時は、文武天皇の治世、藤原京の時代。
大宝律令が完成し、山上憶良らが遣唐使として派遣され、日本は律令体制の国家として、着々と完成されつつあった。
都では、文武天皇の擁立に努力し、天皇の後見役となった藤原不比等が権力を握っていた。
このように、政治の表舞台で活躍している不比等であるが、彼は以前、恥をかかされた事があった。
藤原不比等は、父鎌足の生前の関係から、近江朝に近い立場にいた。
だが、壬申の乱の時は、数えで13歳であったために何の関与もせず、
近江朝に対するの処罰の対象にも天武朝に対する功績の対象にも入らなかった。
しかし、鎌足の同族の有力者が近江朝の要人として処罰を受けたこともあって、
天武朝の時代に藤原氏は朝廷の中枢から一掃された形となっており、
有力な後ろ盾を持たない不比等は下級官人からの立身を余儀なくされていた。
それは、まだ彼がその下級官人だった頃の話である。
当時、この世の物とは思えない程に美しい娘がいた。
娘の名は、輝夜(かぐや)。竹を切って様々な事に使い、
それで生計を立てていた翁(おきな)によって育てられた娘であった。
前例が無い程の美しい娘。その噂はたちまちのうちに広まった。
身分の高い男、そうでない男までが、なんとかして、輝夜と結婚したいと思った。
翁の家の周りをうろうろする公達は後を絶たず、求婚者たちは乞食のようにして竹取の翁の家の周りですごしていた。
そうこうするうちに、熱意のないものは去り、好色といわれる五人の公達が残った。
その名は石作皇子、藤原不比等、右大臣阿倍御主人、大納言大伴御行、中納言石上麻呂といった。
この時、輝夜はそれぞれ男達に難題を与え、それをクリアできたら求婚すると伝えた。
難題を与えられた男達は東奔西走したが、誰一人難題を解くことはできなかった。
不比等に与えられた難題、それは『蓬莱の玉の枝』を持ってくる事であった。
彼がとった行動は、本当に笑えるものであった。その手に詳しい職人に、偽物を作らせたのである。
偽の蓬莱の玉の枝を輝夜の前に持ってきた不比等であったが、
突如として製作を依頼した職人が現れ、不比等にこう言った。
「代金を受け取るのを忘れておりました」
これによって不比等が偽物を持ってきた事が露見し、彼は輝夜と求婚する事はできなかった。
その後、時の天皇までもが輝夜に求婚するが、輝夜はそれを拒否した。
そうしているうち、8月、輝夜は夜に泣くようになった。
始めは話さなかったが、15日が近づくにつれ、泣き方が激しくなった。
翁は輝夜にどうしたのか、と言った。すると輝夜は言った。
「自分は月に住む者であり、15日に帰らねばなりません」
それを天皇が知るやいなや、天皇は輝夜がいる翁の屋敷に、
衛門府から派遣した衛士を駐留させ、輝夜の警護に当たった。
やがて月から使者が現れ、同時に衛士は使者に対して攻撃を開始した。
しかし、衛士は刀を持とうも持てず、弓を撃とうとするも力が抜けて全く何もできなかった。
衛士を退けた使者であったが、ここで誰にも予想できないことが起こった。
使者のひとりが、次々と仲間である使者を殺戮したのであった。
異様な風貌をしたその使者は、輝夜を連れ去り、屋敷から逃亡してしまった。
去り際、輝夜は文を添えて天皇に不死の薬を贈った。
しかし、天皇はそれを駿河にある、日本で一番高い山で焼くように命じた。
理由は、輝夜がいないのに不死になっても仕方が無いから、であった。
それ以来、この山は「不死の山」と呼ばれ、後に転じて「富士山」と呼ばれるようになった。
こうして騒動は収まったのだが、輝夜に対して快く思わなかった少女がひとりいた。
彼女は、輝夜に求婚を申し込み、難題によって退けられた父親の名誉を回復しようとし、輝夜に一矢報いようとした。
結果としてそれは失敗したが、彼女は輝夜が残した不死の薬が入った壷を強奪した。
天皇が薬を焼却するように命じられた、山に向かおうとする衛士全員を殺害して、壷を強奪したのである。
壷に入っていた不死の薬を服用したその少女は不老不死になり、この世にいられなくなり、姿を消した。
不比等や彼女の兄達は、彼女の消息を探したが、結局見つけることはできなかった。
さて、その少女、名前を藤原妹紅という。
父である藤原不比等は時の権力者であったが、妹紅の存在は隠されていた。
妹紅は、屋敷で兄達と和歌を詠んだり、管弦をしたりしていた。
だが、妹紅はもうこの世にいられない身分であった。成長しない人間は、もうこの国では暮らせなかったのだ。
「はぁ、これからどうしようかしらねぇ」
妹紅は言った。
姿を消して以来、ずっと彼女は追手から逃れるために南下し、着いた所は大台々原山(おおだいがはらざん)だった。
「そうでございますね妹紅様」
妹紅の世話係である、伝書蛍のリグル・ナイトバグはそう言った。声はやけに甲高い。
「このままここにかくまっていても仕方が無いのはわかるわよ。
あーあ、こんなになるんだったら、あの薬なんか飲むんじゃなかったわ」
妹紅は後頭部に腕を組みながら言った。
その時であった。妹紅は何かの気配を感じ取った。
「…何か、背中がゾクゾクするような」
「どうなさいましたか、妹紅様?」
リグルの問いには何も答えず、妹紅は後ろを振り向いた。
そこには、かなりの厚化粧をした小娘がひとり。
「もーこーうーさーまー!!」
「おじゃぞぞーっ!?」
それは、都ではかなりの美人と称される、けーね姫であった。
けーね姫は妹紅の事が大好きなのだが、妹紅はけーね姫は好きではなかった。
「今日こそ私の愛を受け取ってください、もこー様!」
「わ、私の好みじゃないわよっ! それにどうしてここがわかったのよ、あんたはっ!?」
「私ともこー様は、赤い糸で繋がっているの。だから、私の糸の先にはもこー様が!」
「理屈になってないわよ! リ、リグル、逃げるわよ!」
「ああ、お待ち下さい妹紅様!」
「そ、そんな、もこー様ぁ!」
足場の悪い山岳地帯を疾駆する妹紅。それを追いかけるリグル。怒涛の早足で追いかけるのはけーね姫であった。
場面は変わって、ここは閻魔界。
死者を天国か説教部屋行きかを決定する、閻魔大王が執務を執る世界である。
「あーあ、やんなっちゃった。あーあんあ、おどろいたっ」
閻魔大王の趣味は、ウクレレであった。今日もその手さばきは見事である。
「ふっ、我ながら、上手だわ」
閻魔大王こと、四季映姫・ヤマザナドゥは言った。
「さて、演奏も終わったし、私の笏(しゃく)………あれ? 笏がない!?」
笏というのは昔の貴族が手に持っている木の棒である。源頼朝の肖像画で、頼朝が持っている「あれ」である。
四季の場合、この笏で死者を天国か、それとも説教部屋行きかを判断するのだが、その笏が何処にも見当たらなかった。
「見て見てリグル。桃色で可愛らしい棒を拾ったわよ」
「ほぉ、これは誠に綺麗でございますね」
いつの間にか、2人は閻魔界に来ていた。
「あ、あんな所に……って、こら! その笏は私の物です! 返しなさい!」
四季は妹紅が手に持っている笏を見つけ、叫んだ。
「私が拾った物よ。人の物は私の物。閻魔の物は、私の物よ!」
ジャイアニズム発動である。
「笏がないと死者が裁けません。小町が運んでくる死者を裁くのが閻魔の仕事なのです!」
「嫌よ。…おおっ! 笏が私の手にジャストフィット! 笏が私を選んだのよ!」
笏を高々と掲げる妹紅だが、その時彼女はバランスを崩し、後ろに倒れた。
「あれっ? おーっととと、おわっ!?」
ボチャン!
「も、妹紅様っ!?」
妹紅は何かの穴に落ちていく。
主人が落ちた穴に、リグルもまた、入っていった。
「ま、まずい!
この穴は幻想郷に繋がっているのよ!
あの小娘、私の笏を持ったまま、何処かへワープして…!」
「閻魔大王様、どうなされたでゴンス!?」
「何が起こったんですか!?」
「何が起こったんピー!」
突如として現れたのは、四季の実質上の配下である、チルノ、伊吹萃香、ミスティア・ローレライの3人だった。
「チルノ、萃香、ミスティア、今すぐ妹紅を追うのよ! 笏を取り戻すのです!!」
ここは、呆れるほど平和な幻想郷。
平和であると同時に、妖怪と人間が共存する世界である。
一説によれば、明治時代に「世界」から隔離されたもうひとつの「世界」と称されているが、その詳細は不明である。
だが、この幻想郷が平穏である事は確かだった。
「リグル、ここは一体何処なの?」
「さあ、よくわかりませんが、人間が住む土地なのは確かです。民家がありますし、何しろ神社もあります」
神社は神道の神を祀る場所。
妹紅も天皇家(正確には天照大神であるが)を祀る伊勢神宮は知っている。
「まあいいや、とにかく誰かに頼って――――」
「やい、藤原妹紅! 笏を返すでゴンス!」
「返しなさい!」
「ピ――ッ!」
妹紅とリグルと振り向くと、そこには3人の人物が存在していた。
「嫌よ。ヒヨコに言われたくないわよ」
「ミーちゃん、ヒヨコじゃないっピ! 夜雀だっピ!」
夜雀、すなわちミスティア・ローレライは全身で否定した。
彼女は夜雀であって、ヒヨコではない。
「よ、よし! こうなったら合体!」
チルノが合津を送った。それに萃香とミスティアが反応する。
「聞いて驚け!」
「見て笑え!」
「我ら、閻魔大王様の一の子分!」
妹紅とリグルは、「なんなんだこいつら」と思っていた。
「チルノ!」
「伊吹萃香!」
「ミスティア・ローレライ!」
「今日こそ我らが閻魔大王様の笏を取り返すでゴンス! 行くぞ、藤原妹紅、覚悟っ!」
そう言うと、3人は徒党を組んで妹紅に襲い掛かる!
「リグル、下がってなさい」
「は、はぁ。よろしいのですか?」
「……聞かせてやろうか、地獄への子守唄を!」
妹紅は叫び、まずチルノに狙いを定めた。
「!?」
「ボディが甘いぜ!」
左手から炎が燃え盛り、拳はチルノを捉え、一撃で吹き飛ばした。
「「な、何っ!?」」
「ボディがお留守だぜ!」
「がぶっ!?」
続いて吹き飛んだのはミスティアだった。
「そ、そんなの反則!」
「ボディが、がら空きだぜ!」
「げふ!」
萃香もたちまちの内に吹っ飛んだ。萃夢想ラスボスの姿が哀れである。
「な、聞いてないわよ! 何で藤原妹紅がこんな技使うのよ!」
ボロボロの姿のチルノは叫んだ。
しかし、今の妹紅には何も通用しない。
「さて、そろそろトドメと行くか」
「「「ひ、ひぃっ!」」」
3人は怖気づくが、妹紅は前進を開始した。腰が抜けて立つ事ができない。
妹紅の全身は炎に染まっており、彼女はまさに炎と一体化していた。
秘奥義 裏百八式・大蛇薙
「おおおおおおっ! くらいやがれーっ!!!!!」
「「「う、うわあああああっ!!!!!」
同時刻、博麗神社では巫女と魔法使いがお茶を飲みながら談笑していた。
その時、何処かで爆音と悲鳴が鳴り響いた。
「…何だ?」
「幻想郷で自爆テロかしら? ここに随分と物騒になったものね」
楽園の素敵な巫女は、それでも姿勢を崩さなかった。
この程度で動じないのが彼女である。
「ちょっと見に行ってもいいか?」
「別にいいけど見に行くだけよ。厄介な物事に巻き込まれるのは勘弁だからね」
「わかってるって。じゃ、行って来るぜ」
そう言うと、魔法使いは箒にまたがり、現場へと飛んでいった。
今日も恐らく幻想郷は平和である。最近は、その平和の意味が、別の形で取られるかもしれない。
さて、平和とは何であろうか。そんな事を思いつつも、楽園の素敵な巫女は、いつもと変わらない生活を送るのであった。
「という話を考えてみたんだけど、どうかしら? ちょっと演劇にでも使えそうよ」
「よくないわよ」
スキマ妖怪の話に付き合わされた巫女は、一言でそう言い返した。
それも考えたんですが、実はけーねの方が妹紅へ片思いしてそうなので、こうなりましたw