「……ふぅ」
空は蒼く澄み渡り、無限の広がりを見せる。
幻想郷。その名こそ昔から存在したものの、この世界が固有の物となったのはごく最近のことである。それこそ、ここ十年か二十年か。
あまりに長く生き過ぎたため、正直なところそんな感覚は久しく忘れていた。数十年というのが印象に残るような時代など、当の昔に過ぎ去った。何百年も一人で生きていると自然とそうなるものだ。
だが――
「……紫」
「……あら、付いてこれてたのね。意外」
「強引にでも付いて行ってやると、言ったからな」
紫と呼ばれた女性が振り返る。そこには、喉の奥底から声を振り絞ってこちらに声をかけてきた一人の若い男性の姿。
白髪にも近い銀の髪。彫が深く、若干太めな眉の下に光は鋭い眼光。
腰元に備えた一本の刀がぶらりと垂れ下がる。
そして背には、大量の荷物――夕に米俵一個分に相当するだろうかというその大きさ。重量もおそらくそれに匹敵するものに違いない。その表情は苦虫を噛み潰したが如く辛そうであり、そして額、二の腕などからぽたぽたと地面に汗がしずくとなって垂れ落ちていた。
ふぅ、と軽くため息をつくように口元を扇子で覆い隠す紫。
「これで何日目になるか覚えてないけど、人間にしてはなかなか根性あるわよね」
「二月と二十三日、だ」
「覚えてるの? わざわざ」
「一日一日お前たちに受けるこの訓練という名の雑用を数えていたらそうなっていた」
「暇人……」
呆れたように、それでいて楽しそうな微笑みを浮かべる紫。
その言葉を受けて男性は、ふん、と鼻を一つ鳴らした。
男は、名を妖忌という。
最近紫が出歩いていると見つけた剣士の一人で、とりあえず気絶させた後いつもどおり放置しようと思っていたのだが、それが少し失敗だった。どうやら興味をもたれたらしく、「お前はこの私が直々に退治する。だから他の奴に横取りなどはさせん」などという無茶苦茶な理論展開により、彼の言うことによると二月と二十三日間紫に付いてきていると言う事になる。
紫としても、人間でここまで根性を持っている人間に出会ったのは初めてであったためにその辺に捨て去るのも勿体無いと重い、軽く荷物持ちとして使ってやることにした。
付いてきて、かつ色々修行などは積んでやっているもののその態度は不遜極まりない。まぁもともと主従の関係ではないのだ。それは仕方あるまい、と紫は思う。そもそも自分の生活に二月も付いてこれるような人間を見ただけでなかなか面白いのだから。妖怪ですら、一日共にいるのが苦痛になるであろうというのに。
紫は、妖忌の顔を覗き込む。男としてみると、やはりなかなか顔立ちも整っているし悪くないと思う。
「……何してる」
「あら、こんなに美人の女の子の顔を近くに寄せられて感想はそれだけ?」
「禁欲には慣れきった物でな」
「ゲイ?」
「殴るぞ」
最も手は出せないが、と物々と呟く。ポリシーなのか何なのか、女性に手は出さないという。そのため紫もそんなに迷惑をこうむったことはない。足手纏いではあるが、それ以上に楽しいので問題はない。というのが紫の意見だ。
妖忌にさらに顔を近づけてみても、強い反応はない
「女としての自信を失っちゃいますわ」
「黙れ、千余年を生きてる化け物がそんな事を今更言うか」
「生きている間、女はずっと女であり続けたいものなのよ。たとえ適齢期を逃がしてもね」
「……自分で言うか」
つまらなそうに、妖忌は鼻を一つ鳴らす。
ふふん、と笑うと紫は妖忌から顔を離し、妖忌の前を歩き出した。
これでも、妖忌は丸くなったほうだと思う。その二月前だかどれぐらいだか紫本人はいまいち覚えていないが、出会ってから数日間はもう暇さえあれば勝負を挑んできた。無論あっさり撃退したのだが。人間にしては強いが、博麗の者のように高い退魔の力を持っているわけでもない。所詮は唯の力押ししかできぬ剣士。
弱い力が強い力に押しつぶされる単純な道理。そんな生活が続いた結果、いい加減少しずつ妖忌も服従しようとはしているようだ。最も口が裂けても敬語など飛び出さないあたりが妖忌らしいのだが。
まぁ、あまりそういう風に妖忌が反発ばかりするようであったりすると――
「それとも本当に私女としての魅力無い?」
「ある」
「あら、妖忌にしては珍しい台詞……」
「人間の女だったら籍を入れても構わないと思えるほどに魅力は十分だと思うぞ」
「あ~ん、妖忌ったらやっぱり私の事」
「ただしその性格のせいで一日で見限られるのは道理だと思うが」
「前言撤回」
紫は笑顔を絶やさぬまま妖忌に向かって呟いた。若干であるが殺意がこもっていたようにも思える。だが、妖忌はそんな事を知ってかしらずか、再びその紫の言葉が邪魔ったらしそうに鼻を鳴らす。
しゅっと、風が切れるような音が聞こえた。
「オイ」
「!」
抜き放つ。刀。
腰から一気に、流れるような動作。その明確な殺意に向かって振りぬいた。
――風を、振りぬく感覚。
「ダ阿呆が」
「……!」
「所詮人間は人間か」
妖忌の首元に突きつけられた、爪。
鋭く伸び、敵を切り伏せるのに十分すぎるその爪。妖忌がわずかにでも動けば、その頚動脈が一瞬で根を上げる位置に、しっかりと置かれていた。
突きつける爪の主。紫に負けぬほどの美麗な金色の髪を靡かせ、その全身の体格は女性とは思えぬほどによい。身長も恐らくは男性である妖忌と同等、下手をすればそれ以上にあるだろう。だがそれ以上に、その女性をその女性足らしめるものがあった。それが、耳と尻尾。まるで、いや確実に「狐」のそれ。唯一普通の狐の持つそれと違うところを上げるとすれば、その尻尾は九尾であったということだろうか。
瞳の眼光は鋭く、その瞳すらが凶器。それを凶器と例える事すらが可笑しな事であるのだが、しかし事実といって差し支えあるまい。
その瞳に睨まれ、爪を突きつけられた妖忌は――事実、凍りついたように動けずにいるのだから。
その姿を見ると、女性は――まるで侮蔑するかのように、嗤う。
「ハン、殺意に踊らされて自分の仕事を放棄するとは――」
「ッ……」
「いーかげん諦めろや。テメェじゃ数百年たっても紫様の右足の小指の爪にすらなれねぇよ」
妖忌が全身を堪えて抱えていた、その大荷物。
女性は、片手で、軽々と。心底その目は傲慢な態度、侮蔑に怪しく光る。妖忌は首元につけられた爪を憎々しげに見つめるしかできなかった。
「藍!」
「おっと」
紫が一括すると、藍はフン、と鼻を鳴らし妖忌の首元から爪を引いた。しかし一向にその鋭い眼光で睨みつけることをやめない。妖忌もまた、全身に恐怖を感じながらも藍と呼ばれたその女性を睨み返す。
「やんのか、テメェ」
「……好戦的過ぎるぞ、相変わらず」
「それがどうしたってんだよ。私の仕事は紫様を守ることだ。テメェの命なんざ――」
「藍」
「……なんでございましょう、紫様」
「その辺にしておきなさい」
紫の言葉は一言一言が重く、どこか怒りを見せているようにも見えた。
藍もそれを感じ取ったのだろう。ぷい、と妖忌から視線を外すと少し前を歩く紫に付き従うように走り出した。その手に大荷物を抱えながら。
後ろで自分のふがいなさに身を震わせる妖忌をちらりと見る紫。そして彼に聞こえぬように藍に対して話しかける。
「やりすぎよ、貴女はいつも」
「別に人間如き良いではないですか。第一今回は紫様のほうが珍しい」
「……それは、認めるけど」
「所詮人間でしょう。妖怪が人間を殺したとして何が悪いのです。人間ごときが我々の旅路についてくるというほうがむしろ奇怪であり、抹消すべきノイズの一つであることは間違いありますまい」
「……はぁ」
こう、どうして藍はいつも短絡的思考しかできないのだろうか。
式にしてから相当の年月が経つ気がするが、どうにも武術や魔術面の強化ばかりがなされてこれから幻想郷で生きるための常識的な観念が抜けない。
「しばらくは八雲の姓もお預けね……」
「またですか」
「私が八雲の姓を与えるのは、生半可な式神じゃ不可能って事よ」
「ではやはりあの人間を一瞬にして」
「人の話理解できる?」
「妖です故」
何十年後になれば果たしてこの子は自分にとって最高クラスに有能な式になれるのだろうか。命令を素直に聞くことはするものの、心のどこかで強い反発心を持つ。自我を持つとは別に、何か強い意思が抜けきっていない。
教育不足だなぁ、と改めて感じる紫。しかし百年以上一緒にいるんだからいい加減自分の考えていることぐらいわかってほしいものだが。やはり幻想郷最強の妖怪の思考は『強力』である程度の妖怪には理解してもらえないものだろうか。
とん、と少しだけ先にスキップしてみた。ちょっとだけ、心が安らぐ。
「どうなさいました」
「単なる気分転換よ。それより妖忌遅れてたりしない?」
「放っておいてもいいでしょうに」
「藍」
「わかりましたわかりました」
藍は片手に大荷物を抱えながらめんどくさそうに妖忌に歩み寄る。その様子を見るだけでも自分の命令に対して殆ど反発しているということがわかっている。
有能な式に自我は必要ない。そりゃ、もし自分の式を新たに作るような妖になるのであれば話は別だろうが、自分の式である以上自分の命令に忠実かつ完璧であるのは最高の条件だ。足りないなぁ、と呟く。
「オイ人間。ペース上げろ」
「……わかった」
「そういうときの返事は「ハイ」だろうが。ホントにしばらく付いてきてるのに学ばんなお前は」
それはあんたにも言いたいよ、と離れた場所で聞く紫は心の中で呟く。
「お前に付いて来ているつもりは無い。私は紫に付き従っているだけだ」
「人間の癖に式神気取りかい」
「悪かったな所詮人間で。貴様みたいに激情だけで生きていけるほど軽い信念をしてないんだよ」
「人間が信念なぞ、よく言うわ」
「はいはい、ストップストップそこまでね」
藍に話させると喧嘩にしかならないと悟ったので、いい加減紫が打って出る。
「紫様」
「藍、あなたはもう少し他人に対する言葉遣いとかを身に着けなさい」
「人間に対する話し方なんてこんなもんでいいでしょうに、何を硬い事……」
「これから先の客人のところで迷惑するの。それと、妖忌」
「……なんだ」
「あなたも簡単に挑発に乗らない。確かに藍は悪いとは思うけど下手に文句言って首ちょんぱなんて私を退治するどころじゃなくなるでしょ? 少しは自制自制」
「……ふん、わかった」
少しだけ文句を言いたそうに。だが、今の紫の言葉を素直に聞き入れて自制する妖忌。
はぁ、とため息をつく。
こう、なんとも好戦的な式神と無愛想な付き人を持つと体がいくつあっても足りないと思う。
それでも、一人旅よりかは遥かに楽しいのだが。
「じゃ、行くわよ二人とも」
「はい」
「わかった」
「これから行く所はとーっても大事な客人の控えているところだからね。絶対に粗相の無いように」
二人が頷くのを見ると、紫は前を歩き出す。
空は蒼く、どこまでも続いている。それこそ、無限に、無限に。
これからいったい何があるかわからない世界、これからの成長がいろんな意味で楽しみな一人の式神と一人の従者。
紫は様々な思いを胸にめぐらせながら、一人の親友に会いに歩き出すのだった。
空は蒼く澄み渡り、無限の広がりを見せる。
幻想郷。その名こそ昔から存在したものの、この世界が固有の物となったのはごく最近のことである。それこそ、ここ十年か二十年か。
あまりに長く生き過ぎたため、正直なところそんな感覚は久しく忘れていた。数十年というのが印象に残るような時代など、当の昔に過ぎ去った。何百年も一人で生きていると自然とそうなるものだ。
だが――
「……紫」
「……あら、付いてこれてたのね。意外」
「強引にでも付いて行ってやると、言ったからな」
紫と呼ばれた女性が振り返る。そこには、喉の奥底から声を振り絞ってこちらに声をかけてきた一人の若い男性の姿。
白髪にも近い銀の髪。彫が深く、若干太めな眉の下に光は鋭い眼光。
腰元に備えた一本の刀がぶらりと垂れ下がる。
そして背には、大量の荷物――夕に米俵一個分に相当するだろうかというその大きさ。重量もおそらくそれに匹敵するものに違いない。その表情は苦虫を噛み潰したが如く辛そうであり、そして額、二の腕などからぽたぽたと地面に汗がしずくとなって垂れ落ちていた。
ふぅ、と軽くため息をつくように口元を扇子で覆い隠す紫。
「これで何日目になるか覚えてないけど、人間にしてはなかなか根性あるわよね」
「二月と二十三日、だ」
「覚えてるの? わざわざ」
「一日一日お前たちに受けるこの訓練という名の雑用を数えていたらそうなっていた」
「暇人……」
呆れたように、それでいて楽しそうな微笑みを浮かべる紫。
その言葉を受けて男性は、ふん、と鼻を一つ鳴らした。
男は、名を妖忌という。
最近紫が出歩いていると見つけた剣士の一人で、とりあえず気絶させた後いつもどおり放置しようと思っていたのだが、それが少し失敗だった。どうやら興味をもたれたらしく、「お前はこの私が直々に退治する。だから他の奴に横取りなどはさせん」などという無茶苦茶な理論展開により、彼の言うことによると二月と二十三日間紫に付いてきていると言う事になる。
紫としても、人間でここまで根性を持っている人間に出会ったのは初めてであったためにその辺に捨て去るのも勿体無いと重い、軽く荷物持ちとして使ってやることにした。
付いてきて、かつ色々修行などは積んでやっているもののその態度は不遜極まりない。まぁもともと主従の関係ではないのだ。それは仕方あるまい、と紫は思う。そもそも自分の生活に二月も付いてこれるような人間を見ただけでなかなか面白いのだから。妖怪ですら、一日共にいるのが苦痛になるであろうというのに。
紫は、妖忌の顔を覗き込む。男としてみると、やはりなかなか顔立ちも整っているし悪くないと思う。
「……何してる」
「あら、こんなに美人の女の子の顔を近くに寄せられて感想はそれだけ?」
「禁欲には慣れきった物でな」
「ゲイ?」
「殴るぞ」
最も手は出せないが、と物々と呟く。ポリシーなのか何なのか、女性に手は出さないという。そのため紫もそんなに迷惑をこうむったことはない。足手纏いではあるが、それ以上に楽しいので問題はない。というのが紫の意見だ。
妖忌にさらに顔を近づけてみても、強い反応はない
「女としての自信を失っちゃいますわ」
「黙れ、千余年を生きてる化け物がそんな事を今更言うか」
「生きている間、女はずっと女であり続けたいものなのよ。たとえ適齢期を逃がしてもね」
「……自分で言うか」
つまらなそうに、妖忌は鼻を一つ鳴らす。
ふふん、と笑うと紫は妖忌から顔を離し、妖忌の前を歩き出した。
これでも、妖忌は丸くなったほうだと思う。その二月前だかどれぐらいだか紫本人はいまいち覚えていないが、出会ってから数日間はもう暇さえあれば勝負を挑んできた。無論あっさり撃退したのだが。人間にしては強いが、博麗の者のように高い退魔の力を持っているわけでもない。所詮は唯の力押ししかできぬ剣士。
弱い力が強い力に押しつぶされる単純な道理。そんな生活が続いた結果、いい加減少しずつ妖忌も服従しようとはしているようだ。最も口が裂けても敬語など飛び出さないあたりが妖忌らしいのだが。
まぁ、あまりそういう風に妖忌が反発ばかりするようであったりすると――
「それとも本当に私女としての魅力無い?」
「ある」
「あら、妖忌にしては珍しい台詞……」
「人間の女だったら籍を入れても構わないと思えるほどに魅力は十分だと思うぞ」
「あ~ん、妖忌ったらやっぱり私の事」
「ただしその性格のせいで一日で見限られるのは道理だと思うが」
「前言撤回」
紫は笑顔を絶やさぬまま妖忌に向かって呟いた。若干であるが殺意がこもっていたようにも思える。だが、妖忌はそんな事を知ってかしらずか、再びその紫の言葉が邪魔ったらしそうに鼻を鳴らす。
しゅっと、風が切れるような音が聞こえた。
「オイ」
「!」
抜き放つ。刀。
腰から一気に、流れるような動作。その明確な殺意に向かって振りぬいた。
――風を、振りぬく感覚。
「ダ阿呆が」
「……!」
「所詮人間は人間か」
妖忌の首元に突きつけられた、爪。
鋭く伸び、敵を切り伏せるのに十分すぎるその爪。妖忌がわずかにでも動けば、その頚動脈が一瞬で根を上げる位置に、しっかりと置かれていた。
突きつける爪の主。紫に負けぬほどの美麗な金色の髪を靡かせ、その全身の体格は女性とは思えぬほどによい。身長も恐らくは男性である妖忌と同等、下手をすればそれ以上にあるだろう。だがそれ以上に、その女性をその女性足らしめるものがあった。それが、耳と尻尾。まるで、いや確実に「狐」のそれ。唯一普通の狐の持つそれと違うところを上げるとすれば、その尻尾は九尾であったということだろうか。
瞳の眼光は鋭く、その瞳すらが凶器。それを凶器と例える事すらが可笑しな事であるのだが、しかし事実といって差し支えあるまい。
その瞳に睨まれ、爪を突きつけられた妖忌は――事実、凍りついたように動けずにいるのだから。
その姿を見ると、女性は――まるで侮蔑するかのように、嗤う。
「ハン、殺意に踊らされて自分の仕事を放棄するとは――」
「ッ……」
「いーかげん諦めろや。テメェじゃ数百年たっても紫様の右足の小指の爪にすらなれねぇよ」
妖忌が全身を堪えて抱えていた、その大荷物。
女性は、片手で、軽々と。心底その目は傲慢な態度、侮蔑に怪しく光る。妖忌は首元につけられた爪を憎々しげに見つめるしかできなかった。
「藍!」
「おっと」
紫が一括すると、藍はフン、と鼻を鳴らし妖忌の首元から爪を引いた。しかし一向にその鋭い眼光で睨みつけることをやめない。妖忌もまた、全身に恐怖を感じながらも藍と呼ばれたその女性を睨み返す。
「やんのか、テメェ」
「……好戦的過ぎるぞ、相変わらず」
「それがどうしたってんだよ。私の仕事は紫様を守ることだ。テメェの命なんざ――」
「藍」
「……なんでございましょう、紫様」
「その辺にしておきなさい」
紫の言葉は一言一言が重く、どこか怒りを見せているようにも見えた。
藍もそれを感じ取ったのだろう。ぷい、と妖忌から視線を外すと少し前を歩く紫に付き従うように走り出した。その手に大荷物を抱えながら。
後ろで自分のふがいなさに身を震わせる妖忌をちらりと見る紫。そして彼に聞こえぬように藍に対して話しかける。
「やりすぎよ、貴女はいつも」
「別に人間如き良いではないですか。第一今回は紫様のほうが珍しい」
「……それは、認めるけど」
「所詮人間でしょう。妖怪が人間を殺したとして何が悪いのです。人間ごときが我々の旅路についてくるというほうがむしろ奇怪であり、抹消すべきノイズの一つであることは間違いありますまい」
「……はぁ」
こう、どうして藍はいつも短絡的思考しかできないのだろうか。
式にしてから相当の年月が経つ気がするが、どうにも武術や魔術面の強化ばかりがなされてこれから幻想郷で生きるための常識的な観念が抜けない。
「しばらくは八雲の姓もお預けね……」
「またですか」
「私が八雲の姓を与えるのは、生半可な式神じゃ不可能って事よ」
「ではやはりあの人間を一瞬にして」
「人の話理解できる?」
「妖です故」
何十年後になれば果たしてこの子は自分にとって最高クラスに有能な式になれるのだろうか。命令を素直に聞くことはするものの、心のどこかで強い反発心を持つ。自我を持つとは別に、何か強い意思が抜けきっていない。
教育不足だなぁ、と改めて感じる紫。しかし百年以上一緒にいるんだからいい加減自分の考えていることぐらいわかってほしいものだが。やはり幻想郷最強の妖怪の思考は『強力』である程度の妖怪には理解してもらえないものだろうか。
とん、と少しだけ先にスキップしてみた。ちょっとだけ、心が安らぐ。
「どうなさいました」
「単なる気分転換よ。それより妖忌遅れてたりしない?」
「放っておいてもいいでしょうに」
「藍」
「わかりましたわかりました」
藍は片手に大荷物を抱えながらめんどくさそうに妖忌に歩み寄る。その様子を見るだけでも自分の命令に対して殆ど反発しているということがわかっている。
有能な式に自我は必要ない。そりゃ、もし自分の式を新たに作るような妖になるのであれば話は別だろうが、自分の式である以上自分の命令に忠実かつ完璧であるのは最高の条件だ。足りないなぁ、と呟く。
「オイ人間。ペース上げろ」
「……わかった」
「そういうときの返事は「ハイ」だろうが。ホントにしばらく付いてきてるのに学ばんなお前は」
それはあんたにも言いたいよ、と離れた場所で聞く紫は心の中で呟く。
「お前に付いて来ているつもりは無い。私は紫に付き従っているだけだ」
「人間の癖に式神気取りかい」
「悪かったな所詮人間で。貴様みたいに激情だけで生きていけるほど軽い信念をしてないんだよ」
「人間が信念なぞ、よく言うわ」
「はいはい、ストップストップそこまでね」
藍に話させると喧嘩にしかならないと悟ったので、いい加減紫が打って出る。
「紫様」
「藍、あなたはもう少し他人に対する言葉遣いとかを身に着けなさい」
「人間に対する話し方なんてこんなもんでいいでしょうに、何を硬い事……」
「これから先の客人のところで迷惑するの。それと、妖忌」
「……なんだ」
「あなたも簡単に挑発に乗らない。確かに藍は悪いとは思うけど下手に文句言って首ちょんぱなんて私を退治するどころじゃなくなるでしょ? 少しは自制自制」
「……ふん、わかった」
少しだけ文句を言いたそうに。だが、今の紫の言葉を素直に聞き入れて自制する妖忌。
はぁ、とため息をつく。
こう、なんとも好戦的な式神と無愛想な付き人を持つと体がいくつあっても足りないと思う。
それでも、一人旅よりかは遥かに楽しいのだが。
「じゃ、行くわよ二人とも」
「はい」
「わかった」
「これから行く所はとーっても大事な客人の控えているところだからね。絶対に粗相の無いように」
二人が頷くのを見ると、紫は前を歩き出す。
空は蒼く、どこまでも続いている。それこそ、無限に、無限に。
これからいったい何があるかわからない世界、これからの成長がいろんな意味で楽しみな一人の式神と一人の従者。
紫は様々な思いを胸にめぐらせながら、一人の親友に会いに歩き出すのだった。
が、まあ一つ
妖忌は千年以上前から存在してます
題材としても面白いし文もそれなりだけど、作者自身の設定が強すぎるかな。
(作品内の時期であれば、藍はまだ命令時以外じゃ、そこまで強くなさそうだし)
次回以降に期待してます
設定だけのキャラだもの、色々妄想したくもなりますさ
本設定と矛盾しててゲンナリするのもまた一興
続編が出るなら読んでみたいです。
てかなげえ!!
あなたが、中身が見えない形も解らないヒントも無い袋の中身を正確に当てれるならともかく、
そうでないならふざけたこと言うな!
そもそも、あんた誰?
作者の方ではないみたいだけど、かといって作品の感想も無いし、私の感想にいちゃもんつけたかっただけか?
上の人、関係ないんですがコメにコメをするのはやめたほうがいいと思います
十分おもしろかったんですがやっぱり違和感がありますなあ。
いくら設定のみといえど妖忌まわりの設定、もちっと原作のふいんきに合わせてくだされ。でないと途中でついていけなくなります。
二次設定はともかく公式設定からも大きく外れているので、事前文に一筆置いておいたほうが良いのではないでしょうか
(まあ冒頭からオリ設定なので、嫌いな人は直ぐに引き返すと思いますが・・・)
でも若妖忌とやさぐれ藍の話は「面白そう」でした。今はまだ様子見でこれから面白くなるかも知れない、ってことです。読者が見たいのはどんな成長をして今の二人になったのか、という描写だと思いますので、そこに挑戦していけばこの作品は「完成」に近付くし、今のままなら「未完」のイメージしか抱かれないと思います。頑張って下さい。
>勿体無いと重い、
思い
>最も手は出せないが、
>最も口が裂けても
尤も(最もは「最高に」と置き換えられる箇所に、尤もは「とはいえ」と置き換えられる箇所に使います)
>これから幻想郷で生きるための常識的な観念が抜けない。
常識は抜くんじゃなくこれからインプットしようとしているのでは?
自分の藍様像に新たな見解が生まれました、ありがとう
公式設定を踏まえてのSSだからこそ、万人に受け入れられる面白い作品が生まれると思います。次回作を期待していますね。