Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

言訳なんてするはずない

2008/09/10 22:06:20
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 糸が布を擦る音だけが響いている。針を返して布を刺し、そこを通る糸がするすると静かな音を立てている。私は無心を心掛けながら、新しい人形に着せる服を黙然と縫っていた。平生の通りなら、我ながら賞賛に値する集中力で作業は一切の滞りなく進むのだが、今回ばかりはそうは行かなかった。
 針を通す場所を間違えれば、自分の指に針を刺しそうにもなる。その度に露呈してしまいそうな動揺を必死に押し隠しつつ、何事も無かったかのように作業を続ける。その繰り返しが、朝から延々と続いていた。本来なら随分と前に完成しても良さそうなのに、人形用の服の完成度は未だ五割程度。原因が何なのか、それは判り切っている事だが、それに対して対処法を持ち得ない私は、やはり黙然と作業を続けるしかなかった。

「……何か、そう云う繊細な作業って見てると眠くなるな」

 私の作業を妨げる原因、霧雨魔理沙が退屈だと訴えるように呟く。今日の朝から私の家に訪れたと思えば、延々と作業を続ける私の手元を延々と見続けている。その視線の所為で何時もの私なら有り得ない失敗を何度も繰り返していた。私の向かいに腰掛けながら、机の顎を乗せてずっと私の作業を見ている魔理沙は、そんな些細な変化には微塵も気付いていないのだろうが、その実私の作業率を大きく落としているのも何処吹く風と云った様子で、三角帽を頻りに弄っている。
 作業を妨げる要因を自ら招き入れた私にも失態があるが、それでもこうして何をするでもなく私の作業を見詰められていれば、集中力を欠かせる事には気付きそうなものだが、やはり魔理沙はそんな事には気付かない。今朝から少しも変わらない態度を保ち続けたまま、次第に形を明瞭にしていく服を見ている。何が目的なのか。何度も尋ねようと思った問いは一向に口の中から出ない。時折話し掛けて来る魔理沙に、無愛想な返事を返してばかりだった。

「なあ、少しは客人への気遣いってのはないのか?」
「何が客人なのよ。他人の魔導書を借りたまま返さない泥棒紛いの人間が」
「酷い云われようだな。返済期間は私が死ぬまで、って云っただろ」
「それを盗んでると云うのよ。全く、人の事も考えないで」

 はあ、と嘆息を吐き、止まっていた手を再び動かし始める。魔理沙はまたその作業を眺め始める。変わり映えのない私達の行動は、微妙に歪んだ螺旋を巡るかの如く、終わりが見えない。私の作業が終わりを迎える気配も、魔理沙が帰宅する気配も無いのだから、それも当然だ。今度こそ聞いてやろうと思って、心の中にその言葉を形成し始めるが、中々それが上手く行かなかった。何をしに来たのと普通に云えば好い所を、何故か他の幾通りの選択肢を考えてしまって、一向に要領を得ない。結局また、裁縫を続行したまま時計がこちこちと音を立てるのを聞く事になった。

「なあ」

 今度の沈黙は幾らか短かった。魔理沙は顎を机に付けたまま、普段の声音で私を呼んだ。視線だけを向けると、漸く姿勢を正して、固くなってしまった身体を解すように大きく伸びをしてみせる。骨が軋む音が、ぽきぽきと鳴った。一頻りその小気味良い音を鳴らし終えると、魔理沙は再び話を戻そうと私に目を向ける。その表情からは何を云おうとしているのかは判らなかった。ただ、金色の瞳が陽光を浴びてきらきらと輝いていた。

「私が此処に何で来たのか、考えてるだろ」
「……」

 え、何を云ってるのだろうこの泥棒猫は。確かにその指摘は私の思考を完全に読んでいるけど、それをこのタイミングで何故云うのか判らない。今までと同じように黙然と作業を見続けていれば良いのに、話をややこしくするなと云いたいがやはり言葉が出て来ない。私が答えに窮しているのを見て確信を得たのか、魔理沙は不敵な笑みを浮かべている。何が云いたいのと口を開こうとしたが、魔理沙が喋り出す方が若干早かった。私の出番はまだ回って来ない。

「答えられないって事は、正解だな」
「そ、それがどうしたのよ」
「いや、まあいきなり魔理沙さんが訪ねてきたらさしものアリスも動揺するかと思って」

 わざと勿体ぶったように此処へ訪ねてきた理由を話さずに下らない事を云う魔理沙に、無性に腹が立つ。大体魔理沙がいきなり訪ねて来たって私は別段に驚かなかった。――流石に窓の外に黒い影が横切った時には紅茶を飲む手が止まったし、次いで自宅のドアがノックされた時にはそのカップを落としたりはしたが、それは誰だって普通にする事だ。何も私が誰かの来訪を、殊に魔理沙の来訪を楽しみにしていたなんて事は断じて有り得ず、あの時の動揺はまた魔導書が盗まれるのかと云う危機に起因していて、決して魔理沙の来訪に動揺していた訳ではない。断じて動揺していた訳ではない。大切な事なので二回云ったが、これは真実と云う以外に答えの見付からない言訳、ではなくて事象なのだ。

「アリス、手が止まってるぜ」
「と、ととと止まってないわよ!」
「そんなに必死になって否定する事か?」
「あんたが変な事云うからでしょうが!」
「別に変な事なんて云ってないぜ」

 つい、図らずも私の悪い癖が出てしまった。心中で考えていた事を的確に当てられると、焦ってしまう。別に何時もと云う訳ではないのに――そう、魔理沙がそう云った事をしてきた時には何故か焦ってしまう。いや、そうではなくて、別に魔理沙だから当てられて焦るんじゃなくて、心中で考えていた事を当てられるのは誰であれ驚く事で、私のこの動揺が直接的に魔理沙に関わっていると云う事ではなく、これはやはり私の性格の本質なのだ。だからこうして飄々として私をからかってくる魔理沙は路傍に転がる石と同義であり――路傍の石は云い過ぎかも知れないけど、とにかく私が云いたいのは路傍の石が喋った所で私には何の感慨も湧かないから、つまり魔理沙のからかい文句も私に何の痛痒も与えていないと云う事で――ああ、何を云いたいのか自分でも判らない。

「熱でもあるのか? 顔が真赤だぞ」
「ね、熱よ! 熱だから! ただの熱だから変な想像しないでよね!」
「そうか。熱なら寝ろよ。そんな細かい作業してたら身体に響く」

 急に優しさを帯びた魔理沙の態度が、嬉しじゃなくて癪に障ったから私の頭に血が昇る。からかい続けたなら、それはそれで免疫が付くのに、急激に態度を変えられると何も準備していないから腹が立つだけで、照れてなんていない。心臓が五月蠅いほど鳴っているのは、きっと怒っているからだ。怒っているから何だかその優しさにたじろいで、言葉がろくに口を出なくて、「えっ」とか「あ……」とかそんな声ばかり出てしまう。癪だから、何時の間にか私をベッドまで誘導してくれている魔理沙に従って素直に横になっているのも、全部恐ろしいくらいの憤怒が逆に私の身を縛り付けているからだ。でないと、怒りが解き放たれた時の私は思わずスペルカードを乱射してしまうくらいに危険なはずだ。魔理沙には感謝して欲しい。この憤怒がなければとっくのとうにこの家ごと魔理沙を吹っ飛ばしてしまっているのだから。

「ほら、熱測るから大人しくしろよ」
「はっ? え? ちょっ、まっ……」

 私の意味不明な言葉より先に、魔理沙は自分の前髪を掻き上げて、額を私の額に近付ける。何時の間にか私の前髪も魔理沙のひんやりとした手によって掻き上げられていて、その感触が心地良く――って、だからそうではなく鬱陶しくて払い除けようとしたけど、生憎私は熱を出しているのだった。熱が出ているからには身体が凄まじく気怠くて腕を動かすのにも苦労する。結局熱にやられた私は身動き一つ取る事は出来ず、あくまで熱の所為で魔理沙の行動を受け入れるしかない。熱があるから私の顔は、魔理沙が接近してくるにつれて熱くなっているのであって、のみならず体中に変な汗をかいているのも間違いなく熱の所為だ。全く恨めしい熱だ。突然私の身体の自由を奪って、魔理沙の行動を阻ませないなんて。

「ん……少し熱いが、これなら少し経てば治りそうだな」

 あ、魔理沙が離れて行く。私としては熱があって体温が急上昇しているから、もう少しそのひんやりとした額で冷やしてくれれば良いのにと思ったが、相変わらず気が利かない。
 ……あれ、今何かおかしな事を考えていた気がする。魔理沙の額なんてすぐに離れてしまえば良いのに、と心中に訂正しつつ、私に背を向けて台所の方に歩いて行く魔理沙を見ていた。――って何で勝手に台所に入ろうとしているのか。まさか魔導書だけでは飽き足らず、我が家の上質な紅茶の葉まで盗って行くのではないかと思い、「何してんのよ。勝手に他人の家の台所に入って何をする気?」と云おうと思って口を開いた。

「……何処、行くの?」

 ……私はなんて云ったのだろう。やけに熱っぽい声で、まるで縋り付くような声を発した気がするが、これはきっと熱に浮かされて、先に考えた長い言葉の羅列を発するのには体力が些か足りなかったからに違いない。だから、振り向いて、まるで慈しむかのような声で「お粥を作るだけさ」と云った魔理沙に対して嬉しいなんて思っていない。思っていないと私が判じたからには、思っていないのだ。上海人形が私と魔理沙を交互に見て笑った気がするが、人形がまさか笑うはずがないと自らの戦闘手段がどんなものだったのか忘れたかのように私は自分に云い聞かせた。

「あー、私が此処に来た理由は、アリスがこうなるのを予期したからだぜ」

 台所の方から、魔理沙の楽しげな声が聞こえて来た。何もかもを知っているような口振りは不愉快だったから、一言何か云ってやろうと思い、余りの高熱に蕩けそうな頭の中に言葉を作る。今度こそはこの熱に負ける事なく罵声を浴びせてやろうと心に決めて、今日一番の声量を以て、云った。

「早く作って持って来なさいよ!」

 一応明言するが、これは寂しいから早く戻って来て、と云うメッセージではなく、お腹が空いたからさっさと私の為にお粥を作って持ってこい、と云う意味だ。これ以外には解釈の仕様がない。誰もがこの解釈をする事だとは思うが、万が一勘違いをする人が居ないように――と、此処には私以外に魔理沙と私と人形達しか居ない事に気付いた。とにかく、私が何故かこの部屋を物寂しいと思っているのも、何かが足りないと思っているのも、全てはお腹が空いているからに他ならない。――微笑を含みながら、「善処するぜ」と云った魔理沙の言葉に、再び熱が上昇したように思われた。実に性質の悪い熱だ、私はそんな事を考えて布団を顔まで上げた。

 自分に云い聞かせるつもりで、私は此処に今一度宣言する。
 今まで、私は一度も言訳などしていない。
 ……と、思う。


――end.
その後。

「熱いだろうから、冷ましてから食わせてやる」
「べっ、別にそんな事しなくていいわよ!」
「つべこべ云うな。……ふーっ、ふーっ、どれ、これくらいでどうだ?」
「自分で食べるから! そこに置いて!」
「あーん」
「だから、自分で食べるって云ってるじゃない!」
「あーん」
「だから――」
「あーん」
「……あーん」

そんな二人の風景。
twin
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コメント



1.喚く狂人削除
これはいいツンデレ

素直じゃないアリス可愛いよアリス
2.名前が無い程度の能力削除
>素直じゃないアリス可愛いよアリス

何をいっているんだ!
アリスは素直だよ!
言い訳なんて一度もしてなかったよ!

だから人形で威嚇しないでください。ええ!威嚇なんてしてませんよね!見てただけですよね!
3.転寝削除
アリスの心情すべて察したうえでやってそうなマリサにニヤニヤ
最後の「……あーん」はもうバカップル丸出しでしょう