたい衝動に駆られたわ。
でも、目の前にいる私の変装をしている厄神を見て怖いのか? 私にしがみ付いていた女の子達がさらにしがみ付いてきていて、
動くことも出来なかったわ。
他の生徒達もそうみたい。
さっきまでザワザワしていた列が一瞬で静まり返っていたわ。
辺りが風に吹かれてゆれる向日葵の葉や枝がこすれる微かな音しか聞こえない。
その静寂の空間を私の格好をした厄神の言葉が響く。
「さ、みんな今日は遠慮しないでたくさんお花を見て行ってね」
変装した厄神がやさしい表情と口調でそう言うと、生徒達の緊張も少し解けたみたい。
「さ、お花を踏み潰さない様にな」
その声に続いたハクタクの一声で、さらに緊張の解れた生徒達が自分のみたい花の方へ向かって行ったわ。
私にしがみ付いていた女の子も、「厄神様、私もちょっと見てきます」と笑顔で自分の見たい花の方へ走っていったの。
ほとんどの生徒が花畑に向かっていって、その場に私と厄神しか残っていなかったの。
周りを見渡して、生徒のほとんどが花に夢中になっているのを確認してから、私は厄神に詰め寄って行こうとしたのよ。
「ちょっと!! 一体、どういう事よ!」
もうバレてもいいわ!
それよりも、これは一体どういう事よ!
私を騙しているの!?
そう大声で言いかけた時よ。
上空から、聞きなれた……いや、こんな時に一番聞きたくない声が聞こえてきたの。
「あやややっ、これはいい記事になりますねぇ」
と、持っていたカメラで上から花を見ている生徒をパシャパシャと撮っている射命丸がいたのよ。
その射命丸の姿を見て、私は目を見開いて硬直したわ。
前回の悪夢が脳裏に甦ってきたのよ。
仕方なく、私の変装をしている厄神に詰め寄ろうとしたのを止めて、両手を前に組んであの天狗にバレない様にするしかなかったわ。
『早く……早く立ち去ってよ……バカ鴉!』
顔は笑顔だけど、心の中は怒りで煮えくり返っていたわ。
でも……バレない様にしないと……また……あの悪夢が……
その時、私の変装をしている厄神が小声で言ってきたの。
「ほら、私はそんな眉間にしわを寄せて怖い顔なんてしないわよ。 笑顔で居ないと子供達にバレるわよ。 幽香さん」って。
クッ……お、覚えていなさいよ!
そんな中、数人の女生徒が私の所に来たの。
「厄神様も見に行きましょうよ」って、手を引いて誘ってくれたわ。
もう……生徒達にバレない様にする為には仕方ないわよね。
そう諦めながら、数人の女の子に手を引かれて私は花畑の方に連れて行かれたわ。
途中で振り返って、にこやかに立っている私の変装をしている厄神と射命丸をにらみながらね。
※ 文 ※
「さてと」
向日葵畑の上空で待機していた私は、向日葵畑の入り口に寺子屋の生徒達が到着したのを確認したの。
「そろそろですねぇ」
そう。
私の役目は、幽香さんの変装をしている厄神様の姿を見た本物の幽香さんが
怒りで我を忘れない様にするためのストッパー。
厄神様の読みでは、生徒達が花に夢中になった時に、幽香さんが何かしてくるかもしれないって。
そうなった時に私が現場で写真を撮りまくっていたら、正体がバレたら大変な幽香さんは、
厄神様の演技を続けなければならない訳で……
ええ、その厄神様の読みは見事に当たっていたわねぇ。
生徒達が花畑に向かって駆け出していったと同時に幽香さんの変装をしている厄神様の所に、
詰め寄って行こうとしていたんですから。
さあ、私の出番ですよ!
私はカメラを構えて、花畑へと降りて行ったの。
※ 雛 ※
さあ、作戦の大詰めね。
日が傾き始めた頃を見計らって、慧音さんがそろそろ寺子屋に帰る事を生徒達に告げていたわ。
フフッ、幽香さんも女の子に混じって結構楽しそうに遊んでいたじゃないのかしら?
さあ、じゃあ最後に射命丸さんに集合写真を撮ってもらいましょう。
きれいに咲いている向日葵をバックに寺子屋の生徒達と一緒に記念写真をパチリと。
「この写真は、今度の文々。新聞に載せますから~」
と、写真を撮り終えた射命丸さんは、みんなに挨拶するとそのまま帰って行ったわ。
「さあ、そろそろ時間だ。 じゃあみんな幽香さんにお礼を言って帰ろう」
と、慧音さんが生徒達と一緒に私にお礼を言って、帰って行ったわ。
ええ、もちろん私の変装をしている幽香さんは、また数人の女の子達と手をつないで帰って行ったわ。
本当は、今すぐにも私に詰め寄って殺したいと思っているでしょうね。
子供達と手をつなぎながら、時々こっちを振り返ってにらみながら寺子屋に帰って行ったわ。
完全に生徒達の姿が見えなくなったのを確認してから、無線機を取り出したの。
「こちら雛。 私の方はすべて終了よ」
『お疲れ 雛ちゃん!』
『あややっ、お疲れです!! いい記事が書けそうですよ!!』
『ん、お疲れ。 慧音の方には後で伝えておくよ』
さあ、後は寺子屋に戻った慧音さんだけね。
といっても、もう作戦はほとんど終わっているんだけどね。
さてと。
じゃあ私も幽香さんに殺されない内にそろそろ退散させていただきますか。
私は隠して持ってきたいつもの自分の服へ着替え、幽香さんの服を丁寧に折り畳み袋へ入れて玄関の所へ置いておいたの。
ええ、横にはちゃんと愛用の日傘も置いておいたわ。
そして、辺り一面に咲き誇っている花達に「ありがとうね」と礼を言ってから私は樹海の方へ帰っていったの。
※ 幽 ※
寺子屋に着いたわ。
こうしちゃ居られないわ!
急いで帰って、向日葵畑にいる厄神を殺さないと!
「じゃあ、今日は本当にありがとうございました。 最後に厄神様から一言」
はぁ?
ちょ、ちょっとハクタク!!
私は急いでいるのよ!!
早く帰ってあの厄神を! 厄神を!!
でも、私の言葉に期待している子供達のキラキラした目を見たら、強い口調で断れないじゃないのよ!
仕方なく、なんとかその場を誤魔化したわよ。
当たり障りのない言葉でその場を締めて、急いで帰ろうとした時よ。
「厄神様! 今日はあの小川に行かないの?」
今度は数人の男の子達から声を掛けられたわ。
そうよね、もう時間的にはそんな時間なのよね。
……はぁ……
もう、悟ったわ。
私は完全に厄神にハメられたって訳ね。
多分、こうなる事もあの厄神は予測済みに違いないわ。
今思うと、最初からおかしい事だらけよね。
どれもすべてタイミングが良すぎるわ。
完全にハメられたって訳ね。
そう思った私は、本当は急いで帰って厄神を殺したい気分だったけど、
多分急いで帰っても、もう向日葵畑に厄神は居ないって思ったの。
『……完全にやられたわ……』
そう思うと、さっきまでの厄神への怒りは段々と治まって行ったわ。
もう、笑うしかないわね。
「ええ、じゃあ行きましょうか!」
そう男の子達に返事をして、完全に吹っ切れた私は男の子達と遊ぶ為に小川へ向かって行ったの。
【向日葵畑】
夕刻の鐘の後。
小川で遊んでいた男の子達と別れて、私は自分のいつもいる向日葵畑に戻ってきたの。
何かドッと疲れが襲ってきていたけど、嫌な感じはしなかったわ。
厄神達に騙されたという悔しさもあったけど、今日一日子供達と遊んで楽しかったという思いの方が強かったから。
でもやっぱり疲れたわ。
早く寝たいわ。
何とか家の前まで行った時に、玄関の所に何か袋があるのが見えたの。
それは少し大きな紙袋。
その横には私の愛用の日傘も丁寧にかけられていたわ。
私は日傘を手に取ってからその袋を持ち上げたの。
中に入っていたのは、私の服。
という事は、この袋は厄神が……
その袋の中に私の服に混じって、小さなメモが入っていたわ。
そこには、「ごめんなさいね、その服あげるわ。 お古だけど by雛」って書かれていたの。
「クッ」
さっきの怒りの感情がまた込みあげてきたわ。
ああ、殺したい!
この私のここまでバカにしてただで済むと思って?
多分、今頃あの河童や鴉とかと一緒に今日の私の事を肴にして酒でも飲んでいるに違いないわ!
ああ、もう!!
でも、子供達と遊んで疲れ果てたこの体では、もうどこにも動きたくはないわ。
いいわ、明日よ。
明日朝から、一人ずつ殺して行こうかしら?
うん、それがいいわ。
そうと決まれば、早目に休んでおかないと。
私は家に入り、今まで着ていた厄神の服を脱ぎ捨てて、パジャマに着替えてベッドに潜り込んだの。
眠りに入るまで、厄神達への怒りと子供達と遊んで楽しかったという2つの異なる思いが複雑に交差して、
なかなか寝付けなかったけど、疲れによっていつの間にか夢の世界へと落ちて行ったわ。
【翌朝】
昨日の疲れもあったのかしら?
起きたらもうお昼近かったわ。
いつも使わない筋肉を使ったからかしら? 体の節々が少し痛いわ。
目覚めてからすこしボーッとしてから起き上がり、軽く遅めの朝食を取ったわ。
さてと、用意が出来たら厄神達を殺しに行かないとね。
私はパジャマからいつもの洋服に着替えて愛用の日傘を持ち、家を出る。
うん、今日もいい天気。
絶好の殺し日和ね。
じゃあ早速一番の大罪人の厄神から……
そして、次に河童で……いや、先に天狗に行った方がいいかしら?
また変な新聞を出される前に殺っておいた方がいいかしら?
そんな事を考えながら、向日葵畑を出ようと歩き始めた時よ。
「幽香さ~ん!!」
ん? なにか声が聞こえたわ。
空耳かしら?
「幽香さ~ん!!」
いや、空耳なんかじゃないわ。
確かに聞こえたわ。
じゃあこの声は一体?
リグルの声じゃないみたいだけど……
辺りをフッと見渡すと、数人の影が向日葵畑の入り口の所に見えたの。
「誰?」
リグルじゃないとすると……人間?
バカじゃないの? ワザワザ殺されに来たのかしら?
そんな事を思いながら、その影に少しだけ近づいて見ると……
「あ!」
思わず声が出たわ。
何か見覚えのある影なのよ。
それは小さな影。
でも、何でここに?
驚いた表情を浮かべ、私は歩みを止める。
だって、私の目の前には在り得ない光景が見えているから。
それは、昨日ここに来た寺子屋の女の子の生徒達が笑顔で手を振りながらこちらに向かって来ているのよ。
手には何か持っていたけど……
ハァ、ハァと息を切らせながらも、私の前に集まった女の子達は私を笑顔で見つめているわ。
その光景を見て私の頭の中では、ある事を思い出したのよ。
そう、それは以前厄神の真似をして小川に行った時に、小川で遊んでいた男の子達が
笑顔で私の所まで来た時の事。
……でも、なんで……?
ここは小川じゃないし、私は厄神の格好をもうしていないわ!
それに、いつもの私の服なのに、なんで何も恐れないで笑顔で寄ってくるのよ?
「……これ……」
一人の女の子が手に持っていた物を渡してくれたの。
それを見て、すべてが分かったわ。
そう。
女の子から渡されたのは、あの「文々。新聞」
その文字が見えた時は、前の事を思い出して冷や汗が出たけど……
でも中身を見て、また厄神の策略に引っかかったって思ったわ。
その新聞の一面に、昨日撮ったあの集合写真が大きく載せられていて、
その横には大きく「あのフラワーマスターが向日葵畑を人間に開放?」と書かれていたの。
一瞬、「ハァ?」って思ったけど、その下に書いてある所を読んでみたわ。
そこには私の顔……いや、私に変装した厄神が満面の笑みを浮かべている顔の写真がちいさく丸く載せられていて、
その下には「風見 幽香氏のコメント」というのがあったの。
「みなさんにも綺麗な向日葵畑を見ていただきたいと思って、期間限定ですけど、
向日葵畑を開放いたします。
でも、向日葵達が驚いてしまうので、申し訳ありませんが子供限定とさせていただきます。
尚、向日葵畑に来られる際は、この新聞をお持ちください。 この新聞を見せて頂くことを引き換えに、
向日葵畑の方へ入る事が出来ます」
『何よ、これ?』
そう思って、目の前にいる子供達を見ると……
全員が手に文々。新聞を持って、キラキラした目で私を見つめているのよ。
はははっ。
これは本当に厄神に一本取られたわ。
厄神の本当の狙いはこれだったのね。
という事は、前回の件もすでに私が変装していたって事も、『知り合いが』って言っていた事が嘘だって事も、
全部あの厄神は最初から知っていた訳ね。
「ねぇ、幽香さん! 向日葵の他にも色々な花があるって本当ですか?」
「もっと奥に行って見て行ってもいいですか?」
「向日葵の種……持って帰って家に植えてもいいですか?」
笑顔で私に女の子達が質問してくる。
そうよ。
そういえば、私が厄神の真似をしたのも、この感覚を味わいたかったから。
でも、もう変装しなくっても子供達が私の所に来てくれている。
ちょっと悔しいけど……厄神の策略ってコレが狙いだったのね。
となると、あの河童や天狗、ハクタクも不死人も全員知っていた?
知っていて、昨日のあの行動……
ははっ、まんまとハメられたわ。
苦笑いを浮かべながら、私は大きく溜息ひとつ。
それを見た女の子達は、やっぱりまだ私に対して怖さがあるのかしら? 少しだけビクッとしていたわ。
「あっちの方がもっと綺麗よ、じゃあ一緒に行きましょうか?」
吹っ切れた私はある方向を指差して女の子達に教えたの。
そして、笑みを浮かべて日傘を差して、その方向へゆっくりと歩き出したの。
「わ~い!!」
私が指差した方向へ女の子達が楽しそうに駆けて行ったわ。
その後姿を見て、女の子達へ声を掛ける。
「ほらほら、慌てて走って他の花とかを踏み潰したら……」
私はその続きの言葉を言おうとして、ハッと口を閉じる。
せっかく女の子達が来てくれたのに、そんな事を言ってしまったら、また怖がって来てくれなくなる。
でも、口癖の様に言っていた言葉だからなんか言いきらないと、気持ちが悪い。
だから、私は本当に小さい声で、誰にも聞こえない様に、その言葉の続きを言ったの。
「……殺しちゃうわよっ!……」
※ ※ ※
その様子を遠くの小高い丘の上で見ていた一つの影。
「まったく……手のかかる……」
その視線の先には、お花畑の中で円になって花冠を作ったりしている集団の姿があったわ。
その中でひときわ笑顔でいる周りと比べて少し大きい影があったの。
「これで貴女の願いが叶ったわね……たくさんのおまけ付きだけど」
すべての事が上手く行った。
それを確信した私は、にとりが作ってくれた無線機を取り出す。
もう、作戦は終わっているから誰も聞いてはいないと思ったけど、
とりあえずスイッチを入れて、すべての作戦が終わった区切りとして、
無線機に話しかける。
「これですべておしまいです。 お疲れ様でした」
そう言って無線機を口から離して、帰ろうとした時。
『雛ちゃん! 楽しかったよ! お疲れ様!』
『あややっ、新聞の部数もかなり増えましたよ!! ありがとうございましたぁ~!!』
『ん、お疲れ』
『厄神、ありがとうな。 子供達も新しい遊び場が増えたって喜んでいるよ』
ちょっと驚いたけど、無線機から流れてきた声を聞いて、私は笑顔で妖怪の樹海へと帰って行ったの。
※ ※ ※
その後。
「幽香さ~ん!! 今日もお花見せてくださ~い!!」
「なによ? あんた達また来たの? 仕方ないわね……」
そんな挨拶が毎日向日葵畑の方で聞こえたとか……
了
それはともかく、幽香は子供の事となると頭が回らなくなるのかちょっとオバカっぽくみえましたねー
なにはともかく、願いがかなってよかったね
苦有楽有様の厄神様は毎回好感が持てます。
雛最高だな!策士だし
やり手ですなぁ
雛の策士ぶりを見て神様って凄いと改めて思いました
雛GJwwwww
だね、幽香は「花の香り」でしょうねww
今度は2人と生徒たちと山へ「紅葉狩り」に行かれては。
>天人 昴様
まあ、幽香もバレない様にパニくったと思っていただければ……
>2
そう言っていただけると、何か恐縮してしまいます。
ありがとうございます。
>3
オチは簡単に読めてしまいましたかw。
やっぱり自分の力の無さが……
>欠片の屑様
意外と妹紅が名演技! でしたね。
>5
やっぱり胸に行きましたかw。
>6
ちょっと可愛すぎた様な気がしないでもないです。
うん、雛GJ!
>時空や空間を翔る程度の能力様
季節的に木蓮の匂いなんていいかもしれませんね。
紅葉狩りって事は……秋姉妹?w
今回はゆうかりんも可愛かったし、協力者のみんなも素敵でした。
最後のエピソードは蛇足だなんてとんでもない。女の子が変装を見破っていたことによって、より話に深みが出るのだと思いました。