あの氷の妖精と天狗が、大蝦蟇の池で遊ぶようになってからどれほどの月日が経ったのだろうか。
二人は毎日、約束もしていないのにこの池で会う。約束をしていないから、決まった時間に集まることはない。会えるような気がする、どちらかがそう思って行くと、必ずいる。
チルノはよく蛙を凍らせて遊んでいた。たまに度が過ぎて大蝦蟇を怒らせてしまうことも多々ある。射命丸はそれを少し離れた所から見て笑っているのだ。
射命丸は第三者として幻想郷の少女達の記事を書き続けてきた。大げさに書いたり、創造で書いたり。噂好きの天狗にとって、それは生きがいであって、唯一の楽しみでもあった。だが、射命丸は記事を書くたびに、違和感を感じていた。見つからないようにこっそり後をつけ、第三者として記事を書く。そして出来上がった記事の少女達を見て、騒ぎの様子を見て、記事の文字を見て、射命丸は孤独だった。
ある時、幻想郷中の花が咲き乱れた。外の世界から大量にやって来た幽霊が花に憑依したのだ。妖精達は騒ぎ、若い妖怪は花に浮かれた。
さんな騒ぎの最中、射命丸は一匹の妖精の後をつけていた。その妖精は異常に乗じて、いつも以上に悪戯をしていたのだ。それがチルノだった。
いつもなら尾行を気付かれるような事はしない。尾行がバレて、取材に差し支えるような事態となるのは、彼女にとって最も不本意なのだ。でもこの時、射命丸はした。彼女は自分が淋しいだなんて思っていなかった。そんな事は一切考えないようにしているのだ。では、何故したのか。それは射命丸にもよくわからなかった。その日は大した会話もせずに終わった。
翌日、チルノは再び大蝦蟇の池にやってきた。彼女は蛙を凍らせて遊んでいると、怒った大蝦蟇に喰われた。何とか彼女は脱出したが、これに懲りてもう二度とここには来ないのだろうと射命丸は思った。しかし、予想に反して、次の日チルノはまた池にやってきたのだ。
「感傷的になったとでも言うのですか?妖精のくせに。」
「妖精のくせにって何よ!自分だって思うところはあるの!」
チルノの氷柱が飛ぶ。静かな池は騒がしくなった。
『大蝦蟇の池で、妖精が天狗を攻撃』そんな記事を思い浮かべた時、射命丸はいつもより新鮮な気持ちになった。明日もここに来よう。彼女はそう思うのだった。
そんな日が何日も続いた。
幻想郷に咲き乱れた花も、今はすっかり元通り。無害な異常は、日を追うごとに凄まじい勢いで忘れられていった。
「今日は来ないのでしょうか。それとももう帰ったとか。」
射命丸は肩の鴉に言った。わかったのかわかってないのか、鴉はかーかーと鳴くだけだった。
背後から足音が聞こえた。
チルノはいつも飛んで来る。恐らくこれはチルノではない。こんな池に、誰だろう。
射命丸は振り返る。
雨も降っていないのに傘をさす少女。射命丸は彼女の顔を知っていた。
「あなたは確か、風見幽香。こんな所に何の用ですか?」
「そろそろ本当に向日葵が咲く時期なんだけどね、あの時向日葵とずっと一緒にいたから飽きちゃったのよ。」
「それでここに?でももう午後だから蓮の花は閉じちゃいましたよ。」
「いや、今日はちょっとあなたに用があるの。」
風見は笑った。その目には暗い闇。射命丸は知らないうちに一歩後ろに下がっていた。
「このリボン誰のか知ってる?」
血の滲んだ青いリボン。射命丸の思考は、それがチルノのリボンだということを認識して止まった。
硬直。その反応に満足したのか、風見は楽しそうに語った。
「妖精虐めてたらね、うっかり殺しちゃったのよ。しばらく戯れは止めてから加減が分らなくなったようなの。それでね、その妖精ね、死ぬ間際になって言ったと思う?あなたの名前よ。ははは、笑っちゃうわ。妖精の分際で天狗とお友達気分なんだから。あら、もしかしてあなたもあの妖精のことを友達だと思ってたの?だとしたら・・・それはそれで面白いわね。」
風見は傘をたたむと、それで思いっきり射命丸の頬を叩いた。
「泣きなさいよ。友達が殺されたのよ。」
冷たい声だった。射命丸の頬に、涙が流れる。それを見た風見は満足そうに笑った。
射命丸の唇が微かに動く。
『物言えば唇寒し秋の風』
風見から笑みが消える。すぐに彼女は射命丸から離れた。
凄まじい風が、射命丸へと吹き込み、瞬く間に竜巻へと発展する。あまりの風の強さに、風見は傘を地面につき立て、吹き飛ばされないようにするのが精一杯だった。
「天狗烈風弾!」
竜巻の中心から、人の大きさほどある弾が放たれる。風見に避ける余裕などない。
着弾、爆発。
爆煙は即座に吹き消されると、骨だけ残った傘にしがみ付いている満身創痍の風見が姿を現した。そんな状況でも、風見はまた笑った。
『月に叢雲、花に風』
花符『幻想郷の開花』
地面から、池の中から、『花』と呼ぶには大きすぎる植物が、幾つも地表に芽を出す。10メートル、20メートル、太い茎の先端では、空を覆い隠すように花びらを開く。
障害物に阻まれ、風は威力を失う。
射命丸の眼は、風見の姿をしっかりと捉えている。
あまりにも理不尽すぎる現実。射命丸にとってチルノは『第三者』としてではなく接した初めての、友達。そんな人の、あまりにも突然で、あまりにも理不尽な死。これを射命丸はどう捉えれば良いのかさえわからない。でも、目に映っているあいつだけは、決して許してはならないのだ。
疾風『神風少女』
風が射命丸の身体を薄く包む。足を踏み出せば、風はジェット気流となって彼女を追い、拳を突き出せば、風は拳を隕石へと変える。その動きに風見は全くついていけなかった。
攻撃がくる、そう思った瞬間には殴られ、蹴られ、投げられ、防御しなくてはと思う時には、すでに立てなくなるほど身体は痛めつけられていた。内臓がやられたのか、彼女は吐血した。仰向けに倒れていなかった幸いして、窒息の心配は無さそうだ。
風見の目の前に、射命丸の足があった。射命丸は風見を見下ろしているのだ。止めは間も無く刺される。それは、見下ろす射命丸に。
幻想『花鳥風月、嘯風弄月』
射命丸が止まったのは、止めを刺す前に勝利の余韻に浸ったとか、何か思うところがあったからではない。そう、刺せなかった。彼女は風見のスペルに掛かっているのだ。風見にとって、射命丸の動きなど関係なかった。ただ風見はスペルを唱えるだけで、射命丸を落とせるのだ。何故もっと早くスペルを使わなかったのか。それはこれが彼女にとって、所詮戯れでしかないからだ。
射命丸の眼に、もう現は映らない。一体彼女は何を見ているのだろう。それは誰にもわからない。きっと彼女もわかっていないのだから。
風見はあたり一面に花を咲かせた。この場に不似合いなほど、清い花を。花びらを一枚、千切って魔力を込める。手を離すと、花びらは射命丸の心臓を貫いた。
即興の花畑に倒れる射命丸。白いシャツに、赤いシャツがじわりと滲んだ。
「中々楽しかったわ。天狗さん。」
風見は最期にそう呟いた。
三途の水先案内人、小野塚小町は、小さな船に魂魄を乗せて、三途の川を渡っていた。
「お客さんどっかで見たことあるような。え?天狗?あたいにも天狗の知り合いがいてさ、そいつが年中出鱈目な記事を書くんだ。四季さまがその事で忠告したんだが・・・今は何をやってる事やら。最近は姿すら見ない。え?お客さんも新聞書いてたのかい。天狗ってのは皆新聞書くのかねえ。そんなんじゃあ何が本当かなんてわかんないだろう。・・・それにしても、お客さん死んだのに嬉しそうだね。え?友達がいるんだって?でもその友達と同じところにいけるとは限らないからなあ。まあ、一緒になれたら良いな。お、見えてきた。良かったな。悪い奴だと見えてこないんだ。うーん・・・やっぱりお客さんどっかで会ったような。まあ良いか。」
二人は毎日、約束もしていないのにこの池で会う。約束をしていないから、決まった時間に集まることはない。会えるような気がする、どちらかがそう思って行くと、必ずいる。
チルノはよく蛙を凍らせて遊んでいた。たまに度が過ぎて大蝦蟇を怒らせてしまうことも多々ある。射命丸はそれを少し離れた所から見て笑っているのだ。
射命丸は第三者として幻想郷の少女達の記事を書き続けてきた。大げさに書いたり、創造で書いたり。噂好きの天狗にとって、それは生きがいであって、唯一の楽しみでもあった。だが、射命丸は記事を書くたびに、違和感を感じていた。見つからないようにこっそり後をつけ、第三者として記事を書く。そして出来上がった記事の少女達を見て、騒ぎの様子を見て、記事の文字を見て、射命丸は孤独だった。
ある時、幻想郷中の花が咲き乱れた。外の世界から大量にやって来た幽霊が花に憑依したのだ。妖精達は騒ぎ、若い妖怪は花に浮かれた。
さんな騒ぎの最中、射命丸は一匹の妖精の後をつけていた。その妖精は異常に乗じて、いつも以上に悪戯をしていたのだ。それがチルノだった。
いつもなら尾行を気付かれるような事はしない。尾行がバレて、取材に差し支えるような事態となるのは、彼女にとって最も不本意なのだ。でもこの時、射命丸はした。彼女は自分が淋しいだなんて思っていなかった。そんな事は一切考えないようにしているのだ。では、何故したのか。それは射命丸にもよくわからなかった。その日は大した会話もせずに終わった。
翌日、チルノは再び大蝦蟇の池にやってきた。彼女は蛙を凍らせて遊んでいると、怒った大蝦蟇に喰われた。何とか彼女は脱出したが、これに懲りてもう二度とここには来ないのだろうと射命丸は思った。しかし、予想に反して、次の日チルノはまた池にやってきたのだ。
「感傷的になったとでも言うのですか?妖精のくせに。」
「妖精のくせにって何よ!自分だって思うところはあるの!」
チルノの氷柱が飛ぶ。静かな池は騒がしくなった。
『大蝦蟇の池で、妖精が天狗を攻撃』そんな記事を思い浮かべた時、射命丸はいつもより新鮮な気持ちになった。明日もここに来よう。彼女はそう思うのだった。
そんな日が何日も続いた。
幻想郷に咲き乱れた花も、今はすっかり元通り。無害な異常は、日を追うごとに凄まじい勢いで忘れられていった。
「今日は来ないのでしょうか。それとももう帰ったとか。」
射命丸は肩の鴉に言った。わかったのかわかってないのか、鴉はかーかーと鳴くだけだった。
背後から足音が聞こえた。
チルノはいつも飛んで来る。恐らくこれはチルノではない。こんな池に、誰だろう。
射命丸は振り返る。
雨も降っていないのに傘をさす少女。射命丸は彼女の顔を知っていた。
「あなたは確か、風見幽香。こんな所に何の用ですか?」
「そろそろ本当に向日葵が咲く時期なんだけどね、あの時向日葵とずっと一緒にいたから飽きちゃったのよ。」
「それでここに?でももう午後だから蓮の花は閉じちゃいましたよ。」
「いや、今日はちょっとあなたに用があるの。」
風見は笑った。その目には暗い闇。射命丸は知らないうちに一歩後ろに下がっていた。
「このリボン誰のか知ってる?」
血の滲んだ青いリボン。射命丸の思考は、それがチルノのリボンだということを認識して止まった。
硬直。その反応に満足したのか、風見は楽しそうに語った。
「妖精虐めてたらね、うっかり殺しちゃったのよ。しばらく戯れは止めてから加減が分らなくなったようなの。それでね、その妖精ね、死ぬ間際になって言ったと思う?あなたの名前よ。ははは、笑っちゃうわ。妖精の分際で天狗とお友達気分なんだから。あら、もしかしてあなたもあの妖精のことを友達だと思ってたの?だとしたら・・・それはそれで面白いわね。」
風見は傘をたたむと、それで思いっきり射命丸の頬を叩いた。
「泣きなさいよ。友達が殺されたのよ。」
冷たい声だった。射命丸の頬に、涙が流れる。それを見た風見は満足そうに笑った。
射命丸の唇が微かに動く。
『物言えば唇寒し秋の風』
風見から笑みが消える。すぐに彼女は射命丸から離れた。
凄まじい風が、射命丸へと吹き込み、瞬く間に竜巻へと発展する。あまりの風の強さに、風見は傘を地面につき立て、吹き飛ばされないようにするのが精一杯だった。
「天狗烈風弾!」
竜巻の中心から、人の大きさほどある弾が放たれる。風見に避ける余裕などない。
着弾、爆発。
爆煙は即座に吹き消されると、骨だけ残った傘にしがみ付いている満身創痍の風見が姿を現した。そんな状況でも、風見はまた笑った。
『月に叢雲、花に風』
花符『幻想郷の開花』
地面から、池の中から、『花』と呼ぶには大きすぎる植物が、幾つも地表に芽を出す。10メートル、20メートル、太い茎の先端では、空を覆い隠すように花びらを開く。
障害物に阻まれ、風は威力を失う。
射命丸の眼は、風見の姿をしっかりと捉えている。
あまりにも理不尽すぎる現実。射命丸にとってチルノは『第三者』としてではなく接した初めての、友達。そんな人の、あまりにも突然で、あまりにも理不尽な死。これを射命丸はどう捉えれば良いのかさえわからない。でも、目に映っているあいつだけは、決して許してはならないのだ。
疾風『神風少女』
風が射命丸の身体を薄く包む。足を踏み出せば、風はジェット気流となって彼女を追い、拳を突き出せば、風は拳を隕石へと変える。その動きに風見は全くついていけなかった。
攻撃がくる、そう思った瞬間には殴られ、蹴られ、投げられ、防御しなくてはと思う時には、すでに立てなくなるほど身体は痛めつけられていた。内臓がやられたのか、彼女は吐血した。仰向けに倒れていなかった幸いして、窒息の心配は無さそうだ。
風見の目の前に、射命丸の足があった。射命丸は風見を見下ろしているのだ。止めは間も無く刺される。それは、見下ろす射命丸に。
幻想『花鳥風月、嘯風弄月』
射命丸が止まったのは、止めを刺す前に勝利の余韻に浸ったとか、何か思うところがあったからではない。そう、刺せなかった。彼女は風見のスペルに掛かっているのだ。風見にとって、射命丸の動きなど関係なかった。ただ風見はスペルを唱えるだけで、射命丸を落とせるのだ。何故もっと早くスペルを使わなかったのか。それはこれが彼女にとって、所詮戯れでしかないからだ。
射命丸の眼に、もう現は映らない。一体彼女は何を見ているのだろう。それは誰にもわからない。きっと彼女もわかっていないのだから。
風見はあたり一面に花を咲かせた。この場に不似合いなほど、清い花を。花びらを一枚、千切って魔力を込める。手を離すと、花びらは射命丸の心臓を貫いた。
即興の花畑に倒れる射命丸。白いシャツに、赤いシャツがじわりと滲んだ。
「中々楽しかったわ。天狗さん。」
風見は最期にそう呟いた。
三途の水先案内人、小野塚小町は、小さな船に魂魄を乗せて、三途の川を渡っていた。
「お客さんどっかで見たことあるような。え?天狗?あたいにも天狗の知り合いがいてさ、そいつが年中出鱈目な記事を書くんだ。四季さまがその事で忠告したんだが・・・今は何をやってる事やら。最近は姿すら見ない。え?お客さんも新聞書いてたのかい。天狗ってのは皆新聞書くのかねえ。そんなんじゃあ何が本当かなんてわかんないだろう。・・・それにしても、お客さん死んだのに嬉しそうだね。え?友達がいるんだって?でもその友達と同じところにいけるとは限らないからなあ。まあ、一緒になれたら良いな。お、見えてきた。良かったな。悪い奴だと見えてこないんだ。うーん・・・やっぱりお客さんどっかで会ったような。まあ良いか。」
花映塚の幽香ってこんな感じよね、うん。
性格が丸くなったように見えて、黒い部分が以前の何倍も深いという。
私はこんな幽香も見てみたかったので、偶にはこんなのも良かったです。