コタツっていいな、と幽々子は思う。
なんと言っても、このぬくもりがたまらない。
こうして卓に頬つけ脱力しているだけで、時間がゆるゆると過ぎてしまう。
まるで催眠術でもかけられた心地。
冷えた足先から侵食し、頭を桃色に染めてしまう。
「――さ、寒……っ」
けれどそれはいつもであればの話。
今は少しばかり事情が違ってた。
目の前の障子は両側に開かれて全開に。びょうびょおと寒風が吹き付ける。いくら身体を縮ませてもまるで足りない。
凍えた妖精たちが「あったかーい」と言わんばかりに擦り寄った。
その威力を前にしては、コタツと言えども太刀打ちできない。
吐く息が透明なことは一度も無く、常に白で色付けされてた。
――私、まるで機関車みたいだわ。
そんな連想すらしてしまう。
コタツから得た熱を、口から吐き出す装置である。
このまま座っていたら動力とギアが咬み合って、そのうちコタツごと走り出すかもしれない。
寒空の下、ぼぉーぼぉーと大量の白煙を吐き、平原を滑走する己の姿を幻視した。
……ちょっとカッコいいと思った。
「っ!」
まるでツッコミのタイミングで風が吹き付けた。
身を震わせ、たまらず布団を肩まで引っ張り上げる。
「まだ……なのかしらね……」
そして呟く。
声ですらも凍ってしまいそうだった。
――戸を開けっ放しにしているのには、もちろん理由があった。
意味も無くこんなことをするはずが無い。
通常であれば頭ごとコタツに入り込み。「妖夢ー妖夢ー」と繰り返し呼んで戸を閉めさせ、外からの寒波を遮断する所なのだが(幽々子自身が閉めるだなんて行為は想像すらしない)、今回ばかりはそれをしてはいけないのだ。
そう、今日は大晦日。
いや、日付の上で言えばすでに正月である。
太陽は暮れて久しく、闇夜のどっぷり満ちた時刻である。
外とは反対方向の台所では、出汁の豊かな香りや、包丁で刻む音がする。
聞こえる音程の外れた鼻歌や、忙しなくパタパタと動く足音――
すべて妖夢が奏でているものだ。
この楽しげな様子を見るに、おせち料理は期待して良さそうだった。
幽々子は卓に頬を付けたまま、にへー、と思わず顔を緩ませる。
あと数十分もすれば、それらはこの上に乗るのである。
ヨダレが垂れた所で、誰が自分を責められよう?
軽く「んっ」と弾みをつけ、頭を上げる。
そうだ、と頷く。この寒さの中、自分が待っているのは違う理由だ。
――おせちも楽しみだけど、今年は何なのかしら?
黒々とした景色の向こうから、風が吹き荒れ、肌に噛みついた。
身をすくませたくなるような寒さだったが、そこはぐっと我慢する。
今日は一年に一度、忍耐を試される日でもある。
負けてなるものかと前方を睨む。
普段であればそんなことはしないものだが、『これ』には、そうするだけの価値があった。
+++
幻想郷の初日の出は一味違う。
一般に見られるような厳粛さや威厳なんてカケラも無く、ただひたすらに、ワクワクと胸を高鳴らせるイベントだった。
どちらかと言えば、かくし芸を見る感覚に近い。
どんな演目なのか、まったく見当のつかない、予想外が約束された芸である。
そう、ここは幻想郷。
疎密を操る鬼が天蓋をかち割り、月を破砕できるような場所なのだ。
『外』の常識なんて通用しない。
『内』には別個の理(ことわり)がある。
まして内外を隔てる結界を敷いているのは、幽々子の友人でもある『彼女』である。
初日の出が当たり前なわけがなかった。
――今年はなにかしら、ね。
うふ、と笑う。
昨年のことを思い出す。
あの時、太陽の代わりに初日として昇ってきたのは『餅』だった。
太陽と同じ大きさの、それはそれは巨大な『お餅』が、ゆっくりと昇って来たのである。
ぷくー、とふくらんだ様子も愛らしく、焦げた部分が香ばしそう。
それが昇り、真上を通過し、沈んでいった。
さんさんと輝いては冬の寒さを押し退け、やがて、もの悲しくも真っ赤に染まり、地平へと消えゆく…………餅。
サブリミナル効果だろうか、いつも以上に食べてしまった。
餅を見ながら餅を食うのも、なかなかオツだ。
ともあれ毎年毎年、初日の出では、奇抜なものが朝日の代わりとして昇るのだ。
楽しみにせずにはいられない。
一昨年は、三頭身の萃香が満面の笑みで踊りながら現れた。
その前は墨痕も鮮やかな『愛』の一文字が浮上した(もちろん燦々と輝きながら)。
はるか昔には、式の式になったばかり橙が、たどたどしく挨拶をしたこともあったし、慧音が一日かけて歴史の講義を行った事もあった(これは一部の例外を除き酷く不評だった。例外は「め、眼鏡!? 慧音が眼鏡をー!?」と叫んだ不死人だけである)。
――ああ、けれど、インパクトという点では八雲藍には勝るものはないだろう。
実は以前、彼女は臆病とすら表現できる恥かしがり屋だった。
家事をせっせと行い、滅多に表に出ず、面と向かって話したことすら無かったと記憶している。
凛々しい顔とは裏腹に、とてもシャイで内気だったのだ。
……これのままではいけないと、しかし、その主は考えたのだろうか。
ショック療法こそが最短!
獅子は我が子を千尋に突き落とすのだ! とばかりに『初日』に登板させたのだった。
嫌々であるのは、傍目にも明らかであり、誰もが無理だと考えた。
日の出直後、予想通りひたすら当惑し、モジモジと指を動かしては目尻を潤ませ、顔を隠すように俯くだけ。
けれどしばらく時間が経つと――午前九時ぐらいになるとその様子が変化した。
今でも覚えている。
『人格』がスイッチを切り替える瞬間を。
目が徐々に、異様な輝きを帯び出した。
呼吸も荒く、身体の芯を燃やす『何か』に途惑い、やがて表情に理解が浮かんだ。
見られている→ああ、なんて恥かしい……! が、
見られている→ああっ! な、なんて私は恥かしいんだ………………ふふ……っ! に。
文字通り『式』が変わった。
入力と出力との関係が変化した。
真冬の只中であったにも関わらず彼女は暑そうな素振りを見せはじめ、十時ごろ、ついに一枚目を脱ぎ出した。
それはまさに羽化の時だった。
服が減る度に、その表情は自信と恍惚に染め上げられ、光量も増した。
クライマックスは、仁王立ちになりながら『最後の一枚』に手をかけた所で八雲紫の止めが入り、主従の仁義なき弾幕戦が展開した時である。
そこには恥かしがり屋だった彼女はいない。
いるのは、一個のスッパテンコーであった。
色々な意味で驚いたものだ。
頬杖をつく。
――今年は、どんなのが来るだろう。
いつも予想しては外れてしまう。
見ると地平はうっすらと色付き、新たな『何か』が昇ろうとしていた――
・・・燦然と輝く紅魔郷体験版ディスク、とか。
血を見るな、これは。
>見られている→ああっ! な、なんて私は恥かしいんだ………………ふふ……っ!
これほどまで的確に変態の心理描写に成功している作品も珍しい・・・・・・・・・・・・・・・ふふ・・・・・・っ!