Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

文霖。新聞 第7刊

2008/09/03 23:58:56
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 森近霖之助という半妖から、外の世界の道具を買取って以来、私は無我夢中でその道具を調べていた。

 一目見た時から、それらが幻想郷の技術で創られた物で無いことは判っていた。

 その特異な形状も不思議な材質も、山の技術史には存在しない。

 きっとこの材質一つとっても、バイクと交換した価値はあったと思う。

 創り上げた道具より、新しい道具ってね。


 しかし、外見よりも遥かに私を驚かせたのは、それら道具を分解して見た時だった。

 その中には、外側よりも更に複雑で精密で、宝石の様に美しい部品がぎゅうぎゅうに詰まっていたのだ。

 色とりどりの板に、迷路のように描かれた幾何学的な模様は、失われた古代文明の呪文のようにも見えた。

 それからというもの、私は何かに憑かれたように、一日中分解しては組み立てる工程を繰り返している。


「……凄いなぁ。凄すぎる」


 山の巫女、早苗が山に来た当初、外の世界から持ち込んだ道具が何一つ使えないと、嘆いたのを思い出す。

 使えないなら使えるようにすれば良いじゃないか、自分で使っている道具の仕組みも判らないのかと、その時の私は呆れたものだ。

 だが今ではその理由が良く判る。人間にこんな精密な道具を作る事は不可能である。


 ――そう、これは間違い無く河童の創った道具だ!


 それも超河童の仕事に相違い無い。

 早苗のような人間には理解出来ないのも当然の話だった。

 我々が幻想郷に閉じ篭っている間に、外の世界に残った河童達は想像を絶する技術を習得していたのだ。

 それも僅か百二十年という短期間に。

 残念なことに、今の私にはこの道具の用途はおろか、部品の意味すら想像出来ない。

 唯一つ判った事と言えば、山で最高の技術者を自負していた私が、所詮、井の中の河童だったと言う事実だけだ。

 『超妖怪弾頭』等と賞賛され、いい気になっていた自分が今は無性に恥ずかしい。


「ええい、このまま負けちゃおれん!」


 頬をピシャリと叩き、己の身に喝を入れる。

 こうしている間にも、外の河童達は更なる進化を遂げているに違い無いのだ。

 谷河童のにとりの名に懸けて、彼等に追い付きたい。

 ハンディキャップは大きい。既に何十年もの技術差を付けられている。

 だが、しかし――。


「追いついてやる、必ず追いついてやるからなー!」

「さっきから何を一人で熱くなってるんだ?」

「ひゅい!?」


 突然後ろから声を掛けられ、私は思わず素っ頓狂な叫び声を上げてしまう。

 振り返ると、意地の悪い表情を浮かべた人間が、ニシシと笑ってこちらを見ていた。

 独り熱くなっていた姿をずっと見られていたと思うと、悔しいやら恥ずかしいやらで腹が立つ。

 こいつの名前は霧雨魔理沙。幻想郷で一番タチの悪い人間だ。


「驚かすな! というか、勝手に入るなと何度も言っているだろう!」

「いや、何度も呼びかけたんだけどな。邪魔するぜ」

「帰れ。私は今忙しいんだ」

「まぁ、そう言わずにだな……。今日はお前に頼みたい事があって来たんだ」

「断る。天狗に見つからないうちにさっさと帰るんだな」


 まぁ、帰れと言って素直に帰った例など無いんだがね。

 そもそもコイツときたら、天狗はおろか鬼が相手でも怯む素振りが無い。そればかりか、堂々と喧嘩を売る始末である。

 当の天狗達も暢気なもので、不愉快だと口を揃えて言いつつも、まるで排除しようとしない。

 むしろ、内心楽しんでいる様にすら感じる。

 排他的なくせに、こんなお祭りのようなヤツでも来ないと、彼奴等は暇で暇で堪らないのだ。


「天狗なんて怖くないぜ」


 魔理沙は自信満々に答える。その自信の根拠は何処から来るんだか。


「まあ、そもそも今日は見つから無いように来たけどな」

「じゃあ、いつもは見つかるように来てるってのか?」

「ああ、ちゃんと仕事させてやってるんだ。暇そうにしてるからな。私がその気なら見つかりっこないぜ」

「怪しいもんだ」


 ふんぞり返って答える魔理沙だが、一瞬目を泳がせたのを私は見た。

 嘘吐きの癖に全く嘘が判り易い。ふふん、まだまだ三流だな。

 だが、今日はどうやら本当に見つから無かったらしい。

 そうでなければ、既に天狗が押し掛けて来る頃合だろう。


「……で、用件はなんだ?」

「何だ、聞く気になったのか」

「帰れと言って帰るあんたじゃ無いだろ……。時間が勿体無いから早く言ってよ」


 そうだ、さっさと用件を告げれば良い。面倒臭いが、居座られるのも困る。

 出来ない事なら断ればいいし、出来る事なら適当に済まして仕舞いたい。


「話が早くて助かるぜ、じゃあ一緒に来てくれ」


 そう言って魔理沙は私の手首を掴み、ぐいぐいと引っ張り始めた。


「おい、ちょっと待て! 過程を一つか二つぶっ飛ばしちゃいないか?」

「お前は説明する時間も勿体無さそうだしな。ほれほれ、行くぞ」


 私の意向などまるきり無視で、魔理沙は私をずるずると引き摺って行く。


「判った、判ったからそんなに引っ張るな! 伸びる、伸びちゃうー!」


 ヘタに抵抗して本当に伸び切ってしまっては堪らん。

 機械に腕を引っ張られ、元に戻らなくなってしまった河童は一河童や二河童ではないのだ。

 私は観念して魔理沙に付いて行く事にした。


 ――嗚呼、外の世界が遠のく……。






 幻想郷に越して来る以前、私の棲んでいた川には、よく近所の童達が遊びに来ていた。

 皆好奇心に溢れ、河童の私を川の主として敬い、私の言い付けをしっかり守る良き友人達であった。

 時が経てば、その友人の子供がまた私の川で遊び、その子供の子供も私の川に遊びに来た。

 幾度世代が代われど、人間は私の朋友だった。


 それと比べて目前のコイツときたら……。どうだ?

 傍若無河童な振る舞いといい、力といい、同じ人間でもこれほど違うもんだろうかと、常々疑問に思う。

 いや、実は妖怪じゃあないのかコイツ?

 たとえそうだとしても私は驚かん。


「はぁ……」

「あー。どうかしたか? 溜息なんかついて」


 ずっと工房で道具を調べてたから全然判らなかったが、いつの間にか外は夜になっていた様だ。


「いいから、ちゃんと前を見て飛べ」


 私等は今、夜の樹海の中をすり抜けるように飛んでいる。

 私は箒の後ろに乗っているため、魔理沙が話掛けるには振り向く必要があった。

 別に私一人でも飛べない事はないが、然程得意な方では無いし、魔理沙の箒に乗った方が断然速い。


「こんなもん目を瞑っても余裕だぜ?」


 普段の弾幕ごっこに比べれば、動かない樹木など何でも無いのだろうけど、不安になるからちゃんと前を向いて飛んでくれ。


「さっきからキョロキョロして、何を探してるんだ? お化けでも怖いのか?」

「妖怪がそんなもん怖がる訳無いだろ」

「どこぞの半霊はお化けが怖いらしいがな」

「なんだそりゃ。そんな巫山戯たヤツが本当にいるのかい?」


 私がキョロキョロと落ち着かないのは、魔理沙と一緒にいるところを山の仲間には見つかりたくないからだ。

 文や椛達のような親しい者ならまだしも、他の天狗に見つかった日にはどんな噂が立つか判ったものでは無い。

 とは言え、千里眼の椛でも、流石に樹海の中は木々と闇に遮られ、私等を見つける事は出来ないだろう。

 更に念押しで、オプティカルカモフラージュまで羽織って来たのだ。……遠目には見えない筈。

 しかし、そんな事よりも、私にはもっと不安な事があった。


「神社の宴会に良く来てるぜ。お前もたまには来いよ」

「ん……。まぁ、そのうちね」


 宴会が嫌いという訳ではないが、私の返事は幾分トーンダウンした。

 天狗より不安な事。私にとって山の外というのは、甲羅を失った鼈(すっぽん)のようで、酷く落ち着かんのだ。

 最近は、文や魔理沙に連れられて、たまに外に出る様になったが、それでもやはり苦手なモノは苦手だった。

 この生来の臆病な性分は河童の性分である、如何ともし難い。

 というか、大体、魔理沙は一体何処へ私を連れて行こうとしているのだ?


「ところで、そろそろ何処へ向かってるのかくらい教えてくれて良いんじゃないか?」

「ああ、幻想郷の中心へちょっとな」

「幻想郷の中心って……。何処よ?」

「お前の好きそうな物が一杯ある所だ。だからそう身構えなくても良い。これは嘘じゃないぜ」


 魔理沙は振り返り、私の顔を見ながら答えた。

 嘘じゃないと言いつつ、何故か隠す辺りが怪しげではあるのだが、出来れば魔理沙を信じたかった。

 好意的に解釈するなら「楽しみにしておけ」と言う事だろうか……?

 うーん……。


「あー、何だか余計に不安になってきたわ……」

「何、もう八分も飛べば着くさ」


 樹海を抜け、紅魔湖を通り過ぎた所で、魔理沙が魔法の森に向かっている事が判った。

 あそこは確か魔理沙の巣がある場所だ。そこなら招かれて何度か訪れた事がある。

 あの何でもかんでも蒐めて来たと言った具合のちらかり様は、まるで鳥の巣のようで、家と呼ぶには相応しくない。

 しかも、別に私が好きそうな物は無い。――と言うか、有っても探したくない。

 どこへ行くか判った事で私の不安は和らいだが、散々振り回されてげんなりである。

 もう、さっさと帰って研究したい……。






「さて、着いたぜ」

「あら? お前ん巣じゃないの?」


 着いた地点は魔理沙の巣ではなかった。

 人里から魔法の森まで伸びた道、その森側の終端にある奇妙な家。


「香霖の巣だ」

「ああ、あの半妖の店かー!」


 屋根は日本の伝統的な瓦屋根だというのに、扉は西洋風。その扉の上には『香霖堂』という屋号が掲げられている。

 奇妙なのは建物だけでない。一見、ゴミ捨て場と見紛う程、無造作に店の周りに並べられた物体は外の道具ばかりだ。

 成る程、確かに私の好きそうな物が沢山あるね。辺りから胡散の臭いがプンプンする。


「前から来てみたかったんだよこの店! 新聞で読んでさ、外の怪しい道具を沢山取り揃えてるって!」

「……判り易いヤツだなぁ、お前は。コロッと機嫌直しちゃって」


 それに、ここの店主が文に連れられて、私の工房を訪れたのも二日前くらいか。

 兎も角、この怪しい建物の主は私の知り合いだという事だ。もう不安材料は何も無い。


「ほれ、魔理沙! 早く入ろう!」

「やれやれ、呆れるほど現金なヤツだな。香霖ー! 邪魔するぜ」


 ――カランカラン


 魔理沙が扉を開き、客の来訪を報せる鈴が乾いた音を鳴らす。

 開いた扉からは、行灯の淡い光に照らされた店内が見えた。


「おーい香霖。調子はどうだ?」


 魔理沙は半身だけ店内に入り、中に居るであろう店主に向かって呼びかける。


「ああ、良くない。何の用だ? 魔理沙」


 店内から聞こえてきた店主の声はどこか不機嫌そうに感じる。

 やや緊張した雰囲気が怖く、私は店に立ち入ることを少し躊躇した。


「そんな怖い顔するなよ。……私だって悪かったと思っているんだ。それより客だぜ」


 魔理沙は親に悪戯を咎められる子供のように、俯きながらぼそりと返していた。

 あまり長い付き合いではないが、申し訳無さそうにしている魔理沙を見たのは初めてかもしれない。

 はて、店主と魔理沙はどんな関係なのだろう?


「……ほれ、入れよ」

「ああ、うん」


 魔理沙は店の外で惚けていた私の方を向き、小さな声で催促した。

 おずおずと、店の中に入る。


「うわー……こりゃ凄い! よくこんなに集めたね!」

「おや、誰かと思えばにとりじゃないか。いらっしゃい」


 話に聞いてはいたが、店の中は倉庫と見間違える程、数多の道具に埋め尽くされていた。

 その殆どが、多分外の道具なのだろう。

 混沌とした店内は、和風とも洋風とも、人風とも妖風とも違う独特の雰囲気を醸し出していた。

 もしかすると外の世界の雰囲気ってヤツなのかな?


「君の工房ほど大きければ、もっと展示出来るんだけどな。ところで先週は世話になったね」

「え、先週?」


 おかしいな。二日前だと思っていた私とは、大分かけ離れている。


「どうかしたかい?」

「いや……。最近、陽が落ちるのも早くなったなーっと思ってね」

「はぁ? もう直ぐ夏至だぜ?」

「何でも無い……。気にするな」


 河童にとって、引き篭もって研究した挙句の孤独死は社会問題である。

 そんな事態に至るのは阿呆だけだと高をくくっていたが、私にもその気がある様だ。

 誰かに呼び止められなければ、時間を忘れ、乾いていたかも知れない。

 干乾びて木乃伊になるなんて……。


 嗚呼、考えただけでぞっとする! 気をつけよう。


「……箒で酔ったのか? 何か顔色悪いぞ」

「本当に何でも無いって!」

「ところでにとり、河童の君が僕の店まで来るなんて、どういった用事だい?」

「うん? 用事?」


 そもそもどうして此処に来たのかを思い出す。

 頼み事が有ると言って、魔理沙が私を無理矢理連れ出したのだ。

 だが、肝心の頼みを私はまだ聞いていない。

 そもそも、どうしてこの店に連れて来られたのかすらも判らない。


「そうだ魔理沙、私に頼みって何だ?」

「そいつは香霖に訊いてくれ」

「ええ? 店主?」


 頼みがあるのは魔理沙でなく店主なのか?

 じゃあ、どうして店主が私に用事を訊くのだ? 全く訳が判らない。

 店主を視線を向けると、彼はキョトンとした様子で答えた。


「いや、僕が呼んだんじゃないよ。ああ、でも、君に頼み事が全く無い訳では無いが……」


 店主はバツが悪そうな感じで視線を逸らす。

 店主が私に頼みたい事があると知り、魔理沙がお節介を焼いて私を連れてきたと言う訳か?

 そんな事なら最初から言えば良いのに……。


「友の頼みなら聞かない訳にはいかん。私に出来る事なら何でも言いなよ」

「友達?」

「ああ、店主は文の友達で、私の工房にも来たじゃないか。なら私等はもう友達だよ」

「そうか、僕は君の友達か……。嬉しいね。それじゃあ、改めて友達に頼みがあるんだが……。ちょっと待ってくれ、持ってくる物がある」


 そう言うと、勘定台に腰を掛けていた店主は立ち上がる。

 しかし、その動作は妙にぎこちなく見えた。


「香霖、無理するなよ。私が取って来てやるから」

「そうか、じゃあ頼むよ魔理沙。土間に置いてある」


 店主はゆっくりと腰を掛け、魔理沙は店の奥に入っていった。


「どうしたんだい? 足でも痛めたのか?」

「昨日バイクで転んだんだ。その時、足を捻挫してしまってね。幸いな事に、草叢に突っ込んだだけで大怪我は免れたが」

「災難だったねぇ……」

「転んだ事よりも、怪我をした身でバイクを店まで運ぶのが辛かったね」


 既に治りかけている様なので気付かなかったが、顔にも薄っすらと傷の跡が見える。

 しかし、あのバイクで転ぶだなんて結構鈍臭いヤツだなー。

 そりゃそうか、バイクを欲しがるくらいだし。

 そんな事を考えていたら、魔理沙が店の奥から戻ってきた。


「持ってきたぜ」

「ああ、そこに置いてくれ。……まぁ、僕の怪我はどうでもいい。それより折角のバイクがこの通りなんだ」

「ありゃ、派手にやったね……」


 一週間ぶりに会ったバイクの姿はボロボロであった。

 左側のハンドル、ブレーキのレバーは折れ、前輪の軸が折れて完全に外れてしまっていた。

 この分だと、動力部にも大きなダメージがあるだろう。


「もう私のモノじゃないから言えた義理じゃないけどさ、道具はもっと大切に扱って欲しいな……」


 一度作り上げた道具に興味は無いとはいえ、私の創った道具だ。

 どんなくだらない発明品でも、創っている間はそれなりに心血を注いでいる。

 こんなに早く壊してしまうなんて……。

 そう考えると、どうしても悲しい気持ちになってしまう。


「あー。誤解しないで欲しいんだが、決して粗末に扱ったりはしていない。ただ――」

「私が壊したんだ」


 店主の言葉をさえぎって魔理沙が言う。


「水の代わりに酒を入れたんだ。そうしたらバイクが酔っ払っちゃったみたいでな……」


 ああ、成る程。それで店主が不機嫌なわけか。

 流石の魔理沙も罪悪感を感じているのか、バイクを直すために私を連れてきたと言う事だ。


「馬鹿だなぁ……。酒なんか入れたら酔うに決まってるだろ」

「それって常識なのか? 木が酔っ払うなんて聞いた事無いぜ……」

「妖怪も人も同じ酒で酔う。八百万の神も、幽霊もだ。それなら木だって酔う事くらい想像付かないか?」


 魔理沙の問いに、店主が強い調子で答えた。全くもってその通りだと思う。

 魔理沙はまだ納得がいかないのか、眉間に皺を寄せている。

 喋ったり赤くなったりと言った判りやすい変化がないだけで、道具だって酔っ払う。

 了見の狭い人間には理解し辛いのだろう。


「でも壊すつもり何て全く無かったんだ……。液体なら何でも良いと思って……。でも、その……ごめんよ、香霖……」


 魔理沙は声を震わせて言う。その顔は今にも泣き出しそうに見えた。

 やれやれ、いつもこれくらい素直なら可愛げが有るんだけどなぁ。


「まあ、その内罰として何か手伝って貰うよ。今回はそれで許してやる」

「……うん」

「……おいおい、その程度で許すのかい? 甘いなぁ」

「魔理沙も珍しく本気で反省している様だからな。それで充分だ」

「……遠慮なんてしなくていいんだがな」


 片方は人間、片方は半妖といった二者だが、その関係はまるで『人間の親子』の様であった。

 魔理沙がこれほど傍若無河童に育ったのは、どうもこの店主に原因が有るように思えてならない。

 そういえば、魔理沙は一人で魔法の森に住んでいる。魔理沙の本当の親というのは何処にいるのだろう?

 聞くところによると、彼是もう五~六年以上前から住み着いていると言う。

 人間の子供が一人立ち出来るような年齢でも、環境でもないのに。





「話を戻そうか。君に頼みたい事なんだが。要するにこのバイクを修理して欲しくてね」

「そのくらいお安い御用だよ。でも、これだけ壊れてると今すぐという訳にはいかん……」

「暇になった時で良いんだ。と……言いたい所ではあるんだが、聞けば、君は最近ずっと外の道具の研究に没頭しているそうじゃないか」

「ん、まあそうね……。文から聞いたのかい?」

「ああ、何度呼びかけても全く気付かないくらい、熱中していると言っていたよ」

「私の時も耳元で話かけるまで、全然気付く様子が無かったぜ」

「……侵入者自動迎撃システムでも創ろうかな」


 研究中の侵入者対策(文も含めて)は考えておかねばなるまい……。

 無防備な所を狙われてはひとたまりも無い。

 今日、私が香霖堂に来たのも、侵入者に無理矢理研究を中断させられた結果だ。


「そこで相談なんだが、また何かの道具と引き換えで、急ぎでやってくれないか?」

「ふむ……特急料金で外の道具ねー。うーん、それなら悪くないね!」

「今度は君が何でも好きな物を選んでくれ」

「店にある物なら何でもいいのかい?」

「約束するよ」

「よーし、その言葉忘れるなよ? 約束だからな」


 ふふん、何でも好きな物、とは大盤振る舞い……を装ったつもりなのだろう。

 だが、私の目は誤魔化せん。

 成る程、店頭に並べられている物も貴重な外の道具に違い無い。

 私が以前買取った、コンピューター、携帯電話なんかも並べられている。


 ――だが、本当に貴重な物はきっと此処には並んでいない。


「魔理沙、店の倉庫はどこにある?」

「倉庫? ああ、店の裏だぜ」

「……ええと、店頭の物は見なくて良いのかい?」

「いやいや、直感でね。面白そうな物は倉庫にあるんじゃないかなと」


 なあに、ちょっと考えれば判る事だ。

 まず、店には魔理沙が訪れるのだ。目立つ所に貴重な物を置ける筈がない。

 また、店先に並べられた商品はごちゃりとしていて、地震でも起きれば転げ落ちてしまうだろう

 つまり、壊れたり、持って行かれたところで然したる問題の無い品物なのだ。


「魔理沙、案内して」

「いいぜ。香霖、倉庫の鍵を貸してくれ」

「いや、僕も行くよ」


 勿論、案内が必要なほど耄碌している訳では無い。危険人物を近付けて、店主の反応を見ようって話だ。

 案の定、店主は慌てて立ち上がろうとする。この反応は最早疑いようが無い。

 やはり倉庫にお宝が眠っているんだ!


「おいおい、無理すんなって。どうしてもって言うなら肩貸してやるから」

「魔理沙じゃ低すぎて余計に辛いな。片足で跳ぶよ」

「何だい、この魔理沙さんが貸してやろうってのに、失礼な奴だな全く」

「ささ、早く倉庫へ行こう!」




 しっかりとした土蔵造りの倉庫は、店舗よりも幾分小さめに出来ており、その扉には装飾の施された巨大な南京錠が掛かっていた。

 恐らく、この錠はマジックアイテムの類であろう。

 簡単に破れないような仕掛けが施されている筈だ。

 果たして中にはどんな道具が眠っているやら。今の私には倉庫が巨大な宝箱にしか見えない。


「ふっふっふ、お宝の臭いが漏れてるよー」

「ははっ、残念だったな香霖。嗅ぎ付けられたみたいだぜ」

「僕から持ち掛けた取引だからしょうがないな……。約束は守るよ」


 店主は明かりの提灯を魔理沙に預け、宝箱の鍵を開ける。

 扉がギィと、古めかしい音を立てて開く。


「魔理沙、提灯貸して!」

「そう慌てるなよ。逃げやしないって」

「倉庫の中で、はしゃがないでくれよ」


 あるわあるわ!

 店に並べてあった品物とは違い、一品一品、きっちり整理されており、大事に保管されている様子だ。

 外の道具らしき物も、古今東西のマジックアイテムも、何だかよく判らないけど謂れのありそうな物もある。

 この店主、道具屋は趣味で蒐集家が本業なんだろな。


「よーし、気合入れて選ぶよ!」

「満足したら、修理もサービスしてくれよ」


 魔理沙に無理矢理連れて来られる事が無ければ、こんな美味しい事態にはならなかっただろう。

 その点は魔理沙に感謝せねばなるまい。




 あれだこれだと、私は店主の宝物庫を捜索する。

 魔理沙もそれだどれだと、私の後ろを着いて来る。

 はしゃぐ私等を見て、店主は気が気じゃないみたいだけど。


「いやはや、一体どれにしようかねぇ。迷うねぇ」

「私のお薦めはコレだな、デカいし。茸の保存なんかに持って来いだな」

「うーん。壷には興味ないなぁ……」

「いい品だよ。五百年ほど前、呂宋(ルソン)という南方の島から――」

「私が欲しいのは外の道具さ。人間の芸術品には興味無い」


 薀蓄を中断させたのが気に食わなかったのか、店主は不満そうにため息を吐く。

 やっぱり欲しいのは外の道具である。

 私に芸術品というのは良く判らないし、そんな物の薀蓄聞いても面白く無い。


 ふと、入り口の付近に妙に埃の少ない外の道具を見つける。

 つい最近まで仕舞われていなかったのだろうか。


「店主、こいつはなんだい? 外の道具っぽいけど」

「ああ。それはエアコンディショナーという道具だ」

「用途は?」

「知りたいのか? この前は楽しみが無くなるなんて言ってたじゃないか」

「分解してちょっと考えが変わったんだ。あれは正真正銘のオーバテクノロジーだよ……。

 どんなに考えても、全く用途や使用法が思い付かなかった。

 恥を忍んで言うが、出来れば前買取った道具の用途や使い方も教えて欲しい。少しでも早く外の技術に追いつきたいんだ」


 今の私はただ眺めている事しか出来ない。

 分解にしたって、ネジ止めしているところを外す程度の事しか出来ないのだ。

 用途、使用法が判れば研究も飛躍的に進むだろう。


「成る程。でも、残念ながら使い方は僕にも判らないよ。能力で用途を判別する事は出来るがな」

「そういやそんな能力があるとか文が言ってたね」


 何だかえらく中途半端な能力のような気がするが、外の道具を解析するにあたって、それは最も有効な能力だろう。

 そんな能力があるから、こんな店を開くようになったんだろうか。

 それとも、こんな店を開いたから、そんな能力を身に着けたのだろうか。


「ちなみに、このエアコンディショナーの用途は部屋の空気の調節だ。部屋の温度や湿度をコントロールする事が出来るらしい。

 暖かくする事も、冷たくする事も、湿気を取ることも自由自在だそうだ」

「へぇ、暖かくも冷たくも? こんな箱がねぇ」

「そんなもん隠してたのか。私も欲しいな。本が黴なくて済むかもしれん」

「残念ながら使い方は判らないよ。色々努力したんだが、結局判らず仕舞いだった。

 君みたいなエンジニアに解析して貰った方が、かえって早く使えるようになるかも知れないな」


 先週交換した道具と比べて、エアコンディショナーは比較的単純そうに見えた。

 姿形は違えど、材質なんかは似てるように見える。共通する部分も多いのだろう。

 大事なのは私自身が成長する事だ。こいつは外の道具解析の足がかりになるかも知れない。


「じゃあ、コイツを頂く事にするよ」

「よし判った、君がこの道具の謎を解明してくれる事に期待するよ」

「相判った。解析出来たら複製して店主にも売ってあげる。いつになるか判らんが、その時はまた河童の里に来るといいよ」

「その時は私にも売ってくれ。売ってくれなきゃ持って行くけどな」

「あーはいはい。判った判った……。ま、あんたが生きてるうちに出来たらな」


 その言葉の半分は冗談、半分は冗談ではない。


「さて、娘さん方、楽しい博覧会はこれでお仕舞いだ。鼠にでも入られたら大変だからな」

「鼠なら、もう手遅れだと思うけどね」

「おい、誰が鼠だよ」

「よく判ってるんじゃん」






 エアコンにバイクにと、小さな私の身体には少々大仰な荷物だ。

 店内に戻った私は、紐を借り、身体に荷物を縛りつけながら店主の話を聞いていた。


 曰く、コンピューターは外の世界の式神。

 情報を集める事に特化しているらしいが、はっきり言って疑わしい。

 四つの道具の中で、最も複雑な構造をしている道具ではあるが、翼も無ければ脚も無い。

 一体コイツがどうやって動くと言うのだろう?


 携帯電話は遠く離れた者同士で会話するための道具らしい。

 その程度の道具であれば、山にも幾つか類似した道具があるが、コイツはずっと複雑で小さい形状をしている。

 更にどうやら会話以外にも色々出来るらしい。


 テレビジョンは遠く離れた地点の景色や人を映し出す道具との事だ。

 誰もが千里眼を使えるようになる道具なのかな?

 これ創ったら、椛の仕事が楽になるかもね。


 どれも用途を聞いてみると、見た目と外見が合わない奇妙な道具ばかりだが、私にとって一番理解し難いのはデジタルカメラだった。

 カメラという名前が示す通り、外見は普通のカメラにそっくりなのに、フィルムを入れる場所が無い。

 有るべきところに有るべき物が無いというのは、意味不明な道具よりも更に不気味だ。


 用途こそ判ったものの、どれもこれも使い方の想像が付かない。

 それは元の持ち主であった店主も同じ事だった。

 ただ、あのまま只管分解、解体を続けていても、何の進捗も無かっただろう事は想像に難くない。

 訊くは一時の恥。訊かぬは一生の恥とはよく言ったものだ。





「じゃあまたな、店主! なるべく早く修理するよ」

「ああ、またのお越しを」


 店主から情報を聞き出した私はそう言って店を出る。さて、ちょっと重いが頑張って飛ぶとするか。


「おっと待った、紅魔湖の辺りまでなら乗せて行ってやるぜ」


 後ろから魔理沙に呼び止められ、私は振り向く。


「魔理沙にしちゃ気が利くな、じゃあお言葉に甘えさせてもらおうか」

「無理矢理連れて来ておいて、まだ礼も言って無かったからな。今日はありがとな。」

「なあに、私も随分得したからさ。魔理沙もたまにはいいことするよな」

「サービスだ、超特急で送り届けてやるぜ」




 それにしても、店に来たときから気になっていた事が一つあった。

 大したことじゃないんだが、黙って乗っているのも暇なので聞いてみる。


「ところでさ、あんたと店主って、何だい?」

「あー? 何だって何がだ?」


 魔理沙は少し困惑したような表情を見せる。


「随分仲良く見えたからさ。私を連れて来たのだって、店主へのお詫びみたいなもんだろ?」

「うーん、まあそれは違い無いが……。思い返せば、昔から香霖には迷惑かけっぱなしだな」


 そう語る魔理沙の顔は困ったようにも、嬉しそうにも見えた。


「まるで親子みたいだね。ちょっと店主が甘い気もするけど」

「アイツは私に遠慮するんだ」


 魔理沙は一つ、深呼吸をすると言葉を続けた。


「……実家の事はあんまり言いたくないんだけどな。香霖は私の実家に恩を感じてるんだ」


 と言っても、私が生まれるより前の話だけどな。と、魔理沙は続ける。


「恩人の娘だからって甘いんだよ。今日の件だってそうさ。実家には帰らないって言ってるのに」

「ふうん。甘やかされるのが嫌なのかい?」

「そうじゃない。ただ、アイツが私と実家を結び付けるのが、気に食わないだけだ」

「一人前に見て欲しいのか? 案外子供っぽいんだな」

「煩いな。そんな事言われなくても判ってるぜ」


 魔理沙は恥ずかしそうに顔を背ける。

 人間の子供は親に認めてもらいたくて、努力するんだったな。

 店主ががどう考えているのかは判らないが、魔理沙は店主に一人前に見て欲しくて仕方ないらしい。

 やっぱり、彼等は親子と言う関係に当てはめるのが一番しっくり来るように思えた。

 魔理沙が天狗に喧嘩を売るのも、魔法の習得に熱心なのも、実はそんな子供っぽい理由なのかもしれない。


「……こりゃ、店主も苦労するわなぁ」

「あー? 落とされたいのかお前は」

「いえいえ、滅相も御座いません」





 そんなこんな話しているうちに、紅魔湖まで辿り着いた。川に沿って飛べば、すぐに工房に着くだろう。


「じゃあ、このあたりでサヨナラだぜ。あー、さっきの話は秘密だ。誰にも言うなよ?」


 特にあの天狗には、魔理沙は付け加える。


「言わないよ。他者に知られたくない類の話ってことくらい、私にも判る」


 付け加えれば、言えば命が無い事もだ。


「……自分でも何で語る気になったのかさっぱり判らんな。うーん、今更恥ずかしくなってきた、出来れば忘れてくれ」

「顔が真っ赤だぞ、酔っ払い運転には気をつけろよ?」

「ええい、余計なお世話だ! やっぱり落とそう」

「待て待て、忘れる! 忘れたからさ! じゃあな魔理沙!」


 魔理沙がミニ八卦炉をこちらに向けたので、私はピューっと一目散に逃げ出した。

 しっかし、魔理沙にも案外人間らしいというか、健気ところがあるもんだな。

 尤も、普段がアレじゃ周りは振り回されっぱなしだが。

 ――おっと! この事は忘れたんだった。






 工房に戻り、さて早速バイクの修理にでも取り掛かろうかと考えた矢先、突如睡魔に襲われた。

 そりゃあそうか、彼是一週間も不眠不休、飲まず食わずでいたのだから……。

 バイクとエアコンディショナーを外し、いつもの作業着のまま私はウォーターベッドに飛び込んだ。

 ザブンという音と共に、冷たい水の心地よさに包まれ全身が安らぐ。

 身体をくるり半回転させて、顔を水面から出す。


 ――――――ああ、疲れた……。朝起きたら最初にバイクの修理をしよう……。


 ――――その後、香霖堂にバイクを届けて……。


 ――きゅうり食べて……それから……それから……。


 ――ZZzzz……。






























 朝、目が覚めた私は、早速バイクの修理に取り掛かった。

 何だかすこぶる調子が良い。久々にぐっすり寝れたせいだろう。

 太陽が南中する頃、バイクの修理を終えた私は、早速香霖堂に向かう事にする。

 今度は別にこそこそ出る必要はないが、何となく一河童じゃ不安だから、オプティカルカモフラージュに身を包んで香霖堂へ向かう。


「出る時間、間違えたなあ……暑くてかなわん」


 本日の天気は快晴。風も無く、強烈な日差しが無防備な首筋に突き刺さってチクチクする。

 私は空高く飛ぶのをやめて、川沿いの木陰を飛ぶ事にした。


 ――カランカラン


「やあやあ、お待たせ店主。バイクは直ったよ」

「ああ、いらっしゃい。待ってたよ」

「あれ? にとりじゃない。こんな所で会うとは思わなかったわ。久しぶり」


 店には店主だけじゃなく文も来ていた。水を片手に随分くつろいでいる様子だ。
 
 店の中にはそよ風が巡っていて涼しかった。多分文が吹かせているのだろう、

 入り口に立っている私に、文はおいでおいでと手招きする。


「もう一週間も音沙汰が無いから、干乾びてないかと心配してたわ」

「一週間程度じゃ干乾びやしないよ」

「それにしても随分と早かったな、昨晩頼んだばかりなのに。一週間は掛かると思っていたよ」

「なに、一度創ったものだからね。お茶の子さいさいってヤツさ」


 私はえっへんと、得意げに胸を張る。


「でも、にとりが一人で麓に来れるなんて、知らなかったわ」

「……ん、そうかい?」


 うーん、魔理沙に連れて来られたとは言いたくないな。

 店主は知らないフリをしてくれているのか、手元の本に目をやって何も言わない。


「いやー、私も文を見習ってもっと見聞を広めようと思ってね。ほら、今度の相手は外の道具じゃん」

「いい心掛けだと思うわ。山の妖怪は皆、それが出来ないから暇してるのよ。麓にも面白い事が一杯あるのに」

「その割りに文の新聞はつまらない記事ばかりだけどね」

「何でもかんでも面白い出来事ばかり、という訳にはなりませんよ。私の新聞は真実を優先していますから」


 新聞に関する事となると、突然新聞記者に早代わりする。

 よくまぁ、自然と切り替えれるものだ。文の新聞、嫌いじゃないけどね。


「ああ、そうそう、椛から伝言。黒白と遊んでる暇があるんなら、私とも将棋指してよ、だって」

「……知ってるんじゃん」


 文は魔理沙とは違った意味で性格の悪いヤツだ。嘘ついた私も悪いのかもしれないけどさ。

 うーん、帰り掛けにでも見られたのかなぁ。遊んでくれなきゃバラすぞという脅しにも取れる。

 困ったなぁ……大将棋はとんでもなく時間喰うんだよな……。

 椛は若い天狗だ。人に例えるなら魔理沙よりも歳下になるだろう。

 真面目なクセに、時折子供っぽいからついつい構ってやりたくなるヤツだ。


「ところで、エアコンディショナーのほうはどうだい? 何か発見はあったかい?」

「……昨日の今日だよ。寝て、起きて、バイク直して、そのままさ」

「ところでにとりさん、実は私、丁度そのエアコンディショナーに関して、少し耳寄りな情報を仕入れて来たのですよ」

「ほう?」


 文は文花帖を取り出し、ぺらぺらとページを捲る。


「それで霖之助さんに伝えに来たのですが、聞けばどうやらエアコンディショナーは、今、貴方の手元にあるそうで」

「ああ、バイクの修理代として頂戴したよ。まだ分解もしていない」

「つい先程、そのエアコンディショナーが動いている姿を目撃してきたのです。マヨヒガで」

「何だって!」


 マヨヒガは八雲の大妖の棲み家である。

 山の何処かにあるといわれてるが、正確な場所は定かでは無い。

 噂によると、家ごとふらふらと移動しているとか。

 また、八雲の大妖が、外の世界と幻想郷を行き来していると言う話も聞いた事があるが、どうやら本当の事だったらしい。


「どうやった! どうやって動かした!」

「ちょ、ちょっと、にとり落ち着いて!」


 気が付くと、私は文に詰め寄り、彼女の肩を強く揺さぶっていた。


「もう、道具の事になると見境無いんだから……」

「ごめんごめん、で、話の続きは?」

「はい、前からあそこにエアコンディショナーなるものが置いてあるのは知っていたんです。

 でも、用途と名前を知ったのはつい最近で。言うまでも無く、霖之助さんから聞いたんですけどね。

 それで、動いてる姿が見たくなって、ここのところ毎日見にいってたんですが、今朝ついにその姿を目撃しました!」

「ほうほう、それでそれで?」

「マヨヒガを覗いたら、猫達がエアコンディショナーの前で寝転がってたんです。ほらほら見て、この写真」

「いや、そんな写真はいいから……続きは?」

「良く撮れてるのに……」


 おほんと一つ、わざとらしい咳払いをし、文は話を続けた。


「しばらく見てたら、化け猫の橙さんが五寸くらいの箱をエアコンディショナーに向けてポチポチやってたんです。こんな風に」


 文は文花帖をその箱に見立てて、実演してみせる。


「ふんふん」

「そこで思い切って何やってるんですか? と聞きにいったわけです、橙さんに。

 するといきなり青ざめて、藍様には言わないでー! 勝手にエアコンつけたのバレたら怒られるの!

 ってですね、こう、叫びながらじゃれついてきたんですよ。

 何でもエアコンから噴出す風にあたりすぎると、風邪ひくからだそうです」

「そこはどうでも良い」

「はい、その時の写真です」

「いらんってば」


 ちらりと見えた写真には、泣き顔の化け猫がドアップで写っていた。

 その橙って化け猫、確か式神だと聞いているんだが。

 果たして主人の言い付けに背く式神なんて、何か使い道があるのだろうか? ただのペット?


「とりあえず、言わないからその箱の正体を教えてと、お願いしたらあっさり教えてくれました」


 化け猫もこんな新聞記者に絡まれて可愛そうに。

 写真を撮ってそれじゃあ、どんなに丁寧に語りかけても脅しにしか聞こえないだろう。


「箱の正体はリモコンという名の道具で、エアコンディショナーを動かすのに必要な道具だそうです。

 リモコンを使って、エアコンディショナーに部屋の空気を暖めたり、冷たくしたりしろと頼むそうで」

「それを通して命令しなきゃ駄目なの?」

「橙さんが言うには、リモコンが無いと全く命令を聞かない、だそうです」


 暫く黙って私等の話を聞いていた店主が口を開く。


「リモコンは正確にはリモートコントローラーと言う。名前が示す通り、道具を遠隔操作するための道具らしい。

 僕の店にも幾つか有るんだが、名前も用途も同じなのに、どれもボタンの配置や色がまちまちで、やっぱり使い方は判らない」

「じゃあ私に譲ってくれよ、調べるからさ」

「それがもう少し話は続くんですよ。橙さんの話を聞いていたら、藍さんが途中で入って来まして。はいこれ、写真です」


 写真には拳骨でもいただいたのか、頭を抱えて涙目の化け猫と、化け猫に説教をする九尾の狐が写っていた。

 妖怪のクセになんだか妙に家庭的で、力が抜ける写真だ。


「で、橙さんに代わって藍さんに、リモコンについて更に詳しいお話を伺いましてね。

 彼女によると、リモコンはどんな道具でも操作出来るという訳でなく、それぞれ専用の道具が決まっているそうなんです」

「それじゃあ、あのエアコンディショナー専用のリモコンが無いと動かないって事?」

「そういう事らしい。リモコンを失くせば動かなくなるなんて、どうしてそんな造りにしたのか僕には理解出来ないが」

「そうする必要があったんじゃない? 多分……」


 私にも理解出来ないが、恐らく外の世界の事情を反映した造りなのだろう。

 余りに凄い道具を一人で動かせないようにするため、とか、敵対組織に奪われた道具を使わせないためとか。

 そんな物騒な事情で無い事を祈る。


「他にも、赤外線がどうのとか、電波がどうのとか難しいお話をして下さったんですが……。聞き慣れない単語ばかりで意味が判らなくて、良く覚えていません」

「ええ? ちょっとちょっと、そこが一番大事なのになぁ……」

「仕方ないでしょう、私は貴方たちほど、そういう方面に詳しくないんだから。意味のわからない単語の羅列なんて、覚えてられませんよ」

「文はいっつも肝心なところが抜けてるんだよなぁ。勘が鋭いんだか鈍いんだか……」


 ため息が出てくる。その藍っていう狐に直接訊くしかないか。

 神社の宴会辺りに来ればいいんだけどな。まず、私が行くようにならないといけないけど。


「ところで君達、昼飯でも食べていくかい? 暑いから素麺にでもしようかと思っていたんだが」

「ああ、いいですねー。食べます、食べます。でも、霖之助さんまだ足痛めてるんでしょ? 台所貸してくれたら作りますよ」

「そういや、私もお腹ペコペコだ。胡瓜持ってるからさ、刻んでつけてよ」

「……胡瓜って携帯するものなのかしら?」







「ご馳走様。やっぱり胡瓜は美味いなぁ」

「君は素麺じゃなく胡瓜ばかり食べてたじゃないか」

「……というか、素麺より胡瓜のほうが多かったですし」

「胡瓜の素麺和えってところだね。腹ごしらえ出来たし、椛と戦でもしてくるよ」

「頑張ってね」


 久々に食べる食事はとても美味しく思えた。

 一河童でなく、友と一緒に食べるから尚美味いのだろう。


 魔理沙が居たらもっと美味しかったのかな?

 私はふと、この場にいない悪友の事を思い出していた。













(続く)
投稿ペースが落ちまくってしまいました。……大変申し訳ありません。

せめて一ヶ月以内に間に合わせようとして、結局一ヶ月と二日となってしまいました。

コレだけ長々と書いて、文の出番あれだけ! タイトルに偽り有りすぎて御免なさい。

ただ、魔理沙とにとりは凄くいいコンビだと思います。


感想、酷評、誤字脱字指摘、緋想天のお相手、何でもお待ちしています。

10/5
続きの執筆遅れてます orz
リアル都合とか色々で、大変申し訳ない
千と二五五
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
待ってました。技術者と道具屋はやはり相性がいいようですね。
お話は今後も続くんでしょうし、常に文が前面にいなくてもよいと思います。
2.名前が無い程度の能力削除
毎回楽しみにしております。
筆者さんは夏の間河童の生態観察をしていたんですね。存じております。
霖之助が事故ったようでどうなるかとヤキモキしておりましたが無事なようでなにより。
魔理沙とにとりのコンビも結構スキだなぁ。地霊殿には期待大です。
話は一段落したようですが、続編も首を長くして待っております。
3.名前が無い程度の能力削除
すげえ待ってました!
でもほんと気が向いた時に書いてくだされば十分なので!

今回も楽しませていただきました。
アダルチックな香霖&文
おたくにとり&悪ガキ魔理沙
それぞれいい味出しすぎです。



前々回から、エンジニアにとりがお気に入りです。
外の道具に対して、こんなもの人間がつくれるはずがない、これは超河童の作ったものに違いない!
と考えるにとりが素敵。自分の種族に誇りを持っているのでしょう。

次回はついに、にとり宴会デビュー!?
ゆかりん達も登場か!?
ワクテカが止まりません。


それぞれが好きな生き方を堪能している幻想郷、いいですね。
まじで癒されますわ。
次回作も楽しみにしております。

タイトル詐欺?
そんなのもはや気になりません!!!!!
むしろそんなに出しゃばってこないのに
ナチュラルに香霖の相方ポジションを確立しつつある文かわいいよ文
4.名前が無い程度の能力削除
お待ちしておりました。
今回もほのぼので素敵です。この面白さはくせになる。
にとりがほんとに可愛くていいですよ。
5.名前が無い程度の能力削除
毎度いい仕事してますね

いつも楽しませてもらってます
6.名前が無い程度の能力削除
読んで真っ先に出た感想が、『長ぇっ!(褒め言葉)』でした。
いや、堪能堪能。今回も面白かったですよ。
7.時空や空間を翔る程度の能力削除
今回も楽しく読めました。
さて、にとりは「エアコンディショナー」を扱いこなせるか楽しみだ。

楽しみがまた1つ出来た。
8.名前が無い程度の能力削除
ああ、よかったこの作品がなかったら私は暇死しているところだった。

いつも通り楽しかったです。
9.名前が無い程度の能力削除
取り敢えず、ウォーターベッド吹いたw
10.名前が無い程度の能力削除
いいなーコレ!いいなーコレ!
とりあえず文にそうめん作ってほしいなー!
11.千と二五五削除
沢山のコメントいつも有難う御座います。感想が何よりの励みになります。
今回、プロットは早い段階で出来ていたのですが、にとり一人称に物凄く苦労して時間が……それと緋想天という誘惑が。
次回は出来れば9月中に投稿したいと思います。出来れば……!
毎度ですが、コメントに自分語りが多くなって申し訳ない。

>1さん
お待たせしました。
この話では、にとりが霖之助にとっての二匹目の妖怪友達です。相性良さそうだから。
今のところ、新聞記者とコラムニストの設定を上手く活かせてない感じがするので、次は前面に出したいと考えています。

>2さん
霖之助曰く、河童はスッポンの妖怪なので、きっと煮込むと非常にいい味出すと思います。
公式見ていると、魔理沙にとって、にとりは大変いい友達になりそうな感じがする。
ちなみに私は地霊殿がきたら、文装備→にとり装備と攻略順序を計画中です。

>3さん
人見知りなのか、私の前には現れてくれなかったので芥川龍之助の『河童』なんぞを青空文庫で読んで研究していました。
超河童なんかはその影響です。
難易度が高いそうで、万年ノーマルシューターの私には辛そうですが、地霊殿早くプレイしたい。

>4さん
お待ちしてくださってありがとうございます。
想像以上ににとりの評判が良くて感無量です。気合入れた甲斐がありました。
登場させたキャラはなるべく、魅力的に書こうと頑張っていますが、ちょっと魔理沙がまだ不遇かもしれない。
文は可愛い。

>5さん
にとりのイメージは、芥川龍之助の河童 ~Candid Friendの影響が大きい? です。
英語が苦手な私はCandidってどんな意味か、調べるまで判らなかったのですが。
『包み隠しのない、率直な、遠慮のない、気取らない、腹蔵のない』
という意味だそうで、この話のにとりのイメージに大きく影響しました。

>6さん
いつも読んでくださりありがとうございます。
>いい仕事
納期を定めていないせいで、仕事としては酷い感じもします。精進致します。

>7さん
本当は六話とセットで投稿するつもりだったのですが、後半部分が長くなりすぎたので独立させて七話としました。
気が付くと30kbオーバーと、今まで投稿した話の中では一番長くなりましたね。

>時空や空間を翔る程度の能力さん
いつもコメントありがとうございます!
今すぐにとはいきませんが、きっといつかにとりなら……!

>9さん
そんな大げさな!
……妖怪なら暇死が本当にありそうだ。

>10さん
水の中で眠れたらさぞかし気持ち良さそう。
脳内設定では、寝てる間に溺れてしまう河童が毎年居ます。
川で寝てたら流されたとか。

>11さん
文は酒の肴とか用意させたら上手そう。
関係ありませんが、私は胡瓜が大の苦手です。


引き続き、感想、酷評、何でもお待ちしています。誤字って書いた本人だけが気づかなかったりするのが不思議。
12.名前が無い程度の能力削除
>余りに凄い道具を一人で動かせないようにするため、とか、敵対組織に奪われた道具を使わせないためとか。
鉄人28号?
13.千と二五五削除
>13さん
鉄人28号は見たこと無いので偶然かな
どちらかというと、潜水艦で核ミサイル発射する時に本国から送られてきたコードを認証して~
みたいな、どこかで見た映画の影響でございました