Coolier - 新生・東方創想話ジェネリック

人里と天の虫

2008/07/05 14:29:14
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霊夢は退屈だった。
魔理沙は新しい魔法実験をアリスと一緒に行うとかで遊びに来ず、レミリアも梅雨時なのであまり来なかった。

「暇ねえ、部屋の掃除でもしようかな、でもなんかしようと思った時に限って……」

妖怪の気配が近づいてくるものだ。しかし特に殺気は感じない。
ぱたぱたと羽をはばたかせ、一匹の妖怪が神社に降り立った。

「博麗の巫女さんに依頼があるの」

彼女は薄緑のシャツと、同じ色のズボンを身に付け、蛾のような羽と触角を生やした白髪の少女だった。肌は浅黒く、筋肉質の体つきだ。

「私はクワコの妖怪、くわ子と呼んで」
「ずいぶんやる気のなさそうなネーミングね。ところで妖怪が人間の私に依頼なんて、どういう風が吹いたらそうなるのかしら」
「あなたは妖怪の味方ではない代わり、人間の見方でもないと聞きましたから」
「悪いけど、私は便利屋ではないわ、お引き取りいただける?」
「これ、取ってきた桑の実です」
「用件を聞くわ」
「……はい、実は人間に囚われた妹、蚕の妖怪を助け出して欲しいんです」
「名前はかい子?」
「さすがは巫女の勘ね」
「いや、誰でも想像できるかと」
「わかりました、依頼を引き受けましょう」



人里の中心部にある大きな屋敷、厳重に警備された部屋の中に、その妖怪はいた。
レースのカーテンに囲まれ、買い与えられた幾つもの人形やぬいぐるみ、絵本が散乱している中、洋風の白いドレスに大きなリボンをつけ、ソファに座っている姿は、さながらこの屋敷の令嬢といった風である。
彼女の顔立ちはくわ子に似ていたが、手足は青白く、華奢であった。
背中には羽が生えているものの、飛ぶ能力は失われている。

「おかいこ様。お食事を持ってまいりました」

使用人が桑の葉を運んでくる。

「ありがとう」

彼女がいるだけで、里の蚕が元気になり、良質の絹糸がとれる。
いわば、豊穣の神の養蚕バージョンといったところである。
そのため、村長の判断で、この屋敷に留め置かれているのだった。
彼女がおとなしく桑の葉を一枚一枚手にとって食んでいると、遠くで争うような音がした。だんだん音が大きくなっていく。

ふすまが蹴破られた。そこにはスパッツをはいた活動的な姿のくわ子と、サ○エさんにしか出てこないような泥棒ルックの霊夢がいた。

「かい子、助けに来たわよ」
「お姉さん」
「さあ、長居は無用よ」

くわ子はかい子をお姫様抱っこし、霊夢が威力を抑えた弾幕を放ちつつ、追手を蹴散らし神社に戻った。



「これでミッション完了ね」
「お姉さん、私、ちょっと横になっていい?」
「かい子、どうしたの!?」

かい子の顔が土気色をしている、慣れない外の空気を吸い込んだせいなのか呼吸が荒い。
すぐ部屋に入れて布団に寝かせる。

「待ってて、いま永琳を呼んでくるわ」
「お姉さん、最後に、青い空を見られて、幸せだったよ」
「何言ってるの、あなたはきっと助かる」

不意に引き戸が開けられた。

「やはり、こうなっていたか」

戸をあけたのは壮年の男だった。
かい子のいた里の村長である。

「その子は我々の保護なしには生きられんのだ、返してもらおうか」
「なによ、あんた達人間が外で生きられないように改造したくせに」
「この子は我々の手で健やかに暮すことができ、我々もこの子の能力で良い絹糸を得ることができる、共存共栄だ、分かって欲しい。」
「……くわ子さん、この人の言うとおりにした方が良いと思うわ」
「霊夢さん、あんたもやっぱり人間の肩持つのね」
「それは……」
「違うと言えるかしら」
「どちらにしても、この子は里で保護しなければ生きられない、このまま死なすか、それとも生かすか早く決めるんだ」



「さあ、行きましょう。魔理沙もついでに行く?」
「おう」

一週間後、霊夢はくわ子とともに、魔理沙も誘って人里へ向かった。
あの後、結局二人はかい子を返すことにした。しかし村長も何らかの罪悪感はあったらしく、ときどきかい子に会ってもいいと言ってくれた。

「それでさ、そのウサギ、あんまり邪魔だったもんだから、捕まえて耳を蝶結びにしてやったぜ」
「それはちょっと……」
 「魔理沙、武勇伝のつもりでもみんな引いてるわよ」

かい子に外の事をいろいろ話してやったりする。いつも彼女は興味深く聞いてくれる。

「旦那さま、あの少女たちをおかいこ様に会わせてよろしいのですか?」
廊下から聞き耳を立てていた使用人の老女が村長に聞いた。
「せめてもの罪滅ぼしさ」
「じゃあ、あの子の能力を利用するのは止めたらどうなの?」
たまたま真後ろにいたくわ子が問いかけた。
「し、しかし、保護しなければあの子は死んでしまう」
「じゃあ、もし絹糸を作れなかったとして、それでもあの子をかばうかしら?」
「それは……」
「どうせなら、あの子を守るのは自分たちのためだと正直に言いなさいよ。ある意味、妖怪は不要だと言い切るどこぞの結社よりタチが悪いっていうか……」
「しかし、我らの手がなければおかいこ様は生きられませぬ」老女が反論した。
「まあ、あの子のためつっても、所詮は俺たちのエゴの言い訳だよな」村長の息子が言う。
「まあ、あの子をいじめたりしていないのは認めなくもないわ」

老女から桑の葉を受け取ってくわ子は部屋に入る。村長の息子が目を伏せた。

(俺たち人間は確かに欲深い、たとえ自然やら何やらが犠牲になると知っていても、一度豊かさを手に入れちまえばもうその味を忘れられねえ。許してくれとは言わねえよ)



少なくとも、かい子は養蚕の神様として村人から慕われていた。
霊夢たち以外にも、村の少年少女たちが彼女の所に遊びに来る。

「ねえねえおかいこ様、このリボン付けて」
「うわ~すごく可愛い~」
「この人形、おかいこ様にあげる」

はちまきを締めて、薙刀を持って警戒している老女の顔もほころぶ。
たまにくわ子以外の妖怪も遊びに来る。

「ちんちん、おいしそうな蛾」
「者ども出会え~」
「ちょ、冗談冗談」

夜雀を薙刀で追いかけまわす老女を眺めながら霊夢がため息をついた。

「まったく、うちの神社より信仰集まってるじゃない」
「そりゃそうさ、神様も仏様も様しかつけないのに、蚕には御と様をつけるんだぜ」
「せめてもの償いかもね」

人間は糸を吐く虫を飼いならし、その虫はついには人間の助けがなければ生きられなくなってしまった。もし人間が養蚕を止めれば、彼女たちは一匹残らず死に絶えるだろう。妖怪が人間を食べる光景を目にするのは辛いが、人間もまた多くの生命を利用してきたのだ。生きていくためには仕方のない事だとはいえ、霊夢はそんな業に少し悲しみを覚えた。
 また無脊椎動物系オリキャラです。幻想郷も現実の自然も美しくかつ残酷な世界ですね。
とらねこ
コメント



1.名無しの権兵衛削除
人間の保護下でしか生きられない妖怪が、囚われる前にどうやって生きていたのかが激しく疑問です。
2.#15削除
蚕は飛行能力を持たない為、人の手で養殖されないと生きられないそうですね。
元々が、人が品種改良で生み出した、自然界に存在しない種ですから。

もし蚕が妖怪化したとしても、おそらく人からは離れられないでしょうから、そういった意味では理に適った作品ではあると思います。
3.シリアス大好き削除
植物(食虫植物は除く)の様に、自然のエネルギーを養分に変換出来ない生き物は、
何らかの、他の命を喰わねば...命を長らえられぬのが宿命...
何か考えさせられるSSでした、GJ
4.名前が無い程度の能力削除
その道以外の選択を奪い潰しときながらどちらも嬉しい共存共栄とか言っちゃうあたり罪深いなぁ

ところで、この妖怪は人間に改造されたなら、逆に元に戻すことはできないのか?、
というか、世話するのは人間でなくてもよくね?
5.名前が無い程度の能力削除
これ、人間達が守って世話しなくてはいけない理由にはならない気がするのですが・・・
仲間の妖怪達でいいんじゃない?
6.名前が無い程度の能力削除
人間は利益には敏感だからなー。
麦や稲の穂も、自然状態と違って勝手に地面に落ちないようにしてるし、同じような感覚なのかも。
幻想郷の大人な世界、堪能しました。

>元に戻す
この子の代じゃ無理じゃないか?
7.名前が無い程度の能力削除
>慣れない外の空気を吸い込んだせいなのか
外の世界と違って、屋内と屋外でそんなに違うかな?
特別な香でも必要ならともかく、そうでもなさそうだし
日光か?って空気じゃないし、夜に連れ出せばいいし
>その子は我々の保護なしには生きられんのだ
妖怪の保護でもいいような
>この子の代じゃ無理じゃないか?
 読んでると普通の蚕と違って、代を重ねてではなくこの子が変化したように思えます
村長の判断で、この屋敷に留め置かれているのだった(その間に変化(改造)?)
8.名前が無い程度の能力削除
7.の者ですが、誤字ありました。すみません。
>外の世界と違って
どっちかっていうと、
>外の世界と同じで