「咲夜、貴女に『し』をあげるわ」
「はい?」
瀟洒っぷりも何処へやら、十六夜 咲夜は思いっきり聞き返した。
『己の主人が突然自分を呼びつけた。
紅茶だろうかケーキだろうか、ベッドだろうかと考えながら参上したら、なんかトンデモハップンな事を言いだした』
そりゃあ思わず、メイドらしくもない呆けた返事を返してしまいもする。
「下がって良いわよ」
「お嬢様、何を下さると仰ったのです?」
失礼と知りながらも尋ねた。
何か変なものを貰っては、たまったもんじゃない。
「聞こえなかった? 私は『し』をあげると言ったのよ。あ、もう下がって良いわ」
「……はぁ、そうですか、ありがとうございます。失礼します」
そういって主に頭を下げると、時を止め、咲夜は主の部屋を後にした。
「あぁもう、お嬢様はまた人をからかって……しょうがないか」
咲夜は溜息を吐いた。彼女は主と違い、暇をもてあましている人種ではない。……むしろ時間操作をしなくてはならないほどに、多忙である。
大抵、彼女の主やその友人が暇な分をひっかぶっているのだろう。
さっきも、買い出しへ出掛けようとしていたところだったのだ。メイドとは大変な職業である。
とはいえ、今日の彼女の仕事量は少なかった――平常時に比べれば、の話だが。
朝、日光が昇る前から活動を始め、食堂(妖精メイド用だ)の朝食づくりの指揮を執り、そして館を軽く掃除して回った『程度』。
程度、というのは、それが咲夜の主観であるからだ。
もちろん一般人(或いは、一般的な人外)からすれば、朝の内に一人(他にも匹だの何だの、様々な単位が入る)こなす仕事では到底ない。
人海戦術か、時間を使って行うものだ。
しかし彼女の能力を持ってすればそれは十二分に可能であった。
彼女にとって時間は腐るほどあるものだし、自身でもそれを『無限にある』と豪語していた。
後は体力さえあれば何とかなるという寸法だ。その体力も、彼女は人間離れしているのだが。
とにもかくにも、彼女は『普段に比べれば』暇だった。残った今日の仕事は買い出しのみ。それも大して急ぐものではない。
道すがら誰かに訊いて回れば、分かるだろう。
そう思いながら、咲夜は館の玄関を出た。
庭を突っ切り、門まで出る。
門番は、彼女の国に伝わるらしい体操だか舞だかをやっていた。慣れた動きだ。
「あれ、咲夜さん、お出かけですか?」
声をかけられる。門番は基本的に暇なので、暇をつぶせそうなことには敏感だ。
「ええ。買い出しにね。ああそうそう、美鈴。『し』って何なのか知らない?」
咲夜は尋ねる。
もっとも、美鈴から答えを引き出せるとは思っていない。ほんの挨拶のような感覚だった。
無論、答えが出るにこしたことは無いが。
「し、ですか?」
「そう。お嬢様から頂いたのだけれど、何なのかさっぱりなのよ」
「そう、ですね……詩、ですかね? 私の国でも盛んでしたよ、私はからっきしですけどね。ああいうのはどうも苦手で」
詩、か。美鈴にしてはなかなか良い答えだった。
しかし、それならば口述するか紙にでもしたためるかして渡すだろう。
詩ではない。
「なるほど、でも多分詩ではないわ。どうもありがとう」
「いえいえ、お役に立てなくてすみません。それじゃ行ってらっしゃい」
美鈴に見送られて、咲夜は館を後にした。
「あら、貴女は確か吸血鬼の所の」
声を聞いて姿を見、咲夜は苦い顔をした。
声の主は、フラワーマスターこと風見 幽香だった。
面倒な相手だ。大概弾幕をふっかけられるだろうが、咲夜は今別段そんな気分ではなかった。
しかし、それを言ったら言ったで、肉弾戦をする羽目になるだろう。あいにくにもここは向日葵畑。どう考えても幽香の圧倒的有利だ。
第一、いくら時間を操ってみたところで、肉体的ポテンシャルに差がありすぎて勝負にならない。
咲夜にとって、全く益体の無い相手だった。
心の中で舌打ちをする。やはり、里への近道などするべきではなかったか。今度からはここを通るのはやめよう。
「……何かご用でしょうか。申し訳ありませんが、急いでおります故」
決まり文句で切り抜けようとするが、はいそうですかと引き下がるような幽香では無かった。
「まあまあ、いいじゃないの。別に弾幕やろうとか取って食おうとか言やしないわよ。第一、ここでナイフなんて使われた日には、この子たちがズタズタだわ」
幽香は季節外れの向日葵たちに目を向けた。
『この子たち』と言った時の彼女の目は、普段の抉る視線ではなく、慈しむ視線だった。
咲夜にはそう思えたが、それを言えば確実に弾幕になるだろうし、わざわざ言うほど彼女は愚かではなかった。
……と言うよりも、咲夜はさっさと場を離れたいのだった。いつ、この気まぐれな妖怪が喧嘩をふっかけてくるか分からないのだから。
「それで、あんたに渡したい物があるのよ」
「私にですか?」
意外だった。目の前の妖怪は一体何を渡そうというのだろう。
九割方、面倒なものだろうと覚悟していたが、幽香が取り出した物は、咲夜の予想に大きく反していた。
「えぇと……はいこれ」
向日葵を操って幽香が何処からか持ってきた――もとい、持ってこさせたのは、金属で出来た筒だった。
それを数本セットにして、鮮やかに色の付いた紙かなにかで包んでいる。
「これは?」
「知らないわよ、私だって紫に頼まれたんだから。びーるとか言う、外の世界の酒らしいわ。何か、『必ず必要になるだろうから』とか言ってたけど、直接渡せばいいのにねぇ」
まあ、その代わりに向日葵の肥料をもらえたからいいけどと幽香は呟いた。
紫というのは、隙間妖怪の事だろう。しかし、外の酒?そんな物が何故必要になるのか。
「あ、もう行って良いわよ。用なんて無いし、弾幕って気分でもないし」
本当に気まぐれな妖怪だ。気まぐれついでに、咲夜は尋ねた。
「し、と言う物をご存じ有りませんか?」
「し?よく分からないけど、枝、ぐらいしか思い浮かばないわ」
枝、か。しかし、違いそうだ。
「ありがとうございます。では」
咲夜は、逃げるように場を後にした。
里。
本来の目的地に着いた咲夜は、買うべき物もさっさと買った。
ふと気になって、白沢の所を訪れた。
「どうしたんだ急に、お前が来るのは珍しいな」
上白沢 慧音は、何かしらの歴史書を読んでいた。
本当に熱心なことだ。流石に、少ない常識人なだけはある。
「ちょっと、訊きたいことがあってね」
「何だ?」
「し、と言う物を知らない?」
慧音は怪訝な顔をした。
「し?」
事情を説明する咲夜。
「なるほどな、お前の所のお嬢様は、そういう謎かけのようなのが好きそうなタイプだったか…しかし、し、か…」
ふむ、と顎に手をやり、視線を泳がせる慧音。
やがて、諦めたように答えた。
「ダメだな、どうも私はこの手の問題は苦手らしい。史、しか出てこなかったよ。どう考えても違うな」
彼女は苦笑し、すまんと付け足した。本当に真面目な奴だと、咲夜は微笑んだ。
「力になれなくて済まないな」
「いいえ、なかなか面白い答えだったわ。貴女らしいし――歴史の、史、ね。白沢らしいわ」
ついでに言えば、勤勉で実直を素で行く、慧音らしい答えだった。
慧音は恥ずかしげに頬を掻く。
「はは、発想力が貧困なだけだよ。……それじゃ」
それじゃあ、と咲夜は返し、慧音の家を出た。……発想力が貧困、確かにそれは言えていると思いながら。
その後も、道行く人妖に声をかけていっては尋ねてみたが、これと言った収穫はなかった。
「師、ですね。お師匠の教えは、今でも私の中にありますから」
「師、です。変人とか何とか言われてるみたいですけど、師匠は本当に凄い人なんですよ」
「師だな。随分長いこと会ってないが…まぁあの人なら大丈夫か」
同じ答えを返した、半人半霊と月の兎と普通の魔法使い。
「死、それか屍、かしら。でもそんなものを渡したら、貴女死んじゃうわよねぇ。……あ、私の友人も、しと読めるわね」
本人らしい返事を返した冥界の嬢。
「シ、かな、B音。それかC、つまりドの聞き違いとか? でもそれじゃ意味が通じないか」
「姉、かなぁ。姉さんは鬱すぎるのよ。もっとテンション高くいかなきゃ」
「姉、ね。姉さん達はホント弄くり甲斐があるわー」
妹二人の答えが酷い騒霊の三姉妹。
彼女らが普段何を考えているのか垣間見え、咲夜には楽しかったが、肝心の答えらしきものは一切無かった。
まぁそんなものだろう、お嬢様のことだから最初から答えなんて無いのかも知れない。そう思って、咲夜が帰路に着こうとした時だ。
「こんにちは」
「…どうも、こんにちは」
目の前に神出してきたのは、かの隙間妖怪だった。鬼没はしなかったが。
「色々な人に訊いて回ってるようだけど、どう?答えは出たかしら?」
どうも、覗き見されて居たようだ。狸めと思いながら、咲夜は返す。――猫に狐に狸。まあ最後のは比喩だが、動物一家とでも呼べるメンツだ。
「いいえちっとも。そういえば貴女も、しって読めるわね」
ふと何気なく返した。
「そうね。でもそんな考え方ではないのよ、この問題。貴女がいくら時間を持とうが、そのやりかたでは解けないわ」
嘲っているのか楽しんでいるのか、馬鹿にしているのか慈しんでいるのか、よく分からない笑みを、紫は見せた。
「じゃあどう考えろと?」
その笑みが、少し咲夜のかんに障る。
「まぁまぁ、そう怒らないの。貴女の名前を言ってご覧なさい」
表面に出したつもりは無かったのだが、どうやら読まれていたようだ。それか、カンか。本当に、狸だ。
「十六夜 咲夜。お嬢様に頂いたこの名を、私は誇りに思っているわ」
「そう、主人思いね。藍にも見習って欲しいわ。……まぁそれはいいとして、貴女は『し』を貰ったのよね?」
「ええ」
それは自業自得だと思いながら、咲夜は答える。
「自業自得じゃないわよ、失礼ね。――レミリアの能力は便利ねぇ。運命を視て気を利かせてくれたわけね。『し』を付けただけじゃなくて、ちゃんと『や』も小さくしてくれてるじゃない。結構境界弄るつもりだったんだけど、楽で良いわ」
「何を言っているのかさっぱりなんだけど?」
紫はそれを聞き、困った顔をした。作り物だったが。
「あらあら、貴女が動いてくれないと、地霊が騒ぎ始めないわ」
「――?」
「今の貴女の名前。ま、つまりはそういうことよ。こんにちは神主様。久しぶりね」
その時咲夜が立っている場所に居たのは、咲夜ではなく酒好きの神主だった。
十六夜の方も入るのかと思って本名かと思ったけど、なるほど。
こういう言葉遊びは面白いですね。
文章もすらすらと読めて良かったです。
ご馳走様でした。
ちなみに自分が「し」で想像したのは「思」でした。普通だ…。
最初「し」って何ぞやと思って読み進めて、あとがきのヒントでやっとわかったw
わかってから幽香が渡したビールが必要だってのも納得したww
どうやってZUNとか神主とかにするのかー、と頭ひねったけど、そんな必要なかったですね。
日本語っておもしろいwww
あと、魔理沙と美鈴かわいいよ!!!
くやしいが、完敗ッス!
し、で何も思いつかなかった自分はやっぱり⑨のようです。
ゃられたなぁ、でもなんかスッキリ。
さぁさぁさっさとコメント返さなきゃ。
>1 様
言葉遊びは面白い物です。
お粗末様でしたー。
>2 様
1.「さくや」と書きます。
2.「や」を小さくします。
3.「し」を適当なところに放り込んでください。
4.「何の?」ってなります。ゆかりんが最後辺りに言ってることとすり合わせてお考え下さい。
答えを言ってしまうとネタバレになりかねないので、ヒントで勘弁してください。
>3 様
最初「し」と打って変換したら「雌」が出てきましたよこのPCオワタ。
ちなみに「思」は霖之介に言わせる予定だったのですが、偶然遭遇しそうにないので没にしました。
よし、計画通り(ニヤリ
>4 様
頭を捻ったのですか!? 凄い特技ですね、何という柔らかい頭蓋骨でしょう!
とまぁ、慣用句的意味をスルーしてみました。
このコメント書いた方も狙い通りの所で気付いてくれた(ニヤリ
>5 様
計画通り(ニヤリ
可愛いですとも。可愛いですとも。幻想郷に可愛くないおんにゃのこなんて居ないのです。
>地球人撲滅組合 様
ありがとうございます。
貴方の書くSSを私は楽しみにしております。
といいますか、貴方の投稿速度を見てると私の眼が緑になります。
スッキリなさいましたか?それは良かった。
「もやっと」と言いつつとげ付きボールを投げられるよりはとっても良かった。
>ななななし 様(『な』の数はこれで合っていますでしょうか?)
はい、いわば駄洒落や、ああいった部類の事と同じ――有り体に言えば、「布団がふっとんだ」と同レベルのことですので、人によってはこじつけ臭いかと存じます。
読者みんなに受ける様なSSというのも書けるように、ネタを考えてみたり、色々書いてみたりはするのですが、いささか私の力不足で最後まで書き上がらない次第でして。申し訳ありません。
時制の怪しいwawawa喚く狂人です。
>10 様
それは予想外。ビールで気付くのが関の山だと思ったのに。
タイトルだけで気付くとは、どんだけ私と似たような思考回路の持ち主なんですか。
スピリタスとか用意しないと!
それにしても良いオチ
ネタバレは自重しますが、オチに舌を巻きました。
>12 様
なるほど、それは迂闊でした。
>あさよ 様
計画通り(ニヤリ
舌を巻かれたのですか?どぅるるるるるる。
慣用句をスルーしてみました。
何も知らない方が楽しめるのにー!
まぁとにかく、妖夢と鈴仙と霧雨嬢は良い娘。
でも師匠達が弟子馬鹿な気がします。
つ師匠達に酒入りまーす「ウチの妖夢が一番!」「いやいや妖忌、鈴仙に決まってるでしょ!」「ハッ、私の魔理沙の足下にも及ばんね!」
……妄想してみましたがとてつもない駄目師匠達だ。
あとチキンラーメンはおやつだと信じています。
>15 様
何 故 わ か っ た
たまには師匠たちで何かしら書いてみたいですねぇ。何時になるやら。
チキンラーメンがおやつ…だと……?
じゃあビールが必要なのも納得だw
そういう事です。
ビールが無いと大変なことになりますよ。
>万葉 様
計画通り(ニヤリ
いえいえ、私なんてまだまだですよ。
目が緑色になってますよー。パルスィパルスィ。
あなたの作品にコメントしたとおり、チルノSSを書いてますが…ギャグにしかならないw
こういう謎かけって楽しいですよね
私だと頭の中空っぽだから答え出すのに時間かかってしまった
それと、一作品集に沢山書くよりも、一つ二つ楽しいのが書けるほうがいいよ?
昔、一作品集に20作品位投稿して、今見ると内容の薄さに恥ずかしくなって悶えているから
>脇役 様
計画通り(ニヤリ
問題は、一作品集に一つ二つというペースなのに、自分で見返して内容の薄さとか読みづらい表現に悶えてるということです。
今回も名前に入れるんだろうと思って読む前に考えましたが、無理無理w
三姉妹の答えが彼女たちらしくて笑いました。
>23 様
「十六夜 さ」の事ですか?あれは笑いました。あの咲夜さんの語呂の良さは忘れられません。
お、計画通り(ニヤリ
三姉妹の部分は、話が思いついたときに「よし、これだ」的な思い付きがありました。
あとは大抵執筆中に思いついたネタです。
「し」をあげると言われたとき「しゃくやさん」にでもなるのかと思った。考え方は似てたのに、ヒント見るまで気付かなかった・・・
>25 様
樽ごと渡すなんてそんなマネしませんよ。だってビールに専念しちゃって作業進みませんもの。
なんてったって神主ですから。ほどほどにほどほどに。
計画通り(ニヤリ
実は一日ずっと考えてました。うまく引っかけられた…。
というよりタイトルでわかってる人凄いなー。
こっちはチルノレベルですorz
瀟洒関連かと思いきや…
ゆかりんの台詞で謎が瓦解しました
ゆっくりで構いませんよ~全作品見てますし
>魔理沙ちゃんうふふ 様
計画通り(ニヤリ
タイトルで解られるとちょっと困る…もう少し捻ればよかったと反省中です。
>おめでとう!EらんはSテンコーに進化した 様
某人形劇の非公式パッチですね、解ります。
ぶれぶれぶれぶれぶれまくって震えてるのわかんねぇようにしてやれば良いと思います。
では、ゆっくり書かせていただきますね。ご愛顧ありがとうございます。
ビールはそのためか・・・w
並び替えで単語はすぐ出たけど、なんでそれでビールなのか全くわからない。
他の作品とか、東方についていろいろ詳しくないといけないとか?
カルピスでなゐ白いのをぶっかけてもいいかもね