「すぅー、すぅー」
「………………」
ここ三途の川のほとりの草地に二つの人影があった。
一人は大の字で寝ている死神の小野塚小町。もう一人は小町の脇に立ち、黙って見下ろす閻魔の四季映姫。
この状況から察するに映姫はサボっている小町を説教しに来たのだろう。
だが一向に小町を起こそうとせず、ただ見下ろしているだけで、もう数分が経とうとしている。
やがて映姫はしゃがみ小町の顔を覗き込む。その顔は妙に赤くなっていた。
「すぅー、すぅー」
「……綺麗」
小町の寝顔を見ていた映姫が呟き、彼女の鮮やかな赤い髪に触れようとしたときはっとし首を横に振る。
手を退いた彼女の顔は先ほどより赤くなっていた。だが小町を見つめ続ける姿勢は変わらない。
その小町は目をつぶり、静かな寝息を立てていた。豊満な胸は変わらず上下する。
そんな小町を映姫は恨めしさ半分愛おしさ半分の目で見ていた。
それからまた数分、映姫はまた手を伸ばし今度は小町を揺すり始めた。やっと起こす気になったのだ。
しかしいつもは怒鳴って起こすのだが今日は違った起こし方をしたい気分らしく、試しに揺すって
起こしてみようと彼女の中でそういう結論に至った。しかし一向に小町は起きようとしない。
「小町、起きなさい。こんな所で寝てないで早く起きなさい小町」
「ん~まくら~」
「まくら~、じゃなくって早く起きなきゃぁ!」
小町を起こそうと揺すっている映姫の腕を小町は掴み一気に引き寄せ映姫の体を抱きしめた。
突然のことでおかしな悲鳴を上げた映姫は今の状況に体が硬直する。
現在、小町は仰向けの状態で寝ていて両腕は引き寄せた映姫の腰にがっちりと回され、抱きしめていた。
そんな映姫は小町と向き合う感じで抱きしめられており、顔は胸に埋まっている。
小町の腕の力は強く、胸が顔に押し付けられているため少し息が苦しくなった映姫はもぞもぞと動き
何とか呼吸路を確保し一息つく。その間も小町はのんびり寝ている。だが抱き枕のせいか
先ほどより気持ちよさそうだった。
「むふふ~抱き枕~」
「私は抱き枕ではありませんよ小町。いい加減起きなさい」
小町の強く抱きしめている腕から少し這い出し自分と小町の顔の高さを合わせた映姫は右手でペチペチと小町の頬を
叩き始める。だが一向に起きようとしない小町。しかし顔はくすぐったいのか痛いのか解らないが
寝にくそうに歪んでいる。
「ん~」
「起きてください小町。これでは仕事になりませんよ?」
「ん~もううるさいな~」
「うるさいな~、じゃなくて早くきゃむ」
叩かれていた小町が寝にくさに寝返りを打つ。それに小町の顔を叩き続けていた映姫がまたおかしな悲鳴を上げる。
だがただこれだけ終わらなかった。
むにゅう
そんな音が聞こえたのだ。
「………………」
「ん~柔らか~……ん?」
その音と共に訪れた違和感に小町は目覚める。目の前には何故か自分に抱きしめられ、顔を真っ赤にした
上司である四季映姫。このとき小町は不味いと思い苦笑いを浮かべる。そしてさっきの違和感の正体にも気付き
今度は冷や汗が流れる。目の前の小さい閻魔は耳まで赤く、体が震え始めていた。
「え~と、四季様?」
「……なさい」
「へ?」
「放しなさいと言ったんです!」
ベシッ
「きゃん!」
持っていた懺悔の棒で小町の頭を叩く映姫。いつもより力が込められていたそれは毎日叩かれている小町でも
さすがに痛かったらしく、映姫の腰に回していた腕を解き、頭を抑えうなっている。
そんな小町をよそ目に解放された映姫はさっさと立ち上がる。しかし顔は真っ赤なままで今にも泣きそうに見えた。
「一体何ですか!?あなたからの霊が送られて来ないから心配して来て見ればいつものように大の字に寝っ転がって
のん気に昼寝なんて!小町、あなた昨日言われたこと、いや一昨日もいいましたし先週も言いました!
それを忘れたのですか!?」
遅れて立ち上がる小町に懺悔の棒を向け説教を始める映姫。しかし小町の顔は『またかぁ~』とめんどくさそうなのと
さっきの事で顔が冴えない。それでも映姫は説教を続ける。
「いや、一応一ヶ月のノルマも達成してるんですし別にいいかなと」
「口答えしない!」
「きゃん!す、すいません!」
実は彼女は一月に送る霊の量はノルマを達成している。しかも始まり一週間でだ。彼女は『夏休みの宿題は始めにやる』
タイプだった。しかし、だからと言って仕事をしなくていいという訳でもない。そのために映姫は叱りに来るのだ。
「しかし今回は異常です!いつも怒鳴って起こすのも可哀想だと思って揺すって起こそうとしたのに、
寝ぼけて上司を抱き枕にするなんて!」
「あー、揺すって起こそうとしたことは感謝しますがすいません」
「それにあなたの胸も大きすぎる!危うく窒息しかけたんですよ!しっかりさらしを巻きなさいと言ったでしょ!」
「いや、これでもしているんですがすいません」
「それでけでなく!近くで怒鳴るのも可哀想だと思って頬を叩いて起きて貰おうとしたら……寝返りを打って…
…それで……キ、キッ、キ……」
「あぁ、キスですか?」
「そうあなたが寝ぼけて寝返りを打ってキスを、って普通に言うんじゃありません!」
そうさっきの妙な音は小町が寝返りを打った拍子に偶然にも二人の唇が重なった音だった。
いくらなんでも運が良すぎ(?)である。
映姫はそのキスしたときのことを思い出したのだろう顔は更に赤くなり、目を伏せている。次の言葉も出ない。
その様子を見ている小町はどうしようかと困っていた。何か言い訳でも言うか、素直に土下座をするか……。
こんな状況になぞ陥ったことある訳無いのだ。対応に困った。
「あははははは……。こ、これは事故ですから、まぁすいませんでした。許してください」
「た、確かに事故です!ですがあ、あれが私の……その……」
「?」
突然、口ごもる映姫に首を傾げる小町。普段の映姫と違ってスパッと言わないのだ?さすがにこんなことが
起こって冷静でいられる訳無いのだが。
顔が未だに真っ赤な映姫を見て小町はしばし思案顔になる。何かしら心当たりがあるそうで、しばらくして
『あぁ、そうか』と呟き手を叩く。
「四季様、あれがファーストキスなんですね?」
「あぅ!?」
「やっぱり、だからそんなうろたえてるんですか」
図星、と言った反応をする映姫に小町は苦笑いする。心の中では『やっぱそうなんだ』と思いながら
映姫を見つめる小町。映姫の体は震え、今にも泣き出しそうに思えた。
「あ~と、え~と、どうしましょう?」
「どうしましょうじゃありません!麗しき乙女の初めてをこんな形でなんて……責任、そう責任です!責任を
取って下さい!」
「責任……ですか?」
「そ、そうです!」
突然責任を取れと言い出す映姫に目を丸くする小町。何故そんな言葉が出てくるのか解らないが
やっぱ閻魔でも女の子なんだなぁ~と小町は思いながら責任の取り方を考え始める。
その答えを待つ閻魔は何ら変わり無く怯えた様な、恥ずかしい様な表情で小町を見続ける。
やがて一つの答えを導き出したのだろう、小町はまた手を叩く。
「解りました。責任を取りましょう」
「ど、どうやってです!?」
「結婚しましょう」
「へ?」
小町の言葉に呆気に取られる映姫。今時どこにこんな責任の取り方をする奴がいるのだろう。
恐らくは冗談であろう。
だが、映姫の目は何故か希望に満ちていた。
「あ、あの小町!?」
「な~んて冗談ですよ。いつもサボってばっかの部下と結婚するなんて嫌でしょう? それに女同士ですし」
「えっ?」
「実はこの間、下界で良い和菓子屋を見つけましてそこの羊羹で許してくれませんかね?
羊羹が嫌なら饅頭でも……って聞いてます四季様?」
「……………(ふるふる)」
「って、何で泣きそうなんですか!? えぇ!? 四季様って和菓子嫌いでしたっけ!?」
何故か小町の言葉に今にも、と言うよりもう泣いている映姫。泣く理由が解らない小町はただ慌てるしか出来ない。
映姫は目に涙を溜め、耳は更に真っ赤になり、ただ歯を食い縛り、体を震わせている。
実はこのとき、小町の言葉が映姫の心を傷つけていたのだ。
それは『結婚なんて嫌』と『女同士』の二つ。
何故か前者は映姫の中で、『結婚なんて嫌=自分の事が嫌い』と言う方程式が成り立ち、
後者は小町が同姓を好きになる対象としないと言う事実と受け取った。
つまり言うところ、閻魔の四季映姫は死神である小野塚小町が好きだった。
その好きな相手が自分を嫌っていて、同姓だから付き合いたくないと言ったのだ。映姫の勘違いだが。
これで傷つかずしていつ傷つく。自分の恋は終わった、そう思ったのだろう。
「…うぅ……えっぐ……」
「え、えっと四季様?」
「うわぁああああああああああああん!」
映姫は泣き出し、烏天狗にも負けないスピードでどこかへ飛んでいった。
小町は呆然と立ち尽くすのみで、自分は何か言っちゃいけないこと言ったかなぁ? と考えるだけだった。
しかししばらくしたら二度寝を始めた。相変わらず懲りない死神である。
「うぅ、ひっぐ……」
「塩辛~塩辛~無理だナメクジ塩辛~♪」
彼岸での惨劇(?)から数刻後、四季映姫はミスティア・ローレライの経営する屋台で泣いていた。
あの一件の後、傷心の中ふらふらと飛んで辿りついたのがここだったのだ。
実は常連であり、よく店主のミスティアに愚痴を漏らしていた。
だが今回は違う。とにかく酔いたかったのだ。ヤケ酒と言うやつだ。酔って忘れたかった。
しかしいくら飲んでも小町の言った言葉を忘れられず、悲しみは増すばかりで泣き続けている。
そんな映姫を見かねてミスティアは最近、山の上に出来た神様の1人に教えて貰った
おもしろい歌を歌っていたが、一向に映姫は笑わず泣くばかり。この状況に困っていた。
ついでにミスティアは映姫が何故泣いているのか知らない。目を真っ赤に腫らしてやって来た
説教好きな閻魔に『どうしました?』と聞いたら泣き出してしまって今に至る。
とにかく泣けば気も晴れるだろうと酒も出して歌も歌っていたのだが疲れてきていた。
正直、誰かに助けて欲しかったのだが、そう思ったときに救世主が現れた。
「やぁ店主」
「こんばんわミスチー」
「こんばんわミスティアさん」
「あっ慧音さんに美鈴さんに文さん。こんばんわ」
「あぁこんばんわ、とあいさつもいいがこれはどうしたものかな?」
「映姫さん……ですよね?」
「今日は愚痴をこぼしに来たようではありませんね?」
「ぐすっ、えぐ……」
「あぁこれは……」
屋台の常連である人里の守護者の上白沢慧音と紅魔館に勤める紅美鈴と新聞記者の射命丸文の三人だ。
この三人がどのようにして出会ったのかミスティアは知らないが仲が良く、よく屋台に来ては
三人で、時には他の客も交えて話をしていた。
もちろん三人共映姫のことは知っていたために今店のカウンターに突っ伏して泣いている映姫には
驚いている様子である。
「映姫さんは今日は何故かいつもより早く来て、しかも目を真っ赤に腫らしてたからどうしたました?
って聞いたら泣き出して……でお酒とかも出したんだけど一向に泣き止まずに」
「で、この状態か」
「映姫さんが泣くってよほどのことですよね? どうしたんでしょう?」
「問いに答えることが出来ないほど悲しんでいるようですね。それと凄い負のオーラです」
「うん、せめて何か話して欲しいんだけど……慧音さん、歴史見れますか?」
「確かにこのままではらちが明かないな。解ったやってみよう。では失礼」
そういい泣いている映姫の背中に手を触れ目をつぶり集中する慧音。原因と思われる歴史を探し始める。
やがて見えてきたのは賽の河原での映姫と小町のやり取り。その最後に泣きながら勢いよく飛んでいく映姫が見えた。
すぐにこれが原因と解った慧音は映姫の身に起きた一連の出来事の歴史を閉じると目を開く。
「……なるほど」
「どうでしたか?」
「原因は解った。が、どうもおかしなことだ」
「おかしなこと?」
「まぁゆっくり話そう」
そう言い屋台のカウンターに三人は腰を掛ける。
そして先ほど見た歴史の一部始終を話し始める慧音。それを他の三人は静かに聞く。
その間映姫は美鈴と慧音に挟まれた状態で慧音に背中をさすられながら泣いていた。
「……と言う訳だ」
「なるほど、いつも通り小町さんに説教しに行って試しに揺すって起こそうとしたら抱き枕にされて」
「で、寝返りを打ったときに偶然に唇が重なってそれの責任を取れと言ったら結婚しようなんて冗談を言われて」
「何故か泣き出してここまでふらふらと飛んできたという訳ですね」
「そういうことだ。しかし……何故こんなことで泣いているのだろうか?」
「冗談が嫌だったのかな?」
「いえ……違います」
「あ、大丈夫ですか映姫さん?」
「すいません、ぐすっ、心配かけてしまって。慧音さんが歴史を見て皆さんに私の身に起きたことを説明して貰って
落ち着きました」
四人が映姫の身に降りかかった災難(?)を知ったところでいつのまにか泣き止んでいた映姫は上体を重そうに上げた。
映姫は目は真っ赤だが背中をさすられ落ち着いたこともあるだろう。完全に泣き止んでいた。
「それでは立ち直った所ですまないが泣いていた理由を教えて貰えないか映姫殿?」
「……はい。でも先に皆さんに知っておいて貰いたいことがあります」
「何だ?」
落ち着いたところで真剣な顔になり普段の威厳が戻った映姫。一気に場の空気が重くなり他の四人の顔も真剣になり
聞きの姿勢に入る。映姫は一旦深呼吸をし、気を落ち着かせた。
「私は……」
「私は?」
「私はこ、ここ、こま、小町のことが……す……」
「小町さんのことが?」
少しずつ赤くなりながら、言葉につまりながらも少しずつ声を絞り出し大事な事を伝えようとする映姫。
四人は変わらず聞きの姿勢は崩さない。しかし最後の言葉が中々出ない。
「す、すすす、す……」
「あぁ映姫さんは小町さんのことが好きなんですね?」
「そう好き……(ボンッ)」
「ずこっー!!」
「あぁそうなのか美鈴ど……の?」
「ちょっと雰囲気台無しですよ美鈴さん。空気空気」
と映姫のその皆に知って貰いたい大事な事を空気を無視して美鈴が言ってしまった。
気は使えても場の空気は読めないらしい。先に真実を言われた映姫は一気に耳まで赤くし
ボンッなどと音を立てて頭から湯気を立て始め、いつの間にかメモ帳を取り出していた文は
気遣いなのだろうか他の者を巻き込まないように後ろへと吹っ飛んで行った。
慧音は美鈴の発言に驚き完全にフリーズ。普通に冷静でいるのは屋台の店主のミスティアだけ。
言った本人はあれ?などと首を傾げてる。普通なら映姫が部下の小町を好きだと言うだけで
驚くがそれ以上に美鈴が言ったことで驚きが倍になったようだ。
「え?だって、映姫さんが、小町さんを、って言って『す』って言ったらそうなんじゃないんですか?」
「まぁ確かに今の真っ赤な映姫さんの様子を見れば解りますが、先に言うのはないですよ」
「いや、咲夜が読んでいた小説にこんな展開があったから……」
「あたたたた、今日の飛距離は2.5m、まぁまぁですかね。しかしよりにもよって朴念仁の二つ名
を持つ美鈴さんがそんなこと言うなんて。まぁ小説の展開覚えててそれから気付いて言っただけですが」
「……ふむ、再起動完了。まぁ映姫殿が我々に知って貰いたいことが『映姫殿が小町殿の事を好き』、
と言うことでいいのか?」
「……へっ? は、はいッ! そうです!」
ミスティアが美鈴に突っ込んでいる間に戻ってきた慧音がその伝えたいことを確認する。
映姫も恥ずかしさから完全に機能停止に陥っていたがすぐに回復しそれが事実だというのを
慌てながらも首を縦に振りそうだという。
「まぁ映姫さんが小町さんを好きなのは余り突っ込みませんよ。勝手に恋してください。
あぁもう記事に書く気が失せました」
「まぁまぁ、それとどんな関係があるんですか?」
「えぇっとそう、何故私がここに泣きながらこきに来たかでしたね。慧音さん、私が
泣く前に小町は冗談だと、その後何と言ってましたか?」
「む?それは『いつもサボってばっかの部下と結婚するなんて嫌でしょう?それに女同士ですし』だったな」
「はいそうです」
「それがどうしたのだ?ただの冗談だったのだろう?」
「あぁなるほど」
「解ったのですか文さん」
「「「?」」」
文が手を叩き納得した様な顔をする。映姫以外の三人は頭の上にハテナを浮かべる。
様々な物事を見てきた文はすぐに解った。新聞の取材において恋の話、略してコイバナや
職場内での上下関係の話など聞いたことある。そこから解ったことは二つ。
「私の推理から解ったのは二つ、あなたは小町さんの言葉から『死神小野塚小町は閻魔四季映姫を嫌っている』
そして『同姓を恋愛対象としない』この二つの答えを導き出したわけですね!?」
「め、名推理だろうな……そうなのか映姫殿?」
「えっと名探偵と言えば……金田一コナン任三郎ですかね?」
「いや色々混ざってますよ美鈴さん」
「……そうです。文さんの推理通りですよ」
文の推理から導き出した答えの二つにただうなずく映姫。他の三人は話に付いていけない様子である。
いくらか姿勢も崩れていた。そして美鈴の空気を読まない発言のせいで顔から硬さが消えていた。
「まぁ恋なんてよく解らない私にはよく解りませんが…」
「私もだが…」
「これだから朴念仁は……まぁいいでしょう。この射命丸文が優しく短く丁寧に教えて差し上げます」
「あの……結構私も傷つくと思うので本当に手短にお願いします」
「はいもちろん」
そして熱く話し出す文に朴念仁と言われた美鈴と慧音は話を聞く。
その間、ミスティアは話に耳を傾けつつも人数分の酒を注ぎ、鰻を焼き始めた。聞くだけは飽きたらしい。
「これは小町さんに恋する映姫さんには致命傷な物なんですよ。まず一つは小町さんが
映姫さんを、同姓を恋愛対象としないことです」
「文さんの推理した答えからも解りますね。というより言った通りですよね」
「そうですそのまんまです。あ、お酒ありがとね。小町さんは『女同士ですし』と言っています。ですから
もしかしたら同姓との恋愛には嫌悪感を抱いているかもしれません。解りますか?」
「まぁ確かにそうだな」
文の言葉にうなずく慧音。射命丸は酒を一口飲むと一息つく。
この間、映姫は何も言わずにただうつむいていた。相当気にしているようである。
「しかし問題は次、小町さんが映姫さんを嫌っている可能性があるということです」
「どうしてそう言えるんですか?」
「考えてみてくださいよ?映姫さんは小町さんを叱ってばっかです。そりゃあサボる方も悪いですが
仕事場の上司に何度も怒られたらどう思います?嫌いになることもありますよ?」
「あ~私も仕事で咲夜に怒られたらちょっと嫌な気分になりますね」
「そうでしょ? これで小町さんが本当に映姫さんを嫌っていたとして告白したらどうなると思います?」
「それは、ふられるだろうな」
「そうです。だから、私がいくら好きでも小町は私が嫌いなら、だから……」
「つまり映姫さんの初恋はこれで終わってしまったのです」
「なるほど、それで傷心の中ここまで泣きながら飛んできたと、そういうことか」
とりあえず映姫がここに来た理由を四人は知ることが出来た。映姫は更に暗い顔になり騒霊の長女の
ヴァイオリンを聴いたような状態だ。しかし、
「まぁ映姫さんがここに来た理由が解りましたが、どうします?」
「何がだ? 美鈴殿?」
「そりゃあ映姫さんの恋ついてですよ」
そう言いながら映姫の背中に手を置く美鈴。何か心配らしく顔をしかめている。
慧音は映姫の顔を見て腕を組んで考え始める。どういう意味か解らないらしい。
「それはつまり……どういうことだ?」
「こんな終わり方で良かったのでしょうか?」
今の言葉に映姫は体をビクッとさせ表情を暗くする。そうすると落ち込んだ声で話し始めた。
「そ、それはもちろん私はこの初恋を完全に諦めますよ。まったく仕事一筋の閻魔の初恋が同姓でサボり魔の部下だなんて、
こんな終わり方で良かったんですよ」
「いいえよくありません!」
消沈の映姫にこう言ったのは射命丸文。勢いよく椅子の上に立ち上がりビシッと映姫を指差す。
『行儀が悪いので椅子の上に立たないでください』と注意しているミスティアはまるで無視だ。
「映姫さん、諦めることが本当にいいこととは限りませんよ? 映姫さんは本当にこんな終わり方で良かったのですか?
嘘ですよね?だって本当に諦められた人ならそんなに落ち込みませんよ?」
「ッ!!」
「ここで小町さんへの恋を無理にでも諦めたらあなたは一生後悔しますよ? それで良いんですか?」
「そ、それは……」
そう言って口ごもる映姫。文の言葉の反応から本当は諦めたくないことがうかがえる。やはり閻魔は嘘がつけないようだ。
文がやれやれと溜め息をつくと、美鈴が映姫の肩に手を置いた。
「映姫さん、私からも一ついいですか?」
「な、何ですか美鈴さんまで……」
「映姫さん、夢はどこにも逃げないんですよ。本当に逃げてるのは夢を追ってもいない人の方なんです。
あなたは今逃げているんです」
「………ならば……ならば私はどうすればいいんですか?」
か細い、暗い声で困り果てたような顔で話す映姫。それに答えるように文は答える。
「そんなの簡単です。告りましょう。告っちゃいましょう。小町さんに好きって言っちゃいましょう」
「確かにどうせなら思い切って告白してふられてしまった方がいいかもな」
「そんな……私には……」
「そんなふられるのが怖いからと言っていつまでも思いを封じ込めてても何の意味も無いですよ?
自分を苦しめるだけです。それなら告白してしまった方がいいです」
「大丈夫ですよ。ふられたときは一緒に朝まで飲んで上げますから」
「その時は奢って上げますよ」
後押しするかのように食べながら話す美鈴と鰻を焼いている店主のミスティア。
「み、皆さん……」
「ハハ、これでは告白しない訳にはいかないな映姫殿」
そして肩を叩く慧音。
「……私は閻魔ですよ?」
「それ以前に恋する乙女です」
「相手はサボり癖のある駄目な部下ですよ?」
「それでも好きなんでしょ?」
「それで同姓ですよ?」
「男でも女でも、好きならば関係無しだ」
「私は……小町に恋をしていいのですか?」
「誰も咎めませんよ。自分は自分の恋、他人は他人の恋ですからね」
「そうだな。自分のしたいことをすればいいさ」
「ならば……」
そう言い拳をぎゅっと握り、勢い良く立ち上がる映姫。
「私は小町に全力で恋をします!!」
四人に応援され決心がついた映姫はこう叫んだ。叫んだのと同時に周りからは拍手が起こる。
「よく言ったな映姫殿」
「それでは後は告白ですね」
「で、でも、私は告白の仕方が……」
「そんなの簡単ですよ。好きって言っちゃえばいいんですよ。それだけです」
「でもそれだけってのも寂しいですよね」
「ふむ、それなら私に良い考えがある」
「何ですか?」
「何事もまずは知識さ。先人の教えを聞こう。そうすれば告白の仕方もわかるだろう?」
「なるほどそれもいいですね。出来れば私もお手伝いしたかったのですが、取材がありますからね
そのことは慧音さんに任していいですか?」
「あぁ、明日は寺子屋が無いからな。それでいいかな映姫殿?」
「えぇ、お願いします」
「よしっ、とりあえず今日は飲み明かしましょうか! ご主人、とっておき頂戴!」
「はいはいただいま~」
「ありがとうございます。でも……最初に飲んだお酒がやっと回ってきたのでしょうか、少し眠くなってきました」
「別に寝てしまってもいいぞ。私がおぶって帰ろう」
「すいません慧音さん。ちょっと……もう眠らせて……貰います…」
「ちょ、映姫さ~ん?」
「……すぅ……すぅ……」
「寝てしまいましたね」
これから飲もうとした時、映姫はカウンターに突っ伏し可愛い寝息を立て始めた。
その映姫の背を撫でていた美鈴に慧音は眼を向けた。
「美鈴殿、もしかして……」
「えぇちょっと眠気をいじらせて貰いました。でもお酒も入ってたせいか結構早かったですね」
「やはりか、話が終わって撫で始めたから変だとは思ったが」
「えへへ、こういう日はさっさと寝てしまった方がいいんですよ。明日のこともありますし」
そう言いながら今度は優しく映姫の頭を撫でてやる美鈴。映姫は変わらず寝息を立てていた。
その映姫の寝顔をと撮ろうとして文がミスティアに止められたのは関係無い話。
「では私はお開きにして帰ろうか」
「それなら私がおぶっていきますよ。私が眠らせたんですし」
「すまないな。それでは世話になったな」
「いえいえ、またのご利用お待ちしてます」
「それでは頼みましたよ」
「あぁ解っている。それでは行こうか美鈴殿」
「はい」
美鈴は注いで貰った酒を一気に飲むと代金を置き、寝てしまった映姫を抱き上げ、更におぶると先に出た。
慧音も自分の分の代金をカウンターに置くと『じゃ』と言いながら手を上げて簡単な別れの挨拶を言うと
外に出て美鈴と一緒に人里へと歩き出した。暗い道の向こうのへと消えていく三人を見送るミスティアと文、
三人の影が消えると文は酒を口に運ぼうとした。しかしミスティアから声が掛かった。
「文さん、一つ聞いていいですか?」
「はい?」
「どうして……映姫さんを応援するようなことを?」
「そりゃあ、せっかくの初恋ですからね。どうせならドカンと一発ふられた方が気分良いですし、
ここで諦めて下手すれば一生物のトラウマになりますから。それに」
「それに?」
「自分のもそうですが、いくら他人でも恋は諦めて欲しくないんですよ」
「はぁ……そうですか」
「? どうしました?」
「いや、文さんがそんなこと言うとは思ってなかったんで」
「じゃあこれを機会に私の考えを改めてください」
「そうします」
自分の普段知る文の考えを改めようかなとミスティアは苦笑いをしながらまた鰻を焼き始める。
そんな文は酒を口に運んで一息ついた。
「さて新聞のネタになるものが出来ましたね。明日は忙しいですよ~」
「……(やっぱそれもあるんですね)」
やっぱ文さんは文さんだなぁと思いながらも口には出さずミスティアはこれから来るであろう
客(主に常闇の妖怪)のために鰻を焼き、文は目の前に現れた新聞のネタにウキウキしながら酒を飲み始めた。
「……四季様が帰ってきてない」
ところ変わってここは彼岸にある寮の小町の自室。二度目の昼寝から起きた小町は先ほどきた後輩の死神からこんなことを言われた。
『四季様がどこかへ飛んでいってから帰ってきてない』と。この言葉を聞いて小町はそんなまさかと思い裁判所へ行くと
映姫はいなかった。じゃあ寮の自室にでもいるのかと思いそっちを尋ねてもいない。他の閻魔や死神に聞いても映姫がどこにいるのか、
どうしているのか誰も知らなかった。探しに行こうとした者もいたが『あの人のことだ。また誰かを説教してるに違いない』という
理由であっさり片付けられてしまったのだ。実際バカルテットを説教しに行った日は一日帰ってこなかったという前例がある。
じゃあ今回もそうだ。そんなところで誰も探しに行かなかった。そういうわけで翌日戻ってこなかったなら探しに行こうと
いうことになった。しかし小町は知っていた。映姫がどこかへ飛んで行ってしまった理由。
「あたいの冗談が嫌だったのかな? それとも和菓子、いややっぱキスのこと?」
そう数時間前、三途の川のほとりでの出来事だ。あの時何がいけなかったのか小町は映姫を泣かせてしまった。
その後どこかへ白黒や鴉天狗に負けないようなスピードで映姫はどこかへ飛んでいってしまったが、このとき小町は追いかけようとしたが
『四季様のことだからそのうち戻ってきてまた叱り来るだろうなぁ』と思い二度目の昼寝を敢行したのだ。今思えばやっぱ
追いかけとけばよかった。後悔先に立たずだ。
「あたいのせいで四季様を泣かせて、そして行方不明……どうしよう」
今からでも探しに行こうとしても映姫の行く宛など知らない。広い幻想郷の中でいくらか目星を付けられるがそれでも多いのだ。
それにもしかしたらどこか解らない洞窟や森でまだ泣いてるかもしれない。考えすぎかもしれないが十分想像できた。
それともう外は暗い。月明かりだけでは探しにくいのだ。
「あたいのせいなんだから、明日の朝一番に探しに行かなきゃ」
今からでも探し出して謝りたいが小町は仕方なく明日の早朝から探すことを決定した。
「……四季様、怒ってんのかな? それとも泣いてるかな?」
身を案ずるは己の上司、自分のせいで泣かせ、行方がしれなくなってしまったのだ。とにかく心配だった。
ふと小町は腕を組んで考え始める。それはもちろん映姫のことだ。
「まさか一日かけてあたいを説教する準備、なんてね……いやありえるな、まずはやっぱりキスの事で説教、次に冗談の事で説教して、
その後は……いつもサボってる事に説教して……クビを宣告?」
まさかと思い考えると小町はハッ、とする。これはまずい。最悪パターンだ。相手はあの説教魔と言われる四季映姫・ヤマザナドゥなのだ
正座で何時間も説教攻め、そして最後にクビを宣告し自分をどん底に突き落とす。やばいありえる。小町はついに本気と書いてマジで
で焦りだした。『ほんき』ではない『マジ』だ。
「ウギギギギギギギギギギ…………」
焦りすぎて恐怖が限界を突破したのか変な奇声を発し始めるが数秒で正気を取り戻す。
「もうこうしちゃいられないよ、とりあえず探しに行く前に反省文を書いて、で探し出して土下座して何とか許して貰わないと……」
小町は机に向かうと筆にすずりにその他もろもろ書くものを用意し、反省文を書き始めた。
「早くから済まないな早苗殿」
「いえいえ、今お茶を淹れてきますので少々お待ち下さい」
早くと言っても壁に掛けてある時計の短針は10の所を過ぎていた。早苗はお茶を淹れるために台所へと向かった。
今慧音と映姫は守矢神社の居間でちゃぶ台を前に座っている。理由は昨日の屋台での会話で出た告白の仕方だ。
そう慧音の言っていた先人とは守矢神社の巫女、東風谷早苗の事だった。
慧音曰く『こういう色恋沙汰は若い女子の方が詳しく、快く相談に乗ってくれる』らしくそういう訳で映姫は慧音に連れられ
妖怪の山の上にある守矢神社にやって来たのである。
ついでに神様二人は夫婦(早苗談)水入らずで温泉旅行に行っているらしく留守だった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
茶を盆に乗せて持ってきた早苗は茶を二人の前に置くと慧音と映姫は少し頭を下げ礼を言う。
「それで慧音さん、今日のご用件は?」
「ん、ただの相談だ。こちらの閻魔様のな」
早苗は盆を横に置き行儀良く正座すると用件を聞く。
用件を言う慧音は横にいる映姫にチラッと視線を向けると少し茶をすすった。
「始めまして、幻想郷での閻魔を勤める、四季映姫・ヤマザナドゥです」
「こちらこそ始めまして、守矢神社の巫女、東風谷早苗です」
二人それぞれ自己紹介すると軽く頭を下げる。
「それでご用件は閻魔様?」
「え、えっとま、まぁとても簡単なことなのですが、えっとその……どうしましょう?」
「映姫殿の事だから映姫殿が言った方がいいでしょう。ほら昨日のようにガツンと」
「? 何かとても言いづらいことですか?」
「いや、そんなことは無いぞ。ほら映姫殿、勇気を出して」
「えっと、その……」
「はい」
「す、好きな相手へ、その……こ、ここ、告白の仕方を教えて下さい! あッー恥ずかしいです!!」
言い終えた瞬間ボンッと言う音と共に煙を出し、顔を真っ赤にする映姫。相変わらずこういうことに耐性が無いのか
言うだけで思考回路はショートしてしまうようだ。
「……えっと、告白の仕方ですか?」
「あぁそうだ。好きな相手が出来た場合どういう風にして相手に気持ちを伝えればいいかを教えて貰いたいのだ」
「…………(ぷしゅー)」
「えっと、その聞きたい本人は煙を出してますが大丈夫でしょうか?」
「昨日もこんな感じだったから大丈夫だろう」
「はぁ……そうですか」
一言で片付けてしまうあたりそれなりに長い付き合いだからなのだろうと一人納得する早苗だが、今目の前の見た目は少女、
実年齢不明の閻魔にも可愛らしいところがあるのだと感じていた。
「しかし、閻魔様にも女の子らしい所があるんですね」
「わ、私だって女です! もちろん恋だってします!」
「わかったからあまり机を強く叩かない方がいいぞ映姫殿。机が壊れそうだ」
「あ、も、申し訳ございません、取り乱してしまって……」
「いえいえ、こういう話では取り乱すこともありますよ。しかし仕事一筋と聞きましたが……」
「外の世界でも仕事一筋の女性が恋をするのはおかしいことですか?」
「いいえ。逆にそういう女性の恋を描くドラマとかマンガとかありましたからね。前例が無いと言う訳では無いのですが……」
『と言ってもこちらの人には解りませんけど……』とボソッと呟くように付け足したが二人には聞こえなかったみたいで、二人は首を
傾げてる。
「それでお相手は?」
「え? えっと……言わなければなりませんか?」
「いえ、恥ずかしければいいですよ」
「あ、いえ。相談してもらう相手ですから言います。でも……」
「でも……?」
「退きませんか?」
「……はい?」
「わ、私の好きな相手を聞いても退きませんよね?」
「も、もちろんですよ」
「き、聞いた後に『この人変な人』とか思いませんね?」
とことん釘を刺す映姫。やはりそういうことは気になるようだ。
「……わかりました。覚悟を決めましょう」
ここまで言われたのだ。覚悟を決めないと逆に失礼である。
「じゃあ、言います。わ、私が好きな相手は……」
「はい……」
「じょ、女性なのです!」
「女性?」
「えぇ小野塚小町って言うサボり癖のある死神でいつも手を焼いていて、そんな事関係ないですね。
すいません。やっぱ変ですよね? 外の世界ではおかしい事ですよね? こちらの世界でもおかしい事ですが……」
「こら、映姫殿。まだ早苗殿は否定はしていないぞ」
「あっ、すみません、勝手に決め込んでしまって、気を悪くしないで下さいね」
そう言いながらしゅん、と落ち込む映姫とそれをなだめる慧音の二人の微笑ましいやり取りを見ながら早苗は『そうですか』と
呟き言葉を続けた。
「まったく変じゃないですよ? 確かに外の一般大衆はほとんどの人が同性に恋するというのは変だと思っています。が、
私はそうは思いません。愛に性別は関係無いですよ。その人のことを好きならそれでいいんです」
「は、はい」
早苗の言葉で我に返った映姫はそれに安心したのか息を撫で下ろす。しかし相談は始まったばかり、早苗がまた映姫に聞き返す。
「ところで映姫さんはどうして小町さんを好きになったんですか?」
「えっ!?」
「む、それは私も聞いていなかったな。どうなんだ映姫殿?」
「えーと、い、言わなければ駄目ですか?」
「出来ればお願いします」
「……解りました。せっかく相談してくれるんですから包み隠さずお話しましょう」
そう言いながら一回深呼吸。そして口をもごもごしながら話し始めた。しかしこの人はいつまでこんなガッチガチなんだろうか、
よほど恋愛などと疎い生活をしていたんだなぁ、と早苗は心の中で思っていたが、そんなことも口に出さず、自分を頼って来てくれた
映姫の話しに耳を傾ける。
「えっと、あの、実は……」
「実は?」
「恥ずかしながら……その、一目惚れなんです」
「一目惚れ?」
「えぇ、最初はただ『綺麗だな』とかそういうことしか思っていなかったのですが、でも彼女、小町は
仕事一筋の私によく話かけてくれました。今日は何があったとか、仕事仲間の愚痴とか、どこの団子がおいしいとか……
色々と話してくれました。他にもご飯をご馳走してくれたり、体調を崩したりしたときは仕事を休んでまで看病してくれました。
そうやって小町と一緒にいるうちに惹かれてって気がつけば、私は彼女に恋心を抱いていたんです」
「なるほど映姫さんが小町さんを好きになった理由は解りました。ところで、どれくらい経っているんですか? その恋心を抱いてから」
「えっと、100年過ぎてから数えるのをやめてしまったので解りません」
「……(どれだけ片思いしてるんだろこの人)」
「……(映姫殿はおいくつなんだ?)」
「どうしました?」
「あ、いえ、とてもいい話だなと」
「そうですか?」
結構長い片思い中の恋愛に二人は驚きながらも態勢を立て直す。しかし立て直したつかの間、映姫は勢いよく机を叩いた。
「えっともう恥ずかしいのでいい加減に教えて下さい! どうすればこの思いを相手に伝えることが出来ますか!?」
「そうだな。出来ればいくつか例を挙げてくれないか?」
「例ですか?」
もう自分の恋の話をすることがとてつもなく恥ずかしいのだろう、いい加減に映姫は本題に入りたいらしい。
それにいくつか例を挙げて欲しいと言った慧音のことも考えて早苗は中空を見ながら考えだした。
壁に掛けてある時計の秒針が一周するころ、早苗は答えを待つ映姫に目を向けると『映姫さん』と一言決意がこもったように言った。
「は、はい」
「映姫さんは小町さんに自分の気持ちを伝えたいんですよね?」
「はい、私が小町を好きだって、告白……したい…です」
「本当に?」
「ほ、本当です! 私のこの気持ちに嘘偽りはありません!!」
「そうですか……」
早苗は一息付くとキッ、と映姫を睨んだ。それに映姫はドキッ、とし慧音は固唾を呑んで二人を見守っている。
「じゃあ何故今まで告白しなかったんですか?」
「へ?」
「映姫さんのその気持ちが嘘偽り無いのに何故、何故告白しなかったのですか?」
「そ、それは……」
「映姫さん。あなたは告白の方法が知りたいんじゃなくて、告白する『きっかけ』が欲しかったんじゃないんですか?」
「う……」
「例え今私が告白の仕方を教えたとしましょう。でも、今のあなたでは絶対に告白できません」
「そ、そんなわけ」
「あります!」
早苗の大きな声に映姫はびくっと体を震わせる。
「今のあなたでは絶対に小町さんに告白できません。今までのように逃げ続けるだけです。
振られるのが怖いんですよね? だから今まで逃げて、それで他人に助けを求めたんですよね?
さっき言ったように、あなたに今必要なのは告白する『方法』ではなく、告白する『きっかけ』です。
私はあなたが自分の気持ちを白黒はっきりつけることを躊躇しているようにしか見えません。
あなたは本当に告白すべきかどうか未だに迷っているんです。その状態ではどんな告白も出来ません」
そこまで話し終え、早苗は一息つくと、
「私が言えることはこれだけです。後はあなたしだいですよ映姫さん」
「…………」
早苗の言葉が事実なのだろう、映姫は完全に黙ってしまった。映姫は早苗の言葉から自分の本当の気持ちに気づいたのだ。
そう今まで自分は逃げていた。小町が、彼女が自分を理解してくれるはずが無いことが、彼女が自分を拒絶することが怖くて、
逃げていた。告白の方法を聞くと言うのも逃げる口実だった。だから今の自分では告白なんてできない、できるはずがない。
だがそれを理解しても体はするべき行動を起こそうとしなかった。解ったからなおさら怖いのだ。するべきことをやって
本当に拒絶されたら……怖くて怖くて考えたくなかった。映姫が口を閉ざしていると、慧音が口を開いた。
「なるほど。映姫殿、どうやら私は間違っていたようだな」
「……え?」
「どうやら昨日はお酒が入っていたからあんなことが言えたのだろうが、今のあなたでは無理そうだ」
慧音はそう言うと立ち上がり、そして映姫の片腕を掴み無理矢理立ち上がらせた。
「だから行こう映姫殿。小町殿の元へ。行って告白しよう。なに、昨日文屋が言っていたように好きって言えばいいだけさ。
たったそれだけ、簡単なことだ」
「で、でも私は……!」
「まだ告白しないと言うなら私たちが無理にでも告白させてみますよ」
そう言った早苗は立ち上がると映姫の隣に行き、慧音とは反対の映姫の腕を掴む。
「え? ちょ、ちょっと待って下さい!」
「いいや、絶対告白させてやるぞ」
「えぇ、絶対告白させてみせます」
映姫の腕を取って二人は境内へと出て行く。
しかし出たところで、彼女はいた。
「……早苗殿。私たちが出来るのはここまでのようだ」
「そうですね。ほら、愛する人が迎えにきましたよ」
境内にいる彼女の姿を確認した二人は映姫の腕から手を離し、背を押した。境内にいたのは映姫の想い人である小野塚小町本人。
しかし小町は目を丸くしていた。恐らく映姫が二人に連れられて出てきたことに驚いたのだろう、しかしすぐに真剣な顔をなると
しっかりとした足取りで映姫に近づいていく。映姫は何も出来ずにただうつむいて立っていることしかできなかった。
逃げ出したい、でも自分の想いも伝えたい、いや伝えなきゃいけない、でもやっぱ逃げたい。そんな葛藤がずっと彼女の中で続いていた。
やがて小町は映姫の目の前まで来た。そして大きく息を吸い込むと、
「昨日はすいませんでした!!」
「……え?」
目の前で大きく頭を下げた。そして口から出たのは謝罪の言葉。映姫は拍子抜けしぽかんと口を開けていた。
ついでにこのとき慧音と早苗は少し離れたところから見ていたが、小町の行動に明日は槍でも降るのか? いやいやおたまじゃくしが
降りますよきっと、などと話していた。ついでにおたまじゃくしなのでもちろん諏訪子様は降って来ないはずなのであしからず。
「昨日は本っ当にすいませんでした! あたいのせいで四季様の心を傷つけ、泣かせてしまったことは本当に反省してます!」
「ちょ、ちょっと小町?」
突然の謝罪に困惑する映姫。だが小町の頭は完全に地面の方に向いてるため映姫の姿が映っていない。だから謝罪を続ける。
「もちろん今まで行った数々のサボりについても反省してます! 明日からちゃんと働きます! 反省文もしっかりと書きました!
だから左遷や異動、クビは勘弁して下さい! あたいは大好きな四季様の元で働いていたいんです! この通り、お願いします!
本当に……」
「小町!」
映姫は大きな声で謝り続けこのままじゃ土下座までしそうだった小町を止めた。映姫の言葉に小町は頭を上げて目の前の映姫を見つめる。
その目には少し涙がたまり、震えていた。
「私からも色々言わしてもらいます」
「は、はい」
大きく息を吸うと、普段のように説教を始める。
「あなたは怠けすぎる。遅刻はもちろん仕事中の居眠りや散歩、どれも目に余る物があります」
「はい」
「そしてあなたは優しすぎる」
「はい……へ?」
条件反射で答えたのだろう、小町は映姫の続いた言葉に一度返事をしたがとぼけた声で聞き返してきた。
それを気にせず映姫は説教を続ける。
「何かと私のことを気に掛けてくれたり面倒をみたりとあなたは私に対して優しすぎる」
「…………」
「その優しさがいけないんです。それが無ければ私はこういう気持ちになりませんでした」
そこで大きく息を吸うと、勇気を振り絞って言った。
「私はあなたのその優しさに恋しました。私はあなたのことが好きです」
その一言、たったその一言だが精一杯の勇気を振り絞った映姫の告白の言葉。
告白された本人は、ポカンと口を開けて目を丸くさせていた。今のが告白の言葉と理解してなさそうな顔だ。
答えを待つ映姫は真っ赤な顔をうつむけて返ってくる小町の返事を今にも逃げ出したい気持ちを抑えながら待っていた。
足が震えている。時が経つのが非常に遅く感じる。でも想いを伝えることが出来たのだ。言った、言い切れた。
これなら例え拒絶されても悔いは無い。でもやっぱ断られるのは怖い。
そんな思考をなんどか繰り返したとき、映姫は小町に強く引き寄せられるとその小柄な体を抱きしめられた。
「よかった~。あたい四季様に嫌われてたらどうしようかと思いましたよ。むしろ両想いだったなんて」
一瞬何が起きたのか理解できなかったが、その言葉だけはしっかりと聞こえていた。
「あたいも四季様のこと大好きですよ」
映姫はそれが彼女の答えだとすぐには解らなかった。だが解った瞬間、何とも言えない気持ちに満たされた。
今までの恐怖は何だったのか、顔から火が出そうな告白をしたのはなんのためだったのか……。
恋なんて終わってしまえば結構あっさりしたものだった。しかも自分が思ってたよりも嬉しい結果でだ。
一体一人で悶々としていた日々は何だったのだろう、こういうことになるならもっと早く告白しておくべきだった、
と今更ながら後悔し、映姫は自分の臆病っぷりに嘆いた。そして今手に入れた幸福に喜んだ。
「あたいにとって四季様ってかけがえのない存在なんですよ。何て言うか見てて危なっかしくて、可愛くて、守ってあげたいって
言いますか……とにかく私も好きでした」
後ろに回されている腕に少し力が入る。そして残念そうな声で呟く。
「あ~あ。謝罪ついでに告白して損しちゃったなぁ」
「へ? 告白?」
「あれ、聞いてませんでした? あたいさっき『大好きな四季様の元で働いていたいんです!』って大声で言ったんですがねぇ」
小町は『結構恥ずかしかったんですよ~』と赤い顔で笑いながら言う。そう言われて彼女の謝罪の言葉を思い出すと、『そういえば
そんなこと言ってましたねぇ』とどうでもいいことのように心の中で呟いた。
『あぁ、自分も告白することをあんなに怖がっていたと言うのに、何をそんなに恥ずかしがっているのだろう』と心の中で呆れたが
すぐにそんなことどうでも良くなった。今はとにかく彼女の温もりの暖かさと、彼女と結ばれた喜びで幸せだったから。
「でも両想いだったなんてなぁ~」
「私も……驚いてます」
「そうですか」
「えっと……小町?」
「何ですか?」
「その……もっと強く抱きしめてください」
「こうですか?」
ぎゅっ
「……暖かいです」
「あたいも……幸せですよ」
お互い顔を赤くして抱き合っているという他人が見たら妬きそうなほどとても幸せそうな空間を作っている二人。
あぁ、こういうときに何か明るい音楽が聞こえてくればとても絵になるのに……と二人が思ったかは定かでは無いが、
カシャ カシャ
何故か聞こえてくるのは甘い空間を増長させる音楽ではなく逆に空間をぶち壊すカメラのシャッターを切る音。二人が揃って音の方を
向くと今までいなかった人物が一人。抱き合う二人のすぐ横からいつの間にいたのか、カメラを構えて写真を撮り続けるのは
射命丸文だった。二人が自分に気づいたのを確認すると構えているカメラを顔から離し、とてもいやらしい笑みを浮かべてこう言った。
「おお、熱い熱い」
瞬間、目にも止まらない、いや映らない速さでどこかへと飛んでいってしまった。もちろん映らなかったのでどっちへ向かったのかは
解らない。どうせ行き先は自宅兼職場だろうが。
残ったのは煙を出しながら顔を真っ赤にする小さな閻魔とやられたなぁ~と呟きながら目の前の幸せに笑みを浮かべる死神のみ。
「ま、待ちなさい!」
「待った四季様!」
今の状況で僅か数秒で思考を回復させた映姫は聞こえるはずも無い静止の言葉を上げ、文を追いかけようとした、が小町に止められてしまった。
「ど、どうしてです!? あの天狗は何を書くか……いや、それどころか私たちのことが幻想郷中に知れ渡りますよ!?」
「いいじゃないですか、どうせなら見せ付けてやりましょうよ。幻想郷公認カップルだなんていい響きじゃないですか」
「た、確かにそれもいいですけど……」
「じゃあそれでいいですよね?」
「う……」
小町の言葉に真っ赤な顔の映姫は腕を組み考え始めた。やがて出た答えは小町の意見が白。つまりこのまんま射命丸のことをほおっておく
ということ。少し不安もあるが、まぁ大丈夫だろうと考えたらしい。
「し、仕方ありませんね。今回はそれでいいです」
「解りました。それじゃあ帰りましょうか。皆が心配して待ってますよ。仕事もありますし」
「は、はい! ……あの、小町?」
「何ですか?」
「手をつないで帰りましょうか?」
「いいですね。それでは」
そう言って手を繋ぐと二人はゆっくりと浮き上がり、皆が待つ彼岸を目指して飛んで行く。
とても仲良く、お互いの手の温もりを感じながら……。
「……完全に私たちの存在を忘れているな」
「ですね。まぁめでたく結ばれたわけですし、よしとしましょうか」
「そうだな」
完全に空気となっていた慧音と早苗は二人の小さくなっていく背中を見ながら苦笑いを浮かべていた。
でも悪い気はしない。結ばれてとても幸せそうな顔をしている二人を見れたのだから。
こうして彼岸で起きた小さな恋の異変は、妖怪の山の神社で無事解決されたのだった。
ついでに、翌日の文々。新聞の見出しは『閻魔と死神の熱愛発覚!?近日中に結婚か?』だったそうだ。
本文は長いので割合させてもらうが主な内容としては『実家にあいさつし終えてる』や『子供は三人欲しい』とか
『すでに夢のマイホームも建設中』など明らかに無いことが書かれていたそうだ。
もちろんこの記事を見た幻想郷の住民達が大騒ぎするのに時間はかからなかった。
「すいません四季様、やっぱ天狗しばきたおしてきます」
「私も行きます。ところで小町?」
「なんです?」
「結婚式はどうします?」
「……洋式でやってみます? 四季様もウエディングドレスを着てみたいですよね?」
「それもいいですね。ところで小町?」
「なんですか?」
「二人の時は『映姫』と呼び捨て、後丁寧口調もやめて欲しいって言ったはずですが?」
「……ごめん映姫」
「それでよろしい」
<HAPPY END>
「………………」
ここ三途の川のほとりの草地に二つの人影があった。
一人は大の字で寝ている死神の小野塚小町。もう一人は小町の脇に立ち、黙って見下ろす閻魔の四季映姫。
この状況から察するに映姫はサボっている小町を説教しに来たのだろう。
だが一向に小町を起こそうとせず、ただ見下ろしているだけで、もう数分が経とうとしている。
やがて映姫はしゃがみ小町の顔を覗き込む。その顔は妙に赤くなっていた。
「すぅー、すぅー」
「……綺麗」
小町の寝顔を見ていた映姫が呟き、彼女の鮮やかな赤い髪に触れようとしたときはっとし首を横に振る。
手を退いた彼女の顔は先ほどより赤くなっていた。だが小町を見つめ続ける姿勢は変わらない。
その小町は目をつぶり、静かな寝息を立てていた。豊満な胸は変わらず上下する。
そんな小町を映姫は恨めしさ半分愛おしさ半分の目で見ていた。
それからまた数分、映姫はまた手を伸ばし今度は小町を揺すり始めた。やっと起こす気になったのだ。
しかしいつもは怒鳴って起こすのだが今日は違った起こし方をしたい気分らしく、試しに揺すって
起こしてみようと彼女の中でそういう結論に至った。しかし一向に小町は起きようとしない。
「小町、起きなさい。こんな所で寝てないで早く起きなさい小町」
「ん~まくら~」
「まくら~、じゃなくって早く起きなきゃぁ!」
小町を起こそうと揺すっている映姫の腕を小町は掴み一気に引き寄せ映姫の体を抱きしめた。
突然のことでおかしな悲鳴を上げた映姫は今の状況に体が硬直する。
現在、小町は仰向けの状態で寝ていて両腕は引き寄せた映姫の腰にがっちりと回され、抱きしめていた。
そんな映姫は小町と向き合う感じで抱きしめられており、顔は胸に埋まっている。
小町の腕の力は強く、胸が顔に押し付けられているため少し息が苦しくなった映姫はもぞもぞと動き
何とか呼吸路を確保し一息つく。その間も小町はのんびり寝ている。だが抱き枕のせいか
先ほどより気持ちよさそうだった。
「むふふ~抱き枕~」
「私は抱き枕ではありませんよ小町。いい加減起きなさい」
小町の強く抱きしめている腕から少し這い出し自分と小町の顔の高さを合わせた映姫は右手でペチペチと小町の頬を
叩き始める。だが一向に起きようとしない小町。しかし顔はくすぐったいのか痛いのか解らないが
寝にくそうに歪んでいる。
「ん~」
「起きてください小町。これでは仕事になりませんよ?」
「ん~もううるさいな~」
「うるさいな~、じゃなくて早くきゃむ」
叩かれていた小町が寝にくさに寝返りを打つ。それに小町の顔を叩き続けていた映姫がまたおかしな悲鳴を上げる。
だがただこれだけ終わらなかった。
むにゅう
そんな音が聞こえたのだ。
「………………」
「ん~柔らか~……ん?」
その音と共に訪れた違和感に小町は目覚める。目の前には何故か自分に抱きしめられ、顔を真っ赤にした
上司である四季映姫。このとき小町は不味いと思い苦笑いを浮かべる。そしてさっきの違和感の正体にも気付き
今度は冷や汗が流れる。目の前の小さい閻魔は耳まで赤く、体が震え始めていた。
「え~と、四季様?」
「……なさい」
「へ?」
「放しなさいと言ったんです!」
ベシッ
「きゃん!」
持っていた懺悔の棒で小町の頭を叩く映姫。いつもより力が込められていたそれは毎日叩かれている小町でも
さすがに痛かったらしく、映姫の腰に回していた腕を解き、頭を抑えうなっている。
そんな小町をよそ目に解放された映姫はさっさと立ち上がる。しかし顔は真っ赤なままで今にも泣きそうに見えた。
「一体何ですか!?あなたからの霊が送られて来ないから心配して来て見ればいつものように大の字に寝っ転がって
のん気に昼寝なんて!小町、あなた昨日言われたこと、いや一昨日もいいましたし先週も言いました!
それを忘れたのですか!?」
遅れて立ち上がる小町に懺悔の棒を向け説教を始める映姫。しかし小町の顔は『またかぁ~』とめんどくさそうなのと
さっきの事で顔が冴えない。それでも映姫は説教を続ける。
「いや、一応一ヶ月のノルマも達成してるんですし別にいいかなと」
「口答えしない!」
「きゃん!す、すいません!」
実は彼女は一月に送る霊の量はノルマを達成している。しかも始まり一週間でだ。彼女は『夏休みの宿題は始めにやる』
タイプだった。しかし、だからと言って仕事をしなくていいという訳でもない。そのために映姫は叱りに来るのだ。
「しかし今回は異常です!いつも怒鳴って起こすのも可哀想だと思って揺すって起こそうとしたのに、
寝ぼけて上司を抱き枕にするなんて!」
「あー、揺すって起こそうとしたことは感謝しますがすいません」
「それにあなたの胸も大きすぎる!危うく窒息しかけたんですよ!しっかりさらしを巻きなさいと言ったでしょ!」
「いや、これでもしているんですがすいません」
「それでけでなく!近くで怒鳴るのも可哀想だと思って頬を叩いて起きて貰おうとしたら……寝返りを打って…
…それで……キ、キッ、キ……」
「あぁ、キスですか?」
「そうあなたが寝ぼけて寝返りを打ってキスを、って普通に言うんじゃありません!」
そうさっきの妙な音は小町が寝返りを打った拍子に偶然にも二人の唇が重なった音だった。
いくらなんでも運が良すぎ(?)である。
映姫はそのキスしたときのことを思い出したのだろう顔は更に赤くなり、目を伏せている。次の言葉も出ない。
その様子を見ている小町はどうしようかと困っていた。何か言い訳でも言うか、素直に土下座をするか……。
こんな状況になぞ陥ったことある訳無いのだ。対応に困った。
「あははははは……。こ、これは事故ですから、まぁすいませんでした。許してください」
「た、確かに事故です!ですがあ、あれが私の……その……」
「?」
突然、口ごもる映姫に首を傾げる小町。普段の映姫と違ってスパッと言わないのだ?さすがにこんなことが
起こって冷静でいられる訳無いのだが。
顔が未だに真っ赤な映姫を見て小町はしばし思案顔になる。何かしら心当たりがあるそうで、しばらくして
『あぁ、そうか』と呟き手を叩く。
「四季様、あれがファーストキスなんですね?」
「あぅ!?」
「やっぱり、だからそんなうろたえてるんですか」
図星、と言った反応をする映姫に小町は苦笑いする。心の中では『やっぱそうなんだ』と思いながら
映姫を見つめる小町。映姫の体は震え、今にも泣き出しそうに思えた。
「あ~と、え~と、どうしましょう?」
「どうしましょうじゃありません!麗しき乙女の初めてをこんな形でなんて……責任、そう責任です!責任を
取って下さい!」
「責任……ですか?」
「そ、そうです!」
突然責任を取れと言い出す映姫に目を丸くする小町。何故そんな言葉が出てくるのか解らないが
やっぱ閻魔でも女の子なんだなぁ~と小町は思いながら責任の取り方を考え始める。
その答えを待つ閻魔は何ら変わり無く怯えた様な、恥ずかしい様な表情で小町を見続ける。
やがて一つの答えを導き出したのだろう、小町はまた手を叩く。
「解りました。責任を取りましょう」
「ど、どうやってです!?」
「結婚しましょう」
「へ?」
小町の言葉に呆気に取られる映姫。今時どこにこんな責任の取り方をする奴がいるのだろう。
恐らくは冗談であろう。
だが、映姫の目は何故か希望に満ちていた。
「あ、あの小町!?」
「な~んて冗談ですよ。いつもサボってばっかの部下と結婚するなんて嫌でしょう? それに女同士ですし」
「えっ?」
「実はこの間、下界で良い和菓子屋を見つけましてそこの羊羹で許してくれませんかね?
羊羹が嫌なら饅頭でも……って聞いてます四季様?」
「……………(ふるふる)」
「って、何で泣きそうなんですか!? えぇ!? 四季様って和菓子嫌いでしたっけ!?」
何故か小町の言葉に今にも、と言うよりもう泣いている映姫。泣く理由が解らない小町はただ慌てるしか出来ない。
映姫は目に涙を溜め、耳は更に真っ赤になり、ただ歯を食い縛り、体を震わせている。
実はこのとき、小町の言葉が映姫の心を傷つけていたのだ。
それは『結婚なんて嫌』と『女同士』の二つ。
何故か前者は映姫の中で、『結婚なんて嫌=自分の事が嫌い』と言う方程式が成り立ち、
後者は小町が同姓を好きになる対象としないと言う事実と受け取った。
つまり言うところ、閻魔の四季映姫は死神である小野塚小町が好きだった。
その好きな相手が自分を嫌っていて、同姓だから付き合いたくないと言ったのだ。映姫の勘違いだが。
これで傷つかずしていつ傷つく。自分の恋は終わった、そう思ったのだろう。
「…うぅ……えっぐ……」
「え、えっと四季様?」
「うわぁああああああああああああん!」
映姫は泣き出し、烏天狗にも負けないスピードでどこかへ飛んでいった。
小町は呆然と立ち尽くすのみで、自分は何か言っちゃいけないこと言ったかなぁ? と考えるだけだった。
しかししばらくしたら二度寝を始めた。相変わらず懲りない死神である。
「うぅ、ひっぐ……」
「塩辛~塩辛~無理だナメクジ塩辛~♪」
彼岸での惨劇(?)から数刻後、四季映姫はミスティア・ローレライの経営する屋台で泣いていた。
あの一件の後、傷心の中ふらふらと飛んで辿りついたのがここだったのだ。
実は常連であり、よく店主のミスティアに愚痴を漏らしていた。
だが今回は違う。とにかく酔いたかったのだ。ヤケ酒と言うやつだ。酔って忘れたかった。
しかしいくら飲んでも小町の言った言葉を忘れられず、悲しみは増すばかりで泣き続けている。
そんな映姫を見かねてミスティアは最近、山の上に出来た神様の1人に教えて貰った
おもしろい歌を歌っていたが、一向に映姫は笑わず泣くばかり。この状況に困っていた。
ついでにミスティアは映姫が何故泣いているのか知らない。目を真っ赤に腫らしてやって来た
説教好きな閻魔に『どうしました?』と聞いたら泣き出してしまって今に至る。
とにかく泣けば気も晴れるだろうと酒も出して歌も歌っていたのだが疲れてきていた。
正直、誰かに助けて欲しかったのだが、そう思ったときに救世主が現れた。
「やぁ店主」
「こんばんわミスチー」
「こんばんわミスティアさん」
「あっ慧音さんに美鈴さんに文さん。こんばんわ」
「あぁこんばんわ、とあいさつもいいがこれはどうしたものかな?」
「映姫さん……ですよね?」
「今日は愚痴をこぼしに来たようではありませんね?」
「ぐすっ、えぐ……」
「あぁこれは……」
屋台の常連である人里の守護者の上白沢慧音と紅魔館に勤める紅美鈴と新聞記者の射命丸文の三人だ。
この三人がどのようにして出会ったのかミスティアは知らないが仲が良く、よく屋台に来ては
三人で、時には他の客も交えて話をしていた。
もちろん三人共映姫のことは知っていたために今店のカウンターに突っ伏して泣いている映姫には
驚いている様子である。
「映姫さんは今日は何故かいつもより早く来て、しかも目を真っ赤に腫らしてたからどうしたました?
って聞いたら泣き出して……でお酒とかも出したんだけど一向に泣き止まずに」
「で、この状態か」
「映姫さんが泣くってよほどのことですよね? どうしたんでしょう?」
「問いに答えることが出来ないほど悲しんでいるようですね。それと凄い負のオーラです」
「うん、せめて何か話して欲しいんだけど……慧音さん、歴史見れますか?」
「確かにこのままではらちが明かないな。解ったやってみよう。では失礼」
そういい泣いている映姫の背中に手を触れ目をつぶり集中する慧音。原因と思われる歴史を探し始める。
やがて見えてきたのは賽の河原での映姫と小町のやり取り。その最後に泣きながら勢いよく飛んでいく映姫が見えた。
すぐにこれが原因と解った慧音は映姫の身に起きた一連の出来事の歴史を閉じると目を開く。
「……なるほど」
「どうでしたか?」
「原因は解った。が、どうもおかしなことだ」
「おかしなこと?」
「まぁゆっくり話そう」
そう言い屋台のカウンターに三人は腰を掛ける。
そして先ほど見た歴史の一部始終を話し始める慧音。それを他の三人は静かに聞く。
その間映姫は美鈴と慧音に挟まれた状態で慧音に背中をさすられながら泣いていた。
「……と言う訳だ」
「なるほど、いつも通り小町さんに説教しに行って試しに揺すって起こそうとしたら抱き枕にされて」
「で、寝返りを打ったときに偶然に唇が重なってそれの責任を取れと言ったら結婚しようなんて冗談を言われて」
「何故か泣き出してここまでふらふらと飛んできたという訳ですね」
「そういうことだ。しかし……何故こんなことで泣いているのだろうか?」
「冗談が嫌だったのかな?」
「いえ……違います」
「あ、大丈夫ですか映姫さん?」
「すいません、ぐすっ、心配かけてしまって。慧音さんが歴史を見て皆さんに私の身に起きたことを説明して貰って
落ち着きました」
四人が映姫の身に降りかかった災難(?)を知ったところでいつのまにか泣き止んでいた映姫は上体を重そうに上げた。
映姫は目は真っ赤だが背中をさすられ落ち着いたこともあるだろう。完全に泣き止んでいた。
「それでは立ち直った所ですまないが泣いていた理由を教えて貰えないか映姫殿?」
「……はい。でも先に皆さんに知っておいて貰いたいことがあります」
「何だ?」
落ち着いたところで真剣な顔になり普段の威厳が戻った映姫。一気に場の空気が重くなり他の四人の顔も真剣になり
聞きの姿勢に入る。映姫は一旦深呼吸をし、気を落ち着かせた。
「私は……」
「私は?」
「私はこ、ここ、こま、小町のことが……す……」
「小町さんのことが?」
少しずつ赤くなりながら、言葉につまりながらも少しずつ声を絞り出し大事な事を伝えようとする映姫。
四人は変わらず聞きの姿勢は崩さない。しかし最後の言葉が中々出ない。
「す、すすす、す……」
「あぁ映姫さんは小町さんのことが好きなんですね?」
「そう好き……(ボンッ)」
「ずこっー!!」
「あぁそうなのか美鈴ど……の?」
「ちょっと雰囲気台無しですよ美鈴さん。空気空気」
と映姫のその皆に知って貰いたい大事な事を空気を無視して美鈴が言ってしまった。
気は使えても場の空気は読めないらしい。先に真実を言われた映姫は一気に耳まで赤くし
ボンッなどと音を立てて頭から湯気を立て始め、いつの間にかメモ帳を取り出していた文は
気遣いなのだろうか他の者を巻き込まないように後ろへと吹っ飛んで行った。
慧音は美鈴の発言に驚き完全にフリーズ。普通に冷静でいるのは屋台の店主のミスティアだけ。
言った本人はあれ?などと首を傾げてる。普通なら映姫が部下の小町を好きだと言うだけで
驚くがそれ以上に美鈴が言ったことで驚きが倍になったようだ。
「え?だって、映姫さんが、小町さんを、って言って『す』って言ったらそうなんじゃないんですか?」
「まぁ確かに今の真っ赤な映姫さんの様子を見れば解りますが、先に言うのはないですよ」
「いや、咲夜が読んでいた小説にこんな展開があったから……」
「あたたたた、今日の飛距離は2.5m、まぁまぁですかね。しかしよりにもよって朴念仁の二つ名
を持つ美鈴さんがそんなこと言うなんて。まぁ小説の展開覚えててそれから気付いて言っただけですが」
「……ふむ、再起動完了。まぁ映姫殿が我々に知って貰いたいことが『映姫殿が小町殿の事を好き』、
と言うことでいいのか?」
「……へっ? は、はいッ! そうです!」
ミスティアが美鈴に突っ込んでいる間に戻ってきた慧音がその伝えたいことを確認する。
映姫も恥ずかしさから完全に機能停止に陥っていたがすぐに回復しそれが事実だというのを
慌てながらも首を縦に振りそうだという。
「まぁ映姫さんが小町さんを好きなのは余り突っ込みませんよ。勝手に恋してください。
あぁもう記事に書く気が失せました」
「まぁまぁ、それとどんな関係があるんですか?」
「えぇっとそう、何故私がここに泣きながらこきに来たかでしたね。慧音さん、私が
泣く前に小町は冗談だと、その後何と言ってましたか?」
「む?それは『いつもサボってばっかの部下と結婚するなんて嫌でしょう?それに女同士ですし』だったな」
「はいそうです」
「それがどうしたのだ?ただの冗談だったのだろう?」
「あぁなるほど」
「解ったのですか文さん」
「「「?」」」
文が手を叩き納得した様な顔をする。映姫以外の三人は頭の上にハテナを浮かべる。
様々な物事を見てきた文はすぐに解った。新聞の取材において恋の話、略してコイバナや
職場内での上下関係の話など聞いたことある。そこから解ったことは二つ。
「私の推理から解ったのは二つ、あなたは小町さんの言葉から『死神小野塚小町は閻魔四季映姫を嫌っている』
そして『同姓を恋愛対象としない』この二つの答えを導き出したわけですね!?」
「め、名推理だろうな……そうなのか映姫殿?」
「えっと名探偵と言えば……金田一コナン任三郎ですかね?」
「いや色々混ざってますよ美鈴さん」
「……そうです。文さんの推理通りですよ」
文の推理から導き出した答えの二つにただうなずく映姫。他の三人は話に付いていけない様子である。
いくらか姿勢も崩れていた。そして美鈴の空気を読まない発言のせいで顔から硬さが消えていた。
「まぁ恋なんてよく解らない私にはよく解りませんが…」
「私もだが…」
「これだから朴念仁は……まぁいいでしょう。この射命丸文が優しく短く丁寧に教えて差し上げます」
「あの……結構私も傷つくと思うので本当に手短にお願いします」
「はいもちろん」
そして熱く話し出す文に朴念仁と言われた美鈴と慧音は話を聞く。
その間、ミスティアは話に耳を傾けつつも人数分の酒を注ぎ、鰻を焼き始めた。聞くだけは飽きたらしい。
「これは小町さんに恋する映姫さんには致命傷な物なんですよ。まず一つは小町さんが
映姫さんを、同姓を恋愛対象としないことです」
「文さんの推理した答えからも解りますね。というより言った通りですよね」
「そうですそのまんまです。あ、お酒ありがとね。小町さんは『女同士ですし』と言っています。ですから
もしかしたら同姓との恋愛には嫌悪感を抱いているかもしれません。解りますか?」
「まぁ確かにそうだな」
文の言葉にうなずく慧音。射命丸は酒を一口飲むと一息つく。
この間、映姫は何も言わずにただうつむいていた。相当気にしているようである。
「しかし問題は次、小町さんが映姫さんを嫌っている可能性があるということです」
「どうしてそう言えるんですか?」
「考えてみてくださいよ?映姫さんは小町さんを叱ってばっかです。そりゃあサボる方も悪いですが
仕事場の上司に何度も怒られたらどう思います?嫌いになることもありますよ?」
「あ~私も仕事で咲夜に怒られたらちょっと嫌な気分になりますね」
「そうでしょ? これで小町さんが本当に映姫さんを嫌っていたとして告白したらどうなると思います?」
「それは、ふられるだろうな」
「そうです。だから、私がいくら好きでも小町は私が嫌いなら、だから……」
「つまり映姫さんの初恋はこれで終わってしまったのです」
「なるほど、それで傷心の中ここまで泣きながら飛んできたと、そういうことか」
とりあえず映姫がここに来た理由を四人は知ることが出来た。映姫は更に暗い顔になり騒霊の長女の
ヴァイオリンを聴いたような状態だ。しかし、
「まぁ映姫さんがここに来た理由が解りましたが、どうします?」
「何がだ? 美鈴殿?」
「そりゃあ映姫さんの恋ついてですよ」
そう言いながら映姫の背中に手を置く美鈴。何か心配らしく顔をしかめている。
慧音は映姫の顔を見て腕を組んで考え始める。どういう意味か解らないらしい。
「それはつまり……どういうことだ?」
「こんな終わり方で良かったのでしょうか?」
今の言葉に映姫は体をビクッとさせ表情を暗くする。そうすると落ち込んだ声で話し始めた。
「そ、それはもちろん私はこの初恋を完全に諦めますよ。まったく仕事一筋の閻魔の初恋が同姓でサボり魔の部下だなんて、
こんな終わり方で良かったんですよ」
「いいえよくありません!」
消沈の映姫にこう言ったのは射命丸文。勢いよく椅子の上に立ち上がりビシッと映姫を指差す。
『行儀が悪いので椅子の上に立たないでください』と注意しているミスティアはまるで無視だ。
「映姫さん、諦めることが本当にいいこととは限りませんよ? 映姫さんは本当にこんな終わり方で良かったのですか?
嘘ですよね?だって本当に諦められた人ならそんなに落ち込みませんよ?」
「ッ!!」
「ここで小町さんへの恋を無理にでも諦めたらあなたは一生後悔しますよ? それで良いんですか?」
「そ、それは……」
そう言って口ごもる映姫。文の言葉の反応から本当は諦めたくないことがうかがえる。やはり閻魔は嘘がつけないようだ。
文がやれやれと溜め息をつくと、美鈴が映姫の肩に手を置いた。
「映姫さん、私からも一ついいですか?」
「な、何ですか美鈴さんまで……」
「映姫さん、夢はどこにも逃げないんですよ。本当に逃げてるのは夢を追ってもいない人の方なんです。
あなたは今逃げているんです」
「………ならば……ならば私はどうすればいいんですか?」
か細い、暗い声で困り果てたような顔で話す映姫。それに答えるように文は答える。
「そんなの簡単です。告りましょう。告っちゃいましょう。小町さんに好きって言っちゃいましょう」
「確かにどうせなら思い切って告白してふられてしまった方がいいかもな」
「そんな……私には……」
「そんなふられるのが怖いからと言っていつまでも思いを封じ込めてても何の意味も無いですよ?
自分を苦しめるだけです。それなら告白してしまった方がいいです」
「大丈夫ですよ。ふられたときは一緒に朝まで飲んで上げますから」
「その時は奢って上げますよ」
後押しするかのように食べながら話す美鈴と鰻を焼いている店主のミスティア。
「み、皆さん……」
「ハハ、これでは告白しない訳にはいかないな映姫殿」
そして肩を叩く慧音。
「……私は閻魔ですよ?」
「それ以前に恋する乙女です」
「相手はサボり癖のある駄目な部下ですよ?」
「それでも好きなんでしょ?」
「それで同姓ですよ?」
「男でも女でも、好きならば関係無しだ」
「私は……小町に恋をしていいのですか?」
「誰も咎めませんよ。自分は自分の恋、他人は他人の恋ですからね」
「そうだな。自分のしたいことをすればいいさ」
「ならば……」
そう言い拳をぎゅっと握り、勢い良く立ち上がる映姫。
「私は小町に全力で恋をします!!」
四人に応援され決心がついた映姫はこう叫んだ。叫んだのと同時に周りからは拍手が起こる。
「よく言ったな映姫殿」
「それでは後は告白ですね」
「で、でも、私は告白の仕方が……」
「そんなの簡単ですよ。好きって言っちゃえばいいんですよ。それだけです」
「でもそれだけってのも寂しいですよね」
「ふむ、それなら私に良い考えがある」
「何ですか?」
「何事もまずは知識さ。先人の教えを聞こう。そうすれば告白の仕方もわかるだろう?」
「なるほどそれもいいですね。出来れば私もお手伝いしたかったのですが、取材がありますからね
そのことは慧音さんに任していいですか?」
「あぁ、明日は寺子屋が無いからな。それでいいかな映姫殿?」
「えぇ、お願いします」
「よしっ、とりあえず今日は飲み明かしましょうか! ご主人、とっておき頂戴!」
「はいはいただいま~」
「ありがとうございます。でも……最初に飲んだお酒がやっと回ってきたのでしょうか、少し眠くなってきました」
「別に寝てしまってもいいぞ。私がおぶって帰ろう」
「すいません慧音さん。ちょっと……もう眠らせて……貰います…」
「ちょ、映姫さ~ん?」
「……すぅ……すぅ……」
「寝てしまいましたね」
これから飲もうとした時、映姫はカウンターに突っ伏し可愛い寝息を立て始めた。
その映姫の背を撫でていた美鈴に慧音は眼を向けた。
「美鈴殿、もしかして……」
「えぇちょっと眠気をいじらせて貰いました。でもお酒も入ってたせいか結構早かったですね」
「やはりか、話が終わって撫で始めたから変だとは思ったが」
「えへへ、こういう日はさっさと寝てしまった方がいいんですよ。明日のこともありますし」
そう言いながら今度は優しく映姫の頭を撫でてやる美鈴。映姫は変わらず寝息を立てていた。
その映姫の寝顔をと撮ろうとして文がミスティアに止められたのは関係無い話。
「では私はお開きにして帰ろうか」
「それなら私がおぶっていきますよ。私が眠らせたんですし」
「すまないな。それでは世話になったな」
「いえいえ、またのご利用お待ちしてます」
「それでは頼みましたよ」
「あぁ解っている。それでは行こうか美鈴殿」
「はい」
美鈴は注いで貰った酒を一気に飲むと代金を置き、寝てしまった映姫を抱き上げ、更におぶると先に出た。
慧音も自分の分の代金をカウンターに置くと『じゃ』と言いながら手を上げて簡単な別れの挨拶を言うと
外に出て美鈴と一緒に人里へと歩き出した。暗い道の向こうのへと消えていく三人を見送るミスティアと文、
三人の影が消えると文は酒を口に運ぼうとした。しかしミスティアから声が掛かった。
「文さん、一つ聞いていいですか?」
「はい?」
「どうして……映姫さんを応援するようなことを?」
「そりゃあ、せっかくの初恋ですからね。どうせならドカンと一発ふられた方が気分良いですし、
ここで諦めて下手すれば一生物のトラウマになりますから。それに」
「それに?」
「自分のもそうですが、いくら他人でも恋は諦めて欲しくないんですよ」
「はぁ……そうですか」
「? どうしました?」
「いや、文さんがそんなこと言うとは思ってなかったんで」
「じゃあこれを機会に私の考えを改めてください」
「そうします」
自分の普段知る文の考えを改めようかなとミスティアは苦笑いをしながらまた鰻を焼き始める。
そんな文は酒を口に運んで一息ついた。
「さて新聞のネタになるものが出来ましたね。明日は忙しいですよ~」
「……(やっぱそれもあるんですね)」
やっぱ文さんは文さんだなぁと思いながらも口には出さずミスティアはこれから来るであろう
客(主に常闇の妖怪)のために鰻を焼き、文は目の前に現れた新聞のネタにウキウキしながら酒を飲み始めた。
「……四季様が帰ってきてない」
ところ変わってここは彼岸にある寮の小町の自室。二度目の昼寝から起きた小町は先ほどきた後輩の死神からこんなことを言われた。
『四季様がどこかへ飛んでいってから帰ってきてない』と。この言葉を聞いて小町はそんなまさかと思い裁判所へ行くと
映姫はいなかった。じゃあ寮の自室にでもいるのかと思いそっちを尋ねてもいない。他の閻魔や死神に聞いても映姫がどこにいるのか、
どうしているのか誰も知らなかった。探しに行こうとした者もいたが『あの人のことだ。また誰かを説教してるに違いない』という
理由であっさり片付けられてしまったのだ。実際バカルテットを説教しに行った日は一日帰ってこなかったという前例がある。
じゃあ今回もそうだ。そんなところで誰も探しに行かなかった。そういうわけで翌日戻ってこなかったなら探しに行こうと
いうことになった。しかし小町は知っていた。映姫がどこかへ飛んで行ってしまった理由。
「あたいの冗談が嫌だったのかな? それとも和菓子、いややっぱキスのこと?」
そう数時間前、三途の川のほとりでの出来事だ。あの時何がいけなかったのか小町は映姫を泣かせてしまった。
その後どこかへ白黒や鴉天狗に負けないようなスピードで映姫はどこかへ飛んでいってしまったが、このとき小町は追いかけようとしたが
『四季様のことだからそのうち戻ってきてまた叱り来るだろうなぁ』と思い二度目の昼寝を敢行したのだ。今思えばやっぱ
追いかけとけばよかった。後悔先に立たずだ。
「あたいのせいで四季様を泣かせて、そして行方不明……どうしよう」
今からでも探しに行こうとしても映姫の行く宛など知らない。広い幻想郷の中でいくらか目星を付けられるがそれでも多いのだ。
それにもしかしたらどこか解らない洞窟や森でまだ泣いてるかもしれない。考えすぎかもしれないが十分想像できた。
それともう外は暗い。月明かりだけでは探しにくいのだ。
「あたいのせいなんだから、明日の朝一番に探しに行かなきゃ」
今からでも探し出して謝りたいが小町は仕方なく明日の早朝から探すことを決定した。
「……四季様、怒ってんのかな? それとも泣いてるかな?」
身を案ずるは己の上司、自分のせいで泣かせ、行方がしれなくなってしまったのだ。とにかく心配だった。
ふと小町は腕を組んで考え始める。それはもちろん映姫のことだ。
「まさか一日かけてあたいを説教する準備、なんてね……いやありえるな、まずはやっぱりキスの事で説教、次に冗談の事で説教して、
その後は……いつもサボってる事に説教して……クビを宣告?」
まさかと思い考えると小町はハッ、とする。これはまずい。最悪パターンだ。相手はあの説教魔と言われる四季映姫・ヤマザナドゥなのだ
正座で何時間も説教攻め、そして最後にクビを宣告し自分をどん底に突き落とす。やばいありえる。小町はついに本気と書いてマジで
で焦りだした。『ほんき』ではない『マジ』だ。
「ウギギギギギギギギギギ…………」
焦りすぎて恐怖が限界を突破したのか変な奇声を発し始めるが数秒で正気を取り戻す。
「もうこうしちゃいられないよ、とりあえず探しに行く前に反省文を書いて、で探し出して土下座して何とか許して貰わないと……」
小町は机に向かうと筆にすずりにその他もろもろ書くものを用意し、反省文を書き始めた。
「早くから済まないな早苗殿」
「いえいえ、今お茶を淹れてきますので少々お待ち下さい」
早くと言っても壁に掛けてある時計の短針は10の所を過ぎていた。早苗はお茶を淹れるために台所へと向かった。
今慧音と映姫は守矢神社の居間でちゃぶ台を前に座っている。理由は昨日の屋台での会話で出た告白の仕方だ。
そう慧音の言っていた先人とは守矢神社の巫女、東風谷早苗の事だった。
慧音曰く『こういう色恋沙汰は若い女子の方が詳しく、快く相談に乗ってくれる』らしくそういう訳で映姫は慧音に連れられ
妖怪の山の上にある守矢神社にやって来たのである。
ついでに神様二人は夫婦(早苗談)水入らずで温泉旅行に行っているらしく留守だった。
「お待たせしました。どうぞ」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
茶を盆に乗せて持ってきた早苗は茶を二人の前に置くと慧音と映姫は少し頭を下げ礼を言う。
「それで慧音さん、今日のご用件は?」
「ん、ただの相談だ。こちらの閻魔様のな」
早苗は盆を横に置き行儀良く正座すると用件を聞く。
用件を言う慧音は横にいる映姫にチラッと視線を向けると少し茶をすすった。
「始めまして、幻想郷での閻魔を勤める、四季映姫・ヤマザナドゥです」
「こちらこそ始めまして、守矢神社の巫女、東風谷早苗です」
二人それぞれ自己紹介すると軽く頭を下げる。
「それでご用件は閻魔様?」
「え、えっとま、まぁとても簡単なことなのですが、えっとその……どうしましょう?」
「映姫殿の事だから映姫殿が言った方がいいでしょう。ほら昨日のようにガツンと」
「? 何かとても言いづらいことですか?」
「いや、そんなことは無いぞ。ほら映姫殿、勇気を出して」
「えっと、その……」
「はい」
「す、好きな相手へ、その……こ、ここ、告白の仕方を教えて下さい! あッー恥ずかしいです!!」
言い終えた瞬間ボンッと言う音と共に煙を出し、顔を真っ赤にする映姫。相変わらずこういうことに耐性が無いのか
言うだけで思考回路はショートしてしまうようだ。
「……えっと、告白の仕方ですか?」
「あぁそうだ。好きな相手が出来た場合どういう風にして相手に気持ちを伝えればいいかを教えて貰いたいのだ」
「…………(ぷしゅー)」
「えっと、その聞きたい本人は煙を出してますが大丈夫でしょうか?」
「昨日もこんな感じだったから大丈夫だろう」
「はぁ……そうですか」
一言で片付けてしまうあたりそれなりに長い付き合いだからなのだろうと一人納得する早苗だが、今目の前の見た目は少女、
実年齢不明の閻魔にも可愛らしいところがあるのだと感じていた。
「しかし、閻魔様にも女の子らしい所があるんですね」
「わ、私だって女です! もちろん恋だってします!」
「わかったからあまり机を強く叩かない方がいいぞ映姫殿。机が壊れそうだ」
「あ、も、申し訳ございません、取り乱してしまって……」
「いえいえ、こういう話では取り乱すこともありますよ。しかし仕事一筋と聞きましたが……」
「外の世界でも仕事一筋の女性が恋をするのはおかしいことですか?」
「いいえ。逆にそういう女性の恋を描くドラマとかマンガとかありましたからね。前例が無いと言う訳では無いのですが……」
『と言ってもこちらの人には解りませんけど……』とボソッと呟くように付け足したが二人には聞こえなかったみたいで、二人は首を
傾げてる。
「それでお相手は?」
「え? えっと……言わなければなりませんか?」
「いえ、恥ずかしければいいですよ」
「あ、いえ。相談してもらう相手ですから言います。でも……」
「でも……?」
「退きませんか?」
「……はい?」
「わ、私の好きな相手を聞いても退きませんよね?」
「も、もちろんですよ」
「き、聞いた後に『この人変な人』とか思いませんね?」
とことん釘を刺す映姫。やはりそういうことは気になるようだ。
「……わかりました。覚悟を決めましょう」
ここまで言われたのだ。覚悟を決めないと逆に失礼である。
「じゃあ、言います。わ、私が好きな相手は……」
「はい……」
「じょ、女性なのです!」
「女性?」
「えぇ小野塚小町って言うサボり癖のある死神でいつも手を焼いていて、そんな事関係ないですね。
すいません。やっぱ変ですよね? 外の世界ではおかしい事ですよね? こちらの世界でもおかしい事ですが……」
「こら、映姫殿。まだ早苗殿は否定はしていないぞ」
「あっ、すみません、勝手に決め込んでしまって、気を悪くしないで下さいね」
そう言いながらしゅん、と落ち込む映姫とそれをなだめる慧音の二人の微笑ましいやり取りを見ながら早苗は『そうですか』と
呟き言葉を続けた。
「まったく変じゃないですよ? 確かに外の一般大衆はほとんどの人が同性に恋するというのは変だと思っています。が、
私はそうは思いません。愛に性別は関係無いですよ。その人のことを好きならそれでいいんです」
「は、はい」
早苗の言葉で我に返った映姫はそれに安心したのか息を撫で下ろす。しかし相談は始まったばかり、早苗がまた映姫に聞き返す。
「ところで映姫さんはどうして小町さんを好きになったんですか?」
「えっ!?」
「む、それは私も聞いていなかったな。どうなんだ映姫殿?」
「えーと、い、言わなければ駄目ですか?」
「出来ればお願いします」
「……解りました。せっかく相談してくれるんですから包み隠さずお話しましょう」
そう言いながら一回深呼吸。そして口をもごもごしながら話し始めた。しかしこの人はいつまでこんなガッチガチなんだろうか、
よほど恋愛などと疎い生活をしていたんだなぁ、と早苗は心の中で思っていたが、そんなことも口に出さず、自分を頼って来てくれた
映姫の話しに耳を傾ける。
「えっと、あの、実は……」
「実は?」
「恥ずかしながら……その、一目惚れなんです」
「一目惚れ?」
「えぇ、最初はただ『綺麗だな』とかそういうことしか思っていなかったのですが、でも彼女、小町は
仕事一筋の私によく話かけてくれました。今日は何があったとか、仕事仲間の愚痴とか、どこの団子がおいしいとか……
色々と話してくれました。他にもご飯をご馳走してくれたり、体調を崩したりしたときは仕事を休んでまで看病してくれました。
そうやって小町と一緒にいるうちに惹かれてって気がつけば、私は彼女に恋心を抱いていたんです」
「なるほど映姫さんが小町さんを好きになった理由は解りました。ところで、どれくらい経っているんですか? その恋心を抱いてから」
「えっと、100年過ぎてから数えるのをやめてしまったので解りません」
「……(どれだけ片思いしてるんだろこの人)」
「……(映姫殿はおいくつなんだ?)」
「どうしました?」
「あ、いえ、とてもいい話だなと」
「そうですか?」
結構長い片思い中の恋愛に二人は驚きながらも態勢を立て直す。しかし立て直したつかの間、映姫は勢いよく机を叩いた。
「えっともう恥ずかしいのでいい加減に教えて下さい! どうすればこの思いを相手に伝えることが出来ますか!?」
「そうだな。出来ればいくつか例を挙げてくれないか?」
「例ですか?」
もう自分の恋の話をすることがとてつもなく恥ずかしいのだろう、いい加減に映姫は本題に入りたいらしい。
それにいくつか例を挙げて欲しいと言った慧音のことも考えて早苗は中空を見ながら考えだした。
壁に掛けてある時計の秒針が一周するころ、早苗は答えを待つ映姫に目を向けると『映姫さん』と一言決意がこもったように言った。
「は、はい」
「映姫さんは小町さんに自分の気持ちを伝えたいんですよね?」
「はい、私が小町を好きだって、告白……したい…です」
「本当に?」
「ほ、本当です! 私のこの気持ちに嘘偽りはありません!!」
「そうですか……」
早苗は一息付くとキッ、と映姫を睨んだ。それに映姫はドキッ、とし慧音は固唾を呑んで二人を見守っている。
「じゃあ何故今まで告白しなかったんですか?」
「へ?」
「映姫さんのその気持ちが嘘偽り無いのに何故、何故告白しなかったのですか?」
「そ、それは……」
「映姫さん。あなたは告白の方法が知りたいんじゃなくて、告白する『きっかけ』が欲しかったんじゃないんですか?」
「う……」
「例え今私が告白の仕方を教えたとしましょう。でも、今のあなたでは絶対に告白できません」
「そ、そんなわけ」
「あります!」
早苗の大きな声に映姫はびくっと体を震わせる。
「今のあなたでは絶対に小町さんに告白できません。今までのように逃げ続けるだけです。
振られるのが怖いんですよね? だから今まで逃げて、それで他人に助けを求めたんですよね?
さっき言ったように、あなたに今必要なのは告白する『方法』ではなく、告白する『きっかけ』です。
私はあなたが自分の気持ちを白黒はっきりつけることを躊躇しているようにしか見えません。
あなたは本当に告白すべきかどうか未だに迷っているんです。その状態ではどんな告白も出来ません」
そこまで話し終え、早苗は一息つくと、
「私が言えることはこれだけです。後はあなたしだいですよ映姫さん」
「…………」
早苗の言葉が事実なのだろう、映姫は完全に黙ってしまった。映姫は早苗の言葉から自分の本当の気持ちに気づいたのだ。
そう今まで自分は逃げていた。小町が、彼女が自分を理解してくれるはずが無いことが、彼女が自分を拒絶することが怖くて、
逃げていた。告白の方法を聞くと言うのも逃げる口実だった。だから今の自分では告白なんてできない、できるはずがない。
だがそれを理解しても体はするべき行動を起こそうとしなかった。解ったからなおさら怖いのだ。するべきことをやって
本当に拒絶されたら……怖くて怖くて考えたくなかった。映姫が口を閉ざしていると、慧音が口を開いた。
「なるほど。映姫殿、どうやら私は間違っていたようだな」
「……え?」
「どうやら昨日はお酒が入っていたからあんなことが言えたのだろうが、今のあなたでは無理そうだ」
慧音はそう言うと立ち上がり、そして映姫の片腕を掴み無理矢理立ち上がらせた。
「だから行こう映姫殿。小町殿の元へ。行って告白しよう。なに、昨日文屋が言っていたように好きって言えばいいだけさ。
たったそれだけ、簡単なことだ」
「で、でも私は……!」
「まだ告白しないと言うなら私たちが無理にでも告白させてみますよ」
そう言った早苗は立ち上がると映姫の隣に行き、慧音とは反対の映姫の腕を掴む。
「え? ちょ、ちょっと待って下さい!」
「いいや、絶対告白させてやるぞ」
「えぇ、絶対告白させてみせます」
映姫の腕を取って二人は境内へと出て行く。
しかし出たところで、彼女はいた。
「……早苗殿。私たちが出来るのはここまでのようだ」
「そうですね。ほら、愛する人が迎えにきましたよ」
境内にいる彼女の姿を確認した二人は映姫の腕から手を離し、背を押した。境内にいたのは映姫の想い人である小野塚小町本人。
しかし小町は目を丸くしていた。恐らく映姫が二人に連れられて出てきたことに驚いたのだろう、しかしすぐに真剣な顔をなると
しっかりとした足取りで映姫に近づいていく。映姫は何も出来ずにただうつむいて立っていることしかできなかった。
逃げ出したい、でも自分の想いも伝えたい、いや伝えなきゃいけない、でもやっぱ逃げたい。そんな葛藤がずっと彼女の中で続いていた。
やがて小町は映姫の目の前まで来た。そして大きく息を吸い込むと、
「昨日はすいませんでした!!」
「……え?」
目の前で大きく頭を下げた。そして口から出たのは謝罪の言葉。映姫は拍子抜けしぽかんと口を開けていた。
ついでにこのとき慧音と早苗は少し離れたところから見ていたが、小町の行動に明日は槍でも降るのか? いやいやおたまじゃくしが
降りますよきっと、などと話していた。ついでにおたまじゃくしなのでもちろん諏訪子様は降って来ないはずなのであしからず。
「昨日は本っ当にすいませんでした! あたいのせいで四季様の心を傷つけ、泣かせてしまったことは本当に反省してます!」
「ちょ、ちょっと小町?」
突然の謝罪に困惑する映姫。だが小町の頭は完全に地面の方に向いてるため映姫の姿が映っていない。だから謝罪を続ける。
「もちろん今まで行った数々のサボりについても反省してます! 明日からちゃんと働きます! 反省文もしっかりと書きました!
だから左遷や異動、クビは勘弁して下さい! あたいは大好きな四季様の元で働いていたいんです! この通り、お願いします!
本当に……」
「小町!」
映姫は大きな声で謝り続けこのままじゃ土下座までしそうだった小町を止めた。映姫の言葉に小町は頭を上げて目の前の映姫を見つめる。
その目には少し涙がたまり、震えていた。
「私からも色々言わしてもらいます」
「は、はい」
大きく息を吸うと、普段のように説教を始める。
「あなたは怠けすぎる。遅刻はもちろん仕事中の居眠りや散歩、どれも目に余る物があります」
「はい」
「そしてあなたは優しすぎる」
「はい……へ?」
条件反射で答えたのだろう、小町は映姫の続いた言葉に一度返事をしたがとぼけた声で聞き返してきた。
それを気にせず映姫は説教を続ける。
「何かと私のことを気に掛けてくれたり面倒をみたりとあなたは私に対して優しすぎる」
「…………」
「その優しさがいけないんです。それが無ければ私はこういう気持ちになりませんでした」
そこで大きく息を吸うと、勇気を振り絞って言った。
「私はあなたのその優しさに恋しました。私はあなたのことが好きです」
その一言、たったその一言だが精一杯の勇気を振り絞った映姫の告白の言葉。
告白された本人は、ポカンと口を開けて目を丸くさせていた。今のが告白の言葉と理解してなさそうな顔だ。
答えを待つ映姫は真っ赤な顔をうつむけて返ってくる小町の返事を今にも逃げ出したい気持ちを抑えながら待っていた。
足が震えている。時が経つのが非常に遅く感じる。でも想いを伝えることが出来たのだ。言った、言い切れた。
これなら例え拒絶されても悔いは無い。でもやっぱ断られるのは怖い。
そんな思考をなんどか繰り返したとき、映姫は小町に強く引き寄せられるとその小柄な体を抱きしめられた。
「よかった~。あたい四季様に嫌われてたらどうしようかと思いましたよ。むしろ両想いだったなんて」
一瞬何が起きたのか理解できなかったが、その言葉だけはしっかりと聞こえていた。
「あたいも四季様のこと大好きですよ」
映姫はそれが彼女の答えだとすぐには解らなかった。だが解った瞬間、何とも言えない気持ちに満たされた。
今までの恐怖は何だったのか、顔から火が出そうな告白をしたのはなんのためだったのか……。
恋なんて終わってしまえば結構あっさりしたものだった。しかも自分が思ってたよりも嬉しい結果でだ。
一体一人で悶々としていた日々は何だったのだろう、こういうことになるならもっと早く告白しておくべきだった、
と今更ながら後悔し、映姫は自分の臆病っぷりに嘆いた。そして今手に入れた幸福に喜んだ。
「あたいにとって四季様ってかけがえのない存在なんですよ。何て言うか見てて危なっかしくて、可愛くて、守ってあげたいって
言いますか……とにかく私も好きでした」
後ろに回されている腕に少し力が入る。そして残念そうな声で呟く。
「あ~あ。謝罪ついでに告白して損しちゃったなぁ」
「へ? 告白?」
「あれ、聞いてませんでした? あたいさっき『大好きな四季様の元で働いていたいんです!』って大声で言ったんですがねぇ」
小町は『結構恥ずかしかったんですよ~』と赤い顔で笑いながら言う。そう言われて彼女の謝罪の言葉を思い出すと、『そういえば
そんなこと言ってましたねぇ』とどうでもいいことのように心の中で呟いた。
『あぁ、自分も告白することをあんなに怖がっていたと言うのに、何をそんなに恥ずかしがっているのだろう』と心の中で呆れたが
すぐにそんなことどうでも良くなった。今はとにかく彼女の温もりの暖かさと、彼女と結ばれた喜びで幸せだったから。
「でも両想いだったなんてなぁ~」
「私も……驚いてます」
「そうですか」
「えっと……小町?」
「何ですか?」
「その……もっと強く抱きしめてください」
「こうですか?」
ぎゅっ
「……暖かいです」
「あたいも……幸せですよ」
お互い顔を赤くして抱き合っているという他人が見たら妬きそうなほどとても幸せそうな空間を作っている二人。
あぁ、こういうときに何か明るい音楽が聞こえてくればとても絵になるのに……と二人が思ったかは定かでは無いが、
カシャ カシャ
何故か聞こえてくるのは甘い空間を増長させる音楽ではなく逆に空間をぶち壊すカメラのシャッターを切る音。二人が揃って音の方を
向くと今までいなかった人物が一人。抱き合う二人のすぐ横からいつの間にいたのか、カメラを構えて写真を撮り続けるのは
射命丸文だった。二人が自分に気づいたのを確認すると構えているカメラを顔から離し、とてもいやらしい笑みを浮かべてこう言った。
「おお、熱い熱い」
瞬間、目にも止まらない、いや映らない速さでどこかへと飛んでいってしまった。もちろん映らなかったのでどっちへ向かったのかは
解らない。どうせ行き先は自宅兼職場だろうが。
残ったのは煙を出しながら顔を真っ赤にする小さな閻魔とやられたなぁ~と呟きながら目の前の幸せに笑みを浮かべる死神のみ。
「ま、待ちなさい!」
「待った四季様!」
今の状況で僅か数秒で思考を回復させた映姫は聞こえるはずも無い静止の言葉を上げ、文を追いかけようとした、が小町に止められてしまった。
「ど、どうしてです!? あの天狗は何を書くか……いや、それどころか私たちのことが幻想郷中に知れ渡りますよ!?」
「いいじゃないですか、どうせなら見せ付けてやりましょうよ。幻想郷公認カップルだなんていい響きじゃないですか」
「た、確かにそれもいいですけど……」
「じゃあそれでいいですよね?」
「う……」
小町の言葉に真っ赤な顔の映姫は腕を組み考え始めた。やがて出た答えは小町の意見が白。つまりこのまんま射命丸のことをほおっておく
ということ。少し不安もあるが、まぁ大丈夫だろうと考えたらしい。
「し、仕方ありませんね。今回はそれでいいです」
「解りました。それじゃあ帰りましょうか。皆が心配して待ってますよ。仕事もありますし」
「は、はい! ……あの、小町?」
「何ですか?」
「手をつないで帰りましょうか?」
「いいですね。それでは」
そう言って手を繋ぐと二人はゆっくりと浮き上がり、皆が待つ彼岸を目指して飛んで行く。
とても仲良く、お互いの手の温もりを感じながら……。
「……完全に私たちの存在を忘れているな」
「ですね。まぁめでたく結ばれたわけですし、よしとしましょうか」
「そうだな」
完全に空気となっていた慧音と早苗は二人の小さくなっていく背中を見ながら苦笑いを浮かべていた。
でも悪い気はしない。結ばれてとても幸せそうな顔をしている二人を見れたのだから。
こうして彼岸で起きた小さな恋の異変は、妖怪の山の神社で無事解決されたのだった。
ついでに、翌日の文々。新聞の見出しは『閻魔と死神の熱愛発覚!?近日中に結婚か?』だったそうだ。
本文は長いので割合させてもらうが主な内容としては『実家にあいさつし終えてる』や『子供は三人欲しい』とか
『すでに夢のマイホームも建設中』など明らかに無いことが書かれていたそうだ。
もちろんこの記事を見た幻想郷の住民達が大騒ぎするのに時間はかからなかった。
「すいません四季様、やっぱ天狗しばきたおしてきます」
「私も行きます。ところで小町?」
「なんです?」
「結婚式はどうします?」
「……洋式でやってみます? 四季様もウエディングドレスを着てみたいですよね?」
「それもいいですね。ところで小町?」
「なんですか?」
「二人の時は『映姫』と呼び捨て、後丁寧口調もやめて欲しいって言ったはずですが?」
「……ごめん映姫」
「それでよろしい」
<HAPPY END>
オロオロしてて嘘つけない四季様かわいいw空気読まずに気を操る美鈴わろたw
続きまってますー