米
このお話は、プチ作品集32「『だぜ度』が足りない(中編)」の続きになっています。
≪ 5 ≫
いつか、彼女は言ってくれた。
「貴女は強くなったわ。魔理沙」
嬉しい時も、怒っている時も。いつでも何もかもが面白いかのように、含みのある声音で、彼女は喋る。
ただその時は。その時彼女が浮かべた笑顔は、とても真剣で。
だからこそ、彼女が本気で褒めてくれたのだという事が、凄く嬉しかった。
「本当、魅魔様!」
「えぇ。でも、まだまだ。私に比べたらねぇ」
「ひっどーい」
くすくすと声を漏らす彼女に、私は頬を膨らませて抗議する。
ごめんごめんと、笑うのをやめた彼女は。
ほんの一歩だけ退いて、懐から何かを取り出した。黒と白の変な模様で飾られた、小さな板きれ。掌に載せられたそれを、私の前に差し出して。
「だから、貴女にこれをあげる」
「これは?」
「勇気の証。貴女が、もっと強くなれるように」
強くなれるという言葉に、私はぱっと目を輝かせた。
「霊夢よりも?」
「貴女次第ね」
悪戯をする子供のように、彼女はにやりと歯を見せて笑う。なんだか度胸試しでもさせられているようで、私は気合を見せるつもりで大袈裟に腕まくりをした。
彼女の持つそれに手を伸ばしかけて。
ふと疑問が浮かび、手を止める。
「ねぇ、魅魔様」
「ん?なんだい」
「私が強くなって、一人で何でも出来るようになっても。魅魔様は私の傍にいてくれるよね?」
「…………」
彼女は微笑んでいた。けれど、何も言ってはくれなかった。
≪ 6 ≫
「うーん。やっぱり憑依するなら巫女がうってつけよね。霊的に」
首の横を手で揉みしだきながら、魅魔は呑気な調子で言う。
しかしあくまで、その身体は霊夢のものだった。全身を雨粒が滴り、長い袖さえなびかない。まるで柳の下の幽霊かなにかのように、空中で固定したままこちらを見下ろしている。ただ、その表情はつとめてにこやかだったが。
余裕を見せつけられているような眼差しが腹立たしく、魔理沙は上目遣いで睨むようにして視線を返した。雨が眼に入りそうだから、というのもあったが。
巫女の少女に、想像でだけ長い緑髪の女の姿を重ねながら。魔理沙は慎重に言葉を紡いだ。
「魅魔様……」
「懐かしいわね、その格好。らしくていいわよ」
くすくすと笑いながら、魅魔は懐へと手を伸ばす。霊夢の衣装の中から彼女が取り出したのは、
「やっぱり『だぜ度』なんてあげない方が良かったかしら?」
「それは、最後の……!」
魅魔の手に収められた一粒の『だぜ点』を見せつけられて、魔理沙は口惜しく呻いた。こちらの焦燥を見て取ってか、魅魔は満足そうにうんうんと頷くと、
「そう、アリスと幽香にこっそり持たせてた『だぜ点』の、最後の一つ。面白いかと思って霊夢にも持たせておいたのに、貴女ったら全然気付かないんだもの」
「霊夢の身体を、乗っ取ったの……?」
「これでも悪霊さんだからねぇ。流石に妖怪に憑依するのは骨が折れたけど、人間の、しかも巫女ならこの通り」
ばさばさと水滴を撒き散らして袖を降りつつ、魅魔は指折りして何かを数えるような仕草をする。
「時々こうやって取り憑いてたし。ご飯食べてる時とか、お風呂入ってる時とか、サラシ巻き直してる時とか、まぁ、あとは……あれな時とか」
「へ、変態だー!」
「ごちそうさまでした」
手を合わせて辞儀をする、霊夢の身体を借りた女。悪霊のくせにえらく垢抜けたこの性格は、まぎれもなく魔理沙の良く知る魅魔のものだった。若干止病んでいるようにも思えたが。
調子をおおいに狂わされながらも、魔理沙は眉を吊り上げて上空の魅魔へと指を突きつけた。
「そんな事より、どうしてこんな事をしたのよ!何で今更現れたの!?」
「今更?何を言ってるの」
腰に手を当てて、魅魔はやれやれと呆れた声を上げる。
「私は貴女の事も見ていたのに。吸血鬼退治、冥界に殴り込み、宇宙人狩りに閻魔とタイマン。神様を懲らしめたり……そう、神社が壊された事もあったわね。あれは焦ったわ」
けらけらと声を出して笑った、かと思えば。
化粧が雨に溶け落ちるように、魅魔はその表情からあっさりと感情を消した。つとめて冷たい眼差しに射抜かれて、魔理沙はびくりと肩を震わせ腕を引っ込める。
「でも、駄目。貴女は何も変わっていない。自分勝手で自信家な貴女。子犬のように私を慕っていた貴女。どうしたってこの娘に劣っている」
喋りながら、魅魔は霊夢の事を示すように自身の胸に手をあたがう。そして、その手はゆっくりと彼女の口元まで持ち上げられた。よく見れば、その指には『だぜ点』が摘まれている。
はっとして、魔理沙が声を上げるよりも早く。魅魔はそれを、ひょいと口の中に放り込んでしまった。
ごくりと喉を鳴らすのが、雨音の中やけにはっきりと魔理沙の耳に届く。
愕然として見上げる魔理沙に対し、冷徹な眼差しは変えないままに。魅魔は呑み込んだ『だぜ点』を味わうように舌なめずりして、真上へと腕を掲げた。
それを合図にして、魅魔の周囲に無数の針が現れる。その全てにこちらへと狙いを定めさせて。
無感情に、魅魔は告げた。
「それとも手を合わせてみれば、その違いがわかるのかしら」
「私を、試すつもり……!?」
威勢では完全に押し負かされて、苦し紛れに呻いた魔理沙の声は。
強さを増した雨のざわめきと、魅魔が手を振り下ろすと共に放たれた弾幕の轟音とで掻き消された。
≪ 7 ≫
こんな時、霧雨 魔理沙だったらどうするだろう?
愚にもつかないことを考え、しかし笑う気にもなれない。魔理沙は地面に膝を突いて、ぜぇはぁと呼吸を荒げながらただ俯いていた。
たった数分、それだけの間に豹変してしまった、魔法の森の中の彼女の敷地。振り続ける雨があちこちに水溜りをつくる地面、そのそこかしこに針が突き立ち、またその折れた残骸が散らばっている。
空からそれこそ雨のように放たれた針の弾幕は、容易に魔理沙の家にまで突き刺さっていた。窓ガラスは残らず破られ、黒い屋根はさながら剣山のように凄惨な有様を晒している。
壊されてしまった。私の証が。
未だに勢いの衰えない雨に打たれ、頬にいくつも伝う水滴を、袖の先で拭う。が、ローブの各所が針で針で穿たれ地面に固定されている為、上手く身動きも取れない。袖の破れた方の腕だけは自由に動かせたが、針の掠めた傷でヒリヒリと痺れを帯び、そのうえ雨が染みるので懐に押し込んでいた。
ふと、砂利を踏みしめる音が聞こえる。力なく魔理沙が見上げると、目の前に霊夢が立っていた。
「……貴女は弱くなったわ。魔理沙」
「…………」
違う。否、違わない。
喋っているのは、彼女に取り憑いた悪霊。その姿は、紛れもなく霊夢そのものだ。『だぜ点』を飲み込んでしまった、霊夢の身体。『だぜ度』を取り戻すという事は、何をしなければならないのか。魔理沙にそんな事が出来る筈がないのは、相手もまた承知しているだろうに。
呼吸の合間を縫って、魔理沙は声を漏らす。
「魅魔様、どうして……?」
「私があげた手向けの魔法。それのせいで、貴女は逆に弱くなってしまった」
『だぜ点』が収められているであろう腹の辺りをさすりながら、魔理沙の呼びかけを無視して魅魔は続ける。
「私が傍を離れる事で、貴女が不安に怯えないように。貴女がいつでも元気でいられるように。でも、それは間違いだった」
「…………」
「この身体に傷一つつけられないのが、その証拠。霊夢を屠ってまで元の姿に戻るだけの勇気が、貴女にはない。アイデンティティーという支えも、私という支えも失った、どっちつかずの哀れな女の子」
わずかに屈み、魅魔はつい、と手を伸ばす。白く綺麗な掌が、俯く魔理沙の視界に映った。まるで、彼女自身の手であるかのように、その肌は冷ややかなまでに白い。
「帰ってきなさい、魔理沙。また一緒にいてあげる。いつまでも傍にいてあげる」
優しい声だ。その実、絶対的な優位に酔いしれた声。母性ととっても良いかも知れない。
その手を取れば、どれだけ温かいだろう。雨に濡れて冷え切ったこの身体を、どれだけ優しく包んでくれるだろう。
魅魔は待っているのだ。立つ瀬もない状況にまで追い込まれた魔理沙が、最後には自らの意思で屈服するのを。実際、膝を突いて頭を垂れる情けない姿の自分を見下ろして、さぞ気分が良いに違いない。その事への腹立たしさすら、誘惑の前には曖昧に溶け落ちていく。
認めてしまえ。これは覆しようのない敗北だ。卑屈な思考は伝播して、懐に忍ばせていた腕がぴくりと反応した。誘われるがまま、手を抜き出そうとしたその時。
指先が、布地とは違う感触何かを撫でた。
(なに……?)
正体の知れない物体を掴んで、魅魔からは死角になるようこっそりと抜き出す。破れた衣装の隙間からわずかに覗かせた、それは。
(アリスの、人形…………知らないうちに、くすねてた?)
思い出そうとすれば、それは容易く出来た。霊夢の攻撃によってボロ雑巾に成り下がったアリス、その周りに落ちていた人形たち。その中の一つだったからだろう、人形は煤けていた。
(あぁ、なんだ……)
三角帽子に、黒と白のエプロンドレス。金髪の少女を象ったその顔は、不適に口の端を吊り上げている。
汚れた人形を眺めているうちに思わず噴出しそうになって、魔理沙はぴくりと肩を震わせた。燻ぶっていた自分を思い、おかしさがこみ上げてくる。苦痛も、疲労も、何もかもが麻痺したように全身が澄み切っていくような気分に後押しされて、魔理沙はゆっくりと顔を上げた。
「……ふざけないでよ」
「魔理沙……?」
こちらの態度の変化を悟ってか、魅魔は訝しげに眉をぴくりと動かす。構わず、畳み掛けるように魔理沙は声を発する。
「勝手な事ばかり言ってくれて、人の事みんなわかってるような気になって。私がそんな素直に泣きつくとでも思ってるの?」
自分自身を奮い立たせるように、喋るたびに語気を荒げていく。魅魔の表情がこころなしか落胆とも怒りともとれる色に染まっていくのには、刷り込みのような恐怖を煽られるものの。それはむしろ刺激となって魔理沙の威勢を後押しした。
「私はそんなにウブじゃない。魅魔様は何も知らないわ。弱いかもしれない。まだまだ子供かも知れない。けれど、もう違う。霊夢、アリス、幽香……あんたが私の傍から遠ざかっていったその時から、みんなもう変わった。そうだ、これが今の私。これが……」
私ならば、こんな時にどうする?再び胸の内に沸いて出た問い掛けを、鼻で笑って一蹴する。悩む必要などない。思うががままに生きる姿こそが、本当の自分なのだから。決断と行動こそが、私自身を形作るのだと信じて。
懐から腕を抜き出し、魔理沙は手にした人形を高らかに掲げた。不穏な気配を察した魅魔がその場から退こうとするよりも、早く。
「これが、私だ!!」
絶叫と共に、二人の向かい合うちょうど中央の地面目掛けて、人形を叩きつける。衝撃が引き金となって、アリス特製の火薬入り人形はまばゆい閃光と轟音をともなって爆発した。
咄嗟に足元に這いつくばって、魔理沙は爆風に耐える。分厚いローブは爆風を一時的に防いでくれたものの、すぐにずたずたに焼け焦げ、引き裂かれてしまった。しかし、そのおかげで針の束縛から解放される。すぐには起き上がらずに、魔理沙は耳を済ませた。
「……ちぃ!魔理沙!」
すぐ正面から、魅魔の舌打ちが聞こえる。声だけならばそれは霊夢そのものでしかなかったが、相手の余裕を綻ばせられたのは気分がよかった。
熱風が雨粒を瞬間的に蒸発させたせいで、視界を埋め尽くすほどの水蒸気が二人を覆っている。隙を突いて逃げたとでも思ったのか、きょろきょろと周囲を見回してその場から動かない巫女の人影を眼を凝らして見据え、魔理沙はほくそ笑んだ。
(だから、わかってないって!)
溜め込まれて破裂しそうな力を振り絞って、バネのように膝を伸ばす。ついでに両手で地面を押しやって、魔理沙は一気に駆け出した。今にも晴れつつある靄の向こう、足音からこちらの位置を即座に悟ったらしい魅魔が、振り返るのとほぼ同時に。
ぽかんと開けられた霊夢の唇に、魔理沙は自身のそれを押し付けた。
「!?んー、んむーっ!?」
くぐもった奇声を上げてばたばたと腕を振り回す魅魔を、ぶつかった勢いそのままに押し倒す。なおも暴れようとする四肢を押さえつけて霊夢の身体に折り重なり、しかし唇は離さないまま。魔理沙は眉間に皺が寄るほど思い切り眼を閉じた。
「んー、んー!」
荒い鼻息も気にせず。
「むー……!ん……ん…………ぁ」
ついでに舌も入れたりしながら。
「……っぷはぁ!」
流石に呼吸が続かなくなって、魔理沙は顔を上げた。素潜りでもした後のように息を喘いだあと、跨ったままの霊夢の身体を見下ろす。顔色を真っ赤だか真っ青だかに染めて、虚ろな双眸からは意識があるのかどうか判別がつかない。両手足をだらりと伸ばしてひくひくと痙攣する巫女の頬を、平手で軽く叩く。
「おーい、魅魔様ー。いるかー?」
「―――いられるかっ!」
「お?」
突っ込みは頭上から聞こえた。ひとまず霊夢から降りて立ち上がり、魔理沙が上空を見やると。
彼女はいた。。唾のない三角帽子を載せた、豊かな緑色の長髪。澄んだ夜空を思わせるマントと装束に身を包んだ本来の姿で、魅魔は宙に浮かんでいる。彼女もまた息を荒げ、何か恐ろしいものでも見るかのような眼差しでこちらを見下ろしていた。
「魔理沙!?貴女、いつからそんな性犯罪者に成り下がったの……」
「欲しいものは力ずく。とにかく突っ込めば何とかなる。これが私のやり方だ。すっかり忘れてたぜ」
そう言って皮肉な笑みを浮かべ、魔理沙はちらりと足元の霊夢を見下ろして、腕で自身の唇を拭った。
「まぁ、奪っちゃいけないものまで奪いかけたけどな」
「へ、変態だー!」
「ごちそうさまでしたぜ」
両手を合わせて浅く辞儀をする。と、
「……って、貴女その喋り方」
ようやく気付いたのか、魅魔はおそるおそるこちらを指差してくる。それに応えるように、魔理沙は浮かべた笑みを一層強いものにした。にやりと、大きく歯を見せる。その間に挟まれているものを。
魅魔が、狼狽の声を上げた。
「『だぜ点』!貴女、それを狙って……」
「かえひへもらうぜ」
もごもごと口を動かして返事をし、魔理沙は『だぜ点』をあっさりと呑み込む。
すべてが揃った。何が起こるでもないにせよ、胸の奥底から火花のようなパチパチとした刺激が胎動するのを感じる。たぎる高揚感に舌なめずりしながら、魔理沙は告げた。
「どうせ奥歯の隅にでも隠してると思ったぜ。あんたが霊夢を致命的に酷い目に合わせる筈がないからな。爆風からだってちゃっかり守ってやってるし」
ふんぞりかえるように胸を張り、真っ直ぐ腕を突き出して魅魔を指差す。
「けどまぁ、やられたものはやられたものだ。十倍返ししてやるぜ」
「……本当に良いの?」
眉尻を下げ、魅魔は憐れみのこもった眼差しでこちらを見下ろしながら、囁くように言う。
「魔理沙。これは貴女の事を思っての……」
「それこそふざけるなよ?あんたがそこまで献身的な質かよ。楽しそうに針ばら撒いてくれやがって」
相手の言葉を遮って罵りながら、魔理沙は自分の肩に手をかける。もはや被っているだけのボロボロの装束を掴んで、力任せに引っぺがした。
ひるがえったボロ布の中から現れたのは、黒と白のエプロンドレス―――三角帽子までは現れないものの、それは魔理沙自身を象徴する衣装だった。
肌を包む、柔らかな馴染みある布の感触を堪能しながら、魔理沙は意気揚々と宣言する。
「今度は私が悪霊退治する番だ!覚悟しな!」
「…………ふふ」
と。弁明を無視された怒りから沈黙していたと思われた魅魔が、突如として含み笑いを漏らした。
それはやがて、哄笑へと豹変する。
「嬉しいわ!魔理沙、貴女が私に歯向かうなんて。一人立ちさせた甲斐があったってものね!」
「負け惜しみは負けてから言うものだぜ?」
「なら貴女のそれは遠吠えかしら?手を噛む度胸に見合うだけの力、見せてごらん!」
狙ったわけでもなく、お互いににやりと笑い合って。
マントを翻し、こちらへ目掛けて魅魔は腕を突き出す。その掌へと光が収束していくとともに空気が不穏に揺らぐのを、魔理沙は肌で感じた。
徐々に増していく上空からの圧迫感を、慄く事なく真っ向から浴びながら。懐へと手を忍ばせる。
引っ張り出した多面体の塊―――特製の八卦炉を両手で掲げて、空へと向ける。魅魔の向ける射線と交わらせるように。血肉の、骨の、神経の間を縫うように巡る繊細で膨大な力の奔流を、腕の先へと通わせて。
「イビルフィールド!」
魅魔の詠唱とともに、光り輝く弾幕が展開するのにやや遅れて、魔理沙は唱えた。
「マスタースパーク!」
八卦炉を伝って増幅された魔力が、魔理沙自身を押し潰さんとするほどの極太の熱光線となって放出される。いびつな轟音が大地を揺らし、視界がぶれるのを歯を食いしばって必死に耐えながら、魔理沙は力を練り続けた。
魅魔の弾幕が、地上に届くまでもなく熱光線に呑まれて消滅していく。標的の姿は覗えないが、避けられるだけの余裕を与えたつもりはない。雨雲を貫いてなお足らず、魔力の巨柱は天へと伸びていった。
やがて、熱光線は空気が抜けたかのようにみるみるうちに細く萎んでいく。
「はぁ……はぁ」
大きく肩を上下させながら、魔理沙は腕を下ろす。
灰色の緩やかな波が立つ雲の合間に、ぽっかりと開けた丸い穴。そこから覗く青空からは、雨に代わって日差しが差し込んできていた。
否、弾幕に恐れおののいたかのように、雨はいつの間にかだいぶ小降りになっていた。家の雨漏りの被害は、いまさら心配するだけ無駄だろうが。
見上げる空の何処にも、何者の姿もない。しかし、魔理沙は空を振り仰いで告げた。
「……本当はさ。時々、神社の本堂を覗いてたんだ。あんたがいないかと思ってさ」
「……知ってる。だから言ったでしょう?貴女は弱いままだって」
どこから聞こえてきたというわけでもなく、声は耳の奥に響いた。含みのある、意地の悪そうな、とても人間らしい優しげな声音。
「でも、それなりに楽しかったわ。わざわざ地底に潜って貴女たちを待ち伏せしてるよりは、ね」
「なんだよ、ただ単に出れなかった事への腹いせなんじゃないか。結局」
ぼやきながら、魔理沙はその場に座り込んだ。スカートの尻が雨跡に滲むが、まぁ黒いし誤魔化しが利くだろう。
すぐ横には霊夢が、遠くにはアリスと幽香が、皆一様に気を失ったまま倒れている。ひょっとして自分が介抱しなければならないのかなどと、面倒臭い事に気付いてしまい、おおいに気は滅入るものの。
疲労感と共に大きく息を吐き出して、魔理沙はくすりと笑った。
同じくして、やはり誰の姿もない虚空から、笑い声が聞こえてくる。それは、徐々に晴れ渡りつつある空の彼方に消えていくかのように、次第に小さくなっていく。
「―――もう行くわ」
「名残惜しむとでも思うか?」
「ふふ。じゃあね魔理沙。できたら来年、また逢いましょう……」
掠れゆく別れの挨拶を聞きながら、空の一点に、遠ざかりつつある女の後姿を錯覚する。
もしくはそれは、本当に彼女の実体だったのかも知れない。全力で放った魔法を受けて、傷一つ見当たらない悪霊へはあくまで聞こえないように。
魔理沙は被ってもいない帽子を被り直すような仕草で頭に手をやって、表情を隠したまま囁いた。
「……二度と来るなよ。馬鹿やろう」
冗談は置いといて、まさかの魅魔様には驚きました。面白かったです
……早苗さん逃げてーーー!!
っっ!!確かに昔の霊夢は腋が出ていなかった!
あれも魅魔様があげたのか!?
だとしたら、アリスの大人度とか、幽香の花度も…!! そんな訳あるか