魔法の森に位置するアリスの家。
そこでアリスは、窓の外の世界が次第に白んでいくのをうとうととした眼で眺めていた。
「あー、もう朝か」
思わず、そんな気だるそうな声を上げてしまう。
ついつい時間を忘れて研究に没頭していたために、気がついたら朝になってしまっていたのだ。
もうかれこれ、3日連続徹夜をしていることになる。
それでも、ここ最近の成果は芳しくない。
個人でやれることはほとんどやりつくしてしまったと言っても過言ではないのに、まったくと言っていいほど進展がないのだ。
それでアリスは、余計に焦って研究に熱を入れているのであった。
アリスの悲願。それは、完全な自立人形を創り上げること。
しかしそれは、想像以上に困難な道のりなようである。
「……だめだ。少し寝よう」
種族:魔法使いの身とはいえ、ここ連日の徹夜はさすがに堪えたらしく、アリスはのそのそと芋虫のような動きでベッドへと潜り込むと、そのまますとんと眠りに入ってしまった。
「ようー、邪魔するぜ!」
寝入ってからしばらくして、その突然聞こえてきた言葉の意味通り、アリスは睡眠を邪魔されて無理やり起こされてしまう。
誰の声か、だなんて考えなくてもすぐに分かった。
ため息をつきながらもアリスは、来客の応対をするためにまだボーっとする頭を抱えながら、ふらふらと起き上がる。
「なんなのよ、もう……。寝てたのに」
そして、やはり玄関に立っていた白黒魔法使い魔理沙に向かって、露骨に迷惑そうな顔をしながら、そんな言葉を投げつけた。
「ここ最近、家に篭りっ放しで全然顔を見せに来ない親友を心配してわざわざ訪ねてきたってのに、そんな言い方は非道いぜ」
「はいはい、んで、本当は何の用なの?」
「昼飯をたかりに来た」
魔理沙はまったく悪びれた様子もなく、はっきりとそう言い放った。
ですよねーとでも言いたげに、アリスは深いため息をつく。
それと同時に、もう昼飯を食べるような時間だと言うことに気づかされた。
窓の外に見える太陽は、もうだいぶ高い位置まで移動してしまっている。
ちょっとしか寝ていなかったような気がしたのだが、どうやらそこそこの時間を睡眠で過ごしていたという事になるらしい。
「どうせ、嫌って言っても無駄なんでしょうね」
「分かってるじゃないか」
そう言って笑顔を見せてくる魔理沙に、アリスは本日何度目かのため息をついたのだった。
それでも、なぜかアリスは魔理沙を憎めないのであったが。
「ふうー。食った、食った」
適当にアリスが昼飯を二人ぶん用意して、適当にそれを二人で平らげた。
魔理沙が満足そうに膨れたお腹をさすり、その間にアリスは人形たちを操って食後の紅茶を注いできている。
ちょこまかと動く人形たちを眺めながら、魔理沙がポツリと呟いた。
「これって、よくできてるよなぁ」
「そりゃ、私が創り出した人形ですから」
アリスが、何をいまさらとでも言いたげにそう反応した。
「それでもお前の目標には、まだ程遠いんだっけ?」
ずずーっと、音を立てて紅茶をすすりながら、魔理沙が尋ねた。
「まぁ……ね。いくら精巧に動けるとは言っても、結局これは私が操っているからね。私の悲願は、完全なる自立人形の創造だし」
こちらは、優雅に物音一つ立てずに紅茶を飲みながら、アリスが答える。
「そして、最近は研究があまりはかどっていないと」
いきなり出てきた魔理沙の言葉に、思わずアリスは紅茶を飲む手を止めてしまう。
「え? なんでわかるの!?」
「そりゃあ、そんな隈だらけ眼に、私疲れています、って張り紙をくっつけてるかのような顔してれば、誰だって気づくぜ。大方、研究が上手く進まないから、焦って徹夜しまくってるんだろう?」
スラスラと言い放つ魔理沙の言葉は、アリスにとってすべて図星のことであった。
なぜ、こうもピタリと言い当てられてしまうのだろうか。
「……ええ、そうよ、あなたの言うとおり。最近、研究の成果は芳しくない。というか、もう正直言って手詰まり状態なのよ」
隠しても無駄だと悟ったアリスは、正直に本当のことを魔理沙に打ち明けてしまうことにした。
それを聞いた魔理沙は、少し考えたあと、何かを思いついたかのように、アリスにこんな提案をした。
「パチュリーのところに行ってみたらどうだ? あそこは、馬鹿みたいに本が置いてあるし、なにか解決の糸口が見つかるかもしれないぜ」
「え……」
恐らく今選べる選択肢としては非常に建設的であろう魔理沙の提案に、しかしアリスは口をつぐんで沈黙するという反応をして見せた。
確かに魔理沙の言うとおり、パチュリーのところ……紅魔館に位置する大図書館の蔵書を参考にできれば、行き詰っている研究にも、何かしらの進展が見られるかもしれない。
そしてそのことは、とっくの昔にアリスにも思い至っていたことであった。
だが、アリスはいまだにその図書館に行ってみたことは無い。
どうしてもそうすることができない理由が、アリスにはあったのだ。
「パチュリーも言ってたけど、お前一度も図書館を訪れたことないんだってな? いったいなんでだ?」
「いや、私は……」
そしてその理由とは、とてもではないが人には言えない理由であった。
そんなことを知られたら、恥ずかしくて表を歩けないであろう。
今アリスにできることは、なんとかお茶を濁して誤魔化してしまうほかになかった。
「えーと……そ、そう! なるべく自力で目標に辿り着きたいのよ、私は。だから、図書館には行かないのよ!」
「でも、正直手詰まり状態なんだろ? そんな見栄を張ってる場合じゃないと思うんだが」
「うう!?」
アリスとしては上手くごまかせる理由を思いついたつもりだったのが、あっさりと魔理沙に否定されてしまった。
「なんでそんなに行きたがらないんだ? もしかして、場所が分からないとか?」
「いや、それは知ってるけど。湖を越えたところにあるんでしょ」
「まさか、門番に勝つ自信がないとか」
「あなたじゃあるまいし、無理やり進入したりするつもりはないわよ!」
「じゃあ、なんでなんだよ?」
魔理沙がずずいと近づいて、まるで尋問をしているかの様子でアリスを問い詰めていく。
それにアリスは一歩引いて、そして絶対に話さないという意思表示をするかのように、硬く口を閉ざして抵抗した。
「どうしても、話さないというのなら」
さらに一歩、アリスに近づきながら、魔理沙は懐からなにやらガサゴソと取り出した。
それは、一見何の変哲のないキノコであった。
アリスがそれを見て、怪訝そうな顔で尋ねる。
「そ、それはなによ」
「これは、だな。まぁ、ちゃんと調理すればおいしく食べることのできる食用キノコなんだが」
説明しながらも、魔理沙はそのキノコを手に持って、さらにもう一歩アリスに近づいた。
「そ、それがどうかしたの?」
言いながらも、アリスはさらに一歩後退する。
「このまま生で食べちゃうと、一種の自白剤のような効果が現れるんだよな」
さらに一歩、魔理沙はアリスに近づいた。
「へ、へぇー。そんなキノコがあるのね。知らなかったわ」
さらに一歩、アリスは後退。しかし、背中が壁に当たる感触があった。これ以上の後退は無理そうである。
「さて、それを踏まえたうえで、だ。おとなしく話すか、一悶着あった後に話すか、どちらかを選んでもらおうか」
ずいずいと、魔理沙はアリスに近づいていく。
アリスには、すでに逃げ場はない。
「や、やめて……」
「やめない」
アリスの言葉を冷たく突き放しながら、魔理沙はゆっくりと自身のキノコをアリスの口にねじ込んでいこうとして、そして……。
「わ、わかった、話すわよ! だから、そのキノコ仕舞って!!」
だが、先にアリスのほうが折れてしまった。おとなしく話すほうを選択したらしい。
「賢明な判断だぜ」
そう言って魔理沙は、勝利の笑みを浮かべたのだった。
「……私、泳げないのよ」
紆余曲折あり、やっとアリスが話し出した図書館に行きたがらない理由は、こんな簡素な一言であった。
「は?」
わけがわからないと言う顔で魔理沙は、両手をあわせてしきりにもじもじとしているアリスの顔を覗き込む。
「それが、なんで図書館に行かない理由になるんだ?」
「だ、だから、図書館に行くには……紅魔館に行くには、湖を越えていかないといけないんでしょう?」
そうだと、魔理沙はうなずいた。
うなずいてから、もしやと気づく。
「まさかお前、湖の上を飛ぶのが怖いとか?」
魔理沙の言葉に、アリスはさらに顔を赤く蒸気させながら、コクコクと頭を上下に動かした。
「なんでだよ。飛んでいくんだから、泳げないとか関係ないじゃないか」
「それでも怖いものは怖いのよ! 何かあって、もし墜落しちゃったらどうしよう、とか考えると……」
「万が一墜落したとしても、水から飛んで上がればいいだけじゃないか」
「む、むりよ! パニックを起こして、上手く飛び上がれないわ! それに、もし水の中に得体の知れない何者かがいたらどうするのよ!? 水中に引きずり込まれないとも限らないじゃない!」
アリスの言い分は、はっきり言ってめちゃくちゃであった。
しかしアリスは、本気で青い顔をしながらぶるぶると小刻みに震えてしまっている。
想像しただけでも恐ろしかったらしい。
そんなアリスの姿を見て、魔理沙はため息を一つつき、そしてこう言った。
「じゃあ、いい方法があるぜ」
言いながら、魔理沙はアリスの腕を引っつかんで走り出し、無理やりアリスと一緒に外へと飛び出す。
「え? え?」
わけも分からず、されるがままになるアリス。
魔理沙の手には、いつの間にかホウキが握られていた。
「ど、どうするのよ!?」
「こうするのさ!」
「きゃあ!?」
気がつくとアリスは、魔理沙と一緒にホウキに乗せられて、空高く飛び上がっていた。
アリスの眼に、周りの風景がものすごい勢いで後ろへと流れて行くのが見える。
「きゃああぁぁぁ!?」
「五月蝿いぜ、近所迷惑だ」
ちっとも迷惑そうな顔をせずに、魔理沙がそうたしなめた。
「ほれ、これならお前も図書館に行けるだろ?」
「あ……」
振り落とされないようにしっかりとホウキを握りながら、アリスはぽかんとした顔を浮かべる。
アリスにとって、魔理沙のホウキに乗せてもらうなんていうことは初めてのことだった。
そして自分が、魔理沙の背中に密着している状態だということにようやく気づく。
知らずに、顔が赤くなっていってしまうのをアリスは自覚した。
「い、いいわよ。降ろして! こんなの悪いわよ!」
気恥ずかしさからアリスは、ついついそんな叫び声を上げてしまう。
「まぁ、黙ってついてこい!」
しかし、魔理沙は取り合わない。
その間にもホウキは速度をぐんぐんと上げていき、気がつくと問題の湖まであと少しというところまで来てしまった。
「ひっ!?」
湖が視界に入り、アリスは短く悲鳴を上げて、思わず魔理沙の背中に抱きついてしまう。
「怖いなら、目を瞑っときな。なに、あっという間に飛び越えて見せるさ」
言われるままに、アリスは目を瞑る。当然のことながら、アリスの視界は闇に閉ざされた。
そしてその状態だと、魔理沙の背中から直に体温が伝わってくるのを敏感に感じ取れてしまうのにアリスは気がついた。
その温もりは、確かな安心をアリスに与えていた。死ぬほど苦手な水の上を飛んでいるというのにも関わらず、である。
「着いたぜ」
言葉通り、魔理沙はあっという間に湖を飛び越えて見せた。
アリスの目の前に、初めて見る紅い外観の館がそびえ立っている。
「ほら、さっさと中に入ろうぜ」
そう言って、魔理沙は先に立って先導をしようとする。
「あ、待って」
それをアリスが突然呼び止めた。
「ん? なんだ?」
「その……ありがとう」
自分が泳げないことを打ち明けたとき以上の真っ赤な顔で、アリスはそう呟いた。
「ああ、良いって。昼飯代だと思えば安いもんだ」
呵呵と大笑しながら魔理沙が答える。
「じゃあ、その……明日もお願いできる?」
「奇遇だな。明日も昼飯をたかりに行こうと思ってたところだ」
そんな安い昼飯代のお話。
アリスかわええ
アリスには水符を撃てば良いんですね。
ごっつええわ。
この作品もそのパターンか・・・と思いきや、良い意味で裏切られました。
アリスが頭の足りない子なのは引っ掛かりますけどw
大事なことだから二回言おう、かわええのぉアリスかわええのぉ。かわええのぉアリスかわええのぉ。
誤字といえば誤字ですが、漫画的表現としてコレはアリ…というかこっちの方がかわいいので正義ですw