Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

偽物の弾幕

2005/12/17 08:24:25
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** 警告:このSSはオリジナル要素が多いです **




【偽物の弾幕】

 美しい弾幕とは何か? そう聞かれても私に答えは返せない。美の感覚は人それぞれであり、究極を語るには私はあまりに未熟だから。
 でも本物の弾幕とは何か? という問いなら答えは返せるかもしれない。運悪くそれを目の当たりにする機会があったからである……。


[1]

 事の始まりは傍迷惑な隣人、魔理沙からの依頼だった。
 普段は遊びとしか思えないような依頼ばかりを回してくる彼女だが、今回は久々に真剣な内容。
 ただ真剣なものなら何でも良いというわけでもない、人形遣いは殺伐とした話は好まないのである。

 ――要約すると以下の通り。

 一昨日深夜未明。香霖堂に三人組の強盗が押入り、魔理沙が引き取るはずのある品を奪い、逃走。
 なお強盗たちは草薙の剣も奪おうとしたらしいが、こちらは剣に拒まれ断念した模様。
 店主の森近さんは一命を取り留めたものの犯人を覚えておらず、唯一の手がかりは剣の傍に残った血痕のみ。
 ただし血や髪といった体の一部は、極めて有力な呪術誘導素材となる。
 それを知っていた魔理沙は、私を探偵ごっこに引っ張り出した――。

「ところで魔理沙、何で私なの?」
「お前こういうの得意だろ?」
「……誘導素材なんか渡されたって、呪殺は出来ないわよ?」
「物騒だな、何も殺せなんて言ってないぜ。ただ居場所を知りたいだけだ」
「ああ、追跡のほうね」

 なるほど、それは確かに私の得意分野だ。と言っても、正確には『追跡魔法』という便利な魔法があるわけではない。
 誘導素材を使って呪術的な類似、例えば藁人形などを作り、それと類似の元とを結びつける魔力の糸を辿るのである。
 痛みを送る場合は面倒な儀式が必要になるが、ただ辿るだけの弱い糸ならその限りではない。

「それなら、」
「よろしく頼むぜ」
「……はいはい」

 勢いで押し切られるのはいつもの事だ、気にしていられない。

 ……でも、今回は気にするべきだったかもしれない。
 よくよく聞いてみれば、森近さんは拳銃(片手用の小さな鉄砲)で撃たれたというではないか。
 拳銃、それは基本的に外の世界の物だ。幻想郷の普通の人間は弓矢を使っている。
 何故そんなものを持っていたか、そこまでして奪わないといけない物は何だったのか?

「ちょっと待って、来たのは強盗よね。何を盗まれたの?」
「……済まん、そいつは企業秘密だ」
「秘密にされると協力に限界が生じるわよ?」
「とりあえず、犯人の居場所だけ割り出してくれればいいぜ」

 まるで聞き出せなかった。この時点で降りたとしても、誰にも私は責められなかっただろう。
 森近さんに口止めでもされているのだろうか? それは私にも言えないような物らしい。
 あの魔理沙が欲しがるものだ、貴重なのは間違いないだろうが……なにやらきな臭い話である。
 それでも引き受けてしまうあたり、私もお人良しかもしれないが。

「まったくもう……」
「で、分かりそうか?」
「……ここから分かるのは方角と大雑把な距離だけ。西北西、ちょっと遠めね」
「ふむ、そっちにゃ街があったな。行って見るか」
「あ、こら。ちょっと待ちなさいよ」

 言うが早いか、魔理沙は外へ飛び出していた。
 私はこの時、早くも嫌な予感を感じていた。



[2]

 あいにくの曇り空だが雨には降られずに済み、目的の街までは半日も掛からなかった。
 洋風建築があちこちに立ち並ぶ、文明開花の香りのする街……幻想郷が封鎖されていなければ、大都市に発展していたかもしれない。
 しかし現実には封鎖されてしまい、開花したまま時は止まっている。それでも維持できるのは、魔法技術のおかげなのかもしれない。
 だがそれとこれとは話が別、人間の街で魔女が歓迎される訳ではない。
 正体がバレないように普段の弾幕装備は諦め、格闘用ミニカードと少数の人形だけに留めた。
 街中で必要なのは派手な弾幕ではない、物陰から静かに放たれる一撃なのだ。

 ――目的の街についてもなお、私の懸念は消えなかった。むしろ深まるばかりだった。

「場所だけって……ねぇ、それでいいの?」
「相手は普通の人間だろ? 見つけさえすればあとは楽勝さ」

 妖怪や魔理沙のような能力者ならともかく、何の霊力も持たない一般人に糸が弾かれる事はまず無い。
 見つけ出すのは簡単だろう。問題は会ってからどうするかである。
 余所者では法の加護なんて望めない。でも拳銃まで持ち出す相手に、穏便に話し合いというのも無理だろう。

「でもね魔理沙、本当に分かってる? 弾幕ごっこじゃ済まないわよ、相手は鉄砲使いよ!?」
「ただの単発直線弾幕だろ。それに私のほうが格上だぜ、何せ魔砲使いだからな」
「違う、私が言いたいのはそういう事じゃなくて」
「なんだ、怖いのか?」
「……。そうじゃなくて、しつこく狙われるって言っているのよ!」

 弾幕ごっこで叩き伏せるのは簡単かもしれない、でもそれで一件落着とはいかないだろう。
 いくら魔法の森在住とは言っても、殺伐とした逃亡者生活なんてごめんだ。
 ……いや、上海と蓬莱が一緒の私はまだいい、問題なのは一人暮らしで人間な魔理沙だ。神経が擦り切れてしまうだろう。
 でも追われない為にはどうしたらいいか。
 思いつく手をすべて挙げていって、不確実な手から消していくと、某メイド長では無いがこの手しか残らないのだ。

『死人に口なし』

 無粋な事この上ない。

「問題ない、要はバレなければいいんだろ?」
「さっきと言っている事矛盾してるって気付いてる?」
「心配するな、私は潜入のプロだ」
「紅魔館と同じ訳には行かないのよ、分かってる?」
「吸血鬼よりも人間が怖いって? そりゃ過大評価のしすぎって物だぜ」

 魔理沙は歯を見せて不敵に笑って見せた。話が通じていない、私は思わず天を仰ぐ。

 ……ダメだ、全然分かっていない。お遊び気分の妖怪と、必死な人間ではまったく違うというのに。
 必死になった者は手段を選ばない。本当に怖いのは徒党を組んだ人間のほうだというのに。
 自分も人間だとそれに気付けないのだろうか?

「アリスは難しく考えすぎなんだよ」
「……。ところで魔理沙、私の情報を鵜呑みにしちゃっていいの?」
「ああ、腕前だけは信用する」
「誤探知もゼロとは言い切れないわよ?」
「と言ったって他に手は無いだろ、私らは探偵じゃないし」
「ちょっと、そんなのでいいの?」
「アリスが調べるんだろ? 問題ないさ」

 そこまで信用してもらえるのは嬉しいが、少々お人が良すぎるかもしれない。
 仕事の裏を取らず、物的な証拠を集めず、私が嘘をつく可能性も考えない。これでは都会で生きていけないだろう。
 ……いくら悪ぶって見せた所で、やはり魔理沙は純朴な田舎娘だ。汚れ仕事などさせられない、森近さんもそれは望まないだろう。

 ならばここは騙されてもらおう。
 人間を倒すのは妖怪の仕事、私が一人で片付けてしまおう。そうすれば危険は無いはずだ。

「……ちょっと詳しく調べてくるわ、魔理沙は宿で待ってて」
「私も行っちゃダメなのか?」
「ダメよ。二人で同じ場所廻っても仕方ないし、第一その格好じゃ目立ちすぎね」
「いやまぁ」
「その帽子と箒を置いていくなら話は別だけど?」

 ちょっと卑怯な手を使った。帽子はともかく、箒は私にとっての人形と同じく大切な道具。
 こう言われれば魔理沙は引き下がるしかない。

「む~……」
「連絡用に上海を置いていくから、何かあったらそれで」
「分かったよ、いつ戻ってくる?」
「今日中には戻るわ」

 全てが終わってからね。



[3]

----

「……遅い、遅いぜ」

 遅くて死ぬ、もう夜中だ。元々気の長いほうでない私にとって、何もせずにひたすら待てというのは拷問に近い。
 アリスからはあれから何にも連絡が無い、こっちからも繋がらない。
 私の苛立ちが伝染したのか、上海もさっきからせわしなく動き回っている。
 主人に似たのか、その仕草は人外のくせに人間臭い。

(あいつ……何か変だったな)

 どうも分からない事が多い。
 そもそも内気で引き篭もりなアリスに、魔法以外のどんな情報収集が出来るのだろう?
 こんな遠い街に知り合いなんて居ないだろうし、見知らぬ相手に聞き込みが出来るとも思えない。
 やれるとしたら人形を使った偵察ぐらいだが、それなら蓬莱よりも上海のほうがいいはずだ。
 そう考えると、いつもは上海を連れ歩くはずなのに、今日に限って蓬莱を連れ歩いているのも変に思えてくる。
 よく一緒に見られるが、私はその差を知っている。上海は使い魔で、蓬莱は兵器だという事を。

 私に幻視力も追跡魔法も無いが……何か胸騒ぎがする。
 性格から考えて抜け駆けはしないと思うが、アリスは時々思い詰めて暴走する時がある。
 このまま信じて待つべきか、それとも行動するべきか。私は五秒熟考した末、結論を出した。

「なあ上海、アリスの所へ案内してくれないか? ちと心配なんだ」
『……×』

 上海は使い魔だ、魔法的に繋がっているマスターの居場所が分からないはずが無い。

「アリスに待ってろって言われたからか?」
『○』
「そうか、上海はいい子だな。でもな、私はアリスの親友なんだ。だから私のお願いは、アリスのお願いと同じなんだぜ」

 クキッと首をかしげ、考え込む上海。本人に聞かれたら色々突っ込まれそうな方便だが、このまま押し切ってしまえ。

「アリスには私から良く言っておくよ」
『……』
「大丈夫だって、誰も怒りやしないから。だから、な。頼む」

 手ごたえ有り、後一押しだ。

「それに上海、お前だって心配なんだろ?」
『……○』

 ついに上海は折れた。そうと決まれば善は急げ、手短に身支度を整えた私は夜空へと飛び立った。
 もし単なる杞憂だったら? その時はその時だ。

----


 全ては、夜のうちに。

 郊外にある寂れた洋館、ここに目的の人物は居る。あまり生活臭がしないところを見ると、隠れ家か何かなのかもしれない。
 あらかじめ潜り込ませておいた蓬莱に鍵を開けさせ、こっそりと忍び込む。
 廊下には偽りの月明かりが差し込み、足元を冷たく照らしていた。

 ……時間と情報に余裕があれば、もっとこう、スマートなやり方も出来た。
 ターゲットが一人で外出する時を狙ってもよかったし、探し物さえ分かっていれば蓬莱を遠隔操作するだけでよかった。
 さすがに準備不足は否めない、私に似合わない荒っぽいやり方になるだろう。
 きっと今、私は化物みたいな顔をしている。だからこそ魔理沙も上海も置いてきた。こんな姿を見せたくない。

 私は蓬莱を構え、目的の部屋へと踏み込む……。

「だ、誰だ?」

 その部屋は意外と狭く、殺風景な寝室だった。一人机に向かっていた中年の男が、こちらに振り返った。
 私は返答代わりにスペクトルミステリー(蓬莱レーザー)を撃ち込む。机にこぶし大の穴があいた。

「静かに、大声出したら消すわよ」
「……」

 素直に喋ってもやっぱり消すの?
 内なる声が私に囁きかける。でもここで迷っていたら全て水の泡になってしまう。私は心を鬼にした。

「貴方は2日前、香霖堂を襲ってある物を奪った。それは今どこ?」
「し、知らな」

 壁に視線を逸らした時点で嘘と見なした。皆まで言わせずもう一発、男の右耳をかすめるように撃ち込む。
 男がかすかな呻き声を上げた。耳をかばったその右手には包帯が巻かれている、おそらく草薙の剣に付けられたものだろう。
 糸は確かに繋がっている、間違いは無いはずだ。でも何だろう、かすかな違和感を感じる……。

「じゃあその怪我は? 次は左よ」
「わ、分かった。アレか? 言う、言うから撃つなっ!」

 男は後ろずさり、椅子につまづいて転ぶ……。






 幻視、正直者の死。






 私が伏せるのと同時に、隣の壁が爆ぜた。

 壁の向こうから、雷鳴のような音と共に本物の弾幕が撒き散らされる。
 それはあまりに速く、地味で、無機質。純粋な殺意の塊。
 私をかばった蓬莱は吹き飛んだ。壁が砕け、額縁が落ち、ランプが粉々になる。
 もし頭を上げ向こう側を覗く事が出来れば、殺傷弾幕の射手が見れたかもしれない。

 ……もちろん、そんな余裕は無かった。
 男は演技を止め、左手でリボルバー(回転式拳銃)を引き抜いていた。私が予備の人形を出すよりも速い。
 至近距離でこの体勢では避けられない、急いで魔法盾を出す。
 いくら至近距離とは言え6発、貫通さえしなければ止め切れない数ではないはず。

 1発、2発……何とか止まった、汗で手が滑りそうだ。

 3発、4発……盾越しでは貫通しないと悟ったのか、私が反撃しようとした瞬間を狙ってくる。

 そして5発……男に残されたチャンスは後1度だけ、それが外れた時が男の最期だ。

 再装填の時間など与えはしない、男もそれを悟っているはずだ。
 しかし追い詰められているのも関わらず、絶望をした表情をしていない。あの殺傷弾幕に直接攻撃させる気だろうか?
 だが同士討ちの危険がある以上、それは出来ないはずだ。
 ここが勝負どころ……念のために蓬莱に信号を送ってみた所、中枢はまだ生きているようだった。
 半壊した状態での全魔力解放(リターンイナニメトネス)は危険な賭け。敵が吹き飛ぶ可能性と、私も吹き飛ぶ可能性が半々である。
 試す価値はあるだろうか? 一瞬迷ったが、これ以上蓬莱に無理をさせるのも気が引ける。奥の手は温存しておくことにした。


 だが、それが甘かった。躊躇するべきではなかったのだ。


 奥の手を残していたのは私だけではなかった。
 目の前のリボルバーに気をとられすぎ、援護射撃を隣の殺傷弾幕だけと思っていたのは、完全に私の油断。
 何故忘れていたのだろう、それはチルノでも出来る単純計算だというのに。3-2の答えは真後ろ、つまりドアからの新手を意味していて……、
 手には洋弓銃、回避は間に合わない。

(……!)

 焼け付くような激しい痛み。振り向いた直後に左脚を射抜かれ、集中の解けた魔法盾が消えた。
 これでは立ち上がる事もできない。せめて反撃ぐらいはしようと後ろに人形を向けるものの、楔弾は出なかった。
 慌てて爆破モードに切り替えて投げつける……。
 だが沈黙したままだ、一気に血の気が引いた。

(魔法が出ない!?)

 もう必要ないと見たのだろう、殺傷弾幕も沈黙した。ゆっくりと立ち上がった男が私の頭にリボルバーを突きつける。
 それは無言の動作だったが、何を言わんとしていたかは良く分かった。『動けば撃つ』だ。

「な、何故……?」
「毒矢だよ、魔女殿」

 焦る私に、男は威圧的に語りかけてきた。
 大音響のせいで耳がおかしくなっているのだろうか、声がしゃがれて聞こえる。

「魔法封じのな。まさか卑怯とは言うまいね?」

 先ほどの気弱な口調も演技だったのだろう。見下ろす視線は、妖怪の私でさえぞっとするほど冷たいものだった。
 どうやら悪い予感が当たってしまったらしい。この計画的な動きといい非常識な装備といい、ただの強盗であるはずがない。
 この男たちは悪質な妖怪ハンター、もしくは人間至上主義に凝り固まった秘密歴史結社の連中だ。

 侵入を完全に読まれていた時点で私の負け、
 そしてこれで詰みだ。



[4]

----

 ――嫌な予感ほど良く当たるものはない。

 彗星の如く夜空を駆ける。見えてきたのは郊外の一軒の洋館、そこの一角にアリスは居るらしい。
 まずい事になっているのはすぐ分かった、上空からでも激しい銃撃音が聞こえたからだ。
 そして今何があったかも何となく分かった、音が止んだと同時に上海が浮力を失って落下したから。
 地面に叩きつけられる前に拾い上げたはいいが、眠ったかのように動かない。
 アリスからの魔力供給が途切れたのだ。上海が消滅していない所を見ると、まだ生きてはいるが……。

(くそっ、やばすぎるぜ)

 四の五の言っていられない、見つけ次第魔砲で吹き飛ばす!
 私はミニ八卦炉を構え、最高速度で眼下の館へと突撃した。

----

 ……血が止まらない。

 生粋の魔女がただの人間に負ける。これが空中戦だったら、いつもの装備だったら決してありえない話だ。
 でも今から言ってもそれはただの思考実験、机上の空論である。現実はいつだって非情なのだ。

「どうして、分かった?」

 せめて最期の虚勢を張り、男を睨み付ける。
 それが魔法と足を封じられ、力無く横たわっているしかない私のささやかな抵抗。
 魔力が無ければ蓬莱も魔術書も動かせない。起死回生の案は思い浮かばないが、時間を稼がずには居られなかった。
 まな板の上の鯉とか、入院初日の患者とかはきっとこんな気分なのだろう。

「あの店に魔女が出入りしているのは、調べがついていた」
「くっ……」
「追跡魔法の事も知っている、血を追って来る事ぐらい分かっていた」

 魔女……魔理沙の事を言っているのだろうが、あいにく私は別人だ。さらに言えば魔理沙にそんな芸当は出来ない。
 あまり正確な情報とは言えなかった。といっても、罠を仕掛けるには十分だった。
 今ここでそれを口にすれば魔理沙も狙われる。黙って殺されれば、少なくとも魔理沙は安全だ。

「だから、逆に仕掛けさせてもらった。安全な魔女は死んだ魔女だけだからな」
「……」
「策士、策に溺れる。だ」

 私は観念して目を閉じた、自責の念に責められながら。
 慣れない事するんじゃなかった。一人で突っ走って、こんな手に引っかかって……私も本当に馬鹿みたい。



『そうだな』



 ふいに外から、聞き慣れた……でも聞こえるはずがない声がした。
 思わず目を見開く、恐怖の余りついに幻聴が聞こえるようになってしまったのだろうか?
 しかし続けて割れた窓は、現実である事を主張していた。
 男たちは銃を慌てて外に向け……次の瞬間、視界が光で溢れる。

『恋符・マスタースパーク』

 男たちは、立っていたのが災いした。
 物陰から放たれた凶暴な光の奔流が、先ほどの殺傷弾幕がもたらした破壊を真似る。
 床に寝そべる私をかすめ、それより上にあったもの全てをなぎ払う。何もかもを飲みこんでいく。

 光が消え去った時に残っていたのは、私と蓬莱、それと外でミニ八卦炉を構えていた魔理沙だけだった。



 ――結局、大騒ぎになってしまった。

 こうなってしまうと、もう何かを回収するどころの話ではない。
 私たちは治療もそこそこに、自警団がやってくる前に逃げ出すしかなかった。
 すっかり晴れた夜空には大きな月、箒にまたがる魔女二人。魔力の回復していない私は飛ぶ事もできず、やむを得ず魔理沙の箒に乗せてもらっている。
 傍から見れば絵になる光景なのかもしれないが、雰囲気は険悪だった。
 それも無理はなかった。魔理沙はわざわざ迎えにきてくれたのに、私も素直に謝ればいいのに、それが出来なかったからだ。

「何やっているのよ……」
「それはこっちのセリフだぜ。何やっているんだよ、危ない所だったんだぞ?」
「何て事したのよ! これじゃ私が何の為に」

 慌てて口を閉じた所で、もう遅い。

「あ~? 助けてやったのに、それは聞き捨てならんな。何の為だったんだ?」

 ついに魔理沙を怒らせてしまった。こうなった以上はもう誤魔化せない、恥ずかしくても正直に言うしかなかった。
 相手が只の強盗でない事に気づいた事、魔理沙を巻き込んだら危ないと思った事、人殺しは妖怪の私だけで十分だと思った事。
 それを隠し通そうとした事。そして、失敗した事……。

 珍しく静かに聞いていた魔理沙は、しばらく考え込み……言葉を選んでいるのだろうか?
 やがて口を開いた。

「なあアリス。気遣いは嬉しいんだが、あいにく私はそんな純真じゃないぜ」
「え?」
「魔女狩り気取りの馬鹿に狙われるのだって、もう慣れてる」
「どうして、魔理沙は人間でしょう?」
「そう思っているのはお前らだけさ。私が森に隠れ住んでいる理由って、考えてみた事あるか?」

 太陽みたいに明るい魔理沙の影。分かっていなかったのは私のほうだったのか……。

「分かっていたさ、遊びじゃ済まない事ぐらい。だから場所が掴めたら、アリスは帰すつもりだったんだ」
「どういう事?」
「一人で仕掛けるつもりだったんだ。こういうの嫌いだと思ってな」

 そう言って魔理沙は一枚の規格外カードを手渡してきた。
 星符『ドラゴンメテオ -unlimited- 』
 思わず凍りつく私。脳裏には、上空から撃ち下ろされた魔砲が、火薬庫を直撃して館が消滅する光景……。
 だめだ、魔理沙は別の意味で何にも分かっていなかった。いくら森近さんの敵討ちだと言ってもやりすぎである。

「……やっぱり私は間違っていなかったわね。こんな事させる訳には行かないもの」
「そう怒るなよ。さっきの魔砲はごっこ用だ、運が良ければ生きているぜ」
「ならいいわ」
「おいおい、お礼も謝罪も無しか?」
「私に隠し事するからよ」
「アリスだって隠してたじゃないか」
「ふふっ、そうね」

 お互いが保護者のつもりで同じ嘘を付き合っていた、結局似た者同士だったわけだ。
 これなら何も隠すことは無かった。どうにもおかしくて、思わず笑ってしまった。

「ところで、結局探し物って何だったの?」
「もういいんだが。さっきアリスを撃ってた弾幕製造機だな、ガトリング砲って名前らしい」
「……ごめん、さっきの魔砲で壊れてそうね」
「新しい弾幕の参考に本物の弾幕って奴を一目見てみたかったんだが……いいさ、私も最初から壊すつもりだったしな」
「何で森近さんは、あんな物騒な物を持ってたの?」
「あ~、香霖を責めないでやってくれ。あいつはただ私の我侭を聞いただけなんだ」

 なるほど。自分の魔法にミサイルだのナパームだの名前を付けている、兵器マニアらしい話だった。
 一体どこから引っ張り出してきたのかは知らないが、それは本来なら幻想郷にあってはならない禁制品との事。
 わざわざ私に頼んできた本当の理由も分かった気がした。もしこれを他所に喋られたら、森近さんの立場が危うくなってしまう。
 特に幻想郷の守り手である、霊夢や紫あたりが聞いたら黙っていないだろう。その点私なら、喋る危険は少ない。

「……誰にも言うなよ?」
「いいわ。一つ貸しね」

 私は悪戯っぽい笑みを浮かべながら答えた。
 普段はやりこめられるばかりなのだから、たまにはこういう事があってもいいだろう。






 後日……。

 本物を見るチャンスに恵まれなかった魔理沙の為に、私は一枚のスペルカードを作った。
 蓬莱の記憶を元にガトリングを再現した、回転しながら激しい直線弾幕を展開するラストワード。
 気味の悪い呪人形を使わないといけないのが玉に瑕だが、これならきっと魔理沙も満足してくれるだろう。
 私は見せる日を楽しみにしながら、カードに名前をつけた。

『グランギニョル座の怪人』


 何でも本物なら良いと言う訳ではない。弾幕はごっこが一番である。



[FIN]
 個別設定:文化帖P26,P54を一部拡大解釈

 ただ明治の新兵器、ガトリング砲を東方に出してみたかった名伏です。
 殺す為の弾幕ってこう、先に撃たれたら終わり、みたいに味気ないものになるかな~と。
 悪役にオリキャラを出したのですけど、こういうのはセーフなのかちょっと気になる所。

 ここまで読んでくれて本当にありがとうございました。
 一言でもいいのでコメントもらえると嬉しいです~。

PS.
 永夜異変前だと、滅罪「正直者の死」は出てきませんが……他に良い幻視名が思い浮かびませんでしたorz
名伏
コメント



1.削除
まるで東方ハードボイルド
拳銃ですよ、拳銃。拳銃もの大好きです

お気楽に暮らす妖怪と常に必死で生きている人間との対比がうまく出てました
特にアリスの徒党を組んだ危険な人間に対する考え方とかね
よくよく考えればいくら力のある妖怪といえど、殺す手段はいくらでもありますし
ごっこの弾幕と銃の弾幕でもえらい違いがありますしなぁ
まぁそのへん(裏の)幻想郷にはそんな無粋な連中が跋扈してるんですかね
ただの正義気取りではない、魔理沙の非情な一面が見れたのも収穫ですわ

長レス失礼しましたm( _ _ )m
2.れふぃ軍曹削除
最後にアリスが作ったスペルカードのオチ。
そこに至るまでの伏線の絶妙さに脱帽です。
3.名伏削除
コメントどうも有難うございます~。

>幕 さん
私も拳銃大好きです~。
ちなみに魔理沙は永夜だと「私が魔砲を放った後には、妖怪どころか人間も残らない」なんて言ってますよね。
これが冗談では無く本気だったら……と妄想してみた結果が、非情な魔理沙です。きっと冗談でしょうけど~。

>れふぃ軍曹 さん
有難うございます~。
名伏がグランギニョルを最初に見た時に感じたモノを、形を変えてSSにしてみたのですよ。
正直不安だったのですけど、うまくいってて良かったです~。