玄関に魔女が立っていた。
顔色の悪そうな、不健康そうな紫もやしが。
「あ、ど、どうしたの?こんな時間に」
思いもよらぬ訪問者にアリスは面食らう。
「あそびにきてみた」
見ると、紫もやしは麦藁帽子をかぶっていた。サングラスもかけていた。アロハシャツでも着ていそうな勢いだった。
(明らかに似合ってねえ)
「いま、失礼なことを思ったでしょう。仕方ないじゃない。私、日差しに弱いんだから」
まあ、もやしですから。
「今は夜よ。もー、今から寝ようと思ったのに」
「まだ10時よ?夜はこれからだっていうのに。これだから未熟者は」
「あなたと違って健康なだけよ。それと未熟者呼ばわりするな」
なんかちょっと馬鹿にされた。カチンときた。
「まあ・・・・・・成熟しきったら面白くないものね。青い果実だからこそ、手を加える価値があるというもの・・・・・・」
なにやら顔を赤めながら悦に浸って向こう側の世界にトリップしていくパチュリー。
そんな彼女を見て、アリスはただならぬ悪寒を覚えた。
「と、とにかく!なかへ入らない?お、お腹すいてるでしょ?」
「あらいいの?」
「あ」
しまった、と思ったときはもう遅い。
鼠を家に入れるようなまねをしてしまったと、内心後悔した。
「おじゃましまーす」
「ううう・・・・・・」
魔女は、ズカズカと家へ入っていった。
「へーえ、たくさん人形があるのね。不気味だわ」
アリス亭、居間。アリスの家には至る所に人形がある。数は多いが陳列され、まるで博物館内部のようであった。
「何言ってるのよ。不気味じゃないわよ可愛いじゃない」
「貴女の趣味がわからないわ。だから根暗って言われるのよ」
(コイツにだけは言われたくねえ。)
ふと見ると、パチュリーは一体の人形を手にしていた。
「こんにちはー。パチュリーですよー」
パチュリーは人形に声をかける。なんだこいつ、小学生か、とアリスは笑いそうになったが、普段自分がやっている、ということを思い出して、心が痛くなった。
そうか、こういう風に見えるんだ。私。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「突っ込まないんだ」
「わかってやっているでしょ」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「えい」
めぎゃ。
「!?」
「あら、なにも起こらないのね。つまらない」
「おおおお前ぇー!私の大事な人形に何してくれるんだあー!!」
「ちょっと引っ張っただけじゃない。そんなに怒らないでよ」
「怒るわ!!アンタだって図書館の本汚されたら怒るでしょ!?もう帰れ!とっとと帰れ!」
アリスは手当たりしだい人形を投げつける。家では弾幕れないのだから仕方ないのだ。
「いたたたたっ!ひ、ひどいわアリス・・・・・・」
「ひどいのはあんたじゃない!つまみ出すわよ!」
「片っ端から人形を投げつけるあなたの方がひどいと思うけど」
「・・・・・」
「・・・・・・」
「わ、私のものは私のものよ!か、勝手にしていいのは私だけ!!」
小学生みたいな言い訳をつい口にしてしまう。
「まるで小さい子ね・・・・・まあいいわ。アリス、お腹すいた」
「あんた喧嘩売ってるでしょ」
一体何しに来たのだろう。この魔女は。
それと何故麦藁帽子とサングラスを取らない。室内なのに。
「この家も私にとってはまぶしすぎるのよ」
どれだけ暗がりに住んでいるんだ。モグラか。
「冗談よ。思ったより気に入っちゃって。この格好」
「聞いてないわ。いいから早く出て行きなさい」
アリスはパチュリーを追い返そうと、玄関の方へ押す。しかし、パチュリーは微動だにしなかった。
「ぐっ・・・・・・!」
「私は動かない大図書館よ」
だれがうまいこと言えといった。動かないなら図書館に引き篭もってろ!
押しても押しても動じないパチュリーに次第にアリスは体力を無くしていく。
「押してもだめよアリス。たまには引かないと」
「・・・・ぜえぜえ・・・・・・な、なんの話よ・・・・・・・」
なんでこいつ動かないんだろう。見た目はすごく軽そうなのに。
と、ここでからくりがわかった。
盲点だった・・・・・・・いや、基本的であった。彼女は魔法使いなのだから。
「ちゃんと鍛えているのよ」
「魔法でしょ?どうせ」
「あら、勘がいいのね」
「それ以外、考えられないし」
はああ、と大きくため息をつく。
アリスは疲れていた。精神的にも、体力的にも疲れていた。早く寝たいと思っていた。夜更かしは美容に悪いのだ。
とっとと魔法を解いて、こいつを外へ放り出そう。
「エロイエッサム、エロイエッサム・・・・・・」
「うわ、何を言い出すかと思えばいやらしい」
「解呪の呪文よ!いやらしい想像をするな!」
まあ・・・・・・ちょっとあれな呪文だと私も思うけど・・・・・・
こいつのことだ。どうせ邪魔をしているだけなのだろう。
「汝、地よりその身を引き離したまえ」
アリスは詠唱を終え、魔法を解いた。その間にもパチュリーは何かを言っていたが、気にしなかった。
解呪を終えると、アリスはパチュリーを抱えあげる。いわゆるお姫様抱っこ、という形になるが、彼女に他意はない。押し返すのが面倒になったのだ。このまま外へ放り出す方が早い。
「むきゅっ・・・・・!?」
かけていたサングラスと帽子が落ちる。可愛らしい声がしたが気にしない。しかし、軽そうだ、と思っていたがここまで軽いとは。
(ちゃんと食べているのかしら。多分、食べなくても生きて行けるけれど)
「お、おろしてよ・・・・・・!」
「ちょ、暴れないでよ危ないから!」
「おろしてってば!」
顔を赤らめながら、アリスの腕の中でジタバタするパチュリー。その姿に、アリスの心の中でなにかが膨らんでいく。
「だめよ。このまま外へ放り出すんだから」
ものすごい笑顔でさらりとひどいことを言うアリス。なにかのスイッチが入ってしまったようだ。
「ひっ・・・・・・・!」
「ふふふ・・・・・・・」
「ま、、待って!悪かったわ!二度としないあんなこと!そ、それに私はいつも貴女に本を貸してあげてるじゃない!その恩とかないの!?アリスったら!」
「・・・・・・」
「泊めてあげたこともあったでしょう!?お茶だって出すし!出すのは小悪魔なんだけど」
最後の一言はちょっと余計だなあと思いつつも、こいつの言うことも一理あるな、と思うアリス。
考えてみれば、あの図書館の本は自立人形の研究に非常に役に立っている。もしも図書館の存在を知らなければ、今の何倍もの時間がかかったはずだ。
以前は、不法侵入者だといってすぐに追い返された。しかし、回数を重ねるうちに、次第に公認の客扱いとなり、お茶も出るようになった。
本人は不服そうであったが。
「・・・・・・・確かにそうね」
そっとパチュリーをソファの上に下ろすアリス。
「失礼したわ、パチュリー。でも、二度はないわ。これ以上何かしたら只じゃすまないからね。今日はもう遅いから泊まっていきなさい」
「あ、ありがとうアリス・・・・・・」
ため息をつきながら渋々承諾するアリス。
反対にパチュリーは怯えきっていた。そんなにアリスの笑顔が怖かったのだろうか。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「そんなに怯えないでよ!」
「ひいっ・・・・・・!だ、だって!」
今にも泣きそうな顔のパチュリー。顔を紅くし、ソファーの隅で縮こまっている。
ちょっとかわいいかも・・・・・・じゃなくって!そんなに悪いことしたか、私。
部屋に嫌な空気が流れる。
「あ、あのさ、さっきはちょっと取り乱しちゃったけど、その、大事なものだからつい」
「・・・・・・」
「べ、べつにもうやらないって言うのならいいのよ。ほ、本当よ。もう怒ってないから」
「・・・・・・・」
だからそんな怯えたようにこっちを見るのはやめてくれ。変な気分になってくるから。
「お、お茶でもどう!?いま淹れるから」
「お茶より何か食べたいんだけど」
振り返ってアリスは後悔した。そこにはソファにもたれながらいつものように本を読んでくつろいでいる紫もやしがいた。
さっきまでのしおらしさはどこへいった。
(騙された・・・・・・!?)
アリスは一人しょんぼりしながら台所へ向かう。騙されたことに腹が立つ、というよりは自分の人の良さにショックだった。
(流石は100年魔女・・・・・・侮っていた。いや、甘いのは私か・・・・・・)
とか何とか思いつつ、体に良さそうな野菜スープを作ろうだとか考えちゃうアリスだった。
これだからいつまでたっても苦労人なのだ。
「あら、野菜スープ?健康的ね。気を使ってくれてるの?」
「たまたまよ!一人で食べるには多すぎるし」
「貴女もう食べ終わっているでしょ。わざわざ悪いわねえ」
「あ、朝ごはんよ!」
なんとなく素直になれないアリスだった。
「適当なつまみ程度でよかったのに。そんなに食べないし」
「貴女はもうちょっと食べたほうがいいわよ。ガリガリじゃない」
これは本当。さっき持ち上げてみてびっくりしたのだから。
「平気よ、魔女だし。それに本を読んでるとつい忘れちゃうのよね。食事」
「だからいつまでも喘息が治らないのよ」
もくもくと食べるパチュリーを背に、アリスはひたすら洗いものをする。
「やっぱり気を使ってくれてるんじゃない。ありがとう。おいしいわ」
「・・・・・・」
さっきのからかい調子じゃない言葉に、アリスは何も言えなくなる。ここから表情は伺えないが、きっと笑っているんだろう。
「とにかく、それ食べたら風呂入ってもう寝なさい。ていうか私は寝るわよ」
誤魔化すように言う。向こうからこちらが見えないのが幸いだ。
多分、ほんのり紅くなってる。
「照れてるの?」
「照れてないわよ!!」
どうしてこう一言多いんだ。この魔女は。
「寝るの早すぎない?夜はこれからだって言うのに」
「吸血鬼みたいなこと言わないでよ。だからいつまでも不健康なのよ。食べ終わったら食器は流しに置いといて。それと風呂なら沸かしてあるから。もう入ったあとで悪いけど。ああ、あと部屋は二階に客室用があるからそこ使って。トイレは突き当たりだから。右から4番目の部屋は開けないこと。呪い人形が入っているから。それじゃあおやすみ」
バタン。
一気に言いたいことを言い、アリスは自分の部屋に入っていった。
居間に残されたパチュリーは一人スープをすする。
「そんなに眠かったのかしら・・・・・・」
そんなことを考えながら、まあいいかと思いスープをすする。
細かいことは気にしないのだ。本に関すること以外は。
それがパチュリー・ノーレッジ。日陰の少女のあるべき姿である。
「あ、危なかった・・・・・・」
部屋のドアにもたれかかり、アリスは独り言を呟く。
なにが危ないんだかいまいち本人もわかっていない。
しかし、うまいこと口車に乗せられて奴を泊めてしまったことは確かだ。
どうしてこうなったのだろうか。
やはり、押しに弱い自分の性格のせいだろう。そして相手は、自分が思っているよりゴーイングマイウェイだった。普段は持っていかないでーと虚しく呟いているだけなのに。
「明日には、追い返さないと・・・・・・!」
まあ別に追い返す理由も特に無いのだけれど。さっきのようなことをしない限りは。
コンコンコン、とドアをノックする音がした。
一体なんだ。こっちは寝てるって言うのに。・・・・・・寝てないけど。
「あのさ、アリス、今日ここに来た理由はね、ちょっと魔法の森で研究したいからなの」
「・・・・・・・」
「でさあ、その・・・・・・色々実験したいから、何日もかかっちゃうと思うのよ」
嫌な予感がする。果てしなく嫌な予感がする。
「だから、その間ここに泊めてもらいたいのだけれど」
ちょっと待て。
なんだそれは。
「沈黙は肯定と受け取るわ。それじゃあお休み」
「待ちなさい」
バタンと勢いよくドアが開く。
「あら起きてたの」
「あら起きてたの、じゃないわよ何勝手なこと言ってるのよ!」
「・・・・・・ダメ?」
上目遣いでアリスを見るパチュリー。ちなみに二人の身長差は15センチ程度。アリスの肩あたりにパチュリーの顔が見える。
(騙されるな・・・・・・!こいつは100年魔女!許すわけにはいかないのよ!)
「ダメ・・・・・・?」
(どうせ演技でしょう!?そうはいかないわ!)
「だめよ。私だって自分の研究があるもの。そう何日も泊められてたまりますか。明日には追い出すわよ」
「風呂入ってくる」
「聞けよ人の話!」
アリスの話をスルーして、風呂場へスタスタと歩いていく。
こういう奴なのだ。密室少女だけに人に迷惑をかけることを省みない、そんなことは嫌というほど実感した。
よくよく考えれば、本を読んでいるだけの魔女が一人家に来たところで生活にそこまで支障をきたさないだろうし、居座るといっても数日だろうし、これといった反対理由はない。しいて言うなら精神的疲労が増えるということであろうか。
いちいち反対するよりは、もうどうとでもしてくれ、といった状態だった。
(いけないいけないわアリス・・・・・・!戦意喪失してどうするのよ!)
まあ多分、そんな決意もすぐに砕かれてしまうのだろう。
「明日には絶対追い返す!」
拳を握り、決意を固めるアリス。
しかし
「アリスーなんか温いんだけどー」
「黙ってはい・・・・・・ああもうわかったわよ!行けばいいんでしょ!見てなさいよ沸騰するまで熱くしてやるから!」
そんな要望に渋々応えようと腰を上げてしまうあたり、彼女の受難はまだ続くようである。
つづく
面白かったので続きが楽しみです。
以下お返事
>1 わかりました映季様。あまりスピードは速くないですが、今精一杯続きを考えています。気長にお待ちください。
>2 なんか、思いついたままにつらつら書いてしまったのですが、確かにどことなく似てますね・・・・・・・突っ込み役とかシチュエーションとか。
少しでも笑っていただいたのなら本望です。
>3 それを書いたらパッチュさんにおこられる・・・・・・いや、怒られないか。ふつう怒られないよね!パッチュさん失礼しました変な妄想を浮かべてしまって。
>4 というか周りがボケばっかりなんですよ。だから突っ込むしかない、と。彼女が突っ走っている所も見てみたいです。
>5 そう言っていただき、ありがとうございます。続きもがんばります。
>6 同士よ。
これはいいパチュアリ。