白玉楼に妖忌がいた頃のこと。
師匠の持つ二振りの刀に、ふとした興味を抱いた妖夢が尋ねたことで語られた話。
稽古の休憩中に、いつもよりも体力的に余裕があった妖夢が妖忌に聞く。
「師匠、お聞きしたことがあります」
「なんだ?」
「師匠の持つ楼観剣と白楼剣の由来を聞かせてください」
「……お前は刀に斬ること以外の価値を求めるのか?
刀を魂という者がいるが、俺は刀は斬れさえすればいいと考えている。
刀の本分は斬ること。それ以外の価値を求めると刀は斬ることができなくなってしまう。
斬れぬ刀は……いや止めておこう」
刀なのかと続けようとして止める。
自身も斬るという役割を帯びた、刀のようなもの。だが今は指南役も兼ねている。
この先を口にしては自身の否定に繋がると口を閉ざす。
「もうしわけございませんっ」
床に膝と手をついて妖夢は謝る。
「なにを謝る?」
「未熟者でありながら、ですぎたことを聞いたからです」
「……」
妖忌は何か言おうとして止める。
そして妖忌も座り、妖夢に顔を上げさせる。
「由来だったな」
語ろうとする妖忌に妖夢が驚く。
「聞いてもいいのですか?」
「いずれお前もこれらを持つことになる。
知っておいたほうがいいだろうさ」
妖夢は姿勢を正し一言一句聞き逃すまいと聞く体勢に入る。
真正面に向き合い魂魄の剣士たちは己が刀のことを語り聞く。
「楼観剣の詳しいことは知らぬ。
妖怪が鍛え魂魄家のものが持つようになったとだけ。
魂魄家初代が妖怪にもらったらしいと伝わっている」
「なるほど」
「白楼剣は十数代前の当主が作らせたものだと聞く。
これのことを語るには、ある先祖のことを語る必要がある。
魂魄家は殺人剣も活人剣も教えるな?
その当主もそれに従い、二つを会得しようとした。殺人剣は己を鍛えていけばおのずと身についていく。
しかし活人剣はそうはいかぬ。ただ剣を振るうのみで会得できるようなものではない。
その当主は活人剣の会得に困難し、修行に長い年月をかけた。
それでも会得できず、一度修行を止めてなぜ会得できないのか考えることにした。
殺人剣は肉を斬り殺すもの。活人剣は心を斬り生かすもの。
それを知識の上では知っていた。それをふまえて考えたのだ。
当主は長い修行で刀が己の体の一部といっていいほどに扱えた。
だからその考えに至ったのだろう。己にできないのならば、己の一部といっていい刀にやらせればいいと。
早速当主は名工を探し、刀を作ってもらった。
それが迷いを斬る刀、白楼剣だ。心を斬るのではなく、魂を斬る刀の誕生だ」
妖夢は脱力していた。おもいっきり脱力していた。
一種の天然ともいえる先祖がいたことに。その先祖の血を引いていることに。
この先、その先祖と似たようなことはしたくないなとも思う。
だがそれを表に出すことは話の腰を折ると判断し耐えた。
幼い妖夢の努力を妖忌は見抜きつつも気にせず続ける。
「当主は手にした刀を自信を持って師匠に見せた。
これが活人剣の極意です、とな。
どうなったかわかるな?
当然、怒鳴られた」
妖忌も妖夢も、その情景がありありと想像できた。
「その当主は師匠につきっきりで鍛えられ、五十年かけてようやく活人剣の会得ができたようだ。
一人で修行させると次は何をしでかすか不安だったらしい」
「はあ」
「間違いで作られた白楼剣は、発端がどうであれ素晴らしいできだった。
それは誰もが認めたのだ。だから家宝にすると決まり代々受け継がれてきた」
「そうですか」
場を沈黙が支配する。
少しして妖忌が口を開いた。
「修行を再開する」
「はい」
妖夢は木刀を手にしながら思う。
いつの日が自分もこのマヌケな話を語らなければいけないのだろうかと。
そして妖忌が刀に付加価値を認めないのは、白楼剣を扱う際に由来を思い出して気が抜けるからなのかと。
戦いの場で気が散るのは命取りだ。
妖忌が言うことを止めたので間違った伝わり方をした想いに妖夢は納得する。
この考えは妖忌が去ったあとも変わることはなかった。
師匠の持つ二振りの刀に、ふとした興味を抱いた妖夢が尋ねたことで語られた話。
稽古の休憩中に、いつもよりも体力的に余裕があった妖夢が妖忌に聞く。
「師匠、お聞きしたことがあります」
「なんだ?」
「師匠の持つ楼観剣と白楼剣の由来を聞かせてください」
「……お前は刀に斬ること以外の価値を求めるのか?
刀を魂という者がいるが、俺は刀は斬れさえすればいいと考えている。
刀の本分は斬ること。それ以外の価値を求めると刀は斬ることができなくなってしまう。
斬れぬ刀は……いや止めておこう」
刀なのかと続けようとして止める。
自身も斬るという役割を帯びた、刀のようなもの。だが今は指南役も兼ねている。
この先を口にしては自身の否定に繋がると口を閉ざす。
「もうしわけございませんっ」
床に膝と手をついて妖夢は謝る。
「なにを謝る?」
「未熟者でありながら、ですぎたことを聞いたからです」
「……」
妖忌は何か言おうとして止める。
そして妖忌も座り、妖夢に顔を上げさせる。
「由来だったな」
語ろうとする妖忌に妖夢が驚く。
「聞いてもいいのですか?」
「いずれお前もこれらを持つことになる。
知っておいたほうがいいだろうさ」
妖夢は姿勢を正し一言一句聞き逃すまいと聞く体勢に入る。
真正面に向き合い魂魄の剣士たちは己が刀のことを語り聞く。
「楼観剣の詳しいことは知らぬ。
妖怪が鍛え魂魄家のものが持つようになったとだけ。
魂魄家初代が妖怪にもらったらしいと伝わっている」
「なるほど」
「白楼剣は十数代前の当主が作らせたものだと聞く。
これのことを語るには、ある先祖のことを語る必要がある。
魂魄家は殺人剣も活人剣も教えるな?
その当主もそれに従い、二つを会得しようとした。殺人剣は己を鍛えていけばおのずと身についていく。
しかし活人剣はそうはいかぬ。ただ剣を振るうのみで会得できるようなものではない。
その当主は活人剣の会得に困難し、修行に長い年月をかけた。
それでも会得できず、一度修行を止めてなぜ会得できないのか考えることにした。
殺人剣は肉を斬り殺すもの。活人剣は心を斬り生かすもの。
それを知識の上では知っていた。それをふまえて考えたのだ。
当主は長い修行で刀が己の体の一部といっていいほどに扱えた。
だからその考えに至ったのだろう。己にできないのならば、己の一部といっていい刀にやらせればいいと。
早速当主は名工を探し、刀を作ってもらった。
それが迷いを斬る刀、白楼剣だ。心を斬るのではなく、魂を斬る刀の誕生だ」
妖夢は脱力していた。おもいっきり脱力していた。
一種の天然ともいえる先祖がいたことに。その先祖の血を引いていることに。
この先、その先祖と似たようなことはしたくないなとも思う。
だがそれを表に出すことは話の腰を折ると判断し耐えた。
幼い妖夢の努力を妖忌は見抜きつつも気にせず続ける。
「当主は手にした刀を自信を持って師匠に見せた。
これが活人剣の極意です、とな。
どうなったかわかるな?
当然、怒鳴られた」
妖忌も妖夢も、その情景がありありと想像できた。
「その当主は師匠につきっきりで鍛えられ、五十年かけてようやく活人剣の会得ができたようだ。
一人で修行させると次は何をしでかすか不安だったらしい」
「はあ」
「間違いで作られた白楼剣は、発端がどうであれ素晴らしいできだった。
それは誰もが認めたのだ。だから家宝にすると決まり代々受け継がれてきた」
「そうですか」
場を沈黙が支配する。
少しして妖忌が口を開いた。
「修行を再開する」
「はい」
妖夢は木刀を手にしながら思う。
いつの日が自分もこのマヌケな話を語らなければいけないのだろうかと。
そして妖忌が刀に付加価値を認めないのは、白楼剣を扱う際に由来を思い出して気が抜けるからなのかと。
戦いの場で気が散るのは命取りだ。
妖忌が言うことを止めたので間違った伝わり方をした想いに妖夢は納得する。
この考えは妖忌が去ったあとも変わることはなかった。