空気が軽い。
閉められたカーテンの透き間からこぼれる淡い、優しげな朝日。
ベットの上でそれを受け、彼女の意識はゆっくりと浮上を開始した。
「……ん。う……ん……」
瞼の上から眼を照らされる感覚は、愉快なものではない。
じりじりと炙られるような鈍い痛みに、小さく眉が寄る。
小さく身じろぎ。日差しから逃れるように寝返りを打ちかけ、そこではたと眼が覚めた。
眠い眼を二、三度瞬かせると、ゆっくりと眼が焦点を結ぶ。
仰向けのまま、腕で顔を覆うようにして見えたのは、もはや見慣れた天上だった。
「………朝、か」
呟きながら、むくりと身を起こした。
起こした頭から柔らかな黄金の髪が流れ、胸元に溜まる。
白磁のような裸身に、日に焼けた健康的な金の髪。
それは見事なコントラストを描き出し、一切の装飾が無いが故に彼女を鮮やかに彩った。
彼女はゆったりと首を回すと、自分の隣に目を向ける。
明らかに一人用には広いそのベットの隣には、しかし人の姿は無かった。
「……ちぇ」
微かに乱れたシーツを見て、小さく舌打ちが出た。
彼は、大概自分より早く目を覚ます。
とはいえ、自分も彼も徹夜することもざらなタイプであるので、それほど規則的なものでもないのだが。
ともに眠れば、自分が目覚めた時には隣は空っぽであることが大半なのだ。
分かっていたことではあるが、それでも寝顔が見られないのはなんとなく悔しい。
特に彼の寝顔は、常に飄々として捉えどころの無い彼が気を抜いた顔を見せる貴重な機会、自惚れるなら、自分のみが見ることを許された特別な顔なのだ。
ベットのシーツに、軽く手を這わす。
まだ彼が起き出してから時が経っていないのか、白い布地はじんわりとした温もりを残していた。
「……ふん」
それだけ――本当に、ただそれだけで何とはなしに幸せな気分になれてしまう自分に、小さく鼻を鳴らした。
安いものだ。
我ながら、呆れる。
彼の温もりというのなら、そんなもの、昨日の夜にたっぷり、直接に感じ、触れ合ったはずなのに――
「………………」
自分の思考に、思わず赤面。
寝ぼけた頭は、まだ本調子ではないのか。
朝だというのに不謹慎な方向な方向に行きかけた頭に、無理矢理渇を入れる。
ベットの上から、ゆっくりと足を下ろした。
――さっさと起きよう。
ス、と滑らかに立ち上がると、腕を体に巻くようにして胸を隠しながら体を伸ばす。
本人は無自覚であったが、その仕草は非常に女性的な何かを帯び始めたものだった。
柔らかさというのか。
あるいは、艶、とでも評すべきか。
数年前の彼女しか知らない者が今の彼女の所作を見れば、自分の目を疑うか、彼女が偽者と成り代わったのではと疑うだろう。
シーツを胸に抱きながら、裸足で床を歩む。
姿見の前に立つ。
磨かれた鏡面に映るのは、シーツを体に巻きつけ、豊富な金髪を肩に溜めた自分の姿だ。
半裸であるせいもあるだろうが、扇情的、と評して問題ないだろう。
特筆するようなものでもないが、ごく当然な女性としての芳香がその身には備わっていた。
白い布の下には、細くくびれた腰と丸みを帯びた尻、その胸も、大袈裟ではないにしろはっきりとした膨らみを見せている。
アウトドア派を自称しているはずなのだが、何故か染みも付かない真白い肌。
適度に筋肉が付き、脂肪などほとんど無いはずなのだか、しかし緩やかな丸みを帯び、女性としての曲線を描き出した体。
淡い朝日の下に浮かび上がる女体は、健康的な輝きと女性としての色気を、見事に両立させて備えていた。
数年前まで一向に凹凸のつかない自分の体に、些かの不安も抱いたものであったが。
実際のところ、人間の体であるわけだし、適齢になれば自然とそれなりに整ったものになるものであるらしい。
――というようなことを知り合いのメイド長に話したら、エライ眼で睨まれたが。
そういえば、彼女は自分より年長のはずだが、その胸に関しては数年前、初めて出会った時より変化していない。
まあ、個人差という奴であろう。
他の面において自分より遥かに色っぽいのだし、その程度なら看過してもよさそうなものだと思うが。
身長も、些か伸びた。
昔馴染みの巫女は未だに矮躯といった印象であるが、自分は身体が曲線を描き出した辺りから、にょきにょきと背が伸びだした。
周囲と比較するに、恐らくは長身の部類に入るだろう。
それに比して体重も多少増えたが、体型が崩れたわけではないので気にしないことにしている。
それに、彼がかなりの長身であるので、これくらいで丁度いいのだ。
正面から抱かれたとき、丁度、顔を彼の肩に預けられる、そんな姿勢を彼女は密かに気に入っていた――
「………………………」
――さっさと着替えよう、さっさと。うん。余計なこと考えずに。
最早顔を茹で蛸のように真っ赤に染め、彼女は姿見の前から退いた。
クローゼットを開け、愛用の服を取り出す。
白と黒の、ふっくらとした洋服。
この歳になってずっとエプロンドレス、というもの流石に気恥ずかしく、あれは現在一種の正装になっている。
袖を通し、釦を留める。
長すぎる髪をかき上げ、背中へと流す。
再び姿見を覗き、10秒。
「――んっ」
パンッと、一度頬を叩き。まだ閉めたままであったカーテンを全開にしてから。
彼女は、部屋を出た。
廊下を歩き、表に回る。
見慣れた壁、歩き慣れた床。
最初は『自宅ではない』といったような違和感を覚えたものだったが、それも半年も過ぎた辺りからほとんど感じなくなった。
其処此処に染み付いた生活の残り香が、ここを自分の場所と意識させる。
そのことに、彼女は小さく笑みを零した。
朝の匂いに混じり、味噌のほのかな香りが漂ってくる。
香りを辿って歩けば、ほどなく見慣れた背中が見えた。
青い衣に包まれた、実は意外と広い背中。
こちらに背を向けたまま、竈にかけられた鍋の中身をかき混ぜているらしかった。
彼が立っている位置より斜め後ろ辺りにはテーブルが出ており、その上には朝餉の用意が整いだしている。
向かい合うように置かれた茶碗には、既に白米が盛られていた。
「おや? 起きたのかい」
食卓の方を向いているうちに、気付かれたらしい。
視線を戻すと、彼がこちらに向き直っていた。
その視線が、多少驚いたように見開かれている。
その様子を見て、彼女は少しだけ愉快な気分になった。
眉をしならせ、ニカっと笑いながら呼びかける。
幼少の頃より見つめてきた、自分の恋人に。
幼少の頃から呼んできた通称ではなく、恋人として改めた呼び名で。
「おう起きたぜ。おはよう、霖之介」
「ああ、おはよう。今日は早いね、魔理沙」
こちらの笑みに合わせ、霖之介も笑う。
こうして、霧雨魔理沙19歳の朝は、今日もまたつつがなく展開していくのだった。
成長した魔理沙も実に魅力的で、相変わらずなメイド長もそれはそれで。
要するに、こーりんコロスってことなんでしょうね。
いや成長する事はするんでしょうけど。
化け物揃いの幻想郷には成長とか言う概念はないのかと思ってました。
あと霖之助では?(記憶がさだかではない)
なんていうか…その…こーりんを襲うにはどこに行けば?w