注:今まで空気だった人が出ます。気圧変動に注意しましょう。
前回までのあらすじ
何故か発令された「博麗神社立ち入り禁止」宣言(拒否権なし)。
神社の常連、八雲紫は毛玉を抱えて抜け駆け、魔理沙はどこへ行ったやら。
そんな頃、人間の里近くではにとりが奮闘していた。
幻想郷にただ一人だけの鬼、伊吹萃香は暇だった。
如何にかの地で最強と謳われたであった鬼と言えど、密と疎を自在に操る力を以てしても、暇と言うものは散らせもしないし、萃めた処で楽しくも無い。
いつも入り浸っている博麗神社には入れないし、霧散して幻想郷全土を散歩するのも飽きてきた。
むしろ、パパラッチだの覗き魔だのと言われるのが最近面倒になって来たところでもある。
ここで普段なら、
「酒だぁ!」
の一言で片付くのだが、今日はそんな気分でも無い。
孤独な酒がどれだけつまらないかは、妖怪の山の宴会で嫌になるほど思い知った。
一人で厄を抱えて黒くなった酒を飲む神(しかも何故かほんのりと笑顔)、姉妹のくせに自分だけの世界で落ち込みまくっている神(口から愚痴がエンドレス)、中間管理職の疲れを酒にぶつけるかのように樽飲みを繰り返す大天狗(号泣しながらも怒鳴りはしない気遣い天狗)、などなどなど。
今後一切、酒は一人では飲むまいと決めた萃香には、今日は酒を飲み続けると言う選択肢は除外されている様なものだった。
結局、萃香は最近「暇だったら来てくれたら、とても面白い事が待っているわ」と招待されていた、紅魔館の大図書館へ向かう事にした。
門番はいつもの様に、門柱に寄り掛かって居眠りしていた。
しかし、その前で門番隊が『七転八倒不死不滅』と書かれた鉢巻きを締めて、全員で門の前に仁王立ちしていたので、門番としては機能しているらしい。
『七転八起』じゃないの?と聞いてみたが、返って来た答えは意外と奥深いものだった。
我々門番隊は、隊長に比べればあまりにも弱い。
大抵の侵入者には、あっさり薙ぎ倒されるのは目に見えている。
だが、我々が次々と撃破されている間に、隊長が侵入者の弱点や正体を把握すれば、それで十分。
倒された我々は、さっさと詰所に戻って怪我の手当てをし、次なる侵入者に備えれば良い。
数の暴力とはこうして正しく使えば、立派な防御力なのだ。
なので、起き上がる前にさっさと逃げるのが肉の壁の正しい使われ方である。
故に、我々は『七転八倒不死不滅』を掲げるのだ。
声高に誇り高く主張する門番隊に、思わず涙する萃香であった。
そして、今回は萃香を通すようにと門番隊が命じられていたことを、門番隊と共に喜び合った。
こんな弱いのに強い連中を、鬼の力で蹴散らすなんて、鬼では無く鬼畜のやる事なのだから。
館の中は血の匂いに溢れていた。
が、この館の中で行われている奇怪な行動現象その他に係わるのは面白くないので、追及しないでおいた。
何か奇妙な、形容しがたい声が聞こえる気がするが、気のせいだ。
何故かメイド達が見つからないが、多分今日は居ないだけだ。
全て事は順調である。追及してはいけない。
銀髪の人間のメイドが居ないのも、今日はそう言う日だからだ。
輝く羽が廊下の隅に見えても誰も恐れていないのは、今日はそう言う日だからだ。
これほど妙な事態なのにも関わらず、館の主が見かけられないのは、今日はそう言う日だからだ。
何もかも、そう言う日なのだ。
そう信じる他無い。
恐怖を酒で流し、背中を流れる気持ちの悪い汗を酒で流し、どこからか感じる異様な気配を酒で流し、酒精で身を守りながら、萃香は急いで地下へと向かった。
見てはいけない世界を抜けると、そこには希望の扉が有った。
決して動かぬ大図書館、その入り口は、いつもの様にそこに有った。
血も付いていないし、穴も開いていない。
以前気まぐれに来た時と同じように、日常の象徴である事を主張するかのように。
無骨で古臭く、そしてこの部屋の主に似合いの扉は、萃香を歓迎しているかのように、そこに有った。
『館内での飲食は許可された場所で。本に悪い行動お断り。』
近くの壁にあった張り紙を見て、萃香は自分が酒まみれになっている事に気付いた。
そう言えば、館の中を歩いている間、瓢箪から酒を被っては走り、迷っては恐ろしい者の片鱗を垣間見て、その度に逃げ去っては瓢箪から酒を被って自分を清めてを繰り返していた。
もうそんな事をする必要は無いんだ。
恐怖と狂気が支配する、血みどろの空間から解放された幸せを噛み締めながら、萃香は自分の体を濡らす酒や汗や涙を霧散させ、おぞましい地上階のカーペットへと捨て去った。
「で、暇つぶしにはなったかしら?」
「なったよ。なったけど、全っ然楽しくなかった!」
目が合って最初に出てきた言葉が皮肉かと怒鳴りたくなった萃香だったが、それすらどうでも良くなった。
パチュリーがテーブルの上に置いていた、本でも紅茶でも食べ物でも無い物に、すぐ興味が移ったからだ。
それなりに大きなテーブルの上に、一尺程度の背丈の人形がたくさん置かれていた。
「何これ?あんたが人形遣いだったなんて話は聞いたことが無いんだけれど。」
萃香の疑問も尤も。
ここによく本を借りに来るアリスは、今日は人間の里で人形劇の予定だと新聞に書いてあった。
それに、几帳面な彼女の人形であれば、テーブルの上で寝そべったり突っ伏したりしている人形が居る筈が無い。
何より、幻想郷の住人達を模した人形を、数えられない程量産するなんて、彼女なら有り得ない。
「これは人形じゃなくてゴーレム。見た目はそんなに変わらないと思うけれど、性能は充分よ。」
そう答えるパチュリーの口元は、本に隠れてはいるが、少し満足そうに見える。
「私のここ数カ月の成果では、間違いなく最高のものなんだから、あなただって必ず楽しめるわ。」
「私は嘘が嫌いなんだけど。」
「奇遇ね、私も今日は嘘が嫌いなの。」
二人はゴーレム達を眺めながら、『面白い事』の詳細を相談し始めた。
話が深まる程に、萃香の眼差しは興味だけのものではなくなり、パチュリーの表情も明るくなっていく。
そんなことは露知らずの紅魔館、その地上。
何かもう説明し難い事態から復活しかけていた者達が居た。
館の主は、ここ数日の記憶が抜け落ちている事に気付いた。
その妹は、ここ数日は姉と仲良くしていられたことに気付いた。
だが、館の機能がマヒしかけていることにも気付き、そう言う時に責任を持って対処するべき人物が、今まさに対処している事にも気付いた。
ここ数日に、何が起こったのかは分からなかった。
ただ、二人仲良く不貞寝してれば万事うまくいくことだけは、分かりきっていた。
なので、二人して手を繋ぎ、夢の中へ帰る事にした。
元凶のメイド長、十六夜咲夜は、時間を止めて働いていた。
もう危険としか言いようの無い笑顔、止まらない鼻血、懐に忍ばせた大量の写真。
最初に意識を取り戻した妖精メイドは、そんな光景を見て、他の妖精たちの安否や毛玉が帰って来る時のことや自分が今までどうなっていたのかを考えるより早く。
「たすけてえーりーん!!!!」
永遠亭に向かって全速力で飛び立った。
えぇ~、無理wwwww
現代医学ではちょっと難しいところですねw
なんてこったorz
ん?助けて欲しいと?ならば、叫べ!
たすけてこーりん!褌いっちょ!!
って言ったら数年前に決定した死亡フラグだから。つまり無理。