※注意 キャラクターの過去に関する、オリジナル設定とオリキャラが入ります。モノローグが多めです。
「……報道部への転属届け? 御主が? 自警団の承諾は得たのかね?」
大天狗様は困惑気味に、私の顔を見ていた。
無理もあるまい。私は、千年もの間勤めてきた自警団を辞めると言っているのだから。
「はい、ここに」
自警団の承諾を得るのは、中々骨だった。
上司もから部下からも、何故? どうして? と問われ、その都度、私は返答に困った。
そして、用意していた『クソ真面目な私らしい理由』を答えた。
本当の理由は、彼らには告げたくなかったが、仲間を騙しているようで少し心苦しかった。
結局最後には、私が無理矢理押し切った形となった。
しばらく、自警団の仲間達にあわせる顔がない。
「ふむ…。それならば、問題は無いが…。せめて転属の理由くらいは聞かせてもらおう」
何度となく、仲間達に説明してきた転属の理由。
あまりにもクソ真面目で、それを目の前の大天狗様に申し上げるのは、少々度胸がいるが言わねばなるまい。
僭越ながら申し上げます。そう前置きをして、私は喋り始める。
「今の報道部は堕落しきっております。
いくら幻想郷が平和になり、昔のように人間共と争うことが無くなったとはいえ、山の外の情報が何一つ入って来ません。
そればかりか、積極的に流言飛語をばら撒き、面白可笑しくあることを第一とされている有様ではないでしょうか。
私はこの翼をもって、早く、正確な情報を届けるという、本来の新聞の姿を取り戻したいのです」
「ほう。随分と言ってくれるじゃないか」
「言葉が過ぎました…。申し訳御座いません」
「良い、御主の言う通りじゃ。儂らは既に存在意義を見失い、文字通りの『烏合の衆』と化しておる。
尤も、それは報道部隊に限った話ではないがな。
しかし御主、噂通りの…。いや、噂以上のクソ真面目じゃのう」
「生来の性格です。それが私、射命丸文の唯一の長所で御座います」
「上に物を言える度胸も御主の長所だよ。新聞記者には大事な要素だ。よろしい、転属を歓迎しよう」
「……身に余るお言葉です」
報道部隊の堕落を危惧していたことに嘘はない。
でも、本当はそんなこと、どうでも良かった。
只管過酷な修練を積み、己を高めることにも
宴会を開き、酒を樽ごと呑み干し、仲間達と一晩中笑って語り合うことにも
現れない敵を待ち、滝の裏で暇な河童や、可愛い部下達と、大将棋を打つことにも
もう……飽きたのだ。
千年の退屈から解放されたい。山の外を自由に飛び回りたい。
最初はそれだけだった。
文霖。新聞 第3刊
師走。語源には諸説あるが、一般に坊主(師)が忙しなく走るから、師走とされている。
幻想郷の師走で、最も忙しいのは天狗達だった。
新聞の購読者数を競う、年に一度の新聞大会が開かれるのだ。
ほんの数年前まで、山の内輪で行われていたが、紙の大量流入により、今では幻想郷全体が巻き込まれる、大変迷惑な恒例行事である。
文もまた、朝から晩まで号外を配って周り、『文々。新聞』を世にアピールしていた。
――カランカラ…
「毎度お馴染み射命丸です。ちょっと、暖を貸してくださいな…」
「今日も号外配りかい? ご苦労様。お茶でも淹れようか?」
「お気遣いありがとうございます。嗚呼、この店はまるで極楽浄土のようね」
ストーブに近づいて手と翼をかざし、うっとりとする烏天狗。
だらしなく緩んだ口からは、「はぁー」という声が漏れている。
「そりゃ、冬でもその格好じゃ幾らなんでも寒いだろう」
「動き回るのが楽なんですよ。ああ、極楽極楽」
文は冬でもミニスカートだった。靴下の丈を長くし、首に紅葉柄のマフラーを巻いてはいるが、それでも寒そうである。
霖之助の周りには、どうもこういった季節感のない連中が多い。
冬の巫女しかり、夏の魔理沙しかり。
そして当の霖之助もしかりである。本人に自覚はないだろうが。
「お茶を淹れようかと思ったが、体を温めるならコレのほうが良いだろう」
「何ですかそれ?」
「蜜柑に熱湯を注いで砂糖を入れただけの飲み物だが、体の芯まで温まるよ」
「なるほど、ありがたく頂きますね」
妖怪の食事とは、生命維持のためではない。精神の安定や満足を得るための手段の一つだ。
『熱い飲み物』より、『体が温まる飲み物』のほうが、冷え切った身体に丁度良い。
「ああ、本当に温まりますねコレ。いいこと知りました。ところで、次回のコラムの調子はどうです?」
「まあまあかな。いつも通りギリギリになりそうだがね」
霖之助の連載が始まって、およそ三ヶ月の時間が流れていた。
連載回数はまだ、十回といったところだが、購読者からの反応は概ね好評だ。
だが、霖之助が原稿を上げるのは、いつも締め切りギリギリだった。
かなり早い段階でプロットは固まるのだが、追い込まれないと本領が発揮されないのか、筆が進まない。
そのことを案外気にしている霖之助だが、文は急かすような真似はしなかった。
そんなとき、決まって文は
「いいんですよ、締め切りなんて気にしなくても」
と、返すだけだった。
優しく聞こえる言葉だが、かえって霖之助のプライドを刺激し、筆を進めさせる効能のある薬だった。
勿論、文もそれを知った上で、用法用量を守り、清く正しく使っている。
「なるべく間に合わせるよ。しかし、君も随分と忙しそうじゃないか」
この半月で出た『文々。新聞』の号外は、八回になる。
それに加えて購読者分の新聞も発行しているため、忙しいのも当然だ。
「今年もまた、新聞大会が近づいてきましてね。今年こそは、負けっぱなしの汚名返上といきたいところなのですよ」
「それは構わないんだが、もう店の窓を割るような真似はしないでくれよ?」
「うっ…まさか、割れるだなんて思っていなかったんですよ。あの時は本当に申し訳ありませんでした…」
三年前の冬、文の投げた号外が、香霖堂の窓を突き破った事があった。丁度新聞大会の直後の話だ。
一体どんな力で投げれば、あの小さな新聞で窓を割れるというのだろうか。
流石の霖之助もこれには怒り、今度やったら購読を止めると、文に執行猶予付きの死刑判決を叩きつけた事があった。
「憶えているのなら結構だ」
「昔のことを持ち出してー。一体何十年前の話ですか」
「まだ三年だよ。君の体内時計は随分早そうだな」
そうでもないですよ、と言ってから。文は大きな欠伸をした。
「少し疲れてるんじゃないか?」
「ご主人と違って、体力には自信がありますから。まだ、大丈夫ですよ」
「妖怪のくせに、まるで人間のように働くんだな、君は」
「『人間以上に』ですよ。そうでもしないと、大会で勝てませんからね」
購読数で勝敗を決めるなど、くだらない大会だ。霖之助はそう考えていた。
そして、そんな大会に熱を上げる文が、何故か気に食わなかった。
「あんな大会で勝って何が嬉しいのか…。僕には理解できないな。
そんなに勝ちたいのなら、君も他の天狗を見習って、面白おかしく、事実を作り上げてしまえばいいだろう?」
僕らしくない、と霖之助も思っていたが、どうしてか不満を伝えずにはいられなかった。
文は『文々。新聞』の唯一の記者なのだ。大会や購読数を気にするあまり、道を曲げたりして欲しくは無い。
コラムを書くようになったことで、『文々。新聞』に愛着のようなものが芽生えていたのかもしれない。
そんな霖之助に、文は半ば呆れたような笑みで答えた。
「ヘンな心配するんですねぇ、ご主人は」
「何がだい?」
「この店だってそうでしょう? 私も好きでやってるんですよ。大会で負けたところで、揺らぐことなどありませんわ」
文は、うんと一伸びして話を続ける。
「それにきっと、私の新聞が優勝を飾ったら、他の天狗達も目が覚めるでしょう?」
「さぁ、それはどうだろうね」
「まぁ、見守っててください。いつか必ず優勝してみせますから。そのときは賞賛のコラムを、よろしくお願いしますね」
「僕の生きてるうちに優勝できたらな」
何と間抜けな心配をしていたのだろう。
己が心配していたことは、どうして香霖堂を辞めないのかと、自問自答するようなものだ。
『好きだから』。ただ、それだけの話だった。
霖之助は、そんな自分が滑稽だと感じ、くすりと笑った。
「さて、ストーブは大変名残惜しいですが、いつまでもこうしてはいられません。早速、次の号外を書きに……」
―― ぐぅぅ……。
「……今日くらい、休んだらどうだ? 丁度、今晩は兎鍋にする予定でね。君も食べていくといい」
「……はい、お言葉に甘えさせていただきます」
文は顔を真っ赤にして、縮こまることしかできなかった。
所属が変わるといっても、千年も住んでいる山のこと。
仕事に対する姿勢はともかく、皆顔馴染みの、陽気な飲兵衛揃いだ。私はすんなりと受け入れられた。
最初の十年。私は新聞を書くという、慣れない仕事に悪戦苦闘していた。
次の十年、新聞が書けるようになると、最下位の称号が無性に悔しくなった。
いつからだろう、新聞記者という遊びに夢中になっていたのは。
周りを欺くための建前が、本音となったのは。
退屈だった日々が嘘のように過ぎ去り、気が付くと、百年が経とうしていた。
―― カランカラ…
「ご主人! 見てください! ついにやりましたよ!」
天狗の新聞大会も、ようやく終りを迎える。
人里は天狗のばら撒いた号外のせいで、少し早い年末大掃除に追われているらしい。
文は毎度御馴染みの挨拶も忘れ、香霖堂に飛び込んで来た。
手には抱えきれない程の新聞紙を抱えている。どれも『文々。新聞』ではない。
「そうか、それはよかったね。……で、何がだい?」
「それはこちらを御覧ください」
『奇跡! 文々。新聞の大躍進! 万年最下位脱出』
『文々。新聞、百回連続最下位を回避。記録は九十九回でストップ』
『射命丸文の謎の大躍進。見え隠れする男の影』
『あやや感涙! 文々。新聞の涙の百年を追う』
「…嬉しいのか?」
「ええ、とっても。だって一位より目立ってるじゃないですか。いい宣伝になりますよ」
「なるほど。それは『勝利』だな」
二人は、予想外の勝利を祝い、笑った。
(続く)
九十九回連続最下位ってどうなんだ?w
面白くなってきた。
ギャーーーーーッ!!
目立つが勝ちだよ。
師走と書いて「えーりんダッシュ」を思い出したのは私だけでいい・・・