「はっ。やっ。せいっ」
師匠と同じように体を動かしているけど、同じ音はでない。
師匠の拳や蹴りはもっと鋭い音を出すんだけどなぁ。体のふらつきだってない。流れるような動きは、演舞のようで見ていて飽きのこない最上の娯楽でもある。村の人も師匠の演舞を楽しみにするくらい。宴会ではいつもリクエストされるくらいだ。
私のこれは硬くぎこちない。これだと何年経っても師匠と同じように動けそうにない。
でも師匠は言ってくれる。自分も少しずつ上手くなっていたんだ。だから焦ることはない。貴方も少しずつ上達してるからって。
大好きな師匠がそう言ってくれたんだ。信じて頑張れる!
今は何度も反復練習あるのみ!
「はっ。やっ。せいっ」
食料を買い込みに出かけた師匠が帰ってくるまで、同じ動作を繰り返す。
汗が出て、息もきれて、動くことが辛くなる。争いなんかないから急ぐ必要はない。でも師匠に一歩でも近づきたいから一生懸命になる、頑張れる。
そうやっていると、家の前にある下り坂から師匠の帽子がひょっこりと見えた。星マークに龍という文字が刻まれた帽子だ。そして徐々に体全体が見えてきた。鮮やかな紅の髪を風に流れるままにして、両手に抱えた大量の食材もなんのその、村一番どころか国一番の美貌と武力を持つ師匠。
「お帰りなさい!」
特訓を止めて声をかける。
それに師匠は笑顔で応えてくれた。
「ただいま。いい子にしてた飛鈴?」
私の名は紅飛鈴(ホンフェイリン)、紅美鈴の一番弟子だ。
師匠の荷物を半分持って家に入る。私は半分だけでも重さとバランスの悪さにふらつくのに、師匠は二つ持っても平然としていた。さすがだ。強くて綺麗しかも優しく気配りに長けていて、私の憧れ。
師匠のようになりたいと、同じ格好をして髪も伸ばそうとしているけど、なれそうにない。師匠と一緒に暮らし始めて早三年。髪は同じくらいに伸びたんだけどなぁ。
家の中に入ったので、帽子は外してテーブルに置く。師匠と同じ格好をしていると言ったけど、帽子の文字だけは違う。龍じゃなくて夢。
これは忘れないようにするため。この楽しく素晴らしい生活に浸りきって、自分の役割を忘れないために夢と書き込んだ。
「なに難しい顔をしているの」
「え? いやなんでもないです! ちょっと疲れただけで」
「そう? ご飯作るから汗を流してきたら?
今のままだとべたついて気持ち悪いでしょ?」
「そうします」
師匠の言葉に素直に頷く。私も女の子だし、汗の匂いをいつまでも漂わせたくない。
ささっと汗を流してしまおう。そして料理の手伝いをするのだ。料理も師匠がいれば楽しい。
着替えを用意して素早く汗を流していく。急いだおかげか師匠はまだ調理の最中だった。
「手伝います!」
「ゆっくりしてていいのに」
「手伝いたいから」
「じゃあ、竹の子を千切りにしてくれる?」
「はいっ」
卵スープに入れる具を切っていく。調理も師匠に教えてもらっている。こっちは武術よりは上達している。
トトトトっとリズミカルに切っていく音に満足感を覚える。機嫌よく鼻歌なんか歌ってたら、師匠も一緒に歌いだした。
二人だけのコンサートが料理のできるまで続いた。
日が暮れて家の周りは暗い。家は山の中にあるからなおさらだ。今日は月は出ておらず、明かりのついた家から少し離れると満天の星空を見ることができる。何度も見てるものだから特別感動はしないけど、見飽きるものでもない。
ご飯は食べたし、片付けもした。風呂に入って、布団も敷いたから、あとはもう寝るだけ。布団はもちろん師匠の隣。
布団に入って、明日も楽しい一日になると、当たり前のように思いつつ目を閉じる。
夢を見るのは好き。寝ていても師匠と一緒にいられるから。そういうふうに設定しているとはいえ、満足できるから仕方ない。夢の中で夢を見るというのもおかしな話かもしれないけど。
目を閉じて五分くらいした頃、まだ寝ていなかった師匠が話しかけてきた。そこにいつもの柔らかな感じはない。どこか硬さを帯びた声だった。
「ねえ飛鈴」
「なんですか?」
目を開けて隣を見ても師匠は天井を見たままこっちを見ない。
「私がいなくなったらどうする?」
「……いなくなったら?」
ゆっくりとその言葉を受け入れる。
大好きな師匠がいなくなる?
師匠と出会ったとき以外、そんなこと考えたことなかった。ずっとずっと師匠と一緒にいるって当たり前のように思っていたから。
だから最初に沸いた感情は拒絶。
「嫌です! 私は師匠とずっと一緒にいるっ」
「飛鈴は頑張り屋だから、もう私がいなくても大丈夫だと思うんだけど」
「師匠が一緒だから頑張れるんですっ。師匠と一緒だと楽しいからっ。
もしかして師匠いなくなるんですか!?」
だってまだ気付いてないはずっ。そんなそぶり全くなかった。
ようやく師匠がこっちを向いてくれた。その表情は微笑み。その中に少しだけ困った色が混ざっている。
その微笑みだけを浮かべて何も答えてくれない。
「私は生まれてからずっと師匠だけでっ。その師匠がいなくなったら私……消えてなくなっちゃうっ」
これは師匠にずっといて欲しいのなら言ってはいけないこと。でも思わず口に出ていた。
それだけ言って布団を頭から被る。今は師匠の顔を見れそうにない。
怖くて泣きそうで縮こまっていたら、いつのまにか寝てしまい、朝になって師匠に起こされた。今日は夢も見なかった。
夜の会話がなかったかのように師匠はいつもどおり。
その様子に次第に不安は薄れて、あっというまにいつもどおりの日々が過ぎていった。
そして七日経った。
瞑想をしている師匠のそばで型をなぞっていると、組み手をしようと誘われた。
これは特別なことじゃない。何度もしてる。ただいつも上手くいなされてかすることすらないけど。
そろそろ一発くらい当てたいと思う。
「「お願いします」」
少し距離を開けて向かい合い、一礼。私は教えてもらった型を構え、師匠は半身になって立っている。特に構えはない。
でもそこに隙がないことはよくわかっている。いつもそこから私の攻撃をいなすのだから。
数打ちゃ当たると攻めていく、師匠はそのずべてを避けていなしていく。そのくせ師匠の手は軽く私に触れていく。私も避けようとするんだけど、避けた先に手があったりで避けきれないものが多い。
それでも私も成長しているということなのか、フェイントと囮を使って師匠をぐらつかせ隙を作ることに成功した。それを見逃さずにすかさず手を出す。
当たるっと思った攻撃は、とっさに反応した師匠にかするだけで終った。
「かすった! 初めて当たりました! やあったあああっ!」
かすったとはいえ初めて師匠に当てることができてはしゃぐ。
そんな私を師匠は微笑ましそうに見ていた。でもその表情が引き締められる。
とても嫌が予感がした。
「飛鈴。私はそろそろ起きようと思う」
それだけで最後なのだとわかった。
世界にひびが入る音がした。
「ど、どうしてですか?」
幾多の意味を込めて問う。
なぜ夢の中だとわかったのか? いつ気付いたのか? なぜ今なのか? 幸せに設定してある夢からなぜ覚めるのか? 私を捨てるのか?
「始めから違和感はあったの。世界中から世界自体から私と同じ気が感じられるんだもの。
でもそのことを疑えないようなっていた。だから瞑想して気を高めて抵抗しながら調べていた。
そのときにただ一人私とは違う気を持つ子をみつけた。それが飛鈴あなた。
こんなことしている狙いがわからないし、慕ってくれるから悪い気しなくて一緒に暮らしてた。実際、楽しい生活だったし」
だったらなんで起きようなんて。
「飛鈴気付いてる? 世界がだんだん小さくなってることに。そして少しずつあなたの力が小さくなってることに」
「え?」
言われて世界に意識を飛ばす。師匠の言うとおり、夢の世界が縮んでいた。今の生活が楽しくて管理が疎かになってた?
でも私自身の力は減ってない。
「組み手のときに触るたび、私の気をわけてたから衰弱とかはしてないはず。それでも力が減っていくのは止められなかったけど」
そんなことしてくれたのか。ありがとうございます。
「夢だと気付いたのは。ちょっとした怪我したときかな。
少し意識を別のことに向けたら、跡形もなく治ってるから驚いてね。
私は頑丈で怪我の治りは早いけど、それでも数秒で治るなんてことはないから。
以前明晰夢を見たことがあってね、そのときに一度だけ同じことが起きたから気付けた」
目を覚まさないようにしてたのに、夢がヒントになるなんて皮肉もいいとこ。
「気付いてすぐに起きなかったのはどうしてですか?」
「弟子を一人前にしてあげたかったから。
せっかく慕ってくれるのに、なにも残さず去るのはね。
そのときはまだ時間あったし」
今は時間ないみたいな言い方。世界が壊れる前に脱出したいのかな?
「そろそろお嬢様たちが心配するでしょうし……」
心が冷えていく。
私よりも外にいる人たちのほうが大切なんだ。
私と一緒にいて楽しいって言ってくれたのに。
暗い感情が湧き上がる。力を振り絞って夢の中に閉じ込めてやろうと思いつく。そしたら世界が壊れても一緒にいられるもの。いままでみたいな楽しい生活はできないけど、一緒にいられないよりもまし。
うん、きっとこれはいい考え。
でもそんな想いは続けられた言葉で消え去った。
「それに、手遅れになる前に手をうっておきたかった。
パチュリー様ならあなたが消えずにすむ方法を知っていると思う」
「……私のため?」
「可愛い弟子が消えるのは師匠として見過ごせないからね」
私のことも忘れないでいてくれた。それどころか、私のことを考えて助けるために起きて動いてくれる。
嬉しさで涙が溢れた。そのまま師匠に抱きつく。泣きじゃくる私を抱きしめて頭を撫でてくれる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
何度も謝る。夢の世界に閉じ込めようなんて考えたことを。師匠にとっても自分にとっても最悪の選択肢を選ぼうとしたことを。
外に帰る師匠を見送る。
少しずつ透明になっていく師匠を見送ることに不安はない。ちゃんと想われているとわかったから。
完全に師匠が消え去ったあと空を見上げる。雲一つない蒼い空。師匠が綺麗だと言ってくれた私の髪と同じ色の空。
無理に世界を維持する必要はなくなったから、家の周りを残して消した。でも空だけは消してない。あの空は外に通じる空。消してしまうと外と行き来ができなくなってしまう。
「師匠、すぐに会えますよね?」
一人きりの世界に呟きが消えていった。
目を開けると咲夜さんが私の手を握ってました。
「おはようございます」
「め、美鈴?」
驚いた表情の咲夜さんは久しぶり。
咲夜さんに会うのも三年ぶりですか。いや、夢とは時間の流れが違うんだっけ?
「お嬢様たち呼んでくるわね!?」
そう言って能力も使わずに部屋を出て行きました。
「体がなんかだるいです」
鈍ってる?
お嬢様たちが来るまでストレッチでもしてましょうか。
ゆっくりと体を動かしていると、遠くからどたばたと音が聞こえてきて、徐々に近づいてきて壊れそうな勢いで扉が開けられた。
「遅いじゃないの!」
いきなりお嬢様に怒られました。その表情はほっとしたものですが。それは咲夜さん、妹様、パチュリー様、小悪魔さんも同じでした。パチュリー様だけは走ったことで顔色が悪い。
「どれくらい寝てました?」
「三週間よ」
咲夜さんが答えてくれた。体がだるいのは寝すぎかぁ。寝るのは好きだけど、そんなに寝たことはなかった。
パチュリー様がいるのはちょうどいい。すぐに聞いてみましょう。
「パチュリー様」
「なに?」
息を整えて返事をしてくる。
「私の中にいる子を助けたいんですけど、どうすればいいんでしょう?
なにかいい考えないですか?」
難しい顔して黙り込んでしまいました。できないんでしょうか? それは困ります。
「どうして助けたいの?」
「弟子を助けたいと思うのは師匠として当たり前ですから」
その答えに呆れた顔をされた。おかしなことは言ってないですよね?
「あなたは本当なら最大でも一週間で起きるはずだった」
私に何が起こるかわかってたような口ぶりです。
「でもその期日を過ぎても起きるそぶりすら見せなかった。
永遠亭で買った胡蝶夢丸が効きすぎたのかと思ったけど、調べていくうちに人造夢魔が邪魔してるとわかった。あとあなた自身が起きることを望んでいないということも」
「えーと胡蝶夢丸とか人造夢魔とかって? 夢魔は飛鈴のことだってわかるんですが」
「フェイリン? 名前をつけるくらい仲良くなったのね」
呆れがいっそう強くなる。
「始めから説明するとね。あなたが眠り続けたのは私の仕業で、指示したのはレミィなのよ」
「なんでそんなことを?」
「忠誠心を試すためよ。
幸せな夢を見ても、私のことを第一に考えるのなら夢に囚われることなくすぐに目覚めるはずよ。
それなのにあなたときたら三週間も眠りっぱなしで!」
「それは建前で、嫉妬が本音よ」
「ちょっとパチェっ」
お嬢様のあとに続いたパチュリー様があっさりと本音をばらす。
でも嫉妬と言われてもよくわかりません。
「寝る前に氷精や宵闇の妖怪とかばかり相手してレミィの相手してなかったでしょう?
それで自分は大切に想われてないのかと思ったレミィが、私に考えたことの実行を頼んだのよ」
そういえばチルノちゃんたちばかり相手してましたっけ。
「お嬢様のことは大切に想ってますよ。もちろんほかの方々も」
「当主を大事にするのは当たり前よ」
顔が赤いですね。照れてますか?
「話を戻しますけど、飛鈴を助けることは?」
「可能よ。ちょっと時間はかかるけど。
人造夢魔は短期間夢を制御するためだけに作ったのよ。三週間の制御は想定してなかったから、負担で弱っているんでしょう。
そんなになっても夢を維持し続けたということは、よほど好かれたのね。
今夜から毎晩一週間図書館にきなさい」
「助かるんですね」
よかったぁ。ほっと胸をなでおろす。
「美鈴、仕事貯まってるわよ。休んだ分きちんと働きなさい」
「私とも遊んでねっ」
「無事でよかったです」
咲夜さんと妹様と小悪魔さんが順番に話しかけてくる。
大切な話は終ったと判断したから話しかけてきたんでしょう。
パチュリー様は準備があると言って図書館に戻る。小悪魔さんはそれを手伝うようで、一緒に戻った。
私は部屋に残った三人と夢の中の話を中心に話していた。
今日までは休みということらしいです。
その夜、夢の中で飛鈴に助かると告げたら、また泣き出してしまいました。
一週間後、門番隊に新しい子が入りました。
誰かは言わなくてもわかりますよね。
空色の髪を持った子です。
夢の中っていう狭い世界だけじゃなく、もっと広い世界を見て感じて、生きることをもっと楽しんでくれたら師匠としては言うことはないです。
師匠と同じように体を動かしているけど、同じ音はでない。
師匠の拳や蹴りはもっと鋭い音を出すんだけどなぁ。体のふらつきだってない。流れるような動きは、演舞のようで見ていて飽きのこない最上の娯楽でもある。村の人も師匠の演舞を楽しみにするくらい。宴会ではいつもリクエストされるくらいだ。
私のこれは硬くぎこちない。これだと何年経っても師匠と同じように動けそうにない。
でも師匠は言ってくれる。自分も少しずつ上手くなっていたんだ。だから焦ることはない。貴方も少しずつ上達してるからって。
大好きな師匠がそう言ってくれたんだ。信じて頑張れる!
今は何度も反復練習あるのみ!
「はっ。やっ。せいっ」
食料を買い込みに出かけた師匠が帰ってくるまで、同じ動作を繰り返す。
汗が出て、息もきれて、動くことが辛くなる。争いなんかないから急ぐ必要はない。でも師匠に一歩でも近づきたいから一生懸命になる、頑張れる。
そうやっていると、家の前にある下り坂から師匠の帽子がひょっこりと見えた。星マークに龍という文字が刻まれた帽子だ。そして徐々に体全体が見えてきた。鮮やかな紅の髪を風に流れるままにして、両手に抱えた大量の食材もなんのその、村一番どころか国一番の美貌と武力を持つ師匠。
「お帰りなさい!」
特訓を止めて声をかける。
それに師匠は笑顔で応えてくれた。
「ただいま。いい子にしてた飛鈴?」
私の名は紅飛鈴(ホンフェイリン)、紅美鈴の一番弟子だ。
師匠の荷物を半分持って家に入る。私は半分だけでも重さとバランスの悪さにふらつくのに、師匠は二つ持っても平然としていた。さすがだ。強くて綺麗しかも優しく気配りに長けていて、私の憧れ。
師匠のようになりたいと、同じ格好をして髪も伸ばそうとしているけど、なれそうにない。師匠と一緒に暮らし始めて早三年。髪は同じくらいに伸びたんだけどなぁ。
家の中に入ったので、帽子は外してテーブルに置く。師匠と同じ格好をしていると言ったけど、帽子の文字だけは違う。龍じゃなくて夢。
これは忘れないようにするため。この楽しく素晴らしい生活に浸りきって、自分の役割を忘れないために夢と書き込んだ。
「なに難しい顔をしているの」
「え? いやなんでもないです! ちょっと疲れただけで」
「そう? ご飯作るから汗を流してきたら?
今のままだとべたついて気持ち悪いでしょ?」
「そうします」
師匠の言葉に素直に頷く。私も女の子だし、汗の匂いをいつまでも漂わせたくない。
ささっと汗を流してしまおう。そして料理の手伝いをするのだ。料理も師匠がいれば楽しい。
着替えを用意して素早く汗を流していく。急いだおかげか師匠はまだ調理の最中だった。
「手伝います!」
「ゆっくりしてていいのに」
「手伝いたいから」
「じゃあ、竹の子を千切りにしてくれる?」
「はいっ」
卵スープに入れる具を切っていく。調理も師匠に教えてもらっている。こっちは武術よりは上達している。
トトトトっとリズミカルに切っていく音に満足感を覚える。機嫌よく鼻歌なんか歌ってたら、師匠も一緒に歌いだした。
二人だけのコンサートが料理のできるまで続いた。
日が暮れて家の周りは暗い。家は山の中にあるからなおさらだ。今日は月は出ておらず、明かりのついた家から少し離れると満天の星空を見ることができる。何度も見てるものだから特別感動はしないけど、見飽きるものでもない。
ご飯は食べたし、片付けもした。風呂に入って、布団も敷いたから、あとはもう寝るだけ。布団はもちろん師匠の隣。
布団に入って、明日も楽しい一日になると、当たり前のように思いつつ目を閉じる。
夢を見るのは好き。寝ていても師匠と一緒にいられるから。そういうふうに設定しているとはいえ、満足できるから仕方ない。夢の中で夢を見るというのもおかしな話かもしれないけど。
目を閉じて五分くらいした頃、まだ寝ていなかった師匠が話しかけてきた。そこにいつもの柔らかな感じはない。どこか硬さを帯びた声だった。
「ねえ飛鈴」
「なんですか?」
目を開けて隣を見ても師匠は天井を見たままこっちを見ない。
「私がいなくなったらどうする?」
「……いなくなったら?」
ゆっくりとその言葉を受け入れる。
大好きな師匠がいなくなる?
師匠と出会ったとき以外、そんなこと考えたことなかった。ずっとずっと師匠と一緒にいるって当たり前のように思っていたから。
だから最初に沸いた感情は拒絶。
「嫌です! 私は師匠とずっと一緒にいるっ」
「飛鈴は頑張り屋だから、もう私がいなくても大丈夫だと思うんだけど」
「師匠が一緒だから頑張れるんですっ。師匠と一緒だと楽しいからっ。
もしかして師匠いなくなるんですか!?」
だってまだ気付いてないはずっ。そんなそぶり全くなかった。
ようやく師匠がこっちを向いてくれた。その表情は微笑み。その中に少しだけ困った色が混ざっている。
その微笑みだけを浮かべて何も答えてくれない。
「私は生まれてからずっと師匠だけでっ。その師匠がいなくなったら私……消えてなくなっちゃうっ」
これは師匠にずっといて欲しいのなら言ってはいけないこと。でも思わず口に出ていた。
それだけ言って布団を頭から被る。今は師匠の顔を見れそうにない。
怖くて泣きそうで縮こまっていたら、いつのまにか寝てしまい、朝になって師匠に起こされた。今日は夢も見なかった。
夜の会話がなかったかのように師匠はいつもどおり。
その様子に次第に不安は薄れて、あっというまにいつもどおりの日々が過ぎていった。
そして七日経った。
瞑想をしている師匠のそばで型をなぞっていると、組み手をしようと誘われた。
これは特別なことじゃない。何度もしてる。ただいつも上手くいなされてかすることすらないけど。
そろそろ一発くらい当てたいと思う。
「「お願いします」」
少し距離を開けて向かい合い、一礼。私は教えてもらった型を構え、師匠は半身になって立っている。特に構えはない。
でもそこに隙がないことはよくわかっている。いつもそこから私の攻撃をいなすのだから。
数打ちゃ当たると攻めていく、師匠はそのずべてを避けていなしていく。そのくせ師匠の手は軽く私に触れていく。私も避けようとするんだけど、避けた先に手があったりで避けきれないものが多い。
それでも私も成長しているということなのか、フェイントと囮を使って師匠をぐらつかせ隙を作ることに成功した。それを見逃さずにすかさず手を出す。
当たるっと思った攻撃は、とっさに反応した師匠にかするだけで終った。
「かすった! 初めて当たりました! やあったあああっ!」
かすったとはいえ初めて師匠に当てることができてはしゃぐ。
そんな私を師匠は微笑ましそうに見ていた。でもその表情が引き締められる。
とても嫌が予感がした。
「飛鈴。私はそろそろ起きようと思う」
それだけで最後なのだとわかった。
世界にひびが入る音がした。
「ど、どうしてですか?」
幾多の意味を込めて問う。
なぜ夢の中だとわかったのか? いつ気付いたのか? なぜ今なのか? 幸せに設定してある夢からなぜ覚めるのか? 私を捨てるのか?
「始めから違和感はあったの。世界中から世界自体から私と同じ気が感じられるんだもの。
でもそのことを疑えないようなっていた。だから瞑想して気を高めて抵抗しながら調べていた。
そのときにただ一人私とは違う気を持つ子をみつけた。それが飛鈴あなた。
こんなことしている狙いがわからないし、慕ってくれるから悪い気しなくて一緒に暮らしてた。実際、楽しい生活だったし」
だったらなんで起きようなんて。
「飛鈴気付いてる? 世界がだんだん小さくなってることに。そして少しずつあなたの力が小さくなってることに」
「え?」
言われて世界に意識を飛ばす。師匠の言うとおり、夢の世界が縮んでいた。今の生活が楽しくて管理が疎かになってた?
でも私自身の力は減ってない。
「組み手のときに触るたび、私の気をわけてたから衰弱とかはしてないはず。それでも力が減っていくのは止められなかったけど」
そんなことしてくれたのか。ありがとうございます。
「夢だと気付いたのは。ちょっとした怪我したときかな。
少し意識を別のことに向けたら、跡形もなく治ってるから驚いてね。
私は頑丈で怪我の治りは早いけど、それでも数秒で治るなんてことはないから。
以前明晰夢を見たことがあってね、そのときに一度だけ同じことが起きたから気付けた」
目を覚まさないようにしてたのに、夢がヒントになるなんて皮肉もいいとこ。
「気付いてすぐに起きなかったのはどうしてですか?」
「弟子を一人前にしてあげたかったから。
せっかく慕ってくれるのに、なにも残さず去るのはね。
そのときはまだ時間あったし」
今は時間ないみたいな言い方。世界が壊れる前に脱出したいのかな?
「そろそろお嬢様たちが心配するでしょうし……」
心が冷えていく。
私よりも外にいる人たちのほうが大切なんだ。
私と一緒にいて楽しいって言ってくれたのに。
暗い感情が湧き上がる。力を振り絞って夢の中に閉じ込めてやろうと思いつく。そしたら世界が壊れても一緒にいられるもの。いままでみたいな楽しい生活はできないけど、一緒にいられないよりもまし。
うん、きっとこれはいい考え。
でもそんな想いは続けられた言葉で消え去った。
「それに、手遅れになる前に手をうっておきたかった。
パチュリー様ならあなたが消えずにすむ方法を知っていると思う」
「……私のため?」
「可愛い弟子が消えるのは師匠として見過ごせないからね」
私のことも忘れないでいてくれた。それどころか、私のことを考えて助けるために起きて動いてくれる。
嬉しさで涙が溢れた。そのまま師匠に抱きつく。泣きじゃくる私を抱きしめて頭を撫でてくれる。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
何度も謝る。夢の世界に閉じ込めようなんて考えたことを。師匠にとっても自分にとっても最悪の選択肢を選ぼうとしたことを。
外に帰る師匠を見送る。
少しずつ透明になっていく師匠を見送ることに不安はない。ちゃんと想われているとわかったから。
完全に師匠が消え去ったあと空を見上げる。雲一つない蒼い空。師匠が綺麗だと言ってくれた私の髪と同じ色の空。
無理に世界を維持する必要はなくなったから、家の周りを残して消した。でも空だけは消してない。あの空は外に通じる空。消してしまうと外と行き来ができなくなってしまう。
「師匠、すぐに会えますよね?」
一人きりの世界に呟きが消えていった。
目を開けると咲夜さんが私の手を握ってました。
「おはようございます」
「め、美鈴?」
驚いた表情の咲夜さんは久しぶり。
咲夜さんに会うのも三年ぶりですか。いや、夢とは時間の流れが違うんだっけ?
「お嬢様たち呼んでくるわね!?」
そう言って能力も使わずに部屋を出て行きました。
「体がなんかだるいです」
鈍ってる?
お嬢様たちが来るまでストレッチでもしてましょうか。
ゆっくりと体を動かしていると、遠くからどたばたと音が聞こえてきて、徐々に近づいてきて壊れそうな勢いで扉が開けられた。
「遅いじゃないの!」
いきなりお嬢様に怒られました。その表情はほっとしたものですが。それは咲夜さん、妹様、パチュリー様、小悪魔さんも同じでした。パチュリー様だけは走ったことで顔色が悪い。
「どれくらい寝てました?」
「三週間よ」
咲夜さんが答えてくれた。体がだるいのは寝すぎかぁ。寝るのは好きだけど、そんなに寝たことはなかった。
パチュリー様がいるのはちょうどいい。すぐに聞いてみましょう。
「パチュリー様」
「なに?」
息を整えて返事をしてくる。
「私の中にいる子を助けたいんですけど、どうすればいいんでしょう?
なにかいい考えないですか?」
難しい顔して黙り込んでしまいました。できないんでしょうか? それは困ります。
「どうして助けたいの?」
「弟子を助けたいと思うのは師匠として当たり前ですから」
その答えに呆れた顔をされた。おかしなことは言ってないですよね?
「あなたは本当なら最大でも一週間で起きるはずだった」
私に何が起こるかわかってたような口ぶりです。
「でもその期日を過ぎても起きるそぶりすら見せなかった。
永遠亭で買った胡蝶夢丸が効きすぎたのかと思ったけど、調べていくうちに人造夢魔が邪魔してるとわかった。あとあなた自身が起きることを望んでいないということも」
「えーと胡蝶夢丸とか人造夢魔とかって? 夢魔は飛鈴のことだってわかるんですが」
「フェイリン? 名前をつけるくらい仲良くなったのね」
呆れがいっそう強くなる。
「始めから説明するとね。あなたが眠り続けたのは私の仕業で、指示したのはレミィなのよ」
「なんでそんなことを?」
「忠誠心を試すためよ。
幸せな夢を見ても、私のことを第一に考えるのなら夢に囚われることなくすぐに目覚めるはずよ。
それなのにあなたときたら三週間も眠りっぱなしで!」
「それは建前で、嫉妬が本音よ」
「ちょっとパチェっ」
お嬢様のあとに続いたパチュリー様があっさりと本音をばらす。
でも嫉妬と言われてもよくわかりません。
「寝る前に氷精や宵闇の妖怪とかばかり相手してレミィの相手してなかったでしょう?
それで自分は大切に想われてないのかと思ったレミィが、私に考えたことの実行を頼んだのよ」
そういえばチルノちゃんたちばかり相手してましたっけ。
「お嬢様のことは大切に想ってますよ。もちろんほかの方々も」
「当主を大事にするのは当たり前よ」
顔が赤いですね。照れてますか?
「話を戻しますけど、飛鈴を助けることは?」
「可能よ。ちょっと時間はかかるけど。
人造夢魔は短期間夢を制御するためだけに作ったのよ。三週間の制御は想定してなかったから、負担で弱っているんでしょう。
そんなになっても夢を維持し続けたということは、よほど好かれたのね。
今夜から毎晩一週間図書館にきなさい」
「助かるんですね」
よかったぁ。ほっと胸をなでおろす。
「美鈴、仕事貯まってるわよ。休んだ分きちんと働きなさい」
「私とも遊んでねっ」
「無事でよかったです」
咲夜さんと妹様と小悪魔さんが順番に話しかけてくる。
大切な話は終ったと判断したから話しかけてきたんでしょう。
パチュリー様は準備があると言って図書館に戻る。小悪魔さんはそれを手伝うようで、一緒に戻った。
私は部屋に残った三人と夢の中の話を中心に話していた。
今日までは休みということらしいです。
その夜、夢の中で飛鈴に助かると告げたら、また泣き出してしまいました。
一週間後、門番隊に新しい子が入りました。
誰かは言わなくてもわかりますよね。
空色の髪を持った子です。
夢の中っていう狭い世界だけじゃなく、もっと広い世界を見て感じて、生きることをもっと楽しんでくれたら師匠としては言うことはないです。
泣きそうになってるお嬢様萌え