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ヴワル説話集外伝 ~白黒魔女さんのむかし

2008/07/23 07:16:39
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 魔法使いたちがたくさんいる魔法の国は、とても高度な魔法を発達させました。
 そこでは国民のみんなが魔法を覚えて幸福に暮らしていました。
 魔法の国の中心には、建てられてからもう三百年もたつ、歴史のある魔法学校があります。
 その学校の教室では、今日も魔法の授業が行われ、たくさんの魔法使い見習いたちがその授業を受けています。
 魔法使い見習いたちはやがて一人前の魔法使いとなり、この学校で教わったことを世の中の役に立てるのです。
 
「はい、こうしてイモリとヤモリを混合したスープを三日三晩煮詰めることによって、とても強い魔力を持った魔女のスープができあがります」

 広い、清潔な教室の中に魅魔先生の澄んだ声が響きます。
 この教室では、ちょうど魔法薬学の授業が行われていました。
 魅魔先生は魔法学校の中でも特に生徒に慕われている先生の一人で、今は初等クラスの授業を受け持っていました。

「魔女のスープを煮詰めて作った薬は、いろいろな魔法の材料になります。この時のイモリとヤモリの混合比は1:3がもっとも正しいとされています。これはグレンジャーの混合比と呼ばれ、大魔法使いグレンジャーが三百年前に発見した法則に基づいています。はい、それではここまでの内容で、みなさん質問はありませんか?」

 魅魔先生がそう聞いて生徒を見渡します。
 だけど教室はしーんとしています。
 みんな黙ったままで黒板や先生の方角を見つめているだけです。

 きんこんかんこん。こんきんかんきん。

 ちょうど、授業の終わりを知らせるベルが鳴りました。

「……では今日の授業はここまで。今日やった内容は来月の期末テストでも出ますから、よく復習しておくように」
『うぇー』
『はーい』

「魅魔先生、さようなら!」
「さようなら、気をつけて帰るのよ」

 生徒たちと別れの挨拶をして、魅魔先生は職員室に帰ります。

「はぁ」

 廊下を歩いている途中に、先生は溜息をつきました。
 魅魔先生には悩みがありました。
 魔法学校の生徒はみんな素直で優秀で飲み込みが早いけど、優秀なのは教室の中だけなのではないだろうか。
 先生はそんな風に考えていたのです。

(イモリとヤモリの混合比は1:3が正しいだなんてどうしてわかったのだろう。他の材料だったらどうなるのか、疑問に抱く生徒が一人もいないなんて……)

 魔法学校では、過去の偉大な魔法使いの業績は、そのまま正しいものとして教えます。
 魔法学校はそんな授業を三百年間も続けてきたのです。
 特に、グレンジャー、ポッター、ダンブルドアの三人は大昔のとても偉大な魔法使いで、この人たちが残した魔法書はそのまま学校の教科書として使われるぐらいでした。
 生徒もそれを知っていますし、ずっとそう教わってきたから、誰もグレンジャーの法則を疑うものなどいなかったのです。
 そういう魅魔先生もそうでした。
 魅魔先生も昔は魔法学校の生徒だったから、ずっと教わった法則は正しいものとして信じていましたし、生徒にもそう教えていました。
 だけど、このごろ疑問に思ってきたのです。

(グレンジャーは本当に他の材料を試してみたのだろうか? どうしてイモリの代わりにヒキガエルではだめなのだろう? 他の魔力を持った薬草は? 魔法の森に生える、瘴気をふんだんに吸ったキノコは?)

 そう考えながら魔法学校の廊下を歩いていると、話し声が聞こえてきました。

「あの子、あんな実験をやってどうするつもりかしら」
「法則を疑うなんてどうかしてるわ。きっとどこか頭がおかしいのよ」
「あの子、高等クラスに進級するのだってぎりぎりだったらしいわよ。ただでさえ落ちこぼれなのに、あんな役にも立たない実験に熱中していたらやばいんじゃないの?」
「この間も、魔法力学で赤点を取ったらしいわよ」

 角を曲がったところで魅魔先生は二人の生徒とばったり会いました。
 知っている生徒です。
 去年まで初等クラスで魅魔先生が教えていた、アリスとパチュリーでした。
 二人とも優等生で有名だったので、魅魔先生も良く覚えていました。

「あ、魅魔先生。お久しぶりです」
「アリスとパチュリー、お久しぶり。高等クラスの授業はどうかしら?」
「それはもちろん! 私たち、これまで100点しか取ったこと無いんですから!」
「それはすごいわね! 元気そうでよかったわ。あなたたちなら、高等クラスでも心配ないわね。今日は自主研究ですか?」
「ええ、さっきまで二人で研究していたんです」
「そうですか。熱心なのは大変良いことですけど、もう遅いですから早く寮に帰ってお休みなさい」
「はい、先生さようなら」

 そう言って二人は廊下を歩いて行きました。
 話していた内容がちょっと気になりましたが、昔の優等生と出会って魅魔先生は嬉しくなりました。


 夕方になり、魅魔先生は校舎の見周りに行きます。
 今日の魅魔先生の担当範囲は、魔法学校の一角にある研究棟でした。
 古い煉瓦造りのこの建物の中には、たくさんの実験室があります。
 高等クラス以上の生徒は研究のためにこの実験室を借りることが許されていました。
 寮の夕食時間も過ぎた夕方の時間帯では、ほとんどの部屋の灯りが落ちているのが普通です。
 ところが一つだけ、赤い光が漏れている部屋がありました。

(灯りが付いている……まだ実験室を使っている生徒がいるのか)

 魅魔先生は魔法のランタンを片手に、その灯りのついている実験室の中に入って行きました。
 中へ入ると、魔法の道具がたくさん置いてあります。所せましと並べらた棚や、机や床のそこらじゅう、参考資料と思われる薬草の本や魔道書がうず高く積み上げられていました。

(あらあら、すごいものね。ずいぶん熱心な生徒が使っているみたいね)

 魅魔先生が灯りのある方角へ行ってみると、淡い魔法のランプの光に照らされて、きらきらした金髪の後頭が見えました。
 魔法使い見習いの服を着た女の子が一人座っています。
 机の上にフラスコやビーカーやアルコールランプを並べて、分厚い参考書を広げてなにかぶつぶつと呟いているようです。

「こんな遅くまで、何の研究?」

 魅魔先生は声をかけました。

「うわっ!」

 驚いて女の子は叫びました。そしてすぐに後を振り向いて

「わわわわわ! え……み、魅魔先生!!」
「あら、あなたは……」

 見覚えがありました。以前教えていた生徒で、たしか魔理沙という名前の生徒でした。
 里の道具屋の一人娘で、魔法使いの血すじではないので学校でもあまり期待されていない生徒です。

(こんなに熱心に勉強する生徒だったなんて……)

 魅魔先生は少し恥ずかしくなりました。
 実験室の様子を見て、先生はこの部屋が長い間使いこまれていたことにすぐに気付いたのです。
 先生は、アリスやパチュリーのことは良く覚えていました。
 授業態度もまじめだったし、飲みこみも早くて将来が有望だと思ったから。
 ですが魔理沙の印象はあまり良くありませんでした。
 授業中はいつも上の空で何か他のことを考えているように見えましたし、どじでおっちょこちょいな性格だったので、実験ではいつも失敗して器具を壊していました。

 かわいそうだけど、この子は才能がないわねえ。
 魅魔先生はそんなふうにすら考えていたのです。

 魅魔先生は、魔理沙がとっさに一冊のノートを、後ろ手に隠したのに気付きました。

「あら、それ実験のノート?」
「うわわ、これは何でもないんです、ほんと」
「あらら、隠すことないじゃない。いいじゃない、先生に見せてよ」
「う、うーん」
「高等クラスの研究かしら? あれ……この実験器具?」

 魅魔先生は机の上に並べられた器具のセットを見て、何かに気づいたようでした。

「ほんとうに、つまらない思いつきなんです。くだらない、私しか見向きもしないような」

 魔理沙はそう言って、おそるおそる自分のノートを魅魔先生に差し出しました。
 やっぱり誰かに見てもらいたかったようです。
 先生はそのノートのページをめくってみます。
 数ページ読んだところで、魅魔先生は内容を掴んで、そして驚きで眼を丸くしました。

(グレンジャーの法則の追証試験! それだけじゃないわ……このレポートは、グレンジャーの誤りを指摘する方向で書かれている……)

 三百年間、正しいと教えられ続けてきた法則。
 歴史の果てに積み重ねられてきた権威によって、もう真理として信じられるまでになってしまった法則です。
 それを一人の落ちこぼれと言われた生徒が疑って、毎晩遅くまで研究していた。
 他の生徒が、お受験のために必要な知識を詰め込んでいる間に。
 レポートはきたない字でしたが、その内容はとても丁寧にまとめられていました。

「魔理沙、あなたこれを独りで……?」
「ごめんなさい! どうしても不思議だったんです。みんなは正しいって言うけど、どうしても不思議で。本当にそうなんだろうか、誰か確かめたんだろうか、そう思うといてもたってもいられなくて……」

 魔理沙のレポートは、まずグレンジャーの行った実験を、一つ一つ全部自分で試して効果を確認してみることから始まっていました。
 グレンジャーはイモリとヤモリの配分を、100ミリグラムずつ変えて効果の変化を確かめました。
 そうやってグレンジャーは最高の魔力を得られる魔女のスープの配分を発明したのです。
 魔理沙はそれを10倍の細かさで、10ミリグラムずつの実験をしていました。
 その実験が終わったら、魔理沙は今度はヒキガエルとヤモリの組み合わせを試していました。
 ヒキガエルとヤモリが終わったら、イモリとヒキガエル、それが終わったらイモリとベニテングダケ……という風に少しずつ材料を変えて一つ一つの違いを検証していくのです。
 それはとても迂遠で、長い時間を必要とする実験でした。絶え間ない努力と研さんを必要とする研究でした。
 それは立派な科学的手法だったのです。

 そして魔理沙は、実験の途中途中に、気付いたことや変化をメモしていました。
 レポートが進むたびに、魔理沙はひとつの結論に近づいていました。
 魔女のスープを作るためには、べつにイモリとヤモリだけを使う必要はないのではないか?
 むしろ、イモリやヤモリと魔法のキノコなどの種々の材料を混ぜ合わせたほうが効果が高いのではないか?

 魅魔先生は魔理沙のレポートを読んで衝撃を受けました。

「ご、ごめんなさい……」

 魔理沙はびくびくしていました。
 自分みたいな落ちこぼれが、優しい先生から教えてもらったことを、大昔の偉大な魔法使いが正しいと言ったことを疑うなんて、どうかしてる。魔理沙はそう思っていたのです。

「すごい……すごいわ! あなたはすごすぎるわよ、魔理沙!」
「え……?」

 魅魔先生は魔理沙の両手を握り、嬉しさのあまり小躍りしました。

「わ、わたし、そんないけないことやっちゃった?」
「ああ、気づいてないのね……なんということかしら、こんなことが、こんなことが……」

 魅魔先生もグレンジャーの法則が間違っているのではないかと疑っていました。
 三百年のうちには、何人かの人間が法則の正しさを疑ったこともあるでしょう。
 でも、魔理沙みたいに自分で実践して、ある程度まで結果を得た人間は一人もいませんでした。
 魔理沙は、まちがいなく魔女のスープにおいては最先端を行っていたのです。

(偉大な業績をあげた過去の魔法使いたちは、偉大なグレンジャーは、自分の発見した法則が祭り上げられることなんて望んだかしら? ううん、そうじゃないわ。天才はきっと、自分の発見を覆してくれるような、もっと偉大な発見を後世の人間たちに望んでいたはずよ。それをこの子はやってのけようとしている。たった一人で、自分のインスピレーションを信じ抜いて……こんな小さな女の子が。周りから落ちこぼれと言われ続けて、誰にも認めてもらえなくても、必至で努力して……)

 魅魔先生は感動して、ちょっと涙ぐみさえしました。

 なぜそうなんだろう、どうしてそうなるんだろう。
 そうやって疑問を持つことから学問は始まったと言います。
 魔法の世界でも、魔法の学問でも、それは変わらないのでした。

 命は神様が生んだものです。だから尊くて、人間には命を生み出すことなんて、できっこない。
 本当にそう?
 そう思って生命のからくりを解こうとした魔法使いがいたから、錬金術が生まれ、錬金術はいろいろな金属や鉱物を生み出して魔法の国を豊かにしました。

 人間はいつか年老いたり病んだりして死んでいくものだから、その運命からは逃れられない。逃れては、ならない。
 本当にそう?
 そう思って不老不死に挑戦した人たちがいたから、医学は発展し、多くの人間達を病から助けることができたのです。

 落ちこぼれは落ちこぼれのまま?
 夢はかなわない?
 夢はいつかは覚める?
 本当に、本当にそう?

 魅魔先生は嬉しくて嬉しくて、たまりませんでした。
 歌を歌いたい気分にさえなりました。
 教師をやっていて、いくつかの最高に嬉しいこと。
 魔理沙が見せたような、何かかけがえのない才能の片鱗を見つけた時。
 生徒が自分で、自分の意思で自分の道を模索し始めた時。
 自分が教えた生徒の、目を見張るばかりの成長を目撃した時。
 それらが一度にやってきたのですから。

 でも魅魔先生は、そこで少し不安になって考えました。
 魔理沙の将来についてです。
 魔理沙は天才と呼ばれるにふさわしい仕事をしようとしています。
 天才というのは、誰にも思いつかない発想を思い付いて、そしてそれを最後まで信じ抜いたすえに、形にできた人間のことを指します。
 天才と呼ばれる人は、地道な努力の積み重ねなんて当たり前のことで、それが努力とすら認識しない人のことです。

 でも偉大な業績をあげた魔法使いと比べてみると、魔理沙にはやっぱり足りないものがありました。
 魔理沙は今まで授業では落ちこぼれでしたから、魔法をやる上での基礎ができていません。
 だから、せっかくのレポートも、大筋は正しいのにところどころ穴があります。
 大昔の天才と言われた魔法使いたちは、みな授業でも優等生で、なおかつ天才的なひらめきも持った人たちでした。
 そしてそれぞれの強みを持っていました。
 グレンジャーの両親はお金持ちで、彼女は一生を研究に費やせるだけの財力がありました。ポッターの両親は二人ともとても有名な魔法使いです。ダンブルドアは真理の路と呼ばれる神様の試練に挑んで、大きな力を授かったエウロペアの十賢者の一人でした。

(この子にはグレンジャーのような財産も、ポッターのような天賦の才もないわ。道具屋の娘で、魔法とはとても縁遠いところで育ったということで、周りの生徒からも馬鹿にされている始末。そんな子が、ほんとうに歴史に残るような偉大な魔法使いになれるだろうか?)

 魅魔先生は自分に問いかけました。でも、彼女はその答えをもう既に知っているのでした。

(この子には素晴らしい、なにものにもかえがたい才能があるわ。それは「なぜそうなのだろうか」「本当はどうなってるんだろう」と問う心。ひたむきな探究心。それこそが魔法使いにとって、一番大切なものなんだから。私はついに私の星を見つけた。なれる、なれる、きっとなれるわ! 私がこの子を教えて育てるんだ!)

 そう思った後で、魅魔先生はちょっと考えなおしました。

(……えっと、育てるっていう考え方はちょっとごう慢ね。少なくともこの子は、この分野では私よりも十歩も二十歩も先んじているのだから。私も彼女と一緒に勉強しましょう。彼女に教えてもらいましょう。私にできることは、この子の探究心に栄養を添えてあげること。今の教育制度では、この子みたいな考え方の子は、のけものにされてしまうわね。ちょうどスコラ哲学のあやまちを指摘したばっかりに、宗教裁判にかけられそうになったガリレオ・ガリレイみたいに。目を付けられないように、芽吹いたばかりのつぼみが摘み取られないように、この子が一人前になって、一人で外から来る圧力の全てから自分を守れるようになるまで、この子を暖かく包み込む毛布のような存在になりましょう。この子の雨風を防ぐ庇となりましょう)

 そう考えた後で、魅魔先生は笑顔で魔理沙にこう言うことにしました。

「あなたの研究はとても素晴らしいわ! あなたは天才かもしれない! でも、その実験を無駄にしないために、まずは部屋を片付けて実験結果を整理することを試してみてはどうかしら?」

 そうして魅魔先生は、魔理沙の研究を手伝うことを決めたのでした。
 魅魔先生との出会いがなかったら、あの伝説の大魔法使い・霧雨魔理沙は生まれなかったでしょう。
 ※)ポッター関係は自己設定入れてます。
>どこかで

※)説明が足りなくて申し訳ありません。
二番目のコメントをいただいた方が初出なのかどうかを気にされていたのかと思いましたので。
この作品は2008年05月21日私のmixi日記で友人限定で公開していたものを改修したものなので、私のオリジナルで一応公には初出でいいかなあと。管理者の方がダメというのなら削除します。

設定は幻想郷ではないですが、魔理沙はこんな感じだろうなあ、というイメージで書いてます。
乳脂固形分
コメント



1.名前が無い程度の能力削除
東方……なのかなぁ……
2.名前が無い程度の能力削除
この話、(東方二次創作として)どこかで読んだような気が・・・。
3.名前が無い程度の能力削除
mixi?
ここは東方創想話ですよ
4.名前が無い程度の能力削除
この魅魔さまには眼鏡が必須だと思うんだ。
しかし魔女のスープって意外とシンプルだったんだなw