※幽々子の能力を拡大解釈してます。ご了承ください。
道場で妖夢が目を閉じ正座している。
白楼剣楼観剣の二振りは手の届く位置に置かれている。それとは逆の位置に先ほどまで使っていた木刀が置かれている。
家事を終えたあと、剣の修行をしていたのだ。
修行で昂った精神を落ち着かせるための瞑想をして、今日の修行は終わりだ。
静かな道場で何かの音を妖夢は捉えたのか目をすっと開け、二刀を掴みすごい速さで道場を出て行く。
「お呼びですか幽々子様」
妖夢の耳が捉えたのは幽々子の声だった。
「お腹すいたからおやつを出して頂戴」
「わかりました……あ」
答えてから思い出す。おやつがないことに。
修行の後、買いに行こうと考えていたのだ。
「どうしたの?」
「ちょうど菓子をきらしていました。
今から買いに行ってきます」
「いそいでね」
「はっ」
主を待たせぬため妖夢は自身の最大速度をだして里へと走る。
途中で誰かに声をかけられるも、菓子を買うということだけに集中している妖夢が気付くことはなかった。
「さて、なにを買おうか」
里についた妖夢は今日の菓子はなににしようか悩む。菓子を買うということだけ考えていて、どんなものを買うかは決めていなかった。
昨日一昨日は何を出したか歩きながら思い出す。
「そうだ。今日はあれをだそう」
決めたのはおはぎ。とある店のおはぎを幽々子が気に入っている。それを買おうと決めた。
妖夢もそこのおはぎは気に入っていた。作っている人たちのことも。
自然と店に向かう足どりが軽くなる。
冥界の結界に穴があいて顕界との行き来が容易くなったとき、幽々子に頼まれた用事でこちらにきたはいいが勝手がわからず右往左往したことがある。
そんなとき声をかけてきて、親身に世話をしてくれた人たちがこれから行く店を営んでいるのだ。
そのとき出されたおはぎの味はいまでも覚えている。
「いらっしゃいませっ。
あ、お姉ちゃん!」
椛模様の着物にエプロンをつけた八歳くらいの少女が、妖夢を見ると嬉しそうに駆け寄る。
「こんにちは、小花」
小花と呼ばれた少女が、妖夢が世話になった一人だ。困っている妖夢に最初に声をかけたのが小花なのだ。
出会ってからずっと妖夢のことをお姉ちゃんと呼び、幾度も会ううちに慕しくなっていった。
妖夢も妹ができたみたいで、お姉ちゃんと呼ばれることを嬉しく感じている。
「お母さん、お姉ちゃんが来たよー」
「あらあら、いらっしゃい妖夢ちゃん」
「こんにちは、優花さん」
花の妖怪の幽香と同じ読み方をするこの女性が、小花の母親だ。早くに夫をなくし、店の切り盛りと子育てを両立している。
優花の作る和菓子は評判がよく、おかげで親子二人苦労なく暮らしていけている。
妖夢のほうが圧倒的に年上なのだが、ちゃんづけで呼ばれることに妖夢自身違和感を感じていない。きっと精神的な年齢では優花のほうが上だと認めているからなのだろう。
「今日は遊びに来たの?」
「今日はおはぎを買いに来たの。買ったら急いで帰らないと」
「なんだ。つまらないのー」
「小花、わがまま言っちゃだめよ」
「今度、時間作って来るからそのとき遊ぼう?」
「うん。約束だよ?」
「じゃあ、指きり」
ゆーびきーりげーんまーん、と楽しげに歌う妖夢と小花を優花は微笑ましそうに見ている。
ゆびきりが終ったのを見計らい優花はおはぎを渡す。
「はい、おはぎ」
「ありがとうございます。代金はこれで足りていますか?」
「ええ。ちょとまってね……はいおつり」
「では、今日はこれで帰りますね」
「近頃、風邪が流行っているらしいから妖夢ちゃんも気をつけて」
「お姉ちゃん、約束忘れないでね」
おつりを受け取った妖夢は二人に見送られて店を出る。
振り返って一度手を振ったあと、白玉楼へと走り出す。
小花との約束を守るため、一日にこなす仕事量を少し増やし妖夢は自由にできる時間を作り出す。
約束した日から六日経ち、四時間ほど自由にできる時間を作った妖夢は、買い物をしてくると幽々子に告げて白玉楼を出た。
夕飯の材料を買って急いで小花たちの店へと向かう。急げば急ぐだけ小花と遊ぶ時間が増えるのだ。
店はしまっていた。いつもならば人で賑わう店も今日は静かだ。
定休日なのかと思ったが、それならそうだと示す看板が出ているはず。
出し忘れなのかと不思議に思いつつ、妖夢は居住部分へと向かった。
「こんにちはー」
玄関をトントンと叩いてみても家の中から反応はない。
「どうしたんだろう。
でかけてるのかな」
帰ってくるまで待とうと荷物を置いて、玄関前に座る。
早く帰ってこないかなと、小花の驚く顔を楽しみにしている妖夢に話しかけてくる人がいる。
「あんたはたしかここの常連さんだったっけ?」
「はい、そうですが」
「お店が開くのを待ってるのかい?」
「えっと、はい」
「それじゃあ今日は帰ったほうがいいと思うよ」
「どうしてですか?」
「優花さんがはやり病にかかってね、倒れたんだ」
「え?」
「そういうわけだけだから」
それだけ言って立ち去ろうとする人を妖夢は呼び止める。
「ち、ちょっと待ってください!?」
今、二人はどこにいるのか聞き出し、そこへ走って向かう。荷物のことなど忘れるくらい、妖夢は二人のことだけしか考えていない。
教えてもらった治療所には多くの里人が病に臥せっていた。
はやり病対策として永琳が呼ばれたらしく、手伝いとしてイナバたちが忙しそうに動き回っている。
「あれ? 妖夢じゃない」
名前を呼ばれてふりかえるとそこにいたのは鈴仙。なぜここにいるかのかと不思議そうにしている。
「ちょうどよかった! 小花と優花さんがどこにいるか知らない!?」
勢いよく鈴仙に近づいて掴み、二人がどこにいるか聞く。その勢いに鈴仙はわずかにひいている。
「名前だけ言われてもわからないわよっ」
「菓子屋を営んでいる母と子の二人! 優花さんが倒れたってっそれで!」
焦りで順序だてて説明できていない。これでは鈴仙もわからない。
そんな妖夢を小花がみつけた。
「お姉ちゃん!」
「小花!?」
鈴仙から手を離し、小花に近づく。
小花が妖夢にしがみついた。わずかに震えている小花に、自分が慌ててもなにもならないと無理矢理心を落ち着かせる。
ゆっくりと小花の頭を撫でて落ち着くのを待つ。
やがて抱きつく力が緩む。
小花をそっと離してしゃがんで視線を合わせる。
「優花さんはどこ?」
「こっち」
妖夢の手を引いて優花のいる場所まで連れて行く。
連れて行かれたのは、多くの患者が寝かされている部屋で、患者の苦しそうな息遣いが部屋に響いている。
優花も真っ赤な顔で苦しそうに寝ている。
「優花さんっ」
思わず大きな声を出して呼んだが反応はない。
小花は妖夢から手を離して、枕元に置いた手ぬぐいで優花の汗を拭いていく。
「三日前からずっと寝たままなの。私も何度も呼んだけど返事なくて……」
「三日も……」
「大丈夫かなぁお母さん……」
安易に大丈夫とは言えず妖夢は返答できない。
小花も答えを求めたわけではないのか、返答のないことに反応はない。
じっとその場に立ち尽くしていると、鈴仙が点滴の確認にきた。
「探している人はその人だったのね」
「……永琳さんは特効薬とか作れてないの?」
「できてるんだけど」
「それじゃ優花さんは助かるんだ!」
「本当! お姉ちゃん!」
薬ができていると聞いて安堵が心に広がる。小花にも笑みが浮かぶ。
しかし鈴仙の顔ははれない。
それに喜んでいた二人は気付いた。小花は再び不安げな顔になる。
「鈴仙?」
「妖夢……ちょっときて」
硬い表情のまま鈴仙は妖夢をひっぱり病室から連れ出す。
いい知らせではないのだろう。
そのまま薬の保管室に連れ込む。ここなら誰かに話を聞かれることもないだろうと考えてだ。
「優花さんだっけ? あの人のいる部屋なんだけど」
「あの部屋がどうかした?」
鈴仙は言いにくそうにする。
覚悟を決めたのか口を開く。
「あそこは特に症状の重い人を集めている部屋なの。
あそこにいる人たちは体力しだいで、いえ十中八九明日には……亡くなる。
そして薬は早くても明後日にしか完成しないの」
「え?」
鈴仙があの場で言わなかったのは、患者達とその家族に聞かせたくなかったからだろう。
助かってと祈りながら看病している家族達には聞かせられない話だ。
「か、完成を早めることはできない……の?」
鈴仙は無言で首を横に振る。
「そ、それじゃ症状を遅くする薬とかは?」
「それはもう点滴に入れてあるわ。それを含めてさっき言った時間しかないの。
あれ以上に強い薬もあるけど、今のあの人たちの体力だと副作用に耐え切れないで、生きていられる時間を縮めることにしかならないのよ」
「それじゃ……もう……死を待つことしか?」
顔を青くして聞く妖夢にこくりと縦に頷くことで答える。
妖夢は、それで体から力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。
初めて会ったときに笑いかけてくれたこと、小花と遊んでいるときに微笑んでいたこと、少し落ち込んでいるときに元気づけてくれたこと、乱れている髪を梳いてくれたなんていうなんでもないことまでも、浮かんでは消えていく。
妖忌や幽々子についでこの親子を好きになっていたのだ。
人間と半霊だ寿命の違いから、いつか別れはくるとわかってはいたが、これは早すぎる。
このままなにもできずに死を待つしかないのかと思っているときに思いついた。
「一日でももてば助かる?」
いつまでのここにいるわけにはいかない鈴仙が出て行こうとしたとき、妖夢が言葉を発した。
振り返って見た妖夢の瞳に宿っている小さな希望の光に少し驚きつつ鈴仙は答える。
「そうね、絶対とはいえないけど確率はすごく上がるわ」
「ならば、なんとかしてみせるっ」
「ちょっと!」
妖夢は保管室を飛び出していった。
「お姉ちゃんは?」
帰ってこない妖夢を探しにきた小花が呆然としていた鈴仙に聞く。
「え? えっとね、急用思い出したって言って」
妖夢の見出した方法がなんなのかわからない鈴仙には、親が助かるかもしれない方法を探しに行ったとは言えなかった。
「帰っちゃったんだ」
「また来るよきっと」
本当のことを言えなかった鈴仙だが、そこだけは本当だと思って言った。
診療所を出た妖夢が向かったのは幽々子のいる白玉楼。
幽々子の部屋の障子を勢いよく開ける。
普段ではありえない妖夢の行動に幽々子は驚いている。
「どうしたの妖夢?」
「重々厚かましいことだとはわかっています! 気が乗らないことだともわかっています!
それでも幽々子様にお願いしたいことがあります!」
「なにかしら?」
「死を操ってもらいたいのですっ」
妖夢が思いついたのは幽々子に死を操ってもらうこと。
死が迫っているのならば、その死を払いのけて時間を稼げばいいと考えたのだ。
どうしてと目を細めて問う幽々子に、その考えを言う。
「たしかにできないこともないけど。
聞きたかったこととは違うわね。なぜ死を払いのけてもらいたいの? 誰のために?」
「そ、それは」
人間を助けるためにと言っていいものか悩む妖夢。
「はっきり言わないとどうすることもできないわよ」
「妹の母親を助けてもらいたいのです!
私をお姉ちゃんと慕ってくれる子とその母親と三人でまだいろんなことを話したりしたいからです!」
「ふーん……でも死んで冥界にくればいつでも話せるわよ?」
「それだとあの子は泣いてしまいます!
あの子の泣き顔なんて見たくありません!
お願いしますっ力を貸してください幽々子様!」
妖夢は土下座して頼み込む。
「あなたの言っている子って以前話していた子のことよね?」
「はい」
「あのおはぎを作ってるって言う」
「そうです」
「……あれはまだ飽きてはないから、食べられなくなるのは嫌ね」
幽々子は立ち上がる。その気配を察して妖夢も顔を上げる。
「妖夢、案内しなさい」
「……はいっ!」
「とは言ったものの、その人が寿命ならば私は手を出せないわよ?
寿命を無理矢理引き伸ばすと閻魔に説教されちゃうから」
言葉は軽いが表情は真剣で、言葉に込められた思いもふざけたものではない。
暗に自分でも手出しできないかもしれないから覚悟はしておくように、と言っているのだ。
寿命ではないことを祈り妖夢は診療所へと飛ぶ。
「あっお姉ちゃん! 用事はいいの?」
部屋の前に立つ妖夢たちをみつけた小花が近づく。
「もう少ししたら終るよ。
幽々子様、どうですか?」
「ちょっと待って」
幽々子は一度目を閉じ半眼になる。まるで目に見えないものを見ようとしているかのようだ。
いや実際見ているのかもしれない。死という概念を。
そのままゆっくりと部屋を見渡す。その姿にいつもの暢気な雰囲気はなく、近寄りがたいものをまとっていた。
その部屋にいた患者の家族は自分達とあまりに違う存在に圧倒され、黙ったまま幽々子を見ている。
「これなら大丈夫でしょう」
そう言って幽々子は腕を静かに薙いだ。
それだけで部屋の中のなにかが変わる。
「終ったわ。帰るわよ。
お腹すいちゃった」
一人でさっさと部屋を出て行く。
「いそぐから詳しいことは後日。
でもこれだけ言える。優花さんは助かる、絶対に!」
「本当!?」
「うん」
確信を持って答えた妖夢に、希望を持てたのか小花は笑顔になる。
その笑顔を見届けた妖夢は急いで幽々子のあとを追った。
そして妖夢の言葉が真実だとわかったのは薬が完成した日のことだった。
妖夢が里に出かけていて幽々子は一人居間でお茶を飲んでいる。お茶請けはおはぎや串団子などだ。
助けてもらった優花がお礼にと、たくさんの和菓子を妖夢にもたせたのだ。
空中にすっと切れ目が現れ、どこかへの裂け目が開く。
「邪魔するわね」
「いらっしゃい、紫。
こんな時間に来るなんて珍しいわね? まだお昼よ」
「藍に掃除の邪魔だって起こされて追い出されたのよ」
「あらら。
とりあえずおはぎでもどうぞ」
二人はのんびりとおはぎを食べてお茶を飲む。
「そういえば死を操ったんですって?」
紫はなんでもないかのように切り出す。
「ええ」
「どうして? あまり使いたがらないのに」
「このおはぎ美味しいでしょ? これの作り手が死にかけていてね。食べられなくなるのはもったいなくて」
「そ。
それで妖夢にお願いされて嬉しかった?」
全部わかっていて紫は聞いているのだろう。
「紫ちゃんの意地悪。ここは空気をよんで何も聞かずにおはぎを食べるシーンでしょ。
そして外でも見ながら心の中だけで私の心境を代弁しないと」
「それだとあなたは少しだけ不満が残るでしょ。
誰かに話しを聞いてもらいたかったんじゃない?」
「もうっ……それじゃ聞いてくれる?」
「どうぞ」
嬉しさを滲み出させて幽々子は話し出す。
「嬉しかったわ~。滅多に我がままを言わない妖夢の我がままを聞けて。
そして困ったときに頼ってくれて。
あの子が大切に思っている人の生死を私に委ねてくれるんだもの、それだけ信頼されてるってことよね。
私だってときどきは、きちんと妖夢の主でいられているか不安になるのよ?
でも今回頼ってくれた。主として務めを果たせた。
これほど嬉しいことはないわ」
「でもそれをそのまま言うのは恥ずかしかったから、おはぎを食べられなくなるのは嫌だって動くための理由つけたのよね?」
「妖夢には秘密よ?」
「わかっているわ」
くすくすと二人は笑う。
同じタイミングで妖夢も小花と楽しげに笑っていた。
道場で妖夢が目を閉じ正座している。
白楼剣楼観剣の二振りは手の届く位置に置かれている。それとは逆の位置に先ほどまで使っていた木刀が置かれている。
家事を終えたあと、剣の修行をしていたのだ。
修行で昂った精神を落ち着かせるための瞑想をして、今日の修行は終わりだ。
静かな道場で何かの音を妖夢は捉えたのか目をすっと開け、二刀を掴みすごい速さで道場を出て行く。
「お呼びですか幽々子様」
妖夢の耳が捉えたのは幽々子の声だった。
「お腹すいたからおやつを出して頂戴」
「わかりました……あ」
答えてから思い出す。おやつがないことに。
修行の後、買いに行こうと考えていたのだ。
「どうしたの?」
「ちょうど菓子をきらしていました。
今から買いに行ってきます」
「いそいでね」
「はっ」
主を待たせぬため妖夢は自身の最大速度をだして里へと走る。
途中で誰かに声をかけられるも、菓子を買うということだけに集中している妖夢が気付くことはなかった。
「さて、なにを買おうか」
里についた妖夢は今日の菓子はなににしようか悩む。菓子を買うということだけ考えていて、どんなものを買うかは決めていなかった。
昨日一昨日は何を出したか歩きながら思い出す。
「そうだ。今日はあれをだそう」
決めたのはおはぎ。とある店のおはぎを幽々子が気に入っている。それを買おうと決めた。
妖夢もそこのおはぎは気に入っていた。作っている人たちのことも。
自然と店に向かう足どりが軽くなる。
冥界の結界に穴があいて顕界との行き来が容易くなったとき、幽々子に頼まれた用事でこちらにきたはいいが勝手がわからず右往左往したことがある。
そんなとき声をかけてきて、親身に世話をしてくれた人たちがこれから行く店を営んでいるのだ。
そのとき出されたおはぎの味はいまでも覚えている。
「いらっしゃいませっ。
あ、お姉ちゃん!」
椛模様の着物にエプロンをつけた八歳くらいの少女が、妖夢を見ると嬉しそうに駆け寄る。
「こんにちは、小花」
小花と呼ばれた少女が、妖夢が世話になった一人だ。困っている妖夢に最初に声をかけたのが小花なのだ。
出会ってからずっと妖夢のことをお姉ちゃんと呼び、幾度も会ううちに慕しくなっていった。
妖夢も妹ができたみたいで、お姉ちゃんと呼ばれることを嬉しく感じている。
「お母さん、お姉ちゃんが来たよー」
「あらあら、いらっしゃい妖夢ちゃん」
「こんにちは、優花さん」
花の妖怪の幽香と同じ読み方をするこの女性が、小花の母親だ。早くに夫をなくし、店の切り盛りと子育てを両立している。
優花の作る和菓子は評判がよく、おかげで親子二人苦労なく暮らしていけている。
妖夢のほうが圧倒的に年上なのだが、ちゃんづけで呼ばれることに妖夢自身違和感を感じていない。きっと精神的な年齢では優花のほうが上だと認めているからなのだろう。
「今日は遊びに来たの?」
「今日はおはぎを買いに来たの。買ったら急いで帰らないと」
「なんだ。つまらないのー」
「小花、わがまま言っちゃだめよ」
「今度、時間作って来るからそのとき遊ぼう?」
「うん。約束だよ?」
「じゃあ、指きり」
ゆーびきーりげーんまーん、と楽しげに歌う妖夢と小花を優花は微笑ましそうに見ている。
ゆびきりが終ったのを見計らい優花はおはぎを渡す。
「はい、おはぎ」
「ありがとうございます。代金はこれで足りていますか?」
「ええ。ちょとまってね……はいおつり」
「では、今日はこれで帰りますね」
「近頃、風邪が流行っているらしいから妖夢ちゃんも気をつけて」
「お姉ちゃん、約束忘れないでね」
おつりを受け取った妖夢は二人に見送られて店を出る。
振り返って一度手を振ったあと、白玉楼へと走り出す。
小花との約束を守るため、一日にこなす仕事量を少し増やし妖夢は自由にできる時間を作り出す。
約束した日から六日経ち、四時間ほど自由にできる時間を作った妖夢は、買い物をしてくると幽々子に告げて白玉楼を出た。
夕飯の材料を買って急いで小花たちの店へと向かう。急げば急ぐだけ小花と遊ぶ時間が増えるのだ。
店はしまっていた。いつもならば人で賑わう店も今日は静かだ。
定休日なのかと思ったが、それならそうだと示す看板が出ているはず。
出し忘れなのかと不思議に思いつつ、妖夢は居住部分へと向かった。
「こんにちはー」
玄関をトントンと叩いてみても家の中から反応はない。
「どうしたんだろう。
でかけてるのかな」
帰ってくるまで待とうと荷物を置いて、玄関前に座る。
早く帰ってこないかなと、小花の驚く顔を楽しみにしている妖夢に話しかけてくる人がいる。
「あんたはたしかここの常連さんだったっけ?」
「はい、そうですが」
「お店が開くのを待ってるのかい?」
「えっと、はい」
「それじゃあ今日は帰ったほうがいいと思うよ」
「どうしてですか?」
「優花さんがはやり病にかかってね、倒れたんだ」
「え?」
「そういうわけだけだから」
それだけ言って立ち去ろうとする人を妖夢は呼び止める。
「ち、ちょっと待ってください!?」
今、二人はどこにいるのか聞き出し、そこへ走って向かう。荷物のことなど忘れるくらい、妖夢は二人のことだけしか考えていない。
教えてもらった治療所には多くの里人が病に臥せっていた。
はやり病対策として永琳が呼ばれたらしく、手伝いとしてイナバたちが忙しそうに動き回っている。
「あれ? 妖夢じゃない」
名前を呼ばれてふりかえるとそこにいたのは鈴仙。なぜここにいるかのかと不思議そうにしている。
「ちょうどよかった! 小花と優花さんがどこにいるか知らない!?」
勢いよく鈴仙に近づいて掴み、二人がどこにいるか聞く。その勢いに鈴仙はわずかにひいている。
「名前だけ言われてもわからないわよっ」
「菓子屋を営んでいる母と子の二人! 優花さんが倒れたってっそれで!」
焦りで順序だてて説明できていない。これでは鈴仙もわからない。
そんな妖夢を小花がみつけた。
「お姉ちゃん!」
「小花!?」
鈴仙から手を離し、小花に近づく。
小花が妖夢にしがみついた。わずかに震えている小花に、自分が慌ててもなにもならないと無理矢理心を落ち着かせる。
ゆっくりと小花の頭を撫でて落ち着くのを待つ。
やがて抱きつく力が緩む。
小花をそっと離してしゃがんで視線を合わせる。
「優花さんはどこ?」
「こっち」
妖夢の手を引いて優花のいる場所まで連れて行く。
連れて行かれたのは、多くの患者が寝かされている部屋で、患者の苦しそうな息遣いが部屋に響いている。
優花も真っ赤な顔で苦しそうに寝ている。
「優花さんっ」
思わず大きな声を出して呼んだが反応はない。
小花は妖夢から手を離して、枕元に置いた手ぬぐいで優花の汗を拭いていく。
「三日前からずっと寝たままなの。私も何度も呼んだけど返事なくて……」
「三日も……」
「大丈夫かなぁお母さん……」
安易に大丈夫とは言えず妖夢は返答できない。
小花も答えを求めたわけではないのか、返答のないことに反応はない。
じっとその場に立ち尽くしていると、鈴仙が点滴の確認にきた。
「探している人はその人だったのね」
「……永琳さんは特効薬とか作れてないの?」
「できてるんだけど」
「それじゃ優花さんは助かるんだ!」
「本当! お姉ちゃん!」
薬ができていると聞いて安堵が心に広がる。小花にも笑みが浮かぶ。
しかし鈴仙の顔ははれない。
それに喜んでいた二人は気付いた。小花は再び不安げな顔になる。
「鈴仙?」
「妖夢……ちょっときて」
硬い表情のまま鈴仙は妖夢をひっぱり病室から連れ出す。
いい知らせではないのだろう。
そのまま薬の保管室に連れ込む。ここなら誰かに話を聞かれることもないだろうと考えてだ。
「優花さんだっけ? あの人のいる部屋なんだけど」
「あの部屋がどうかした?」
鈴仙は言いにくそうにする。
覚悟を決めたのか口を開く。
「あそこは特に症状の重い人を集めている部屋なの。
あそこにいる人たちは体力しだいで、いえ十中八九明日には……亡くなる。
そして薬は早くても明後日にしか完成しないの」
「え?」
鈴仙があの場で言わなかったのは、患者達とその家族に聞かせたくなかったからだろう。
助かってと祈りながら看病している家族達には聞かせられない話だ。
「か、完成を早めることはできない……の?」
鈴仙は無言で首を横に振る。
「そ、それじゃ症状を遅くする薬とかは?」
「それはもう点滴に入れてあるわ。それを含めてさっき言った時間しかないの。
あれ以上に強い薬もあるけど、今のあの人たちの体力だと副作用に耐え切れないで、生きていられる時間を縮めることにしかならないのよ」
「それじゃ……もう……死を待つことしか?」
顔を青くして聞く妖夢にこくりと縦に頷くことで答える。
妖夢は、それで体から力が抜けたのかその場に座り込んでしまう。
初めて会ったときに笑いかけてくれたこと、小花と遊んでいるときに微笑んでいたこと、少し落ち込んでいるときに元気づけてくれたこと、乱れている髪を梳いてくれたなんていうなんでもないことまでも、浮かんでは消えていく。
妖忌や幽々子についでこの親子を好きになっていたのだ。
人間と半霊だ寿命の違いから、いつか別れはくるとわかってはいたが、これは早すぎる。
このままなにもできずに死を待つしかないのかと思っているときに思いついた。
「一日でももてば助かる?」
いつまでのここにいるわけにはいかない鈴仙が出て行こうとしたとき、妖夢が言葉を発した。
振り返って見た妖夢の瞳に宿っている小さな希望の光に少し驚きつつ鈴仙は答える。
「そうね、絶対とはいえないけど確率はすごく上がるわ」
「ならば、なんとかしてみせるっ」
「ちょっと!」
妖夢は保管室を飛び出していった。
「お姉ちゃんは?」
帰ってこない妖夢を探しにきた小花が呆然としていた鈴仙に聞く。
「え? えっとね、急用思い出したって言って」
妖夢の見出した方法がなんなのかわからない鈴仙には、親が助かるかもしれない方法を探しに行ったとは言えなかった。
「帰っちゃったんだ」
「また来るよきっと」
本当のことを言えなかった鈴仙だが、そこだけは本当だと思って言った。
診療所を出た妖夢が向かったのは幽々子のいる白玉楼。
幽々子の部屋の障子を勢いよく開ける。
普段ではありえない妖夢の行動に幽々子は驚いている。
「どうしたの妖夢?」
「重々厚かましいことだとはわかっています! 気が乗らないことだともわかっています!
それでも幽々子様にお願いしたいことがあります!」
「なにかしら?」
「死を操ってもらいたいのですっ」
妖夢が思いついたのは幽々子に死を操ってもらうこと。
死が迫っているのならば、その死を払いのけて時間を稼げばいいと考えたのだ。
どうしてと目を細めて問う幽々子に、その考えを言う。
「たしかにできないこともないけど。
聞きたかったこととは違うわね。なぜ死を払いのけてもらいたいの? 誰のために?」
「そ、それは」
人間を助けるためにと言っていいものか悩む妖夢。
「はっきり言わないとどうすることもできないわよ」
「妹の母親を助けてもらいたいのです!
私をお姉ちゃんと慕ってくれる子とその母親と三人でまだいろんなことを話したりしたいからです!」
「ふーん……でも死んで冥界にくればいつでも話せるわよ?」
「それだとあの子は泣いてしまいます!
あの子の泣き顔なんて見たくありません!
お願いしますっ力を貸してください幽々子様!」
妖夢は土下座して頼み込む。
「あなたの言っている子って以前話していた子のことよね?」
「はい」
「あのおはぎを作ってるって言う」
「そうです」
「……あれはまだ飽きてはないから、食べられなくなるのは嫌ね」
幽々子は立ち上がる。その気配を察して妖夢も顔を上げる。
「妖夢、案内しなさい」
「……はいっ!」
「とは言ったものの、その人が寿命ならば私は手を出せないわよ?
寿命を無理矢理引き伸ばすと閻魔に説教されちゃうから」
言葉は軽いが表情は真剣で、言葉に込められた思いもふざけたものではない。
暗に自分でも手出しできないかもしれないから覚悟はしておくように、と言っているのだ。
寿命ではないことを祈り妖夢は診療所へと飛ぶ。
「あっお姉ちゃん! 用事はいいの?」
部屋の前に立つ妖夢たちをみつけた小花が近づく。
「もう少ししたら終るよ。
幽々子様、どうですか?」
「ちょっと待って」
幽々子は一度目を閉じ半眼になる。まるで目に見えないものを見ようとしているかのようだ。
いや実際見ているのかもしれない。死という概念を。
そのままゆっくりと部屋を見渡す。その姿にいつもの暢気な雰囲気はなく、近寄りがたいものをまとっていた。
その部屋にいた患者の家族は自分達とあまりに違う存在に圧倒され、黙ったまま幽々子を見ている。
「これなら大丈夫でしょう」
そう言って幽々子は腕を静かに薙いだ。
それだけで部屋の中のなにかが変わる。
「終ったわ。帰るわよ。
お腹すいちゃった」
一人でさっさと部屋を出て行く。
「いそぐから詳しいことは後日。
でもこれだけ言える。優花さんは助かる、絶対に!」
「本当!?」
「うん」
確信を持って答えた妖夢に、希望を持てたのか小花は笑顔になる。
その笑顔を見届けた妖夢は急いで幽々子のあとを追った。
そして妖夢の言葉が真実だとわかったのは薬が完成した日のことだった。
妖夢が里に出かけていて幽々子は一人居間でお茶を飲んでいる。お茶請けはおはぎや串団子などだ。
助けてもらった優花がお礼にと、たくさんの和菓子を妖夢にもたせたのだ。
空中にすっと切れ目が現れ、どこかへの裂け目が開く。
「邪魔するわね」
「いらっしゃい、紫。
こんな時間に来るなんて珍しいわね? まだお昼よ」
「藍に掃除の邪魔だって起こされて追い出されたのよ」
「あらら。
とりあえずおはぎでもどうぞ」
二人はのんびりとおはぎを食べてお茶を飲む。
「そういえば死を操ったんですって?」
紫はなんでもないかのように切り出す。
「ええ」
「どうして? あまり使いたがらないのに」
「このおはぎ美味しいでしょ? これの作り手が死にかけていてね。食べられなくなるのはもったいなくて」
「そ。
それで妖夢にお願いされて嬉しかった?」
全部わかっていて紫は聞いているのだろう。
「紫ちゃんの意地悪。ここは空気をよんで何も聞かずにおはぎを食べるシーンでしょ。
そして外でも見ながら心の中だけで私の心境を代弁しないと」
「それだとあなたは少しだけ不満が残るでしょ。
誰かに話しを聞いてもらいたかったんじゃない?」
「もうっ……それじゃ聞いてくれる?」
「どうぞ」
嬉しさを滲み出させて幽々子は話し出す。
「嬉しかったわ~。滅多に我がままを言わない妖夢の我がままを聞けて。
そして困ったときに頼ってくれて。
あの子が大切に思っている人の生死を私に委ねてくれるんだもの、それだけ信頼されてるってことよね。
私だってときどきは、きちんと妖夢の主でいられているか不安になるのよ?
でも今回頼ってくれた。主として務めを果たせた。
これほど嬉しいことはないわ」
「でもそれをそのまま言うのは恥ずかしかったから、おはぎを食べられなくなるのは嫌だって動くための理由つけたのよね?」
「妖夢には秘密よ?」
「わかっているわ」
くすくすと二人は笑う。
同じタイミングで妖夢も小花と楽しげに笑っていた。
最初は自分もそう思っていたけど、よくよく考えたら、そんな亡霊を閻魔は許すのだろうかと脳内反撃。
よーく考えれば、半黄泉がえりですし。
むしろ『死という運命を消した』とレミリア流に考えた方が近いんだろうけど。
でも、こんな IF もたまにはいいと思いますよ。
ゆゆ様はこうでないと。
同じく、たまにはこんなIFも面白いですよ。
人と人の感情がとても心地良い形で表現されていました。
設定のことはドンマイってことで、次への糧にすれば宜しいかと。
あと、最後の「恥ずかしかったから~理由つけたのよね?」は敢えて書かないで読者に読み取らせた方が綺麗だったかなと思います。多分に好みの問題かも知れませんが。