外から入ってくる陽射しに心地良さを感じる。
既に季節は春も半ばに達していて神社やここの直ぐ近くにある桜も既に花弁を舞散らしたばかりだ。
これから1年間は花見を行なう事は殆ど無いと落胆したが、同時に希望のような物がありそれが起こらないか待ち侘びた事もあった。
具体的に言えば紫の我侭、魔理沙やその他魔法使いによる実験、もしくはあの半霊の子がまた春を集めて桜を咲かしてくれるのかもしれない。
だが残念な事か如何かは置いといて結局どれも迷惑極まりない事は確実なのだ。
巻き込まれたら何れにせよロクな事が大口を開けて待ち受けている事だろう。
諦めた僕は来年の桜を楽しみにしながら何となく見た本のページを捲る事にした。
いい具合に入ってくる風が非常に心地良く、まるで布団に包まっている時を彷彿とさせる温度が僕を取り巻いている。
今日も店を閉めて昼寝でもしようか、と思わせるには十分な環境条件。
瞼も徐々に重みを増し、本を持つ手にも力が無くなって行くのを感じた。
やはり今日も昼寝しよう。
結論にあっさりと達した僕は誘惑に誘われるように布団へと向かうが、
「おーっす!」
「――いっ!?」
具体的に言えば魔理沙に箒による体当たりをぶちかまされた。
視点はぐるぐる回り新商品のやたら大きい冷蔵庫が見えたかと思うと背中に衝撃が走り、重力に逆らえずに地面と接吻する羽目と相成った。
とりあえず店の中にまで突っ込むのは最早今更だが僕を吹き飛ばすのは一体如何言う了見だろうか。
「おーおー今日はいい天気で風もいい感じに吹いていてお散歩日和だよなぁ香霖!」
「そうだね、間違い無く今日という日は僕に体当たりを仕掛ける日ではなかった筈だよ」
箒についた砂埃を払い、目印でもある黒い帽子を深々と被りなおす魔理沙。
少なくとも罪悪感は一切背負い込んでいないように見えた。
だから尚更僕の機嫌が悪くなったのは殊更言う必要も無い。
衝撃で余計散らかった商品を見て思うところがあったがそれも今更な事なので無視する事にして、
痛みが残る腰をあてがい、椅子にどっしりと座り込む。
最近入荷したこのチェアーは殆ど腰に負担が掛からない読書家に最適な一品であると外の世界の広告にのっていたが、
それを今実感する羽目になるとは思いもしなかった。
「いやいや、NEETの如く引きこもっている香霖を店から引き吊り出すにはぶちかました方が良かったと思ってな、即座にそれを実行しただけだぜ」
「つまり、よーし今日は香霖を吹き飛ばして散歩にでも連れて行くか~とか気持ちの悪い独り言を呟いていた訳だね? 君との付き合い方を考えたくなったから今日は帰ってくれないか」
「お、なんか今日は機嫌が悪いな。何か悪い事でもあったのか?」
「何処かの誰かさんが、肌身離さず持つ様になった物の作者に対して体当たりをぶちかました挙句に御免の一言も無しにグダグダグダグダ屁理屈をこねている事に堪忍袋の尾が切れただけだよ。だから帰れ」
「だが断る。でも断るぜ」
控えめな胸を張ってふんぞり返る魔理沙を無視して店を見渡す。
案外そこら辺はキッチリしているらしく、店自体にこれといった被害が見受けられなかったのは幸いだが。
「で、何か言う事は?」
「今日の味噌汁は味が薄いぜ?」
「やっぱり帰れ」
反省の色はやはり彼女に存在しなかった。
「…それで何か用事かい?」
「いや、野暮用と何となく来ただけだぜ。所で何か面白い物は入荷したか?」
「最近は余り無いね。どれもこれも興味を引くものは無いよ」
店内を指差して言う。
とはいっても大半の貴重品や非売品の多くは隠してあるので店内には置いてない。
この手が魔理沙に通用するとは思えないがありきたりなこの方法でも少なくとも被害を抑えることは出来る。
事実飛び込んできた魔理沙と貴重な商品が衝突するという事は未だかつて無い。
「香霖ウソは良くないぜ? 大方倉庫当たりに何か隠しているんだろ」
「強いて言えば最近は山の河童の子も拾って回っているみたいだから大方めぼしい物は先回収されているのだろうね」
「そうか、なら永遠亭にでも行くか」
「先の展覧会準備で周辺の警護が恐ろしい程厳しくなっている様だよ。とりあえず止めて置くと良い」
「ふーん。私には関係無いな」
「なんでも大屋敷に土足で入り込んで窃盗を働いた不肖の輩が居るそうだよ。なんでも光学迷彩からはみ出したブロンドと黒い帽子を手掛かりに捜索しているらしい。運が良かった事に何も盗まれなかった様だけど」
「…私には関係無いな」
「何で2回言うのかな」
「……大事なので2回言いました」
「……とりあえず止めて置くと良い」
「2回目だぜ」
「大事なので2回言いました」
それはともかく、と魔理沙はドロワーズから何かを取り出して僕に見せ付けてきた。
何かと言うのは非常に見慣れたものが見果てられた姿に成り下がっていたからと言う他無い。
詰まる所ミニ八卦路が無残な残骸となって魔理沙の手のひらの上で鎮座していた。
「直せ。1週間以内でな」
「今更だけど人に物を頼む態度じゃないだろう、それに時間も足りないから無理だよ」
「何でだ?」
本気で頭上にクエスチョンマークを浮かべて不思議そうに首を傾げている。
第一に折角狒々色金に差し替えた場所も、原型の炉も全てが全て駄目になってしまっている。
どれほどの無茶をしでかしたかは知らないが少なくとも僕の許容範囲を超えていたので、
「魔理沙」
「どうした?」
「いい加減にしないか」
――昔懐かしの拳骨で答える事にした。
ところで怒りという物を詳しく知っている人はいるだろうか?
怒りとは欲求が満たされない場合における行動の一つ。
比較的単純なもので、動物や妖怪の多くでも似たような反応を見ることが出来る。
例えば犬を叩けば吠えられたり、猫の尻尾を引っ張れば引っ掛かれる…などだ。
怒りは、生物的な反応としては低次の反応でもあることから、様々な様式の複雑化がみられる。
それら怒りは非常に強い感情でもあることから、これを昇華して他の行動欲求に振り分ける者も見られる。
例えば、貧しいことから周囲に蔑まれた者がその扱いに怒りを感じ、社会的な成功を勝ち取るなどは、
物語に於ける青春物語でもしばしば好まれる題材であるが、
世の中から蔑まれるのも自分に至らぬ点があるからだと自らの在り様に憤慨して努力する者もいる。
正に僕の今の状況だ。
唖然とした様子で僕を見上げる魔理沙を凛とした目で睨みつけてはっきりと今言うべき事を僕は思慮していた。
どうやら魔理沙も僕が本気で怒っている事に気付いた様で普段の憎まれ口を吐き出す口はしっかりと紡がれている様だった。
「魔理沙、君が反省すべき点は何処で僕が怒っている理由は何だと思う?」
知らず知らずのうちに声に力が篭っていて、
その状況にも拘らず僕の頭は一線を維持しているように非常に冷静だった。
「……無茶な頼み事をした」
「それで全部かい」
「香霖の店の商品をまた盗ろうと思ったし、勝手に香霖の御飯食べた」
「そうだね。それも勘弁して欲しい事だ」
「それと香霖に体当たりして謝ってなかった」
「それは半ば何時もの事だからそれ程気にしてない。それでも止めて欲しいけれどね」
「えっと……」
昔、魔理沙の実家に弟子入りしていた頃を何となく思い出す。
あの時の魔理沙は泣き虫で、甘えん坊で今みたいにオドオドしていた。
今では考えられないと先程まで考えていたけれど案外今も昔も変わらないものだとよくよく思う。
目じりに涙を浮かべてしおらしく必死に考え込む、
そんな彼女を久しく眼にしていなかったし眼にするつもりも早々無いが、それとこれとは話は別と言うもの。
「些か最近の君は無鉄砲過ぎる」
僕が怒っている理由は主にこの一言に尽きる。
出来る限り張り上げたい声を殺して淡々と、語る。
「最近また実験に失敗して家を爆破していただろう。
それを取り替えそうと言う気持ちは分かるけれど、また実験の為に材料集めに態々危険な場所に奔放と出かけているだろう?
妖怪の山の自警団に睨まれている立場である君が自由に山に侵入している辺り危険だと思わないのか?
それ以前に窃盗とかその手の事を君にはして欲しくないと考えているけれど、最近までは目を瞑っていたよ。
だけど最近君は無鉄砲で明らかにやり過ぎてる。八卦路がここまで壊れるまで君は一体何をしていたんだ?
沢山の相手を傷付けて傷ついて、一体何をしたかったんだ?君は怪我がしたいのか!」
始終声を殺すのは無理で、途中から声を張り上げてしまう。
「こ、香霖?」
「……済まない、叩いてしまったのはやり過ぎたと思う。だけど僕は君に自分の身を案じて欲しいんだ」
こちらの事が伝わったようで魔理沙もふざけた態度は起こさない。
霧雨家にて修行していた頃から、彼女が赤ん坊の頃そうだけれど魔理沙は他人が本気で怒ると言う行為に対して敏感な所がある。
だから然るべき時には真剣に聞いてくれると言う訳だ。
……魔理沙が怒りに機敏に反応する様になったのは大半僕の所為なのは本人も知らない事だろう。
その怒られた張本人は妙におどおどしい態度をとり手をこまねいている。
表情は俯いていて良く見えないが、真っ赤になった彼女の耳が表情を想像させるには十分だ。
しかし流石にやり過ぎたか……?
「……ごめん」
そう言い残して彼女、普通の魔法使い霧雨魔理沙はその場から居なくなった。
それから、閑古鳥が鳴くと評される店内は閑古鳥すら鳴くことがなかった。
と言うよりは僕の耳に届いていないのだろう。
唯ひたすらに一枚一枚本の頁を捲るのだけれど、その本の内容は少しも頭に入ってこない。
魔理沙が来なくなってから十日にもなる今日は大体時期的に何時も何時もの場所へ仕入れを行なっているのだが、
今日は気分も、体調も、気持ちもそれを行なうには余りに足りなさ過ぎた。
唯沈黙しか存在し得ない店内に頁を捲る音だけが、
いや、音さえも耳に入ってこない。静寂のみだ。
風の噂、と言うよりは新聞に表記された噂なのだが。
噂によると今日、紅魔館の蔵書が2年ぶりに戻ってきたらしい。
全ての棚が埋められた光景を見て図書館の魔女は何故か床に伏してしまったらしいが何故なのだろうか。
それと、永遠亭での展覧会も今日無事に終了したそうだ。
何分今回は失態と言う失態や突発的な事故も無く平和に事を収めたらしい。
その代わり打ち上げに現れた不死鳥が酔った永遠亭の主人と供に永遠亭付近の竹林を薙いで回ったらしい。
……物理的に。
僕の耳に入って、目に入って思った感想は特にこれと言って無かった。
「退屈だな」
思ってもいない事を口に出して発してみる。
誰も居ない店内にそれを聞く者は誰も居ないし、なにより聞かれたくも無かった。
案の定誰にも聞かれなかった様で安堵の溜息を付く。
はて、今の溜息は本当に安堵だったのだろうか。
はてまた彼女が訪れない事に関して僕自身が発した罪悪感なのだろうか。
うやむやに悩んでいると十日振りに戸が開く音が聞こえた。
どうやら客らしい。
目元の本から目を退けて、来客者へと目を向ける。
そこには何時も変わらぬ元気な恋の白黒魔法少女の姿があった。
というか体当たりには慣れてきてるのかw
>香霖!
何て分かり難くて
誤字報告
>今日はいい天気で風邪もいい感じに
>有限実行
人の話聞けやゴラァ!てめえらは犯罪者だろボォケがぁ!と常々思っていましたが
久々に道理に叶った真っ当なSSに出会えた気がします。
つまり何が言いたいかと言うと、魔理沙はそんなDQNじゃないよ!霖之助超GJ!!
誤字に関して全く気にならない人間なのですが、この場合、捕らえ方によってはすごく挑発的な意味になると思うので直したほうがいいかもしれませんよ;