平凡なお話です。
ある日のこと…
そよ風が蚊帳を揺らす。冷たい風が肌に当たると気持ちよく、腕や足がだんだん布団からはみだしていく。じきに布団をけとばしてしまう。
「風邪をひくからちゃんと布団をかぶれ」
といわれるけれど、暑くて我慢できない。慧音はすやすやと眠っている。こっそり蚊帳をくぐり、縁側へ出て風にあたった。
「ああ、救われた」
布団を出ただけで涼しい。縁側の床に寝そべり、ひんやり冷たい木に肌をぺたりとつけて眠りに落ちた。
目覚め方はとんでもなかった。軒の風鈴の紐がちぎれ、妹紅の額に落ちて砕けた。破片が散らばる音で目を覚まし、慧音は起き上がろうとしてのけぞり倒れる。
「もこう…?わっ」
額から血を流しながら妹紅は腹を抱えた。
「あはは、慧音、なにやってんの」
這いずり蚊帳を出てきた慧音は血を見てぎょっとする。
「妹紅、血が」
「あー、」
床に血がたれてしまい、額をおさえるが大量に出血している。額は血が多く出る場所だ。
「大丈夫か?横になってて」
「うん」
素直に従う。慧音は浴衣の裾を引きずり駆けていく。
水をためた桶と布を持ち戻ってきた。妹紅の頭を持ち上げ、ひざの上にのせ、しぼった布で妹紅の血をふいた。
傷口は浅く、出血は止まった。
「薬と傷バンを取ってくる」
「あ、いいよ。すぐに塞がるから」
妹紅は傷の治りがはやい。傷の程度で治るまでの時間も予測できる。この傷なら五分もかからないと思った。
「ああ、でも、大丈夫?」
それでも慧音は妹紅を心配する。こんな慧音に、妹紅はつい甘えたくなる。
「ちょっと痛むから、治るまで、ふいててくれない?」
慧音はうなずき、布をぬらししぼる。治れ治れ、とつぶやくように、丁寧に傷をぬぐう。妹紅は気持ちが良かった。
「ありがとう」
「構わんよ」
と慧音は微笑む。
「今までも、いろいろと面倒をみてくれたり」
「ん」
「慧音、たくさん助けてくれて。えっと、本当にありがとう」
妹紅の頭をなで、優しく、
「どういたしまして」
と笑みをうかべる。妹紅も笑って恥ずかしさをごまかす。
割れた風鈴は以前の縁日に、慧音が買ったものだった。短冊がついていて、無病息災の願いの文字が書かれている。風鈴の破片を掃き集めて、短冊を拾い、妹紅はポケットにそっとしまった。
風鈴は青いガラスで、赤い紐がついていた。この色の組み合わせが慧音は好きなのだろう。服装も帽子も青と赤だ。慧音は風鈴を気に入っていた。
夜、蚊帳を釣るし、灯りを吹き消して、妹紅は、
「ちゃんと布団で寝ます」
と言い布団に入った。
「布団と風鈴は関係ないが?」
「でもこりました」
慧音は暗がりのなかでにやりと笑った。
「こんどは雨風にあうかもな」
「ひええ」
「風邪をひいたらまた看病してやろう」
「ちぇっ。おやすみ」
妹紅にかぶさる布団をなで、おやすみとささやき、慧音は自分の布団に入る。戸外で風邪がざわめき、涼しい夜だった。
朝、風はおだやかで、空は暗い。
妹紅は昼に食べる魚を釣りに行き、帰ってきてから、魚を焼く慧音のうしろで、
「今日、遠くの村で縁日があるって里の人が言ってたんだ」
と話した。
「ちょっと行ってきていい?」
慧音は窓の外を見た。暗い雲が分厚く重くたれている。
「いいが、天気が崩れるかわからないぞ」
「天気がかわりそうになったら戻るよ。すこし遊んでからすぐ帰る」
「じゃあ、行ってくるといい」
昼食を食べて妹紅は出かけた。傘を持たせようとすると、子供みたいだ、と文句を言いながらしぶしぶ受け取った。
しばらくして風が吹き荒れはじめ、木戸をがたがたと鳴らす。木戸を閉めてまわっているうちに雨がふりはじめ、横殴りの雨をふせぐため、家中の戸を閉ざさなければならなかった。
傘を持たせたがこの雨では濡れてしまうだろう、と慧音はタオルを用意して待つが、なかなか帰ってこない。心配になり表の戸を開けると、駆けてくる妹紅の姿が見えた。
妹紅は水をしたたらせ玄関に入る。戸を閉め、慧音からタオルを受け取り体を拭く。
「傘飛ばされちゃった」
「大変だったな。それにしても遅かったじゃないか」
慧音はもう一枚タオルを持ち、妹紅のうしろで髪をふく。
「目当ての店がみつからなくて…」
と、くしゃみをする。
「風邪をひいたんじゃないか?」
「ひいてないよ」
慧音が妹紅の額にさわろうとすると、手首をつかまれた。その手の平がすこし熱い。
妹紅を部屋へ引っぱって行き、あたたかめの服に着替えさせ、布団を敷いて無理矢理寝かせた。
「とりあえず安静にしていろ。それに、疲れたろう。休むんだ」
「だから風邪なんてひいてないってば」
反抗しつつも、雨の中駆けてきて体温を奪われ、疲れが重なり布団にぐっと沈み込んだ。
慧音は卵と野菜で雑炊をつくった。盆に雑炊と水のコップを載せ妹紅の枕元に置いた。妹紅が起きて食べるそばで慧音も食べた。
「まさかまた看病されるなんて」
「本当になぁ」
「おかしいな。これくらいで風邪をひいたことないのに」
「昨日縁側で寝たのが元になったんだろう」
「ああ、そうかも」
食べ終わり食器を片付け、部屋に戻った慧音に妹紅は小さな箱を差し出した。
「開けてみて」
箱に入っていたのは、今朝砕けた風鈴とおなじ、青のガラスと赤い紐の風鈴だった。
「妹紅、これは」
「あの風鈴、気に入っていたでしょ、慧音。だから」
午前に里人から縁日のことを聞き、妹紅は、慧音が風鈴を買ったのとおなじ店があれば、風鈴もおなじものを求められるかと思い、縁日へ行ったのだった。
箱から出すと、短冊が二枚ついている。
一枚は、これまであった「無病息災」。もう一枚には、「いつもありがとう」と書いてある。
「ありがとうって言っても、慧音、構わないってさらっと言うからさ。なんというか、改めてお礼に、ごほっ」
一度せきをしてから、続ける。
「なんか、看病のお礼みたいにいなっちゃったけど」
慧音は風鈴と妹紅を交互に見つめた。
「妹紅、うれしいよ」
「うん・・・」
「ありがとう」
「慧音にお礼言われても、」
「ははは。なあ、これからも面倒をみてやるからな」
「え」
うしろから妹紅を抱きしめる。
「うわわ」
妹紅はすこしもがいたが、頭をなでられて静まる。
慧音の手に持っている風鈴を取り、紐をつまむ。
「今日はだめだけど、晴れたら吊るそう」
「うん」
「紐、強く撚ってもらったから…」
千年以上も苦痛に生き、枯渇していたものを、素直に私に求める妹紅がいとおしい。千年の孤独の殻に閉じこもっていた妹紅に接せられることがたまらなく嬉しい。自分というものがあるかぎり、妹紅を包み続け、あたためつづけたい。そう願う。今、そうしていられることが幸せだ。
千年の年月の生命はひたすら飢え、生命には渇望という意味しか与えられなかった。それは無駄な生命だったかもしれない。しかし永遠に続いていくこの生命の、無意味な一部分によって、今のこの時間はとてもあたたかく、幸福に満たされている。慧音がいる時間。永遠の生命の、この時のためだけに、千年の無意味は有意義となり、慧音がいなくなってから後も、千年と今この時間は最高の意味を持ち続けるだろう。
「慧音、ありがとう」
このバカップルめw
>肌寒いです
そちらはどこっすか!?
なんか胸がじんわり温かくなるような良い話だった。
誤字はっけーん。
〉赤い日もがついていた。
次の作品も楽しみにしてます。