Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

あのすばらしい地震をもう一度(前編)

2008/09/09 12:38:53
最終更新
サイズ
8.29KB
ページ数
1

分類タグ


≪ 1 ≫

天界。そこには退屈なものしかない。
見渡す限りの青い空。亀にも勝ってノロマな雲の群れが、時間を忘れて漂っている。

(つまらない)

寝転がり、顔のすぐ横に咲くいくつもの花々をちらりと見やる。羽を休める蝶が、良からぬ視線を感じたのか飛び立っていく。

(つまらないわ)

そよりと風が吹く。天界のいたる所に漂う桃の香りが、若干濃さを増す。その甘ったるい匂いもまた、とうに慣れたものだ。

(まったくもってつまらない)

がばりと勢いよく、比那名居 天子は上半身を起こした。頭から唾の曲がった帽子が落ちたが、気にはせず。頭についた花びらを払い除けながら、意中でだけ罵りをあげる。

(つまらないったら、ありゃしないわよ!)

ここ数週間、ずっと変わらずにこうしている。天人たちの踊りの輪から抜け出しては、退屈をしのぐ当ても見つけられずに諦めて寝転がるばかりだ。見る夢も見尽くして、とうとう眠る事すら出来なくなった。
おまけに、降り積もる不満によって体感時間は飴細工のように長く嫌らしく引き延ばされている。いっそ気でも狂ってしまいたいと、願う相手もいないまま祈祷は五分で飽きてしまった。

(それもこれも、全部あいつらのせいだわ)

髪の奥に潜り込んだ花びらが取れずに苛立ちを募らせながら、天子は地上を思い浮かべた。
実際には半年程度しか経ってないのだろうが、何十年も前の事のように思える。天子自身が犯人となって引き起こした地上の異変。多くの人間や妖怪が困惑し、切迫し、四苦八苦して天界へ―――天子の元へとやって来た。あくまで仕方なく負けてやったり、実力を誇示してみせたり、しまいには全て有耶無耶になって宴会騒ぎに持ち込まされたり。積もり積もっていた退屈が全て吹き飛んでしまうほど、楽しかったのを覚えている。
そう、全て奴らのせいだ。あんなに楽しい事を知ってしまったら、ますます天界になんていたくなくなってしまうではないか。

(だいたい、せっかくの計画だって結局駄目になっちゃったし……)

地上の神社を乗っ取って新たな敷地を手に入れようという目論見。突発的に思いついた案にしては九割九分まで上手くいっていたものの、思いもよらぬ妨害を受けて頓挫してしまった。あのいけ好かない境界を操る妖怪、奴が目を光らせているうちは神社へ近づくのも控えるほかあるまい。

(緋想の剣も取り上げられちゃったし。何よ、皆そんなに私の事が嫌いなわけ?)

声には出さず、ぶつくさと呟いて。
ふと、天子は思い出す。

(そういえば、いつ頃からだったかしら。神社がもう一軒あったような……)

どういうわけか妖怪の山の頂上にあるそれを、地上を覗いた時にちらりと見かけた事がある。
貧相な紅白女が住んでいたみすぼらしい神社とは違い、その建物はそれなりに荘厳な造りをしていた。出入りしているのはもっぱら妖怪ばかりで、人間が生活していたとなれば途端に取って喰われてしまうだろう(天狗や河童が人間を喰らうかは知らないが)。
何故、ひとつの郷に風格の異なる二軒の神社があるかはわからない。
わからないが、まぁ、いちいち考える必要もなさそうではあった。

(……面白いじゃない)

逃した魚よりも遥かに大きな獲物が、しかも天界に比較的近い場所を泳いでいる。糸も垂らさずに見逃すとなれば、それこそ天人としてあるまじき事だ。
帽子を乱暴に掴み取り、浅く頭に載せて。天子は勢いよく立ち上がった。舞い上がった草花が髪はおろか全身に付着するが、そんな事はお構いなしに彼女は拳を握りこむ。

「今度こそ、神社を私の物にしてやる!」

意気のこもった絶叫は何にも遮られる事なく、たゆたう雲さえを震わせるかのように青空へと響き渡った。





≪ 2 ≫

石畳の道を囲むように数多く立ち並ぶ御柱。その堅牢さはまるで、外敵を妨げる城壁のようでさえある。異も言わせぬほどの威圧感、なるほど、獰猛な妖怪たちを参拝客として相手にしているだけはあるかも知れない。
だがしかし。神格者である天人からすれば、こんな物は子供騙しに過ぎない。参道の脇に茂る草木にしゃがんで身を潜めながら、天子はほくそえんだ。

(勝利のための第一歩。敵を知り、己を知れば百戦危うきに近寄らずよ!)

比那名居家が地上にいた頃から伝わる由緒ある隠密ルック、唐草模様のほっかむりを帽子の上から被り、神社―――傍にあった観光案内板によれば、守矢神社というらしい―――の本殿をじっくりと観察する。貧相とまではいかないまでも、それ相応の年季を感じさせる古びた佇まい。一体いつ頃この場所に建てられたものかは知れないが、建物にかなりの無茶をさせた痕跡が至る箇所に見受けられる。

(まぁ、関係ないわ。どうせ地震で壊して直すんだもの)

先程から眺めている限りでは、参拝客の姿はまだ見当たらない。時刻は昼を過ぎているが、妖怪というものは元来から夜行性なものだ、天狗も河童も例外はないのかも知れない。
何しろまだ神社の家主の姿を見ていない。もうしばらく様子を覗うべきだろう。

(それにしても……寒いわね)

二の腕をさすりながら、ぽつりと呟く。
幻想郷で最も高い妖怪の山、その頂上だけあって靄のような雲さえかかるこの場所は、夏場だというのに素肌を冷やりとさせる。一年を通して温暖な天界と違って、地上の気温は変わりやすい。それは彼女の身からすれば新鮮ではあるものの、同時に否応のない厄介さも兼ねていた。
薄着で来たのは間違いだった。が、ここしばらく厚手の服など来た覚えがないため、箪笥の何処に閉まってあるかもわからない。探している姿を目撃されれば、それこそ地上に降りる目論見がばれて咎められてしまう。

(あーもう。本当に最悪。どうしようもないわね。誰のせいでこんな思いを……あ)

まずい、と思いはしたもの。

「……っくしゅん!」

大きくはないくしゃみ。が、全身を震わせてしまったその勢いで、茂みまでガサガサと揺らしてしまう。
焦りと共に、きょきょろと左右を見回す。しかし何の事はない。そもそも誰もいないのだから、誰にも気付かれようがないわけで。
鼻を啜りながら、天子は安堵した。その背後から、影が差す。

「あの、どちらさまでしょう?」

今度こそ、電撃が走ったかのように全身を大きく震わせて、天子は立ち上がった。さっと振り返るそのすぐ目の前にいたのは、箒を持った女だった。

(……巫女?)

その姿を見て一瞬、麓の神社の紅白女を連想する。
肩口の開いた、袖長の白い衣装。袴を思わせる青い柄のスカート。緑がかった髪には、どういうつもりか蛇と蛙のアクセサリーが飾られている。
当然ながら、見た事もない顔。何よりも、幻想郷の住人にしては何処か浮いた雰囲気をかもしている。
それが気にかかりはしたものの、それどころではない。
頬を伝う冷や汗を拭う事も忘れて硬直する天子を、女もまた無言で見つめてくる。手に箒、という事は掃除の最中だったのだろうか。考えてみれば神社を注視するあまり、それ以外の敷地に目を張り巡らせるのを怠っていた。
対峙、というには双方あまりに間の抜けた表情で、向かい合う事どれくらい経ったか。先に口を開いたのは、相手の女だった。

「……ど、泥棒?」

「ち、違うわよっ」

抗弁すると共に、頭のほっかむりを毟り取って地面に投げつける。が、女は聞いていないのか困ったような顔で、

「そりゃあ麓の神社より貧しくはないですけど、そこまで値打ちのある物なんてうちにはありませんよ」

「違うっつーに!」

だん、とほっかむりごと地面を踏みつける。腰に手を当て、天子は女へと胸を張ってみせた。

「私は比那名居 天子!高貴なる天人が一族の跡取りよ」

「まぁ、貴女がかの天人さま?」

掌を口元に当てて、やんわりと驚く女。ついでに深々と頭を下げて、

「これは失礼しました。お噂はかねがね伺っています」

「は?噂?」

聞きとがめて、天子は眉をひそめる。それに答えるように、女は指折りしながら後を続けた。

「はい。何でも、考えない自然災害とか、構ってちゃんオブジイヤーだとか、それに桃ばかり食べているから胸よりお尻に栄養が……」

「な、な、な、なんですってぇ!?」

血流の音が聞こえるほどの勢いで頭に血を上らせて、天子はドスのきいた絶叫を上げた。ずかずかと女に詰め寄って、戸惑う相手の鼻先に指を突きつける。

「もう一度言ってみなさい?誰がなにでどうだってのよ!?」

「い、いえ私ではなく。天狗が配っている新聞に載っていたもので」

「天狗ぅ?どこの誰よ一体……」

あとで殺す、とぶつくさ呟きながら、親指で自分の首を掻き切る仕草をして。
天子は改めて女と向き合った。大して身長の変わらない相手を、気持ちだけでも見下ろしながら、

「いい?そんなのはデタラメ。嘘エイトオーオーよ」

「はぁ」

「まったく、どうやら無知な貴女に天人の何たるかというものを徹底的に説いてあげなきゃなら」

「ちょ、ちょっと待ってください」

天子の言葉を慌ててさえぎる女。むっとする天子に申し訳なさげな苦笑を向けると、彼女は足元を指で示してみせた。仕方なく、天子も真下へと視線を落とす。
そういえば、と気付く。先程からずっと、茂みの中に突っ立ったままだった。
女があとを続ける。

「立ち話もなんですから、中に入っていかれませんか?」

「……え?」

「お寒いようですし、ろくなおもてなしは出来ませんけれど。どうでしょう?」

「…………」

天子はしばらく黙り込み、考えた。そもそも、自分は何をしにここへ来たのか。この女は神社の関係者なのか。そんな肩の開いた衣装でそっちこそ寒くはないのか。
隙を見せるのは得策ではない。この神社の素性も定かでないうちに懐へと潜り込むのは危険極まりない。以前だって、巫女の交友関係を知らないばかりに妙な輩ばかり招いてしまったのだから。
冷静な判断を固めて、女に対して口を開きかけた瞬間。一陣の風が吹きすさび、木々を揺らすと共に天子の素肌を撫でた。

「……うん。そうする」

あっさりと茂みから抜け出し、手招きする女のあとに続いて神社へと歩いていく。
ひとまず天子は、心の中で力強く頷いた。

(……計算どおり!)



≪ つづく ≫
唐突に書きたくなった天子ちゃん物語。
多分三話くらいで終わると思います。お付き合いして頂ければ幸いです。

ちょっと⑨過ぎですか?天人。
転寝
コメント



1.喚く狂人削除
コレはいい天子……いや、てんこ
2.名前が無い程度の能力削除
早苗かわいいよ早苗
天子と仲良くなってほしいものです。
3.名前が無い程度の能力削除
俺、歌の方はそのフレーズしか知りませんw

>構ってちゃんオブジイヤー
わらたw