Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

狐釣り

2008/08/12 03:23:30
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里の外れに住む太助は、狐釣りの達人であった。
狸も狩れば野兎も狩る猟師であったが、こと狐釣りに関して右に出る者は居なかった。
熊の脂で煮た鼠で以って、狐をこの餌でおびき寄せて、殺すのだ。
獲った狐は食いもするし、皮を剥いで暖かい衣にしたりもする。
冬支度の始まる頃には獣皮の値段がこれでもかという程吊りあがるから、太助は秋までに多くの狐を獲った。
殺生を行うことに、矢張り抵抗はある。
ほんの数刻前まで野山を走り回っていた生き物の皮に刃を入れ、
血の滴る生暖かい肉を切り離すという作業は、決して心地の良いものではない。
それでも、これで生活が出来るのだ。
生業故、食い扶持故と、太助は生きるための当然の罪を重ねてきた。
生きているということは、それだけで罪を重ねることなのだ。
だが、今年の太助は、少しばかり殺生が過ぎた。
「おい、太助や。お前さんは少し、狐ばっかり獲り過ぎじゃあないのかい」
「ああそうだ。お前がいきり立って狐を片っ端から狩っていったんじゃあ、俺らの取り分が無くなっちまう」
猟師仲間にも、これは獲り過ぎだと警告された。
畜生と言えど、無限に湧いて出てくる訳は無い。
太助は春先から初夏までに、もう六十匹は皮衣にし、十匹は一人で肉を喰らっていた。
「へっ、狐が獲れないのは、あんたらの腕が鈍っている所為だろうよ。己一人の理由にするんじゃねえよ」
太助はこの時、些か金欲に眩んでいた。
里で一番大店の道具屋、とはいっても日用品から外来品、果ては衣服の一切までを扱う万屋のような店、
霧雨道具店に皮の注文を受けていたのだ。
大店からの注文は、値切りも無いうえ大量発注だ。
買い付けの話が太助に持ち上がってからというもの、太助の商売は安泰乗ったも当然であった。
無我夢中で狐を狩り、それを銭に替えた。
「太助、山は……お前さんだけの物じゃあねえんだ。そんな風にいつまでも殺ってたら――今に狐に化かされるぞ」
一番年長の熊猟師が言った。
此処は妖魔跋扈する幻想郷である。
狐狸狢の妖怪も、勿論居る。
故に、この男の一言は、重々しく、その場に居た猟師全員を包み込んだ。
「ああ、確かに狐は化けるな。妖怪だったら人も喰うだろうよ」
「そうだ、人を喰う」
「だがな、狐は偶に俺らにとっていい物に化けてもくれるんだ」
太助は全員の顔を見回しながら、アバラ小屋に響かせるように言い放った。
「銭に化けてくれるのよ。俺の前ではな」
狐は化ける。死ねば肉と銭に化ける。
妖怪を恐怖と取らない太助の豪胆に、猟師達は静かに強欲と無謀を感じ取った。


だが、金欲に目が眩んだ豪胆気取りの太助でも、恐怖を感じるものが在った。
里に、偶に買出しに来る九尾の妖狐だ。
太助は彼女を見る度に、心臓が飛び上がって口から飛び出そうになる。
いや、里の中でなら襲ってくるはずは無い。
理性有る強力な妖怪ならば、それは必ず守るものである。
だが、剥いだ狐皮を担いで道具店まで卸しに行く時などは、太助は何とも申し訳ない気持ちになるのだ。
九尾の妖狐は、こちらをちらりとも見ない。
里の内故、意趣返しを堪えているのか。
それとも、殺生を行って生きなければならぬ、人の業として目を瞑っているのか。
あるいは、所詮畜生、妖怪同胞に非ずと割り切って見ているのか。
太助には到底与り知らぬ事であった。
太助は彼女を見つけるたびに、金欲から放たれ、自分の業の深さを見せ付けられた気分になる。
しかし、欲に勝てぬ。
皮衣を卸して、自分の懐が肥える度に、又狂ったように狐を獲るのだ。
『なりわい』という字は『生きる業』と書く。
故に生業。
生きる為の罪というのなら、償える機会もあろう。
しかし、今の太助は業に憑かれた亡者である。
奪いすぎた命の付は、如何にして払うべきであろうか――


冬の盛りも終わり、残雪に泥の混じり始める如月の頃。
小春日和の小山で、太助は熊脂で煮た鼠を仕掛けていた。
去年の冬に、大量の狐皮を卸した太助の懐は、そこ辺の猟師と比べ物にならぬ程肥えていたが、
それでも太助は暖かくなった途端に狐釣りを始めた。
最早狐等を獲った所で、肉を食う位しか使い道が無いというのに――
一度吸った甘い汁を、太助は忘れられなかったのだ。
この時期の狐はよく肥えている。
春の始まりに先駆けて、鼠をたらふく喰って太っているからだ。
そう、狐の出産の時期である。
この時期に狐を狩るのは猟師の間ではご法度である。
身重の狐や子狐まで狩ってしまったら、山から狐が消えてしまうからだ。
太助は暗黙の掟すら見えなくなっていた。
唯、己の利だけに、狐を今まさに狩ろうとしていた。
そして――丸々と太った狐を一匹、ついに捕まえた。
捕まえてしまったのだ。
絞める。
ゴキリ、首からと嫌な音がして狐は息絶えた。

「待て――」

美味にありつけようと思って綻んだ太助の顔が、蒼白になった。

――真逆、まさか、まさかまさかまさかまさか!

「何の故があって、その狐を殺した」
その声は、女性の声であった。
静かに、だが芯の通った柔らかい声。
――九尾の狐……!
里で見た、大陸風の衣装を着こなした妖怪が、袖を合わせて山の白の上に居た。
「お、お、己は猟師だ! 狐獲って喰って、何が悪い!」
「ああ、知っているとも」
九尾の狐、八雲藍が、静かに近付いてきた。
「お前が狐を常から狩っていることも、それを生業としていることも」
「だったら、何で今頃になって絡んできやがった! この狐はお前の眷属か何かか!」

「違う」

ひぃ、と太助は、静かな剣幕に押されて尻餅をついた。
「その狐は、身重だ。お前は狐達の『生』の一角を壊してしまった」
「何を――」
「妖怪にだって、幼い子供や身重の女を襲わぬ情も道理も有る。だというのに、お前は……!」
ギン、と野生をむき出した眼で、藍は太助を睨んだ。
「生きる為にお前が狐を殺すというのなら、私も今、此処でお前を『生業』としよう」
構えた、幾本ものクナイ。
――死ぬ? これ死ぬ?
――待て、ふざけるな! 何で己が狐一匹獲った位の遺恨で殺されなくちゃならないんだ!
――畜生が! 妖怪の癖に情だ何だとぬかしやがって! ってあああああああああああああああああああああああああああ!
太助の頭に向かって、クナイが綺麗な軌道を描いて吸い込まれていった。
瞳に映る金属の光は、太助が最後に見た、そして最も美しい光景だった。

赤く染まった名残雪の上に、母親になるはずだっただろう狐の死骸が横たわった。
藍は投げたクナイを一本だけ、頭骨から抜いて持つ。
狐の傍に、膝をつく。
その狐の腹を、慎重に、震えながら切り裂いた。
「――ああ!」
生きていた。
既に死に絶えた母親の胎内で、二匹の子狐は確かに生きていた。
その弱弱しい生命を、震える両手でしっかりと受け、藍は迷い家へと足を急がせた。



「藍さま、藍さま、この子達なんですか?」
「……母親が猟師に殺されてしまったらしいんだ。不憫に思ったから、その、私がある程度まで育てようかと連れて来たのだが」
藍の式神、橙が、座布団の上に寝ている子狐を覗いている。
「くれぐれも、紫様には内密にな。紫様が見つけたら、食べてしまうかもしれないから」
「えへへ、本当に食べちゃいたい位可愛いですね」
無邪気な笑みで、子狐の腹を突付く。
「藍さま!」
「ん、どうした、橙?」
「私も一緒に、この子達育ててもいいですか!」
「……ああ、勿論だ。ちゃんと世話するんだぞ?」
「はい! 藍さま!」
――嗚呼。
藍は空を仰ぎ見た。
――願わくば、この小さな母性が、無駄になることの無いよう……。
――守ってゆこう。これが、私の生きる業と償いなのだ。



小春日和に吹いた風は、生暖かく、冷たく肌を切っていった。
京極夏彦大明神様目指して書いて見事に墜落いたしました。
どこかで見たようなストーリーなのは、もう私のボキャブラリ不足を証明しておりますこれ。
本編とは関係ありませんが、皆様に伝えたいことが御座います。
早苗さんと霊夢は並んで立つだけで18禁ということが判明したのです。
非常に危険で御座います故、皆様、レイサナを書く際は発狂せぬようお気をつけを……。
大納言
コメント



1.牙鉄削除
中々,大変素晴らしく,感無量です♪
生きる為とはいえ,無闇に命を摘み取ってはいけないですね。
昔の猟師はその日,その日を暮せる分だけ獲るだけで,余りがめつく事は無かった様な
この猟師はライブドアの元社長の言動を思い起こさせらそうですね……。

人間は敬う心と感謝の心を忘れてしまったらダメなんですよ。
これ程,哀しい事はありませんから………。
2.狂信者ギリメカラ削除
生きる業と書いて生業ですか、言われて見ると成る程、と一人パソコンの前で感心してみたり。
猟師に限らず自分の欲に溺れると往々にして手痛い目に遭うものですが
今回の作品を読んでしみじみと考えさせられました。
次回作があることを期待させていただきます
3.名前が無い程度の能力削除
ただ人を殺すだけの妖怪はこっちの世界に来て欲しくないけど
藍さまの様な常識を弁えた妖怪ならこっちの世界に来てほしい
4.名前が無い程度の能力削除
今イワシが高いのは後のことを考えずに獲りすぎたからだというニュースを思い出した。
>紫様が見つけたら、食べてしまうかもしれないから
狐も食べるのか…
ところでレイサナのことを詳しく。
5.大納言削除
>牙鉄様
お褒めの言葉ありがとう御座います。感謝の心、大切ですよね。
デジタル時代の鳩時計な私は、余りライブドアだの何だのと詳しくありませんが、欲は身を滅ぼすということだけは彼に学びました。
>狂信者ギリメカラ様
業罪を行おうとも、自分の罪を見つめていれば手痛い目には遭わないのです。
次回作もご期待に添えられるように精進致します。
>名前が無い程度の能力様
幻想郷の妖怪はきっと人情味溢れる方々ばかりなのです。
ですが、人間たちが妖怪を忘れてしまっている現在、それは難しいかもしれませんね。悲しいことです。
>名前が無い程度の能力様
紫様はきっと狐も食べます。いえ、なんとなくですが。
レイサナは、偶に某所にこっそりSSを上げているかもしれません。見つけたらにやにやして頂ければ幸いで御座います。