「まぁ好きではじめた仕事ですから」
そう言って照れるのは、八意永琳。
永遠亭に住む、コラージュ職人である。
彼女の一日はまず、素材の入念なチェックから始まる。
「やっぱり一番うれしいのはお客さんからの感謝の手紙ね、この仕事やっててよかったなと」
彼女の腕を買って、毎日素材の持ち込みがなされる。
「毎日毎日温度と湿度が違う、機械では出来ない」
湿度と温度で仕上がりは変わらない。
今日は紅魔館への納品日。
彼女は商品を一枚一枚丁寧に詰装飾し、ユーザーの元へと向かった。
基本的な形は決まっているが、それぞれの嗜好に合わせて多種多様なものを作らなければいけないのが辛いところ、と彼女は語る。
もちろん、気に入らなければ受け取らないユーザーも多数いる。
「それにやっぱり、冬の仕事はキツイね、愚痴ってもしかたないんだけど」
彼女の仕事場は、暖房完備である。
「最高の材料だ。良いのが出来るよ。」
彼女は、子供のように無邪気に笑った。
そんな彼女は、仕込みに満足できないとその日の営業をやめてしまう。
頬の感触を完璧に想像させるためには、5年はかかると、匠は語る
フォトショップで弄る、光源の当て方。
これだけで、原石はダイヤモンドへと生まれ変わる。
「もちろん出来上がった物は一つ一つ私自身で試しています」
何に使うかという質問は、頑なに断られた。
今日は、幻想郷でも著名な妖怪である、隙間妖怪の八雲紫さんのところに、かねてから依頼されていた製品を納入する日です。
八雲さんの厳しい目には、教えられることも多いとか。
「普段見せない日常の笑顔。その素材を昇華させてこそ、職人ですから」
利用者の喜ぶ顔を見ようと、納入先に張り込んで、危うく社会的に抹殺されそうになったこともしばしば。
ここ数年は、河童の人海戦術に押されていると言うが、今、一番の問題は後継者不足であるという。
「いや、私は続けますよ。待ってる人がいますから───」
永遠亭、コラージュ職人の灯火は弱い。だが、まだ輝いている。
「時々ね、わざわざ永遠亭まで来られる方もいるんですよ。またお願いしますって。ちょっと、嬉しいですね」
冷徹でいて知的。そんなイメージな先行する彼女も、このときばかりは柔らかい表情を見せた。
「遠くからわざわざ求めてこられるお客さんが何人もいる。嬉しいですよね、そういうのって。認められているっていうか」
そんな彼女の目にかかれば、見るだけで出来不出来が分かってしまう。
技術の永遠亭、ここにあり。
「やっぱねえ、手間暇かけてこその表情ってあるんです。河童の補正装置がいくら進化したって、コレだけは真似できないんですよ」
コラージュひとつにかける時間はかなり長いが、作業は素早く、素人がとても真似できるようなものではない。
「こう・・・・・・。研究室に篭って、徹底的に写真と向き合ってると、ピリッと体が引き締まる思いなんです。
もともと神事に使うものなので、いい加減なことはできませんしね」
作業は、ときには深夜にも及ぶ。納得がいくまで、食事もロクには取らない。集中の線が切れてしまうからだ。
「やっぱりアレですね、たいていの若い兎はすぐやめちゃうんですよ。割りに合わないとか、所詮ニセモノじゃないかとかいって。
でもそれを乗り越える奴もたまにいますよ。ほら、そこにいる若いやつもそう。そういう奴が、これからのコラージュ界を引っ張っていくと思うんですね」
自らを語るときには緩まない表情が、そのときだけは和らいだ。師弟の絆は、海より深いのだ。
「でもね、一度やめようかと思ったこともあるんです。でもね、二度とは見られないだろう笑顔を見たとき、表情を見たときに。
それをそのまま、歴史の藻屑にしていいのかってやっぱりこのみちにもどって来ちゃったんです。これも全部、姫のおかげです」
二度とは撮れないベストショット。自分で使うものは、自分の手で素材を集めるのが彼女の誇りだと言う。
「(河童の売り出すものとは)全然違う。トータルで考えるとこっちの方が安く付く」
量産品に押されてしまっていても、まだ需要がある、それだけで匠は頑張れると言う。
「私は続けますよ。一人でも、お客さんがいる限りね」
その、高い職人意識は、常に仕事場で発揮される。
「これは失敗ね」
そう言って、彼女は現像した写真を燃やしてしまった。
「心を篭めて作ったものですから、それは自分の分身も同然。けど、納得できないものを売るわけには行きませんから」
常にユーザーの視点になって考える、妥協しない、匠の意地だった。
最近は、量より質という顧客の回帰から、幻想郷中から注文が殺到しているそうだ。うれしい悲鳴ですね、八意さん。
とくに、魔法の森の魔法使い、アリス・マーガトロイドさんは常連で、毎週10セットは購入していくという。
ときには素材の選定で、朝まで議論を交わしたこともあった。
「本気でぶつかってくれるからこそ、私も本気でぶつかりたい」
精悍な顔つきで、アリスさんは語った。
職人としてのシンパシーが、そこにはあった。
守矢神社への奉納の日。
「神様が使うものだからね、毎週作ってるけど、身が締まる思いですよ」
やはり、神様が使うとなると緊張も増す。
もちろん、半端なものを作っているつもりはまったくない。
「真剣勝負ですよね。海がない幻想郷だからこそ、浜辺の天使が映える」
はねる水しぶき、弾ける笑顔。本物を越えた、匠の技がそこにあった。
「本物・・・・・・。本物をね・・・・・・伝えたい」
取材中、彼女はそう呟いた。その小さな呟きこそが現代の幻想郷に失われつつあるものではないだろうか。
彼女の功績は、天狗の新聞でも取り上げられ、幻想郷に残る職人として注目を集めている。
「どうですか?弟子入りしてみて」
「辛いですね、毎日・・・・・・。でも、達成感って、何かを成し遂げた先にあるんですよ」
口数少ないイナバは、そういって笑ってみせた。
◆
「辛かったですね、あの日々は」
地上に落とされた、蓬莱山輝夜。その影響で、一時は死をも考えたそうです。
もう、二度と会うことなんてできない、そう、諦めていた彼女。
そんな彼女の支えが、色々な服装を着せた、輝夜さんの写真だったそうです。
一緒に連れ立って、どこかへ出かける――それが、生きる支えだったと懐かしそうに語ってくれました。
「いまでも、その日々を思い出すと胸が熱くなって涙が出てくるんですよ。
こうしていつでも触れ合える距離にいるからこそ、今は、二度とは来ないタイミングを逃したくはないですから」
永遠を生きる彼女は、永遠に恋焦がれているのだろう。
そこまで愛されている輝夜さんの姿は、あいにく今日は見ることができませんでした。
「ああ見えて、好奇心が強いので・・・・・・。でも、一所に縛っておけないからこそ、愛しいんです」
いつの世も、恋に生きる女性は美しい。
「あるとき、現実の姫よりも、自分の作品の方が可愛くなっちゃったんですよ・・・・・・。因果な商売ですね・・・・・・」
苦しい気持ちも吐露した。現実よりも空想に逃げ込みたがるのが世の常。
けれど、貴重な素材は、いつだって現実から生まれてくる。
「苦悩と葛藤の日々もありました。そして気づいたんです。結局は、自分の気持ち次第だって」
長く、自由に振舞えなかった分、彼女の挑戦をサポートしていきたい。
そこで新たに芽生える可能性を、自分の手で育てたい。
今では、そう思えるようになったと語ります。
「たしかに、日の当たらない仕事ではあります。でも、やり甲斐があるんです」
紅白巫女を、慎重に水着姿へと挿げ替えていく。
自然な日焼け痕が、たしかに夏を薫らせた。
「さて、今日も徹夜かしらね」
「師匠、お薬の調合のほうも・・・・・・」
「同時進行よ、優曇華も手伝って」
「薬のほうだけですけどね」
こうして、彼女の新たな一日が始まる。
コラージュ職人の、朝は早い。
了
あとがきがいいたかっただけなんですね、わかります。