風は真っ直ぐに吹かない。何れも彎曲し、蛇行し、異様なうねりを見せている。何故か? 熱気のためである。この幻想郷――地下闘技場に渦巻く、夥しい気迫のためである。
幻想郷最大トーナメント。幻想郷の真の強者を極めるべく開催されたこのトーナメントは、今当に一回戦を迎えようとしていた。観客の興奮は頂点に達した。あちらこちらで火花が飛び散り、熱気に当てられた数名の観客は早や失神――場内は絶えず訪れる不可解な余響に終始揺らいでいるようにさえ見えた。
そして時刻は零時零分丁度。実況、香霖堂店主・森近霖之助はマイクを握り締め、高らかに宣言する。
『これより幻想郷最大トーナメント、第一回戦、第一試合を開始致します!』
怒号が飛んだ。歓声はもはや正体を失くし、うねり返る魔力そのものと化したように、場内は異様な色彩、歪曲、音声に包まれた。霖之助はそれを沈めるように腕を振るう。試合場の一方へ、鮮やかにその手を差しのべた。
『赤コーナーより七色の人形遣い、友達が居ない? それが何? グダグダぬかすと蹴っ飛ばすぞ! 今日も一人でグランギニョール! アリス・マーガトロイドの入場です!』
逆光を受け、アリス・マーガトロイドが人形を引き連れながら入場する。彼女は中央に立ち尽くすと、ブラシを取り出し、傍らの人形の髪を梳き始めた。まるでこれからの相手など、意に介さないかのように。
『続いて青コーナー、闇に蠢く光の蟲、ゴキブリじゃないと何度言えば分るんだ? もういいよゴキブリで! しかし明日から貴様の台所は覚えていろ! ホイホイじゃ私は止められない、リグル・ナイトバグの入場です!』
青コーナーより、リグル、地に足を付け、覚悟を極めたようなまなざしで、ゆっくり、ゆっくりと歩んでゆく。
そして両者は出揃った。中央に位置し、お互いを真っ向から睨みつける。
「あの時は、世話になったね、人形遣い」
「アラこちらこそ、おかげで楽しい夜になったわよ」
アリスはブラッシングの手を休めない。それにカチンと来たのか、リグル、鼻を鳴らすと、辺りをきょろきょろと伺う素振りを見せる。
「それにしても今日はもう一人の姿が見えないね」
「何が――言いたいのかしら?」
その問いに、リグルは不敵な笑みを浮べる。
「皆まで言わなくちゃいけないのかな? 果たしてだよ――果たして、この場――真剣勝負、待ったなしの、真剣勝負――だって言うのに、君の大事な大事なパートナーが、全ッ然居ない。居ないんだよ! 怖くはないのかい? 君は?」
「――甘く見られたもんね」
『さあ中央、両選手早くも火花を散らしております。なにやら過去に因縁があるようですが、これは一体どうしたことなのでありましょうか。解説のパチュリー・ノーレッジさん?』
『はい、二人は永夜抄の時に戦ってますね、しかもアリス選手、リグル選手を蛍狩りの目にあわせたと手元の資料にはあります』
『そりゃ非道い。この試合、ただでは済みそうにありません! さあ間もなくゴングです』
高まった熱気をなお後押しするかのごとく、試合開始のゴングが盛大に鳴り響いた。
『さあ始まりました第一試合、両者、先ずは様子を見るかのように……!?』
このアリス・マーガトロイド、人形遣い、当然、使うは人形である。彼女は抱えていた人形を解き放つと、双手を眩惑的に手繰って見せる。するとそのたびに人形は妖しく奇妙に揺れ動くのである!
『おおっと、人形だ! 人形遣いアリス・マーガトロイド、早速上海人形を繰り出しました!』
アリス、人形を今一度手繰り寄せると、その顔にべったりと頬ずりをしてみせる。そして夢魔のように囁くことには。
「さあ、あのゴキブリに、分らせてやるのよ――私の良い子。最新式のゴキブリ駆除は、今や人形だって言う事を!」
アリスは一気に腕を振るう。すると、発条でも仕込まれていたかのごとく、人形は一散に宙を飛んでゆく。真直ぐに、弾丸の如き突進である。人形の通った軌跡を追うように、凄まじい気流が会場を揺るがした。
『速い速い速い! 上海人形、またたく間にリグル選手の眼の前に迫ります!』
そして、人形はゼロ距離から、強烈無比な魔法の弾丸をリグルにぶつけてゆく。一撃一撃が致命打となる猛攻である。
『さあアリス選手、早くも決着をつけようというのか、リグル選手全く手を出せません!』
しかし攻撃を食らいながらも――リグルは不敵な笑みを止めようとはしなかった。いや、そればかりではない。彼女は全く――全く気丈に、立ち尽くしたままで居るではないか。
「フフッ、手を出せないだって?」
「出せてないじゃない」
アリスは軽口を叩く。しかしその操手は少しずつ、少しずつ余裕を失くしているようにも見えた。
「冗――談じゃない。これが手を出せてないだって? 本当に? 本当に本当に?」
その言葉に、アリスはハッと息を飲んだ。いつの間にか、攻撃を続ける人形の体に、黒い染みが増えている。いや、それは――
『おおっと、これは、蟲です! 蟲の大群が上海人形を襲っています!』
凄まじい負荷がアリスの指へとフィードバックされて行く。蟲の猛攻が、人形を引き摺って居るのである。堪らずアリスは人形を戻そうとする。
「くっ、も、戻――!」
「させるかッッ!」
瞬間、リグル・ナイトバグは、人形に向って腕を突き出した。すると、見よ、腕と見えたその部分から、次々と新たな蟲が飛び立ってゆくではないか!
「上海人形!」
それはまるで竜巻であった。漆黒の、巨大な蟲の竜巻が、一瞬にして上海人形の全身を覆ったのだ。アリスは引き込まれまいと堪らず糸を離す。物凄い翅音と、そして、まるで金属を打ち鳴らすかのような甲高い音――それは実に蟲たちの人形を噛み砕く音であった。
惘然と立ち尽くすアリスを前に、リグルは思う様に哄笑した。
「君は――人形遣い、ガメラ2を見たことがあるかな?」
「何?」
突然の問いに、疑問符を浮べるアリス。
「ガメラ2だよ。レギオン襲来。キャッチフレーズはこうだ――消滅するのは日本かレギオンか。楽しい、実に愉快な娯楽映画だった――」
「だからッ、何なのよッ」
「その中に、こんな一節がある。主が、お前の名は何かとお尋ねになると、それは答えた――」
「!!」
「我が名はレギオン、我々は大勢であるがゆえに――大勢であるがゆえに、大ォ勢ェであるがッッ! ゆえにッッ!」
瞬間、蟲の竜巻が、再び蠢動した。リグルの攻撃は人形を食い尽くした時点で終っていたのではなかった。腕から解き放たれた無数の蟲たちは、既に死角からアリスへの接近を終えていた!
「何ィッ!?」
「ガメラのように――食い潰されて――消滅しろ! 人形遣いィィッ!」
一瞬である。一瞬にして、アリス・マーガトロイドの姿は、慄くばかりの蟲達によって被い尽くされていた。その翅音は多すぎる余り、まるで爆音、絶えざる発射のせいで一つの長い音にしか聞えないという、機関銃の如き爆音であった。
『これはッ、強烈だ! リグル選手、あっという間の攻守交替! 人形遣いの姿が蟲によって埋め尽くされたァー!』
無様にのたうつアリスは、既に誰からも見ることができない。リグルは余裕の表情で呟いた。
「君は……と言ってももう聞えないだろうが……ファイヤーアントを知っているかね? 噛みつかれれば高熱を出し、二三日のたうった末に死ぬという、殺人蟻のことを……。君に飛ばしたのは当にその殺人蟻だ。今ごろは全身を何百箇所、何千箇所と噛まれ刺され、毒を注入されて居るだろう……。それから逃れる術はない。……この勝負、私が貰った!」
リグルは勝ち名乗りを上げ、出口へと引き返そうとした。
しかし、そのときである。
「今、面白い事を言ったわね。殺人蟻? 殺人蟻と言ったのかしら? あなた?」
「言ったとも、それがどうかしたかい!」
リグルは、しかし、答えながらも疑問符を浮かべた。全身を覆われた彼女が、喋れる道理など、どこにもない筈……!
「私を知らないかしら? それとも所詮は蟲の頭ってところかしら?」
「何が……何が言いたいッ! 人形遣いッ!」
「私のどの辺りが人間なのか……って言うのよ、この害虫ッ」
そうだ! 彼女は人間ではない。魔法使いという、人間とは別器官、別機構、別系統に動く、全く独自の、存在!
リグルは眼に見えた狼狽えたようであった。一瞬、その口元に浮んだのは、怯えではなかったか? しかし彼女は気を取り直すように顔を突き出した。彼女は未だ自分の勝利を疑っては居なかった。
「しっ、しかし! おまえが依然蟲に取り巻かれているという現実には変りはない! 蟻の顎を舐めるなッ! おまえは既にズタズタの、ドロドロの――ッ」
「はっ……こんなモノが、ね?」
途端、黒い塊と見えたアリスの姿は、大きく蠢いた。そしておどろおどろしい呪文の詠唱が会場に響いた。それは彼女の細身の体からは考えられないような、力強い声色であった。
瞬間――巨大な炎が、アリスの体を包み込んだ!
「なっ……なんだとォ!?」
悲鳴である。悲鳴が、会場に木魂していた。それは多くの蟲たちが上げる断末魔の悲鳴であった。一匹や二匹では聞えないその悲鳴が、今、アリス・マーガトロイドの大量虐殺によって、観客たちの耳にも聞えるほどの悲鳴へと、昇華されたのである。
「馬鹿なッ! 自分の体をッ!」
「生憎と……」
焼けた蟲を体から弾き落しながら――
「あなたと私じゃ、ベースが違うのよね、ベースが」
数十秒の末。残るは、夥しい蟲の死骸、そして人形遣い、アリス・マーガトロイドの、勝利を確信した笑み。
「それで、どうしようっていうのかしら? まさかこれで終わりっていう訳じゃあないでしょうね? ゴキブリさん」
「ご、ゴキブリじゃ――」
「あら、終わりなの、そう。じゃあ――上海人形、起きなさい、新らしい体よ!」
アリス・マーガトロイドは糸を引いた。すると、横たわっていた人形の体は粉微塵になり、代わりに新たな人形が、彼女の背後から現われた。
「もう――援護する蟲は居ないわ。存分に蛍狩りしておやんなさい。そうそう、籠はここにあるわ。だから――暫らく灯りには困んないわね!」
一回戦、第一試合、勝者、アリス・マーガトロイドッッッ!
幻想郷最大トーナメント。幻想郷の真の強者を極めるべく開催されたこのトーナメントは、今当に一回戦を迎えようとしていた。観客の興奮は頂点に達した。あちらこちらで火花が飛び散り、熱気に当てられた数名の観客は早や失神――場内は絶えず訪れる不可解な余響に終始揺らいでいるようにさえ見えた。
そして時刻は零時零分丁度。実況、香霖堂店主・森近霖之助はマイクを握り締め、高らかに宣言する。
『これより幻想郷最大トーナメント、第一回戦、第一試合を開始致します!』
怒号が飛んだ。歓声はもはや正体を失くし、うねり返る魔力そのものと化したように、場内は異様な色彩、歪曲、音声に包まれた。霖之助はそれを沈めるように腕を振るう。試合場の一方へ、鮮やかにその手を差しのべた。
『赤コーナーより七色の人形遣い、友達が居ない? それが何? グダグダぬかすと蹴っ飛ばすぞ! 今日も一人でグランギニョール! アリス・マーガトロイドの入場です!』
逆光を受け、アリス・マーガトロイドが人形を引き連れながら入場する。彼女は中央に立ち尽くすと、ブラシを取り出し、傍らの人形の髪を梳き始めた。まるでこれからの相手など、意に介さないかのように。
『続いて青コーナー、闇に蠢く光の蟲、ゴキブリじゃないと何度言えば分るんだ? もういいよゴキブリで! しかし明日から貴様の台所は覚えていろ! ホイホイじゃ私は止められない、リグル・ナイトバグの入場です!』
青コーナーより、リグル、地に足を付け、覚悟を極めたようなまなざしで、ゆっくり、ゆっくりと歩んでゆく。
そして両者は出揃った。中央に位置し、お互いを真っ向から睨みつける。
「あの時は、世話になったね、人形遣い」
「アラこちらこそ、おかげで楽しい夜になったわよ」
アリスはブラッシングの手を休めない。それにカチンと来たのか、リグル、鼻を鳴らすと、辺りをきょろきょろと伺う素振りを見せる。
「それにしても今日はもう一人の姿が見えないね」
「何が――言いたいのかしら?」
その問いに、リグルは不敵な笑みを浮べる。
「皆まで言わなくちゃいけないのかな? 果たしてだよ――果たして、この場――真剣勝負、待ったなしの、真剣勝負――だって言うのに、君の大事な大事なパートナーが、全ッ然居ない。居ないんだよ! 怖くはないのかい? 君は?」
「――甘く見られたもんね」
『さあ中央、両選手早くも火花を散らしております。なにやら過去に因縁があるようですが、これは一体どうしたことなのでありましょうか。解説のパチュリー・ノーレッジさん?』
『はい、二人は永夜抄の時に戦ってますね、しかもアリス選手、リグル選手を蛍狩りの目にあわせたと手元の資料にはあります』
『そりゃ非道い。この試合、ただでは済みそうにありません! さあ間もなくゴングです』
高まった熱気をなお後押しするかのごとく、試合開始のゴングが盛大に鳴り響いた。
『さあ始まりました第一試合、両者、先ずは様子を見るかのように……!?』
このアリス・マーガトロイド、人形遣い、当然、使うは人形である。彼女は抱えていた人形を解き放つと、双手を眩惑的に手繰って見せる。するとそのたびに人形は妖しく奇妙に揺れ動くのである!
『おおっと、人形だ! 人形遣いアリス・マーガトロイド、早速上海人形を繰り出しました!』
アリス、人形を今一度手繰り寄せると、その顔にべったりと頬ずりをしてみせる。そして夢魔のように囁くことには。
「さあ、あのゴキブリに、分らせてやるのよ――私の良い子。最新式のゴキブリ駆除は、今や人形だって言う事を!」
アリスは一気に腕を振るう。すると、発条でも仕込まれていたかのごとく、人形は一散に宙を飛んでゆく。真直ぐに、弾丸の如き突進である。人形の通った軌跡を追うように、凄まじい気流が会場を揺るがした。
『速い速い速い! 上海人形、またたく間にリグル選手の眼の前に迫ります!』
そして、人形はゼロ距離から、強烈無比な魔法の弾丸をリグルにぶつけてゆく。一撃一撃が致命打となる猛攻である。
『さあアリス選手、早くも決着をつけようというのか、リグル選手全く手を出せません!』
しかし攻撃を食らいながらも――リグルは不敵な笑みを止めようとはしなかった。いや、そればかりではない。彼女は全く――全く気丈に、立ち尽くしたままで居るではないか。
「フフッ、手を出せないだって?」
「出せてないじゃない」
アリスは軽口を叩く。しかしその操手は少しずつ、少しずつ余裕を失くしているようにも見えた。
「冗――談じゃない。これが手を出せてないだって? 本当に? 本当に本当に?」
その言葉に、アリスはハッと息を飲んだ。いつの間にか、攻撃を続ける人形の体に、黒い染みが増えている。いや、それは――
『おおっと、これは、蟲です! 蟲の大群が上海人形を襲っています!』
凄まじい負荷がアリスの指へとフィードバックされて行く。蟲の猛攻が、人形を引き摺って居るのである。堪らずアリスは人形を戻そうとする。
「くっ、も、戻――!」
「させるかッッ!」
瞬間、リグル・ナイトバグは、人形に向って腕を突き出した。すると、見よ、腕と見えたその部分から、次々と新たな蟲が飛び立ってゆくではないか!
「上海人形!」
それはまるで竜巻であった。漆黒の、巨大な蟲の竜巻が、一瞬にして上海人形の全身を覆ったのだ。アリスは引き込まれまいと堪らず糸を離す。物凄い翅音と、そして、まるで金属を打ち鳴らすかのような甲高い音――それは実に蟲たちの人形を噛み砕く音であった。
惘然と立ち尽くすアリスを前に、リグルは思う様に哄笑した。
「君は――人形遣い、ガメラ2を見たことがあるかな?」
「何?」
突然の問いに、疑問符を浮べるアリス。
「ガメラ2だよ。レギオン襲来。キャッチフレーズはこうだ――消滅するのは日本かレギオンか。楽しい、実に愉快な娯楽映画だった――」
「だからッ、何なのよッ」
「その中に、こんな一節がある。主が、お前の名は何かとお尋ねになると、それは答えた――」
「!!」
「我が名はレギオン、我々は大勢であるがゆえに――大勢であるがゆえに、大ォ勢ェであるがッッ! ゆえにッッ!」
瞬間、蟲の竜巻が、再び蠢動した。リグルの攻撃は人形を食い尽くした時点で終っていたのではなかった。腕から解き放たれた無数の蟲たちは、既に死角からアリスへの接近を終えていた!
「何ィッ!?」
「ガメラのように――食い潰されて――消滅しろ! 人形遣いィィッ!」
一瞬である。一瞬にして、アリス・マーガトロイドの姿は、慄くばかりの蟲達によって被い尽くされていた。その翅音は多すぎる余り、まるで爆音、絶えざる発射のせいで一つの長い音にしか聞えないという、機関銃の如き爆音であった。
『これはッ、強烈だ! リグル選手、あっという間の攻守交替! 人形遣いの姿が蟲によって埋め尽くされたァー!』
無様にのたうつアリスは、既に誰からも見ることができない。リグルは余裕の表情で呟いた。
「君は……と言ってももう聞えないだろうが……ファイヤーアントを知っているかね? 噛みつかれれば高熱を出し、二三日のたうった末に死ぬという、殺人蟻のことを……。君に飛ばしたのは当にその殺人蟻だ。今ごろは全身を何百箇所、何千箇所と噛まれ刺され、毒を注入されて居るだろう……。それから逃れる術はない。……この勝負、私が貰った!」
リグルは勝ち名乗りを上げ、出口へと引き返そうとした。
しかし、そのときである。
「今、面白い事を言ったわね。殺人蟻? 殺人蟻と言ったのかしら? あなた?」
「言ったとも、それがどうかしたかい!」
リグルは、しかし、答えながらも疑問符を浮かべた。全身を覆われた彼女が、喋れる道理など、どこにもない筈……!
「私を知らないかしら? それとも所詮は蟲の頭ってところかしら?」
「何が……何が言いたいッ! 人形遣いッ!」
「私のどの辺りが人間なのか……って言うのよ、この害虫ッ」
そうだ! 彼女は人間ではない。魔法使いという、人間とは別器官、別機構、別系統に動く、全く独自の、存在!
リグルは眼に見えた狼狽えたようであった。一瞬、その口元に浮んだのは、怯えではなかったか? しかし彼女は気を取り直すように顔を突き出した。彼女は未だ自分の勝利を疑っては居なかった。
「しっ、しかし! おまえが依然蟲に取り巻かれているという現実には変りはない! 蟻の顎を舐めるなッ! おまえは既にズタズタの、ドロドロの――ッ」
「はっ……こんなモノが、ね?」
途端、黒い塊と見えたアリスの姿は、大きく蠢いた。そしておどろおどろしい呪文の詠唱が会場に響いた。それは彼女の細身の体からは考えられないような、力強い声色であった。
瞬間――巨大な炎が、アリスの体を包み込んだ!
「なっ……なんだとォ!?」
悲鳴である。悲鳴が、会場に木魂していた。それは多くの蟲たちが上げる断末魔の悲鳴であった。一匹や二匹では聞えないその悲鳴が、今、アリス・マーガトロイドの大量虐殺によって、観客たちの耳にも聞えるほどの悲鳴へと、昇華されたのである。
「馬鹿なッ! 自分の体をッ!」
「生憎と……」
焼けた蟲を体から弾き落しながら――
「あなたと私じゃ、ベースが違うのよね、ベースが」
数十秒の末。残るは、夥しい蟲の死骸、そして人形遣い、アリス・マーガトロイドの、勝利を確信した笑み。
「それで、どうしようっていうのかしら? まさかこれで終わりっていう訳じゃあないでしょうね? ゴキブリさん」
「ご、ゴキブリじゃ――」
「あら、終わりなの、そう。じゃあ――上海人形、起きなさい、新らしい体よ!」
アリス・マーガトロイドは糸を引いた。すると、横たわっていた人形の体は粉微塵になり、代わりに新たな人形が、彼女の背後から現われた。
「もう――援護する蟲は居ないわ。存分に蛍狩りしておやんなさい。そうそう、籠はここにあるわ。だから――暫らく灯りには困んないわね!」
一回戦、第一試合、勝者、アリス・マーガトロイドッッッ!