Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

盆会小話

2008/08/15 12:19:33
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 注意:
 過去の人としてオリキャラがいます。オリキャラについて語りまくってるのでご注意ください








 盆以降から涼しくなるとはよく言うが、墓の掃除をしなければいけないのにがんがん照りつける日差し、春にはおとなしい花や若草が生えていた墓のまわりは、夏の暑さでいつのまにか急成長した、丈の高い草がぼうぼうになり、よそから伸びてきたツル植物の葉がさらに一帯をむさくるしくしている。久しぶりに墓へ来たとたん、私はもう嫌になってしまった。
 だが、それでも盆なのだからしっかりとやらなければならない。夏を過ぎれば自然となくなってしまう、そういった植物にはかまわないことにして、草を踏み越え墓の塀の内側へ入る。雨風にさらされながらも昨年の盆から残りつづけていた蝋燭や線香の残骸が墓石にこびりついてしまっている。ちゃんと始末をせず悪いことをしてしまった、と思った。水入りのやかんを足元に置き、まずその汚れをとりはじめる。
 墓とは言うが、黒い細長めの岩に文字を彫りつけて地面に立て、里の廃屋の塀を勝手に盗んできてあたりに廻らしただけの墓だ。それらの作業は私がやった。場所も、里の人間が眠る墓地や墓場の近くではなく、竹林のひっそりした場所をわざわざ選んだ。この墓に眠っている者が竹林に住んでいたから。身寄りもなく、親や家族の墓もなかったから、死を看取った私がここに埋葬し墓を作った。
 刻み込んだ文字の溝にまで灰や蝋が入り込んでいる。布巾ではそんなに狭いところを掃除するのはなかなか難しいが、額から汗が落ちる心地悪さを我慢してこすり続ける。時々やかんの水をたらして、またこする。汚れ取りだけでだいぶ時間がかかりそうだ。昼はまだ長いのだからそれでもかまわない。
 掃除が終わるまでの間、私は毎年昔のことを回想する。墓を作る以前のことだ。しょっちゅう指を誤って傷つけながら墓石に刻んだ『香』という文字、その名の少女が生きていた時のことを思い出す。
 そもそもその少女には名前がなかった。母は物心がついたときからいなかったのだそうだ。ただ、父がいつも「チビ公、チビ公」と呼んでいたと言うから、チビを取り払って「公」を「香」の字に改めて私が名前を与えた。人に名前を与えるなどと大層なことを勝手にしてしまったわけだが、字の読めない少女は私が地面に書いた香という文字をじっと見て、嬉しそうに笑っていた。
「なんて読むの?」
「コウだよ。チビ公とおなじ」
 大好きだった父に呼ばれていたのと同じように名前を呼ばれるのが殊に嬉しいらしかった。
 少女は父と二人で竹林の隅に家を建てて住んでいた。里であまりにも貧しく、竹林の危険と背をあわせながらも、食料の豊富なこの場所に住むことを選んだらしい。里にいては餓死してしまう、と父は言っていたそうだ。私は里にそんな人間がいるとは思いもしなかったから驚いた。里はのんびりとしていつも平和で、ひどく不幸な人間は一人もいないように見えていた。だがやはり、この少女と父のような者が人数少なくとも存在せずにはありえぬものなのだろうか。乞食なども滅多に目にしないのに。
 あの日も、少女の父は食べる物を得るために竹林へ入っていたのだろう。私が見たのは人の遺骸を食いかけて振り向いた妖怪の、血なまぐさい顔だけだ。遺骸を持って逃げようとしたからすぐに殺した。遺骸をつよく掴んで離れなかったし、妖怪の骸にも人の遺骸にも触れる気にならないからそのまま捨てておいた。この遺骸が少女の父だなどとはこの時は知らなかった。だから、夜中にふと聞こえてきた不審な泣き声をたどって一軒のあばら家を見つけ、そこにいた幼い子供に話を聞いて驚いた。父が竹林へ行って帰らないと聞き、すぐに妖怪に殺されていた遺骸を思い出した。歪み固まった死に顔であったが、目の前にいる少女とぼんやりと面影があるのは恐ろしいことだった。
 とにかく、安全のため夜が明けるまで私は少女の隣にいて寝かしつけていた。妖怪の行動が活発な夜が明ければ一応は安全である。明るくなってから、昨日、妖怪と遺骸を放っておいた場所へ行ったけれど、骸も遺骸も残っていなかった。他の獣か妖怪が始末したのだろうが、まずいことをした。私に少しでも仏心があれば、遺骸を妖怪からむしり取って埋葬してやるべきだった。そうしなかった自分はなんて無慈悲な、心無い人間なのだろう。
 あばら家へ戻ったとき、少女がまず言った言葉はあの時どんなに痛く突き刺さったろう。
「お父さん死んじゃったの?」 
 竹林に住み生きる糧を求める以上、死とは隣り合わせだ。父は無論それを覚悟していたろうし、話をしたかどうかはわからないが、少女も多少なりとは理解していたのだろう。父が戻ってこなければ、もう生きてはいないと予想していたようだ。哀れだった。頷くと少女は泣き出した。
 身寄りや親の家族のことや、聞くにしても泣きじゃくって返答を得られるはずもない。それでも、そういうものがないのだろうとは思えた。実際、あとから聞いてみると少女はそれらのことを何一つ知らなかった。慰め方もわからなくて、泣き止むまでの長い時間、肩や背を撫でているだけしかできなかった。長く生きてきて、慰める方法も知らなかった無知な自分にこの時気付いたのだった。
 埋める遺骸はないが位牌は作れる。ようやく落ち着いた少女にそう言うと、位牌とは何だかを知らなかったようだが、形式的なものを面白がって興味を示した。
「お父さんの名前、なんていうの?」
「お父さん」
「それだけ?」
「お父さんは、お父さんっていつも言ってたから」
 自分の名前もない。この場合どうするものかわからなかったから、丁寧に削った竹に、少女の言による「大好きなお父さん」を書き付けた。少女はそれに穴を開けて紐を通す加工を自分で施し、首から提げて常に身に着けていた。
 香という名の字を教えると、逆に私の名を聞かれた。モコウ、と土に妹紅と書く。
「モコウって読むの?」
「うん」
「なんでこんなにいっぱいなの?わたしはこれだけなのに」
 と、香の字を指差す。なるほど確かに私の名の画数が多い。
「(妹)が『モ』で、(紅)が『コウ』って読むんだよ。妹も紅も、そういうふうにしか読めないから、二つくっつけてモコウっていうの」
「ふうん。(紅)だけだったらわたしと一緒なのに」
「あぁ、そうだね」
 ずいぶんと久しぶりに子供と話をするが、とても楽しかった。一旦泣いた後は、寂しがりながらも父の死の悲しみには浸らない少女が可愛らしかった。一人で置いておくわけにもいかず、里に託せる人があればいいが私は里に入れない。だから、とりあえず今は、というつもりで私はしばらく香のあばら家に寝泊りした。
 動物や竹の子を取ってくると、お父さんよりも狩が上手いと言って褒められた。喜んではいけないという気がして気持ちが沈んだが、香には笑って見せて料理をした。しかし料理はお父さんより不味いと言われる。香の父はきっと娘に並々ならぬ愛情を注いでいたのだろう。香はとても素直で良い子供だった。
 私によくなついてくれた。食べるものを採りに家を出る間、家で待っていろと言えば必ず大人しくしていた。一緒に外を出歩くときも近くからは離れない。妹紅お姉ちゃん、などと呼ばれるのは気恥かしくてどうも心地悪かったが、嫌というのでもなかった。人と交わりを絶ってすでに長く、一人が当たり前であった私が、こうしてこのような少女といるのは、なんとも不思議なめぐり合わせだ。
 夜、怖い夢にうなされているのを揺り起こすと、私を見て笑顔になった。その笑みが信じられなかった。これは普通の人間ではない、何ものよりも清らかな魂なのだと思った。罪深い自分などは触れることも許されぬだろう高尚な魂が、なぜ目の前にいるのか。そして、この身寄りのない少女は、私の手にその命を守られている…しかし、そんなことを考えては罰せられるのではないか。私は、清い魂の、尊い生命の運命のまわりにあるほんの小さな一点に過ぎないのではないか。
 私がなくとも清らかな魂は生きながらえるに違いない。一点に過ぎない私と少女との関係、食事を援け安全を守ることは、うわべだけのものにすぎないのだろうか。
 そんなことを考えた。こんなものが馬鹿馬鹿しいとは未だに正直に思えない。それほど、香はどこか神憑って見えるのだった。それでも、香を手放したくないと私は思い始めていた。仕様のない思いだった。日を経るごとに香がいとおしくなる。香も、だんだんと私をしたってくれるのだった。このまま、こうして香の父の代わりでいられれば。蓬莱の因果と、それによって必ず訪れるだろう終わりも、このときには忘れ去っていた。
 だが、香は熱病にかかって死んでしまった。里へ運び医者をまわったが誰も助けられなかった。苦しい、怖い、と病床から差し出された細い手と泣き声を、ただ握って聞いている私も恐怖に震えていた。命を失うことがこんなにも恐ろしいものだなどとは、千年と何百年の昔にたった一度味わっただけの恐怖だった。何とかしたい衝動に駆られた。
 香を里において竹林へ走る。永遠亭へ入り込むとすぐ兎にとり押さえられたが、反抗などせず、八意に会わせてほしいと訴えた。すると本人が現れ、話をするとすぐに薬をくれた。この時以来、八意にだけは感謝が絶えない。だがこの時は一目散に里へ駆け戻った。そのとき香は既に死んでいた。
 伝染を恐れられ、香の遺骸と一緒に私は里から追い出された。ぐらぐらと怒りが沸き立った。こんなに哀れな子さえこのようにするのは決して許されることではない。こんなに良い子を、清らかな子を。この子はなぜ死んでしまったのか。召し取ると言う天さえも非情だと、私は何もかもが許せなかった。あるいは、香をすぐ里へ託さなかった自分をも許せなかった。
 それでも、私は香を埋葬した。墓を作り弔った。香と一緒に過ごしていたときも信じられなかったが、こんなにあっけのない終わりも信じられなかった。香が触れていった跡は心だけにいつまでも残って消えなかった。
 竹の位牌とともに香は眠っている。たった三十年ほど前の、ほんの数日間のことだった。
 人は生きていれば必ず不思議なめぐり合いをすると言う。生きているのか、生きていることにはならないのか、わからない私にもめぐり合いが訪れたのだったのだと、今はそう思いつつある。毎年、こうして回想をし、物思いをしながら、少しずつ変化し進んできた考えだった。香は私を通り過ぎ、私にもとの人間らしい哀しみと愛情を残して去った。私は、香に何を与えられたか、何を残したか。香にとっての私はどのようなものだったか、わからない。
 それがわかるまで掃除は続かなかった。墓石の汚れは一つも残らず、水にみがかれて香の文字が黒々とつや光りを放っている。きれいになった墓石を見たとたん、急に気分が清々とした。続きはまた来年に考えればいい。
 ツタに足を絡めて転びそうになり、墓石を振り返って笑いがこぼれた。日が沈んでから、お参りをしにまた来るから、と頭の中で話しかける。







 昼はずっと太陽が沈むのを待って過ごした。待ち遠しいときに限って時間をつぶす方法を思いつかない。本を開いても文字は頭に入らないし、散歩に出るとどうしてもせわしなくしてしまう様子が恥ずかしくて、家の周りをうろうろしてすぐに戻ってしまう。だがそうしている間に徐々に日は傾いていき、今ようやく夕暮れ時、書物をたたんで窓のすだれをあげ、外を見ると、薄桃色に染まった雲が東の青闇に浮かんでいた。西にわずかに残る夕日ももうすぐなくなる。
 灯火を提げて歩いていく親子や家族が道にちらほらと見えた。手にろうそくや線香を持ち、それを握ったまま駆け出そうとする子供を大人がたしなめる。道の向かう先には墓地がある。すでにいくつか、小さな火が揺れているのが見えた。
 すだれをくぐって蜻蛉が一匹飛んできた。机に寝かせてある筆にとまってじっとしている。もう盆だ、という気が一層強くした。そろそろ秋の入り口だろうか。
 こんばんは、と突然声がかかって驚いた。縁側から妹紅が顔をのぞかせていた。ほっとしたのもつかの間、気分が踊りだすのを感じてちょっと恥ずかしくなったが何気なく挨拶を返す。
「行きましょうか」
 玄関で靴を履いて縁側の庭へ行き、妹紅について歩き出す。かねてより妹紅の墓参りに誘われていた。誰の墓かとか、どこの墓かとかも聞いていないが、盆には特にすることもないから誘いを受けた。なぜ私を墓参りに誘うのかと気になったが、今日になればわかるだろう。じきに話してくれるはずだと思い、墓地へ向かう道をそれて、里を離れていく背中についていく。
 月明を浴びてその姿のくっきり見える夜の雲を見上げながら、静かに歩く。蛙の声ももう静かになったものだ。毎晩うるさかった合唱が、いまは虫の鳴き声と五分五分か、あるいはそれ以下といったところ。じきに虫の声のみになり、秋の美しい声の虫も鳴き始める。田んぼにおたまじゃくしを見つけ、手を突っ込んで稲を乱しながら遊んでいた子供たちを叱ったのがつい先日のことのように感じるけれど、もっと何日も前のことだった。
 寡黙に歩き続ける目の前の後姿を見ていると、夏が終わっていく、という感が急に強く迫ってきた。夏が終わり寺子屋がはじまれば、妹紅と楽しく過ごす時間は減る。盆になれば、そうして過ごせる時間はもう残り少ないということ。そんなことが思われて切なくなった。
 里がもうだいぶ遠くなり、粗くなった道を妹紅はさらに真っ直ぐ歩いていく。この先に墓があるのだろうか。どこへ行くのだろう。
「お墓のことを聞いてもいいですか?」
 妹紅が自ら話してくれるのを待ちきれず、つい声をかけた。妹紅は私を振り返り、歩みを遅くして隣に並んだ。
「着くまでもう少し歩かないといけないから、それまでに話してあげるよ」
 そうして、悲しい話を私は聞いた。私の知らない妹紅の年月を思った。妹紅はどんなに悲しんだことだろう。何気ない表情で淡々と語る、そのように私に話してくれることができるようになるまで、積み重なった悲しみと年月があるのだろう。同情したいが、私などは追いつけない。だから黙って話を聞いた。
 哀れな少女の死は不条理で悲しく、しかし運命というものの確かな存在感をも感じた。その貴重な運命に触れ、妹紅は悲しみもしたが少女の思い出を大切にしている。
「良い子だったよ。だから、あれから毎年必ず墓参りをしてる」
 妹紅は微笑みながら話をしめくくった。頃よく、竹の茂みの奥に墓の影が見えた。無言になり、塀の内側へ入る妹紅を見送る。蝋燭が灯され、線香がたきつけられた。小さな火のやさしい明かりを受けた妹紅の横顔が、微笑んでいるのが見えた。
 あんなふうに、笑顔で思い出されて、その下に眠る少女はきっと幸せだと思う。妹紅ももしかしたら幸せなのかもしれない。悲しい過去の話であったが、今目の前ではこのように、穏やかに弔いが行われている。それを後ろから見ていて、私まで気持ちが安らいだ。よかった、本当に。
「慧音も来て?」
 ふと、手で招かれた。弔いの邪魔になりたくなくて遠慮をしながらだが、招かれるにしたがって、塀の内側に踏み入った。火の明かりを受けて、少女の名前が黒く浮かび上がっている。風が吹いて火が揺らぎ、陰影のまばらな妹紅の横顔を見る。
「今まで一人でお参りをしてたんだけど、今年はなんだか泣きそうかもしれないって思ったから、慧音に一緒に来てもらいたかったんだ。ごめんね」
「いえ…」
「慧音と知り合ってから、なんだかますます人間らしくなってるようなきがするから。慧音がもし死んだら、きっと大泣きするかも」
 言葉がつまり、何も言えず見つめると、妹紅は切なげな笑みを浮かべて息をもらした。本当だよ、とささやきが聞こえた。立ち上がり、墓の塀を出て行く。その後を追った。
 妹紅の年月に対して、自分の月日の限りを、今になって思い出した。私はいずれ死ぬ。妹紅の前から消えなければならない。
 妹紅はまた失わなければならない。
 そう思ってくれているだろうか。私は死にたくない。だがこのまま、妹紅を慕ったままいずれ死んでしまうなら、あの少女のように笑顔で思い出される存在になりたい。
「妹紅さん」
 道に立ち止まり、後ろ姿に言いかける。
「私が死んだら、笑ってください」
 どうせ、慕ったまま死ぬに決まっている。
「じゃあ…いつか慧音のお墓の前で泣いてしまわないように、楽しい想い出をいっぱい作ろう?これから、一緒に。一緒にいてくれるよね」
「…はい。必ず、泣かせませんから」
 言いつつも、涙がこぼれないよう、必死で耐えた。
 
 死ぬまでずっと一緒にいたい。

 夏の終わりが近い。次の季節にも、まためぐり来る新しい夏にも、二人こうして居ることを願う。



 
 目を向けてくださってありがとうございました。
 前作となんにも変化ありません。ごめんなさい。最後は結局こうなってしまう。
 盆。地域によって期間や日が違うらしいですが、こっちは一昨日から今日で終わりです。お中元がたくさん積んであるけど、ジュースとか料理用油とか、そんなのばっかりで切ない(失礼
 最後の、脱字っぽいようなところはそうっとしておいてあげてください。
煙巻く
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
妹紅らしい命との向き合い方ですね…慧音もいつか辿る道を想像すると一層悲しく。
とても綺麗な話だと思いました。