不審者を見かけた。不祥この小野塚小町、三途の川渡しをやって永いが、ここまで真っ向から怪しい人物にはとんと覚えがない。笠を目深にかぶって口元を赤い布、スカーフだろうか、で隠している。
「何やってんスか、四季様?」
びくりとして振り返る怪しい人物。しかも上司だった。
この人とことん厳格な方で、伊達や酔狂でこんな奇っ怪な格好はすまい。何せ閻魔様と来たもんだ。んじゃ明確な意志を持ってこの怪しい格好か、怖。
「ななな、なんの事ですか。こま、じゃなくてそこの人」
普段嘘を吐かない人が吐くと、まぁぼろの出ること出ること。
「仮にも地獄の判官が嘘を吐いてよろしいんで?」
どうにも顔がにやつくのが抑えられない。何せ普段から説教されっぱなしの相手だ。たまにこんな事でもあったら嫌でもにやけちまう。
まあ、おおむねあたいが九割九分九厘まで悪いのだが。
「それに子供の霊なんて食い入るように見つめちゃって~」
これは普通にやばい、怪しい。外見年齢は若いが、一体いくつ生きてるか判らんお人だし。とは言え、まさかそんな趣味はないと思いたい、流石に。
四季様は、なにやら追いつめられた犯罪者のような顔をしている。今にも私がやりましたとでも言いそうなくらいに。カツ丼なんてあったかね。
「ぐ。あなたの言うとおりですね……」
血でも吐くような重々しい声を吐き出し、懐に手をやる四季様。やべ、証拠隠滅か。と思ったがいくら何でもそりゃ無いか。取り出したのは小瓶だし。
「何スか、それ?」
「針千本糖衣Aです。飲み込むと千本の針になります」
四季様はざらざらと手元にその何とやらAを乗せると、上を向いて、
「ちょ、わ、待った待った! 目の前でそんなえぐいもん飲まないでくださいよ!」
「止めないでください小町! これは夜摩天でありながら偽証した私への罰なのですから!」
*
「はー、はー……」
何とか止めた。疲れた。死ぬほど疲れた。何でここまで強情なんだ。
「あなたがここまで止めるのならば、致し方ありません。あとで飲むとしましょう」
飲むのかよ。
「それはともかく何でそんな怪しい仮装をしてきてるんです?」
変装とは認められねー、絶対に。
「仕方ありませんか。これはオフレコですよ」
諦めたような顔で、こそこそと伝えてくる。
何でも三途の川渡しのシステムに、幼子に対する不備があったらしい。そりゃもう大昔から。そこの穴埋めを直接閻魔様方が担ってるそうなのだが、彼岸の法制に反するらしい。何で修正しないんだかね。
「それも協議されましたが、死神たちの仕事量がパンクするという試算が遙か昔に為されました。あなたのような怠け者は言うまでもなく、真っ当な死神たち含めてです」
じろりとした目であたいを睨め付ける地獄の判官様。やっべ、これは説教行きのパターン。
「と、ところでその仕事量はどれくらい増えるんです?」
何とか話題を変えようとするあたい。
「おおよそ数十倍と云ったところですか。これに長期の研修期間が加わります」
意識が飛んだ。
「お仕事ご苦労様です」
石の河原に頭をこすりつけて土下座するあたい。絶対あたいにゃ無理だ、死ぬ、滅びる、消滅する。おおよそ仕事中毒とかいう次元を超えてるぞ、この人ら。その上、何で自分らに罰まで科してるんだ。
「違反は違反ですからね。結果が良ければ何をしても良い、と言うのでは秩序は成り立ちません。むしろ歪な制度を未だ改善できない、我々への罰と言えるでしょう」
罰を前提に行動するのもあまり誉められたことではないのですが、と付け加える。
真面目すぎだ、この人。肩の力を抜けと言いたいが、呼吸するように自然なこの堅さには刃が立つとは思えない。
それに数十倍の仕事は死ねる。
「それじゃあたいは見て見ぬふりをしておきますから、これで」
しゅたっと踵を返すあたい。がしりと肩を掴む四季様。
「お待ちなさい小町。その前にこの霊の多さは何です?」
あたいの背中を、だらだらと冷や汗が流れる。やっぱ無理か、誤魔化すの。さようなら休息、こんにちはお説教。
「仕・事・は・い・つ・す・る・の・か・し・ら?」
「きゃん!」
「何やってんスか、四季様?」
びくりとして振り返る怪しい人物。しかも上司だった。
この人とことん厳格な方で、伊達や酔狂でこんな奇っ怪な格好はすまい。何せ閻魔様と来たもんだ。んじゃ明確な意志を持ってこの怪しい格好か、怖。
「ななな、なんの事ですか。こま、じゃなくてそこの人」
普段嘘を吐かない人が吐くと、まぁぼろの出ること出ること。
「仮にも地獄の判官が嘘を吐いてよろしいんで?」
どうにも顔がにやつくのが抑えられない。何せ普段から説教されっぱなしの相手だ。たまにこんな事でもあったら嫌でもにやけちまう。
まあ、おおむねあたいが九割九分九厘まで悪いのだが。
「それに子供の霊なんて食い入るように見つめちゃって~」
これは普通にやばい、怪しい。外見年齢は若いが、一体いくつ生きてるか判らんお人だし。とは言え、まさかそんな趣味はないと思いたい、流石に。
四季様は、なにやら追いつめられた犯罪者のような顔をしている。今にも私がやりましたとでも言いそうなくらいに。カツ丼なんてあったかね。
「ぐ。あなたの言うとおりですね……」
血でも吐くような重々しい声を吐き出し、懐に手をやる四季様。やべ、証拠隠滅か。と思ったがいくら何でもそりゃ無いか。取り出したのは小瓶だし。
「何スか、それ?」
「針千本糖衣Aです。飲み込むと千本の針になります」
四季様はざらざらと手元にその何とやらAを乗せると、上を向いて、
「ちょ、わ、待った待った! 目の前でそんなえぐいもん飲まないでくださいよ!」
「止めないでください小町! これは夜摩天でありながら偽証した私への罰なのですから!」
*
「はー、はー……」
何とか止めた。疲れた。死ぬほど疲れた。何でここまで強情なんだ。
「あなたがここまで止めるのならば、致し方ありません。あとで飲むとしましょう」
飲むのかよ。
「それはともかく何でそんな怪しい仮装をしてきてるんです?」
変装とは認められねー、絶対に。
「仕方ありませんか。これはオフレコですよ」
諦めたような顔で、こそこそと伝えてくる。
何でも三途の川渡しのシステムに、幼子に対する不備があったらしい。そりゃもう大昔から。そこの穴埋めを直接閻魔様方が担ってるそうなのだが、彼岸の法制に反するらしい。何で修正しないんだかね。
「それも協議されましたが、死神たちの仕事量がパンクするという試算が遙か昔に為されました。あなたのような怠け者は言うまでもなく、真っ当な死神たち含めてです」
じろりとした目であたいを睨め付ける地獄の判官様。やっべ、これは説教行きのパターン。
「と、ところでその仕事量はどれくらい増えるんです?」
何とか話題を変えようとするあたい。
「おおよそ数十倍と云ったところですか。これに長期の研修期間が加わります」
意識が飛んだ。
「お仕事ご苦労様です」
石の河原に頭をこすりつけて土下座するあたい。絶対あたいにゃ無理だ、死ぬ、滅びる、消滅する。おおよそ仕事中毒とかいう次元を超えてるぞ、この人ら。その上、何で自分らに罰まで科してるんだ。
「違反は違反ですからね。結果が良ければ何をしても良い、と言うのでは秩序は成り立ちません。むしろ歪な制度を未だ改善できない、我々への罰と言えるでしょう」
罰を前提に行動するのもあまり誉められたことではないのですが、と付け加える。
真面目すぎだ、この人。肩の力を抜けと言いたいが、呼吸するように自然なこの堅さには刃が立つとは思えない。
それに数十倍の仕事は死ねる。
「それじゃあたいは見て見ぬふりをしておきますから、これで」
しゅたっと踵を返すあたい。がしりと肩を掴む四季様。
「お待ちなさい小町。その前にこの霊の多さは何です?」
あたいの背中を、だらだらと冷や汗が流れる。やっぱ無理か、誤魔化すの。さようなら休息、こんにちはお説教。
「仕・事・は・い・つ・す・る・の・か・し・ら?」
「きゃん!」
閻魔=地蔵菩薩説から笠地蔵との掛け言葉ですか? 等と邪推してみる。
地蔵尊は、水子の導き手ですから、さもありなむと思ってみたり。
やっぱり優しいえーき様を見ると、物凄く幸せになりますね。
こっちのままだけでも充分面白いのですが、やっぱちょっともったいない気がします。