文々。新聞 第百二十四季 皐月の一
『飛べない妖怪に朗報』
妖怪の山でも五本の指に入ると言われる発明女王、河城にとりさん(河童)がこの度、空を自由に飛べない妖怪の為に、地上を高速で走る乗り物を開発したという。
地上を走る乗り物というコンセプト自体は昔からあったものの、動力として用いるものが、馬や犬などの寿命の短い動物であったり、高価な火薬であったため、普及には至らなかった。
今回、にとりさんが新しく開発した「バイク」という乗り物が新しい点は、小型軽量で、動力して用いるものが水であるという点である。
写真では少々わかりにくいかもしれないが、この「バイク」は全て木で出来ている。そして動力となる水は座席の下のタンクに注ぐ。
車輪が二つ、一直線に並ぶという、一見倒れそうで、不安定な構造をしているが、走行中は独楽の原理で真っ直ぐ立って進むことができるらしい。
そしてこの構造こそが、小回りの利く運動性、小型軽量化を実現した秘密だという。
ちなみに、この斬新なデザインは、最近外の世界から山に越してきた守矢神社の巫女(正確には風祝というらしい)を酔わせて聞いた、外の世界の乗り物の話を参考にしたとのことである。
今回、特別なルートにより、この新アイテムを一早く入手することができたMさん(匿名希望)の話を伺うことができた。
「とてもいい買い物をしたと思ってるよ。一回の水補給で走れる距離は二里半とやや短いが、最高時速は五里毎時、歩く速度の五倍だ。
遠乗りするときは、水筒を沢山持っていけばいい(Mさん)」
私もMさんにお願いして試乗させてもらったが、普段飛び慣れている私から見ると、五里毎時という速度はやや物足りなく感じた。
揺れも激しく、乗り心地はお世辞にも良いとは言えない。この課題点について、河城にとりさんに直接尋ねてみたところ、こう述べていた。
「売ったのは試作第一号で、まだまだ改良の余地を残している。乗り心地の悪さや水費の悪さ、最高速度の課題は私も承知している所だよ。
勿論、改善していきたいと思ってるよ。けど、それには道路の整備も必要になるから、ある程度山の社会に普及してからでないと、実現は難しいだろうね」
現在、完成しているバイクはM氏に販売した試作第一号のみである。今後、一般の河童向けに販売する予定はあるのかという点についても尋ねてみた。
「夏には試作第二号の製作、秋には量産体制に入ろうと思っていたんだが。あー。ちょっと面白いモノが手に入っちゃってね。
そっちの研究に時間がかかりそうだから、バイクの量産は暫く延期の予定さ。ん? 暫くってどれくらいかって? うーん、暫くは暫くだよ」
河童は一度発明や研究に没頭すると、時間という概念が薄れてしまう事が多い。何十年、何百年も工房に引き篭もってしまう例も珍しくない。
にとりさんの研究がいつ終わるのかは不明だが、この記事でバイクに興味をもたれた方は、気を充分に長くして待ったほうがいいだろう。
(射命丸 文)
「なるほど、バイクを使っているのは僕一人というわけか」
今朝届いた新聞を読んで、僕はちょっとした優越感に浸る。
珍しいという事は、それだけで物の価値を上げるというものだ。売る気はないけど。
河童ですら持っていない河童の道具、我ながら最良の選択をしたと改めて思う。
願わくば、にとりの研究が順調に進まないよう……いや、じっくりと腰を据えて研究し、是非あれら道具の謎を解明していただきたい。
次があるならエアーコンディショナーでも持って行ってみようか。
――カランカラン
「よう、香霖」
初夏の日差しが厳しいというのに、魔理沙は相変わらず季節感の無い魔法使い服であった。
むしろ日差しを避けることができて、過ごしやすいのだろうか。真似する気はないが。
「今日は何の用だい、魔理沙」
「別に腹は減ってないし、特に用事もないし、勿論買うものも無いぜ」
「そうだろうと思ったよ」
魔理沙が香霖堂を訪れる理由の九割は暇潰しである。今更その事をどうこう言うのも疲れる。
「で、その玩具の木馬みたいなのはなんだ? 馬にしてはちょっと変な形だが」
「ああ、これかい?」
魔理沙は僕の傍らに置いてあった、バイクに目をつけたようだ。
倉庫や外に置いていたら、盗まれやしないかと心配なので、わざわざカウンターまで持ち歩くようにしている。
魔理沙もそうだが、バイクを乗った僕を見た何者かが狙うことだって考えられる。
少々重いが、常に傍らに置いておくのが一番安心である。心配性すぎるかな。
「そいつについては、これでも読んでくれ」
読み終わったばかりの新聞を魔理沙に渡す。
三流新聞か。なんて悪態をつきながら、魔理沙は渋々と新聞を読みだした。
「ふーん。で、これがそのバイクってヤツか」
魔理沙はバイクの上に腰を掛けて、バイクの頭をポンポンと叩く。
タンクはどこだと座席の下を探ったり、どうやって動かすんだと訊ねてきたりと興味津々のご様子だ。
バイクは実用性といい、希少性といい、僕の蒐集したアイテムの中でも最高ランクの一品である。魔理沙が興味を持つのも当然と言えよう。
むしろ、他人の興味を惹くアイテムを所持することこそ蒐集家の本懐であり、誇らしくもある。
だが、興味のあまり、壊したり、盗まれたり、という事態だけは避けなくてはいけない。
僕の経験上、魔理沙に「触るな」と強く言うのは愚策である。かえって魔理沙の蒐集癖を刺激してしまうからだ。
バイクを大切にしていることをそれとなく伝え、まぁ、程々に触らせて満足させてやるのが一番だろう。
「高くついたんだ。頼むから壊したり、持ち帰ったりしないでくれよ」
「香霖のことだから、どうせ売れ残りのガラクタと交換してきたんだろ? 拾ってきたものならタダ同然じゃないか」
「どんな道具だって元を辿れば、全て自然から拾ってきたものだよ。そこに人が手を加えたり、運搬することで価値がつくんだ」
「ようするに、図星なんだろ」
「好きに言えばいいさ。壊したり、持ち帰ったりしなければ文句はない」
例え無縁塚で幾らでも拾える類の道具だとしても、河童にとって貴重品であることには変わりないのだ
当事者同士が合意しているのだから、立派な取引である。魔理沙にとやかく言われる筋合いなど全く無い。
――と言いたいところではあるが、僕が魔理沙に言うのは少々気が引けた。
魔理沙からも、不当に安い条件で宝のような鉄くずを騙し……いや、交渉の末に頂いたことが、何度もあったからな。
「にとりもよくここまで来れたもんだな。人見知りのくせに」
「いや、僕が河童の里に行ってきたんだよ」
この口ぶりからすると、魔理沙もにとりの事をよく知っているらしい。
類は友を呼ぶ、やはり変わり者同士というのは、惹かれ合う定めなのだろうか。
「香霖が? どうやって?」
「文さんに手伝ってもらってね」
「そうか、あいつの手引きか。ふーん、何かお前らって仲良いよな」
疑ってるような、何か不満があるような顔を魔理沙はしていた。
最近気付いた事だが、魔理沙は文の事が苦手なのか嫌いなのか、あまり快くは思っていないようだ。
理由は知ったことではないが、彼女等が店で鉢合わせする事も多い分、少し気になっている。
まあ、店の中で弾幕ごっこなんて事態に至らなければ別にいいのだがね。
「同じ趣味を持った友人といった所かな、彼女は。人ではないけど」
「『売れない商売』って、それは趣味なのか? 何が面白いのか私にゃ理解しかねるぜ」
そういえば、僕にとって友と呼べる妖怪は文だけじゃないだろうか。
元々、人里に棲んでいた事もあって、僕はどちらかというと人間寄りであった。
友と呼べる者も、ほぼ全員が人間、または人間寄りの存在である。
あちらがどう思ってるのかは判らないが、少なくとも僕は文を友として扱うようになっていた。
「なんであいつにだけ「さん」付けなんだ?」
「なんでって……彼女のほうが恐らく年上だからかな? 特に理由は無いよ」
確かに、僕は他人に敬称をつけて呼ぶことが少ない。文に「さん」を付けて呼んだ理由は、単に呼び捨てだと馴れ馴れしいように感じただけの話だ。
妙な話だが、ある程度親しくなると、かえってそういう細かい部分が気になる。
しかし、魔理沙も妙なところに突っかかってくる。なんともやり難い。
「ふーん。まあ、どうでもいいけどな。ちょっとこのバイク乗らせてもらうぜ」
「いいけど外で動かせよ。あと何度も言うようだが壊すなよ」
「心配するな、大事にしてるのはよく解ったぜ」
魔理沙は新しい玩具を手に入れた子供のように(そのまんまか)、バイクを押して店を出て行った。
恐らく、すぐに飽きて戻ってくるだろう。空を飛べる魔理沙にすれば、さほど実用性のある道具ではないのだから。
さて、僕はそろそろコラムの執筆に取り掛かろうか。彼是一週間も書いていなかったな。
――おーい、香霖! これ動かないぞ?
店の外から魔理沙が大きな声で訊ねてきた。
「ああ、水が切れてるんだろう! 昨日乗ったばかりだからな!」
――わかった!
ドタドタと魔理沙は店に戻り台所に駆け込む。
「店の中を走るな!」
「あー。悪い悪い! ちょっとこの瓶借りてくぜ」
魔理沙のこういう所は昔っから変わっちゃいない。持っている知識、魔力に関しては既に人並み外れているというのに。
里の同年代の子供と比べても、些か子供っぽいように思える。
普通の魔法使いを自称している魔理沙だが、これだけ変わらないのは、やはり珍しい部類なのだろうと思う。
――おー? 動いた動いた!
十年後の魔理沙はどう成長しているのだろう?
バイクを楽しそうに乗り回す魔理沙を見ていると、ふとそんなことを考えてしまった。
案外、別人のように大人びているのかもしれないし、今とまるで変わっていないのかもしれない。
二十年、三十年後ともなれば、流石の魔理沙も少しは変わるかもしれないな。
いずれにせよ、僕にとっては短い年月である。
魔理沙のこんな無邪気な様子を見れるのも、今だけなのかもしれない。
そんな考えに至ってしまい、少し寂しくなった。
十五分程で、魔理沙はバイクに飽きて戻ってきた。
「うーん、やっぱり遅いな。しかも振動が激しくて、座ってるとお尻が痛いぜ…」
「新聞に書いてある通り、空を飛べない者のための道具だからな」
「ふらふらしてて運転も難しいぜ。よくこんなもの乗ってられるな、香霖」
「そうかい? 割と簡単に乗れたぞ」
空を飛ぶほうが余程難しく、バランス感覚の良さが必要だと思うのだが、そういうものでもないのか。
「なんだよ、ニヤつきやがって」
「いやいや、魔理沙より僕のほうがバランス感覚が良いのかな、なんて事思ったりしてないさ」
「腹立つ言い方だな。まぁ、空も飛べないヤツの僻みだと思って聞き流してやるぜ」
「得手不得手というヤツだよ。そう、気にするな」
「気にして無いって! まあ、バイクにゃ飽きたし、帰るとするか」
魔理沙が帰り、改めて執筆作業に取り掛かろうと考えていたら、原稿に使う紙が足りなくなっていた事に気が付いた。
――こうなっては仕方ない。里に買出しに行かねばなるまい。
里まではおよそ一里、気軽に歩いていくには少々面倒な距離だが、バイクを使えば片道十二分足らずで済む。
この一週間、僕はこうやって理由をつけてはバイクを乗り回していた。
水はさっき魔理沙が補給したばかりだから、水筒二本分も持てば充分だろう。
「ん? どうしたんだお前、調子いいじゃないか」
走り始めてすぐ、バイクの調子が良いことに気が付いた。
いつもよりも速度が出るのだ。これならば十分で里までついてしまうかもしれない。
「そうか、やはり持ち主が誰か判っているんだな」
乱暴なヤツに扱われて、バイクも鬱憤が溜まっていたのだろう。
その鬱憤を晴らすような素晴らしい走りである。なんとも可愛らしいではないか。
僕はすこぶる上機嫌で、鼻歌など歌いながら里までの道のりを走っていった。
異変に気付いたのは、五分ほど走った頃だろうか。
――調子が良いとばかり思っていたが、何かおかしい……。
どうも真っ直ぐに走らない。左に右に、ハンドルが取られてしまう感触、それが段々と激しくなってきた。
まるでバイクが酩酊してるような……。どこか故障したのだろうか、少なくとも、昨日まではこんな現象起きた試しがなかった。
魔理沙か? そういえば、ふらふらするなんて言っていたような――
――しまった!!
そう思ったときにはもう、僕の体はバイクから投げ出され宙に浮いていた。
(続く)
まさかバイク、酔っ払ったのか
酒かwwwwwwバイク酔っぱらうのかwwwww
深刻そうな魔理沙とおもちゃを手に入れて浮かれている霖之助ですね。
なーんていうのは嘘で、故障ですなw
文が霖之助を発見してくれますように・・・
幻想郷の不思議な日常風景に引き込まれてます
なんか文霖に萌える者じゃなくても問題なく楽しめますよね
カップリング敬遠している人が題を見て読んでないかもしれないと思うと、
ちょっともったいないw
それはともかく次回も楽しみにしています!
正座してまってますね!
あわてんぼうさんwwww
>2 さん
お待ちくださって本当に有難う御座います。
なるべく早く次をた出したいと思います
>3 さん
ウフフ、お待ちくださって有難う御座います
本編読んでると、割と霖之助も子供っぽいとも大人気ないとも言える気がします。
>4 さん
スーパーカブあたりなら酒どころか水でも動きそうな気がしないでもない。
>5
凄く嬉しいコメント有難う!
タイトルに関しては…実の所、コレは無いわとか思いつつ、他に案が無かったのでなし崩しに。
>6 時空や空間を翔る程度の能力さん
いつもご感想有難う御座います
飲酒運転が幻想郷入りするのは早すぎたかもしれない