山の上、そして雲の上、有頂天。天界。
天人くずれ、あるいは不良天人の比那名居天子は竜宮の使いの永江衣玖を連れに俗っぽくお茶を飲んでいた。
それはもう俗っぽく。ふらふらやってきた伊吹萃香が「神社と変わんないじゃん」と一言で評してどこかへ行ってしまうほどに。
なにせちゃぶ台、煎餅、ほうじ茶の三連コンボである。もはや天界とは思えない俗っぽさだ。
「ねえ、衣玖」
卓に顎を乗せて煎餅をもごもごやっていた天子はふと対面の衣玖へと話しかけた。
「なんですか総領娘様」
返答する衣玖は座布団に正座してほうじ茶を啜っていた。はまり過ぎていて優美という他ない有り様で。
「貴女って……実は太ってない?」
衣玖に電流走る。
「な、何をいきなり……」
「だって貴女動き遅いし」
「図書館の人だって遅いじゃないですか」
「あいつは病弱で空気に乗って動いてるからねぇ」
「私ものんびりと立ち回っているだけですよ」
「それだけにしては重過ぎ、もとい遅すぎる」
「私は太ってなんかいません」
「ふーん。ところでなにやら土曜の夜は毎週いそいそとどこかへ出かけてるみたいだけど」
「……それが何か?」
「そして夜を徹して朝帰り。夜更けの飲み食いはキクのよねぇ」
衣玖はぎくりとした。煎餅に伸ばしていた手を止める程度に。
「ねえ、本当に太ってないの?」
「太ってません」
「泳ぎは減量にいいらしいわね」
「……知りません」
「ね、太ってないの?」
「太ってません」
「パッツンパッツン」
「ふ、太ってません……」
ふぅん、と意味ありげに薄笑みを浮かべ、天子は滑るようにちゃぶ台を回り衣玖の懐へと潜った。
「そ、総領娘様?」
衣玖の目と鼻の先、吐息が触れそうなほどの近くに見上げる天子の顔があった。
薄笑む口元と悪戯っ気の宿った瞳が衣玖を見透かすように覗き込む。
「あの、近いです。ちょっと離れ……」
衣玖の言葉は終わることなく遮られた。
――脇腹を摘んだ天子の指によって。
「……むに」
指の間にはいわゆる贅肉の存在があった。天子はそれを擬音表現『むに』とばかりに摘んでいた。
「あ……」
「太ってないのよね、衣玖」
「え、その、えと……」
空気を読む程度の能力をフル稼働させる衣玖だったが、空気を読んでも応対する術の持ち合わせがなかった。
こんな風に詰問されて追い詰められる経験などそうそうない。当然、対処法もない。
衣玖が「あの、その……」とたじろぐ間も天子はむにむにと玩んでいた。「どうしたのよー、ねぇ?」と意地悪く言いつつ。
感情のオーバーフローに追い詰められ、衣玖の眼にじわと涙が浮かぶ。
それを見た天子はさらに顔を寄せた。接吻を思わせる至近距離。
「脂がのって美味しそうよ、衣玖」
トドメの一言に竜宮の使いが泣き出した。
「んっ……すっ……んん……っ」
静かにさめざめと泣く美人から離れ、天子はその様を眺めた。
(絵になるわぁ……)
口元の笑みを一層深め、楽しげに目を細めて芸術品でも見るような気持ちで思う。
嫌な天人である。流石はくずれ、あるいは不良といったところか。
衣玖はその視線をまざまざと感じて内心に怒りを覚えた。人を泣かせておいてその目は何事か!
(これはお灸を据えなくてはいけませんね……)
すんと鼻を鳴らして泣き止み、衣玖は涙を拭いた。そして、
「どうやら私は少しばかり太ってしまったようですが」
――天子が驚くほどの素早さで彼女の懐中へと潜り込んだ。
「総領娘様はどうでしょうね?」
常にのんびりゆったりとしている衣玖だがその気になれば素早く動く事もできるのだ。例えば起き上がり移動とか。
(摘まれる!)
衣玖の指が脇腹を狙うと読み、天子は咄嗟に腕を下げて両脇をカバーした。こうすれば脇腹は摘めない。――しかし、
すか、と衣玖の両手が宙を掻いた。
「やせすぎですね。掴むところがありません」と、衣玖。
その両手は脇腹ではなく天子の胸の前にあった。衣玖が狙ったのは脇腹ではなく、胸……にあるはずの膨らみだったのである。
「まるで絶壁ですね」
身体を伸ばせば唇が触れ合う距離で、衣玖は雅に笑いかけた。
息を呑んだ天子の顔がみるみる赤く染まっていく。その表情に浮かんだ色は怒り以外のものも含んでいて。
「ぜ……」
涙目になった天子が身体を震わせる。
空気を読んだ衣玖はそそくさと退散を決め込んだ。55ノットという普段ののんびり加減が嘘のような速度で簡易お茶の間から姿を消す。
その直後、
「絶壁って言うなあぁーーーーっっ!!」
緋想の剣を突き立てた天子、魂の叫びが天界の地面を激しく揺らした。
天人くずれ、あるいは不良天人の比那名居天子は竜宮の使いの永江衣玖を連れに俗っぽくお茶を飲んでいた。
それはもう俗っぽく。ふらふらやってきた伊吹萃香が「神社と変わんないじゃん」と一言で評してどこかへ行ってしまうほどに。
なにせちゃぶ台、煎餅、ほうじ茶の三連コンボである。もはや天界とは思えない俗っぽさだ。
「ねえ、衣玖」
卓に顎を乗せて煎餅をもごもごやっていた天子はふと対面の衣玖へと話しかけた。
「なんですか総領娘様」
返答する衣玖は座布団に正座してほうじ茶を啜っていた。はまり過ぎていて優美という他ない有り様で。
「貴女って……実は太ってない?」
衣玖に電流走る。
「な、何をいきなり……」
「だって貴女動き遅いし」
「図書館の人だって遅いじゃないですか」
「あいつは病弱で空気に乗って動いてるからねぇ」
「私ものんびりと立ち回っているだけですよ」
「それだけにしては重過ぎ、もとい遅すぎる」
「私は太ってなんかいません」
「ふーん。ところでなにやら土曜の夜は毎週いそいそとどこかへ出かけてるみたいだけど」
「……それが何か?」
「そして夜を徹して朝帰り。夜更けの飲み食いはキクのよねぇ」
衣玖はぎくりとした。煎餅に伸ばしていた手を止める程度に。
「ねえ、本当に太ってないの?」
「太ってません」
「泳ぎは減量にいいらしいわね」
「……知りません」
「ね、太ってないの?」
「太ってません」
「パッツンパッツン」
「ふ、太ってません……」
ふぅん、と意味ありげに薄笑みを浮かべ、天子は滑るようにちゃぶ台を回り衣玖の懐へと潜った。
「そ、総領娘様?」
衣玖の目と鼻の先、吐息が触れそうなほどの近くに見上げる天子の顔があった。
薄笑む口元と悪戯っ気の宿った瞳が衣玖を見透かすように覗き込む。
「あの、近いです。ちょっと離れ……」
衣玖の言葉は終わることなく遮られた。
――脇腹を摘んだ天子の指によって。
「……むに」
指の間にはいわゆる贅肉の存在があった。天子はそれを擬音表現『むに』とばかりに摘んでいた。
「あ……」
「太ってないのよね、衣玖」
「え、その、えと……」
空気を読む程度の能力をフル稼働させる衣玖だったが、空気を読んでも応対する術の持ち合わせがなかった。
こんな風に詰問されて追い詰められる経験などそうそうない。当然、対処法もない。
衣玖が「あの、その……」とたじろぐ間も天子はむにむにと玩んでいた。「どうしたのよー、ねぇ?」と意地悪く言いつつ。
感情のオーバーフローに追い詰められ、衣玖の眼にじわと涙が浮かぶ。
それを見た天子はさらに顔を寄せた。接吻を思わせる至近距離。
「脂がのって美味しそうよ、衣玖」
トドメの一言に竜宮の使いが泣き出した。
「んっ……すっ……んん……っ」
静かにさめざめと泣く美人から離れ、天子はその様を眺めた。
(絵になるわぁ……)
口元の笑みを一層深め、楽しげに目を細めて芸術品でも見るような気持ちで思う。
嫌な天人である。流石はくずれ、あるいは不良といったところか。
衣玖はその視線をまざまざと感じて内心に怒りを覚えた。人を泣かせておいてその目は何事か!
(これはお灸を据えなくてはいけませんね……)
すんと鼻を鳴らして泣き止み、衣玖は涙を拭いた。そして、
「どうやら私は少しばかり太ってしまったようですが」
――天子が驚くほどの素早さで彼女の懐中へと潜り込んだ。
「総領娘様はどうでしょうね?」
常にのんびりゆったりとしている衣玖だがその気になれば素早く動く事もできるのだ。例えば起き上がり移動とか。
(摘まれる!)
衣玖の指が脇腹を狙うと読み、天子は咄嗟に腕を下げて両脇をカバーした。こうすれば脇腹は摘めない。――しかし、
すか、と衣玖の両手が宙を掻いた。
「やせすぎですね。掴むところがありません」と、衣玖。
その両手は脇腹ではなく天子の胸の前にあった。衣玖が狙ったのは脇腹ではなく、胸……にあるはずの膨らみだったのである。
「まるで絶壁ですね」
身体を伸ばせば唇が触れ合う距離で、衣玖は雅に笑いかけた。
息を呑んだ天子の顔がみるみる赤く染まっていく。その表情に浮かんだ色は怒り以外のものも含んでいて。
「ぜ……」
涙目になった天子が身体を震わせる。
空気を読んだ衣玖はそそくさと退散を決め込んだ。55ノットという普段ののんびり加減が嘘のような速度で簡易お茶の間から姿を消す。
その直後、
「絶壁って言うなあぁーーーーっっ!!」
緋想の剣を突き立てた天子、魂の叫びが天界の地面を激しく揺らした。
いくてん(?)いいな
御免やっぱ好きです。でも衣玖さんの方がもーっと好きです。