Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

ある一幕

2008/08/08 19:53:53
最終更新
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5.86KB
ページ数
1

※いわゆる百合となっています。

※全体的に多少ぼかしているため、気楽に読むことをおすすめします。








































ふたり一緒のとき、こんな天気は嫌いじゃなかった。

「……ス、アリスってば」

その声にしとしとと降る雨のせいかぼんやりと散り散りになっていた意識を慌てて呼び戻す。

「どうしてそんな悲しそうな顔してるのよ」

その言葉に驚きもしたけれど、なにより感心のほうが先行した。さすがだ。
気を遣わせてしまうかもしれないことは極力顔に出ないよう心がけているつもりだったけど、
ほかの者なら気付かないような些細な違いを敏感に感じ取ったのだろう。
霊夢は焦った色を浮かべて気にかけてくれる。それは嬉しかったけれど、正直に言えば表情からなにを考えているのか読み取りやすいだけに
そんな心配をかけてしまう自分が情けなくもあった。

「あなたの周りにはいつも楽しそうな声が溢れてるから」

だというのに縁側に漂う雨音の落ち着いたリズムに流された勢いのままに言ってしまえばいいと、わたしはこうして胸のうちにとどめきれずに漏らしてしまう。

「だから不安になるの。突然、不安になるの…… あなたの近くにいるはずなのに、もっと近くにはまだほかの誰かがいるんじゃないかって」

今のわたしたちになるまでを思い浮かべ、この有り様では彼女の気持ちを疑っていることにもなるというのに未だにこんなことを抱いているのがほんとうに情けなかった。
漏らしてから、心がけているなんてよくも思えたとどこかみじめさを感じて膝を抱えたくなるが、表情そのままに歯を食いしばって我慢する。
ここでこれ以上ふさぎ込むのを止めれば、彼女とわたしを差し引きしていつものしっとりのままで収まる。

「あんたはホント可愛いわね~」

けれどしっとりとした雰囲気を読まずに唐突に抱きしめられ、今度はこちらが焦ってしまう。

「れ、霊夢」
「アリスはさ、」

抱きしめる腕に力がこめられ、少し痛くて息苦しい。でも彼女の声は普段とは違い、起伏はあるけれど穏やかなものだった。
顔は見えないけれど、多分やわらかい表情で合ってる……と思う。雰囲気は読んでくれていたのかと頭の片隅で改めた。

「いつもはなーんか澄ましてるんだか、後腐れしないんだかって感じで誰に対してもわりとサバサバしてるじゃない。この間話してくれた三妖精とかのもそうだし。
 前はあんたの姿を見ながらなんだかわたしと似てる部分があるなーとかって思ってたのよ。」

雨音はかき消さず、肌寒い中でのぬくもりとささやくようなその声をよく透き通らせるのがどこか心地よい。
わざと間延びさせたしゃべり方でおどけてくれたのは、張ってしまった気持ちが緩んでありがたかった。

「でもね、私たちがこうなってから、いや違うわね。その少し前からのアリスはいっつもどこか不安そうでオドオドしてて、
 なんというかう~ん…… そう、すごくしおらしいのよ」

自分で思いついた表現が存外に満足いくものだったのか、霊夢はしゃべっている内容とはそぐわないような笑顔を浮かべて、
それも私の前でだけねと嬉しそうに付け加えた。わたしはそれとは別の部分にぎょっとさせられることがあったけれど、
今は必要のないことだったし、彼女の話す内容も気になっていたので何も答えないことで先を促す。
短い黙考でまとめたのだろう。しゃべりながら自分でも確認しているのか、穏やかではあるけれどはっきりと発音しながら口に出した。

「誰かと交流する機会が向こうからやってくればとりあえずやってみる、けどどこか柳に風なアリス。私だけが知ってるしおらしいアリス」

そこで一度わざと切り、口の片側だけ吊り上げてニヤリと笑い、

「ねぇ、どっちがホントのあなたですか」

表情の作り方やわざわざ丁寧な問いかけをするあたり、自分でわかってる上での投げかけだとしても彼女にしては珍しいやり方に動悸がした。

「さぁ……」

自分ではよくわからなかったし、曖昧な返事をしてにわかに乱れた心を落ち着ける。雨が降っていてよかった。
気に食わなかったのか、わたしの思い切らない答えを受けて不機嫌そうに続ける。

「そうそう、控え目なわりには変なこだわりどころで妙に意志が固いってのも加えとくわ」

せっかく踏み込んでくれたのに無下に流してしまったことに追い討ちで言いたいことのひとつやふたつがまだあるだろうと身を固くしていると、
嫌味を言ったそばから軒で隠れた雨空をにこにこと見上げたりとさっきから随分と楽しそうだ。わたしの側は彼女の移り変わりに若干感情が追いついていなかったけれど。
楽しそう、か。そう思っているであろうことを考えると、不意に彼女がなにを言いたいのかがなんとなくわかった気がした。

「私はね、アリ」
「霊夢、ありがとう。とりあえず大丈夫だよ」

なら、あまりそれに甘えるわけにもいかないだろう。決して払いのけるかたちにならないようやさしく抱擁をほどき、
目を閉じて口元で笑みを表して、言おうとした彼女の言葉に言葉をかぶせることでその先を遮る。
なにせわたしは変なところで妙に意志が固いらしいのだから。
もし続きをしてくれるのなら、痺れを切らせてさらにわたしの中に踏み込んでくるまたの機会にまで取っておこうと思う。
ところでそれはまた、臆病を引きずったとも言えた。

「きゃあ」

悲鳴にしては弾んだそれにつられ視界の霞んだ庭の中ほどに目を凝らすと、あーぅーという驚き声と
東風谷早苗が洩矢諏訪子に抱きついて、ふたり揃ってぬかるんだ地面に転がったところだった。
体重のかけ方からしてわざと押し倒したらしく、思わず苦笑が漏れてしまう。水浸しのような姿で今までずっとじゃれていたのだろう。
自分が辛気臭くなっていたからすっかり忘れていた。話してみた感じはどちらもこちらのメンツに比べクセが少なく、もしもなれるなら良い友人になれるのではないかとも思う。
彼女たちのことはよく知らないけれど、無邪気に胸元に顔をうずめながら頬を赤らめている東風谷早苗と、その頭を愛しそうになでている洩矢諏訪子の姿を眺めていると
泥汚れを気にするでもなく楽しいと感じるままに、あんな風に思うよう素直に霊夢と向き合えたならと自分の性分を恨めしく思わずにはいられない。
でも、目で横を窺えば肝心なところを言わせてもらえなかったからか、腐っている霊夢が言っていたには
実際にはわたしが受けた印象とは違い、互いの想いは確かであろうが、色々と複雑なふたりらしい。色々と……
深刻だというのならそれとなく力を添えてはと勧めてみたものの、めんどくさいと言っていたのが彼女らしかった。
それが当人たちの問題なのか、それとも否なのか、まだ睦まじく横たわったままのふたりを見つめながらもわたしにはその所在を想像する由もない。

そしてわたしたちもまた、霊夢が思っているほどには単純ではなくもう少し複雑だというのが実際だった。
だからまだ少し、少しだけでいいから時間をかけてわたしたちふたりの関係に取り組みたいと
降り続ける雨の下に静かに歩き出し、棚上げするかのように様々なものを含めて鈍い色の空に願いともつかない想いを舞い上げた。
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
あー…静かな雰囲気でしっとりしてていいなあ…
レイアリの魅力は和みの中にもシリアス気が混じる辺りだと思っています(個人的に)
短いながらも切なさや愛しさをよく表したとても素晴らしい作品でした。
2.名前が無い程度の能力削除
こういうタイプの百合が大好きです。
甘いニヤニヤではなく、穏やかで見ていて和んでくるニヤニヤですね。
ただただ良い作品でした。
3.Yuya削除
好きです。