「なんかもう云うけど、私魔理沙が好きよ」
そんな事を聞いたのが、つい昨日の事だった。
霊夢に弾幕ごっこを仕掛けに行って、見事にやられてその後の小休止の時にそれを云われた。
お茶を啜りながら、さも当然のように、羞恥に顔を染める事もなく。
そういう告白ならもう少し信憑性を持たせて欲しい。飄々とし過ぎていて、私には真偽のほどが判別出来ないから。
しかし私は、昨日それを云われて自分の家で悶々と悩んだ末に、漸く結論を出した。
――きっと、からかっているのだろうと。
悔しいから、私も素知らぬ顔をして対抗してやろうと思い立った。
◆
「よう」
博麗神社に赴くと、霊夢は相変わらず縁側で茶を啜りながらぼんやりとしていた。
昨日告白したにも関わらず、私を確認しても表情が変わる事はない。
それが何だか悔しくて、私も何も知らないと云った風に挨拶をして、霊夢の隣に腰掛けた。
あんな事を云われた後だから、私が慌てふためくと思ったら大間違いだ。
暗にそういう事を云うような態度を見せ付ける。それでも霊夢は相変わらずだった。
「意外ね」
「何がだよ」
「もっと赤くなったりするかと思った」
「そんなに子供じゃないぜ」
霊夢の隣で空を見上げる。心なしか、その空が揺れているように見えた。
霊夢は「そうね」と云って笑ったが、実際私の心臓は確実に平常通りという訳には行かなかった。
直接的でないにしろ、あの話題を出された途端に半鐘を打っている。
その緊張にも似た様子は、外面には決して出さなかったが、それも出来ているかどうか判らなかった。
だが、今日は霊夢を逆に思い通りにしてやるのだ。
私は敢えて危険な所に踏み込んだ。
「私も好きだぜ」
この言葉を云うまでに、どれだけの時間を要したのかは考えたくないが、実に自然に、且つ唐突に、そして霊夢がそうであったように素知らぬ顔で、云う事が出来た。
私の反撃など考えて居なかっただろう。さあ慌てふためけ霊夢。
心中が慌てふためいているのは私の方だが、先に相手に悟られたら負けなので気にしない。
そして、霊夢の方を恐る恐る見遣る。私の予想では、顔を赤くさせている霊夢がそこにいる。
――霊夢の顔が、目の前にあった。
「ち、近くないか」
「どうして? 好きなんでしょ?」
そう云って口元を吊り上げて見せる霊夢は、明らかに私を挑発しているように見えた。
駄目だ、此処で負けたらきっと物凄く恥ずかしい。
霊夢は全てを見通しているに違いない。でなければ、こんな事をしてくるものか。
これは昨日から始まった冗談の続きで、どちらが先に挫けるかを試す勝負なのだから、耐えなくては。
そうは思っても、殆ど鼻がくっつきそうな位置にまで近付いている霊夢の顔が、私の決心を鈍らせた。
「そうは云ったが、それは関係なしに近いぜ」
「好きだから近付くのよ。それとも、こういうのは嫌かしら」
霊夢はまた、私が予想出来ない行動を取って来る。
突然顔を離して、私が安堵の溜息を吐いたのが悪かった。その行動に対して余計に驚いてしまう。
霊夢は私の膝の上に頭を乗せて、下から私を覗き込んでいた。
膝に感じる霊夢の頭の重みと、倒れた拍子に香ってきた髪の香りだとかが、私の決心を更に鈍らせる。
しかし、此処で負ける訳には行かない。もうそろそろ霊夢も我慢の限界のはずだ。私は耐える。
……そうして暫く霊夢と見詰めあったが、勝てる気は一切しなかった。
「べ、別に嫌じゃない」
「じゃあ遠慮なく」
自分でも身体が固まっているのが判った。
霊夢が身じろぎする度に、それがより顕著になる。
もしかしたら、私が心臓をばくばく云わせている事に霊夢は気付いているかも知れない。
何しろ、私だけでなく外に響き渡っているのではないかと云うほど鼓動は激しいのだ。
だが、霊夢はやはり飄々としたまま変わらなかった。
下から私を覗き込みながら、ずっと見詰めて来る。だから私も見詰めていた。
今度は目を逸らしたら負けになる気がする。
「魔理沙、キスして」
「な、何だって?」
「キスして欲しいの。接吻。判るでしょ?」
「判るが、その、なんでいきなり……」
さすがにこれは、冗談の域を超えている。
これで私が本当にキスしたらどうするのだろう。慌てふためくのかも知れないが、その前に私が負ける。
私が若干の戸惑いを入り混じらせながら尋ねると、霊夢は「好きだから」と云う。
勝てるはずがない。どうしてそんなに堂々としていられるのか。私は既に限界に近いのに。
それでも負けを認めるのは悔しいから、抵抗してやろうと思った。
「私は受けの方が好みなんだぜ」
これが、私に出来る最後の抵抗だった。
霊夢は目を丸くしている。が、きっと私の顔は真っ赤になっている。
私はこれで勝負がついたと思ったが、霊夢はにやりと笑っていた。
何をする気だろう。そう考えた時には、既に押し倒されていた。
さっきとは逆に、霊夢の顔が真上にある。肩が抑え付けられている。お互いの吐息が掛かる。
驚き過ぎて、呻き声ですら出す事が出来ない。ただ、茫然と霊夢の黒い瞳を見詰めていた。
「受けの方が好みなら、私からするのが道理ね」
心臓が五月蠅く鳴っている。
次第に霊夢の顔が近付いてくる。
吐息が熱い。視界が埋まる。
霊夢は結局止まらなかった。
唇に柔らかな感触がする。目は開けられなかった。ただ、吐息が近い。
それは時間にしてみれば、たった数秒の出来事だったのかも知れないが、私にとっては永遠に感じられるほどの出来事だった。まさか、本当にするなんて。そればかりを考えた。
「……冗談じゃなかったのか?」
「私は何時だって本気よ。魔理沙は違うの?」
「いや……本気だぜ」
私は結局、霊夢に勝てなかった。
屈託のない笑顔で本気だと云った霊夢に対して、肯定する以外に手段がなかった。
どうしてそう平気で居られるのか。今度一度聞いておかなければと誓い、また霊夢を見上げた。
それと同時、「今日は頑張った方かもね」と云われてしまった。
勘が鋭いとか、そういう次元じゃない。私が手駒に取られているような気がしてならなかった。
――が、今回の敗北の味は、とても甘いように感じられたから、好しとする。
――end.