少しばかり暑さが厳しくなった初夏。
「・・・暇ですね」
つい先日までは仕事が忙しく、暇だなんて感じることもなかった。
しかし、それが全て解決したため今の私はとても暇を持て余していた。
「とはいえ・・・今まで長い間生きてきたけど、こんなに暇だなんて思ったことはなかったな・・・」
今までずっとほとんどどこにも行くこともなく、この場所でただ使命を果たすだけだった。
それが、今では何故かこの現状を『暇である』と感じている。
「そうですね・・・たまには出歩いてみるのもいいでしょう」
私はそう呟くと、特にあてもなく出かけることにした。
なんとなく飛んでいると、とても深い森が見えてきた。魔法の森である。
私はそこに降りるとのんびりと歩いて散歩することにした。
「ここは日の光がほとんど入り込まないのですね。夏の暑い日にはいい涼を取れる場所になりそう」
「それに自然の食材も豊富だぜ?」
私の独り言に誰かが相槌を打ってきた。上の方から聞こえ、私はそちらの方へ顔を上げる。
魔法使いの人間、霧雨魔理沙が箒に乗って私の方を見下ろしていた。
「よっ、お前がこんなとこに来るなんて珍しいな。私に仕事の依頼でも持ってきたのか?」
「こんにちは。特にあても無く歩いてただけですが、仕事の依頼とは?」
「こう見えてもいろいろしてるんでな、店から妖怪退治、異変解決。なんでもござれだぜ」
そう言って彼女は自慢げに片手で胸をトンッと叩いて見せた。
「そうですね、何か困ったことがあったら貴女に依頼してもいいでしょう」
「あぁ、よろしく頼むぜ、お代は勉強させてもらうぜ。・・・ってそうだ」
何かを思いついたような顔をすると、彼女は地上に降りてきた。
「私はこれからアリスのところに行くんだ。なんでもお菓子を作りすぎたから食べに来いって言われてな、だからお前も一緒にどうだ?」
「急に私が一緒に行ったら迷惑じゃないですか?」
「いや、むしろ感謝されるんじゃないか?作りすぎたって言っているんだし処分してくれる奴が増えるんだからな」
彼女の言葉に甘え、ご一緒することにした。
しばらく森の中を進むと、少し舗装された道にでた。その先には小さな家が建っていた。小さいといっても中々立派な外観だ。
森の中にあるのだが、他の場所とは違い、十分に日の光が入ってきている。
そこで外にテーブルと椅子が用意され、少女がティーカップやら何やらと準備をしている姿があった。
「おーい、アリスー!お前が作りすぎたっていうお菓子を腹に入れに来てやったぜ」
魔理沙が声をかけるとその少女はこちらに気づき振り返った。
魔法使いのアリス・マーガトロイドだ。
「遅かったわね。いつもならすぐ飛んでくるのに・・・って、あら?そっちは・・・」
彼女が私に気づいた。私はペコリと軽くお辞儀をすると彼女も慌ててお辞儀をしてきた。
「さっきそこで偶然あってな、お菓子処理要員として連れてきたんだ」
「そ、そう。それじゃお菓子を持ってくるわ。二人とも椅子に座って」
私と魔理沙は椅子に座った。アリスが家の中からお菓子の入った入れ物を持ってきた。
それと同時に可愛らしい人形が出てきて私の目の前にティーカップを持ってきてくれた。
「ありがとう」
私はその人形にお礼を言った。
「人形にお礼を言うなんて可笑しな奴だな」
「あら?人形にだってきちんと心はあるのよ?人形に限らず椅子でもテーブルでも。どんなものにも心はあり、魂を宿す。だから感謝の気持ちを持つことはいいことだわ」
そうアリスが力説をした。
「何だ二対一か?寄ってたかって私をいぢめるのか?」
魔理沙が少し茶化すようにそう言った。いつの間にか私はアリス派になっているようだ。
「それにしても、本当にこの人形はよくできてますね。まるで本当に生きているみたい」
「まぁまだ私が命令したことを実行するくらいなんだけどね。いつか完全に自律した人形を作るのが私の目標なの」
「でも・・・本当に可愛いですね、この人形達」
私はそう言って、傍にいる人形の頭を優しく撫でた。それを見てアリスは嬉しそうにニコニコと笑っている。
「あなた随分と私の人形を気に入ったみたいね。・・・そうだ、よかったらこれあげようか?」
そう言ってアリスから小さな人形を渡された。
「この子達と違って何の変哲もないただの人形だけどね。たまに作って人里の子供なんかにあげたりしてるやつよ」
「それでは・・・お言葉に甘えて頂きます」
その後、しばらく魔理沙、アリスと共にお茶を楽しんだ。
彼女達と話をしたり、その仕草なんかを見ていると一つ気づいたことがあった。
アリスがチラっと魔理沙の様子を窺うことが何度もあった。
そこで私はピンッときた。
「それでは私はそろそろ行きますね」
そう言って席を立った。
「なんだ、もう行くのか?これからアリスの部屋に行っていろいろ物色する予定なんだが・・・」
「何よ、物色って」
「それはそれで興味深いですが・・・他にも見てまわりたいので」
と、魔理沙に聞こえないようにそっとアリスの耳元で囁いた。
「頑張ってくださいね」
そう言うと、その意味を理解したのかアリスが顔を赤く染めた。
「むぅ、それならしょうがないな・・・じゃあこれをやるよ」
そういうと魔理沙はスカートの中に手を入れゴソゴソと何かを探し始めた。
えっと、アリスさん、そんな露骨に凝視するのはやめたほうがよろしいですよ?
「ほれ、アリスにばかり良い格好させるのは面白くないからな。私からの土産だ」
そう言って少し大きい袋を私に投げた。
「これは?」
「さっき取ったキノコだぜ。多分全部毒はないはずだぜ。きっと」
とても不安な言い回しだ。だがそれよりも気になるのは―――
「これだけの量、そのスカートのどこに入ってたんですか?」
「それは乙女の秘密だぜ」
魔理沙はそう言って恥ずかしがるような仕草をした。うん、聞かないほうがいいですね。
「それではご馳走様でした」
彼女達に別れを告げると、また私は一人で気ままに飛んでいった。
今度は魔法の森にも負けないくらい広い竹林、迷いの竹林が見えたためそこに降りてみることにした。
「あら?あなたは・・・?」
着地したところに知っている兎がいた。鈴仙・優曇華院・イナバである。
「こんにちは」
「こんにちは、ってどうしてここにいるの?仕事かなんか?」
「いえ、完全にプライベートです。気の向くままに散歩を・・・」
私がそう言うと、へぇといった感じで鈴仙は私の方を見ていた。
「そちらは何をしていたのですか?」
「筍狩り。今晩の食材調達よ」
「筍・・・?もう時季外れでは?」
私は不思議に思って尋ねた。
「まあ普通はね、でもこの竹林は特殊でね、その気になって探せば冬だって生えてるわ」
そう言って彼女は目の前の地面に軽く弾幕を放った。
すると地面が抉れて筍がひょこっと姿を見せた。
「そういえば、さっきから手に持ってるそれは?」
私が手に持っている袋に興味を持ったようだ。
「あぁ、さっき魔理沙さんに貰ったキノコですよ」
そう言って袋を開けてみせた。すると急に鈴仙が驚いたような表情を見せた。
「どうしました?」
「いや、すごい珍しいキノコがあってね。師匠が欲しいって言ってた薬に使えるキノコ」
「師匠?」
「うん、私の師匠、薬剤師なの。私は師匠の元で薬の勉強をしてるのよ」
「そうなんですか。もしよかったらその薬用に使うキノコお譲りしますよ?」
私がそう言うと、また鈴仙は驚いた。
「え!?・・・いいの?これすごく貴重なキノコよ?」
「貴重かもしれませんが薬用なのでしょう?私にはそんな知識はないので活かせないですよ。
それよりもきちんと知識を持った人に薬にしてもらったほうがいいでしょう?」
そう言って鈴仙と一緒に袋の中のキノコを取り出した。
鈴仙はキノコにもかなり詳しかったため、薬用のキノコは鈴仙にあげ、毒キノコは捨て、食用のキノコだけを袋に戻した。
「貴重なキノコがこんなに・・・きっと師匠も喜ぶわ」
随分とご満悦のようだ。喜んでもらえるとこちらとしても嬉しい。
「それじゃ私は他の場所にも行ってみたいのでこれで失礼しますね」
「あ、ちょっと待って!」
私が立ち去ろうとすると鈴仙に呼び止められた。
「貰ってばかりじゃ悪いわ。これお礼に持ってってよ」
そう言って渡された大量の筍。
「いくらなんでもこれは貰いすぎなのですが・・・」
「いいのいいの、どうせまだたくさん生えてるんだから」
「はぁ、それではありがたく頂戴しますね」
では、と軽く挨拶をして私はまた飛んで移動することにした。
それにしても・・・キノコだけでもかなりの量があったのに筍が追加されてかなりの重さになっている。
今度は人里の方へとやってきた。
人里なんて滅多に行くことはないため、その光景は新鮮だった。
と、またもや知っている顔に出会った。それも二人もいる。
十六夜咲夜と魂魄妖夢の二人である。
「一体何をしてるんだろう?」
遠目なのでよくはわからないが二人とも少し困っている様子だった。
私は近づいて二人に話しかけてみることにした。
「お二人ともどうかなさったのですか?」
私が声をかけると二人ともこちらへ振り返った。
「あら、珍しいとこで珍しい顔に会うわね。」
「本当ですね。あ、もしかしてお仕事ですか?」
「いえ、今回は私用です。それより何か困っているように見えたのですが・・・」
私がそう尋ねると二人はため息をついてこう答えた。
「「お嬢様(幽々子様)に今晩は珍しい食事を用意しなさいと言われて」」
「はぁ・・・大変なんですねぇ」
と、私は持っていた袋を見て気づいた。これって珍しいものでは?
「あの、これって珍しいものになるんでしょうか?」
そう言ってキノコと筍を二人に見せた。
「どちらも今の時季にはあまり出回っていない食材ですし。よかったらどうぞ」
「そうね・・・確かに珍しいわ。でもいいのかしら?貰っても」
「えぇ、貰ったのはいいのですが、貰いすぎて重くて少し困っていたんですよ」
そう言って私は二人に持っていたキノコと筍を半分渡した。
「ありがとうございます。これなら幽々子様も喜んでくれます!」
「お嬢様も納得してくれるわ」
二人とも嬉しそうに帰っていった。良いことをしたあとは何となく気分がいいものだ。
私も嬉しくなり鼻歌なんかを口ずさみながらまた他の場所へと移動した。
うーん・・・いつの間にかすごいところに来てしまった。
目の前に広がる三途の川・・・向こうに広がっているのは彼岸だろう。
「おや?あんたは確か・・・」
三途の水先案内人、小野塚小町が私に気づいて話しかけてきた。
「こんにちは」
「こんにちはって随分のん気だなぁ。まがりなりにもここは三途の川だ、あまり良い場所じゃないよ?」
彼女の言うとおりである。
「なんとなくフラフラと飛んでいたらここに来てしまったわけで・・・すぐに退散しますね」
「いや、そんなに慌てて帰らなくてもいいよ。というか、ゆっくりしていってくれると私的には嬉しい。
私の話し相手になってくれれば尚いいな」
というわけで私は彼女と話をした。他愛もない話から、今日の出来事まで。
私が話し、それを彼女はうんうんと楽しそうに聞いた。
そして、彼女の話の中に一つ気になった話があった。
「少し前から小さな女の子の霊が来ているんだけどさ、船に乗ろうとしないんだよ。
まぁ私としてはそれでもいいんだけど、上司が五月蝿くてねぇ、サボるなって大目玉なんだ」
そう言って小町が指差すと、その先にはただ黙って石を積み上げてる少女の霊がいた。
「一体、何が原因で向こうに渡りたがらないのですか?」
「未練だね。残してきた者あるいは物を思うあまり向こうに行きたがらない。
その子の場合は、現世に残してきた人形が気がかりでそうしてずっとここに居続けてるんだ」
人形・・・?
私はふと思いつき、その少女の霊に話しかけた。
「ねぇ、あなたの人形、これじゃないかな?」
そう言って私はアリスに貰った人形をその子に見せた。するとその子は人形に反応して手を伸ばしてきた。
そしてその人形を抱きしめると嬉しそうに微笑んだような気がした。
「ああそうか、まだ小さい子だから自分の人形とその人形の区別がつかないのか。
・・・でもいいのかい?その人形をあげても」
「本当は貰った物なので気が引けるところもありますが・・・この子に譲るのが一番いいと思ったので」
人形には心も魂も宿るとアリスは言っていた。ならば、この子の友達になれるのではないだろうか。
彼岸へ渡れば、どのような判決を言い渡されるかわからないが、随分と時間がかかってしまう。
その間、この子の寂しさを癒してくれる友達に、この人形ならなってあげられると思った。
「それじゃあ、私はこの子を向こうに届けてくるかな。あんたと話ができて楽しかったよ。
今度はぜひ酒でも飲みながら夜通し話しがしたいもんだね」
「えぇ、ぜひ誘ってください」
私は三途の川を渡る小町と少女の霊を見送ると、また別の場所へと向かった。
だんだん日の光が赤みを帯びてきた。夕方である。
時間的にも次にまわる場所で最後だろう。その最後の場所に選んだのがここ、博霊神社である。
訪ねてみると丁度その神社の巫女、博霊霊夢が縁側に腰掛けてお茶をすすっていた。
「あら、あんたがここに来るなんて珍しいわね。もしかしてまた何か起こるのかしら?」
「いえ、今は休暇中です。遊びに来た・・・と言ったらご迷惑ですか?」
「別にいいわよ?お参りでもしていきなさい。あと素敵な賽銭箱はそこね」
そう言って賽銭箱を指差された。しかし生憎私はお金など持っていない。
「手持ちがないのでこれじゃダメですか?」
そう言って袋を手渡した。おなじみキノコ&筍だ。
「現物でも構わないわよ。今晩のおかずに良さそうだわ」
案外気に入ってくれたようだ。ニコニコしながら私にお茶を出してくれた。
しばらく私と霊夢は縁側に座ってお茶をすすりながらボーッとしていた。
「さてと・・・そろそろ晩御飯作らなきゃね。あんたも食べてく?」
「宜しいんですか?」
「いいから聞いてるんでしょ?あんた随分遠慮がちなのねぇ。見習わせたいくらいだわ」
一体誰に?と聞こうとしたが、その答えは聞かなくてもわかったため口にしなかった。
なぜならその話をしていると・・・
「霊夢ー!お腹すいたー!ご飯まだー?」
霧が集まり背丈の低い少女が現れた。小さいがとてつもない強さを誇る種族、鬼の伊吹萃香だ。
「まったく、あんたいつもうちにご飯たかりにくるのやめなさいよ」
「なんだよー、いつも誰が食べ物を持ってきてると思ってるんだ」
「はいはい、あんたよ。感謝してるわ。それじゃ晩御飯作るわ。もうあんたも食べていく方向だからね」
そう言って私を指差した。
「はい、それでは私もお手伝いしますね」
こうして、私は霊夢、萃香と晩御飯を共にすることになった。
萃香が酒を用意してくれたため、晩御飯というより小さな宴会といったような感じだった。
その宴会を楽しんだ私は、お酒で少し火照った体を夜風で冷ますようにしながら、帰ってきた
「今日一日、随分といろんなところに行っていろんな人に会った気がする」
反芻するように今日一日の出来事を思い返した。
初めてあったときは弾幕勝負をして互いに争った人達であったが、こうして話してみると皆いい人達だとわかった。
ずっと、ただ自分の使命だからという理由で続けていた・・・
でも、今は違う。なんでもないこの一日が、私に気づかせてくれた・・・
この幻想郷に住む人達が少しでも安全に暮らせるように・・・
少しでもその危機を知らせるために・・・
そう思ってこれからはこの使命を果たしていきたい・・・
「異常なし」
緋の雲の様子を見て、私はそう呟いた―――
END
終始のんびりゆっくりとした、お茶でも飲んでるような落ち着きのある作品でした。
一応のヒントは、やっぱり『ドリル』でしょうかw