「大ちゃん!見ててね!今日こそあのでっかい蛙に勝つんだからっ!」
「あまり無茶しちゃだめだよ、チルノちゃん」
私は無邪気に笑うチルノちゃんを近くで見守っていた。
わりとよくある日常の光景。
でも、はじめから私達はこのような関係だったわけではありません。
少し、お話をしてもいいでしょうか?
これは昔の話。そう、あの紅霧の異変よりもさらに昔の話・・・
「チルノちゃん、今日は何して遊ぶ?」
今日も私はチルノちゃんを遊びに誘いました。
妖精達の間で浮いていたチルノちゃんが気になって、声をかけたのがきっかけです。
それが一緒にいるうちに、いつの間にかチルノちゃんが私にとってかけがえのない存在になっていました。
「う、うん・・・」
何だか元気がなさそうなチルノちゃん。私は気になったので尋ねてみました。
「チルノちゃん、どこか具合が悪いの?なんだか元気がないみたいだけど・・・」
「そ、そんなことないよっ!あたいはさいきょーなんだから!いつも元気いっぱいよ!!」
そう言って明るく振舞うチルノちゃん。どう見ても無理してるのがわかる・・・
「ダメだよ、もし無理してもっと具合が悪くなったら大変だよ!今日は帰ってゆっくり休もう」
「・・・うん、わかった・・・」
チルノちゃんはそう言って大人しく頷いた、思ったよりも具合は悪いみたいだ。
いつもならちょっと具合が悪いくらいなら「こんなの全然へーきよ!」と元気と言い張るのだから・・・
私はチルノちゃんを休ませ、看病することにしました。
水を絞ったタオルを額にのせたり、お粥を作って食べさせたり・・・そんな日々が数日続きましたが、チルノちゃんの具合は全然よくなりません。
むしろ、日ごとに目に見えて悪化していきました。
「どうしよう・・・薬草も全然効かないし・・・」
もう、自分一人の力ではどうしようもないと感じた私は、レティさんにチルノちゃんを診てもらうことにしました。
レティさんはチルノちゃんの様子を診ると「なるほど」と頷きました。
「この子のことは私に任せて、あなたはもう帰りなさい。ここ数日、ずっと看病して疲れてるでしょう」
「私なら大丈夫です」
無理をしてないというと嘘になります。でも、こうして苦しんでいるチルノちゃんの傍にいてあげたい。そういう気持ちでいっぱいでした。
「気持ちはわかるけど、今日のところは帰りなさい。折角この子が元気になっても、あなたが身体を壊したら元も子もないわ」
なんだかレティさんは私を帰らせたいような気がしました。仕方が無いので私は帰ることにしました・・・が、やはり気になったため、途中で引き返してそっと外から様子を見ることにしました。
「まったく・・・無茶するんだから」
部屋の中からレティさんの声が聞こえる。
「あの子はもう帰ったわ、思いっきりやりなさい。」
「うん・・・」
そう言ったかと思うと、チルノちゃんの身体からすごい冷気が放出された。部屋中が凍りつき、さらに外にまで漏れ出してきました。
私はその寒さに思わず凍えてしまいましたが、それでも我慢して二人の会話を聞き続けました。
「一体いつから冷気を溜め込んでいたのかしら?」
「わかんない・・・」
「いい?冷気を体内に溜めておくことは危険なのよ。今回のことで懲りたでしょう?今度からは溜め込まずに常に体外に出すようにするのよ」
「・・・やだ」
チルノちゃんがそう言うと、レティさんの表情が厳しくなった。
「あなた!まだわからないの!?体内に溜め込むことがどれだけ危険か・・・」
「・・・大ちゃんと・・・遊べなくなるもん・・・」
レティさんの話を遮るように、チルノちゃんはそう口にした。
「あたいが冷気を出したら大ちゃんが凍えちゃうもん!大ちゃんと一緒に遊べなくなるもん!」
はっきりと外にまで聞こえるような声で、チルノちゃんはそう言いました。そして、その瞳からはぽろぽろと涙が流れているのもわかりました。
いつもは、巨大蛙に負けたときも、他の妖精に冷たくされたときも、涙一つ見せなかったチルノちゃん・・・
私はこのとき、初めて彼女の涙を見ることになりました。
「確かに・・・同じ妖精の子と遊べなくなるのは辛いかもしれないけど、妖怪の子にもきっとあなたと仲良くなれる子がいると思うわ」
「違う!・・・妖精だとか・・・妖怪だとか・・・そういうことじゃないもん!あたいは大ちゃんと一緒にいるのが好きなんだ!」
チルノちゃんの言葉が私の胸に深く突き刺さりました。そして、私は逃げるようにその場から離れました。
湖の畔の木の枝に座り、私はただ泣くだけしかできませんでした。
私が傍にいると、チルノちゃんを苦しませることになる。
それでも、チルノちゃんは私を必要としてくれている。
私が冷気に耐えてチルノちゃんの傍にいればいい、そう考えたりもしました。でも、結局私が無理して傍にいると知ればチルノちゃんは傷ついてしまう・・・
決して交わることのない矛盾、胸を引き裂かれるような想いだけが私の中を巡る・・・
「あらあら、どうして泣いているのかしら?」
ふと、どこからともなく声が聞こえる。私は辺りを見回してみましたが、どこにも人の気配はありません。
すると、目の前の空間が割れて、そこから女の人が姿を現しました。
「こんにちわ、妖精さん。どうして泣いていたのか分からないけど、折角の可愛い顔が台無しよ?」
この人は普通じゃない、きっとすごく強い妖怪なんだ。私でもすぐにそう感じました。
「あらあら、そんなに怯えなくても平気よ。今日はあなたにプレゼントをしに来たのだから」
「プレゼント・・・?」
「そう、プレゼント。能力という名の・・・ね」
この人は八雲紫さんという妖怪で、この幻想郷を観察するのが仕事だと言いました。
「まぁ、自己紹介はそんな感じね。それで能力についてなんだけど、この世に生まれたものは皆、それぞれ才能とかそういうものを持って生まれてくる。この幻想郷では、ある一定以上の力を持つものには能力というものが与えられる。例えば運命を操るだとか死を操るだとか・・・私の場合は境界ね」
そう言って、さっきの空間の歪みを私に見せてくれました。
「で、あなたは妖精の中でもかなり強い力を持っていたから、本来は何らかの能力を持っているはずなんだけど。あなたは珍しく能力が白紙だった。だから私があなたに能力を与えるために来たってわけ」
「はぁ・・・大体の話はわかりました」
「うむ、それでは汝が望む力を問おう!・・・っと、いくら強いって言っても妖精の中での範囲だからそんなにすごい能力が身につくわけじゃないけどね。草木の成長を早めるとか、天気を予測するとか、可愛らしい程度の能力よ」
唐突にそう言われても、なかなか決められません・・・と、私はふと思うことがあり、紫さんに聞いてみました。
「あの、能力って―――・・・ということもできますか?」
「できるけど・・・本当にそんな能力でいいのかしら?それよりもっと便利な能力もたくさんあるわよ」
「いえ、いいんです。今言った能力でお願いします」
「わかったわ。それじゃあ――」
・・・・・・・
・・・・・
・・・
その翌日、チルノちゃんが元気になり私のところに尋ねてきました。
「大ちゃん!あたい元気になったよ!今まで遊べなかったから今日からまた一緒にいっぱい遊ぼう!」
「うん、でもその前に・・・チルノちゃん、我慢しないで冷気出して」
私がそう言うとチルノちゃんは驚いた顔をしました。
「な、何言ってるの?言ってる意味わかんないよ・・・」
「チルノちゃんが私のために無理して冷気を抑えてくれてたの知ってるよ。でも、もうそんなことしなくていいよ」
「でも・・・そんなことしたら大ちゃんが・・・」
「私は平気だよ。私を信じて、冷気を出してみて」
私がそう言ってチルノちゃんの手を握ると、チルノちゃんは覚悟を決めたようにギュっと目を瞑って冷気を出し始めました。
「大ちゃん・・・平気?」
「うん、全然平気だよ」
「ホントに・・・?」
私はそっとチルノちゃんを抱きしめました。
「本当だよ。・・・今まで無理させてごめんね。もう、無理なんかしなくてもいいよ。私はずっとチルノちゃんと一緒にいるから」
その直後、チルノちゃんは泣き出してしまい、結局遊ぶことはできませんでした。
その日、私はチルノちゃんが泣き止むまでずっと抱きしめてあげました。
彼女は今までずっと無理をしてきていたんです。身体だけでなく心も・・・
こうして、私とチルノちゃんはずっと一緒にいることができるようになりました。
「うわ~ん!!大ちゃん!助けてー!!」
大変!チルノちゃんが蛙さんに食べられちゃう、助けなきゃ。
え?結局どんな能力を貰ったのか、ですか?
私が貰った能力は――
「寒さに強い程度の能力です」
これからもずっと一緒だよ、チルノちゃん。
END
作品集一発目から泣かせるなオイ………
たしかアイシクルフォール-easyってヤツだ。
いいお話だよなぁ。
能力のささやかさが大妖精らしくてステキです
ゆかりん万能説がかすむほど良い話をゴチソウサマでした
>1 ありがとうございます。この話を読んでそういう風に感じてくれることが何よりも嬉しいです。
>2 あの話には何度も泣かされました。もう一つの作品もすごくいい話ですよね。
>3 ささやかな能力でもチルノと一緒にいるために必要な能力、そう考えて寒さに強い程度の能力にしました。勝手に能力つけたりするのを嫌がる人もいるかなぁと少し悩みましたが、こういう風に言っていただけると安心します。
>4 こちらで勝手に紹介していいのかわかりませんが、タイトルでしたら>2さんのコメントを読むと幸せになれると思います。